FUNKTOWN  J.T.

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MY DISCO 1980 

■ MY DISCO STYLE 1980 ■

六本木に火が付いた1979年末に引き続き、さらに輪をかけるようにしてサーファーディスコは盛り上がった。
これは別にディスコシーンに限られたことではなく、一般世間も空前のサーファーブーム。
サーファー御用達雑誌「Fine」も創刊1周年を迎え、すっかり定着していった。
他にもトレンディー雑誌の原点「POPEYE」もこの頃がピークだった。
そして海には一切入らないくせに格好だけは一丁前な 「陸サーファー」 が街にあふれかえった。

ファッションはオトコが「ゴッデス」「タウン&カントリー」「ディックブリューワー」等のサーフボードメーカーや「ボートハウス」のロゴ入りトレーナー。
ファーラのホップサック&トップサイダーのデッキシューズ、夏場はアロハ裏地やプルオーバー&ライトニングボルトのビーサンが大流行。
髪型は必殺ワンパターンのサーファーカット。
一方自分は、高校卒業はできたものの華やかな大学には進学できず、孤独な浪人生活を送っていた。
浪人というと暗いイメージだが、自分の場合は昨年の大学祭でDJとしてカオが売れ、様々なダンパに呼ばれるようになったので 受験勉強とは無縁のかなり派手な生活 を送っていた。

DISCO78-2

ダンパの開催先は女子大や短大が多かった ので、自然に女子高生から女子大生への関心が強くなった。
女子大生ファッションの典型は「SEAS」等のトレーナーにスカート&ボンボン付きハイソックスにミハマの靴等を組み合わせる「ハマトラ」。
これはこの年デビューした松田聖子ちゃんカットと非常に良くマッチして、すっごく可愛かったなぁ。
バリバリサーファー系はレインボーステッチのサーフパンツにエンジェルスフライト。
ジョーバンのムスクつけまくりで、化粧は青いアイシャドーにオレンジ系の口紅。
耳には貝のイヤリング&気合の入ったレイヤードカット。
このスタイルは誰でもすごく可愛く見えて、「後姿美人」には随分だまされたもんだ。

DISCO78

その頃のディスコシーンでは新しいジャンルの音楽 テクノサウンド が流行!
YMO「テクノポリス」、シーナ&ロケット「ユーメイドリーム」、プラスチックス「トップシークレットマン」・・・
洋楽でもMを筆頭にクラフトワークやディーヴォ・B52・マンハッタントランスファー等が隆盛を極めた。
ファッションも白と黒の市松模様の服やベルト、小物に至るまでいろいろと出回った。
しかしこのテクノブームは一過性のもので、すぐ廃れてしまった。
それ以降はサーファーディスコ一色。
曲もウエストコースト風の軽いポップファンクから、ルパートホルムズ・ディックセントニクラウス・ハープアルバート・ハービーハンコック等の AOR・フュージョン を取り混ぜながら、いよいよサーファーディスコ最盛期・1981年に突入していくのであった。

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