科学の理論にも、いろんな幻想が生まれては、消えていきました。
たとえば、18世紀後半にもてはやされた、「フロギストン説」
日本名「燃素」
元素のひとつで、燃える物質には、すべてこれが入っていて、
物質が燃焼して変化することを
燃素が追い出された結果であると考えたわけです。
物質が燃焼によって酸化されるという変化を、
フロギストンの離脱ととらえたわけです。
いわば、フロギストンは負の酸素と言えます。
もちろん、矛盾をこのように指摘もされました。
中学で習いますね、金属を燃焼させて金属灰にすると、質量が増えると。
これも、フロギストンを疑わない人たちは、このように説明しました。
フロギストンは、マイナスの質量をもつ、と。
しかし、とうとう、ラボアジェが、酸素による燃焼理論を組み立てて、
この説は崩壊します。
このように、ある時期まで、定説となっていた理論が、
ものの見事に、その座から転がり落ちることは、よくあることです。
教育の世界でも、当然あってしかるべきなのですが、
科学的な証明が難しいこともあって、なかなか劇的な変革は起こりません。
でも、間違いなく、「幻想」の理論は、日本の教育界にあると確信しています。
そのひとつに、「易しいものから教える」ということ。
これは、何度も、このブログで言ってきましたが、
この幻想は、仮説実験授業が、物の見事に打ち砕いてくれています。
「誰もが間違う難しい問題から入ると、脳みそが活性化して、
その世界に入りこんでしまうのです。」
今、ひとつ、最近、私が意識しているのは、
立って歩くことを許すことです。
よく、学級崩壊の象徴と言われる
立って歩く子たちですが、
私の実験教室では、先生方にお願いして、
できるだけ、自由に歩き回れるようにしています。
そのせいで、授業が崩壊したことは一度もありません。
かえって、集中力が増すばかりです。
そもそも、人間は歩きながらの方が、よく考えることができるように設計されています。
行動と思考はセットになっているのです。
特に、低学年の子は、体を動かさなくては、脳にスイッチが入らないはずです。
もし、勝手な行動で、学級が崩壊するなら、
それは、立って歩くことを許したからではなく、
授業に引きつけられなかったからだと言えます。
その場合、たとえ、立たないように注意をしても、
崩壊するものは崩壊するのです。
だったら、より集中力アップのために、
体を動かせた方がいいのではないでしょうか?
机に座っていないと、ノートに字が書けない?
だったら、黒板に書かせればいいのです。
子どもは黒板が大好きです。
それは、立っていられるからです。(と思います)
脳全体にスイッチが入るのです。
また、体全体を使って表現できるから、黒板はいいのです。
子どもは、はしゃぎながら、ダンスを踊りながら、
物事をインプットしていくのです。
お行儀よく座っていなさい、という指示は、
子どもの脳みそのスイッチを切る指示を出しているのです。
実際、私は、家庭教師でも、特に低学年の子の授業には、、
机をほとんど使っていません。
走りまわりながら、汗をかきかきやっています。
間違いなく、この方が効果が上がっています。
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