頂の園児 The Enji on the Top



合羽 マキ(五)女性。幼稚園児。

堀端 バロン(四五)男性。警部。





●児童公園・夕
   夕映えに滑り台の長い影。
   スピーカーから郷愁を誘う旋律。
   『遠き山に日は落ちて』。
   迎えにやってくる親たち。
   昨日の台風の話題で持ちきり。
   一人また一人と帰っていく子供たち。
   明日遊ぶ約束を交わしながら。
   最後の親子連れとすれ違う革靴。
   剥がれそうな靴底で折れ枝を踏んで。
   築山遊具の麓で立ち止まる足。
   頂を見上げるトレンチコートの男。
   堀端バロン。
   築山の頂に逆光を背負って座る影。
   齧りかけの胡瓜を持った幼女。
   合羽マキ。
   園児服の名札には『あいば まき』。
バロン「よう元気か、かっぱ巻き」
マキ「その呼び方はやめろと言った筈だが」
バロン「そうだっけ」
マキ「せめてもう少しエレガントなあだ名に
 してくれ」
バロン「たとえば」
マキ「キューカンバープリンセスとか」
バロン「いいのかそれで」
マキ「あくまで妥協案だ」
バロン「わかったよ、キューカンチョー」
マキ「わざとだろ、この男爵いも」
バロン「そうそう、いいモン持ってきた」
   ポケットから壜を取り出すバロン。
   中身に眉をひそめるマキ。
マキ「何だそのグロテスクな代物は」
バロン「ご挨拶だな。もろみ味噌だよ。俺の
 お手製だぞ」
マキ「排泄物、という意味ではなかろうな」
バロン「んなわけあるか。ソイツにつけると
 チートレベルで旨くなる。試してみろ」
   マキ、持っていた胡瓜を後ろ手に。
マキ「そんな邪道いらん。このまま齧るのが
 いいんだ」
バロン「置いとくから好きにしろ」
   築山の足場に壜を置くバロン。
マキ「・・・わざわざ土産を持参したところ
 を見ると、また頭の体操か」
バロン「やれやれ、お前さんには敵わんよ」
マキ「嚙み応えのある問題なんだろうな」
バロン「かた焼せんべい級だ」
   不敵に微笑むマキ。
マキ「結構だ。話してくれ、バロン警部」

●スタジオ
   白ホリゾントの前にドールハウス。
   二階建てのホテルを模した形状。
   ハウスを見下ろすマキとバロン。
バロン「舞台はとあるアパー・・・ホテル。
 どぶ・・・運河を背にして建っている」
   二人、ドールハウスと同じ縮尺に。
バロン「事件は深夜に起こった。ヤク・・・
 オオカミさんが何者かに退治されて、翌朝
 運河に浮かんでるところを発見された」
マキ「第一発見者は」
バロン「一〇二号室のネズミさんだ」

●ドールハウス・一〇二号室
   勉強机の前で大あくびするネズミ。
   ぐるぐる眼鏡を外して窓辺へ。
   窓から顔を出して大きく深呼吸。
   ふと下に向けた視線が凍りつく。
   眼下の運河にうつ伏せで浮かぶ死体。
   毛むくじゃらの背中には神様の絵。
   ネズミの背後に立つマキとバロン。
マキ「オオカミの背中の絵は何だ」
バロン「オシャレの一種と思ってくれ」
マキ「ネズミは一晩中起きていた?」
バロン「そうだ」
マキ「何のために」
バロン「勉強」
マキ「寝る間も惜しんでする程のことか」
バロン「ネズミさんにとってはな。もう二年
 ムダにしていて後がない」
マキ「怪しい音は聞いていないのか」
バロン「聞かないようにしてたんだ」
   ネズミの耳に耳栓。
マキ「他の住人について教えてくれ」
   マキ、胡瓜をひと齧り。

●同・一〇一号室
   座卓でソロバンを弾いているタヌキ。
   几帳面に束ねられたこども銀行券。
   覗き込むマキとバロン。
バロン「隣の一〇一号には大家・・・支配人
 のタヌキさんが住んでる。彼女も事件当夜
 遅くまで起きてたそうだが何も見聞きして
 いない」
マキ「えらく計算にご執心のようだ」
バロン「一部の住人からの支払が滞りがちで
 頭痛の種だったらしい」
マキ「金銭トラブルは勘弁だな」
バロン「なんで」
マキ「動機として陳腐すぎる」

●同・一〇三号室
   布団を顎まで被って震えるゴリラ。
   見下ろすマキとバロン。
バロン「反対側、一〇三号室のゴリラさん。
 腕っぷしで言えば容疑者筆頭だが、二日前
 からインフルで寝込んでて、オオカミ退治
 どころじゃなかった」
マキ「仮病の可能性は」
バロン「近所の医者のカルテがある」
マキ「事件には気づかなかったのか」
バロン「高熱で夢うつつだったとさ」
マキ「あとは二階だな」

●同・二〇三号室
   床に寝転がるクジャク。
   片手に酒壜を握って酔い呆けている。
バロン「ゴリラさんの真上の二〇三号室だ。
 住人はクジャクさん。普段は夜働いてる。
 当夜は急に仕事が無くなってこのザマだ」
マキ「あくまで彼女の自己申告だろ」
バロン「彼だ」
マキ「彼?」
バロン「そう。この見た目だがオスでな」
マキ「多様性、か」
バロン「証人はいない。でも聴取の時異様に
 酒臭かった。駆けつけニ三杯じゃ、ああは
 ならない」
マキ「オオカミは彼の関係者とか?」
バロン「まあ待て。順を追って話す。お次は
 一つ飛んで二〇一号室だ」
   潰れたクジャクを尻目に二人退室。

●同・二〇一号室
   入室するなり鼻をつまむマキ。
   ガラクタとゴミで埋まった室内。
   僅かに空いた空間にイタチ。
   体育座りでスマホゲームに夢中。
バロン「ここもトラブルの震源の一つでね。
 イタチさんは全住人と悪臭でもめていた」
   トントンと遠慮がちにノック音。
   相手にしないイタチ、またノック。
   イタチ、舌打ちしてイヤフォン。
   ドアの外から女性の声。
ウサギ(声)「あの、すみません。隣の宇崎
 なんですけど・・・何とかして頂けないで
 しょうか。においとか、それに虫が」
バロン「隣を覗いてみよう」
   これ幸いと退散するマキとバロン。

●同・二〇二号室
   溜息をつきながら帰ってくるウサギ。
   その後から入室するマキとバロン。
   途端にベビーベッドでぎゃん泣き。
   慌てて赤ちゃんを抱き上げるウサギ。
ウサギ「ごめんね、一人にして。お母さんは
 どこにも行かないよ」
   ウサギ、懸命に赤ちゃんをあやす。
ウサギ「どうしたの。おっぱいさっきあげた
 でしょ。おねむなのかな。よちよち」
   床からドンドンと突き上げる音。
ウサギ「ほーら、下のお部屋のお兄ちゃんが
 お勉強できないでしょ。いい子だから泣き
 やんで、ね」
   涙ぐましい努力を見守る探偵たち。
マキ「勿体ぶるからには、そういうことなん
 だろう?」
バロン「ああ、オオカミさんは彼女の・・・
 恋人、というか・・・」
マキ「はっきり言え」
バロン「彼女の元に通っては、その、好きな
 ように慰み物にして・・・そのうえ小遣い
 を巻きあげてた。時には暴力も」
マキ「他の住人は助けてやらなかったのか」
バロン「むしろその逆だ。タヌキさんは家賃
 滞納を責め立て、ネズミさんは毎日のよう
 に騒音の苦情、ゴリラさんはガラの悪い男
 の出入りに眉をひそめてた」
マキ「クジャクは」
バロン「ウサギさんを心底嫌ってる」
マキ「なぜ」
バロン「生理的に受けつけないそうだ」
   ようやく眠りについた赤ちゃん。
   母親の小さな背中を見つめるマキ。
   胡瓜を苦々しくひと齧り。

●同・各部屋
   住人たちへの聴取のモンタージュ。
タヌキ「まったく迷惑な話ですよ。二ヶ月も
 家賃溜めたあげくこんな事件まで。ここ、
 やっぱり事故物件になっちゃうんですか」
ネズミ「昼夜問わず泣くわ喚くわ。男がいる
 日は罵声やら暴れる音まで。こっちは人生
 かかってるんですよ。一人で育てられない
 なら産むなって話。ゆうべ? だから何も
 聞いてませんって」
ゴリラ「被害者って●●●だろ。廊下で因縁
 つけられたことあるよ。逆に睨んだら尻尾
 巻いて逃げたけどさ。ま、女にやられたん
 じゃない? 自業自得だよ(ゴホゴホ)」
クジャク「そう、自業自得よ。女ってなんで
 あんなどうしようもない男に引っかかるの
 かしら。同情はしないわ。自分の見る目が
 なかっただけだもの。人生にレディース割
 なんてないってこと、はっきり思い知れば
 いいのよ(ヒック)」
イタチ「・・・・・・(毛繕いしながら)」
ウサギ「私、何も知りません。ゆうべ訪ねて
 来たけど中に入れませんでした。鍵も先週
 換えて・・・あの子に手を上げようとした
 ことがあったので・・・。しばらく部屋の
 前で騒いだ後、諦めて帰ったみたいです。
 心は少し痛みましたけど・・・(泣き声に
 振り返る)おしめかな。もういいですか」
   一連のやり取りを見ていた探偵たち。
マキ「容疑者は明白なようだが」
バロン「彼女に可能なら、ね」
マキ「オオカミの死因は何なんだ」

