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ようやく新しいブログの登録を済ませました。ココログ、Seesaa、はてなダイアリー、FC2の4つです。気がつけば、どっぷりと陽も暮れております。登録を済ませただけで、まだ何も書いていません。しかし、一気に子供が5人に増えて、養っていけるのでしょうか?これで、両手両足がしっかりと鎖に繋がれてしまいました。5つ、すべてを運営しようと思えば、おそらく私は、出がらしになってしまうでしょう。出がらし、まぁ、それもいいか。どっぷりと、ブログの海に浸かる覚悟です。ここで、大風呂敷を広げさせてもらいます。いつもは、ハンカチ程度の風呂敷ですが、今回は畳1畳ほどの風呂敷を広げます。目標、1日1000アクセス今1日、多くて30アクセスですから33倍。ライブドアの時価総額のように。巡回ソフト等使わずにです。ものぐさな私は、一生懸命ひたむきにやったという記憶がありません。強いて言えば、高校の野球部に所属した2年半ほどの期間でしょうか。自分自身に失礼を承知で言えば、惰性で生きてきたようなもんです。そして、振って湧いたように自分を変えたいという思いが地表から噴出してきました。自分を変えることなんて出来るのだろうか、という思いもあります。でも自分を変えたいという今を逃すと、次にその思いが巡って来るときに自分が生きているという保障はありません。何故そんなこと思うようになったか、振り返ってみますと。思い当たるのは、やっぱりアイデアマラソンです。かなりのメモ魔になりました。やり始めたのが10月8日ですので、今日で116日目になります。直接、筆者の樋口建夫さんからメールを頂いたのが、大きな分岐点だったかもしれません。感謝しております。どこまでやれるかわかりませんが、人生を振り返ったときあの42才の時がターニングポイントだと笑って言えるようにしたいです。
2006年01月31日
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新たにブログを始めるにあたって、楽天以外にどういうところが提供しているのか調べてみました。多い。その数にびっくりです。少し後悔しています。メジャーどころ適当にチョイスすればよかったと・・・悩みだすと、長いんですよね。何を基準にして決めればいいのか?英語文字アレルギーの私は、思考が急停車しております。地道にひとつずつ確認していったんですが、確認する前よりも状況は悪くなっています。選べない。途方に暮れていると、急停車した機関車から運転手が降りてきて、こういいました。『長いものに巻かれなよ』候補を絞りました。ココログFC2ブログSeesaaブログはてなダイアリーそれぞれに特徴があります。面白い機能もあります。とりあえず、すべてに登録してしばらく同時平行的に使ってみて、使いやすいものにしようと思っています。日進月歩といいますか、ブログも進化しているんですね。色んな付加価値的機能が、増えてきています。自分の撮った動画を流したり、録音した音を流したり・・・浦島太郎にならない程度に、ブログの先端を散歩してみるのもたまにはいいですね。
2006年01月31日
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ブログ、フルモデルチェンジまであと3週間ほどです。構想は頭の中から抜け出せず、なかなか形になりません。私は、やっぱり追い込み馬タイプらしく、ゴール前1ハロンにならないと力が出ないようです。例えば、10日で仕上げなければいけない何か、やることがあったとします。それを分度器で計ったように36°ずつ切り分け、1日1個ずつ平らげる人がいますが、私はそういう人を尊敬いたします。私には、絶対出来ません。だから、計画を立てても無意味なのですが、計画を立てるのがすこぶる好きなんです。いかに、最後の1ハロンで集中して、力を出し切るかです。結果が一緒だとしても、過程は人と全然違うんです。過程が大事なのである!と声を大にして言われると、バケツを持って廊下に立つより他ありません。私は1年半の間、浮気もせず楽天ブログ一筋でやってまいりました。今回リニューアルにあたり、いくつか別のブログを新たに始めようと思っています。それで、他にどんなブログがあるのか色々調べてみました。総務省の発表によりますと、2005年9月末時点でブログ作成者は延べ473万と発表されています。今後の予想は、2006年3月末延べ621万人、閲覧者(月1回以上ブログにアクセスしたことのある人)2539万人。2007年3月末延べ782万人、閲覧者3455万人。凄い数です。3455万クリックの向こう側には、3455万の生活があって、悲しみがあって、怒りがあって、喜びがあります。そして、無限の可能性を感じます。こういう状況にあって、私は何を発信したいのか?発信できるのか?ブログに乗ってどこを目指すのか?そういうことをはっきりして置かないと、ブログの海の中で溺れてしまいそうです。任せてください。計画を立てるのは、得意です。ただ、実行は出来るかどうかは分かりませんが・・・いいじゃないですか、私もバケツを持って一緒に廊下に立ちますから。
2006年01月30日
