5(完)

『かた栗』



登場人物表

綾乃(一六)女性。くりの者。
千塚 鹿ノ介(二一)男性。剣術道場主。

桜丘 松梅(一八)男性。道場の門人。
荘内、亀井、春日 いずれも男性。門人。

桂花(一七)女性。新参の惣嫁。
権兵衛(?)古参の惣嫁。

弓削 久利(六六)男性。蘭方医。
お佐渡(七三)女性。千塚家の下女。

千塚 蔵人(五〇)男性。先代道場主。
千塚 累(四二)女性。蔵人の妻。

刑部 臥竜(?)男性。くりの里の長老。

宗像(三〇)男性。浪人。元くりの者。





●千塚道場・庭~離れ・夜
   再びしょぼつき始めた雨。
   母屋に灯は見えず、庭も漆黒の闇。
   植え込みの陰に光る夜行性の獣の目。
   黒装束と頭巾で全身を覆った松梅だ。
   雨音に紛れ、木の間を離れへ忍び寄る。
   蔵のように改築された離れの正面。
   窓もなく観音開きの扉のみ。
   外から掛けられた閂と錠前。
   松梅、取り出した細金で錠前に細工。

●同・離れ・土間
   微かに軋んで開く扉。
   松梅の黒影が隙間より忍び込む。
   扉が閉じるやポッと点る手燭。
   その頼りない灯で辺りを探る。
   我楽多の陰に巨大な長持。
   苦労して蓋をずらし、覗き込む。
   長持の底に、地下へ続く石段。

●同・石段~地下通路
   長い石段を下りきった松梅。
   先に続く石造りの通路は仄明るい。
   突き当りにステンドグラスの嵌った扉。
   内からの灯で一際明るく輝いて。
   握ったノブ、抵抗なく回る。
   慎重に扉を押す松梅。
   予想外の明るさに目を細めて。
松梅「こりゃたまげた・・・」
   思わず漏れる嘆声。

●同・地下室
   教会の地下墓地のごとき空間。
   壁の至る所に火の点った燭台。
   多数の吊り香炉からは濛々たる香煙。
   空間全体に靄のように漂う。
   正面の高くなった祭壇に綾乃の姿。
   薄衣一枚で両手を鎖で吊り上げられて。
   うなだれた顔に掛かる黒髪。
   女性の曲線が火影に透けて露わに。
   松梅、我を忘れて足を進める。
   右手から獣のような唸り声。
   ギョッと目をやる松梅。
   石壁を掘り抜いて造られた立派な座敷。
   その手前に隔てるような太い木格子。
   座敷牢の畳の上に背を向けて座る人。
   艶やかな小袖姿に丸髷の女性。
   格子に手を掛け小声で呼び掛ける松梅。
松梅「もし、もうし・・・」
   振り向いた女の顔を目の当たりにして。
   裂けんばかりに見開いた松梅の眼。
   その刹那、肩に置かれた何者かの手。

●五条河原
   雨を避けて橋の袂に佇む権兵衛。
   大きめの頭巾で表情は窺えない。
   そこに歩み寄る偉丈夫の影。
   こちらも宗十郎頭巾で顔を隠した侍。
   何事か話しかけ、指で交渉が始まる。
   程なく百文銭を懐から示す侍。
   奪い取るように手にする権兵衛。
   弾んだ足取りで侍を橋の下に先導。
   背後で静かに抜かれる脇差。

