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私たちはこの日最後の訪問地の御神半島へと向かいました。御神半島の先端にある御神島へは 舟をチャーターしないと渡れませんので この御神半島にある 常神社から御神島を感じてみようと思っていました。さて この御神半島への道には三方五湖という美しい湖があり風光明媚な場所としてこの場所をドライブする人に喜ばれているようです。このエリアに入ると 第一第二チャクラにエネルギーが入ってくるのですがそれが龍のエネルギーと少し違って 皆がこの頃ひめさんエクスタと私をからかうあのエネルギーのように気持ちのいいものではなくどちらかというと苦しい感じのなんともいえないエネルギーなのです。まるで泥沼にめり込んでいくような感じで やめてよね~~~ と悲鳴を上げながら 車の席に身をうずめて やっとこさで 常神社に着きました。まず あれっと思ったのが 手水の水がないことでした。なんとなく 人の手が入っていない気がしています。お社の前で お祈りした時に 私に見えたものは白くにごった水の中に浮んでいる死体の体の部分です。海全体が 白く濁っていて そこにいくつもの体のパーツが浮いている感じです。一生懸命 水が綺麗になるようにお祈りをあげさせていただきました。後ろでは 喜楽さまとSPO2さまが う~んこれは 一体何なのだろう、どうしてこんなになってしまっているのだろうと 首を傾げています。どういうわけだか良く分からないのですが この場所は封印されたような感じです。それが どんな形で封印されたのかがよく判らないのです。SPOさまは ここにはゾロアスター教か ユダヤか なにか大陸の勢力が火をつかって封印したような気がするといっておられました。喜楽さまは首を傾げておられました。とにかく 御神島が見えるところに行きましょう。そういって私たちは 御神半島の先端目指して車を走らせました。道の行き止まりの公園のところまで行ってみましたが そこからは島が見えません。 公園でトイレに行ってみると 水がでないのです。ここも 水が出ない、、、。私の経験では 重い地場の家を見てほしいと言われた時に お家にいってみると重いところでは電気が消えたり どこかが壊れていたり 3次元の世界に兆候が見えます。水が豊かであるはずの公園なのに 手洗いの水が出ない、、、。私たちは 一生懸命祈りました。 祈りを終えて 車は帰路に向かいました。少し離れた所で御神島の島全体が見えたので 車を止めてもらいました。もう一度祈ろう。 車に乗り込んでいた全ての人たちが車の中ですが一生懸命祈りました。すると後ろのほうから大きな暖かいエネルギーが私のほうに来るのを感じました。この時はそれが何か分かりませんでした。ただ 祈っている間に 御神島の沖の部分に丸い形で光が浮かび上がってきたのです。びっくりして あれ 見てみて!外に行って写真を撮ろう。私たちは遠くに見える光の海面をしばらく見つめていました。そして 車に戻る時に あれ? ひょっとしたらこの島の結界はSPO2さまが張ったのではないかという思考がちらっと頭をよぎりましたが でも 失礼かと思い黙っていました。すると喜楽さまが さらっと SPO2さまあたりがこの結果を張ったんじゃないですか?と言われました。さて 車は敦賀のホテルに向かっていました。途中 買い物のために喜楽様たちが車をおりていかれた時に 私とSPO2さまだけが車に残ることになりました。その時彼が 手で目を押さえながら『今回の旅行は私のために皆さんに作ってもらったようなもんだった。』 そうしみじみ言われたのです。 その時 私のハートがSPO2さまのハートの琴線にふれて鳴り始めました。 もう我慢が出来なくなって 涙があふれてきたのです。彼は私に 自分の心を感じているのかと聞きました。私はそうだと答えて彼の姿が今 鎧をかぶった兵士の形をしているのを伝えました。『そうなんだ。 黒い兜を被っているんじゃないか』 と私に聞くと彼自身について初めて今まで秘密にしていたことを語ってくれました。