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寝起きは、あまりよくありません。これは机をベット代わりにしたせいで、あちこちが痛いです。とりあえず、下に落ちることなく1夜を過ごせました。机の上にあぐらをかいて周りを見渡すと、太平洋の上を筏で漂流している気分です。調子に乗って、『ようし、アメリカ大陸を目指すぞ、面舵一杯!』と勢いよく身体の向きを変えると、蛍光灯に思いっきり頭をぶつけました。その痛みで、ひつこくまとわりついていた眠気は、海の中へ。私も痛い頭をさすりながら、太平洋をジャブジャブと洗面所に急ぎました。株価は、ライブドアショックを乗り越え、上昇しております。猫も杓子も株株で、株をすれば儲かるという空気です。秋には、日経平均で2万円まで行くという意見もあります。でも、私は今のところ日本株を買うつもりはありません。雷にでも打たれない限り。私は、昔から偏屈でした。予備校時代、パチンコでブラヴォーという機種のフィバー機が、流行りました。その機種には、バグというか攻略法があったんです。柳落しという技法で、パチンコ玉が通る通路を出たところすぐに玉を落とすんです。ちょん打ちですね。すると、スタートチャッカーに玉がかなり入りやすくなって、お金をあまり使うことなしに打ち続けることが出来たんです。悪友の鴨も狐もブーも連日何万円と稼いでいました。特に不正行為というわけでは、ありません。でも、私は一切やらず、キングスターやゼロタイガーのような羽物ばかり打って、いつも昼飯をおごってもらってました。それは、何故か?人も自分をも納得させる理由は、何もありません。かなり感覚的で、私の体のある部分が『やめておけ!』と私の服の袖を強く握り締めるんです。『みんな儲けているのに、俺だけ損ばっかりしてるじゃないか、俺にもやらせてくれ!』そう叫んでも、『やめておけ!』と繰り返すだけです。同じように、今回も上着の左裾をしっかり握り締めております。でも、その握り締められる感覚は、いつも何かの岐路に立った時のような気がします。身体を壊してタバコをやめた時、仕事のストレスから風俗狂いしていた時、サラ金で首が回らずパチンコをやめた時、精神が脱線転覆して仕事をやめた時、最近では競馬をやめた時かなぁ。『やめておけ!』の後に言葉が続くとしたらば、『他に考えること、やることがあるだろう』でしょうか。洗面所から帰ってきて、もう一度筏の上に正座しました。太平洋ではなく四畳半が自分の身の丈に合っている、そう再確認しました。四畳半漂流は、これからもまだまだ続きます。
2006年01月29日
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部屋の模様替えをしました。だいぶ私のこころの中が、散らかってきたので、いや昨日の戦闘で流れ弾を受けたからでしょう。こころの中をフォーマットしたかったんです。それには部屋の模様替えが一番。今回、隣人が要らないという机を狭い部屋に押し込みました。たたみ1畳ほどある大きめの机です。昭和61年生まれですので、20才になります。かなり年季もんです。気がつくと寝るところがなくなっていました。どうしよう。頭の中の豆電球が、申し訳なさそうに光りました。『この机の上に布団を敷いて寝ればいいんだ。』人間はひと茎の葦に過ぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、人間は考える葦である。-パスカルーどんな状況にあっても、考えれば解決策は見つかるもの。で、実際に布団を敷いて寝てみました。どこかに不具合は、ないかと。硬い。身体のあちこちが痛くなりそうです。部屋の中央に置かれたその机は、物凄い存在感で、本棚やたんすを圧倒しています。1日で部屋のボス家具になりました。天井の低い部屋の中央に鎮座したその机は、患者を待つ手術台のように少し疲れているように見えます。私は、今晩この手術台の上で、いかなる治療を施されるのでしょう。昔、好きなこの名前を机に彫ったりしました。ボスにも、そのタトゥーがあるのではないかと、探すとやっぱりありました。書いた子と書かれた子が、どうなったかは知る由もありません。でも、そこには青くて酸っぱくてほろ苦い少年と少女がいて、破裂するような心臓の高鳴りがあって・・・子供時代のない大人はいません。大人になるには、子供時代は必須科目なんです。もしかしたら、新しくこの部屋の主になったボス机にもう、心理カウンセリングを受けているのかもしれません。私が昔、机に彫った女の子は幸せに暮らしていると、伝え聞いています。
2006年01月28日
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今日の晩御飯は、昨日の夜から仕込んでおいたブリ大根です。『頂きます』さぁ食べようとしたところ、真珠湾に爆撃が投下されました。それは、突然で時と場所を選んでくれません。隣の席で喧嘩が始まりました。私の作ったブリ大根の上を米粒を飛ばしながら、罵り合っております。汚い言葉で。上空を飛び交う米粒がミサイルであったなら、両者を挟んだ真ん中に位置するテーブルが国境であったなら、当事者が国家同士であったなら、これは戦争です。研ぎ澄まされた汚い言葉は、相手を傷つける為に発せられたものです。研ぎ澄まされたミサイルは、相手を殺す為に発せられたものです。相手をやっつけたい、征服したいという思想は、個人の喧嘩であったとしても、国家間の戦争であったとしても、根底に沈殿している同じ腐り方をした腐敗物だと思います。さて、外国為替証拠金取引ですが、利益確定しました。これで、45回ぶりのプラスです。上がるか?下がるか?2分の1の確率において44回連続して損する人は、世界広しといえどそんなにいないんじゃないでしょうか?44回連続して損し続けると、こころの中も色々と変化していきます。最初の頃は、部屋の中を熊みたいにウロウロしたり、『なんでやねん!』と独りブツブツ言っていました。そのうち壁に頭をガンガン打ちつけるようになります。そして、ドンドン自信をなくしていき、棺桶にでも入っているみたいに自分の殻の中に格納されていきました。それが40回を越えたあたりで、耳元でカチャとどこかの扉の鍵が開く音が聞こえました。長い間使われていなかった地下室の扉のイメージです。その地下室は、実は外に出ることの出来る秘密の通路に繋がっている、そういうイメージです。これが、吹っ切れた時のようすを言葉にしたものです。負け続ける原因を自己分析すると、This is びびり過ぎ。背負う必要のない恐怖心も背負ってしまっているから、重くて身動きがとれなくなっているんです。だから、私は、鎧も兜も盾も捨てることにしました。明日のジョーよろしく、ノーガードでいこうと思っています。私が、ドルを売ってから更に1円ほどドルが上がっております。以前なら、地団太を踏んでいたでしょうが、今は肋骨の檻に入っている心臓も静かにしています。今夜、2005年第4・四半期の米国内総生産(GDP)発表があります。また、ドラマがあるかもしれませんね。私は、116.89円でドルを売り立てました。セオリーもエコノミストの言うことも信用しません。檻の中の心臓が、暴れないように。そのことだけです。
