全4件 (4件中 1-4件目)
1
――――― 彼は最近ツイていた。 麻雀も競馬も競輪も競艇もとにかく勝ち続けていた。別に攻略法を発見したわけではない。高い金を支払い結果を予想したわけでも、特殊なアプリを使用したわけでもない。ただただ、ツイていた。「信じられない」 呟いた。ひとりでそれくらい呟いてしまうほど、彼の手には多くの現金が転がり込んできた。最初に競馬へと手を出した時、彼の財布には1000円ほどしか入ってはいなかった。それが今では財布に入りきらずポケットから札がハミ出している。 何か運命じみたものを、彼は感じていた。直感的に、彼は自分が何か偉大な人物へと変化したとさえ思った。驕りや油断が皆無とは思わなかったが、それ以上に彼の運気は異常であった。 最近、勝ち続けている……何をしてもだ……どうして?いや、この幸運は果たしていつまで有効なのだろうか?しばらくギャンブルを止めるか?いや、負けるまでトコトンまで攻めるか?半ば結論ありきの困惑だ、そんなことはわかってんだよ……。「最近調子イイみたいだな。どうだ?ここに行ってみろよ」 悪友から誘われたのは都内にある裏カジノ。信頼のある会員からの紹介文で参加できる高レートの賭場。普段なら、というか一般人であれば絶対に近づきもしない場所だ。普段なら、「いやいや、無理無理」と笑い冗談話にするところではあるが……彼は迷った。ギャンブルとは止め時が肝心だ。そんな当たり前の事は彼自身よく理解している。大した学歴も無く、自慢出来るような技能も無く、あらゆる分野においての経験も浅かった。だからこそ、自覚が足りていない今だからこそ、彼は甘い誘惑に乗った。 繁華街の隅にある雑居ビルの5階、階層の案内板を思い出す。どうやらテナントはこの店と1階の不動産屋だけのようだ。どうでもいい、くだらない推察をして気を紛らわせる。 緊張していた。つくづくそう思う。手に汗がにじむ。仕方なくシャツの袖で拭う。 ……情けねえ。 この幸運はいつまで続くのだろう?今日?明日?友人の言う事が本当ならばかなりの優良店らしい。支払いもキチンと即日払い。ツケは不可能。最高レートでも10万。……多少負けこんでいたとしても、即日支払えるだけの現金はある。まあコンビニも近いしな、いざとなれば下せばいい。 決断する時が来た。 ならば自分の限界とはいかほどかを確かめたい。 知りたい。自分の手にできる限界はどこなのか? 掴みたい。金だ。できる事なら自分の力で手に入れたい。 彼はゆっくりとした足取りで、またゆっくりと階段を下りて行った。 廊下に立つ案内の男に紹介文を見せ、免許証を見せる。男は無言で免許証を眺めた後、スマホで裏表を撮影した。撮影現場をわざとらしく見せるあたり、口止めと脅迫の意味もあるのだろう。廊下の先にある磨りガラスの自動ドアを抜けると、すぐ左に小窓と小さなカウンターがある。窓にはブラインドが設置され、半分ほどが落とされている。視線を落とすと茶色の小銭トレーが置かれていた。「いらっしゃいませ、いくら遊ばれますか?」 両替所だ。「これを」 50万を差し出した。心臓の鼓動がドクンと音を立て、緊張が一気に高まる。 これでもう後戻りはできない。 教えてもらおうか、俺自身の限界を。 ――――― ルーレット。カジノやギャンブルの知識が無い彼にとって最も手軽に遊べるゲーム。無論、彼は最初からこのゲームに挑戦するために足を運んだ。 しかし……。それはあまりにも、あまりにも残酷で、およそ正気を保つことさえ困難な状況だった。「れ……Red 9」 ディーラー役の若い男が声をうわずらせて宣言した。「失礼……36倍ですね…」1枚10万のコインが36枚、震える手に抱えられながら移動する。「……マジかよ」 コインが手前に到着する。これだけで360万。それを3連勝。カジノに到着して早々から勝ち続け、ベッド金に関わらず全勝する。店に還元するつもりで賭けた1目賭けもあっさりと5連勝。