全32件 (32件中 1-32件目)
1
私もどんなに貴方を愛していることでしょう。朝夕、お写真に祈りを捧げております。現在の私は本当に幸福です。貴方の愛は、私の全神経を支配しています。私の一番の喜びは「貴方に愛されること」なのです。貴方は私の恋しい方です。初恋です。最初の恋です。そして私の最後の恋にいたします。世界一、強い恋です。貴方をおいて、私の恋人はありません。私は貴方を一刻もわすれたことはありません。夜中に貴方を夢見て、眠られなくなることもあります。貴方のお写真に話かけるときには涙が出て、どうしようもなくお会いしたくなって胸が苦しくなります。やがて喜ばしい現実が巡ってくると思い、今は何もかも時に任せましょう。私は勉強します。貴方が命をかけて栄冠を得られたように、私も命をかけるつもりです。『竹取物語』のレコードをお送りくださるとのこと、夢ではないかと思いました。美しいいくつかの場面を思い浮かべ、貴方の曲を聴く喜びを感じています。貴方の曲は音楽会の脅威の的となるでしょう。私はうれしくてなりません。私の胸が今破れそうに興奮しています。愛する、そして恋しい、好きでたまらない貴方!朝に夕べに、貴方の健康を祈ります。貴方のことを思います。私の心が貴方を取り巻いて、固く抱擁するに違いありません。そのとき、貴方は眠ってください。尊い使命を与えられている貴方です。どうぞ健やかでいてください。調子がよくないときには、お便りをくださらなくても私は貴方を信じています。そして愛しています。一世紀に一つの恋!どこかでそんな言葉を聞いたような気がします。私たちの恋こそ、それに違いありません。これ以上に愛するということはできませんもの。 ひたすらに貴方の健康を祈りつつ 金子より私の命、愛する愛する 古関勇治様※※※勢いは止まりません。
2020.05.26
コメント(0)
久しぶりのハガキが来た数日後、熱烈な手紙が届きます。※※※貴方は私の最も親しい友達です。否、友達以上のものです。今さら、友達にしてくださいなどと言わないでください。もう前から親友じゃありませんか。私の理解者で後援者は、ただひとり、金子さん!貴女だけです。文通によって友となった貴女がこれほど私を慕ってくださいまして、本当になんとお礼を申し上げればよいのやら、わかりません。 幾百の友人をもつよりも、ただひとりの最も良き自己の理解者を持つこと、その素晴らしさを今、私は実感しています。一度もお目にかかったこともないのに、貴女の手紙を読んでおりますと、友として超えてはならないある垣根を超え、友以上の存在と感じています。二人は遠く離れていますが、私のこの気持ちは永久に変わりません。どんなことがあっても、貴女を忘れることができません。最も良き、私の芸術の理解者となってください。私のお願いです。私は自分の創作する芸術に対し、最大の満足を感じています。いかに外部の人々が反対しようが、自分の意思を、音を通して表現するとき、限りない喜びを感じます。仕事が忙しくなったそうですね。職業を持つことは芸術の勉強には邪魔になるかもしれません。しかし、一定の職業があれば、生活の安定が得られます。大変でしょうが、芸術の勉強はしっかりなさってください。名古屋には、商業学校在学中に就学旅行で行きました。豊橋市は汽車で通っただけでした。そのころ、金子さんは豊橋にいらっしゃったんですね。本当に不思議な二人の運命ですね。名古屋では、鶴舞公園に行きました。いいところですね。もう桜は咲いたのでしょうか。貴女のお写真を前にして、お手紙を読むと、貴女のそばにいて、話をしているかのような気がします。私の最も愛する(これ以外に自分の胸中を表現する文字はありません)内山金子さん。私のことを信じてください。 ♥の持ち主 古関勇治より私の最も慕ふる 内山金子様※※※同じ日に、もう一通、勇治から手紙が届きます。イギリスで、勇治の作曲した舞踊組曲『竹取物語』のレコーディングが決まったこと。そのうちの1枚を、金子に送るように手配したこと。そして次のように結ばれていました。※※※貴女のために、全神経を音楽に注いでいるこの哀れな病弱な作曲家をいつまでもいつまでも愛してください。1930年、なんて幸福な年でしょう。貴女が恋しくて恋しくて心が躍ります。 作曲家ロバート・シューマン古関勇治より私の恋しきクララ・シューマン内山金子様 御♥に※※※愛と芸術に生涯を捧げたといわれる作曲家ロバート・シューマンが恋したのは、天才少女と呼ばれ、ドイツで最も高名なピアニストとなった美貌のクララでした。 それまでもっぱらピアノ曲を書いてきたシューマンは、クララとの結婚を機に歌曲を書き始め、結婚した年だけで100曲以上の作品を残しています。その年に発表された歌曲集『詩人の恋』の『美しい五月に』が金子は好きでした。ハイネの詩です。勇治の手紙を読むたびに「美しい五月に」のメロディが金子の脳裏に流れたことでしょう。
2020.05.26
コメント(0)
勇治からのはがきがやっと届いたとき、たまらず金子の目から嬉し涙があふれます。はがきには、体調を崩し数日間、静養していたことと、金子の写真を受け取ってうれしかったこと、手紙を出せなかった謝罪の言葉がありました。すぐに金子は返事を書きます。※※※※おはがきいただきました。お許しくださいませ。私は貴方を一時疑いました。もうお返事をいただけないなら、すっかりあきらめて、ただ自分ひとりの力を信じて進もうと決していました。お便りをいただけて、こんなにうれしいことはございません。胸がいっぱいです。 寝ることすら忘れて勉強なさっているご様子、貴方は心配しないでとおっしゃいますが、心配で心配でたまりません。 貴方がお弱ければまたいっそう、貴方のことが思われます。 私は貴方が大好きでたまらないのです。最初にお便りをいただいたときから。 文は人なりというのは、本当のことだと思います。 私は生一本で熱情的で、生涯を意義あらしめたいと、目的に対して勇気を持って進む人間です。けれど、あなたの情熱に比すれば情けないばかりです。 貴方のような偉大な男性と、私ははじめて出会いました。貴方のよき理解者であり、友でありたいと望んでいます。 古関様、貴方の手で、私に貴方の友としての資格を与えてください。絶えず導いて下さい。 貴方のお手紙を胸に抱き、私は今、嬉しさに涙をあふれさせています。 金子※※※※数日して、熱列な手紙が戻ってきます。
2020.05.25
コメント(0)
勇治から金子の写真が欲しいと言われ、豊橋に戻ってから、かわいらしく写っている写真を選りすぐり、写真を送って以来、三日ほど勇治からの手紙が途絶えます。普通なら、どうってことないことなんですが、何せ、ここ数日は毎日来ていたのですから、疑問に思うのも当然です。写真が気に入らなかったのだろうか?金子の容貌が好みではなかったんだろうか?金子は不安でたまらなくなります。誰もが振り返る美人ではないというのは、自分でもわかっています。しかし、百歩譲っても、人を不快にさせるような顔をしているわけではありませんそれでも、手紙は来ません。こういう時に限って、母のみつからお見合いをするように、懇々と説得するようなハガキが届いたりします。勇治は金子が嫌いになり、邪魔になったのか?他に好きな人ができたのか?夢も希望も勇治とともにあるはずの金子の未来も、粉々に砕け散ったかのように思えてしまいます。 苦しく、切なく、悲しみで、金子の胸ははちきれそうです。※※※金子は書きます。※※※昨日も一昨日も、その前も毎日貴方のお便りをお待ちしていました。そして今日も今も、待っているのです。 私は泣けそうです。いったい、貴方はいかがなすったのでしょう。東京へいらしたのかしら。それとも体をいためたとかおっしゃっていたので、お病気にでもおなりになったのかしら。ね、本当にどうなさったの?こう書いていても涙が出そうです。何か、私のさしあげた手紙に気に入らないところがあったんですの?それだったらごめんなさい。 私は貴方の写真を肌身離さず持ち歩いて、いつも眺めています。夜の勉強にも、眠くなる貴方のお写真を見直してはまたやります。 お送りした写真、あまりにも不美人で驚かれたのでしょうか。顔も瞳もまん丸で、唇が小さくて薄くて。でも歌を歌うときには大きくなりますのよ。