学校や塾の授業は、
ある意味、思考の強制連行です。
「これは、大事だから覚えなさい。」
「これは、こう解きなさい。」「こう考えなさい。」
そもそも、因数分解にしろ、三角関数にしろ、
そんな世界を作ったのは、ある特定の学者であって、
その世界に子ども達を無理やり連れていこうとしているのですから
自分のアタマを大事にしている子どもほど、
逃げたくなるものです。
先生と教師も、恋愛関係に似ていて、
「教えたい、教えたい」と熱を入れるほど
生徒は「逃げたい、逃げたい」と頑張ります。
物理的に拉致監禁されるのも、つらいけれど、
強制的に考えさせられるほど
実は、つらいものはないし、人間性へのダメージも大きいのではないか
と、思います。
私は、科学も数学も好きですが、好きだからこそ
「解き方を覚えて、速く正確に解答するのが学問なんだ」
って、子どもたちが思っちゃうことに、耐えられません。
だから、試験勉強は、こりゃ、本当の学問とは違うんだよ。
ただの、点取りゲームさ。
だけど、せっかくだから、このゲームを徹底的に楽しもう
って、ハッパをかけています。
が、何とか、子ども自身が考えたくなる方向、
考えるのが、自然で楽しい方向へ導いてやれないものだろうか、
と日夜悩んでいます。
もちろん、全国、全世界の教師が、これは、気にしているところでしょう。
そして、とっても難しい問題なのです。
なぜ、難しいのか?
自分が、おもしろいと感じること
自分が楽しいと感じること、
自分が大事と思うこと
これらを、人は、同じように感じていないからです。
私には、劣等感があります。
それは、小さいときから、学問が、ほとんど何でも好きだったのです。
だから、学問が嫌いな人の気持ちをつかめないところがあります。
ちょっと、嫌みかもしれませんが、勉強ができたかどうかとは、違います。
でも、「勉強」は嫌いでした。
自分で勝手にする学問が、この上なく好きですが、
強制的にさせられるドリルは大嫌いでした。
人間は、意味を求める動物です。
意味の無いドリル、意味のわかりにくい問題を
大量にさせられるのは、拷問です。
もしかして、今の教育は、人権宣言に違反しているのではないでしょうか?
子どもの頃、イヤだった想いを、大人の教師という立場になると
宇宙のかなたに忘れてしまう。
ずっと子どもの心を持ち続けられている人、
こういう人こそ、教員に採用して欲しいものです。
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