文化果つ



守(?)男性。住人。

賢(?)男性。不動産屋。





●四葉荘・外観・昼
   どんよりと澱んだ冬空。
   どこにでもある住宅街。
   二昔前と現在がモザイクの様に混在。
   その中でも一際化石的な文化住宅。
   一階の一室の薄い扉にズームイン。

●同・一〇×号室・中・昼
   雑多な物で埋まった一間。
   紙類とガラクタで覆われた床。
   胸から下を炬燵に入れて眠る守。
   前腕を額に乗せて苦しそうに。
   玄関扉を外から叩く音。
   最初は(扉を壊さないよう)遠慮ぎみ。
   応答が得られず次第にヒートアップ。
   ガンガンミシミシとベニヤの悲鳴。
   一向に起きる気配の無い守。

●同・夕
   いつの間にかノックが止んでいる。
   斜めに射し込んだ夕光が守の顔に。
   眩しそうに顔を顰めて蠢く。
   窓の隙間から小学校の下校放送。
   守、唐突に跳ね起きる。
   玄関横の流しまで這うように進んで。
   蛇口の横から顔を出して水を爆飲。
   ついでに顔も洗って漸く醒めた様子。
   ふと玄関扉に視線。
   扉と扉枠の間に挟まった紙。
   引き抜いて広げると、生硬な一筆。
   『あと十日』。
   夕陽に染まった守の無表情。

●レンタルDVDショップ・夜
   カウンターに独り立つ守。
   黙々とコメント書きに没頭。
   傍らに完成したコーナーPOP。
   <ラブストーリーは永遠に>。
   無人の売場に虚しく響く有線。

●銭湯・男湯・深夜
   床にブラシをかける守。
   鼻唄のアイドルソングが谺する。

●同・承前
   湯船に肩まで浸かる守。
   目を瞑り鼻唄を歌い続けて。

●住宅街・早朝
   まだ星の残る暗い空。
   自販機で乳酸菌飲料を買う守。
   その場で勢いよく飲み干す。
   当たりを告げるルーレット。
   しかし景品は出てこない。

●四葉荘・一〇×号室・外・早朝
   漸く白んできた空。
   街灯と空の明るさが同じくらい。
   外階段の陰で未だ仄暗い部屋の前。
   扉前の地面に仄白い『9』の文字。
   よく見ると並べられた白い石。
   無感動に見下ろす守。

●同・中・昼
   炬燵で浅い眠りに溺れる守。
   くぐもった電話のベルが聞こえる。
   目も開けずに動かす右手。
   傍らのゴミ山から黒電話を掘り出して。
   耳に当てた受話器から機械的な声。
声「アトヨウカ、アトヨウカ、アト・・・」
   最後まで聞かずに叩き切る守。
   受話器を本体に巻きつけて放り捨てる。
   繋がっていない電話線。

●レンタルDVDショップ・夜
   カウンターに独り立つ守。
   黙々とDVDの返品処理。
   時々パッケージを熟読。
   選り分けた品を傍らの段ボールへ。
   段ボールに『保護』の貼り紙。

●銭湯・男湯・深夜
   洗い終えた風呂桶を積んでいく守。
   響く木の音が虚しくも心地よい。

●住宅街・早朝
   夜明け前の一番暗い時間。
   所々灯った街灯がかえって心細い。
   自転車の灯火が闇を裂く。
   守、風呂セットを前籠に入れて。
   行く手を照らす電池式ライト。
   曲がる際に一瞬、光が白壁を撫でる。
   思わず自転車を止める守。
   白壁のスクリーンに円い光。
   その中央に拡大された『七』の字。
   ライトの表面に黒く書かれた鏡文字。

●スーパーマーケット・外・午後
   自動ドアから袋を提げた守。
   置場にただ一つ止まった自転車へ。

●住宅街・午後
   よく晴れた冬の日の午後。
   自転車を漕ぐスーパー帰りの守。
   切れるような冷たい空気に肩を縮めて。
   上空に響くジェット音。
   ペダルを止めて見上げる守。
   飛行機の姿も無いのに飛行機雲。
   セレストブルーに『6』を描く。

●四葉荘・外観・夕
   逢魔が時の薄闇が建物を包む。
   砂利を音もなく踏む足。

●同・一〇×号室・外・夕
   ドアから室内の気配を窺う後ろ姿。
   スーツ姿の痩せた男。
   懐から鍵を取り出して鍵穴へ。
   その背後から接近する人物の視点。
   扉を開けようとした男が振り向く。
   その瞬間、室内に雪崩れ込む二人。