●スタジオ
   黒ホリゾントの前にポツンと安置台。
   横たわったオオカミに全身モザイク。
   安置台を見下ろすマキとバロン。
バロン「腹部に深い刺し傷、凶器不明。背中
 からの浅い刺し傷、同じく凶器不明。頭部
 に激しい挫傷、全身に打撲痕、肺の中には
 大量の水、それと・・・」
   首の辺りの毛をかき分けるバロン。
バロン「頸部に索条痕。いずれも凶器は発見
 されてない。ダメージが多すぎて、死因の
 特定には時間がかかりそうだ」
マキ「確かに彼女一人では難しいな」
バロン「一人では?」
マキ「現場はどこだと思う」

●ドールハウス・二〇二号室
   忙しそうな鑑識の後ろに探偵たち。
バロン「この部屋で退治されて窓から落とさ
 れたと考えるのが妥当だろう。だが室内に
 痕跡は見当たらない」
   窓辺に移動する二人。
   窓から運河を見下ろして。
バロン「窓枠からも血痕は検出されてない。
 窓枠に触れさせずに落とすのは不可能だと
 思う」
マキ「女の力では、な」
バロン「さっきからやけに引っかかる物言い
 をするじゃないか。まさかお前・・・」
   バロンの頭上に豆電球。
バロン「そういうことか。複数の凶器と傷、
 一見仲の悪そうな住人たち、わざと一人に
 疑いが向くような証言、つまり・・・」
   バロンの周囲で部屋の光景が一変。
   ゴリラが窓から何かを放り落とす。
   数瞬後、外から大きな水音。
   たちまち沸き起こる拍手。
   赤ちゃんを抱いて嬉し泣きのウサギ。
   ケーキを運んでくるタヌキ。
   凶器類を隅へ掃き寄せるイタチ。
   アコギで陽気な曲を弾くネズミ。
   赤ちゃんをあやすクジャク。
   ウサギを中心にパーティーの宴席。
マキ「こらこら、勝手に推理するな」
   バロンの豆電球がショート。
   パーティーが消え、戻る鑑識作業。
バロン「・・・違ったか」
マキ「全員犯人説は私も考えた。考えたが、
 一瞬で排除した。わざわざバラエティーに
 富んだ凶器を使って疑いを呼ぶ必要がどこ
 にある」
バロン「・・・それもそうだ(ションボリ)」
マキ「外はどうなっている」
バロン「外?」
マキ「窓の外の痕跡だ」
バロン「もちろん調べてはいるが、すっかり
 洗い流されていて・・・」
   見開かれるマキの目。
   胡瓜を一口大きく齧りとる。
マキ「何かひと味足りないと思った」
バロン「味噌つけるか?」
マキ「そうじゃない。台風だ」
   その瞬間、窓の外は大嵐に。
マキ「住人たちが騒ぎに一切気づかなかった
 のも無理はない」

●同・外
   運河を見下ろして建つドールハウス。
   傘を飛ばされそうなマキとバロン。
   二階の窓から視線を下へ。
   運河と建物を隔てる塀。
   その上部に植えられた鉄の忍び返し。
マキ「締め出しを食らったオオカミが素直に
 諦めて帰ったと思うか」
バロン「まさか」
マキ「そのまさかだ。彼は執念深い男だった
 のだろう。暴風雨の中、建物の裏に回って
 雨樋にでもよじ登った。そして・・・」
   雨樋をよじ登るオオカミ。
   窓に飛びつこうとして手を滑らせる。
   仰向けに落下するオオカミ。
   その背中に迫る忍び返し。
バロン「それが背中の浅い傷・・・」
マキ「そしてそのまま運河に落ちた。とある
 探偵小説で使われたトリックだが、まさか
 現実に起こるとはな」
バロン「他の傷はどう説明する」
マキ「発見時の水面の状況を思い出せ」
バロン「流れはある程度落ち着いてた。大小
 のゴミがダムみたいに死体の周りを覆って
 せき止めてたんだ」
マキ「ゆうべは流れが相当急だったろうな」
バロン「このあと河川事務所に確認するが、
 恐らくは」
マキ「じゃあ、様々な漂流物が・・・」
   運河を荒れ狂う濁流。
   水面を危険な速度で通過する漂流物。
   その只中に晒されたオオカミ。
   シャツが破け去り、水が血に染まる。