瞳はまじめになると、光ってじっとしています。笑うとまぶたがふくらんで、とても優しくなると人にはいわれます。 運命の前に、自分が小さい、はかないものに思われてきます。 死にものぐるいで未来を切り開いて見せようとしていますのに、なるようにしかならないというあきらめの気持ちが、私をさいなみます。 最も大きな不安は、貴方に忘れられるということです。なにとぞ、私を導いてくださいませ。お願いいたします。 貴方の手紙が数日途絶えただけで、こんな気持ちがするなら、貴方が外国へいらしたら、私はどんな気になるでしょう。耐えられるでしょうか。 明日の朝、貴方からお手紙が来たら、どんなにうれしいでしょう。 こちらにいらっしゃる間だけでもお手紙をください。 お体がお健やかでありますように。お祈りしています。 内山金子敬愛する古関勇治様のもとに※※※※悲しみをこらえて、顔を上げ、仕事に行く金子夜は楽譜を見ながら、ハミングを繰り返す。紙にかかれた鍵盤の上で指を動かし、実際にピアノを練習する日に備える。※※※※自分は勇治に恋をしているんだと、金子は認めざるを得ませんでした。恋は唐突にはじまったわけではありません。手紙をはじめて書いたあの日から、勇治に恋心を抱き始めたのです。やり取りが重なる中で、のっぴきならないほど好きになっていたのです。 ただ、恋している自分を自覚するのは恥ずかしく、勇治は音楽の世界に導いてくれる尊敬する人物だと自分に言い聞かせてきたのです。 けれども、手紙が途絶え、本当の気持ちを自分に隠すことができなくなりました。 もうあきらめようとも思いました。でも、自分の思いを認めた途端、恋が終わるなんて、悲しすぎる。しかし、まあ、音楽にかける自分の思いをわかってくれる勇治のような人がこの世にいることがわかったのだ。勇治と知り合えてよかった。と、必死で自分をなだめようともします。 でも、やはり納得できない。突然連絡が途絶えるなんて。勇治の身に何かあったに違いない。気が付くと、金子は唇をかんでいます。※※※勇治からのハガキがやっと届きます。
2020.05.25
コメント(0)
お姉さんの看病が一段落して、東京から豊橋に帰って一週間ほどしたころ、突然、金子の就職先がきまります。就職先は、名古屋の健康第一会という会社です。政府から補助を受けて運営している会社で、工場に働きに出ている女工の健康のため、種々のニュースを冊子にして配布したり、全国の工場に健康にまつわる講演会、音楽会を開催しています。 社長の村田千吉が、金子が高女時代、作文が優秀で三年を通じて10点満点だったことや、音楽が好きなことを知り、ぜひ、うちに来てくれと、迎え入れてくれたのです。 村田社長の家に下宿させてもらうことも決まり、あわただしく金子は家を離れます。社長の村田は、父が軍の獣医だった頃の知り合いで、60過ぎ。いくつかのビジネスも手掛ける温厚な人物でした。 金子は職場で、編集部員として原稿を書くだけでなく、ピアニストの小股久の音楽会の手伝いもまかされます。 金子は、この幸運を逃したりはしません。小股に懇願し、週に一回ピアノを習います。また、高校のピアノを使わせてもらえるようにとも取り付けます。一方、勇治との手紙のやりとりの頻度は増す一方でした。夜、手紙を書き、翌朝にポストに投函。昼休みの合間にも筆をとり、郵便局によって帰る。勇治からもまた、二日に一回、ときには毎日手紙が届きます。だが、どうしたことでしょう。金子の写真を送って以来、手紙が途絶えます。
2020.05.24
コメント(0)
ここで、実際の豊橋の金子の実家の家族についてご紹介しよう。紹介と言っても、私も本の資料で知っただけですが、ドラマの内容との違いだけでもアタマに入れておくと参考になると思います。まず、お父さんの安蔵さん。かつては歩兵第十八連隊の陸軍獣医部につとめる獣医だったのですが、金子が生まれててまもなく退職。その後は馬蹄を作る工房をはじめ、軍に納入する馬の飼料なども扱う軍の御用商人になります。店兼住居は大通りに面したところにあり、奥には蹄鉄の工房と飼料を納める倉庫がありました。ドラマでは、馬の鞍を作っているようでしたが、実際には、馬の靴にあたる馬蹄作りです。そのお父さんが、金子が六年生とき、突然、脳溢血で亡くなります。ドラマでは交通事故から子どもを救おうとして、という設定になっていましたね。その後は、妻のみつが気丈に家業を切り回しますが、甘いものではなく、父が存がkが命のときのようにはいきません。蹄鉄の仕事は断念。飼料も取引額が減ります。そんな厳しい家計の中、母は娘たち全員を豊橋高等女学校に進学させます。女の子にも教育をというのが、父の願いでもあったからです。 お父さんは謹厳実直な方だったようです。金子はお父さんにほめられた記憶があまりないそうですが、一度だけ、学校の女先生から教えてもらった「からたちの花」を歌いながら帰ったら、通りで大きな声を張り上げたことを叱られるかと思いきや、「金子はカナリヤだな。歌がうまい。澄んだいい声をしている。」とほめられたことがあります。半年後、中古のオルガンを買ってくれます。内山家の姉妹は、みな音楽が大好きでした。夕食後にオルガンと姉の琴で、演奏し、合唱をすることもありました。母もよく歌を歌いました。父は酔ったときに、真田節くらいでしたが。ところで、兄弟姉妹について。中国に行った長男と姉妹が六人います。金子は三女です。長女の富子は、ドラマではこれから軍人と結婚しますが、実際には、父の死ぬ前年に、師範学校の教師と結婚します。ですから、一番早く、片付いちゃうわけです。しかし、陸軍幼年学校の師範ですから、軍人と言ってもいいでしょう。しかも陸軍幼年学校というのは、日本男子のあこがれの学校です。入試の倍率は百倍とも言われ、秀才が集まる超エリート学校です。早期一貫教育によって優秀な日本陸軍将校を育てることを目的とした陸軍幼年学校には皇族の子弟も在籍しており、娘婿がそこで教鞭をとっているというのは、母みつの自慢であったのです。というわけで、長女は結婚して東京に住んでいるので、母みつがもっぱら頼りにしたのは、金子のひとつ上の姉、清子だったのです。商売が忙しいときには、母は清子に女学校を休むように命じます。そんなわけで、清子は学校を休んでばかりいましたが、持ち前の負けん気で勉強を続け、女学校を優秀な成績で卒業します。 以来、清子は母親の女房役として店を切り盛りします。この姉にかげに隠れるようにして、金子はわりあい自由に生きてきたのです。 女学校を卒業してから、金子は家の手伝いをしています。音楽の道に進むために音楽学校に入りたいと母に懇願しますが、家にはそんな余裕があるわけがありません。下に妹が二人いるのですから。家の手伝いと言っても、姉の清子と母の使い走りにすぎず、働き手として期待されているとは言えません。週に一度、小学校時代の恩師大竹先生のところに行って歌の稽古に通うことが最大の楽しみであり、生きがいでもあったのです。 ときどき金子は、自分が役立たずのような気がして身の置き所が見つからないように感じるのでした。
2020.05.23
コメント(0)