2000万は勝っている。緊張も歓喜も全て飲み込む、そんな恐怖を感じずにはいられなかった。「す、すいません……」 誰に対して謝ればいいのかと考える余裕すら無かった。コインが増えるたびに気色ばんでいた表情も、今では懺悔する罪人のように蒼白としていた。 なぜ、勝つ?なぜ、負けない? 俺は、何もかもが未熟で幼稚と思っている。たまたま勝っていたのは偶然で、俺なんかが大金を手にするなんて事は不可能だ。キッパリ負けて、さっぱりして帰ろうと思ってたんだ!それなのに……それだけだったのに……どうして? 自分の限界が知りたいだとか、そんなことはもうどうでもよかった。「……そろそろ、帰り、ます、ね」 ディーラーにそっと告げ、彼は席を立とうと膝を上げた。すると突然、背後から肩を強く押し下げられた。無理矢理に椅子へと腰を打ち付けられ、彼は後ろを振り向いた。「まあまあ待って下さいよ。兄さん、調子イイみたいだね。幸運の女神様に愛されてますってヤツ?」 朗らかな口調だがドスのきいた低い声で男が言った。いかつい体形で見るからに危険な匂いの漂うチンピラ風の男。緊張が背筋を走る。「……いえ、それほどでも、ないです。あの、俺もう帰りますんで…」 男の顔は見ず、できるだけ平静を装い話す。やはり裏カジノなど来るべきではなかった。男は落ち着いてゆっくりと彼に告げた。「他の客は帰らせました。まあ数人しかいないし、今日は店じまいということで。で、お客さん、よろしければ少しお話を聞かせてはもらえませんか?ルーレットの攻略法なんか参考にさせてはいただけませんかね?」 有無を言わさない雰囲気で男が言う。ディーラーは椅子に腰かけ煙草を吸い始めた。入口のドアからは先ほどの男が部屋に入ってくる。……何で俺がこんなメに。「いえ、明日も仕事が早いので…失礼します」 言い終わる前に、男の拳が彼の上顎に直撃した。「ギャァッ!」痛みと同時に口内から血が噴き出し、ルーレット台へと盛大に滴り落とす。「ううっ………」くそっ……口が切れやがった。こんな事になるなんて…。この店に来る前、このような流血沙汰になることなど想像はついていた。だがそれはあくまで想像であり、中学生の妄想と何ら変わらないレベルでの話だ。認識の甘さを思い知る。 だが、 そんな、『そんな認識の甘さ』程度の話で済む次元ではもう既に……無かった。「ぐっ」 発したのは彼ではない。今彼を殴打した男、そしてその背後にいる男、目の前のディーラーがほぼ3人同時に呻き声を漏らした。そして、3人がどさりと崩れ落ちた。 何が起きた?眠っているようにも見えるが、そうでは無い気がする。「おいっ、おいっ」倒れた男の肩に手を当て揺するが反応が無い。奥の男も、ディーラーも同様だった。頭を揺すろうが頬を張ろうが、これといった反応が無い。背筋に冷たい風が抜け、首がブルルと震えた。 まさか…な。予感が的中するとは考えられず、試しに男の胸に耳を当ててみる。「嘘だろ?」当然のように何の音も聞こえない。心臓どころか胃腸の動く音さえ無い。――――― 気が付くと、彼は見知らぬ公園のベンチの上に座っていた。どこをどう歩いたのか、どの方向から歩いて来たのか全ての記憶が消えていた。覚えていることは、そう――。 死体だ。あの3人、そして部屋を飛び出す時に見た両替所の男の死体。 4人が一度に死んだ。原因は考えるまでも無く、わからない。わからないままの方がいい。「……俺のせい、じゃないよな?」 彼は頭を抱えてうずくまった。その手には最初、免許証を撮影されたあの男のスマホが握られていた。 もう、いい。もういいよ……クソッ、これから俺はどうなるんだよ…畜生、畜生がっ!!「何が幸運の女神だよ、そんな女欲しいわけがねぇ。クソ女がっ! 彼がそう呟いた次の瞬間――、 彼の意識の外で、彼が認知もしていない『何か』が、彼の内部から飛び出した。 それは目に見えない『何か』であり――彼が知る事も触れる事も叶わない『何か』が……。 遠くでパトカーのサイレンが聞こえる……。 了 ネタはともかく内容がヒドい。構想1日書き3時間。編集なし。添削なし。 文章もヘタクソだわ。見ていただいた方々すいません。次回はもちっと真剣に考えてヤリます。こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。人気ブログランキング
