サンタさん、グレーテル。



ニック(六八)男性。サンタ衣装の老人。

マルガレーテ(四)女性。迷子の少女。

ヨハネス(一〇)男性。マルガレーテの兄。





●廃墟・地下室・夜
   崩れかけた煉瓦壁に凭れているニック。
   サンタ衣装を纏い、傍には膨らんだ袋。
   時折咳まじりの荒い息をついて。
   腹部の赤い生地に目立たない血の滲み。
ニック「・・・わしもヤキが回ったらしい。
 あんな小便臭いヒヨッコに・・・」
   無造作に放り出した袋を一瞥。
ニック「苦労して掴んだこいつも、直にパン
 一切れの価値すら無くなる。馬鹿なことを
 したもんだ・・・」
   ニックの弱々しい視線の先。
   天井の大穴から落ちる月光の溜り。
   その真ん中に鞠が落ちてくる。
   跳ねる鞠の音と、金属階段の軋む音。
   ニック、懐からルガーを抜く。
   奥の階段を怖々降りてくる小さな影。
   ニックを認めて足を止めるも。
   鞠に向かって栗鼠のように走り寄る。
   月光に浮かんだ少女・マルガレーテ。
   大きすぎる粗末な防寒着に包まって。
   蒼白い顔を縁取るブルネットの髪。
マルガレーテ「あたし、まじょからにげてる
 のよ」
   鞠を抱いたままニックに近づく。
   ニック、拳銃を再び懐へ。
マルガレーテ「おじいさんはまじょのなかま
 なの?」
   真剣な問いに思わず顔を緩めるニック。
ニック「違うよ。わしはヴァイナハツマンさ」
   首を傾げる少女にますますえびす顔。
マルガレーテ「へんなおなまえ」
ニック「人の名前じゃない、お仕事の名前だ。
 本当の名前はニクラス」
マルガレーテ「あたし、まるがれーて」
ニック「可愛いお名前だね。ところでキミは
 一人で魔女から逃げているのかな」
   人形みたいに首を横に振る少女。
マルガレーテ「ううん。よはねすといっしょ
 だったけどはぐれちゃった」
   ニックの顔によぎる警戒の色。
ニック「ヨハネスって大人の人かい」
マルガレーテ「あたしよりはおっきい。でも
 ぱぱよりはちっさい。だっておにいちゃん
 なんだもん」
ニック「お兄さんか。じゃあ今頃心配してる
 だろうな。早くここから出て探しておいで」
マルガレーテ「おじいさん、ごびょうき?」
   少女、さらに距離を縮める。
ニック「わしは平気だよ。キミこそこんな所
 にずっといたら寒さで病気になっちまう。
 いいから早くお家に帰って・・・」
   言葉が中途で咳に遮られる。
   少女の目の前に吐き出された黒い血。
   思わず飛び退くマルガレーテ。
   ニックの視界が暗転する。

●同・承前
   暗闇に響く少女のか細い歌声。
   哀愁を湛えた旋律と共に射し込む光。
   甦った視界に月光が満ちる。
   地下室一面が真昼のように明るい。
マルガレーテ「あ、いきかえった」
   耳元の声に驚き、顔を傾けるニック。
   すぐ傍に座り込んだマルガレーテ。
   心配そうにニックの顔を覗き込んで。
ニック「・・・まだ帰ってなかったのかい」
マルガレーテ「だって、ひとりにしたらしん
 じゃいそうだったから。おひげひっぱって、
 おうたうたって、やっとおめめがあいたん
 だよ」
ニック「歌、聞こえてたよ。初めて聴いた歌
 だけど懐かしく感じて・・・。もういちど
 歌ってくれるかな」
   少女、リクエストに応えて一コーラス。
ニック「知らない言葉だ。何て歌ってるの」
マルガレーテ「いちばにうられていくこうし
 さんのうただよ。ままがおしえてくれた」
ニック「ママは好き?」
マルガレーテ「うん。でももうあえないの」
ニック「・・・どうして?」
マルガレーテ「まじょのてしたにつれてかれ
 ちゃった。ぱぱもいっしょだよ」
   ニックの手が少女に伸びる。
   震える手で優しく頭を撫でて。
ニック「・・・怖かっただろうね」
マルガレーテ「よはねすがいるからへいき。
 あたしたち、まじょをたおしてぱぱとまま
 をたすけたくて、ろうそくにおいのりした
 んだ。そしたらこのせかいにきたの」
   マルガレーテの、希望を物語る瞳。
マルガレーテ「きっとこのせかいにまじょの
 じゃくてんがかくされてるんだよ。おにい
 ちゃんといっしょにそれをみつけて、まま
 たちをたすけだすさくせん」
   一気に喋りすぎて息をつく。
マルガレーテ「ままたちはきっと、おかしの
 いえにとじこめられてる・・・」