勇治が勧める中山晋平という作曲家は、歌劇の劇中歌『カチューシャの唄』や『ゴンドラの唄』を作曲しています。日本ビクターの専属であり、オペラ歌手藤原義江、佐藤千夜子が歌う『波浮の港』や『出航の港』も彼の手によります。すぐにまた東京の学生で音楽活動を行っている勇治のいとこが中山晋平に約束をとりつけたという勇治の手紙が金子に届き、金子は再び心底驚きます。その日、金子は姉には東京見物に行くといい、緊張いた面持ちで日本ビクターに中山晋平を訪ねます。そしてこの出会いは、金子にとって生涯忘れ得ぬものになります。※※※本日、中山晋平氏を訪問しました。午後三時のお約束できっちり会ってくださいました。いろいろお話ししてから、歌を聞いていただきました。「声の質良し。量あり。これから勉強したら必ず将来、相当な歌い手になれる」とおっしゃてくださいましたが、私はまだ不安なので、「もちろん真剣に勉強いたしますけれど、本当に先生は、私がこの道に進んで成功しうると認めてくださいますか。見込みがありますか」と一生懸命いいましたところ、「見込みがあります」とはっきり言い切ってくださいました。中山先生は声楽の専門ではありませんが、民謡の大家でもあります。立派な耳をお持ちの方だと思います。今後の勉強についても、細々とおっしゃってくださいました。 歌を歌うときにどうしても普段使っている言葉のアクセントがでるので、東京の言葉を常に用いること。 ピアノの伴奏で、基礎から正式にやるのがよいということ。 歌い手になりたい人がたくさんいるので、一生懸命勉強すること。 このような言葉をいただき、本当にうれしく、ますます希望が沸き立つのを感じました。先生は玄関まで送ってくださって、「死にものぐるいでおやりなさい。石にかじりついてもやりとげるという気持ちで」と、おっしゃってくださいました。 夕闇間近の駅に向かいながら、私は歌い手になるために、これからも夢中で、一生懸命に学び続けなければならないと改めて思いました。 東京で学ぶのが一番ですが、姉のところは、義兄が理学の研究をしておりますから歌の練習などとてもできません。私の家では妹などの教育費もかかりますから、私への仕送りを望むこともできません。 ですので、近々、田舎に帰らなくてはなりません。これからは、自分の名誉は望みません。ただ、真の芸術を創造したいと望むきりです。 ピアノを持っていませんので、進歩が遅いかもしれませんが、ピアノを習います。そして本を読みながら声楽を勉強します。このふたつしか、私にはありません。 努力、勉強は少しも苦しいとは感じません。むしろ楽しい幸福なことです。 けれど、思うままに学べないというのは、やはり苦痛です。 東京には親に学費を出してもらっていながら、カフェー遊びをする人もあんなにいるのに。世の中にはブルジョア、プロレタリアートがあり、私は後者。いつもお金の壁に阻まれてしまいます。 けれど、遊ぶだけの放埓なブルジョアにはなりたくありません。 できるだけ前に進む。その言葉通り、私は実行する決心です。 自分のことばかり、書いてしまいました。でも貴方に手紙を書きながら自分の感情を整理することができました。 ロンドンへは50日の旅ですね。 私も大連に行ったときに、わずかですが船で過ごしました。海を見ながら、人間の小さいこと、世界は広いことなど静かに考えることもできました。 貴方のお手紙が私の力です。すがり、信じ、突き進む、絶対の大いなる力です。 貴方が洋行なさった後のことを考えると灯りを失うように感じられます。 貴方に私を信じ、導いてくださるお心がある限り、私に力を与えてください。 お返事、お勉強のおひまでも簡単で結構ですから、絶えずくださいまし。 ご健康を祈りつつ。 内山金子 親愛なる古関様※※※金子はと豊橋に帰ります。東京にゐる間に二週間がたっていました。
2020.05.22
コメント(0)
ドラマでは、世界恐慌の影響で裕而に英国留学がボツになったとされていますが、実は、裕而の家は、既に店仕舞いをしていたのです。さらに、英国から資金の援助もなく、渡航費用しかもらえなかったのです。裕而は、英国で自分の楽譜を出版し、資金を稼ごうと考えたようです。英国からの話は、表彰式に招待するということだったのです。それよりも、金子さんと数年にしろ、分かれて暮らすことに耐えられなくなたったどいう訳です。ということで、史実とドラマは違います。しかし、研究すればするほど、史実の「本質」をよく表現しているなあ、と感心します。その発見したことをこれから、おいおい、発表していきたいと思います。
2020.05.21
コメント(0)
私の初めて知り得た芸術の友・内山さんを、私の力で、私の親友として、世界楽団の先端を行く、偉大なる、最大の声楽家としたい。私は貴女に、最大の期待をかけております。 そして地方の町でひとりで勉強なさる貴女の寂しい姿を想像して何とかしてあげたいという心でいっぱいです。独学の辛さがわかるのです。 私も今まで独学を続けてきました。「和声学」「対位法」も楽器なしで、ひとりで研究しました。ちょうど美術家が、カンバスも油絵具もなく、本で勉強するのと同じようなものです。私の背中を後押ししてくれたものは、音楽の情熱です。 貴女も、熱を、情熱をもって勉強なさい。 天は自ら助くるものを助く。神はきっと貴女にいつか、その情熱に値するものを与えてくださるでしょう。 私を信じてください。 貴女とのお約束の写真、お送り申し上げます。和装と洋装と二枚、同封します。 田舎者で見苦しく、恥ずかしいのですが、なにとぞ、友としてとこしえにこのつまらない写真をお持ちください。 貴女のお写真、一日も早くお送りください。 待っています、本当に。 もう彼岸ですね。私の住む町にも、春は訪れようとしております。木々の若芽も萌えてきました。青い空は高く澄み切って、子どもたちが遊ぶ凧がその中を小舟のごとく走っています。 もうすぐ出会いです。貴女との。そう思うだけで、気が進みます。 春の気持ちで、二人はこれからも進んでいきましょう。貴女よりのお手紙とお写真をお待ちつつ、筆を止めます。 古関勇治 親友 内山金子様※※※勇治からはもう五通の手紙を受け取った。金子も五通返事を書いた。高女を卒業して以来、宙ぶらりんの生活が続き、金子はこの先、どうなるのだろうと、途方にくれる思いをしていたのですが、勇治の手紙にすくわれたような気がします。手紙を読み、手紙を書いているときは、夢をみているようです。※※※お手紙とお写真、いただきました。本当にありがとう存じました。とてもお若く見えますが、非常に落ち着いていらっしゃるようにも感じられました。機知に富んだユーモアを飛ばしそうな…。和声楽を独学でおやり遊ばしたとのこと、どんなに困難なことでしょう…。私の写真も差し上げましょう。家に戻ってからになりますので、もう少しお待ちくださいませ。お互いにますます励みましょうね。でも、勉強、過度になりませんように。お気をつけ遊ばしてくださいまし。お返事、お待ちしています。 内山金子※※※せっかく東京にいるのだから、東京在住の著名な作曲家・中山晋平に会いに行ってはどうかと裕而が書いてきたとき、金子はそんなことができるのかと驚いてしまいます。
2020.05.21
コメント(0)
こちらはみぞれ雪が降っています。こたつに入ってひとり、楽想にふけっています。五線紙の上をきれいなメロディが流れていきます。今、萩野綾子氏からの催促を得て、作曲に集中しています。昨日、福島市の実家に帰り、両親と今後のことについて相談しました結果、九月には日本を離れて、ロンドンに行くことに決めました。ロンドンに行く便船、決定次第、お通知いたします。私は英国で一生懸命作曲し、楽譜を出版し、きっときっと貴女をお呼びいたしましょう。まだ、貴女の声に接していませんが、きっと素敵な声だと信じます。あと六ヶ月です。ぜひとも、あんたとお会いしたい。渡英前に大阪に行く用事があるので、その折、貴女が豊橋にお帰りになっていられるようなら、豊橋に逢いにまいります。私が上京するときに、貴女が東京にいらしゃるなら、そちらの近くまで行きましょう。すぐにでも上京したいのですが、今少し、体の具合がよくありません。過激に勉強したせいかもしれません。医者には過労だと言われました。寝る時間がおしいのです。とりとめのないことを書きました。あしからず。清く、いつまでもご交際、願います。ではまた二、三日後に。 古関勇治追伸金子というお名前、どう呼ぶのか、教えていただけますか※※※英国に行ったら、勇治は自分を呼んでくれるという。金子は歓喜します。ロンドンの街の風景を想像し、勇治とテムズ川のほとりを歩いている風景を思うと、天にも昇る気持ちになります。いったい、これは本当にことだろうか。まさか戯れではないか。勇治は金子に逢いたいと望み、また二、三日後に手紙を書くともいう。これが現実であると信じていいのだろうか。金子は書きます。※※※貴方の手紙に、私はどれほど勇気づけられるか、おわかりになりますでしょうか。私のために作曲してくださる。そして理想にしても、外国へ呼んでくださるなどおっしゃっていただけるなんて、私はなんて幸せなんでしょう。………省略……貴方のお手紙を何度も繰り返し読み、どんな方かしらといつも考え続けています。私も何も成し遂げずに死ぬのはいやです。母と姉が縁談をすすめ、音楽の道をあきらめるようにと、しきりに誘惑を試みます。私の意思は、もちろん固いのですけれど、しゃくにさわりますし、困ります。結婚は、二、三年は絶対にいたしません。声楽を理論的に根本からやり直したいのです。もっともっと勉強し、声を洗練させたいのです。英国に呼んでくださるという貴方の言葉を私は信じます。頼ります。待っています。一年でも二年でも。生涯の岐路にあるこのときに、貴方という力強い、すがれる友人と出会えたんは幸運という言葉では足りません。貴方が今、私の未来を照らしてくださっています。私の名前はキンコと呼びます。華やかな名前だという人もあれば、堅く冷たそうに光った名前だという人もいますが、私自身は欲張りみたいな感じがする名前だとずっと残念に思っておりました。私なぞ、ニッケルで十分だと。しかし、今は、この名前のごとく、光輝く尊い人間になろうと考えなおしております。音楽の勉強に夢中になり、新しい音楽を生み出そうとしている貴方は素敵です。どうぞお体にはお気をつけ遊ばしてくださいませ。貴方あっての音楽ですから。お返事お待ちしています。 内山金子