2017.01.31
コメント(0)

――――― 数世紀に及ぶ人類の環境破壊に、大自然の神の怒りが頂点に達した。 大都市を狙う地震、島々を飲み込む津波、全てを破壊する台風…。人類の数は減少の一途を辿り、もはや存亡の危機であった。 そして神は人類に対して最後の言葉を告げるべく、国々の代表者を招集した。 「貴様ら人類は私の大地を血で汚し、母なる海を薬で汚した。その罪は人類全員に等しく存在する」 「神よっ、どうかお慈悲をっ、お慈悲を頂けないのですかっ?」 ひと際大きな体格をした白人の、金髪の紳士が叫んだ。どうやらこの男が人類の代表者らしい。 「ならぬ。貴様らは己らの分をわきまえず、森を焼き、氷を溶かした。その罪は永遠に償われるべき大罪。絶望の末に滅びるがいい……」 赤いネクタイをした金髪の紳士も、その威厳ある声に怯え、必死に命を乞いた。そうしなければならぬほど、神の力は絶大であった。 「お情けを……お慈悲を……偉大なる自然の神よ……」 自身の敬愛する神とはまるで次元の違う真の神に、人類はひれ伏し恐怖した。 神はそこでひとつの考えにたどり着いた。 ……人類も私が生み出したひとつの生命、ならば私自身の贖罪の意味も込め、最後の時間を与えよう。 「貴様らが生み出した核物質、放射能という科学によって汚染された土地がある。我が地球の地表にして0.1%未満の狭い土地だが、そこに全人類を集めて暮らせ。周囲には8000mの断崖を形成し、4000mを超えた先は真空状態にして生命を遮断する。貴様らはそこで互いに滅ぼし合えばいい……戦争が好きなのだろう?私はそれ以上干渉はしない。好きなように殺し合え」 これは傲慢ではない。私は大自然の神であり、全生物の生殺与奪の権利を持つ存在。人類のこれまでの行為を、エゴを、罪を償わせなければならない。 「そんなっ!神よ!お許しを!」 金髪の紳士を始め、各国の代表者らしき人間たちが口々に謝罪と慈悲を乞う。だが、そんなものは関係無い。人類は存在そのものが罪。滅ぶべき悪の結晶なのだ。 「……話は終わりだ。消えろ!」 その後は簡単に事が運んだ。津波・地殻変動を起こして人類の生活圏を奪い、逃走する人間どもを一か所に誘導する。高濃度の放射線で満ちた土地に人類を閉じ込め、蓋代わりに断崖の山脈を隆起させる。逃走を阻止するために中途から空気を操作し真空にした。これで数十億の人類の処理は完成した。 そこでようやく神の怒りは静まった。神は改めて、人類に汚された大地と海を憂いた。 ……自然が自然に回復するには数万年はかかる。余計な細工はせず見守るのが正解か……。ならば地球再生のため今しばらく眠りにつこう……この星が、また青く美しく輝くその日まで………。 神は眠りに入ろうとした。怒りはとうに消えて失せ、心には静寂が戻った。もはや人類の存在など忘却の彼方に消えていた。 ――――― 人類との邂逅から何年が過ぎたろうか?数万年から数百万年、時間の概念すら意味をなさない膨大な時の果て、神は再び目を覚ました。 「……美しい」 その呟き通り、地球は見事に再生していた。青く輝く海、濁りのない空気と空、地平まで覆う森林、そこで暮らす動物たち、躍動する昆虫、美しい花々……。 全てが理想の世界。大自然のあるべき姿。これこそが地球……神は感嘆し、誇らしげに歓喜した。やはり知的生命体などこの世界においては無価値、根絶こそが必然だ。それが私――端倪すべからざる存在、大自然の神の下した結論。世界の真理だ。 