『私は 宇宙で惑星を破壊し 支配してきたダースベーダーです。命令はルシファーから下されましたが 実際に戦闘を直接指揮してきたのは自分です。私はまた レプテリアンの王でもあります。宇宙のカルマがレプテリアンを生み出しました。今までこの3次元世界に生きていながらも さまざまなエイリアンが常に接触してきて 彼らからいろいろな情報を得ていたのです。一時はあまりに辛くて死のうと思ったこともありましたがグレーが 自分を助けてくれました。彼だけは 自分の考えを理解してくれたのです。レプテリアンの中には すでに袂を別った者達もいます。御神半島のあの場所を封じたのは私です。もうずっと前に終わっていたと思っていたのに まだクリーニングは終わっていなかった。今回 先程、車の中で祈っている時に 私はひめのさまを見て この人と手をつなごうと思い 手をさしのべました。(それが私が感じた大きな暖かいエネルギーだったのです。)私は今まで一人ぼっちだった。 だれかにこの話をしても (3次元世界の人は)誰も分かってくれなかった。 初めて 受け止めてくれる人に出会った。苦しかった。 今まで本当に苦しかった。』彼は車の中で静かに静かに泣いていました。彼のハートに共振した私のハートは もう痛いくらいに振動していました。頬を伝わる涙はとめどなく流れ それが お~いお~いという泣き声に代わりました。『ごめんなさ~い。 ごめんなさ~い。』今日も私のごめんなさいの声が 木霊しました。分かれる時に彼が私に言った事は 自分のことをブログに書いてください。おそらく 同じ苦しみを持っている者達がいるから、、、。と言う事でした。彼のグループは全国に会員が 60名くらいいるということでした。表向きには 情報を出していないそうです。これから先 彼は自分の真心で自分の仲間たちとより良い世界を作っていかれると思います。私が彼らのために 直接何かをすることはないかもしれませんが疲れた時に 互いに頑張っていると思えるのなら随分と気が楽になるかもしれません。レプテリアンも高度に進化した部族たちは それぞれの学びを進めていると聞いています。彼が今救おうとしているのは 闇の部分に落ちたままになっている仲間なのでしょう。辛い経験をしたからこそ 初めて見える美しさがあります。その美しさの部分に 彼の仲間が気がついてくれることを心から祈ります。若狭の御神半島で流した私たちの涙と祈りが この地でかつて彼が行ったという土地と水の封印を解いてくれたなら これほど嬉しいことはありません。彼は理由を知らされずに 若狭の水送りを行っていたことが きっかけで私たちの旅とご縁ができました。天の深い愛に感謝します。
2008年03月31日
次は『鵜の瀬』に行くことになっていました。この鵜の瀬ですが奈良東大寺でのお水取りの儀式に使われる聖なる水をはるばる若狭より送る場所が鵜の瀬です。今回の私たちの旅は『SPO2』という琵琶湖北部の余呉湖にお住まいの男性が訪問地などのプランニングをサポートしてくださっています。ここで彼の事をすこしおお話しておきましょう。もともと彼が私の畿内の水を感じていく旅に興味をもたれたのは 彼が彼の宇宙系のサポート存在から命じられてこの鵜の瀬から奈良までのお水送りをしていたことがきっかけでした。 何故そんな事をせねばならないのか 解らないままに数年間その行事を奈良に住む 水を受け取る側の女性と協力して行っていたとのことです。彼は場所はよくわかっていらっしゃるので 迷うことなく私たちは その神事が行われる鵜の瀬公園に到着しました。私が公園の資料館のトイレに入ろうともたもたしていると突然 『こっちに来なさい。』と大きな声がしてすらっとしたおじいさまに呼びとめられました。言われるままに その方についていくと そこには『遠敷(おにゅう)明神』がお奉りしてありました。 その像を一目見て 役行者みたいだなあと思いました。 このおじい様はこの遠敷明神を私に見せると彼の一族が奈良時代以来ずっと守ってきた 『お水送り』の儀式について説明してくださいました。