動物の話し



わたしが物心ついたときに、そばにいたのが、スピッツのシロでした。
あのころのスピッツはキャンキャンよくなくこが多かったと思いますが、
シロは落ち着いた感じの犬でした。

当時のわたしは母の実家に暮らし、遊び相手もいませんでした。
でも寂しいということもなかった記憶があります。
幼児にとっては広い庭があり、お姉さん犬のシロがいましたから。

庭には楓の木、さるすべり、赤い実のなる木、などなど緑があふれていました。
どういう意味があるのか、玄関脇には大きな陶器の甕のようなものもあり、
水が一杯に入っていました。中には「ガマ大王」が暮らしています。
たまにその巨大な姿を見せてくれたものです。

シロは庭で放し飼いにされていました。
わたしが生まれたときには、もう3歳ぐらいだったらしく、
自分の方がお姉さんとはっきり自覚していたように思います。

人間の遊び相手がいなかったわたしは、シロをおままごとの相手にしていました。
でもこれはかなり迷惑なことだったみたいです。
わたしはひまさえあれば泥ダンゴを山のように作り
「シロ、おダンゴができたよ~こっちにおいで」
と飽きもせず呼びかけました。
シロはなかなかやって来ません。いつものことですから当たり前といえば
当たり前のことです。
しくこく呼びつづけるので、仕方なくシロはやって来ます。
しょうがないわね、という顔で一応泥ダンゴの匂いを嗅いでくれます。
これ食べられないわよ、と目で話しをして、またどこかへ行ってしまいます。
こんな遊びをよくしたものです。

祖父が家にいるときに犬を座敷に上げることはできませんが、
留守をねらって、ときどきわたしの部屋に入れたりもしました。
シロとわたしは疲れるまでいつまでもぐるぐる走りまわり
おいかけっこをしたものです。

さんざんシロに世話になったわたしですが、
父が留学先から帰ってきて遠く引っ越すことになりました。

時が過ぎ、1年半後に再会したしたシロはなんだか小さく縮んで見えました。
わたしが大きくなったせいもありますが、やはりシロは
年取ってしまったのだと思います。
あのころの犬は、残りご飯に味噌汁をかけたものを食べさせられて
いたのですから、長生きはできませんね。
そのときが、シロとの永遠の別れとなりました。



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