2020.05.20
コメント(0)
お手紙ありがとうございました。上京しましてから、姉の看病と話し相手,姪のお世話とおさんどんで毎日が過ぎていきます。こうした中で受け取りました貴方からのお手紙、うれしくうれしく、何度も繰り返し、読ませていただきました。 こちらでは先日開かれたオペラ『椿姫』のことが話題となっています。関谷敏子氏と藤原義江氏の競演で、せっかくなので私もぜひ行こうと思っていたのですが、姉のことがあり、残念ながらあきらめざるを得ませんでした。 おふたりの共演はレコードでは何度も聴いています。立松房子氏の『椿姫』も聴きました。 私のようなものが論評するのはいかがなものかとは思いますが、立松氏のトレモロはきれいでしたが、関屋氏のほうが情熱的でゆとりの香りがあるように感じました。 萩野氏は東京音楽学校を卒業後、フランスに留学。関谷氏は東京音楽学校を中退し、イタリアに留学。そしてミラノのスカラ座のオーディションに合格なさったと聞いております。 おふたりともプリマドンナとして日本のみならず、世界で活躍なさって…。 立松氏も東京音楽学校で学び、三浦環さんと同じハンカ・シェルデルップ・ペツォルト氏に学ばれたとか。 私の切なる希望は、洋行して、本場で学ぶことです。貴方のような方と洋行できましたら、話も合って、いっそうおもしろく、さぞ音楽の勉強もはかどるでしょう。そんなことを想像するだけで、心に翼が生えたように、楽しくなってまいります。 お尋ねの私の音域ですが、発声できるのは「下のD」から「上の上のF」まで。発語できるのは「下のE」から「上の上のC」までです。 歌う場合は、一般にソプラノの音域は「下のC」から「上のA」とされていますが、私は「下のF」から「上のB]まででも歌えます。 ここ数日、東京でも雪の日が続きました。福島も、雪が降っているのでしょうか。 お忙しい中、大変な努力を重ね、音楽に向き合っている貴方の姿がまぶたに浮かんでまいります。 貴方の中から、どんな音楽が生まれるのでしょう。生まれる瞬間はどんな気持ちになるのでしょう。音楽が貴方からあふれ出すのでしょうか。 ああ、貴方の曲を、この耳で聴いてみたい。歌ってみたい。 その思いは渇望といってもいいほどです。 貴方を知り得たのは、運命の糸を操る神の力の御技によるものではないでしょうか。 あの新聞が私の心にとまって、思い切って差し上げた手紙に、貴方がご返事をくださって、この広い世界でこうして結ばれた魂と魂。 貴方が、そして私も、真剣に生一本な心を持ち続けたら、必ず偉大な芸術を生み出すことができると信じております。 お体を大切になさいませね。それからひとつお願いがあります。お写真一枚、お送りくださいませんか。私の写真も、そのうちにお送りいたします。勝手なことばかり申し上げました。お許しくださいね。貴方のお手紙を、待っています。 内山金子※※※この返事を出して三日後、また勇治から手紙が来ます。時間的に勇治は、金子の手紙の到着を待つことなく、手紙を書いて出したのだ。
2020.05.19
コメント(0)
私のような無名の作曲家を信頼してくださいます貴女。私と同じような境遇にある貴女。お互いに、万難を排して、目的の貫徹を期して進んでいきましょう。芸術家は、時代の先端を行かなければなりません。私はアルノルト・シェーンベルクのような未来派の音楽を作っていきます。貴女は、ただ歌うのではなく、語るように歌う歌い手になってください。日本で語るように歌える方は、私が知る限り、ソプラノの萩野綾子氏ひとりだけです。歌い方の根本を定め、語る歌い方をご自分のものにしてくださいますように、切望します。私は貴女が想像されたような、完成した人間ではありません。田舎者ですし、語学、音楽のこと、すべて独学でやってきました。何より大切なのは熱です。貴女も熱で、音楽に向かってください。今、貴女からのお手紙が机の上にあります。なんだかかすかに、かすかに、歌声が聞こえます。貴女の声のような。白い、白い、花が咲いたよからたちも 秋は実るよ『からたちの花』です。私は夢を見ているのでしょうか。貴女は遠い遠い東京におられるのに。貴女という本当に良い友を得たことを心からうれしく思います。貴女に私の曲をいつか歌っていただきたいのです。異性だから、交際してはいけないことはないと私は思います。二人は清く、公明に、お互いを励まして、芸術の道を歩んでいきましょう。追伸貴女の声域を教えてください。 古関勇治※※※アルノルト・シェーンベルクは、新しい音楽の表現形式を模索し続けているオーストリアの作曲家。無調音楽という世界を生み出したものの、ウィーンの一般聴衆に受け入れられなかったが、近年になって、十二音音楽を生み出したという。従来の音楽では、たとえばハ長調なら主和音はドミソと決まっているが、無調音楽は、その規則に縛られない。また十二音音楽とはドレミファソラシの七音の間にある半音五音も含めて音階とする音楽だという。シェーンベルクのことはよく知らなかったので、金子は声楽の大竹先生に手紙を書き、尋ねます。速達で、速達用の切手をはりつけた返信用の封筒まで同封されていたことに驚いたのか、大竹先生はすぐに返信してくれます。それだけでも、どんな音楽なのか、ちょっと想像がつかない金子でしたが、音楽界を驚かせるような新しい音楽を作りたいという勇治の情熱に、金子の胸は躍ります。萩野綾子が歌う『からたちの花』を金子も聴いたことがあります。声が美しいだけでなく、活舌が素晴らしく、歌詞が胸にすーっと入り込んでくる。歌を聴きながら、一面に咲く白い花や長く鋭い緑のとげが見えるような気がします。福岡の名家に生まれた萩野は、東京音楽学校声楽科に入学。卒業後は山田耕筰の抜擢を受け、フランス歌曲を学んだ。シャンゼリゼ劇場で西洋歌曲とともに日本の古謡を歌い、パリの人々からも歌唱力が評価されたソプラノ歌手だった。『からたちの花』は、山田耕筰が萩野綾子に捧げたといわれる曲でした。ふたりは愛し合っていたといわれます。そして金子にとっては、生前、父がいい声だとほめてくれた思い出の歌です。金子に自分の曲を歌ってほしいという勇治。自分たちも、山田耕筰と萩野綾子のようであると思ってくれているのだろうか。金子はすぐに返事を書きます。
2020.05.19
コメント(0)