彼はこの送水神事では原一族の首として 御幣を持たれるお役をされるそうです。 この日の服装は森林組合のおじいさまと言う感じですが私には行者系のエネルギーを持つ人のように写りました。 いつも神社などに行くと神主さまなどが現れていろいろ説明してくださるようになっているのですが この原様は 飛び切りフレンドリーで お話ししているうちに すっかり仲良しになってくださいました。そしてこの聖なる水を送る川淵に案内してあげようと言われて川べりの石を渡って 実際に水師が立つ石の上に立って この『御香水』がどのように届けられるのかを教えてくださったのです。 まず 川の水は 水師が御香水を投じる石の前から下流になると 急に半分の水量になるのです。 原様は、しめ繩が張ってある断崖を指し示して 半分の水が 地下の洞窟に吸い込まれて行く。 と言われました。そしてちょうど10日後に奈良東大寺に 水はたどり着くと。 私は不思議に思い 送った水を特定する為には 伝書鳩のように 印を付けておかなければわからないでしょう? と言うと意味深に笑いながら『鳩の羽に様々な色をつけて何日で届くか何度も実験してみたよ。ちょうど10日だ。それに生きた鳩を飛ばしてみてもちゃんと向こうに届いた。 中には向こうに流して欲しいというもん(人間)もおったよ。』と笑いながら言われましたので 私も流して欲しいと言ったらニタッと私の顔をのぞきこんで 10日間食べなくても大丈夫か? と言われました。 私は お弁当を袋に詰めて持って行くと答えました。 原様のように立派な方が私と話してくださるのは 本当にありがたい事で おそらく 私をからかわれたのだと思いますがそれにしても謎めいた話でもあり 私の好きなファンタジーワールドで遊んでくださるので 本当に本当に楽しい一時でした。 また来いよ~ と見送っていただいた後で SPO2様が ここは地底世界のシャンバラと関係があるのではと つぶやかれたのが印象的でした。 さて 次はいよいよ御神島の竜宮界に向かっていくことになります。 (つづく)
2008年03月30日
敦賀駅前で待っていてくださったまゆさまの車で私たちが最初に目指したのは若狭姫神社と若狭彦神社でした。この神社に関しては豊玉姫の出産について夫のホオデミノ命が彼女の産屋を覗いた時に彼女が実はワニの姿をしていたということがいい伝えられていてその部分が謎です。この地域にはワニと読む土地もあるようですしまた当時使われていた船がワニ船と呼ばれていたものがあったためこの豊玉姫はワニであったという伝説につながったのだという話しもあるようです。私自身は豊玉姫がなんらかの形で爬虫類と言われる人々と関わりがあったか例えば爬虫類に関するエネルギー操作のような巫女的秘儀のカルマを持っているのか一体どうだったのだろうと思案してきました。そんな時にホツマの中に描かれた豊玉姫の人間らしい愛の部分を見つけて心安らかになりました。ホツマの豊玉姫とホオデミノ命の愛の物語は私の大好きなストーリーです。 実際この両神社を訪れてみて私はこの二つの神社がとても気にいりました。そういえばおもしろいことがありましたよ。 私は通常神社にお参りする時は ご祭神を人間の姿と感じてお話をすることにしていますが若狭彦神社では 火の姿でホオデミノ命は現れになりました。神社を出る時に喜楽さまがウエディングの曲が流れているよと言われるましたが豊玉姫とホオデミノ命のウエディングなのでしょう。 この時は 私達の旅はまだ幸せのうちに進んでいました。ここから一気に予想もしなかった展開になります。今回は経験した事が多くて また旅の最後の部分が書ききれなくなりそうなのでケータイからのブログ投稿にチャレンジしています。文章が読みずらかったりするかもしれませんが タイムリーで直ぐにお伝えしたほうが良さそうなのでよろしくお願いしますす。(つづく)
2008年03月30日