●千塚道場・離れ・地下室
   混乱して太刀を抜こうとする松梅。
   強引に振り向かされるとそこに鹿ノ介。
松梅「わ、若・・・」
   半ばまで抜いた刃を戻す。
松梅「あ、あなたもご存知だったのですか。
 こ、このような悍ましい・・・」
   目を逸らしながら座敷牢を指さす。
   鹿ノ介、血の気の失せた顔。
   松梅の問いには応えず格子に歩み寄る。
   内側から伸びる長い爪をした指。
   届かぬ鹿ノ介を狙って執拗に突き出す。
   ただ貪欲に人間の血肉を欲する指。
鹿ノ介「・・・何が悍ましいものか。母上で
 あられるぞ」
   格子にしがみつくお累の異形。
   髪と着物以外はまるで餓鬼。
   硝子玉の眼と獣の牙が灯にぎらつく。
   瘦せ細りながらも凶暴な手指。
   腹だけが異様に膨れ上がって。
鹿ノ介「おいたわしや、母上・・・」
   鹿ノ介から後退る松梅。
松梅「な、何なのだこの家は。鹿ノ介、お前
 もおかしいぞ。どうして平然としている。
 攘夷派だと、左様な生っちょろいものでは
 ないわ。妖、貴様ら一家揃って妖じゃ!」
   ゆっくりと松梅に向き直る鹿ノ介。
鹿ノ介「抜きなさい」
松梅「!?」
鹿ノ介「腰の物を、抜けと申しておる」
   松梅、顔に纏わりつく頭巾を毟り取る。
   同時に、太刀の鯉口に指を。
松梅「・・・<死なさずの剣>か」
鹿ノ介「・・・・・・」
松梅「笑わせおって。貴様らが死なさぬのは
 己に都合の良い者のみ。都合の悪い者は皆、
 人ですらないと云う理屈・・・」
   松梅の抜刀を見て、鹿ノ介も抜く。
松梅「会津様の命により、お命頂戴する!」
   祭壇上の綾乃、いつしか瞼が開いて。
   虚ろな瞳に映る、刀と刀の閃き。

●同・承前
   外から倒れかかるように開く扉。
   腹の傷を押さえた蔵人がよろめき入る。
   蔵人の目に一気に流れ込む現実。
   斬り伏せられて横たわる美少年。
   祭壇上の半裸の美少女。
   牢の中で血臭に狂う餓鬼。
   真っ向から父を見据える息子。
   鹿ノ介の背後からぬっと現れる弓削。
   和洋折衷の手術着を纏って。
蔵人「・・・恨みまするぞ、先生」
   何か言いかける弓削を制する鹿ノ介。
鹿ノ介「私は幼子ではありませぬ。己の意思
 でここに立っておるのです」
   凄絶に美しい松梅の死に顔を見て。
鹿ノ介「友・・・弟・・・いえ、愛する男も
 己の意思で」
   蔵人、魂も抜けるような嘆息。
蔵人「ハァ・・・これまで儂の心が流した血
 は一体何のためであったか・・・」
弓削「それよりも、随分な深手を」
   重い述懐を無遠慮に遮る。
蔵人「・・・しくじった。遊女に化けた狒々
 にしてやられたわ。目当ての物も・・・」
弓削「ふむ。致し方ありませぬ。本来ならば
 あと三夜は新たな子壺で育みたかったが。
 幸い格別の依り代が手に入り申した。もう
 直に移しても障りはございますまい」
   祭壇の方を横目で見ながら。
   蔵人、座敷牢の前へ。
蔵人「可哀想に。斯くも明々と姿を照らされ。
 まるで見世物ではないか・・・」
弓削「当人に左様な羞恥の心は最早ござらぬ。
 細かな施術には明かりが入り用にて。さ、
 愚図愚図してはおれませぬぞ」
   舶来の注射器を手に格子に近づく。
   その姿を見て荒れ狂う累。
   弓削、格子の隙から腕に器用に注射。
   効果覿面、格子の内でへたり込む累。
   牢内に立ち入る弓削。
   累の着物の前合わせを無感動に開く。
   思わず目を逸らす鹿ノ介。
   累の腹部に外部から寄生した肉塊。
   幾本もの輸液管で繋がっている。
   弓削、その管一本一本をメスで切断。
   最後の一本を切った瞬間、累の断末魔。
蔵人「お累!」
弓削「狼狽えなさるな。この軀は既に抜け殻。
 奥方様の魂は、この通り子壺の中に」
   脈打つ奇形の臓器を掲げ持つ弓削。
   小袖の中で見る見る腐敗する累の軀。
弓削「さて、愈々<魂移し>じゃ」
   弓削、体液を滴らせながら祭壇に。
   再びうなだれた綾乃を見上げて。
弓削「おお朝露の如き乙女よ。この呪われし
 魂を今こそ汝の胎へ。その身もて奥方の病
 を浄め奉り、再びこの世へ産み落とすのだ」
   綾乃の下半身に向かって蠢く輸液管。
   その時、微かな風が戸口より。
   一斉に揺れる燭台の火。
蔵人「ガッ・・・」
   最も戸口に近い場所にいた蔵人。
   その腹を後ろから貫いた脇差。
   蔵人の背に被さったずぶ濡れの権兵衛。
権兵衛「忘れ物どすえ、旦那はん」
   その場の全員が凍りついたように凝視。
蔵人「・・・先生、早く儀式を・・・」
   祭壇に振り向いた弓削、さらに驚愕。
   揺れる鎖の先に綾乃の姿は無い。
弓削「そんな阿呆な・・・」
   手元の生ける臓器に目を落とす。
   足下に潜りこんだ綾乃と目が合う。
綾乃「手術の時間だよ」
   目にも止まらぬ速さで上方に薙ぐ光。
弓削「何たる不覚ぞ・・・このような小娘に
 <くり>随一の呪い医と謳われた儂が」
   捧げ持った臓器もろとも縦一文字。
   左右に分かれて倒れる弓削の骸。
鹿ノ介「父上!」
   鹿ノ介、金縛りが解けたように。
   抜刀し、蔵人に駆け寄らんとする。
綾乃「鹿ノ介さま、動かないで」
   血に濡れた松梅の太刀を突きつけて。
鹿ノ介「綾乃どの、あなたは一体・・・」
   蔵人から刃を引き抜く権兵衛。
   数歩よろめき向き直る蔵人。
   脇差を捨てた権兵衛、錆刀を抜く。
権兵衛「さあ、俺にもご指南願おうか」
蔵人「・・・不埒者」
   何度か握り損ないながらも太刀を抜く。
   綾乃と鹿ノ介、権兵衛と蔵人。
   二組の静かなる対峙。
綾乃「・・・遅すぎる」
鹿ノ介「え?」
綾乃「そっちの女形に言っているのだ」
   濡れ乱れた髪を掻き上げる権兵衛。
   その下で笑う薄汚い男の顔。
権兵衛「悪い悪い。些か難儀が有ってな」

