2019.11.08
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カテゴリ: 京の見どころ
    暫く勝手しました、方向がコロッと変わります 幕末の志士・坂本龍馬京都にも多くの足跡が残っています、(1)として寺田屋・酢屋・元近江屋跡、(2)で霊山護国神社・霊山歴史館を訪ねた記録をご紹介します

 ↓円山公園内に置かれている坂本龍馬と中岡慎太郎の像です



史跡  寺田屋   幕末志士でよく賑わった京都・伏見の旅籠(はたご)です

 伏見は京ー大阪をつなぐ淀川水運の終着点で京の南の玄関口として栄えました、多くの船宿が立ち並び活況を呈し幕末には諸国から集まった志士たちが多数逗留していました、なかで特に有名な幕末名所が寺田屋です
 坂本龍馬はすでにご存知の通り江戸時代末期の志士、土佐藩士でしたが藩内での活動に思いを満たせず脱藩、勝海舟にも師事し貿易を兼ねた政治組織「亀山社中」のちの「海援隊」を結成、同志と共に幕末政治に踏み込み、1866年には「薩長同盟」に尽力し倒幕への道筋を付け、翌年に大政奉還への足懸りとなる「船中八策」を策定するなど幕末政治を大きく動かした人物の一人です

 ↓寺田屋周辺、京都南部伏見の地図です 右下が宇治川、淀川へ下ります


 歴史上「寺田屋事件」と呼ばれる出来事は二度発生しています、一度目は1862年に薩摩藩主島津久光が自藩の急進尊皇藩士を粛清し有馬新七はじめ九名の藩士が命を落とした事件、と二度目は四年後に起こった坂本龍馬暗殺未遂事件です

 ↓寺田屋前に立つ石塔 横には薩摩九烈士を悼む文字が彫られています


 ↓「寺田屋」正面です 吊られている大きい提灯の文字と玄関灯りとり「旅籠」は昔のままで寺田屋当時の風情を残しています


 ↓東側から見た寺田屋です


 ↓建物横にある庭、元々の寺田屋はこちらに建っていたと言う説もあります、鳥羽伏見の戦いの兵火で焼失し隣地に再建されたというものですが、如何なものでしょうか


 ↓庭一番奥に建てられている先程の薩摩九烈士の顕彰碑です、九烈士はここから近く大黒寺というお寺に葬られ、西郷隆盛直筆の墓碑銘に見守られ眠っています
 その前に立つのは坂本龍馬像です、この像は龍馬の故郷土佐・桂が浜に建つ銅像と同じポーズだと云われています


 ↓建物の中、志士たちが語り合った部屋です


 ↓部屋の中に展示されている像と襖絵、各部屋には沢山の写真や文章・絵が掛けられています


 ↓建物二階へ上がったところ


 ↓龍馬がよく滞在してたとされる二階の部屋です


 龍馬の働きで薩長同盟が実を結んだ直後、幕府方の龍馬暗殺の命を請け伏見奉行所の捕り方30人ほどに囲まれ襲われた龍馬はケガを負いつつも間一髪、裏木戸より材木屋に逃れあと薩摩藩邸に保護され一命を取り留めました、これが第二の寺田屋事件です

 ↑部屋入り口の柱に残された刀傷

 ↑同じく拳銃の弾痕
騒擾の跡が残されていました


 ↑建物奥にある二階への裏階段

 ↑当時の浴室、風呂桶のみ残ります

 龍馬が襲撃された時、入浴していた妻のお龍さんが着るものつけずこの裏階段を二階へ駆け上がり危急を知らせたと謂われる場所です

 ↓寺田屋の南を流れる宇治川派水、北へ市内の木屋町横高瀬川へ上ります、十石船が行き交います



酢屋  坂本龍馬寓居地と海援隊京都屯所

 ↓紹介します酢屋と近江屋跡近辺の地図です 現在は京都一の繁華街となります


 「酢屋」は江戸時代から290年今も引き継がれている材木商で、幕末6代目酢屋嘉兵衛は幕府や倒幕急進派から命を狙われていた坂本龍馬を匿い起居する場所して提供、龍馬が中心となり結成した海援隊の京都の屯所にもなっています
 酢屋嘉兵衛は又高瀬川開墾に尽力、前述伏見より続く河川で物資の運搬にも携わっています 

 ↑龍馬寓居之址の石塔 

↑現在の酢屋 材木商と共に木工芸品店内

 ↓「酢屋」正面です 建て替えはされていますが外観は昔のままだそうです


 ↓ 店前です 前の道は”龍馬通り”と名付けられ、現10代目の酢屋嘉兵衛により毎年この時期この場所で龍馬の追善供養が行なわれています


 ↑龍馬が起居していたはこの二階です

 ↑龍馬命日11月15日の追善供養

↓昔の酢屋の写真が残されていました、材木が船で運ばれ店前に積まれています

 当時の高瀬川ここ酢屋の直ぐ横まで川が引かれ、"五の舟入"として材木を始め舟で運ばれて来た品々が陸揚げされていた様です


近江屋跡  坂本龍馬と中岡慎太郎遭難の地です

 それまで拠点にしていた酢屋から、土佐藩の御用達・醤油商のここ近江屋井口新助邸に移った一月後、慶応3年11月15日坂本龍馬と中岡慎太郎、龍馬の従僕の3人が刺客に襲われ暗殺されました
実行犯は諸説ありますが、江戸幕府京都見廻組によるものとされています

 ↓近江屋の傍にあった「土佐藩邸跡」木屋町通りに面し、高瀬川が流れます


 ↓近江屋は現在の広い河原町通り上にあったようです


 ↓このあたり近江屋跡です それらしい建物は今残っていません


 ↓跡地に建てられている坂本龍馬と中岡慎太郎の遭難の地石碑です



            次回は、(2)霊山護国神社・霊山歴史館ご紹介します


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最終更新日  2019.11.08 05:00:08
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