もしも琵琶湖に強風警報がでていたら琵琶湖の西を北上して敦賀に向かう列車は運休しますのでその場合は東周りで来て下さい。サポーターからの連絡が入る。どうやら昨日は強風警報がでていたらしい。琵琶湖の西を北上するのと東を北上するのではエネルギーのゾーンが違ってくる。できればより京都に近い西周りで行きたい。そう思っていると 今日は大丈夫とのこと。安心して切符を買いました。若狭の旅では何が待っているのかしらそう思って心を若狭の海にはせていると急に意識が別の場所に引き戻される事になりました。ここは鞍馬山 魔王殿。扉が開いていて 中から出てきたのか 空中にはキラキラと輝く美しい人々がまるで天女のように浮遊しています。周りの様子から竜宮界だと思いました。また この場所は金星の磁場にあると感じました。『これからは自分の活動のホームグラウンドとしてここを使いなさい。私たちは地球での貴女の学びを通して金星が持つカルマとそのカルマの修正の道を見つめてきました。かつて金星は美による価値観が非常に重要視されるあまりそれと対極にあるもの達への無理解が不調和なエネルギーを生み出してしまいました。この度の貴女の地球での学びをモニターすることに寄って様々な異種族の考え方 感じ方を理解しようとしています。今後は更に次元をあげた場所での和合が必要になりますのでこの地を貴女のホームベースとして意識してください。もちろん 更に高い宇宙をつねに意識することがより広くまた深い世界の解放を行うための秘訣になります。』鞍馬魔王殿のビションを見ている間前の席に座っていた女性の会話が 聞こえていた。彼女達は普通の会話をしていたはずなのにそれは いつのまにか私に必要な情報に変わっていました。「あと10分程で敦賀だよ。」喜楽さまの声がして私はこの世界に引き戻されました。メールがいくつか入っていました。サポートの方からのメールでした。その内容からもこの先 竜宮界が私たちを待っていていることと 火と水の調和というテーマがあるような感じがしました。(つづく)
2008年03月29日
昨日は新しい身体に慣れない私に 一日休憩のような形で京都市内につれだしてくださったのはにこにこけいこさまの入洛以来 何かあれば私にメッセージを届けてくださっている虹夢さまと彼女の飛び切り素敵な小さなお姫様(3年生)でした。不思議なことに 私のところには 「お母様と新しい時代の子ども」というペアで活動をされている人が サポートに来てくださるケースがあります。昨日は高雄神護寺に行った後で彼女は私を大原にお連れ下さったのですが その理由が次のようなものでした。「実は大原に行った時に 霊体で現れた方たちがいるのですが そのなかで最後に 私に挨拶をされた男性が居りました。 その方は私に礼儀正しく深々と頭を下げて 挨拶をされましたので その方が誰なのか どうしても ゆめさんにお知らせしないといけないと思いました。」そして 彼女がチャネリングで得た その人の名前を紙に書いて見せてくれました。惟喬親王(これたかしんのう)ああ この方は現在玄武神社にお祀りされている神様ではないか と直に感じました。というのも この話を虹夢さまが 車を運転しながら話された時 車は 予定していた道を外れて 玄武神社に向かわされていたからです。そこで 私たちは玄武神社にまず 行ってから 虹夢さまの案内で 人里はなれた大原の里の山の中にある 親王の御陵におまいりしたのでした。昨日は 身体の調整がまだ うまくいかなくて疲れていたので その記事をかけなかったのですが今朝 親王サイドのエネルギー体がどうしても書いてほしいと訴えてきますので この記事を急ぎ載せることにします。親王の訴えについては東近江市が詳しく書いてくださっているので そちらを見てください。(こちら) 源氏の氏は清和天皇から始まったと言われていますが その清和天皇を立てるために藤原氏によって 葬られてしまった方です。心清らかな人ほど このような形で葬られたのが平安京の歴史でした。京都の人神さまをお祀りしている神社は 祟り神として呪詛するためにその方がお祀りされるという経緯があるようです。何時までも 悲しい側面ばかりを見つめているわけにはいきませんがそれでも そうやって時代の中で葬られた人たちの気持ちを無駄にしないためにも私たちは 毎日を有意義に生きたいと思いました。あと10分で敦賀に向かって出発です。今日一日が皆さまにとって素晴らしい一日でありますように。