金子が思い切ってサーブを送った球が、裕而が返しました。何と留学の援助まで書いてあり、曲を作って贈るとまで。それを受けて、金子はそのリターンを返します。場所は、東京の阿佐ヶ谷、お姉さんの家です。病気のお姉さんの手伝いに来ていたのです。今日は、神田神保町の古本屋から、前から欲しかった「独唱の仕方」を買ってきました。さらに、銀銀座に出て、憧れの不二家のシュークリームを三つお土産に買ってきました。そこに、お姉さんから、「金ちゃん宛に手紙が来てるわよ。そこの茶箪笥の上に置いてあるわ」という声「さっきちょっと熱が下がったようで楽になったから、お手洗いに立ったついでに郵便受けを見たんだよ。古関さんて誰だい?」「福島県川俣町 川俣銀行内 古関勇治」と決して達筆ではないが、味のある字の名前これが古関さんの字なのだ、と思うと返事を貰った嬉しさがこみ上げてきた。封書をしっかり胸に押し当てて、思わず小躍り。「誰なの? いい人?」「違う。でも素晴らしい人よ。国際コンクールに入選した新進の作曲家なの」家事が終わってから、手紙を読み返します。音楽に対するひたむきな情熱が感じられます。親身なアドヴァイスが嬉しい!自分もこの人に負けないように頑張ろう。追いつけなくとも、付いて行けるように頑張ろう。同じ道を歩む、気持ちの通じる友がいる。金子さんはペンを執ります。※※※貴方のおたより私はほんとうに嬉しく拝見いたしました。貴方を知り得たということは、私の一寸したウィットからにもよりませうけれど、それ以上に不思議に運命の糸をあやつる神(?)の力によると考へられます。 あの新聞紙が私の手に入り私の目に、心にしっかりと止り、更に思ひ切って差し上げたお手紙により貴方が御返事下さった。偶然と云いませうか何て言いませう。狭いようでも広いこの世界にこうして結ばれた魂と魂(結ばれたといってよいと思ひます。)※※※こんな言葉、この時点で言ってもよいものでしょうか?!そこが金子さんらしい大胆さ※※※ お互いが真剣に生一本な心持だったら、一致した時、必ず偉大な技術を産み出すことが出来ると信じます。私は固く信念します。それならばこそ今迄悩みながら押し切ってきた私の心に光明が感じられ希望が輝きはじめたのでございます。何と嬉しい事でせう。私は幸福で堪らなくなりました。きっと私はより以上勉強することが出来ます。今迄でもしたかったのですけれど、書を家へ残して来ましたので。※※※ここで金子はちょっと筆を置いたようです。※※※ しかし今日は神田で一寸した本を見付けて来ました。もう全部読み終へましたから明日から少しづつその中の歌ひ方の研究をするつもりです。貴方もよく御勉強なさる御様子、まことに嬉しく存じます。何と申しましても天才も努力でございますものね。私など最初楽譜を書くのを美術的になどと考へまして今から考へると馬鹿らしい時間の空費をいたしました。しかしそのためによく夜の二時までになりました。こちらに来ましてからは大抵十二時過ぎ位に眠ります。※※※時計を見ると一時だったようです。※※※朝は五時に起床、一時間ばかりを読書やら色々書物の整理をいたします。しかし貴方が二時三時までもお寝みにならないと承りますと自分が不勉強のやうな気がいたします。睡眠時間は三時間あればよい、と仰る方もありますが、しかし私共はやはり体に毒ですから十二時か一時までだと思ひますが。こう申し上げる私が時々それを破ってゐるのですから。ほんとうに熱です。私もそう思ひます。不断の努力は必ず認められる時が来ると思ひます。色々とお教え下さいまして有難うございます。こうした事に私の心は一層励まされます……※※※金子は居眠りをしてしまったようです。※※※ 貴方が髪を伸ばしてゐらっしゃらない事、私の予期してゐた事です。ピカピカヴアレンチノを気取ったモボ、人格的な輝きはゼロと思ふ。人間の真の美は精神美である。ほんとうに信じます。頼ります。一年でも二年でも。ドイツ語を少しやりかけた。声楽を理論的に根本からやりなほす。業界をアッと云はせたいーー。※※※勇治は戸惑います。手紙がここで終わっていたからです。字も文章も乱れ、病気にかかっているのだろうか。心配になった勇治は、早急に返事をしたためます。 ふたりの文通が始まります。
2020.05.18
コメント(0)
さあ、これから、世紀の恋愛につながる文通のスタートです。大きな夢を持って音楽の道を志している内山金子さんの歳は勇治(本名)(裕而はペンネーム)より三歳年下であることがわかりました。愛知県の豊橋とはどんなところだろう?福島に比べればはるかに暖かく、海の幸に恵まれたところに違いない。そして名古屋といえば、東京、大阪に次ぐ大都会だ。必ず良い先生に教えてもらえるだろう。まずはお礼の言葉。※※※心のこもったお手紙、どうも有難うござゐます。同じ音楽の道を志す方からの言葉を私は本当に嬉しく読みました… まずは音楽を沢山沢山聴くことです。出来れば楽譜を見ながら。そうすれば楽譜に書かれているフォルテとかピアノとかクレッシェンドなどの表現記号やテンポの指示を演奏家がいかに解釈しているかが分かります。同じ曲でも演奏者によってその解釈は随分と違ふものです。沢山聴いて、自分が一番よいと思う演奏を更に聴くことです。声楽家を目指すなら、まずこれをお勧めします。 そしてそれから自分なりの表現を取り入れて練習なさることをお勧めします。物真似は駄目です。最初は真似でよいですが、本当の芸術家になるためには、自分の個性を活かさなければ絶対に駄目です。勿論発声練習は大切です。声楽家として基本中の基本です。それを毎日やってゐらっしゃるそうですから、貴女はきっと立派な声楽家になれると思ひます。とにかく勉強、勉強、そして熱です。音楽に対する情熱を持つことが一番大切です。好きこそものの上手なれ、と言ひますが、そのとおりです。 勉強といふと、何か面白くない面倒なことと思ひがちですが、それは無理矢理押し付けられる学校の授業などです。好きならば、本当に好きならば、勉強はとても楽しいです。私は昼間銀行に勤めてゐますので、勉強したり作曲するのは夜になります。作曲していると時間の経つのも忘れてしまいます。深夜の二時、三時になるのはいつものことです。 でもときに飽きたり、迷ひが出たりします。それを乗り越えるのは信念と情熱です。熱があれば、そして絶対に音楽家になるのだといふ確固たる信念があれば、苦しい時もきっと乗り越えられるでせう。留学だって決して夢ではないと思ひます。本当に留学したいのなら、私があちらに行って一、二年して落ち着いたら、貴女の留学のお手伝ひも出来ると思ひます。 何か精神論になってしまいました。実際には色々な勉強があります。音楽を聴くことに飽きたら、本を読むのも良いと思ひます。理論書や教科書だけでなく、音楽家の伝記なども、音楽家としての生き方を学ぶ上でとても参考になります。いつか貴女の歌を聴かせて頂きたいと思います。そのときは私の作った歌を歌って下さい。こうして知り合へた友のために曲をプレゼントしたいと思ひます。少し時間を下さい。近いうちに必ず曲をお送り致します。 私の容姿のこと、褒められるのは初めてで、恥ずかしいです。新聞の写真は二年ほど前のものですが、今も変わりません。ご覧のとおりのいたって平凡な男です。 こうしてお手紙を頂ひたのも何かの縁、互いに音楽の道を志す者として、頑張りませう。新聞には近々渡欧するように書かれていたようですが、今の予定では暫く(半年から一年位?)東京に出て外国語会話などを学んでから、渡欧するつもりです。早ければ来月にでも上京したいと考へてゐます。そのときまで貴女が東京にゐらっしゃれば、きっとお会ひ出来るだろうと思ひます。お時間がありましたら、またお便り下さい。 古関勇治内山金子 様※※※手紙に書かれていた、東京の住所を書きました。留学のお手伝いのことなど、こんな安請け合いはしないほうが良いかとも、裕而さんも思ったようですが、それ以上に、無性にこの乙女を励ましたかったそうです。彼女のための作曲は、安請け合いでななく、何か彼女のために曲を書こうと思ったそうです。暫く作曲してなかったので、人に偉そうなことを書いても自分が怠けていてはいけない、と思ったそうです。さらに 金子、何と読むのだろうと気になります。かねこ? きんこ? きっとかねこだろう。息子の正裕さんは、お父さんの楽曲をあまり聴かなかったようです。繰り返しレコードで聴いたのは、「オリンピック・マーチ」くらいだったそうです。だから、若い頃の正裕さんは、お父さんの偉大さを理解していなかったそうです。お父さんの楽曲は、ある意味で、過去の音楽だったそうです。流行りの音楽からすると、距離があったそうです。そんな正裕さんがなぜ「君はるか」を書こうと思ったのか?それは、お父さんお母さんが、現代の普通の若者と同じように青春を過ごしていたことを、百数十通にのぼる文通の手紙で知ることができたからです。普通の若者であったお母さん、お父さんの姿をあらためて知りたいと思い、記したいと思ったからです。表面的にはたくさんの資料が残っています。しかし、ご本人たちがどんな思いで生きてきたのかは、あれほどの栄光にも関わらず、自らは語っていません。あなたは、親の初恋を知っているか?
