安西先生



スラムダンク31巻を読んだ。
ほとんど例外なく学生が「素晴らしい」「いつ読んでも感動する」という漫画にお目に
かかったことはない。
何がいいのだろう。1億冊も売れる井上雄彦とは何を伝えたかったのだろう。
普段めったに漫画読まないが、やはりおもしろく、一気に読了してしまった。

桜木花道という素質はあるが、自分の価値に気がついていない高校一年生がバスケット
ボールと出会うことによって磨かれ、成長していくストーリーである。
この漫画は読み手によってさまざまな受け止め方ができるだろう。
成績しか価値と認めない閉塞した状況におかれている生徒に対しては違う価値の存在に
気づかせる意味を持っているかもしれない。
自分が果たすべき役割を見出せないでいる学生に対しては役割が与えられ、それを果た
す快感や仲間の持つ意義を理解できる喜びを与えたかもしれない。

私は教員だから、監督の安西先生の考え方、行動に興味があった。
安西先生の特徴は以下の五つだろう。
1)あごがないほど肥満でおよそ、バスケットボールと無縁の体つきをしている
2)寡黙である
3)常に冷静で、彼我の分析を行い、戦略を立てる
4)生徒の強み弱みを熟知している
5)生徒のことを信じている

バスケットボールにおいて肥満ということは自分がバスケットボールを一生懸命やるこ
とで生徒を引っ張っていくことが困難であるということである。
実際、31巻中お手本を見せる場面は花道にシュートを教える場面だけだ。
つまり、コミュニケーションの制約があるということである。

それゆえというか、その上というか彼は寡黙である。必要なことすら言わないと感じる
場面がある。これを言わないと生徒に誤解されるだろうと思う場面である。言う場合で
もここぞというときにボソッと一言言うだけである。言葉の力を信じている。31巻で彼
がしゃべったことだけ集めてもたいした量にはならない。
逆説的であるが、だから生徒の心に直接届くのだ。
私には到底真似のできないプロの教員の真髄だろう。

ふちなしめがねとしわができない風貌から感情は読み取れない。
これは対戦するチームの監督といつも対比の構図となっている。相手の戦略や戦術、状
況判断は監督の表情から読み取られるが、湘北の戦略は少なくても監督から明らかにな
ることはない。
過去、大学生を指導している頃は感情をむき出しにして指導をしている姿が描かれてい
るが、それがどうしてこのように変化したのかは描かれていない。

また、観察力が鋭く、技術的水準のみならず、素質、抱えている課題、プロファイルな
ども熟知し、常にトータルな生徒の成長という観点から指導をしている。
これも勝つためだけに指導をしているように描かれている他の監督との対比となってい
る。
そして、この姿勢が5番目の特徴に結びついていく。

つまり、辛抱ができるということである。勝敗が最優先になりそうな試合でも、生徒が
成長できる場であるということを見失わない。
生徒を育てるということは教え込むことではなく、生徒が自ら気づき、課題を解決する
手助けをすることだと考えている。課題を解決する力を生徒はすでに持っており、教員
はそれを引き出すことだと思っているのだ。
長い時間をかけて人間は成長する。短期間の成果を得ようと思うと勢い技術に頼ろうと
するが、徹底的に生徒を信じているからこそ長期に取り組む態度は崩れない。
ただし、ここが成長するチャンスと思うところで、チャンスを逃すというようなことは
しない。
31巻で唯一安西先生が眉間にしわを寄せる場面がある。
27巻P144だ。山王工業との対戦。後半残り時間11分20秒でタイムアウトをとる。
得点は山王工業58点、湘北36点、18点差で湘北の敗色が濃厚となっている場面である。

桜木をベンチに下げ、木暮との交替を告げる。
桜木は「監督は負けを覚悟し、温情でベンチ要員の木暮を出したのだ」と思う。
「ここに座ってプレイを見ろ」と二度指示するが、桜木の耳には届かない。
そのときに安西先生は断固たる態度で「聞こえんのかね?」と眉間にしわを寄せ、髪を
逆立てながらいうのだ。
「私だけかね・・?まだ勝てると思っているは・・?」
「あきらめたんじゃなかったのか、オヤジ・・」
「あきらめる?」
「あきらめたら、そこで試合終了ですよ・・?」

これを読んでいる学生はたぶん誰から言われるよりもこの言葉を心に刻んだことだろ
う。
この言葉を言う瞬間はここしかない。
井上雄彦が31巻を通じて伝えたかったこともここにこめられている。
物語はこの後も続くが、それは漫画が終わるための必要な手続きであり、実質的に物語
はここで終わっている。
ある学生が「変な終わり方をしている漫画だ」と言ったが、私はそう思わなかった。

この27巻は週刊少年ジャンプ・平成7年33号から42号まで掲載された分が収録されてい
る。
今年、大学を卒業する学生が小学6年生から中学1年生にかけて読んだことになる。
先日、ある予備校で入試の監督をしたが、その中庭に教師から受験生に向けてのメッセ
ージがたくさん貼り出してあった。
その中に「安西先生 ―あきらめたら、そこで試合終了ですよ・・?―」という張り紙
を見つけた。
対象は18歳から19歳である。この言葉が語られたときは小学校の2年生か3年生だろう。
本物の言葉は年齢に関係なく届くなと思った。


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