●五条河原・回想
   脇差を取り落とす頭巾姿の蔵人。
   その腹に刺さっている権兵衛の錆刀。
   振り向かず、逆手で背後への一突き。
蔵人「お・・・おぬし、何やつ・・・」
権兵衛「旦那はんの獲物とちゃう事は確かや」
蔵人「こ・・・この化け狸め・・・」
権兵衛「狸やと格好つかへん。せめて狒狒に
 しとくれやす」
   刃を抜いて向き直る権兵衛。
   蔵人の姿はなく、落ちた脇差と血痕。
権兵衛「ほう、こりゃ素早い。さて逃げたか、
 それとも隠れて・・・」
   打って変わって精悍な男の声色。
   権兵衛、鼻をひくつかせる。
権兵衛「またお上品な・・・。伽羅か。みる
 みる薄れて・・・分が悪いと踏んだな」
   橋の下から河原へ点々と血。
権兵衛「この雨だと、鼻頼みになりそうだ」
   血の跡を辿って河原に歩み出る権兵衛。
   たちまち数名の隊士に囲まれる。
隊士己「そこの女、止まれ!」
隊士庚「何だその刀は! 地面に置け!」
   権兵衛、両手に錆刀と蔵人の脇差。
   困り顔で刀と隊士を見比べる。
隊士庚「貴様の耳は笊か! 早うせい!」
隊士辛「ちょっと待て、こやつ男だぞ!」
隊士己「何を寝惚けたこと・・・」
隊士辛「あの顎を見ろ! 首も肩も、どこを
 とってもむさ苦しい男じゃ!」
   雨の中、目を細める隊士たち。
   確信を得て色めき立つ。
隊士己「うぬ、怪しい奴! さてはまことの
 切り裂き魔だな! 名を名乗れ!」
権兵衛「弱ったなあ。先を急いでおるのだが」
   両手の刀を弄ぶ権兵衛。
権兵衛「致し方ない。名乗るから通してくれ。
 俺はごん・・・いや、桂だ」
   一瞬、静まり返る河原。
隊士庚「桂って・・・あの桂か?」
隊士辛「他に桂がおるか。女に変装するとも
 聞いておるぞ」
隊士庚「では、やはり」
隊士己「こりゃあ切り裂き魔より余程大層な
 獲物じゃ・・・」
   隊士たち、小声で囁き合って目配せ。
   通すどころか一層堅固に取り囲む。
権兵衛「あれ、まずかったかな・・・」
   ゆっくり二刀を構える権兵衛。

