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BONDS~絆~
分かっている
淋しい想いをするくらいなら誰とも付き合わないほうがいいんだ。
誰かと体だけの付き合いをするのももうやめにしよう。
もっと淋しくなるもの・・・。
「慧真、俺ずっと慧真のことスキだったんだ。その・・・付き合って欲しいんだ」
嬉しい。やっぱり告白は嬉しいよ。でもね・・・。
「ごめんね・・・私、今勉強に集中したいから・・・」
「俺、勉強の邪魔はしないよ?!むしろ一緒にがんば・・・」
「ううん・・・ゴメン・・・」
誰かと“付き合う”それには同時に“別れ”が来ることを意味している。
そんな淋しい想いをするのはもう嫌だから、私は告白をされてもごめんなさいとしかいえなくなった。淋しい想いをするのはもう嫌なの。結局可愛いのは自分だから・・・。
東栄大学に入ってから私は自分でも自分自身が変わったと思う。
中学高校のときはスポーツ系の部活をやっていたせいもあり、髪の毛を肩より下まで伸ばした記憶はない。それに服装も鍛えた太い足を出すのがすごく嫌で、パンツ系ばっかりだったのが、スカートを喜んで履くようになった。これには原因があり、私と同じく部活動ではなくとも、ふくらはぎが張って、チャック付きのブーツは履けないという友だちが大学に入ってから出来たことによる。しかし、その子は私とは対照的でスカートをたくさん履く子だった。だから私も何も気にすることではないのだ、と思えるようになり、スカートを履くようになった。スカートを履いている自分は自由でいられるようで好きだった。
大学に入ってからは、髪を伸ばして茶色やピンクなどその時々の流行に合わせて染めたり、パーマをかけたりして周りから「可愛い」といわれることが多くなった。最初は皆、誰とでも仲良くしたいだろうから、身近な人とはつながっていたいための言葉だと思っていたが、長く付き合っていく中でもその言葉が絶えることは無かった。私の中で、今までそんなにたくさん「可愛い」といわれた記憶が少ないので、信じることが出来なかったが、久々に実家に帰省した時に親戚や従兄弟から「慧真、綺麗になったね」といわれると、妙に照れてしまうのだ。やっぱり、生まれてから仲の良い従兄弟に言われると、信憑性が生まれ、そうなのかな?なんて自惚れてしまうこともあったのだ。
そんな私にも大学に入ってから初めて彼氏が出来た。大学からの友だちには「どうして今までいなかったの?」と何回も質問された。大学に入ってからそれほどに私は変化したのだろう。しかし、その彼とは、入学した当初だったせいもあり、友だちを大事にしたくて、彼女まで手が回らなかった。という理由でたった2週間のうちにふられてしまった。今思えば、それは言い訳で、本当は他に好きな人が出来ていて、私を傷つけまいと思いついた言葉だったのだと思う。初めての彼氏で私は舞い上がっていた。本当に私を好きなのかわからなかった。現に彼には、その1週間後彼女を作った。それからかもしれない。
“私は結局なにも変わっていないのだ”
彼が惹かれたのは私の外見だけ、中身を知ったから離れていった。彼に依存しすぎたのだ。
それを分かってから、私は自分から男性に近づくことは少なくなった。
サークルで同い年の男の子が近寄ってきたときも私が心を赦すと彼は離れていった。
結局、私の中身はダメなままだったのだ。外見だって良いわけじゃない。マシになっただけだ。
どんどんネガティブになっていく私は、女の子すら信じられなくなった。
大学の友だちというのは、同じ授業を履修しない限り会うことはあまりない。
人間付き合いが苦手な私にはこまめにメールを送ったりすることがなんだか悪いことのように思えていた。相手はそうじゃないと言っていても、なんだか嘘のように感じていた。その思いは今も変わらないのだ。
“所詮、皆うわべでしか付き合わないんだな”
だから、内緒話とかしている子たちを見ると羨ましいのだ。
あそこは親友なんだな、なんて勝手に思い込むことがしょっちゅうある。
