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2009年07月05日
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テーマ: 徒然日記(25174)
カテゴリ: 人間観察日記
気がつけば、友達が少ない人になってしまっていた。
原因は、私が人間をイヤになってしまうような機会が多かったために、
やたらに人と交流することを避けるようになったことだ。

過去をふりかえれば、多くの人々と知り合い、交流してきた。
親友と呼べる人は、いつも少なかったけど、
友人知人は多い方だった。

しかし、友人知人というものは、一緒に居て楽しいものではあるが、
ことあるごとに、こちらを頼ってくることがあり、
それは、困った時だけ連絡がくる、から始まり、

人数を埋めてほしい、つきあってほしい、などなど、
関係をつないでいく要素が、ことごとく
何かしてほしい、という要望があってこそで、
純粋に友情と呼べるものがあったのかどうか、
考えてみても、疑わしいばかり。

私自身は、なにごとも、人に頼らないのがモットーであるから、
全面的に誰かに頼るような立場になったら、
それはもう、後がないのであろう。
そんな生き方なものだから、
友人知人には、頼られる要求されるばかりになってしまう。

期待されているなら、お応えしてもかまわない。


しかし、それも常になってくると、
何かを頼まれた際に、イヤな顔でもしようものなら、
「なんでしてくれないのか」と不条理な怒りを
ぶつけられることになる。

断ろうものなら、憤慨して絶縁、

理不尽きわまりない。

では、と、断らないかわりに、
お金をもらう事にしたら、
やってもらうことはしてもらいながら、
一切お金を払わないつもりの人が多く、
よほど請求でもしないと、
なんでもタダだと思っている人間ばかり。

友達なんだからタダでしょう、と思いたいのだろう。
しかし、それは道理が通らない。

筋を通そうとして、お金を請求すると、
これまた怒って絶縁とおいうケース。

こうして振り返ってみて、思うのは、
「友情」などというものは、存在しないのではないか、
ということである。

こんなことを言うと、
いやいや、それは間違っているよ、と反論する人が
必ずいるが、人々が友情だと信じている関係というのは、
実は、単なる「利害の一致」に他ならないのだ、と、
私は思う。

利害が一致しなくなったとき、
友情という薄皮がはがれて、あっさりと消滅する関係。

とはいえ、ひとりでは生きられないものなのだから、
どしても発生する人間関係に「友情」という名前をつけて、
気持ちよくつきあっていくことは、大事かもしれない。

めんどうなので、なるべくひとりで生きていければいいな、
などと思う今日この頃である。

合掌


友情・初恋


友情を疑う






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最終更新日  2009年07月05日 13時34分53秒
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すっごい同じ(変な日本語  
とも さん
自分のことを書かれているのかと思いマシタ!
最初から最後まで。。。まだ心臓がバクバクしてる。
それくらい同じ気持ち。。。
人に頼らない(頼れない)性格なので一方的に頼られるばかりでしたが、フと気がつけばそういう事も最近は減ったなぁ、、、というか無くなったな。
無意識に排除してしまったのかもしれません。
私、さみしがりの一人好きなんですきっと(めんどくさっ)。
ガチョン (2009年07月11日 00時58分13秒)

ともさんへ  
共感していただけて恐縮です。
この考え方は、わかる人にはいたいほどわかるし、
わからない人には、まったく理解できないのではないかと思います。
この世は、あつかましい人間が多いですから、
うっかりするとつけこまれるのです。
それでも、ほんとうに稀にですが、とても誠意のある人との交流を
体験したりすると、「友情などない」と喝破する気概が揺らいだりします。
ま、それでいいのだと思っています。 (2009年07月11日 11時13分06秒)

Re:「友情」など存在しない(07/05)  
友情は、自分の中にあるもう一人の人格を、外に求める行為のような気がしたり、

外にある自分以外のDNAを自分の中に取り込もうとする欲求であるように思えたり、

でも、ないとは思うぇない。

ふりふりさんとも、ある種の友情でつながっていると思うのは錯覚かもしれませんが・・・

ひ~とはみなぁ ひとりでわ~
 いきてゆ~けないぃぃ も~のだかぁらあ♪ (2009年07月12日 00時18分47秒)

パブデ・ピカソさんへ  
人との交流には、必ず相手に何かを求める感覚がつきまとう、
ような気がします。求めあう感じが通じ合うと、
それを友情とか愛情とか、名付け始めるのでしょう。

パブデ・ピカソさんとは、友情というよりは、
共感、シンパシーという感覚が強いですかね…。

ま、たいがいのことは錯覚でしょうwww (2009年07月13日 17時27分13秒)

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