そしてふと、ほんの少しだけ――神は自身にそこまで考えさせた、とある知的生命体の存在を思い出した。そう。人類だ。サルが進化しただけの下等な哺乳類。なまじ知恵が回る習性があり、有機無機を問わず犠牲にする簒奪者の群れ。もうとうの昔に滅びたはずだが……。 ヤツらに残した土地も自然に返すべきだろう。さすがに放射線も消え、独自に発生した生命もあるかもしれない。私の地球に住んでも問題ないようなら、別に何百年か保護してもいいかもしれない。 神は自らが封鎖した、人類終点の地へと意識を飛ばした。 ――――― 「何だ?これは?」 思わず言葉が漏れた。それは驚愕の光景であり、およそ信じられるものでは無い。私は未だ眠りの中であり、これは夢の世界か?いや……違う……これは……、生命?なのか?」 封鎖した大地の上を四足歩行で闊歩する、奇妙な金属の骨。一見すると機械仕掛けの蜘蛛のように見えるが、昆虫類のようなロボットじみた動作ではない。明らかな知性と、それに伴う生命のある動きだ。2mほどの足の付け根には胴体らしき球体があり、大きさは人間の頭ほど。口や肛門などの器官は無く、眼球や耳に相当する部分も皆無。色は乳白色であり、4本の足の先には細い指が5本揃っている。 封鎖した土地、その全土を見渡す。地面は全て平らにならされ、金属らしきプレートで敷き詰められていた。草木は一本も無い。見る限り住居らしき建物も確認できず、その地の上には奇妙な骨が数百体ほど歩いていた。何をしているのか見当もつかない。だが、神の目は全てを見通す力があり、その正体もすぐに答えが算出された。 ………そのはずだった。 「……炭素と金属の加工物質だな。相当な硬度……ダイヤモンドの数十倍?胴体は……何だ?あんな鉱物は自然界には……おそらくは地下資源を加工したものだが……膨張率、純度、熱伝導率、電気抵抗、結晶構造、磁性……はあ?何なんだ?この数値は?……あんなものは、私の自然界には……」 誰に対しての問いではない。神は神自身に問いた。……クソッ!人類は何を、何をしやがった! そして――はっきりと、 明確な意思を持つ何者かの声が、 神の、神の支配する意識の内に、 侵入した。 『正解は地球外金属です』 はあっ?ええっ?何でっ?何故だ、なぜ私に交信ができる?そんなバカな!私は大自然の、いわば神!どこぞの矮小な存在が私に語りかけるだとぉ? 理解不能、予測不能の事態だった。驚愕、それは神にとっても初めての経験だった。支配するべき存在からの通信……いわばヒトが、微生物であるミジンコから物事を教えてもらうような事。そんな事が可能であるハズがナイ。ありえない! 『地球外金属を複製し、炭素と結合させて精製します。原料は隕石を使用。無機物としては自然界に存在しません。あらゆる元素との結合を防ぎ、半永久的に現存が可能。我々の身体の95%がこの金属によって形成されます』 ち、地球外だと?そんな……そんな……。 『……地球のあらゆる環境変化に対処が可能……ちなみにこの金属の名前ですが……』 わけのわからない、生き物か機械なのかも判別できない存在の声を聞きながら……神はようやくふたつの事を理解し、確信した。 ひとつは、どうしようもない後悔。やはり人類は殲滅するべきだった。 もうひとつは……人類の執念、その怨念は、あまりにも……神を超えて……。 『金属名は、〈カミヲナブリゴロス〉、です。理解したか?』 この声はどこかで聞いた気がした……そう。 最後に聞いた、あの、体格の良い、白人の金髪の紳士の声に……。 了 トラ〇プ大統領就任祝いのショートです。構想2日。書き4時間。少し疲れました。誤字脱字あればすいません。文法的にも若干の編集ミスあり。難しいデス。 補足ですが…seesの楽天ブログ内の作品で最も好き、かつ、まともなショートショートが本作であります。ジャンルという枠組みと考えるなら、コレが一番マトモです。こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。人気ブログランキング