内緒話や恋の話をしているから親友であると限らないのはわかっているくせに、自分にわからない話があると嫌なのだ。それは皆同じでも、きっと私は人よりその思いが強いのだと思う。人にはポジティブに行きなよ!なんてアドバイスするくせに1番ネガティブなのは自分なのだ。それも総て自分で分かっている。分かっているのだ。
自分で総て分かっているからこそ、その思いを誰かに分かって欲しい。
1を話すと10わかる、そんな相手が欲しいのだ。そう親友。
高校時代、私には親友が出来ていた。その子は1年生の時に同じクラスになり、2年生のときはクラスが離れて、関係も疎遠になっていたが、3年になってまた同じクラスになって一層仲が良くなった。2年生のときは、私が部活動で忙しかったために彼女と話す機会が皆無に近かった。そのために彼女も私に距離を置いていた、と3年生の時に彼女は話してくれた。
私自身は、彼女は他のクラスになり、そのクラス内で新しい友達ができて、私のことはどうでもよくなったのだな。と勝手に解釈していたが、それは間違いだった。そういった会話が出来て本当に嬉しかった。大切に思われている、思っているということを伝え合うことが出来た。それが嬉しかったのだ。今、私にそういった言葉を伝え合う友だちが身近にいない。だから、余計に淋しいのだ。女友だちを失うのが怖いのだ。表面だけの友だちなんて要らないと思っている私は、すぐに自分にとって必要ないとそのときに思ったら切り捨ててしまう。悪い部分だと思っているのだが、治せない私の1番悪いところ・・・。
独り暮らしの今、孤独を一層感じる今、ネガティブな私の思想は更にネガティブになっていっている。春休みの期間中、私の居場所はアルバイト先である。
1番年下の私を皆は可愛がってくれる。構われることが嬉しい私はとても嬉しかった。私も甘えまくった。皆に好かれる分、やはり、私を嫌う人も出てきた。それが私には痛かった。“失う”ことが怖い私にとって“嫌われる”ことの恐怖は何にも代えられない。
高校生のときは部活にのめりこんでいたから、推薦受験で合格した後もアルバイトをすることなく大学生になった私は、今やっているバイトが初体験となる。
その中で、私を嫌う彼女は、私の何が嫌いなのか分からない。私も確かに彼女が苦手ではある。しかし、それは店内が忙しくなった途端に頭の中が混乱して機嫌が悪くなるところだけなのだ。それなのに、彼女は私の全否定をしている。しまいには、浜田さんの好きな人と私が話していることが気に入らないと来た。仕事上話す機会は絶対に来るのだから仕方ないことなのに、である。根本的に彼女は私を嫌っているのであろう。
そんな私情を仕事に持ち込まないでよ!
話を聞いたとき本当にいらついて叫びたかった。唯一いえた言葉が、何でもお前の思い通りに行くと思うなよ。と小さな声で、それも笑顔で冗談っぽく言うことしか出来なかった。上の人から「そんなこと言わないの」となだめるように言われた。このときほど子供扱いされたのが嫌だった記憶は無い。どうして、彼女のほうが年上なのに年下の私が我慢しなければいけないのとも思ったが、それは口に出来なかった。上の人を責めたくは無かった。その人もその人で悩みを抱えているのを知っていた。だから何もいえなかった。彼女がいなかったからいえた唯一の愚痴だったけどそれすらも、それすらも赦してくれないのかと悔しさを感じた。その日帰宅してから、独り、泣いた。
誰にも言えない本当の気持ちを誰かに叫んでしまいたかった。誰か・・・。その誰かを想像することは出来ても、その人は体調をすぐ崩す人だからあまり精神に負担をかけたくなかった。その人は誰より仕事がかなり出来る人で、心も広い。しかし、そのためか変なところでネガティブになってしまうところがあって、下手に愚痴もいえない。抱えこんでしまうのだ。そんな彼女からなんでも愚痴ってねと言われても愚痴れるわけがない。とりあえず貴方は自分の体調を常に心配してください、無理はしないでください。としか言えない。
色々お世話になっている礼儀でもある。愚痴だけでは何も解決しないことも分かっている。