2006年01月27日
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ますます、朝起きるのがつらくなりますね、この寒さ。朝4時の空気には、間違いなく殺気があります。何を朝っぱらから、そんなに尖がっているのでしょうね。私は、自分で言うのもなんですが、かなりのんびりしております。学生時代、夏休みの宿題も8月31日になって、慌ててやっておりました。もし仮に、夏休みの宿題の提出期限が無期限であれば、42才の今にしてもやり終えていないでしょう。その宿題は、見事なバランスで机の上に積みあがっていることでしょう。だから私の場合、期限をつけなければ、それは無期限なんです。私の恐れているのは、人生の8月31日が来た時、見事なバランスで机に積み上げられた、無期限の宿題が荷崩れを起こし、生き埋めにされることです。ですから、遣り残すことがないように、宿題にひとつずつに期限を入れて、提出して行こうと思っています。願わくば、赤点で再提出になりませんように。
2006年01月25日
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昨日、一角獣の夢を見ました。そして、ブログをフルモデルチェンジするといいました。勿体つけているわけでもなく、ただ初心に帰ろうというものです。初心ですが、私は、楽天のブログを選んだのは、アフィリエイトするためでした。あれは、2004年の10月です。何故アフィリエイトするのかといえば、早期リタイアでタイにロングステイするため。そのプロジェクトは時間と共に、小さくなってしまいました。アフィリエイトするよりも、自分勝手に好きなことを書くのが、楽しくてしょうがなくなってしまったからです。誤算でした。第二の矢として放った外国為替証拠金取引も、惨敗。夢は、遠のいていきます。夢に入れた日付は、2013年10月29日です。焦ってもしょうがないけれど、何もしないわけにはいきません。砂時計は、待ってくれるわけもなく砂を落とし続けますから。もし、ホリエモンいやドラえもんに何でも売れる機械をポケットから出してもらったら、誰に何を売るでしょう?そんなことを、おでんに入れる牛筋に串を刺しながら考えています。シニアに昭和を売りたい、それが私の出した答えでした。過去を売る、もう取り戻すことの出来ない過去を売る。もし、コンビニで過去が売っていたら・・・そんなバカなことばっかり考えているとほら、お鍋が噴いてますよ。フルモデルチェンジというのは、アフィリエイト中心のサイトにするということです。ただ、調べたいことがたくさんあるので、今すぐというわけではありません。そう、1ヵ月後の2月22日。2並びですね、じゃあついでに、22時22分にリニューアルします。そして、積み上げた日記もすべて削除するつもりです。フリーページともども。その後書く記事も、アフィリエイト中心にして、自分の言いたいこと書きたいことは封じ込めます。底に溜まるフラストレーション。それをドンドン溜め込んで、風船に詰め込みます。風船は楽天の手を離れ、ココログに。
2006年01月22日
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私は、方向音痴です。気がついたら同じところをグルグル。挙句の果てに、どこを目指しているかも分からなくなるんです。その性向は、身体を覆いつくすすべての細胞にまで、しっかりと味が染み込んでいます。ですので、人生においてもしっかりとした方向音痴です。また、いつものように道に迷ってしまいました。以前もこのブログで書いたのですが、この3月いっぱいで今の会社をリストラされるかもしれません。今は、合否を待つ受験生の気分です。もしそうなれば、起業しようとも書きました。それで、その進行具合を・・・起業のアイデアですが、外国為替証拠金取引で損をするたびに地表から湧き出すマグマのように、湧き出してきました。それが、ここしばらくぱったりと何も出てきません。おまけに、ブログで書くことも何も思いつかなくなりました。そして、湧き出したアイデアもダイアの原石だと思っていたものが、普通の石ころだったり、金の延べ棒が枯葉だったりと・・・真夜中に書いたラブレターを翌朝読み返して、目から火が出るほど恥ずかしいのと似たような感覚です。酔った状態で、冷静に判断するというのは無理だということです。出なくなったマグマ。待っていてもしょうがないので、どうなっているか脳内を探求することにしました、弁当と水筒を持って。荒れ果てた脳地には、作物はなりません。枯れて、萎れて、ぺんぺん草ひとつ生えてねぇ。『ちきしょう!』そうしないといられないように、石ころを思いっきり蹴り上げました。『痛っ!!』氷山の一角。地表に顔を覗かしているのは、ほんの一部の大きな岩だったんです。と、その岩石が突然、ガラガラと動き始めるではありませんか。『痛いのぉ、今蹴ったのは誰だ?』一角獣が姿を現しました。石ころは、一角獣の角だったのです。『そんなところに、寝ているアンタが悪いんだ!』『何だと』『あっ、アンタだな、オラの脳地を荒らしたのは』『うっ、これはお前の脳地か?』『おおよ、長い間、水をやり肥えをやり、汗水流して耕した脳地だ』『それは、悪いことをした。お詫びに、これを使いなさい』そういって、GPSを手渡しました。『ここを目指しなさい』そういって、GPS上のある地点を指差しました。『そこは、天竺か?』『行けば分かる』テーブルの上は、よだれでちょとした溜池が出来ていました。時刻は、午後7時39分。記憶を手繰り寄せていると、GPSが視界に入りました。私は、一角獣の教えに従い、天竺を目指そうと思います。それに伴い、ブログをフルモデルチェンジするつもりです。
