FUNKTOWN  J.T.

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新宿/六本木 1979

■新宿/六本木 1979年 ミュンヘン~サーファーディスコ移行期■

1979年というのは、ディスコにおいてもファッションにおいても激動の年だった。
時代の背景も、従来の「ツッパリ中心」から「サーファー中心」へ大きく移行した時期だ。

気配が見え始めたのは1978年冬。
それまではピンホールのシャツやコンチで決めていたディスコのDJやウエイター、それに常連の一部などが従来とは違うテイストのファッションに目覚めた。
当初はサーファールックとかカントリーとか言われていた、フレアーのコーデロイジーンズに柄シャツ&トンボ眼鏡といった着こなしがそれだ。
78年から79年ごろのサーファーファッションは 「tomorrow USA」の写真 がもろだ。
まだこの頃はほんの一握りでしたが、ツッパリやヨーロピアン全盛の頃で、本当に一部のとんがった連中だけが、このようなサーファーのはしりみたいなかっこうだった。

一方、一般人がこぞってサーファールックに走ったのは1979年にはいってから。
というより、今までトロイのカーディガンやJUNの白いバギーにエナメルの靴を履いてたような連中が、こぞってサーファーに変身したと言った方が的確かな?
よって、格好だけはサーファーチックだが、髪型は昔ながらのパーマーやカーリーヘアのサーファー(クリスタルキングや一時の郷ひろみみたいな感じ)もいた。
一方プレイされる曲の方はまだ混沌としていて、ミュンヘン系とファンキー系が半々といった感じの箱が多く、曲の速さも1980年以降とは大きく異なり、BPM130前後のアップテンポな曲が主流だった。

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さて、そんなサーファー時代初期の六本木のディスコは、入場料も5000円前後で敷居も高く、誰でも気軽に遊びに行けるような空間ではなかった。
しかし、次第に新宿から上質な女子大生や女子高生の姿が消えるのと連鎖して、遊び人大学生や最先端の高校生も六本木に拠点を移し始めた。
時代のメインストリームから取り残されていった新宿は、次第に酔っ払いサラリーマンや上京高校生および中学生が客の中心と化し、さらにはこの年の秋ぐらいから「輪になって踊る」竹の子族が出現し、従来のディスコフリークにとっては近寄りがたい異質な空間になってしまった。

正確には竹の子族がディスコで踊ってたんじゃなくて、「ジンギスカン」や「めざせモスクワ」が流行した時、フリー主体だったディスコで久々に振付が復活した。
最初は従来どおり一斉に前の鏡を向いて踊っていたが、だんだん集団が輪になって踊るスタイルに変わった。
その日のディスコキングが輪の真ん中で、回りがキングを真似して踊るってノリ。
でも、それだと輪の真ん中の空間がもったいないというか、一般の人が端っこに追いやられることになる。
そこで見かねたDJが 「輪になって踊るの禁止」 ってことで、一斉に輪踊りを締め出したのだ。
しかし、彼らはそれを無視し、やがて「竹の子」という服屋で売られていたチャイナ服を着てハチマキをし、踊りながら独特の合いの手や笛を吹くなどして、おもむろに一般客の邪魔をし始めた。
さすがにこれには店側も黙っていられず、「竹の子族出入り禁止」となった。
踊り場を失った連中は、やむを得ず原宿の歩行者天国で細々と踊り始めた。
これが竹の子族の原点である。
最初の竹の子族は代々木公園じゃなくてロッテリアの前だった。

しかし、輪踊りや竹の子族を締め出したのは時遅し。
従来のツッパリ中心のディスコは時代遅れとなり、空前のサーファーディスコブームが訪れた。
一般人は竹の子を中心としたガキだらけの新宿に見切りをつけ、こぞって六本木に繰り出すようになった。
この年の秋から冬にかけては、当時人気の高かったスクエアビルの 「fou fou」 を中心に、まさに連日イモ洗い。
バリバリのサーファーファッションに身を包んだ「おしゃれなオトナ」や「先端の遊び人」だけが集う空間 として、爆発的な人気を呼んだ。
ムスクの臭いがムンムンに漂うあの独特な雰囲気は、今でも強烈に頭に焼き付いている。

1979年に六本木で流行した曲の解説はこちら

このように、1979年はサーファーディスコの夜明けとして位置付けられるが、一方新宿も「竹の子化」が進む直前までは1978年の延長線上で連日大変盛り上がっていた。
ジャングルやタッチダンス等のニューダンスやテクノサウンドも新宿が発祥だったし、ビレッジピープル・リッチーファミリー・パトリックジュベ等の「ジャック モラーリ サウンド」や、同じくドナサマー・スリーディグリーズ等の「ジョルジオ モルダー サウンド」が最も勢いがあった時期だった。
しかし、なぜかこの年は六本木系ファンクばかりが注目され、新宿系ディスコ曲はなにかと「場末のださいイメージ」がつきまとい、脚光を浴びずに忘れ去られた曲が多い。

1979年に新宿で流行した曲の解説はこちら

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