ふらっと日記

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紅い凧

紅い凧


紅い凧


 山行きの電車はとても混んでいた。やっと私達
が座れたのは 長いトンネルの中を走っていた電
車が 四角く囲まれた灰色の宙空を通り抜けはじ
めた頃だった。窓を薄く開けると 湿った風が吹
いて髪が飛ばされる。彼が何か話したのだけれど
聞きとれなかった私は聞き返しもせず 黙って窓
の外を見ているのだが 風景は灰色の他なにも無
い。

車内の後方から赤白横縞のブラウスを着たAさ
んがやって来て 腰をかけるとかわいらしい笑顔
で 私達がこれから登る山のはなしや 私には見
えない窓の風景について 話しはじめた。「ほら
凧があがっているよ。灰色の空に。君の探してい
た紅い凧だよ」 声をはずませて彼が言う。答え
られない私に代わって Aさんがアイヅチを打つ
と 「じゃあね」と去ってしまう。

また二人になって 彼はすこし困ったような顔
をして 私の肩に額をつける。私は黙って窓の外
に顔を向けながら 眼を閉じると瞼の裏に見える
紅い凧のことを 考えているのだった。






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