2006年01月21日
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世の中は、ホリエモンのことで大騒ぎです。森の中はいい。そういう騒音が、聞こえてこないから。携帯も飛ばない。コミニケーションは、大声です。森の中は、名前の知らない鳥や見たことのない虫がいっぱいいます。よく知っている動物や植物もたくさんいます。今日の昼休み川口探検隊よろしく、森の中を探検してみました。森の中には、人工的な音がありません。風の音、水の音、鳥のさえずり、樹木の呼吸する音。瞳を閉じて、サラウンドで堪能していますと・・・『隊長、あそこを見てください。あんなところに、ミラーボールが・・・』『よし、この崖を昇るぞ、ワシに着いてきなさい。』『どうだ、ここならよく見えるだろう』『隊長、あそこにも』『ん?どこじゃ』『あそこですよ』『ん?双眼鏡を貸しなさい』『ちょっと見難いな、向こうに移動するぞ』『もう少し近づきて見よう』『これまた見事じゃ』もう、昼休みも終わりです。蜂蜜のたっぷりと乗ったホットケーキ。首を振ってそのリアルなイメージを消して、急ぎ足で持ち場に戻りました。
2006年01月18日
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前略 1年後の自分さんお会いしなくなって、1年が過ぎようとしていますが如何お過ごしですか?あなたのことだから、きっとろくでもないことをしているのでしょうね。あなたは、いつもそうだった。自分勝手で、頑固で・・・人の気持ちなんか全然考えなかった。今度あったら聞こうと思ってたんだけれど、それは趣味ですか?それはそうと、3月で会社をリストラされるとか言ってましたね。その後どうなりました。やっぱり、リストラされたのですか?だとしたら、今、どんな仕事しているのですか?まさか、人に言えない仕事じゃないでしょうね。頼みますから、三面記事に載るようなことをするのだけはやめて下さいよ。時々あなたは、遠くを見つめていますね。何を考えているんですか?何故、こころを閉ざすのですか?こころを開いてください。悩み事があるなら、すぐにあなたの傍に飛んで行き、聞いてあげるから。あなたは、幸せだと思いますよ。いつも、いい人ばかりに囲まれて生きてきたのですから。そのことに感謝しないとだめですよ。あなたは、いつもないものねだりで、傍に大切なものがあることにいつも気がつかない。そのことが、いつもはがゆいのです。あなたには、苦しい時も辛い時も前を向いて歩いて欲しいのです。今の私には、それができないから。いつも、挫けて、毛布を被って丸くなってしまうから。お会いする日を楽しみにしております。その日は、1着しか持っていない背広を着ていきます。慣れないネクタイもしていきます。あの日のように通天閣のビリケンさんの前でお会いしましょう。では。一個人という雑誌を買ったら、1年後のあなたに宛てて手紙を出しませんかという企画で、便箋と封筒が入っていました。1年後の自分に手紙を出す時、書くときは未来の自分を思って書き、読むときは過去に自分を思って読む。面白そうなので、書いてみました。
2006年01月16日
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時々、衰えを感じることがあります。年だな、思わずそうつぶやいています。ある年齢から人は、確実に衰えていきます。悲しいけれど、それは生きとし生けるすべてのものに授けられた宿命です。あの天に輝く太陽でさえ、いつかは燃え尽きるのですから。毎日の生活の中で、日々今日は昨日より衰えたと意識することは、あまりありません。例えば、毎日0.001%づつ老化が進んだとしましょう。単位が小さすぎて、その変化に気づかないのではないでしょうか?それがある日、今日は調子がいいなと絶好調の老化君が1%進めば、前言の『年だな』と脳が意識するのではないでしょうか?そして、それが脳に刷り込まれていく。今日、台所にかかっている柱時計を見てそう思ったんです。3時間前までは、元気に正確な時刻を刻んでいました。ところが、3時間後の今、息絶え絶えに正確な時間に付いて行く事ができません。2時間遅れです。何年もの間、休むことなく正確な時刻を刻んでいたのに、突然です。大往生ということなのでしょうか?その電池を裏に埋めて供養しようとしたら、『だめだよ、電池は電池専用の処理場があるから、そこに持っていかないと』って言われた。まさに、その通り。時間について考えたのですが、1年が365日。1日が24時間。1時間が60分。1分が60秒。1年は、地球が太陽の周りを1周する時間。1日は、地球自身が1回転する時間です。何で、こんな中途半端な数字なのでしょう。1日は10時間でいいじゃないですか?1時間は100分でいいじゃないですか?1分は100秒でいいじゃないですか?すると、1日は10万秒。今は、1日86,400秒です。ですから、1秒が0.864秒になればいいわけです。24と60という数字は、2でも3でも4でも割り切れます。すなわち、円の360度を意識して作られたものだと気がつきました。時間は、延々と未来に向かって進んでいくものです。10の単位で区切ると、竹の節みたい進んでいく感覚があるので、時間と共に遠くへ行ってしまいそうです。でも円だと、同じ場所でグルグルと回転するという感覚なので、落ち着きます。それに、1秒のリズムですが、それは心臓の鼓動のリズムじゃないでしょうか。早すぎず、遅すぎず安心して聞いていられるリズムです。私の考えなので、本当にそういう意味があるのかは、定かではありません。ただ、昔の人は偉い。貨幣制度を考え出した人もすごいけれど、時間制度を考え出した人のほうがもっと凄いように思います。今の世の中で、時間という制度がなくなればどうなるでしょう。社会生活など送れるはずない訳ですから。そういうことを鑑みると、文明人は時計に依存している部分が大きいです。というよりも、時計なしでは生きていけません。魂を抜かれた台所の柱時計は、6時23分で深い眠りについています。しばらくは、寝かしてあげますか。時間から開放された生活もたまには、いいでしょう。