2020.05.16
コメント(0)
![]()
朝ドラのヒロイン、音のモデル古関金子さんのことを書いた本を図書館で見つけました。このブログを書くネタ探しのつもりでした。しかし、古関金子さんなんて、全然有名ではないし、そんな本なんてあるんだろうか?まず、とりあえず検索してみようということで、図書館の検索機能で「古関金子」と検索してみました。そしたら、約10件が出てきたのです。その中で、「君はるか」(古関裕而と金子の恋)という本に注目をしました。「モロ、ラブについてじゃないか」「誰だろうこんなことを書ける人は?」何?古関正裕? もしかして、そう、古関夫婦のご長男だったのです。何と、お父さん、お母さんのことを、しかもその恋愛模様を公表しちゃったのです。まず、二人の写真に圧倒されます。まず、小賢しい注釈は抜きにして、ラブレターから転機します。※※※「突然お手紙を差し上げるご無礼をお許し下さいませ。この度新聞で貴方様のことを知り、何と素晴らしい才能をお持ちの方がおられるのだろうと、感激し、また羨望の念にかられました…。 私はオペラ歌手を目指して声楽を勉強しております。自分で申すのも何ですが、声にはいささか自信があります。普段はレコードを聴いたりして、自分で勉強しております。たまに女学校の先生に聴いていただくだけです。本当はもっと良い専門家の方に教えて貰ひたいのですが、家の手伝いしかしてゐませんので、先立つものが中々です。今は三月にちょっとした音楽会があり、そこで歌う予定ですので、自分を鞭打ちながら勉強しております。 貴方様はどのようにして勉強なさっておられるのですか?新聞によると独学で勉強なさったとのことですが、交響曲をお独りで勉強なさって作曲なさるなんて、どうしたらそんな大層なことがお出来になれるのでせうか?教科書を読んで勉強なさっても、実際に書くとなると…、私には想像出来ません。自分の書いた譜面をオーケストラが奏でると、どのやうなシンフォニーになるのか?私には想像できません。きっと貴方様の頭の中は音で満ち溢れてゐるのでせうね。私のやうな凡人には計り知れない才能をお持ちなのでせうね。私はただ努力するしかありません。毎日発声練習をしようと心がけておりますが…、出来ないときもあります。いつか機会がありましたら、是非一度私の歌を聴ひて頂いて、アドヴァイスを頂けたらと思ひます。世の中には名前ばかり有名で実の伴わない人が沢山ゐます。そんな中で、真の実力のある方(貴方様のような方)に聴いていただけたら、どんなにか嬉しいことでせう。竹取物語は舞踊組曲だそうですが、歌はないのでせうか?もし歌が入ってゐれば、是非歌ってみたいと思ひます。こんなこと素人の私が言ふのは、僭越かもしれませんが…。 新聞で拝見した貴方様のお写真を見ると、短髪できりりとした眼差し、学生時代のお写真とお見受けしましたが、今でもあのお写真とお変はりないと存じます。写真からでも、性格と云うものは読み取れるものですね。貴方様は誠実で意志の強いお方とお見受けしました。意志を強く持たねば何事も成就出来ませんものね。 近々渡欧なさるとのこと。叶うことなら私も留学したいのですが、それは夢また夢です。でもいつか世界の舞台で歌って、世界中の人をアッと云はせたい。そんな夢を抱いて勉強してゐます。 私は女学校を一昨年卒業し、今は家事を手伝ひながら、歌の勉強をしております。私の誕生日は皇后さまと同じ三月六日です。明治45年の早生まれです。私の家族は、母と兄がひとり、そして女姉妹が六人おります。私は上から三番目です。父は獣医でしたが私が十二のときに他界しました。兄は満州の大連で仕事をしてゐます。一番上の姉は結婚して東京におります。ですから家は母と五人姉妹の総勢六人で、いつも賑やかです。私は来週から、東京にゐる姉の所に手伝ひに行きます。姉が病気で入院するからです。もしご返事を頂けるなら、次の住所宛にお送りくださいませ。私は独りで興奮しております。素晴らしい方の存在を知ってです。その興奮のまま、このやうな不躾なお手紙を差し上げた事、どうかお許し下さゐませ…。※※※息子の正裕さんによると、金子さんの文章で裕而さんが最も気に入ったのは、写真の容姿についてほめてあることだったようです。何せ、これまで容姿について褒められたことがなかったから。それから金子さんの手紙は、青い小ぶりの便せん二枚に裏表ビッシリ書かれていたそうです。また、ファンレターは数通受け取っていました。そしてどれにも、裕而さんは返事を書いたそうです。ただ、同年代で、同じく夢に向かって頑張っているということで、ぜひ励ましたいと思ったのでしょう。まず、彼女の疑問に答える形で、自分の考える勉強法を書きます。では、裕而さんの最初のお返事を次の記事に書きます。君はるか 古関裕而と金子の恋 [ 古関 正裕 ]価格:1760円(税込、送料無料) (2020/5/16時点)楽天で購入
2020.05.16
コメント(0)
朝ドラ「エール」では、いよいよ早稲田の応援団がドカドカやってきましたね。ドラマでは、曲を作れない裕而のピンチを救おうと、同級生の伊藤久男が話を持ってきたことになっています。しかし、本当は、早稲田の応援歌の歌詞の選者だった大御所の西條八十が、「いい詩だが、作曲が難しいので、山田耕筰とか中山晋平に頼まないとダメだ」と言ったということを裕而が聞いたとき、日頃、表情をほとんど変えない裕而の眉がぴくんと動いたんだそうです。つまり、大御所への対抗心こそが起爆剤だったのです。もちろん、ドラマにも出るでしょうが、久男の従兄弟で応援部の幹部の慶應への対抗心も大きかったのですが。また、ドラマのシナリオ「エール」には、「紺碧の空」は試合の前日まで出来なくて、夫婦の危機にまで発展しそうですが、史実では、早慶戦の3日前には出来たようです。(あまりにも古関さんをダメ男にしてしまっているようで、憤慨)ただし、問題は、応援部幹部に、譜面の読める人がいなく、裕而と音さんが、学校に出向き、付きっ切りで指導をすることになります。もちろん、本番でも二人で学生と肩を組んで応援します。この話は、フリーライターの五十嵐佳子著「金子と裕而」から
2020.05.16
コメント(0)
エールの裕一が心配でなりません。学生時代の情熱が消えてしまったようで、これでは、ただの「気の弱い青年」になってしまいます。やはり、ワクワクしながら、作曲をしてくれないと。裕一君。君はもっともっといろんな音楽を聴いて、世界を広げてくれ。音さんが買ってくれた蓄音機を聴いて。
2020.05.14
コメント(0)
朝ドラですが、快調なテンポで進んでいますね。木枯につれていかれたカフェで、視聴者は、裕一の弱点を教えられます。それは、大衆に弱いということです。まあ、これまで田舎の御曹司だったのですから、仕方のないことではあるのですが、大衆受けする音楽を作ろうとするのだったら、まず、敵である大衆の気持ちに寄り添わなくては。さらに、謎の男、プリンス久志も音さんに重要なことを言ってましたね。人のアドバイスを素直に聞くこと。その対比で、いくら恵まれた環境で育ってきていても、自分のやり方に執着していては、壁にぶつかってしまう。 裕一も、これまで目指してきた西洋音楽への執着から脱皮しなくてはならない。これができれば、人間として、一皮も二皮も剥けて大きく成長するのだろう。これは、また二人の成長物語であるわけで、二人がお互い影響を与えながら、気づいていく姿が描かれるのではないか、と想像しています。音さんの好き嫌いも、脱皮できるか?執着を抜け出せるか?それが、音楽学校でのスターの座を射止めることができるのか、サムシングを見出すことができるのか、のポイントになるのでしょう。私達は、気づかないうちに、何かに執着しているものです。それは過去の習慣であったり、体験であったりするだけです。ホントウの自分では無いのです。しかし、普通はそれこそが「自分」だ、と思い込んでいます。そんなのは、いつでも脱いで履き替えればいいだけの装飾品にすぎません。これに気づくために、昔から人は瞑想をしてきました。「今」「ここに」です。
2020.05.13
コメント(0)
