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実はここの楽天(の前のinfoseek時代)の日記を書き始めたのが、九世十三回忌追善の会なのだった。今回の追善の曲は「似せ阿弥」。多くの新作狂言を手がけた九世藤九郎の作品の1つで、シテ盗人を十世藤九郎が、アドの某を和泉元彌が演じた。 作品題名を見てわかるように“せ阿弥”つまり世阿弥を取り込んで、盗人が世阿弥の霊に扮する話。「奥義アウギ」と「扇アフギ」は掛詞のルールから外れるけれども、「時分の花」「自分の鼻」といった言葉遊びを盛り込み、なおかつ著名な狂言(「仏師」「瓜盗人」など)のエッセンスを加えた佳品だった。
十三回忌の時は「三番叟」に<陰陽之式>の小書を付け、鈴ノ段で鈴を使わずに錫を用いたが、今回の「似せ阿弥」には鈴ノ段を真似た舞が入るので、鈴を使用している。そういう辺りを意識したのかもしれない。
『花伝書』を最初に読んだのは高校2年生の時だった。教材で読まされた評論文に『花伝書』が出てきて、読んでみようということになったのだ。当時は講談社の普通の文庫に様々な古典作品が並んでいて(その点では新潮・角川なども同様)、格安の値段で本文と対訳が読めた。近現代に飽きると古典というのを随分と繰り返した時期である。研究対象にしようとは思わないが、芸道に関する古典作品というのも面白い。仏教関係の思想書よりもなじみやすいし、何百年も前の思索が時を超えて目の前に広がってくる。