2006年01月15日
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風邪を引きました。パソコンが。肺炎になりました。パソコンが。苦しくて暴れだします。パソコンが。看病疲れで、私もダウン。枕を並べて、眠る羽目になってしまいました。そんな1週間でした。パソコンは完治したわけではありません。とりあえず、鎮静剤を打っている状態で、近々大手術をする予定です。どうも、ノートンでも見つけられない虫が棲んでいるようです。上手くこの虫を退治できるでしょうか?後遺症が残らないように、祈りを捧げています。私は、自分のことを自然分娩型のブローガーだと思っています。書きたいことを書きたいときに書きたいように書いています。以前は毎日書くことを目標にしていましたが、行き詰ってしまいました。歯磨き粉のチューブを搾り出すように、言葉を搾り出していました。するといつしかチューブから義務という文字も、アクアフレッシュのように入り混じり、そして目詰まりを。これでは、長く続けられないとそう思ったわけです。ですので、読んでくれている人の為に役立つ何かを、書いているわけではありません。独りよがりの自己満足のためのブログです。そのうち何かの役に立つ、例えばみずやの隅に眠る爪楊枝のようなブログを書きたいと考えています。ないと少し不便で、かといってそんなに使うわけでもないそんなブログを。ここで、今後書く予定のブログの予告編を。まず、このブログのメインテーマである外国為替証拠金取引についてです。儲かりません、というよりも家庭から出る生活の垢であるゴミのように、損が生まれていきます。正直もう止めようかとも考えています。でも、損を積み重ねるうちにある事実に気がつきました。こころの中にある種の感情が芽生えてきたことです。危機感です。たぶんこのまま行くと、有り金をすべて吐き出すことでしょう。最悪のシュミレーションも現実味を帯びてきましたので、演習にも力が入ります。危機感は何をするかというと、自然の摂理なのかリスクを回避しようとします。FXの撤退がないと分かると、別のリスクヘッジを考え出すんです。追い詰められた鼠が、猫に噛み付くように。別のリスクヘッジとは、別のお金儲けのことで、新しいビジネスのアイデアのことです。成功するか失敗するかはわかりませんが、考えもしていない方向から、アイデアが生まれたりします。私はこれを窮鼠猫を噛む理論と呼んでいます。私の場合FXの投資方法を書いても、モチベーションが下がるだけです。そこで儲からない真夜中のデイトレーダーと副題をつけて、心理描写を描いくつもりです。アリの周到さとキリギリスの刹那主義は同じ人間に共存し、別々の神経回路がつかさどっているらしいので・・・あと、最近マーケティングの本をよく読んでいるのですが、実に面白いです。実践してみようと思ってます。でも、今の私には売るものがありません。ですので、キャラクターを考え出して、それを売り込んでいきたいと考えています。しかし、美的センスがない私は、そんなキャラクターを生み出すことは無理でしょう。だから、そういう才能のある人を公募して、サークルのようなものが出来ればと思っています。コンセプトから共に作り上げることが出来れば、いいですね。マーケティング会議は、ブログで行いすべてオープンにして、岡目八目でいければ・・・そのほかに、消え行く昭和というテーマで書いてみたい。その1回目は、もう決めています。寒風摩擦です。あと、ちゃぶ台。手動式チャンネルのテレビなんかも書きたい。そして、シリーズ・続編を書きたいのが、ぼやく深海魚・コンクリとジャングルの光と影・空にぶら下がる雨。都会と田舎の違いをコメディ調にした新・都会のねずみ田舎のねずみ。社会福祉のことや環境問題などなど・・・あまり多岐のわたるので、ブログを分裂させることも考えています。ただ、一度に書くことは不可能なので、機が熟した順番に収穫したいと考えています。もしよろしければ、また読んでやってください。
2006年01月15日
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昨日から空にぶら下がっていた雨が、耐え切れず落ちてきた。それもかなり力強く。その激しさは、厭なことをすべて水に流してやる!という鬼のような気迫がうかがえた。雨は、トタン屋根を叩く。居留守を決め込んだ家のドアを叩く借金取りのように。激しくそして、ひつこく。いつしかその音にリズムが生まれ、メロディーが乗る。私は、窓に煙る激しい雨を見ながら・・・そのメロディーを聴きながら・・・物思いに耽る。あれは、高校受験を来春に控えた15歳の秋だった。その日も、どんよりとした空で、必死に雨が空にぶら下がっていた。僕のクラスに北の国から転校生がやってきた。彼女は、自己紹介で小学生から数え今回で9回目の転校だと言い、今回もいつまで居られるか分からないけど、卒業までは居たいというようなことを言った。その声は張りがあり、背筋のピーンとした素敵な声だった。先生が、僕の隣の空いている席を指し、色々わからないことは教えてあげなさいと僕に言った。そして、先生はくるっと回れ右をして、黒板に書かれた彼女の名前を綺麗に消し去った。何もなかったかのように、いつものように授業が始まり、とって付けられたようなセレモニーが終わった。彼女は僕の席に近づき、僕の机の前を横切る時に、小さな声で「よろしく」と言った。小さな声でも、やっぱり背筋が伸びた素敵な声だった。僕は、こころとは裏腹に無愛想に「ああ」とだけ言った。窓の外は、堪えきれなくなった雨が落ちてきた。強くそして、激しく。運動会の準備をしていた4組の生徒は、蜘蛛の子を散らすように校舎に駆け込んでいく。その様子を彼女は、じっと見つめていた。僕は、その様子を見ているふりをして、彼女の横顔を見ていた。気がつくと、雨が止み、厚い雲間から陽が零れ落ちていた。私は、重い腰を上げジョン太郎を連れて、川原を歩いた。深呼吸すると、少し春の味がした。傍らでは、真似をしたジョン太郎が大きな欠伸をしていた。