先の話ですが、「エール」の裕一が、どうしても作曲ができません。レコード会社ともスッタモンダしながらも、音の交渉で何とか切り抜けてきているのですが、それでもヒット曲が出ず、ついに同級生からの恩情で、早稲田の応援歌を作曲させてもらうことになります。しかし、それも、締め切りに直前まで、どうしても書けません。ここまで来ると、傍から見てる者としても、サジを投げたくなります。これなんか、たとえば、今晩は早く寝なくちゃ、と思えば思うほど、さっぱり眠くならない状態と同じだと思います。一種のノイローゼです。「自分は片付けが苦手だ」という思いがあると、どうしても「今日は疲れている」とか「やる気が出ないから」などと、「やらない理由」を探してしまうもの。そして、このままでは、いつまでも行動に移せません。苦手なことに集中し、しかも「好きなこと」に変える秘訣は、「苦手なことをゲーム化」すること。例えば、「〇分以内に終えること」とタイマーをセットしたり、「とにかく、この箱を捨てるものでいっぱいにすること」といったゴールを決めちゃうのです。また、それが達成したときのご褒美も決めてしまうのです。そうすると、自然に集中できます。また、楽しい行動とセットにしてみるのです。逆に、もし、ここで行動に移さなかったときに起きるであろう、悲惨なことを想像してみることも効果的かもしれません。ドラマの筋書きでは、「特定の人のことを思って」とかいろいろな対策が出てきますが、私は、夏休みの宿題がどうしてもできない子のための、叱咤激励集みたいに思えてきました。ガンバレ裕一!気楽に行け!とは言うものの、悩んでいる人にとっては、気楽に生きること自体が、ノウハウの必要なもののようです。
2020.05.12
コメント(0)
誰もが感動するヒット曲というのは、存在するんだろうか?今日の朝ドラでも裕一は、レコード会社を納得させる曲づくりに苦労していましたね。誰もが納得する素晴らしい音楽というのは「存在する。」というのが古来からの人間のスタンスでした。それに対し、イギリスの懐疑論者は、「美」も「真」も思い込みに過ぎない、と主張します。「人間の感覚というのは、すべて経験に基づいており、そして経験なんていうものは、人それぞれなんだから、誰もが共感できる絶対的な音楽なんてものは存在しない」というのです。日本人にとって、ふるさとの民謡は心を揺さぶられる旋律ですが、もし、文化的に全く違うアフリカの原住民が聞いても同じように心に響くだろうか?というのです。青森の人と沖縄の人の感覚は違うだろう、と考えます。そもそも、「ある音楽が美しい」というのは、「私が」そう思うのです。「美しいものが存在する」という言い方だと、まるで「私」から切り離された、つまり精神から切り離された実体としての美というものが、存在しているように聞こえてしまう。しかし、私という存在は一体何でしょうか?「私」はさまざまな知覚の集まりに過ぎない。というのが、イギリスのヒュームを中心とした懐疑論者の主張でした。つまるところ、「私」とは、あるときは快適で、あるときは痛いといった、次々に現れる知覚(経験)が継続することによって生じている疑似的な感覚に過ぎないのだ、と言うのです。この考え方を拡張すると、デカルトの「私が明晰に認識するものは確実に存在する」という論理についても異を唱えることになります。「〇〇を明晰に認識した。○○とはこうものだ」という考えは、すべて経験によって形づくられていることになるわけで、それがホントウに、リアルな現実と一致しているかどうかは何の保証も無いわけです。さらにヒュームはこの懐疑の眼差しを、ヨーロッパでは決して口に出してはいけないタブーだった「神様」、そして「科学」にまで向けてしまうのです。たとえば、あれだけ懐疑を徹底していたフランスのデカルトでさえ、神様だけは特別扱いしていたのです。自説の正しさの根拠として「神様」を持ち出しているほどでしたから。だったら、この世界には、いや宇宙には、絶対的な「美」というものは無いのでしょうか?この懐疑論者の徹底した懐疑をはねのけたのが、ドイツのカントです。 結局、曲のいい悪いというのは人それぞれなんだよね。つまり、人間の経験が作りだしたものに過ぎないんだ、という話はとても説得力のある話のように聞こえる。だけど、カントはそこに、こんな疑問を感じたのです。それならば、どうして、数学や論理学など、多くの人間同士で通じ合える学問が存在しえるんだろうか?もしも、すべての知識や概念が人間の経験に基づくものなのだとしたら、民族によって、文化的な背景によってそれぞれ異なった学問体系があってもいいはずじゃないか?だって、同じ経験をしてきている人間なんて、そうそういないはずだから。でも、実際には、全く違った経験をしてきている人間同士でも、時間をかければ必ず同じ結論にいたる学問というものがいくつも存在するわけです。例えば、幾何学や論理学など。カントはそこに、ヒュームの懐疑論を乗り越える鍵があると考えたのです。ヒュームの懐疑論が、「人間の概念は、すべて経験に基づいており、そして経験なんて人それぞれなんだから、人類で、共有できる絶対的な概念なんてありえない」と主張したのに対して、カントは、「いや、そんなことはない。経験の内容は人それぞれだが、経験の受け取り方には、人類共通の一定の形式がある。それはすなわち、その共通の形式に基づく範囲内では、みんなが『そうだね』と合意できる概念がつくり出せるということだ。」と、つまり、人間にとっての真理を主張したのです。人類にとっての共通の「美」は存在するというわけです。しかし、昨日、北アルプスの絶景をテレビの画面で観ました。その後、北極圏の絶景が映し出されました。同じ絶景でも、全く違うものです。これらの自然に囲まれて育った人の音楽と、別の環境で育った人の音楽では、そりゃ、違うわなあ、と納得しました。音楽は数学に似ていると言いますが、数学の定理を導きだすみたいに、最高の音楽の公式というのは、あまりにも変数の幅が大き過ぎて人類の手には余ると思った次第です。
2020.05.11
コメント(0)
古関裕而さんの音楽って、どういうポリシーで創られているんだろう?皆さんご存知のように、幅広いジャンルに5000曲も作曲されています。軍歌から童謡まで。行進曲から演歌まで。とても一言では言えません。私はフト気づきました。この統一感が無いことこそ、古関さんの特徴なのではないのかと。一般に音楽家は、自分の流派を持っています。ジャズがベースになっている、とか、「この人はボサノバだ」とか。クラシックなら、ロマン派だ、とか印象主義だ、とか。実際、古関さんは、当初クラシックの作曲を研究してきたわけです。その匂いをさせずに、あらゆるスタイルの音楽に挑戦しています。あえて言えば、「目の前の人々を気持ちよくさせる音楽を目指していた」と言えるんじゃないでしょうか?時軍国主義でみんなが滅入っていれば、その気持ちに寄り添って癒すメロディー。敗戦で社会不安にさいなまれている時は、逆境の中でも、押しつ潰されずに、助け合って幸福に生きていけるように。主義主張というのは、時代を超えての「正義」とか「神」の概念が必要になります。古関さんには、こういう「正義」みたいなものが無いのじゃないでしょうか?あえて古関さんの主張をまとめあげれば、「気持ちいいことをして、楽しく生きよう」ということになります。これって、古代ギリシャの哲学者のエピクロスに近いんじゃない?「ストイック」の語源になったストア派が、「禁欲主義」と言われていることから、その対抗として「快楽主義」と名付けられていますが、決して刹那主義の快楽は求めてはいません。エピクロスが語る快楽とは、一過性のものではなく、とても素朴で、当たり前のことばかりでした。かえって、エピクロス主義のライバルであるキュニコス派が「物欲をすてろ!」と叫んだり、「理性をしっかりもって、規律正しく生きよ!と唱えるストア派が、ある意味人間性を否定しているのに対して、自然で慎ましい幸せを求めることを主張したのです。有名なエピクロスの言葉があります。「真の快楽とは、友愛である」他人を気遣い、人を愛し、論敵ですら温かい気持ちにさせる、そういう生き方を実践したのです。他人に「価値」を見出し、他者とともに楽しく生きた思い出さえあれば、死ぬことの痛みにすら耐えられる、と手紙に書いています。古関裕而さんも、正にイジメられても仕返しもせず、周囲の人を気持ちよくさせることに一生を捧げたのではないでしょうか。これが私の現時点での古関裕而論です。ちなみに、エピクロスは科学的にも原子論者として有名であり、その意味でも大好きです。
2020.05.09
コメント(0)
曲を作るってどういう脳の働きなんだろう?これからしばらくは、創作活動にアタマも心も悩ます裕一君です。以前、「曲が降ってくる」って言ってましたよね。モーツアルトもそうでした。天才にとって、曲とは「見える」ものなのかな?今までの世界を壊すような新しい刺激が無いと新しい世界は見えないようです。逆から言うと、新しいものを見ないと新しい音楽は生まれない?夫婦喧嘩が予告編で出ていましたが、違った背景の二人が出会うと、そこに文化の衝突が生まれます。もしかして、それが、作曲の原動力の種になったりして。
2020.05.09
コメント(0)
