いじめのニュースが後を絶ちません。
いじめを、どこにでもある必要悪と考えたり、
学校というものの本質的な欠陥と見る見方もありますが、
私は、教育の中身でどのようにでも、解決できると思います。
もちろん、厳罰・体罰復活や、「道徳教育」をすることでもありません。
人間という生物は、性悪説でも、性善説でも捉えられないものです。
なぜ、いじめが発生するのか?
それは、いじめる方も、それを傍観する方も、
そして、いじめられる方も、「仲間を求めている」のからだと考えます。
そうでなけりゃ、一人で給食を食べたって、苦痛でも何でもないのです。
苦痛でなければ、いじめる意味も無いのです。
傍観者も、仲間はずれになりたくないから、黙っているのです。
だったら、です。
仲間づくりを、授業の大きなテーマのひとつにすればいいじゃないですか?
人と共感しあうのが、いかに楽しいことなのか
これを、骨の髄まで体験させるのです。
その中には、当然、いろんなタイプの子がいるからこそ、
面白さ・楽しさが倍増することも味あわせます。
一度、楽しい構造を体験した集団は、
それを乱す要因に対しては、それを守ろうとする防衛力が働きます。
そのための授業のヒントは、
演劇教育でよく使われる、表現ワークが有効だと思いますが、
学問の授業の中でも、多様な意見を尊重する風土づくりこそ
キーポイントだと思います。
よく、協力しあわなければ達成できない課題を与えることが
現在でも現場で行われていますが、
それでは、まだ不十分だと思います。
ここでもイジメは発生してしまうからです。
というより、かえって、辛いイジメを体験してしまうのです。
まず、自由な表現がクラスで行われることによって、
いかに教室が面白くなるか、盛り上がるか、を実証してやるのです。
多角的なものの見方が、実際に役に立つのか
を、繰り返し味あわせる必要があります。
そうすると、変なお友達こそが、お宝だ!ということに気がつくはずです。
お母さんがフィリピン人だからって、いじめるはずがありません。
かえって、面白がるはずです。
明るい考え方ばかりでなく、暗いモノの見方も、とっても大切だということを
気づかせてやるのです。
そのためには、良いテーマが必要です。
いろんな切り口があるものがいいのです。
そして、どんな突飛な意見でも否定しない。
そして、事実を確かめると、意外性に富んでいるもの。
いろんな意見が出たからこそ、深まったと思えるもの。
こういうテーマは、なかなか見つけられないかもしれませんが、
真剣に探せば、きっと見つかります。
また、普通の授業の中でも、意識して、余計な考えも入れていくのです。
常に、複眼思考を教師がしていくことだと思います。
仲間づくりの楽しさを味わうこと、
これこそ、学校の意義ではないでしょうか?
受験勉強そのものなら、学校はほとんど不要です。
かえって、学校に通わない方が、試験勉強ははかどるものです。
実際、私の生徒で、自分で受験対策計画をたてられるようになった子は、
学校に行く時間がもったいないと考えだします。
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