●千塚道場・離れ・地下室
   震える手で八相に構える蔵人。
   それを錆刀で牽制する権兵衛。
権兵衛「狼どもを撒くのに一苦労してな」
綾乃「熊の次は狼。畜生は畜生を呼ぶのだな」
   鹿ノ介との間合いを図る綾乃。
   綾乃から逃げ腰の鹿ノ介。
権兵衛「元気そうではないか。結構結構」
蔵人「・・・象でも動けぬ薬を盛ったと云う
 のに・・・何故・・・」
綾乃「あんなもの、毒の内にも入りません」
権兵衛「、だそうだ」
   四人の間で交錯する会話。
鹿ノ介「綾乃どの、刀を納めて。あなたを斬
 りたくはない」
綾乃「今さらですか。私のからだを産む道具
 にするつもりだったくせに」
鹿ノ介「詮方なかったのです。命までは取ら
 れぬ筈でした。事が成った暁にはあなたを
 きちんと・・・」
綾乃「・・・・・・やめて」
   あらためて刀に気を籠める綾乃。
綾乃「鹿ノ介さま、勝負願います」
鹿ノ介「是非に及びませぬか」
綾乃「はい」
   鹿ノ介、覚悟を決めて晴眼の構え。
   たちまち濃くなる香の煙。
   蔵人と鹿ノ介の姿、薄れて消える。
権兵衛「今度こそ見逃さなんだぞ。そうか、
 これが<死なさずの剣>・・・」
   権兵衛の赤光りした鼻が蠢く。
権兵衛「成程、伽羅の香も血臭も、ここでは
 毛ほども当てにならんか」
   一陣の風と共に裂ける肩の布地。
   すかさず体勢を変える権兵衛。
   休む暇なく襲い来る鎌鼬。
   間一髪で致命傷を躱し続けるも。
   次第に朱に染まりゆく垢じみた着物。
権兵衛「殺意のない剣がこれほど厄介だとは
 思わなんだわ。見えぬ。蜉蝣の翅ほどにも
 見えぬ」
   ぎゅっと目を瞑る権兵衛。
   錆刀を無造作に手にぶら下げて。
権兵衛「だがな、この錆刀が覚えておるぞ。
 貴様に刻んだ傷の臭いをな!」
   意思を持つかの如く跳ねる錆刀。
   切り裂いた空間から血の雨が降る。

●同・承前
   鹿ノ介の居た辺りを凝視する綾乃。
   一つずつ、雑音が消えていく。
   耳に聞こえるは地上で降る雨音だけ。
綾乃(声)「不思議、こんなにはっきりと」
   サッと霧が晴れるごとく香煙が失せて。
   目に映る空間が輪郭だけに変わる。
   地下室の構造、その上の離れの構造。
綾乃(声)「かたちが見える。物のかたち、
 心のかたち。これが・・・」
   綾乃の左方から迫る刺々しい輪郭。
綾乃(声)「あなたの心・・・!」
   水のように流れる綾乃の体。
   躱しざまに優しく撫でるような一刀。
鹿ノ介「・・・見えているのですか」
   輪郭が、鹿ノ介の姿に。
   喉元を半周した赤い線。
綾乃「あなたにはきっと解りません」
   霞む鹿ノ介の視界に映る綾乃の顔。
   少女と慈母のあわいにある笑顔。
   その瞳の端に、きらりと光る雫。
綾乃「これがまことの・・・」

●同・承前
   距離を隔てて息絶えた剣豪父子。
   その間を遮るように倒れた美少年。
   座敷牢の中の着物を纏った白骨。
   祭壇の下の両断された骸。
   検分するように歩き回る革靴。
   弓削の左半身の前で立ち止まる。
   年齢も人種も不詳の洋装紳士。
   刑部臥竜。
臥竜「半人前とはよく言ったものだな」
   その声に弓削の左目が開く。
   喉の断面から笛のように漏れる声。
弓削「お、長・・・後生です、早く儂をあの
 若造の軀の傍へ・・・今ならまだ使える」
   身をよじるように蠢く眼球。
   眼窩の外へ尻尾を引き摺って這い出る。
   弓削の顔から落ちて、臥竜の足元へ。
   まるで、巨大化した精の蟲。
臥竜「私を顎で使う気か」
   弓削の本体を躊躇なく踏み潰す革靴。
臥竜「ふん、気色悪い」
   靴についた汚れをハンカチで拭く。
   四囲に目を巡らせる臥竜。
   薙ぎ倒されるように落下する燭台。
   床に広がる紅蓮の海。
臥竜「私の子供たちよ、待っているがいい。
 もうすぐ会いに行くぞ。思う存分遊ぼう。
 命尽きるまで・・・」
   炎に照らされた凄艶な笑み。