彼女に私のことを嫌っている彼女のことをどうにかして欲しいキモチでいっぱいだが、人を頼ってもどうしようもない。その人を頼るということはその人に貸しが出来てしまう。それが何となく嫌だった。
人に頼られるのは好きだが、人を頼ることは好きじゃない。しかし、矛盾している。
愚痴を誰かに聞いて欲しい。誰かに、誰かに・・・。結局私は他人を頼っている。そんな矛盾している自分もまた嫌いなのだ。頼ることが悪いことじゃないのは分かっている。しかし、もう20歳になる自分は親元を離れて暮らしてはいるが、経済的には親に全般的に依存している。だから、それ以外のことは自分でどうにかしたいと思うのだ。
しかし、これもまた矛盾してしまうのだ。久しぶりに実家に帰省すると、いつも私は愚痴ってしまうのだ。夜な夜な、涙を流して母に話を聞いて貰ってしまうのだ。そして母はいつも私の味方でいてくれる。そんな母にも嬉しいよりも、申し訳ないと思ってしまう。
もう結構な歳の母親に私はこんなことで親に心配をかけて何をやっているんだろう。早く大人にならなければいけないのに。親を頼って、親に愚痴って・・・親だって悩みはあるのに。と自分をいつも責めてしまう。理由はこれだけじゃないのだろうが、これ以外には言葉を知らない私は、言葉に出来ないのだ。
彼氏がいる友達や、バイトの子に対し、その子達が恋の話をし出した途端に冷たい目で見てしまう癖がある。「ふーん」としかいえなくなる。
同棲をしている人達には、風邪を引いても彼氏、彼女が帰ってきたら看病してくれる、傍にいてくれる。私はいつでも独りだもの、だから風邪なんて引いていられないのよ。
他に、彼氏・彼女の愚痴を言っている子には、自分を好いてくれている人がいるだけいいじゃない、と思ってしまう。あまりにも悲観的で自虐的な自分に嫌気が差しつつも、そう思うことで自分を保っていられていることは事実なのだ。
好きな人が出来たら私は積極的に動くほうであると思うし、回りにもそういわれる。この19年生きてきて、分かったことは、最初は何も私に対して興味を抱いていないだろう人が、周りの人が「慧真に対してだけ彼、接し方違うよ。多分、お気に入りだよ」などの言葉を聞くと、途端にその人が気になってしまうこと。そうして気になったら何も出来なくなるのだ。ただ受身になってしまう。そしてキモチが薄れていく。それの繰り返し。薄れていく原因は、結局彼に私は必要ないのだなと思ったときである。
“いつか”とか“今度”という言葉に未来は無い。そういった言葉を放った途端に私は失望する。そして口を尖らせてしまうのだ。「いつかっていつ?今度っていつ?」可愛くない・・・。何にでも確証が欲しい。何でも知っていたい。そのくせどうでも良いと思ったことには一切触れない。だからその先も無いということも分かっているのに、切り捨てる瞬間はそのことを忘れている。だからいつまでたってもこの自己嫌悪は消えないのだ。
総て分かっているのに・・・分かっているのにこの苛々を誰も身近にいる人はわかってくれない。分かって欲しいなら話せば良いのに、と自分でも思うが、変なプライドが邪魔して話せない。話してしまったら最期のような気がしているのだ。まだ私は負けない。大丈夫。
そんなことだから家に帰って来ては泣く。そんなことの繰り返しなんだよね。
分かっているんだ・・・。私は何も変わっていない。可愛くなってもいない。ただ笑顔が上手になっただけ。どうしたらこんな自分を好きになれようか。自分のどこを肯定してあげればいいのか・・・誰かに頼りたいのに頼れない。結局爆発する前に誰かに愚痴ってしまうんだ。
その人の気持ちなんて考えることなく、ね。考えていたらまた我慢が溜まっちゃうもの。
心の無い人間なんていないから、皆孤独を抱えているから・・・それでも有益な何かを持っている人を羨ましいと思う。私には何も無い。誰も居ない。傍にいてくれる誰かも。抱きしめてくれる誰かも。手をつないでくれる誰かも・・・。結局私が今求めているのは男なのかもしれない。“別れ”が来ることを知りながらも、この冷え切った心を暖めてくれる人を求めて止まない。
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