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台風が過ぎた空には雲一つなかった。やっと秋が来るのだろうか?彼女が逝って、3年目の夏が終わる。暫くこのブログを書かなかったのでふと戻ってみると、どなたかが、私の気持ちに好意的なメッセージを残してくれていたので 、また記録を書いて見た。日々の生活の忙しさに翻弄されて、今は生き抜くというより、生かされていると言う状況だろうか。色々な私的できごとがあった。94歳になる父の入院と母の介護 私の娘の結婚と出産そして私自身の退職妻との平穏な毎日と時々の葛藤しかし、 ふと時間が止まる錯覚の中で彼女との思い出が甦る。暑い夏の盛り甲府の葡萄の丘を訪ねたことがあった。 彼女のお目当ては、たわわになり食べ放題の葡萄ではなく、自由に試飲できるワインだった。あの無邪気にはしゃいだ笑顔が昨日の事に思われる。少し酔ってしまって私に纏わりつく、彼女の甘い匂いをこんなに確かに思い出せるなんて!
Oct 3, 2012
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異常気象の夏の後にもやはり秋の空が来る。彼女が逝って幾度目かの夏が過ぎていく。しかしいまだ思い出は色あせることがない。そしていろいろなことがあった。会社を辞め、父が亡くなり、娘が結婚し、妻と二人だけの毎日が始まった。後片付けなど雑用にも忙殺されて、生活することに精一杯だったともいえる。彼女との交流はかれこれ**年になる。振り返れば長いが、しかしあまりにも短かった。二人で共にした足跡はいたるところにあるわけだが、いつもだったらまた好奇心を満たすだろう共通テーマを持って旅に出かけていた夏から秋への季節。 今は、出ることもない。妻は、孫のことに夢中だ。私も孫はかわいいが、それだけに没頭することは難しい。旅に出たい。しかし一人旅は、なぜか後ろめたい。妻の気が向いたら、伊勢神宮には行こうと思う。もう海外への旅行は興味が失せたようだ。パスポートも更新するのを止めた。妻はもともと、飛行機嫌いで、私が海外出張の時も冷たい関心であったと思う。彼女は、どこへでも興味を持った。そこも大きく違った。中国の仕事ついでに203高地を彼女と訪れた時はロシア軍の旧陣地に興味深々であった。戦史の現場としては荒れていたが、もうそこには、ロシアの現代があった。病院、将校専用レストラン、宿泊所のいづれも広くコンクリート造りであった。日本のそれは、いわば急ごしらえのあばら家だった。当時でさえ比較にならない。日本兵は屍を連ねて、よく戦ったが、近代戦を旧式の設備で戦うばかばかしさ。そのへんんから日本の行く道は間違ったのかもしれない彼女は、そう呟いて、深呼吸していたっけ。
Oct 2, 2012
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