2017.01.28
コメント(0)
――――― とある郊外の牧場の草むらで、一匹のオス豚が眠りについていた。彼は特別体が大きいわけでも知能が優れているわけでもなく、ただ他の豚と同じように生まれ同じように生きてきた。「……腹が減ったな」 眠気の取れぬまま目を開き、小さな声で呟いた。餌の時間はまだ遠い、水で腹を膨らませる気分ではない。かといって運動する気にもなれない。仕方ない。もう少し寝よう。彼は再び瞳を閉じた。 自分が人間に飼われている、という自覚はあった。しかしその環境・生まれた種族に不満はなく、彼はある程度の自由を満喫していた。適当に眠り、食べ、歩き、生きているという認識を得る。それだけで毎日が完結していた。彼は、そう、幸せだった。 ある晴れた日、彼の前に白い服を着た人間が現れた。いわゆるスーツと呼ばれる服を着ている。泥のシミや汚れが一切なく、とても清潔そうだ。自分を飼っている人間たちとは明らかに違和感のある男を見て、彼は最初少し怖かった。暴力をふるいそうには見えなかったが、信用はしてはならない。人間は彼に話しかけた。「やあ」 優しそうで、とても爽やかな声音だ。話が通じると思い、彼も返事をした。「こんにちは、あなたは誰ですか?」 男は笑ったり悩んだりバカにしたりするそぶりを見せず、ただ微笑みながら答えた。「私は名乗るほどの者ではありませんよ」男は続ける。気のせいか、微笑みが強くなった気がした。「突然ではありますが、あなたは今日死にます」「は?」 何を言っているのだろうかこの人間は。「あなたは今日死にます」「だから、あなたは誰ですか?僕に何か用事ですか?」彼がそう言い終わる前に、男は若干疲れたように軽く息を吐き、もう一度繰り返した。「あなたは今日、死にます」「ええっ?」何が何だかわからなかった。「どうして?」 他の疑問など吹き飛んでしまいそうになるほどの驚きだった。男はやれやれと言ったと同時に両手を広げ、また微笑んだ。今度は呆れたような声だった。「察する事はできませんか?自分が何のために生きているのかとか、親や兄弟はどこへ消えたのか、そういう考えを今まで持たなかったのか、どうなのですか?」 彼は沈黙した。口を閉じると、次第に体が震えだした。どうなるのか、そんな事は他人に言われなくても分かっていた。彼が想像した瞬間、男が同じことを言った。「屠殺ですよ。と、さ、つ。あなたは今日シメ殺されるのですよ。電気ショックを与えられて、あっけなく、抵抗する暇もなくあっさりと」「嘘だっ」 彼は叫んだ。そう叫ぶしかなかった。「嘘だ嘘だ」と叫び続けた。やがて叫びながらも、男の言葉を理解する。そう。男は決して嘘を言ってはいなかった。しいて嘘と呼べるのはたった一点。今日か明日、近い将来、彼は確実に屠殺され、肉として処理される。そういう運命なのだ。涙があふれて止まらなかった。恐怖が全身を包み、前後の足が激しく震えた。涙目になりながらも、男の顔をちらりと見る。男はただ立って微笑んでいた。何なんだこいつはっ。「そんな事を僕に教えて何が楽しいっ、何でそれが今日だとわかる?答えろっ」 興奮する彼に向って、男はまたも冷静に答えた。「先ほどこの牧場のスケジュール表を拝見しまして……今日の午後、あなたはあちらの事務所の隣の屠殺場に連れていかれ、電気ショックの後にバラされ、加工される予定らしいです」 絶句、であった。彼にはもはや叫ぶ気力すら消えかけていた。赤みのあった体はどんどん青白くなり、体温が急激に落ちた。「……そんな、今日?」「はい。今日です」 ようやく、男の顔から笑みが薄れた。「……それを、なぜ僕に?」 おそらくはロクでもない事なのだろう。彼はそう考えた。これまで出会った人間たちは皆、彼をペット以下の下等な生物、動く汚物くらいにしか思っていないのだろう事は理解していた。