●同・中・夕
   夕闇が充満した狭い室内。
   ゴミとガラクタの上で争う二人。
   同じような背恰好の男の戦い。
   迫力とは程遠いグダグダの闘争。

●同・承前
   部屋の真ん中に仁王立ちの守。
   くしゃくしゃの髪、頬に青痣。
   その足下に正座するスーツ男・賢。
   守の1.5倍はダメージを負って。
   破れた片袖が辛うじてぶら下がる。
守「これ、強制執行ってやつ?」
賢「・・・違います」
守「じゃあ不法侵入だ」
賢「私はただ、これを・・・」
   懐からおずおずと何か取り出す賢。
   『5日』まで破られた日めくり暦。
賢「どこか目立つ所に掛けようと」
守「間に合ってるんだよ」
   背後を指し示す守。
   便所扉に掛かったアイドルカレンダー。
   突然ひれ伏す賢。
賢「お願いです!」
守「やめてくれ。何をされても答えは同じ。
 俺は出て行かない」
   賢、涙目&上目遣い。
賢「これ以上何がご不満なんですか。前払い
 いただいた家賃は勿論、敷金も満額お返し
 しますし立退料だって色をつけて」
守「部屋が必要だから」
賢「ですからお引越し先の手配も弊社が」
守「この部屋が、必要なんだ」
   押し問答の末の膠着。
   賢、スラックスの腿に爪を立てる。
賢「・・・あと五日しかありません」
守「そのカウントダウン、滑ってるけど」
賢「単なるカウントダウンじゃない。これは
 通告です」
守「そんな回りくどい真似をするくらいなら、
 力づくで排除すれば?」
賢「実力行使はいたしません」
守「ライフラインを止めるとか兵糧攻めは?」
賢「いたしません。すべて弊社のコンプライ
 アンスポリシーに反します。あくまで貴方
 の口から契約解除の意思を伺いたいのです」
守「それで?」
賢「『出て行く』と、一言」
守「・・・諦めな」
賢「は?」
守「だから諦めなって。俺はこの部屋からは
 出て行かないよ」

●同・外・夜
   賢の背後で扉が軋んで閉じる。
   ぶら下がった袖を引きちぎる賢。
   とぼとぼと敷地を離れかけて一顧。
   守の部屋以外は闇に沈んだ建物。
賢「もう、貴方だけなんですよ・・・」

●同・中・夜
   常夜灯に浮かび上がる部屋。
   炬燵で赤子のように微睡む守。
   卓の上には開いたノートパソコン。
   その傍に空になったタコハイの瓶。
   テレビデオのブラウン管が鈍く光る。
   映し出される立てこもり事件。
   緊迫の現場中継がノイズで乱れる。
   プツンと暗転、停止音と巻き戻し音。

●同・中・昼
   部屋が物理的に震えるレベルの轟音。
   千の重機が四方から食らいつく如く。
   寝そべったまま両手で探る守。
   左手に潰れたティッシュ箱が触れる。
   丸めたティッシュで両耳に耳栓。

●レンタルDVDショップ・外・夜
   入口のシャッターを下ろす守。
   鍵をかけ、返却ポストを確認。

●銭湯・外・深夜
   暖簾を下ろし『ぬ』の札を掛ける守。
   風呂セットを自転車の前籠へ。
   夜風に濡れ髪をなぶらせ走り出す。

●住宅街・早朝
   雲の部分だけ明るい空。
   自販機の前に停まる守の自転車。
   迷わず乳酸菌飲料のボタンを押す。
   商品の落下音と共に灯る売切ランプ。

●四葉荘・外観・早朝
   敷地の外から建物を眺める守。
   薄汚れたモルタルが妙に美しく。
   千年後も変わらぬ化石じみた威容。

●同・一〇×号室・中・朝
   青い空気の中で埃が踊る。
   思い立ったように片付けをする守。
   ゴミ袋に手当たり次第に詰め込んで。
   少しずつ床面が露わになってくる。

●同・承前
   心なしかすっきりした部屋。
   冷蔵庫に飲料を収納する守。
   炬燵の周りに数人が座れるスペース。
   テレビデオに繋いだゲーム機。
   掘り起されたCDデッキ。
   積み上げられた映像&音楽ソフト。
   おもてなしの準備が着々と。