2008年03月29日
明日29日30日の二日間は 若狭に行ってきます。水を追い求めての旅になります。昨日から 心温まるメールを沢山いただきましてありがとうございます。多くの方が楽になったと書いてくださっているので 良かったなあと皆さまと一緒に喜んでいます。先日の東京出張の折に頂いたメールにまだ 返信できていないのですがどのメールもありがたく読ませていただいています。昨日から心が安らかで身体が軽いです。今日は高雄神護寺の和気清麻呂さまのお墓と 京都大原の建礼門院さまのお墓と源氏の基となった清和天皇との争いに敗れた 惟高親王のお墓にお参りする事になりました。皆さま私たちの訪問に感謝してくださっていたようで 嬉しく想いました。特に高雄神護寺については 前よりももっと理解が深まったので良かったです。今日は少し早く眠ります。 おやすみなさい。
2008年03月28日
[宇宙戦争勃発しています!」「誰かが核ボタンを押して 惑星が一つ消滅しました!」「宇宙で人々が戦っています。 トロイの木馬がでて ひめのゆめと名前がでました。」いろいろな人から もたらされるメッセージ。昨日のニーナカロライでは そのメッセージとシンクロするかのように宇宙時代のカルマのエネルギーが噴出している。『ちょっと待って! ちょっと待ってください。 明日香から平安京 そして日本の各地へとあるゾーンの滞っているエネルギーの修正を見つめてきて やっとここまで来ました。これからは大陸をわたって エジプトへと向かおうとしている矢先に今 宇宙時代のカルマを出してしまっては ついていけない人々がたくさん出てきます。私自身が まだよく判っていません。 もう少し、時間を 時間をください。 』それほどに急がなければいけない位 宇宙の時間がないのか、、それとも私の気付きが 遅いのか、、、仲間たちの何人かは すでに高い波動のなかに移っている。私は彼らにいつも そのような暗くて重い波動の所に留まるなと言われてしまう。でも 毎日一生懸命頑張りながらここまで来るのがやっとでした。それに 第一 これはうぬぼれでもなんでもなくこのブログを通して一緒に私と歩いてくれている人々はどうなるのでしょう、、?天よ! 教えて欲しい! なぜ故に 今日、宇宙カルマの解禁が行われたのか?確かに3月20日からは一気に 地球の浄化が起きるとは聞いていたけれども なぜ今日なのか?(今 このブログを書いている時に 電話があり 虹夢さまからいつも彼女が行っている鞍馬の魔王殿の扉が 昨日 ご~っと音をたてて開いたと連絡がありました。)『ひめの 自分がなぜ封印されて 力を出せなくなっているのか それと向かいあう時が来たようだな。それと向かい合わない限り 周りの者達が 宇宙カルマを出してきても そなたは対応が出来ないだろう。』天からのサポートの声がしている。でも 私にとって自分の封印を解くために行えることは すべてやってきたように思います。必死で見てきたつもりでも いざ自分の深い部分のカルマとなれば 知らず知らずにそれを出さないように表層意識はブロックするので それを見るのは容易ではないのかもしれません。そこで今朝 喜楽天道さまのハイヤーセルフコネクションを受け 自分でも恐ろしいと思っている部分の解放を手伝ってもらうようにお願いしました。自分自身が 封じていた部分を全開しないと これ以上前に進まないと思ったからです。(セッションの中で)これから起きてくることの説明を受けた後で カードを選んで引くように言われました。出てきた最初のカードが 大天使ミカエルああああ、 ミカエル、、、、 私の意識は遥か彼方に飛んでいきました。『何を悩んでいるのか』 ミカエルが側にいる。「私は 宇宙の中心から 自我を求めて旅立ちました。 