空、風、鳶とパラグライダー Hokkaido Japan paraglider

スカイ・ハイ(二)



「それじゃ山本君、今のところ訳して」
「先生、ちょっとはや過ぎて、どこ、やってるのか、わかんねーよ」
「五十一ページ、五行目、まず読んでごらん」
「シー クッドノット ハブ スオーン …」
「STOP! いいわ、そこから次のページ五行目まで書いて、ノートに。書き終わったら見せて」
「アーア、オニババーだな」
「今のところを小林君読んで訳して」
「はい」
 授業はたいした問題も無く終わった。今日はこのクラスが最後だったので軽い開放感もあった。職員室に戻ったらまずコーヒーを飲もう。春子は廊下を歩きながらそんなことを考えていた。
 十月ともなると学生ばかりか教師の方も中弛みのような状態になる。特に今教えている二年生はなおさらだ。この学校に来て三年目の春子にとってもそれは言えた。
「佐伯先生、聞きました?」後ろから肩に手を置きながら花枝が顔をのぞきこむようにして言った。国語を教えていてもう七年もこの学校にいる事情通だった。
「なにを?」春子は花枝の柑橘系のコロンの匂いをきつ過ぎると思いながら返した。
「山崎先生」花枝はそう言うと探るような鋭い視線を一瞬見せた。
「山崎先生がどうかしたんですか」春子はそっけなく聞き返した。山崎は春子と同じ年の数学の教師である。なんとなく気にはなっていたが探られるような物はなかったので少し嫌な感じがした。
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「ぜんぜん聞いてません?」
「…」
「三年Fの小池」
 花枝はそこまで言うと急に口に手を当てて、顔をとおざけて、そ知らぬ風情で並んだ。山崎本人が見えたのは容易に想像がついた。
 山崎は軽い会釈とともに足早に二人を追い越して行った。職員室の方向へ曲がらずまっすぐ進んでいる。先には体育館があるだけだ。
「ちょっとのぞいて見ます?」花枝はいたずらっぽい目で春子を見た。
「何かあるんですか?」
「もしかすると、もしかするわよ」
 おおかた山崎が誰かと会っているんじゃないかと言うのだろう。春子は全く興味がなかった。
「私はここで失礼します。ちょっとやる事がありますから」
 春子がコーナーを回って職員室の方へ向かうと花枝もついてきた。
「何でも小池とただならぬ関係ではないかと言ううわさが立っているのよ。もちろん噂ですから本当のところは分かりません。でももし本当だとすると大変じゃないですか、ねぇー、佐伯先生」
「誰が言ったんですか、いったい」
「私が聞いたのは宇佐美さんからなの、あの人よくそういう話知ってるじゃない」
 春子は何も返さず職員室のドアを開けて自分の席に向かった。もう花枝の方は見なかった。
 コーヒーを飲んで少し休んだ。職員室で仕事をしていると気が散るのですぐに自分のホームルームへ行くことにした。
トーレイ・セック トーレイ・セック
生徒のいない教室はがらんとしてとりとめが無い。窓際に有るCDコンポのスイッチを入れる。カバンからダンスミュージックを一枚出す、去年ヒットしたものが入っている。なぜか集中度を高めてくれるのだった。一連の動作はほぼルーティン化しているのでほとんど無意識だった。教卓に座って作業をはじめた。昨日やったテストを採点して、教材の準備をしたらすぐに六時を過ぎてしまった。
 外はすでに初秋のひんやりする空気に変わっていた。昼間の残暑がうそのように消えていた。キーのリモコンを押す。シビックのハザードが点滅した。
 すでにラッシュの時間もとうに終わっていて環状線はがらがらだった。途中で十二号線に入ったがこちらも同じようにすいていた。いつもより五分も早く家に着いた。
 鉄製のドアを開け2DKの部屋に入ると昼間の西日がこもっていたのか生ぬるい空気に囲まれた。同時に何かすえたような臭いがしてきた。朝食べ残した煮物野菜が悪くなったのかもしれない。春子は少し顔をしかめてダイニングに入っていった。
 テーブルの上が片付いているので安心した。変なにおいがしていたのは残飯入れだったのだ。うっかりして数日片付けるのを忘れていてそれが西日に当たって悪くなっていたらしい。
 冷蔵庫にあるもので簡単に調理して食事をしたら八時近くになっていた。食事のあとの一時間はゆっくり音楽を聴いて過ごすことにしているがあれこれやるべきことが頭にこびりついていて落ち着かない。
 教職について六年が経つ。日々追い回されているように感じてふと我に返ると無力感というのか、虚しさと言うのか何か取り留めの無い疲れが襲ってくる。同時にこれではいけないという声が聞こえてくるのだった。教師が生活に疲れていて生徒に何を教えられるのだと…。
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 生活、生きることを楽しまなければいけない。素直な気持ちで自分が求めているもの、今は忘れている、やりたいと思っていたこと、それを見つけよう。春子はお茶を飲みながらそんなことを考えた。
 自分が本当のところ何に惹かれているか、何を楽しみたいかというのは分からない。探せば探すほど分からなくなってしまう。ふとしたときに思いがけず出会う、人の出会いのようなものかもしれない。
 パラグライダーとの出会いもそんな意図しないものだった。自分のやりたいことを探し始めてすでに何ヶ月もたっていた頃だった。 何気なく見ていたテレビの幕間を埋める映像に強くひきつけられたのだった。それはヨーロッパの山岳地帯、ところどころに雪をいただく険しい山並みの上空を飛んでいるものが映っていた。ユーロダンスに合わせるように時折旋回している。はじめ一機だったものが二機、三機と増えて見る間に数十機になっていた。色とりどりの原色の機体が抜けるような空に映えている。
 ずっと見ていたかったのにテレビの次のプログラムが始まってしまった。一時呆然として春子はたった今、映っていた映像を頭の中に呼び戻した。そして、こんな風に空を飛べたらどんなにすばらしいだろうと思った。そして早速ネットで調べた。驚いたことに無数のページが出てきたのだった。すでにパラグライダーはこれほどメジャーなスポーツだったことにも驚いた。同時に、これなら自分にでもできそうだという安心感も与えられた。いろいろ調べて近くで練習できるところを選んだのだった。それが守山のスクールだったのである。
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