お金で買えないもの



「この世の中に‘おかね’で買えないものなどあるわけないじゃないですか」とホリエ
モンことライブドアの堀江社長が人前で臆することなく言い放つと、多くの人は「そん
なことはないだろう!!」とつい反発をする。

人々がいささか行儀の悪い、その発言に反発するのは別に本当に‘おかね’で買えない
ものがあるかどうかの事実が理由ではない。
価値があると思うことをすぐに‘おかね’に置き換えて考えてしまうその傾向にあるの
ではないだろうか。

学校で学んだ‘おかね’の機能を思い出せば、1)交換の手段、2)価値の尺度、3)価値の
貯蔵、の三大機能はすぐに思い出せるだろう。
確かに価値を交換しようとするときに、‘おかね’のような何か共通のものさしがなけ
れば交換は円滑に行われない。
さまざまな価値:valueが出会い、それが‘おかね’の量である価格:priceによって効
率よく交換されるのが市場の本来の機能だから、‘おかね’が果たす役割は重要だ。
しかし、よく考えてみるとどのようなものをどの程度の価値があると見るかは人によっ
て異なり、さまざまな価値観がそこにはあるはずだ。

同じものを取引するときに売る側はもっとも安い価格を提示する主体、買う側は最も高
い価格を提示する主体が出会って取引が成立する。
売る側は「そんなに価値がないのに買うなんて」と思っているだろうし、買う側は「バ
カだな、こんなに安く売るなんて」と思っているから取引が成立するともいえる。

コミュニケーションの目的を意思の伝達と相互理解とするなら、市場はコミュニケーシ
ョンの成立を前提としていないことと同じだ。いや、むしろコミュニケーションの不成
立を前提としているとったほうが適切かもしれない。
それはともかく、取引が大量に行われ、その態様が類型化、定型化するにつれて、人々
は価値が価格に擦り寄っていくように感じる。
すなわち、価格の低いものはそれだけ価値が少ないと感じるし、価格の高いものはそれ
だけ価値が多いと感じるようになるのだ。
もっとも、それがすべてにあてはまらないことは、少し考えればすぐわかる。
たとえば街中でよくあるマッサージ10分間のサービス券を贈るのと母の日に子供がお母
さんに10分間肩をたたくことを約束する「肩たたき券」を贈るのでは1000円とタダとい
う価格差があったとしても価値はまったく逆だからである。

しかし、いくら精巧に肩たたき券を紙幣に似せて作ったところで、それを貨幣と思う人
はいないだろう。なぜなら、それはその親子でしか通用しないものだからである。
いったん受け取った貨幣が再び交換に使えると信じられるから貨幣は人々の間に流通す
るのである。こうした性質を貨幣の一般受容性という。
つまり貨幣には個別性がない。ところが価値には個別性がある。

立ち止まって、目の前にある価値をじっくり考えないその姿勢に対して、人々は本能的
に嫌悪感を感じるのではないかとホリエモンの発言を見ながら私は考えるのである。

しかし、貨幣が持つ力は強大だ。貨幣はある意味で不透明な絵の具のようなもので、カ
ンバスに描かれている絵にはなじまず、そこにはあたかも絵がなかったように新しい絵
が描かれてしまうのであろう。
大学で学ぶことはさまざまな価値が存在していることを認識することであり、その過程
で自分を再認識することにあるのに他ならないのではないかと思うが、功利性の軸での
みそれが語られるとき、価値の多様性は不透明な絵の具にほとんど隠れてしまうのであ
る。

経済がグローバル化すればするほど、濁流のようにさまざまな価値を飲み込みすべて単
純な価格に変換してしまうようにも見える。そして、さらにその単純化のメカニズムが
社会事象の多くに影響を与え、勝ち組vs.負け組、善vs.悪、優vs.劣、成功vs.失敗・・
といったようなOn、Offといった二項対立を生んでいる。
本来、アナログで考えなければならないことをデジタルで考える傾向に結びつく。
家族、労働、民族、社会・・。

少し‘おかね’を悪し様に言いすぎたが、それが‘おかね’の属性ではない。
扱う人の品格と見識が投影されるだけのことだ。
学生には「‘おかね’は手段や方法にしか過ぎない。目的と見誤らないことが重要だ」
と繰り返し伝えてきた。幸せになるための手段・方法のひとつなのだ。
人生の本来の目的は手段・方法はどうであれ、幸せになることである。

幸せになるための‘おかね’とは何かと考える機会をホリエモンが与えているなら、
「‘おかね’で買えないものなどあるわけがないじゃないですか」が反語的表現なら、
彼は現在の日本においてもっとも必要とされる人物であると私は思うのである。



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