2006年01月14日
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今まさに、アイデアが生れ落ちました。忘れないように、書き記しておこうと思います。今年の3月でリストラに、『申し訳ない』と肩を叩かれる可能性は以前書いたとおり変わりません。変わったのは、そのXデイを迎える日が短くなったこと。起業しよう、その思いも今のところ変わりはありません。そこで、家族会議。『起業するってな~』『金ないしな~』『年喰ってるしな~』『どう思う』話しかけてる相手は、いつになく真剣です。別角度から見ると、え~と、またいらんこと書いてしまって、アイデアを忘れてしまった。こんなオチでは、許してもらえるはずもなく、思い出しましょう。瞳を閉じて、自分の歴史を振り返るのです。ほら、色んな沈殿物が積み重なっているでしょう。その中から・・・あっ、思い出した。今日の日経新聞に、米ネット、配信の舞台整う 個人製作の映像番組 グーグルが販売サイトとありました。一部を抜粋すると番組を制作した個人はビデオ映像をグーグルのサイトに登録、最高で1本5ドルの販売価格を設定する。サイトを訪れた利用者が登録画像をダウンロード購入すれと、0.5ドル程度のグーグルへの手数料を差し引いた金額が製作者に払い込まれる仕組み。日本からの映像登録・販売も可能だ。ここに、宝の山があるような気がしませんか?あっ、でも英語わかんないや、って踵を返そうとしたところ彼が口を開く。むしろ、英語わかんなくていいんじゃないワン。日本では、当たり前の習慣が、アメリカや世界では驚きの目で見られることって、あるでしょうワン。そういうのを撮ってみたらワン。ウサ子が続きます。それに、京都や奈良のお寺や神社それに伝統工芸もぴょん。あと、日本食の食べ歩きというのも面白いかもぴょん。早く始めたものが、かなり有利ですねワン。何か、新しい展開が生まれたら、また報告しますぴょん。うっ、移ってしまった。
2006年01月08日
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『ご予算は?』病院の受付でそう聞かれる日は、そんなに遠い未来じゃないように思います。今は、ほとんどの治療に公的医療保険が利きます。1997年に患者負担が1割から2割に増え、2003年3割負担になりました。今後、何割まで増えるでしょう?むしろこれからは、治療によって、保険が利いたり利かなかったりするようになるんじゃないでしょうか。例えば、ひどい風邪で病院に行った場合。医者『風邪ですか?』患者『身体がだるくて、熱も少しあるようなのですが・・・』医者『それじゃ、注射しましょう』患者『はい』医者『それでは、注射のランクはどれにしましょう?とりあえず熱の下がる注射、これは保険が利きますので500円になります。次にこちらの注射、熱も下がり、身体のだるさも幾分ましになります。保険は5割負担になりますので、2000円になります。そして最後にこちらの注射、保険が利かず100%患者さんの負担になりますが、たちどころによくなります。こちら3万円です。どれになさいますか?』患者『この後大事な商談が控えておりますので、3万円の注射を。カード3回払いで』今は、混合診断(保険の利く治療と利かない治療を一緒にする)は原則禁止です。ずっと禁止のままであるとも思えません。最低限度の治療にだけ保険が利き、それ以上の治療を受けたければ、全額自己負担でなんてことになるかもしれません。保険は、公的なものではなく民間の保険に入るようになり、ばか高い保険料を払うことになるのでは。そうなると、未曾有の健康ブームが起き、誰もが健康に気を使うようになる利点も考えられます。医療保険、介護保険は、年金とは違い死ぬまで払い続けなければなりません。その支払うお金も今後どうなっていくか?たぶん、増えていくのでしょうね。一番いいのは、いつまでも健康体で病院のお世話にならないこと。健康は、身近にありながら、疎んじられる傾向にありますから。
2006年01月08日
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外国為替証拠金取引では、無謀とも思えるノーガードの打ち合いに出たりします。そしてコテンパンにやられてコーナーに戻るのですが、新しいラウンドのゴングが鳴るとまた、打ち合います。はっきり言って『ばか』です。ばかですが、そんなばかなことが出来る自分に、ある意味満足している自分もいることも事実です。人間は、かくも不思議な生き物です。私は、友人に石橋を叩いても渡らないと揶揄されます。更に、石橋を叩いて、叩いて、叩き潰してしまい渡れなくする、とも言われます。こころの中で、慎重が隅に正座し、大胆が中央にあぐらをかいて座るそんな構図が広がります。どっちが本当の自分なの?と問われたら「どちらも。」と答えるしかありません。慎重が大胆にこう言います。「もう少し考えて行動してくれよな!生傷が絶えないじゃないか」大胆がこう切り替えします。「何が考えてだ、この腰抜けが。考えて行動してたら、お前みたいに何も出来ないわ!行動してから考えたらいいのじゃ」「ほほう、よく言いますね。よく真っ暗な部屋で壁に向かって、頭を抱えてるくせに」「うぐぐ・・・・」どうです、仲がいいでしょう。今日は、医療・介護について自分の考えを述べさせていただきたいと思います。私は、入院保険の類のもの3つとがん保険に入っています。たぶん、家計診断に分析してもらうと、オーバースペックと診断されるでしょう。