朝ドラ「エール」で主人公の裕而が、いよいよ覚醒します。悩みに悩んできた自分の人生が、いとも馬鹿らしい論理で、売りに出されていたことが分かったのです。人に行動を起こさせるのに、有効なことは「怒り」です。自分が死ぬほど苦しんできた「自分の人生」が、こんなことのために犠牲になるところだったのか!それに気づいた裕而こと裕一の「行動」に迷いは無かった。ワクワクの人生を歩んでいない人は、裕一と同じ轍を踏んでいます。いかに最もらしい理由であろうと、人の人生は、他人の人生です。自分の人生を生きることこそ、「マジメ」な人生です。私も若い時、宗教的な情熱と、自分の人生を天秤にかけて悩んだことがありました。これも、裕一と同じように、教会の人の何気ない一言で、ハッとして気づいたのです。いかに立派な「正義」であろうが、ワクワクを生きない人生はアホな人生であることか。これに気づかせてくれたその人の一言は、正に神様からのメッセージだったのです。先の戦争で、特攻隊として命を散らした方々も、そりゃ大義名分もあったことでしょう。しかし、ワクワクしましたか?と問いたい。ワクワクしないことをしてしまうことは、「悪」です。自分の人生に対する「悪」です。
2020.05.08
コメント(0)
裕而君を音さんは、信じました。一通の手紙で、音さんを捨てた人です。誰が信じられるでしょう?彼の行動が変わったから?いや、何も見るべきものは、無かったのに。彼の未来を信じたのです。信じられる状態じゃないのに、信じると決めちゃったのです。家庭教師の生徒を私は信じているだろうか?勉強の実績を上げているから?血の滲む努力をしているから?同じ夢を見て、ワクワクしてくれているから。彼の問題じゃないんだ。私のイメージ力の問題なんだ。リアリティが高いイメージを湧き上がらせることができるか、なんだ。
2020.05.06
コメント(0)
明日、音さんは、福島に行くでしょう。どんな展開になるかはわかりませんが、中島みゆきの「糸」の世界に包まれていくようです。『“なぜ めぐり逢うのかを私たちは なにも知らないいつ めぐり逢うのかを私たちは いつも知らない』『縦の糸はあなた 横の糸は私織りなす布は いつか誰かを暖めうるのかもしれない』人の出会いの可能性は無限です。そして、こんな非力な者同士が出会ったところで、何になるのでしょうか。『縦の糸はあなた 横の糸は私逢うべき糸に 出逢えることを人は仕合わせと呼びます』中島みゆきは「幸せ」とは書かずに「仕合わせ」と書いています。「仕合わせ」という言葉にはもちろん幸せという意味もありますが、「めぐりあわせ・運命」という意味もあります。糸をどのように布へと織り込んで変えていくか、つまり、縦糸と横糸の出会いをどう成熟させていくかが運命の分かれ道なのだ。音さん、裕一を救えるのは君だけだ。音さんガンバレ!!そして、音さんの行動が、日本全国の人々に、希望を与えられるかどうかの分かれ道なのだ。
2020.05.05
コメント(0)
今日の「エール」は考えさせられた。音楽の道に導いてくれた先生の意見「二兎を追うな」を素直に入れた主人公の決断が何と、音さんとの別れ。これを時空を超えて結末がわかっている我々が批判をするのは簡単です。しかし、当時の主人公の気持ちには到底なれません。もしも、英国留学で、大成することができたら、女性を捨ててでも夢を追いかけた決断は、大いなる決断と称えられるものになったかも。しかし、それにしても、自分の魂の叫びに蓋をして選び取った進路は、決して実を結ばないだろうと思う。恩師の意見に耳を傾けるというのは、謙虚な行動です。しかし、これだけは、人間としての道を外れています。なぜ、道を誤らせたんだろう?こんなに一瞬で人間って変わるもんだろうか?先生に会う前に、小学校に行く前に変心してしまったのだろう。弟への思い? 母への思い?結局、本当に大切なものが、試されているのだろう。理屈ではない心の奥の奥を探られているのだろうと思います。
2020.05.05
コメント(0)
裕而が豊橋に行った結果は、間違いなく成功でした。圧倒的に成功でした。コンクールで賞に入ったのも大成功でした。しかし、その解釈は人の数ほどあるのです。良い評価。悪い評価。生涯の伴侶をゲットして大幸運者という見方が一見正しいようですが、今日のドラマを見ても、兄弟の壁を作るという解釈もありますし、職務怠慢と見ることもできます。どれが間違いというのでもないのです。つまり、世間が持つであろう、すべての解釈に対応しようとしていたら、何もできない、ということなんです。もちろん、マイナスの評価を無視しよう、というのではありません。一応受け止めながら、その上で、自分で自分なりの価値を創り上げていけばいいのです。
2020.05.04
コメント(0)
とりあえず、始めた者勝ちだ。問題点が早くわかるから。余計なことを悩まなくてすむから。ノウハウが早く蓄積され、研究がすすむから。
2020.05.03
コメント(0)
人間の行動が隣に座った人の影響を大いに受けることがわかっています。(by DaiGo)ということは、意識の上では、隣にいつもライバルがいると思えばいいわけです。当たり前と言えば当たり前ですが、言われてみればそうですよね。ライバルの名前を机の上に貼って、「打倒○○」て中学生の時、よくやりましたよね。意味あったんですね。
2020.05.03
コメント(0)
早く行動することには、いろいろ良いことが含まれているようです。最近知ったことなんですが、血流が良くなって産み出されるテストステロンというホルモンが出ます。これって自己支配を司るホルモンです。自分自身をコントロールするために必要なものです。ドーピングで有名なこのテストステロンは、ドーピングでも有名で、いまだに医療関係者から敬遠される傾向があります。しかしこれは、男性の健康を保つ最も大事なホルモンと言っても過言ではありません。日常生活や身体の機能を維持するために必要不可欠な筋肉や筋力を始め、代謝を制御することで、糖尿病や肥満の予防には、テストステロンの血中濃度を健康域に保つことが必須です。一方、血中テストステロン値は一般的な健康診断などでは測られないため、多くの男性の体調不良の原因が発見されていません。筋肉量や筋力の低下、肥満、血糖値の上昇、うつ病や性欲の低下などといった症状がある男性は、まずテストステロン値の測定をお勧めします。テストステロンは強力なホルモンで体内における様々な機能を制御するため、個々の疾患を個別の薬剤で一つずつ治療するよりも総合的・根本的治療できるケースが少なくないと思われます。こういうことで、日常を運動に変えてみましょう。もちろん、仕事も早くなりますし、若々しい生活を取り戻せるでしょう。
2020.05.03
コメント(0)
先ほど、たけしのTVタックルを見ました。コロナ対策の海外との比較でした。あるゲストの女医さんが,「 早く集団感染させてしまって次の流行の波を低くした方がいい」旨の発言をされていました。きっとこの発言で気分を悪くされた方も多いと思います。しかし、人の常識の盲点を突くようなことを指摘することこそ、この番組のポリシーだとすれば、とても有意義な発言だったと思います。こういう考えもあるんだということを踏まえた上え、規制解除をいつからするかの議論を進めて欲しいと思います。以上。
2020.05.03
コメント(0)
今回のコロナ騒ぎで、明らかになったことがあります。それは、世界は一つに結びついているということです。全世界の78億人の人々がみんなお客様だということです。少なくとも9000兆円以上もの資金が世界をうごめいているということです。事業機会を待っているとも言えます。しかも、その金利はタダ同然です。資源が足りない?世界中から調達できます。人手が足りない?「ノー!」国境を越えて集めることができます。AIのロボットが忠実に手伝ってくれます。技術が足りない?「ノー!」合法的に調達できます。提携・合併すればいいのです。経営者に絶好の機会が開いているだけではありません。日本の学生諸君の前にも目も眩むようなチャンスの海が広がっています。学校に行かなくてもいくらでも勉強できます。一流の講師がタダ同然で、動画で教えてくれます。アルバイトをしなくても生活費を稼ぐことができます。塾に行かなくても、AIが個別指導してくれるアプリも手に入ります。学校に行かない方が、どう考えても学習は進みます。やる気のある学生のレベルは、過去前例が無いほどアップします。一流大学のベンチャー学部は、すごい刺激に満ち溢れるでしょう。「コロナの影響で勉強できない?!」そんなとぼけたことを言う者は アホだ。一回自殺して、生まれ直して来い!お爺さんやお婆さんが夢にも見れなかった素晴らしい世界に生まれたんだ。
2020.05.02
コメント(0)
全32件 (32件中 1-32件目)
1