●河岸・深更
   雨はやみ、雲間から星の光。
   暗い河岸に係留された屋形船。
   少し離れた船宿にはまだ灯が点って。
   宴会の馬鹿騒ぎが漏れ聞こえる。

●屋形船・座敷
   星明りに薄すら浮かぶ座敷。
   敷かれた床に盛り上がった掛け布団。
   微かに響く船宿の喧騒。
   やがて三味線と共に唄が始まる。
   調子っ外れの野太いよさこい節。
   掛け布団の山がぶるぶる震える。
   その下から男女の噛み殺した笑い声。
   とうとう我慢できずに顔を出す。
   綾乃と、権兵衛あらため宗像。
綾乃「ぷぷっ、何だあれは」
宗像「俺も人のことを言えたものではないが
 ・・・くくっ、やっぱり酷いな」
   ひとしきり音痴に笑い合ったあと。
綾乃「どうだ、傷は」
宗像「浅かったからな。おかげさまでみんな
 塞がった」
綾乃「・・・まだくさい」
宗像「そうか?」
   布団の中に顔を入れる宗像。
宗像「伽羅で鼻が馬鹿になった。臭うか?」
綾乃「ちゃんと洗ったんだろうな。私にまで
 移したら殺すぞ」
宗像「小半刻かけてじっくり。こすりすぎて
 皮が剥けそうだ、ほれ」
綾乃「そんなもの見せてくるな」
宗像「何がそんなものだ。名刀だぞ」
綾乃「妖刀の間違いだろ」
   再び布団の中で戯れ合う。
   やがて二人とも疲れ切って。
宗像「のう綾乃、俺は此度の一件で大切な事
 を学んだぞ」
綾乃「・・・一応、聞いておこう」
宗像「女子はもっと尊ばれるべきだ」
綾乃「貴様、どの口が・・・」
宗像「いや、俺は大いに反省した。いかなる
 逆境でも前に進まんとする根性、男子には
 とても真似できん。作り話の英雄豪傑より
 遥かに偉大だ」
綾乃「・・・私にも、学んだことならある」
宗像「ほう」
綾乃「男はやっぱりバカタレだ」
宗像「なに」
綾乃「口では剣の道だの、天下を革めるだの
 大層立派なことを抜かすが、足下で野花を
 踏みつけていることには気づかぬ」
宗像「・・・・・・」
   綾乃、横目で宗像を一瞥。
   宗像の髪に挿した金木犀の簪。
綾乃「また簪か」
宗像「これはやらんぞ」
綾乃「そんな下手くそな細工、いるか」
   拗ねたように背を向ける綾乃。
   河流に揺れる座敷を眺めて。
綾乃「・・・・・・おい」
宗像「やっぱり欲しくなったんだろ」
綾乃「貴様、私を囮にしたのか」
   その時、唐突に外から喧騒。
   大勢が争う怒号と剣戟音。
   宗像、黙って布団を出る気配。
   障子の開閉、少しして布団に戻る気配。
綾乃「・・・何しに行った」
宗像「小便だ」
   船の揺れ、明らかに大きくなる。
綾乃「おい、これ大丈夫なのか」
宗像「ついでにモヤイを解いてきた」
綾乃「は?」
宗像「このまま流されておれば淀には行ける。
 あとは風まかせ運まかせ・・・」
   ガバっと上半身を起こす宗像。
   肌も露わな綾乃を見下ろして。
宗像「さて時間もできた。二の太刀といこう」
綾乃「き、貴様、さっきの教訓は・・・」
宗像「それを踏まえてだ。たっぷりと尊んで
 やるからな」
   綾乃に覆い被さる宗像。
   ドタンバタンと格闘しばし。
   いつの間にか宗像を組み敷いた綾乃。
綾乃「いつまでもやられっぱなしでたまるか。
 次は私の番だ」
宗像「あ・・・お手柔らかに、な・・・」
   綾乃の嗜虐的な笑顔に引きつる宗像。

●河・俯瞰
   夜の川面に響き渡る男の嬌声。
   流れに任せて下ってゆく屋形船。
   時折、風波とは違った揺れ方をして。





                   了

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