●同・承前
   ニックの傍で鞠を弄ぶマルガレーテ。
マルガレーテ「ぱぱはね、おもちゃをつくる
 おしごとをしてたんだ。これもぱぱがくれ
 たの」
ニック「友達が羨ましがるだろうね」
マルガレーテ「ばいなはつまんって、なにを
 するおしごと?」
ニック「キミみたいな賢い子に贈り物を配る
 お仕事さ。パパが作った玩具とかをね」
   マルガレーテ、床の袋を見て。
マルガレーテ「あたしたちのも?」
   袋を手元に引き寄せるニック。
ニック「残念だけど、この中にはつまらない
 ゴミしか入っていないんだ」
   がっかりした少女を見て考え込む老人。
ニック「そうだ、いい物がある」
   ニック、サンタ衣装の懐を探る。
   取り出したのは模造宝石のブローチ。
マルガレーテ「きれい。おほしさまみたい」
ニック「服に付けてあげよう」
   促されて体を寄せるマルガレーテ。
   防寒着の前をおずおずと開く。
マルガレーテ「このふく、あんまりみせちゃ
 いけないって」
   ニック、セーターの胸に付けてやる。
マルガレーテ「ありがと。でもほしがってた
 こどもがないちゃわない?」
ニック「心配してくれて嬉しいよ。大丈夫、
 その子もキミが貰ってくれた方が喜ぶ」
   月光を浴びて輝くブローチ。
マルガレーテ「これつけてたら、ぱぱとまま、
 とおくからあたしをみつけられるかな」

●同・承前
   月光の角度が変わり、翳る地下室。
   どこか遠くの方から怒号と警笛。
ニック「そろそろ行った方がよさそうだよ。
 魔女の手下がキミを探しているのかも」
   少女の顔に不安が浮かぶ。
   それ以上に、老人に対する心配も。
マルガレーテ「にくらすさんだいじょうぶ?
 まじょにつれてかれない?」
ニック「わしは魔女より強いんだぞ。今は眠
 くて力が出ないけど、もう少しだけ居眠り
 したら向かうところ敵なしだ。手下ごとき
 片手で月まで放り投げてやる」
   老人の空元気に勇気づけられる少女。
マルガレーテ「もしもあたしたちがあぶなく
 なったら、たすけにきてくれる?」
ニック「ああ、もちろん。だからそれまでは
 見つからないよう、慎重に隠れるんだよ」
   マルガレーテ、名残惜しそうに離れる。
ニック「おっと、忘れ物だぞ」
   少女に向かって力無く鞠を転がす。
ニック「さあ、走って」
   鞠を拾い、階段へ駆け出す少女。
   その後ろ姿を見送りながら。
ニック「孫が生きてりゃ同じくらいだ」
   弱まっていく月光、忍び寄る闇。
ニック「あんな子のために、少しくらい希望
 の持てる世の中を作りたかったが・・・。
 方法を間違えたかな・・・」
   ゆっくり目を閉じるニック。
   トテトテトテと軽い足音。
   駆け戻って来るマルガレーテ。
   忘れ物を取りに戻ったみたいに。
   深い眠りの手前にいるニックの傍へ。
   皺が刻まれた頬に少女のキス。

●街角・夜
   地下からの階段を上ってきた少女。
   その姿を見つけた少年・ヨハネス。
ヨハネス「グレーテル!」
   駆け寄って妹を抱きしめる少年。
ヨハネス「こんな所にいたのか。心配したん
 だぞ」
マルガレーテ「おにいちゃん、いたいよ」
ヨハネス「家族はもう僕たちだけなんだから。
 勝手にいなくなるな」
   少女、兄を紅潮した顔で見上げる。
マルガレーテ「あのねあのね、さっきふしぎ
 なおじいさんにあったんだよ。なまえなん
 だったかな。えっと・・・にくらすさん!」
ヨハネス「・・・誰だよそれ」
マルガレーテ「あかいおふくきて、まっしろ
 なおひげはやして、おっきなふくろを」
   話を聞くうちに難しい顔になる少年。
ヨハネス「それは僕たちには関係のないお祭
 の使者だよ。僕たちには何の恵みも与えて
 くれない。そうパパが言ってただろ」
   夢中で話す妹を遮るヨハネス。
マルガレーテ「そうなの・・・?」
ヨハネス「僕たちにはちゃんと神様がいらっ
 しゃるじゃないか。そんなインチキジジイ、
 いなくたって困らない」
   元気をなくした妹の手を握って。
ヨハネス「さあ行くぞ。ここは魔女の森より
 かはまだマシだけど、やっぱり悪い大人が
 たくさんいるみたいだ。僕から絶対に離れ
 ちゃダメだからな・・・」
   空爆の爪痕が残る街角を歩き出す兄妹。
   通り過ぎた塀に剥がれかけのポスター。
   『ドイツ労働者党』結党集会の告知。
ヨハネス「いいかい、せっかく神様が祈りを
 聞き届けてくださったんだ。父さんたちの
 ためにも僕たちがここで運命を変えないと。
 だから、夢みたいなお話はもうおやめ」
マルガレーテ「でも、すごくやさしいおじい
 さんだったよ。あたしにもちゃんとおくり
 ものくれたもん」
   周囲を警戒して聞いていない兄。
   少女、防寒着の前をそっと開く。
   擦り切れたセーターの薄い胸の辺り。
   縫い付けられた六芒星のワッペン。
   その少し上に煌めくブローチ。
   煌めく光を見下ろして微笑む少女。





                   了


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