私には今のところ扶養家族はいません。ですので、生命保険はほんのほんの程度しか入っていません。もし仮に高額な生命保険に入って、年老いた親に保険金が落ちるような事態になったとき、振り込め詐欺にでも騙されやしないかと、天国で落ち着いて昼寝も出来ません。詐欺にあったときの経済的損失よりも、精神的損失は計り知れません。被害者のインタビューで、「いい勉強させてもらいました、これからの人生に役立てたいと思います」なんてコメント、聞いたことありませんから。保険は、『備えあれば憂いなし』というように生活に根付いたリスクヘッジです。安心をお金で買うということですね。たくさんの安心が欲しいので、たくさんの保険にはいているのですが、それだけでもありません。不払いが問題になっていますが、昔からそういうのはありました。電気屋でテレビの値段を値切るように、病気入院等の支払いを値切る。いやそれは、値切っているのではない査定しているのだというかもしれませんが・・・そのリスクヘッジの意味もあります。それで、医療・介護のことですが・・・いらぬことを書きすぎて、話が長くなりすぎました。時間おいて、また書きます。
2006年01月08日
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通りは、北風が冷たい。コートの襟を立て、人々は足早に行き交う。スクランブル交差点の真ん中で、歩みを止めた。都会の時計は、恐ろしく進むのが早い。年をとるから老いるのではない、夢を失ったときから老い始めるのだ。足の指先から老いが始まって、頭のてっぺんまで登りつめている。時計の針が逆に回れば、置き去りにした夢を取りに戻るのに・・・青色信号が、点滅する。『よっこらしょ』腰を伸ばして、また歩み始める。足元に風で飛んできた新聞が絡みつく。人口減進む、8000万人割れ。2050年1月7日。
2006年01月07日
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昨日お話ししたように、外国為替保証金取引19連敗中です。やろうと思っても、なかなか19連敗は難しいのではないでしょうか。そう考えると、ある意味すごいこと?取引中、プラスになることはあります。連敗を止めることが目的ならば、そんなに難しいことではありません。今現在、1ドル116.20円ですので、決済すれば6300円のプラスです。この巨大なゲームの醍醐味は、心理戦にあります。モンスター為替相手に、それを操る世界のファンドマネージャーとの対決。ではなく、自分自身の煩悩とのリアルファイトです。モンスター為替は、蝶のように舞って蜂のように刺すフットワークで、その展開は恐ろしく速いのです。『どうしよう?』と考えている間にグングン上昇、ガンガン下落します。一瞬の決断が要求されます。それは日常生活でも、あることだと思います。私は、問題を決断せず先送りして生きてきました。そのリハビリを兼ねている部分もあります。大人になると、忙しくなって自分自身とコミュニケーションを取る時間がなくなります。でも、FXをしてると、理性で武装した自分じゃなく、パンツ1ちょうの欲望丸出しの自分をたまに見ることができます。自分の買い目と逆に為替が動いた時。それもかなり高角度で滝壺に落ちる川の水の如き時。パンツ1ちょうの自分が出てきて、汚い言葉をお吐きになる。多重人格じゃないの?パンツ1ちょうの自分に話しかける。『せめて、何か羽織れよ、風邪を引くぞ!』そんなことよりも、日本時間の午後10時半に雇用統計が発表されます。3日のFOMC議事録で米国の追加利上げ余地が限られているとの見方が明らかになり、短期金利先高観が大幅に後退した後だけに、注目が高そうです。 非農業部門雇用者数は20万人の増加、失業率は3カ月連続の5%、時間当たり賃金は0.2%増と予想されています。 利上げの見極めに向けて、時間当たり賃金などのインフレ関連指標にも注目とのこと。20時15分に116.29円をつけたドルは、現在116.13円に下落。雇用統計指数が予想よりかなり悪ければ、垂直落下するんでしょうね。下値抵抗線の115円を切れば、糸の切れた凧のようにはじけてしまうという予想もあります。さぁ、ここで決断です。リスクがかなり高いので、ここはポジションを解消して高見の見物を決め込むか?それとも、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損損とばかりに、現ポジションを維持したままトライアングルゾーンに突入するか?10時半が近づくにつれ、ドルはジリジリと下がっております。この緊張感。久しぶりにパンツ1ちょうの自分と話するのも悪くないかぁ。
2006年01月06日
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雨でした。朝から雨でした。ですから、プロフィールに書いたような方程式を考えていました。足したり、引いたり、掛けたり、割ったり。もし、過去が砂ずりで、現在がゾウアザラシだったらどうでしょう?足すことは出来ても、引くことは出来ません。足すと「砂ずりとゾウアザラシ」で表すことが出来ます。引くと???同じように考えると、過去と現在は足したり引いたりできる同じグループなのでしょうか?重さと距離のように比較できない可能性もあります。そんなことを考えながら、朝、コンクリートジャングルの光と影を書きました。その方程式は、(過去+現在+未来)÷3×イマジネーションです。実は、これには続きがあります。読みたい人はいないでしょうが、雨が降ったらまた書くつもりです。内容は、雨の降り方で変わるかもしれません。雨の降り方・・・私の仕事は、雨が降ると休みです。ですから、雨が降ると窓からよく雨を見ます。雨にも喜怒哀楽があるように思います。そして、侘び寂びというのかメリハリというのか、目には見えない指揮者が髪を振り乱してタクトを振っているんじゃないか、そんな気がするんです。雨は、それに合わして・・・最近、外国為替証拠金取引の話をしていませんね。その話をしましょうか。もちろん継続してやっています。そして、もちろん負け続けています。現在19連敗中です。楽天イーグルスの田尾監督の心情を察します。赤字街道の果ては、遥か彼方、霞んで見えません。