しかし……、「私はあなたを救いたい」 それは驚愕の宣言であった。「私はあなたを救いたい。今日というあなたの運命を変え、希望に満ちた明日を、生きる喜びをあなたに贈りたい。そのために、力を貸してあげたい」 自信に満ちた声と顔だった。事実、男の背中からは後光すら差しているかのようだった。「ほ、本当ですか?」「ええ、本当ですとも。私は運命を変えられる力を持ちます。あなたから死の運命を遠ざけ、生きる意味を、生きる喜びを感じて欲しいのです」 こんな事があるのだろうか?死から免れる方法があるのだろうか?疑問は泡のように浮き上がるが、やがて泡沫となって消えてゆく。そう。何もしなくても結果は同じなのだ。今日か明日か明後日か、僕は必ず死ぬのだ……だったら、生きる意味くらいは知って死にたい。「助けて下さい。どこのどなたかは存じませんが……僕を、僕を助けて下さい」「はいっ」 男は即答した。清々しさすら感じる気持ちの良い声だった。その言葉を受け止め、彼は大きく深呼吸をした。そこでようやく安堵する。これで助かる。延命さえできれば、また生きるチャンスも残る。方法はわからないが、自力で何とかできるなら教えてもらえばいい。とにかく、今日を生きることだ。 彼がそう決意めいた表情で男を見つめると、男は照れたように視線を外した。お礼を言おうと彼が口を開きかけると、それより先に男が言った。「では、がんばってくださいね」 男がそう言った次の瞬間――、男の背後に複数の影を感じた。男たちの影。人間だ。それも彼が知る牧場の関係者。彼の飼い主たちであった。「……こいつだな」 唐突のことに戸惑う彼を無視するかのように、男たちは彼を縛りあげた。手際良く首に縄を括り、彼の巨体を強引に引く。逃げる隙も、抵抗する余裕も無かった。「えっ?えっ?えっ?」 彼が吐いた言葉はこれだけだった。これだけの間に、たった数十秒の間だけで、彼の自由は奪われた。 連れていかれる僅かな瞬間、彼はあの男へ振り向いた。 男の表情は変わらない。ずっと笑みを浮かべたままだった。 薄暗い部屋に光が灯り、彼は目を見開いた。鈍く光る銀色の机がいくつも並び、盆の上に横たわる刃物、機械で動くノコギリ、見たことのない光景……微かな死臭すら漂うこの場所、ここで父と母と兄と姉は死んだのだ。死んでバラバラにされ、加工され、やがて男たちの仲間に食われるのだ。「……食われる、か」 けれども死んで食われる事に嫌悪感は無かった。自分も今まで無数の命を犠牲にしてきたし、豚という種族に生まれたからには覚悟もしていた。ただ問題があるとすれば、たった一つ。たった一つだけの不満が残った。「生きたい。僕はまだ死にたくない。死ねない。死にたくたい……」 白いエプロンに手袋、ナイロン製のエプロンにマスク、男たちは静かに準備を始めていた。彼はそれをじっと見つめ、恐怖を鎮めようと懸命に吠えた。「……」彼の声を完全に無視し、男たちは準備を進める。先ほどの男とは違い、言葉が通じる訳はない。それでもなお高く大きな声で吠えながらも、彼の脳裏にはあの男の声が響いていた。『運命を変える』 男は彼にそう言った。約束してくれた。それを確かに聞いた。地獄に垂れた一筋の光に、彼はすがりつくしかなかった。希望を抱かずにはいられなかった。男の素性など興味は無かった、ただ自分は生きたいとだけ強く願い……祈り続けた。 やがて、彼に電気ショックを与えるべく機械のスイッチが入る。低く動くモーター音に、彼は心底から恐怖した。「助けて」と何度も何度も祈り、叫び、命を乞いた。 まばたきするほどの一瞬、彼の体に猛烈な電気の糸が走り抜けた。心臓は焼け焦げ、脳はぐちゃぐちゃにシェイクされ、口内が血で溢れた。信じ難いほどの痛みが全身を駆け巡る。即死だ。彼はそう思った。すぐに意識が遠のき、鎖に繋がれた足が天井から引き上げられ、逆さまになりながら皮を剥かれる。 そのはずだった。彼は即死する、そういう運命のはずだった……。「な…ぜ、なぜ、僕は……生きている?