紅影勇輝の~遥かなる地平へ~

紅影勇輝の~遥かなる地平へ~

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Calendar

Favorite Blog

Radio JYO Radio JYOさん
蒼き詩人の世界 蒼き詩人さん
蒼の肖像 蒼の管理人さん
ビジネスと人生の成… sin@bookさん
体感劇場 wood9310さん
おやじがちょっとが… 猫おやじさん
チャンガラ にここ8679さん
まいど道場 raf9108さん
破れかぶれのひとり言 田吾作子さん
思いつき日記 チャーリー181さん

Comments

http://buycialisky.com/@ Re:本日の画像で一言(07/09) cialis vs viagra pulmonary hypertension…
http://viagraiy.com/@ Re:本日の画像で一言(07/09) valor do viagra no mercado <a href=…
リソリソ@ Re:芸術がオ○ニー!?このタコがっ!!芸術はSEXだろうがよ!!(05/05) 芸術=オ○ニーだって思い込んでた私は貴方…
腰痛アドバイザー@ 腰が痛いのは、辛いですね。 腰が痛いのは辛いものです。 私も14…
海のくまさん@ チン型取られちゃったw http://onaona.mogmog55.net/6vrkmog/ 俺…

Archives

2026/05
2026/04
2026/03
2026/02
2026/01
2025/12
2025/11
2025/10
2025/09
2025/08

Profile

紅影勇輝

紅影勇輝

2005/11/25
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
<前半へはコチラ>



さて、

そろそろ僕が、何でこんなことを長々書き綴っているのか、

疑問に思いました?



実は最近、幼馴染なんかとこんな感じの昔話的会話をしていましてね、

(本当は、もっとダークだったり、エロかったりするんですが(笑))

何か今、全体的にノスタルジーモードに突入しているんですよ、僕。


で、ベタ中のベタな感覚なんですが、僕はこう思うわけなんです。



「子供の頃って、何であんなに世界が輝いてたんだろう」



ってね。

たぶん、みんなもたまには思ってるはず(笑)。





でも、そんな景色も、今では見慣れた風景になって、

つまらないものに見えてきたりもする。


今はもう、あの頃のような新鮮なウキウキ感は、

日常ではなかなか味わえないなぁ、なんて思ったりして。






でもね、

別に、僕はここで、

「子供の頃は良かったなぁ」とか「あの頃に帰りたいなぁ」的なことを

ノスタルジックに述べようとしているわけではないんですよ。




僕は、子供の頃と同じウキウキ感を、

今でも、いつだって感じているんです。




それは、何故か?





「哲学」してるから


哲学とかいう言葉は、なんか小難しそうで語弊を生む表現かもしれない。

それに僕の場合は完全に自己流だし、哲学と呼べるシロモノではないかもしれない。

まぁこれは、あれこれ思索を練って遊ぶこと、程度の意味で取ってもらえば良いと思います。



僕はよく、「お前は色んなことを考えすぎだよ」とか人に言われることがあります。

(正直、かなり年上の大人とかにも、議論したりするとよく言われます)




心の視界が広がる、新しい景色が見えてくる。

そりゃ、ものごとは表裏一体だから、

実際には、目を背けておきたいような景色も同じくらい見なきゃいけない。


でも、そこで味わうドキドキ感は、

子供の頃の「あの感覚」と何ら変わりはないんですね。



僕は、自分で考えたりした思想や発想、心に引っ掛かった言葉なんかを、

もう7年間以上もノートに書き留めていて、

(たぶん、20冊以上になると思うんだけど)


今でも必ず、毎日1ページくらいは何かを書いたりしています。

要は、「思索日記」ですね。

そのノートと一緒に、僕の心は成長してきた実感がある。


で、その過程や歴史の中には、本当に色んな人との出会いがありました。

その都度、僕の感性や考え方も大きく影響を受けてね、

ある時は、自分の信じていた思想を破壊され、ある時にはそれ以上の考え方に出会い、

とどまることなく変わってゆきました。

(特に、ここ2、3年はね)



哲学って、ただ頭でこねくり回すってイメージが一般的に強いんだけど、

本当に実感を持って、その考え方や思想を心から納得するためには、

やっぱり自分の経験と照らし合わせてみないと納得出来るわけがない。

だから結局は、どれだけ自分が「体験」してきたことを「経験知」に変えられるか、

だと思うんですね。それが、哲学することの本質だと思う。


その辺を、多くの人たちはたぶん誤解している気がする。




今、僕はかなり、ブログの更新が滞ってしまっています。

まぁ、だいたいが、奴のせいなんですけどね。


奴。

そう、それはスポーツ。

最近、僕は体を鍛えたりすることにもかなり力を入れていて、

ブログで書きたいことは山ほどあっても、

それらを全部書いていたらいくら時間があっても足りない、ってのがまずあるんです。


じゃあ、短い文章を書けばいいじゃん、ってことなんだろうけど、

僕が文章を書く一番の理由は、「書きながら新しい何かを発見する」ことであって、

つまり、書きながら哲学する、ことであって、

僕の場合、長く書かないと意味がない、と思っている。(←あくまで、僕の場合ね)

だから実は、書きかけの記事が今10個くらい残ってたりするわけですが。



でも、僕のブログは、

ホントにただの趣味で、思索をしたくてやっているだけなので、

自由にマイペースで別に構わないと思っているんですよ。

(日記という意識も全くないしね)



思索は、もうすでに僕のライフワークの一つになっています。

飽き性な僕が、ほぼ毎日、欠かさず7年以上続けてこれたんだから、

これはもう、別にブログがどうとかと関係なく、

たぶん一生続けるんだろうなって思っています。



毎日、色んな発見をするのが、今は何よりも楽しい。



考えることを楽しんでいる。

考えることを遊んでいる。



哲学は、生きる上での考え方の根っこにあたるもの。

それによって、僕の世界観は限りなく広がっているんです。




哲学、



世の中に、遊びは星の数程あるけれど、

これが僕にとっての 「今の遊び」 .




遊ぶ場所は、”外”から”内”に変化した。

だから、見た感じは「昔の遊び」とは全く違うもののように映るだろう。



でもそこには、確かに、

あの頃の僕が、この世界に感じていたドキドキ感と



●同じもの



いや、もしかすると、それ以上のものが、

宇宙的な奥行きを持って広がっているように思えるんです。


その中で、僕はいつからか遊べるようになった。



それはまるで、

言葉の森を、ルンルンと鼻歌交じりで探索しながら、

イメージの海で、水とパシャパシャ戯れているような、

そんな感覚。



もちろん、人生には苦しいことも辛いことも沢山あって、

闘い、そして血を流すようなことの方が多いことも知ってる。



それでも、

たぶん僕は、その苦しみや悲しみを乗り越えるようにして、

いつも遊んでいるだろう。



今も、昔も、

そして、これから先も、ずっと。




今はまだ僕自身、

先人たちが辿ってきた道を

ただなぞっているだけなのかもしれない。


オリジナルの思想などとは、全然程遠い。





でも、僕はいつか、

今まで誰も見たことのないような景色に、

きっと、辿り着けるような気がしている。










僕はこんなにも楽しんでいるから。






そう、



前方に見えるのは、












―遥かなる地平―








それは、


蜃気楼のような、僕の真実。










←1日1クリックで、何の成長もない紅影を応援しよう!!





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2005/11/25 10:01:28 PM
コメント(4) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: