バックパッカーの旅Ⅱ(欧州~北アフリカ~欧州~日本)

バックパッカーの旅Ⅱ(欧州~北アフリカ~欧州~日本)

ライン川の辺で



   駅構内のカフェを出てから、バーゼルの街中に立つ。
 相変わらず、大粒の雪が空から落ちて来る。
 駅前では、タクシーとトロリー・バス(電車)が多くの人を乗せ、多くの人を吐き出してくる。
 今の時間帯から言えば、会社帰りの人達だろうか。
 奥様達の夕食の買い物帰りなのかも知れない。
 傘は荷物と一緒に、コインロッカーの中。
 出してくると、またお金がかかる。

   仕方なく、カフェに戻った。
 入ってから気がついた。
 カフェもお金がかかると言う事を。
 一時間ほど、暇をつぶすと、雪は止んでいた。
 表通りを歩いて、デパートに入館。
 今夜の食事とする、パンとか飲み物を手に入れる。
 キオスクで絵葉書とか記念にとタバコを買っていると、両替したお金の半分は使ってしまっていただろうか。

   とにかく、中央・北ヨーロッパの物価高と言ったらない。
 まるで、東京を旅行しているようなのだ。
 これでは、目的地であるロンドンに行けなくなってしまう恐れありだ。
 駅に戻る。
 インフォメーションに入り、タイムテーブル(時刻表)とバーゼルの街の地図を手に入れた。
 地図を眺める。
 街の真ん中を、ライン川(RHEIN)が流れていることを発見する。
 それもこの駅から近い。

   時計を見ると、夕方の五時。
 列車の出発にはまだ、三時間ある。
 ライン川を見ておかない手はないだろう。
 外へ飛び出した。
 雪は降っていないが、夕闇が迫っている。
 駅前通を真っ直ぐライン川に向かった歩き出した。
 電車(トロリー・バス)のレールに沿って歩いて行けば、ライン川にぶち当たると地図は示していた。

   白い雪が、地面に降りて黒く汚れている。
 夕闇が迫って、温度が低くなってきた為か、軟らかかった雪も氷のように固くなって来ている為か、歩きにくくなってきた。
 「ドイッチェランド」と書かれた標識の方向を見ると、橋らしき物が見えてきた。
 その橋に向かって歩くと、川にぶつかった。
 この川が、あのライン川なのか。
 ライン川との初対面だ。

   橋を渡る。
 橋の上に出ると、川を吹き抜けてくる冷気が、顔と言わず手と言わず、全身に突き刺してくる。
 そんなに驚くような広い川ではないが、豊満な水をたたえている。
 両岸には、灯りが灯り、川沿いの白い雪を、幻想的に浮かび上がらせている。
 その後ろに、歴史ある重みのある建物が建ち並び、屋根には白い雪が積もっていた。
 シーン!!
 静まり返った夜を迎えようとしている。
 薄暮の中を雪で滑らないように、ゆっくりと歩く。

       「俺は今、ライン川に優しく語りかけた。
         美しいライン川よ、俺は今、お前に逢う為に
          ここまでやってきたのだ。
           ライン川よ、俺にも優しく語りかけてくれ。
        お前は、俺がここに来たことを
         どう思っているのか。
          美しい薄暮の雪と突き刺すような冷気。
           どれも、お前なのか。
        厳しいから美しいとお前は言うのだろう。
         確かにそうだ。
          でも、遠くからやってきた旅人を
           もう少し、優しく迎えてくれても良いだろうに。
        これではお前と語り合う余裕などないではないか。
         寒い。とにかく寒いのだ。」

                    *

   狭いライン川の辺を歩いていると、いつの間にか、周りを完全に闇が支配していた。
 両岸は堤防になっていて、その上を歩道と車道が走っている。
 歩道の踏み固められた雪が、赤い明かりに照らし出されている。
 太く短い木の枝が、奇妙に並んでいる裸木。
 寂しそうに、寒さに震えている。

   ライン川に沿った歩道の上を、踏み固められた雪に足を取られないように、慎重に歩く。
 街はシーンと静まり返っている。
 雪が音を吸い取っているようだ。
 灯りの点いている窓の向こうでは、家族が集まって、暖を取りながら食事が出来るのを待っているのだろう。
 家庭の団欒が、暖かそうな窓から見えそうだ。
 それなのに・・・・俺は。

   肌を刺すような冷たい風。
 透き通るような氷のような水。
 白い雪に夕闇。
 灯りに浮かび上がる、立ち枯れの木々。
 今にも降り出しそうな薄暮の空。
 全てが、俺にとっては、寂しく静かな営みをもっている。

   小さい子供をソリに乗せて、歩道をゆっくり歩く奥さんが、俺の横をすり抜けていく。
 これから家族の待つ、家路へと急いでいるのだろう。
 犬を連れて散歩するおじさん。
 皆、滑りやすい足元を見て、歩いていく。
 凍った雪で、足元を取られないように、注意深く。

   雪を手に取ってみる。
 サラサラとした雪が、冷たくて心地良い。
 雪を丸めて、長く手に持っていると、手のひらがだんだんと熱を帯びてきた。
 手のひらも、心も、温かくなってきたような、そん気がした。
 今の今まで、この突き刺すような冷気を、私は拒んできた。
 それを私は、今の今、受け入れた。
 すると、今まで冷え切っていた心も身体も、温かく感じられるから不思議だ。
 いや、事実、暖かくなってきたのだ。



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