2006年01月05日
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2005年から2006年に移り変わった時、どんべぇのあとのせサクサクの海老天をかじっていた。物語は、何も始まらない。隣の部屋のテレビから新年を祝う爆竹の音が聞こえてくる。このアパートの壁は、ものすごく薄い。耐震強度は大丈夫だろうか?コーナンで買ったコタツが、夢の世界へ誘うから主体性のない僕は、ウトウトと誘いに乗った。ミシミシと廊下を誰かが歩く音がする。どれぐらい眠っただろう?足音は、僕の部屋の前で止まった。部屋のドアの下から冷たい外気と一緒に、彼はそれを滑り込ませた。まだインクの匂いの残る新年の分厚い新聞である。『日本経済、復活』『15年の歳月を経て、歯車が動き出す』『日はまた昇る』年収300万円の時代といわれたのが、遠い昔のようなそんな記事が紙面にひしめく。カーテンを勢いよく開ける。コンクリートジャングルに日が昇る。日本経済が復活しようと、私の懐は北風が吹いている。南風が吹くのは、いつになることか。500円玉貯金箱を逆さまにして、小さな口から慣れて手つきで3枚取り出した。愛おしそうにそれを眺めて、ズボンのポケットに突っ込んだ。そして、ズボンを振って音を聞く。その音に安心して、靴下を探す。今日は、新しい年の始まりだ。穴の開いているのは、止めておこう。ゴムの少し緩くなった紺色の靴下を選ぶ。日に焼けたジャンバーを羽織って、廊下に出た。あの人に会いに行こう。そして、もう一度ズボンを振って音を確かめた。チャランチャランという音が、癒してくれる。励ましてくれる。あの人の最後の言葉のように。
2006年01月05日
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少し気分が、沈んでいます。深い深い光も届かないような海の底で、深海魚に人生相談したい気分です。『どうして、あなたは光も届かないような海の底で生きていけるのですか?』気分を落ち込ませる理由が、見当たりません。理由があれば、対処のしようもあるのですが、その理由が見つかりません。ただ、だるく、ただ、無気力で、やる気はエンプティ。新年早々、厄介な世界に迷い込んでしまいました。『これは、やばい!』こんな時は、こんな時は、こんな時は・・・寝るか、身体中の水分をすべて出すぐらい半身浴するか、へとへとになるぐらい走るか・泳ぐか、腹いっぱい美味いもんを喰うか。要は、これ以上そのことについて考えないように、思考を停止することです。美味いもんを食べる選択肢を選びます。しばし・・・国道沿いの古い中華料理屋のべとついた扉を開けました。店内に入るとメガネが曇り、香ばしいにんにくのにおいがしました。大きなストーブの傍の席に座り、にら肉炒めを注文。年季の入ったラジオからビリー・ジョエルの『素顔のままで』が流れています。窓の外は、真っ黒な海。月明かりに漁船が揺れています。目が、鼻が、耳が、口が、胃袋が自分らしさを取り戻していくそんな気がしました。また、そのべとついた扉を開けて表に出た時、冷たい北風が吹きました。でも、それは心地よかったです。帰りの車の中で、深海魚について考えました。私が深海魚ならば、そんな環境の中で生きていくことが出来るだろうか?でも、深海魚は何も言わない。その沈黙が、また美しい。仮に、ボヤキまくっている深海魚というのもそれはそれで面白いかも。
2006年01月03日
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新年明けましておめでとうございます。本年も昨年同様よろしくお願いします。皆様の2006年が、すばらしい年でありますように、こころよりお祈り申し上げます。昨晩帰って来ました。増えた体重3キロと一緒に。3キロは、お腹の周りと太ももの周りにへばりついております。私の場合、太るとすぐに分かるんです。足が組めなくなるのです。仕事が始まれば、自然に減っていきますが。テレビのある世界でした。日頃、テレビのない世界で生活していますので、テレビはやっぱり娯楽の王様かな、と思います。テレビは、確かにおもしろいもんです。でも、面白いが故に弊害もあるように思いました。テレビを見ていると、際限がありません。あり地獄のように、ズルズルとその世界に引きずり込まれてしまいます。そして、自分が浦島太郎になっていくようなそんな気がします。面白いけれど、その代償に私の数少ない財産のひとつ『時間』を奉納していると。私は、テレビ大好き人間ですが、やっぱりない方がいいと改めて思いました。あると、何も出来ません。まさに、お尻に根が生えてしまいます。新しい年になると、今年こそはと、意気込むものです。私も毎年そうです。でも毎年、その意気込みは自己嫌悪に変化します。おたまじゃくしが、かえるになるみたいに。だから今年は、考えました。『今年こそは頑張るゾ!エイ、エイ、オー!』こんなテンションでは、続きません。歯を磨くように、お風呂に入るように。自然に、少しづつ、継続していければと考えています。2006年の12月31日の自分が、今より少しでも成長しているように。1年は長いようでいて、短い。短いようでいて、長い。もし後30年で、電池が切れるとしたらば、今年1年は残りの人生の3.3%ということになります。そう、確実に砂時計の砂は少なくなっていきます。石油も天然ガスもそうですが、命にも限りがあります。そのことを今年1年、なるべく忘れないようにしていければと、思っております。
2006年01月03日
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