鬱から社会復帰への道。

鬱から社会復帰への道。

告白7


リアルタイムで読んで頂いた方の心には、書いてありますw;
最後まで、読んでいただいて感謝いたします<(_ _*)>どうも

わずかに貯金していたんですが、父の葬式代で、一銭も無かったのです
困り果てた二人の噂を聞いた、近所の新聞社の社長さんが強い議員さんを紹介してやるから家庭保護を受けなさいと・・・初日で審査通りました
その頃僕の腰は限界を超えていました30メートル歩けないないのです。痛さで冷や汗ばかり、立っているだけでつらかった
で、翌月家庭保護が正式に降りたので、医療費全額免除の恩恵で、無事に手術できました
二日後には、歩けて、5日語には退院できました
ちなみに国保では、15万と、いう事でした
長年寝なくていいように訓練した体が(いや脳か)悲鳴をあげなした
2週間寝れない日々が続いて、僕は朦朧と。する意識を抑えて、ネットで検索しました
交通の便がいい病院を大きな病院は応対が悪くて、小さな病院に電話しました
とても感じがよくて親切・・・・そこへ次の日、フラフラしながらバスで行き、
心療内科の門を叩きました。。。そこで2時間くらい今まで、あった事を何かに取り付かれたように、喋っていたらしいんですが
慢性的な躁鬱で、重度の睡眠障害と、診断されました
最初は強い薬で。。。実は;3日くらい寝てたそうです
落ち着いたころ、パソでこの楽天ブログを知りました
病気の事を何も、知らない僕は、いろいろな人に支えられて、時には勉強させてもらって、おかげで取り合えず、躁鬱は2年で乗り越えられたかな?
睡眠障害は今までの生い立ちを聞くかぎりでは治らないかも、しれないと先生に言われています;
しかし、ここ1年随分睡眠コントロールが出来て、5月から社会に出ました
1ヶ月13から15日しかシフトが無くて。1日4900しかなくて、月に8万くらいしか、ありません
でも暑い夏も乗り越えて、今度は冬だけど、前向きだからよしと、しようw
来年に転職します
実は免許や資格が20くらいあります
今の状態・・・きん肉が衰えて、体力が無いことと、椎間板の手術した後遺症で、まともに走れない事や、長年のひきこもりか?言語障害も、ある・・どもりなどw;
ダイビングショップのオーナーが山口にも、顔がきくらしい
症状を踏まえたうえで無理せずに、始めはどれくらい。働きたいか?全部考慮して好きな所へ就職させてやると・・・不安だらけだけど;
今では、あの有名なライオンズクラブの広島の会長なんだってさ
僕の住んでいる山口市は、どんどん店が潰れて、となりの防府市なら、いくらでも、あると要ってくれました・・・もう20年のつきあいに、なります
いろいろと迷惑かけた人たちに感謝・・・稼ぐように、なったらお礼いたします
決まるまでは、今のアトムという会社には在籍しておくつもりです
以上過去の僕から今の僕まで、30年を書きました・・・乱文をお詫びします
読んで頂いた方、いてくれたら。ここに、お礼を申し上げます

今年は30日まで仕事が終わりです・・・競輪グランプリで

           おわり


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