鑑賞日記

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誘われて生保レディ~活動・いろいろ編~


波乱の1日と言うべきか?

きょうは、本当はセンターに出勤の日。
なのですが、解約の申し出があったお宅に11時に訪問することになったので、営業所に直行する事に…。

きょうは、自転車でいつも乗っているバス停よりも一つ先のバス停まで行く事にしました。
荷物も重いし、そこのバス停はスーパーのまん前なんで自転車をスーパーに置いて(ごめんなさい、帰りにお買い物するからお許し下さい)バスに乗り込む事に。

う~ん?おかしいです。
いつも乗るバスより1本早いバスに乗れる時間にバス停に着いたのに、お目当てのバスが来ない…これじゃあ、駅についても一つ前の電車に乗れない。
なんでよ、いつもより早く出たし、自転車飛ばして来たのに…
なによ、バスなんて時刻表なんて関係ないんだから、遅いのは仕方ないけど、早過ぎるのはどうよ?

ブツブツ言いながら乗ってましたが、結局なんとかいつも乗る電車より1本早いのに乗れました。
なので、営業所には遅刻せず着きましたわ。
やっぱ、ギリギリすぎるより気分いいもんね。

で、解約とは言われてもすぐにOKでは今まで掛けてもらった契約自体も勿体無いですしね、前回も設計書を提示したのではありますが、今回もまた違うパターンを作成して持っていく事に。

どうなるかな?やっぱ、解約かな?と思いながら訪問。
一緒に言ってくれたN主任が説明してくれて、私はお子さんが退屈してたようなので、そのお相手してました、主に。
ボールペンを持っていたので、紙を渡して落書きさせてあげたりしてましたよ。

なななんと?
解約と思いきや、変更のプランに納得。で、また申込書をもって月曜日に訪問と言うことになり、帰りました。
昼には少し時間があるので、何軒か訪問して営業所に帰る事に。

戻って、程なくすると(本当に椅子に座ってほんの少しして)事務員さんから「お電話かかってます」と言われ、なんだか嫌な予感。
出てみるとやはりあの解約申し出のお客さんでした。

「勧めてもらった時は、なるほどと思ったのですがここ何年も解約しようと考えていたのでやはり解約でお願いします」とのこと…う~ん、こりゃまた…。

で、仕方がないですが一応解約と申し込み両方の書類を整えて午後連絡が取れたら再度訪問する事に。

午後から連絡が付き再度訪問、もう一度説明してやめてしまうのはいつでも簡単に出きるが、今度加入する時には保険料が上がってしまうなどお話しましたが、結局解約になり手続きをとって帰ることになりました。
その後もあと2件ほど訪問してセンターに帰りました。

センターではすでにNトレーナーがこの事を知っていて「波乱の1日だったみたいね」なんて話しかけられました。
まあ、これからも色々あるでしょうし、なんでも勉強ですからね。

2005年 01月 27日
きょうから2月度なのです。

一月をあと数日残してはおりますが、会社としての月の区切りが26日まで。

なので、きょうから新しい月。

営業所に出勤して朝礼。

午後2時にはセンターに戻らないといけない予定なので、あんまり仕事っていってもね。
今月の準備、設計書を作成すること、書類の整理などで午前中は終わり。

お昼は、私を採用した人がお昼を食べに連れて行ってくれました。

その後、センターに戻り、センターを卒業する人の式があり、3人いなくなるので4人になってしまうのであります。
…いや~、困りますね~、予定が入ってないといろいろ言われそう。
電話が苦手が相変わらず克服できないでいる。
まあいいか、あとちょっと。やっぱ明日にしよう。とかで後回しにしてしまう私。
私の一番良くないところだな~。

式が終わり、お友達のSさんちに行きました。
ちょっとお姉さんのSさんは人生の先輩。相談すると必ず的確な答えが出てくる。
保険の研修も2度くらい受けた事があるし、色々お話しました。
子供の同級生のお母さんに保険の仕事をしている人がいるんだけど、その人の話も聞きました。
なるほどなるほど、肝に銘じておこう…というような内容だったのですがね。

わかってるんだよね~、動き出さないとなにも始まらない。
待っていても、良い話なんて転がり込んでくるわけはない。
今月は数字を追わないといけないんだな。
「ハイヨーシルバー」自分にムチをいれてがんばんなきゃ。


2005年 01月 28日
班ミーティング

昨日からはじまった2月度ですが、今月は私の所属の営業所はスペシャルなチームわけをして、いつものチーム以外の人と組んで頑張る事になってます。

いつもは、4チームなのですが、それを成績順に3つに分けた特別編成です。

私は、おまけですね。

席順は今までと同じですが、壁にデカデカと貼り出されたグラフは、スペシャルチームごとのグラフになってます。

新人には少し甘い数字設定になってはいます。
受験の時とかもそうですが、目標っていうのは壁に貼っていつも目に付く所に書き出しておくといいそうですね。
いつも目で自分の目標を見て、それに届く様に頑張れと、夢は叶うと思えば叶うのであるといいうこと。

研修の時には何も思わなかったけど、自分のやろうとしている仕事は「営業」なんだな~って、壁の表やらなんやらを見ると当たり前だけどヒシヒシと感じますわ。

して、きょうは、そのスペシャルチーム編成でのお食事会。
「班ミーティング」とは名ばかりか?やはり「頑張りましょう、お食事会」ってことですね。

チームごとそれぞれで話し合ったお店に分散してお食事に。
いつもと同じチームの人も2人いたのですがあとは違うチームの人です。
少し話ができて皆さんとちょっとお近づきになれたかな?

その後、営業所に帰って設計書などを作成して、帰宅。
お弁当は間に合いませんでしたが、旦那の出勤前に家に着いたので、顔を見て「いてらっしゃい」を言ってあげました。



2005年 01月 30日
生命保険と私。

いつか書こうかなと思っていたので、ご質問があったのでちょうどいい機会なので、活動のない日なのできょう書いちゃいましょう。

なんで、この仕事を本気でやってみようかと思ったかについて。

もともと、私の母親が私の保険に入ってくれていたのも今の生命保険会社だったので、はじめからご縁があったわけです。
それから主人の母親が主人の子供の頃から働いてたのがやはり今の生保会社。

主人の母は、家にお金を入れない旦那(その後離婚したので、片親で主人と義妹を育てたのですが)のせいで学校だか幼稚園の遠足代も払えなくて貧乏していて生活のために生保レディになったそうです。
なので苦労していた母親を見て育ったわけです。
仕事の大変さもしっているし、家に母親がいなかった寂しさも味わっています。

で、私&我が家の保険の歴史は、結婚してすぐはどうだったかな?
やっぱり、主人の母が入ってくれていて、しばらくは保険料も払ってくれていたかな?
子供が生まれるのが分かると子供の保険にも入ってくれて、これも保険料を払ってくれてました。
で、結婚当初は稼ぎもそんなになかったのですが、入る時には「お母さんがやっているんだから、入るのは当然でしょ、始めはお金払ってあげるから」と言ってくれてましたが、どれくらいたってかは忘れましたけど「もう、いいでしょ、自分たちで払いなさい」と(おそらく1年も経ってなかったと思うな~)放り投げる様によこしたことがショックでしたね。

その後、バカ高い保険料が家計を圧迫もしていたし、主人の勤め先に来ていた感じのいい生保レディの話を聞いた主人が、その人の保険会社の保険に入ろうと家に来てもらうことに。
実はこの変更した保険は今の会社とは違う会社だったんですよ~、やめて他の会社の保険に入るとかを義母に言うのは嫌でしたね。
もう、かなり前の話だからはっきり覚えてないけど、主人が話してくれたような記憶がないので、私が電話で話したんだろうなぁ、イヤな事は全部人にやらせるよね、男って。

その時は、義母はあまり反対もせず、自分たちで考えて良い様にしなさいと言った気がします…けどね。
その保険は「家族セット」みたいな保険で子供の保険も含まれてました。

また、しばらくして義母から連絡があり「お母さんが保険をしてるのにお母さんの方に入らないのはおかしいでしょ?いいのに入ってあげるからちゃんと払いなさいよ」なんてことを言われ、またまた高い高い保険料が我が家の家計を圧迫する事に…

主人の分だけは義母が払ってくれてたかな?
で、その間に主人が病気になって入院。給付金をもらう事になったのですが、手続きなど全部義母がやってくれたので助かりましたが、出た給付金を全額くれるのかと思ったらいくらなのかわからないけどピンハネされてたみたい。
まあね、それまで保険料を払ってくれていたんだから文句は言えないけど、入院されて1ヶ月仕事休めばそれなりに必要な物は必要でしょ?
そこいら辺のとこわかって欲しかったな。

で、それを機に主人の保険の保険料も自分たちで払う事に…一度病気になった後だというのに、これまたバカ高い保険料でしたね。
結局、我が家は大人二人の保険料が高く、子供の学資保険などに入れないまま現在まで来てます。

この、子供の保険に関してもかなりムカツクことがございます。
長男も次男も、もう生まれる前から(妊娠6ヶ月くらいから加入できるんじゃなかったかな?)
こども保険に加入してくれてるんだけど、この保険定期的に保険金(入学お祝い金みたいの)が出るはずなんだけど、それももらった事ありません。
小学校に入る時にはお祝いもらったかもしれないけど、長男が高校に入学した時に貰ったかな?お祝い。
この、こどもの保険もいつだったかな。去年くらいだったかなすでに定年を迎えて退社していた義母が電話をかけてきて「孫達の保険だけど、仕事も辞めてお金ないからしばらくお休みするわね」と。
ハハハ、まあね手元にいない孫は可愛くないだろうよ。嫁の生んだ子供は娘の子より可愛くないって言うしね。
期待していた私がバカだった。自分には何もなくても孫にはいろいろしてくれるんじゃないかと思ってたけど、甘かったね。

それともう一つ腹の立つこと、主人の保険から貸し付けでお金を借りているらしいこと。
その請求がいつもいつも私の家に届く事。
その事を義母に言うと「ああ、いいからいいからほおっておいて」と言うばかり。
でもね、これ払っておかないと最終の保険金から差し引かれるんだよね、たしか。
結局、自分の払った保険料の元は取るってことだわね。
本当にお金が絡むと汚いです。
何も知らないから、良いようにあしらわれた感じがしています。今でも。

そんなこんながあって、私の保険嫌いは筋金入りだったんですよ。
だから、主人が義母にわから無い事は聞けと言われ続けてましたけど、聞く気も無かったし、聞いても覚える気もなかったしね。

ところが、去年の秋にいつもお世話になっているうちの保険を見てもらっていた担当の人が私の保険のみなおしに来てくれて、その時たまたままだ働いてなかったのが運のツキかな?
「研修に行ってみない」と誘われ、その辺のくだりはこのブログの始めあたりに詳しく書いてあると思いますので。

さて、肝心な主人の反応ですが、もともと自分の母親が生保レディだったので、この仕事に対してはなんの抵抗もありません。
ただ、身近に見てきた仕事だから、大変さもよく知っています。

はじめは、「あんたには無理だろう、体力無いし根性ないし」と言われてました。自分でもそう思ってたしね。

でも、研修に行き始めて保険の色々を習うと面白かったし、ちょっとやってみようかなと思うようになって、まあ契約取れればなんだけど、女がこれだけ稼げる仕事はなかなか無いだろうし、自分が仕事に疲れてるもんだから今では「あんたがある程度稼げる様になったら、職変わろうかな?週休2日で人間並に休みがあって家族と過ごせる時間がとれるところに」(おいおい、違うだろ?家族と過ごしたいじゃなくて、自分のやりたいことができること、余暇に使う時間がとれるとこでしょ?)

まあそんなわけで、だいたい私が仕事に出ることには(なんの職業であっても)反対はしない。
一緒に稼いで自分の負担をちょっとでも軽くして欲しいと思ってる節がありますね。

そのくせ、私が仕事の愚痴を家で言おうものなら、「愚痴なんか聞きたくない。気分が悪い、俺はもっと大変な仕事してるんだ」といつも言いますね。
でも、自分の愚痴や辛さは吐き出したいし、癒して欲しいと思っているようですよ。
ここいら辺も理不尽ですね。

いつか、旦那の稼ぎをしのぐ時がくるんだろうか?
ボーナスだけでも越してみたいね~。
したら、家事の分担とかしてもらおうかな?ハハッ。





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