この、この……痛みは、痛みはなんで?」 彼は生きていた。心臓はとうに動きを止め、脳は活動を停止している。意識などあるはずがない。生きているはずがない。なぜ?どうして?「ああっ……ああぁぁぁっっ!」 彼は絶叫した。逆さ吊りにされ、そのまま腹を包丁で裂かれたのだ。ピンク色の内臓がボタボタと地面に落ち、肉が骨ごと千切れるその様を、彼は見続けた。脳が失われたのにも関わらず、彼の眼球はその光景を捉えていた。視界の隅では彼の内臓が包丁で細かく切り刻まれていた。刃が肉に交わる度、彼の心には激痛を伝えていた。「痛いっ、痛い痛い痛い痛い、痛いーーーーーっ、助けてくれーーーーーっ」 バラバラにされた体のひとつひとつに五感が宿り、それらは見えない糸によって彼の心へと還元された。そんな不可思議な現象が起きる要因はない、ありえないのだ……。「……何で…何で…どうして、何で、死ねない?」 激痛と絶望の中で、彼は必死に答えを探した。いや、そんなものはとっくに理解していた。あの男のせいだ。あの男が僕に何か細工した。そうに違いない。 慣れることなど決して無い、和らぐことなど決して無い、気絶して逃れる事も出来ぬ地獄のような痛みの中で……彼は叫び続けた。あの男に対する怒り、恨み、怨嗟の限りを絶叫した。『殺す、殺す、絶対に殺す!』 声帯は既に肉の塊と化していた。足も切断され、皮と肉と骨に別れる。内臓は部位ごとに取り分けられ、余った肉はミンチにされた。『殺す……ころす……ころ……す』 それでも彼はまだ生きていた。意識だけが宙に浮かび、絶命する瞬間を繰り返す。何度も何度も何度も何度も、彼は死ぬほどの痛みを味わった。 ついに首が胴と離れ、頭部の解体が始まった。耳を切られ、眼球がくり抜かれた。くり抜かれた眼球はミンチにされるための機械の穴へと放り込まれる。そのほんの少しの間だけ、彼は最後に残った気力をふりしぼり、少しだけ眼球を動かした。目線の先は部屋の隅。そう、部屋の隅でこちらを観察する一人の男を凝視した。そうだ。あの男だ。僕の運命を変えるとかほざいたあの男だ。絶対に許すものか。彼がそう強く誓うと、眼球は機械に落とされ、砕けた。 残った耳に声が届いた。男か女か、若いのか年老いたのかわからない、まるで機械のような音声。『約束通り、あなたは今日死にません。ですから明日には死にます。う~ん……あと半日くらいでしょうかね?まあまあ、がんばって下さい』 彼にはもう見えないが、男はきっと微笑んでいるのだろう。この男の正体は……………。 了 適当に書きました。誤字脱字文法間違い、多々アリます。失礼しました。
2017.01.26
コメント(1)
「いいかげんにしてくれないか?」僕は背後から聞こえる声の主にそう尋ねた。「……」答えは無い。だが確かに存在するのだ。偽りの生命を持つ、いわば霊体とでも言うべき存在。「僕はもうすぐ死ぬ。本望だろ?最後の瞬間くらい自由にさせてくれないか?」霊体はすぐ近く、そう。ベッドに横たわる僕のすぐ背中の裏にその姿を隠し、低く、そしてゆっくりと声を発した。「……確かに、お前の命はもうすぐ終わる。私の使命も……やっと、終わる」「長かったろ?……少しは気が晴れたかい?」霊体はゆっくりと語る。「ああ……、満足だ。これが満ち足りるということか。これで私も成仏ができる。幸せになれる。幸せを掴むチャンスを得られる。家族を持てる、金を貯められる。もう、お前たち一族に恨みはない。私の人生はやっと始まる……うまくゆけば転生も可能だろう……願わくば、またヒトに生まれたい」そう。霊体は満ち足りた口調だった。「ああ、清々しい……」また霊体が呟いた。本当にそう思っている、そんな雰囲気ではあった。……思えば長い苦しみ、苦痛に満ちた人生だった。どれほど努力しようが決して報われない運命。愛も、金も、命も、全てが歪められ変えられた。僕の先祖が犯した『罪』とやらの責任を背負い、僕はもうすぐ死ぬ。