●同・夕
   炬燵に籠った守。
   ブラウン管のライブ映像に夢中。
   ゲーム機の排熱音が喧しい。
   いつの間にか垂れこめた夕闇。
   座ったまま長い紐を引く守。
   頭上の蛍光灯が弱々しく瞬く。
   片付いた卓の上。
   四つのグラスが客を待っている。
   タコハイの空瓶に一枝の梅。
   素っ頓狂な音でチャイムが鳴る。
守「どうぞ。開いてるよ」
   画面から目を離さずに。
   軋みながら外に開く扉。
   玄関にすっくと立つ影。
   オレンジの残光に煌めく全身。
   銀色の宇宙服に身を包んだ賢である。
   賢、掌中のボタンを押す。
   守の下から生える操縦席。
   ベルトで固定される守の体。
守「ちょ、待っ・・・」
   炬燵が収納されコンソールが起動。
   守の隣の操縦席に座る賢。
賢「この部屋からは出て行かない、だな」
守「あわわ・・・」
   操縦席ごと90度回転する部屋。
賢「これで文句ないだろう」
守「アンタ、何言って・・・」
賢「キャプテンと呼び給え。船の上では私が
 法律だ」
   複雑なコンソールを操作する賢。
   部屋全体が洗濯機みたいに振動。
守「出してくれ! 建物がもたない!」
賢「だらしない奴だ。もう降参か」
   噴射音と共に急上昇する感覚。
   背凭れに押しつけられ声も出ない守。
   窓の外を高速で流れる夕空。
   雲を突き抜けて眩しい光が満ちる。
   突如、警告音と赤色灯。
賢「まずい、もう撃ってきやがった!」
   必死でコンソールを叩く賢。
   機械音声がヒステリックに叫ぶ。
機械「キケン、キケン、ヒコウタイセッキン、
 カイヒコンナン、キケン、キケン」
賢「南無八幡大菩薩!」
   非常用っぽいレバーを引く賢。
   窓と扉が外に吹っ飛ぶ。
   空中に吸い出されていくガラクタ。
機械「キアツコウカチュウ、センナイサンソ
 ゼロパーセントマデ、ノコリイップン」
賢「角度計算よし、あとはラプラスに祈れ!」
   その時、窓から流星が飛び込んだ!
   減圧に歪む守の顔前を通過して。
   反対側の扉から再び外へ!
   賢、すかさずレバーを戻す。
   窓枠と扉枠を閉ざすシャッター。
守「キャプテン、今のは・・・」
   息も絶え絶えの守。
賢「テラリフォーミング・シード。次の住人
 をお迎えするための種蒔きです。そうそう、
 もうキャプテン呼びは不要ですよ」
   賢、再びコンソールを操作。
賢「折角ですからお見届けください」
   守の鼻先に浮かぶ立体映像。
   青いスーパーボールのような地球。
   そこに無数に降り注ぐ光の矢。
   着弾点から赤錆色が広がって。
   あっという間に火星と見紛う姿に。
賢「新しいお客様は遠慮が無いですからね。
 危ない所でしたよ。尤も退去期限は過ぎて
 いましたので万が一事故が起こって訴訟に
 なっても勝ち目は有りませんでしたけど」
   賢、仕事をやり遂げた満足顔。
   隣から聞こえる奇妙な音に気づいて。
賢「・・・泣いてらっしゃる?」
   子供みたいに鼻水を垂らして泣く守。
賢「そんなに怖かったですか。そりゃあ多少
 強引な形にはなりましたが、これが貴方の
 ご要望にお応えできる精一杯でして」
守「・・・守れなかった」
賢「え?」
守「俺達が集う場所も、滅ぼしちゃいけない
 文化も、何一つ守れなかった・・・」
賢「・・・・・・」
   守の男泣きを黙って見守る賢。

●太陽系のどこか
   宇宙空間を滑るように進む四葉荘。

●四葉荘・一〇×号室・中
   まだ鼻をぐずつかせている守。
   潰れたティッシュ箱を差し出す賢。
賢「お嘆きになる必要はありません。既に全
 住人の平和的退去は完了しています。貴方
 が最後のお一人だったんですよ」
   派手に鼻をかむ守。
賢「転居の通知は弊社が責任を持ってお届け
 する予定です。きっとご友人にもね」
   無重力に漂う使用済みティッシュ。
賢「この部屋がある限り、集う場所はある。
 貴方が生きている限り、再びそこから文化
 は芽吹く。そうではないですか?」
   賢の穏やかな声に顔を上げる守。

●とある惑星
   地球とは植生の違うジャングル。
   奇怪な生物の鳴き声が紫の空に響く。
   空に浮かんだ四つの三日月。
   密林の切れ目に突如現れる円い湖。
   その只中に浮かんだ不毛の小島。
   四葉荘が遺跡のように鎮座する。

●四葉荘・一〇×号室・中
   再び雑多さが戻った室内。
   炬燵周りだけは整然を保って。
   卓の上に四つのグラスと空瓶。
   空瓶に挿された、梅に似た未知の花。
   テレビデオに映る映像。
   守と女性の拙くも真摯な演技。
   便所扉の色褪せたアイドルカレンダー。
   扉の向こうから水を流す音。
   その時、チャイムが・・・。





                   了


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