●児童公園・夕
   半分ほどになった胡瓜。
   頂で満足げに背伸びするマキ。
バロン「つまり事故死だと」
マキ「下流を調べてみろ。きっとロープやら
 杭やらコンクリ片やら、傷と合致する凶器
 が一式見つかる筈だ」
   バロンのコートから着信音。
   『マッハバロン』のテーマ。
バロン「本部からだ、失礼」
   スマホで話すバロンの顔色が変わる。
   電話を切って気まずそうに俯いて。
マキ「どうした、味噌でもつけたのか」
バロン「・・・深い傷はナイフによるものだ
 そうだ。それも右利きの人物が真正面から
 力一杯刺した・・・」
   マキの口から大きな吐息。
マキ「何か見落としている・・・何か」
   頂に立ち上がるマキ。
   ゆっくりと周囲を見回す。
   三百六十度回転する視界と思考。
   暮れなずむ公園風景。
   物言わぬ遊具たち。
   落ちた葉や枝で覆われた地面。
   ひっそりと佇む東屋。
   東屋から公園の裏に通じる小道。
   公園のすぐ外を流れるどぶ川。
   マキの耳に届く水の音。
   もう一度視線が小道を戻る。
   両側の植栽に嵐の痕跡。
   その中、明らかに薙ぎ倒された跡。
   ブロックには消えかけの染み。
マキ「警部・・・」
バロン「何だ」
マキ「あれ、もしかして例の運河か」
   マキの指す先を見るバロン。
バロン「そうだ、実際はどぶ川だが。現場の
 ホテル・・・じゃない、アパートは三キロ
 下流にある」
   目を閉じるマキ。
   マキの周囲で嵐の夜が甦る。

●同・夜
   横殴りの雨の中、東屋から影。
   腹部を押さえて必死の逃走。
   遅れて東屋から飛び出す影。
   追跡を試みるが雨風に阻まれる。
   小道伝いに逃げる影。
   途中でよろめいて植栽に倒れ込む。
   再び立ち上がって駆け出すも。
   公園から走り出た瞬間に猛烈な横風。
   直後、水音と水しぶき。

●どぶ川・夜
   流されるオオカミを追うカメラ視点。
   ガラス片が背中に刺さって抜ける。
   護岸に何度も打ちつけられる体。
   追いかけてくるコンクリブロック。
   頭部に激突して先に流れ去る。
   波間にアパートの灯が見え隠れ。
   護岸に引っかかって波打つロープ。
   流されオオカミの頸に巻きつく。
   ロープによって引き留められた体。
   ちょうどアパートの真下。
   体の周りに溜まり始める漂流物。
   *****
   雨風が治まって流れはやや穏やかに。
   護岸からほどけるロープ。
   オオカミの頸からも離れて流れ去る。
   シャツが脱げて背中の刺青が露わ。

●公園・夕
   頂に立ちつくしているマキ。
マキ「東屋だ」
バロン「え」
マキ「あの東屋を調べさせろ。何か出てくる
 に違いない」
バロン「・・・わかった。お前を信じよう」
   本部に電話しながらその場を離れる。
   頂に再び腰を下ろすマキ。
   胡瓜も齧らずに呟き続ける。
マキ「ゆうべ、オオカミはなぜ必死にウサギ
 に会おうとしたのか。そして暴風雨の中、
 この公園まで来た理由・・・ふふ、結局は
 陳腐な金銭トラブルかもな。真犯人の方は
 警部の頑張りに期待しよう。蓋を開ければ
 オオカミ同士の揉め事だった、というオチ
 かもしれないが・・・」
   マキの視線が築山の裾野に。
   足場に置かれたもろみ味噌の壜。
   滑り降りて回収、頂へ戻る。
   胡瓜の先を恐る恐る味噌へ。
   目をつぶって齧るマキ。
   驚きのあまり目が点になる。
マキ「・・・私もまだまだ未熟者だな」
   遠ざかるバロンとすれ違う初老女性。
   女性、築山に歩み寄る。
   その姿を認めて立ち上がるマキ。
   無邪気な笑顔で手を振って。
マキ「おーい、おばあちゃん。おそいよー」





                   了


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