死因は先天的な病気らしい。両親は死に、恋人とは別れ、現在は無職。それらの不幸はすべて霊体の働きらしい。僕の人生を狂わせる事だけが目的の、途方もない怨念の塊、それが背中から聞こえる霊体の正体……。いつ、どこで、誰がそんな恨みを持たれたのか、僕には見当もつかなかった。ただ思うことは、「もう、楽になりたい」それだけだった。背中から声がする。「……そうだね。最後だけはひとりにしてあげる。私はもう……成仏することに決めた。キミと一緒にね」「……ありがとう」もううんざりだった。この世界にも、自分にも、絶望しかなかった。死ぬしかなかった。「……さようなら」もう声は聞こえず、気配も消えた。僕は目を閉じ、意識を閉じ、心臓の鼓動が止まるのを待ち、やがて……僕は無に帰した。―――――「……終わった」そう。終わったのだ。この男の家系に憑りつき、恨みを晴らし続けるこの因果に、ついに終止符を打ち、結した。「これで成仏できる。転生ができる。新たな人生を歩むことが……」深呼吸を繰り返し、私は待った。もういつ迎えが来てもいいように。邪悪に染まった心は澄み、私は待った。神と呼ぶべき存在からの啓示を。そう。私は使命を果たしたのだ。やがて、待ち望んでいた存在、神からの言葉が届いた。「こんにちは」それは思った以上に軽く、あっけないほど若い声。「……お疲れ様でした」およそ霊体であり怨霊である自分に向けられたとは思えない、そんな口調だ。これが神?いや……そう、なのか……?ぞわりと背筋が凍る感覚がした。信じ難いほどの冷気、緊張が走り、手足が震えだした。「あ……あなた様は、私を迎えに来られたので?」質問する。声が震えるのは止めようがなかった。「違います。恨みを晴らしに来ただけです」声は確かにそう言った。信じたくは無かった。「……だ、誰なんだ?あんたは……」もはや神だとか仏様だとかは思えなかった。ただじわりじわりと、冷気が恐怖に変わろうとしていた。神と信じて疑わななかった声の主は、抑揚のない声で霊体に告げた。「我々は、あなたが憑りついた家系の関係者です。あなたの撒き散らした不幸で不幸になった怨念の集合体です」「……はあ?」そう答えるのがやっとだった。我々?意味が不明だ、そう思った次の瞬間、背中に多くの視線を感じた。振り返ることはできない、できるはずがなかった。霊体はゆっくりと意識を向け、そして、感じた。これは恐怖だ。自分が数多くヒトに与えてきた恨み、怒り、その熱を。自称する怨念は続けた。「……彼と深い友情で結ばれ、彼の死後、後を追うように自殺した親友」背筋に刺さる視線が鋭くなる。「……彼女と結婚の約束をし、果たされぬまま海に身を投げた青年」額に汗が流れ、頬を伝った。「……事故、天災、自殺、あらゆる理不尽の末に殺された、かの一族の巻き添え……」霊体にとって、『彼』や『彼女』が誰を示すのかは見当もつかない。呪い殺した相手、その関係者など、いちいち覚えていられない。ああ、それほどの人数は殺してきた。当然だとも思っていた。そして……霊体は背後を見た。白い線上に浮かぶ一群の人々。誰もが顔を醜く歪め……笑みを浮かべていた。歯が震え、霊体は恐怖におののいた。もはや恨みを晴らした達成感など微塵も残ってはいない。―――――どれほどの時間が過ぎたのかはわからない。自分がどこへ向かうのかもわからない。そして、迎えが来たようだ。霊体は歓喜した。これで逃れられると、半ば本気でそう思った。……現れた闇に消えゆく霊体に、眼前の存在は静かに呟いた。「……具体的に申しますと、そうですね……とりあえず、手足と性器の無い人生を千年。その後、生きたまま食われる動物を千年。その後は……」 了添削、校正無し。構想1時間、書き上げ1時間です。つまらない小話ですいません。今後も少しずつアップ予定です。
2017.01.20
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1