それは好奇心と私を慕ってくれる者たちへ 私の愛を与える旅でした。それが いつの間にか粗い世界を生み出し、 人々は物質文明の中で地に落ちてしまった。私は今 そのものたちを回収して 共に宇宙の中心に帰還する旅を始めようとしています。」『それならば なぜ悩んでいるのか?』「壊れたもの、地に落ちたもの 彼らが自らのうちに宿る魂の光の部分を見出すのは容易なことではなく また魂のかけらさえも思い出せなくなっているものも居るのです。私は 壊れた世界を作ってしまった。 今 その世界を捨てて 本来の愛の道へともどろうと呼びかけているのですが 私たちは あまりに 暗闇に慣れてしまって気がつけば 天の光と繋がることが苦手になってしまいました。ミカエル、 貴方は正しかった。 私には 貴方が持っているような天の父としての資質はなかった。私は貴方の軍に 3度戦を挑み 3度とも敗れた。それは 私が天に見放されていたからです。私は間違っていた。 私は 壊れていた。故に私は天から愛されておらず 貴方は正しいが故に父に愛されている。」『何を言うのだ! これを見てご覧、 ルシファ。』「え? これは?」天から私のハートに繋がる大きな白いパイプが ものの見事に切られていた。『これは 天の大いなる計画によって 意図的に天と繋がらないように切られてしまっているのだよ。 貴方は 宇宙の流れの中で流されて壊れていったのではなく 宇宙の愛とつながらない外で 「個の探求」の可能性を見出すために わざとその役を引き受けたのだよ。』「え?」『ほら、ごらん、天の父も母もここにいる。 貴方は愛されているのだよ。』私は 愛されているとは思えなかった だから 愛されていないものたちに愛を与えようとして、、、。『兄弟たちも皆来ているのが分かるだろうか。 貴方が助けを求めればこの世界の収集がつかなくなった部分を 彼らが手伝って修復してくれるだろう。』心の中の奥底から湧き上がってくる感情が 私を包む。『貴方がしたことは 大いなる天の一つの実験であったのだ。その中で 貴方達は 良く頑張ったよ。たとえそれが 地に落ち闇にまみれる事になったとしてもその中で精一杯 やってきた事は 天はちゃんとご存知なのだよ。貴方は地に落ちたものを ダメなものとして 救いたいと思っているかもしれないが貴方も そして貴方に繋がる闇に落ちて苦しむ者たちも 天と切りはなされた中で個とはいかなるものかを学びながら いかに天の愛を思い出していくかを探求した勇敢な探求者であることを認識する必要がある。貴方が彼らを もう回収できない脱落者と見てどうするのだ。地に落ちて闇をはいつくばって生きてきた貴方が 彼らのその力を信じないで誰が信じられるといえよう。様々な失敗とも見える出来事は その後にどのような気付きを得るかによって何もしないでいるよりは さらに大きな美しい輝きを増す。 それこそが天の父の望むところであり 貴方はその試みを十分に果たしたと言えるだろう。』私は ただ ただ声を上げてないていました。未だ 闇の部分から抜け出せないで居るものたちを感じると涙がとまりません。けれども 彼らの苦しみに光がさしはじめ それは 苦しみゆえにもっとその輝きを煌かせていたのです。知らなかった。 私は知らなかった。言いえぬ感動の渦のなかで 突然頭から痛みが襲いました。今 体の中の突貫工事が行われようとしているのが分かりました。今まで経験したことのない エネルギー的な手術が行われているのを感じました。ミカエルが心配するな、今まで切断されていた天と繋がるパイプを繋げているからと教えてくれました。力が甦ってきた。 もう随分失われていた力が、、。支配につながるパワーとして 恐れていた力が 今や 全ての傷つき苦しむものたちを慈しむ力となって生まれてくる。物質文明の3次元世界の負の部分に 光が差し始める。全てが さらに精妙な世界への探求として とらえた時に生まれ来る力 信じる力愛の力、、、。ニーナカロライに ひめのんの泣き声が何時までも 続いていました。喜楽さまの話では この日の私のテーマソングとしてこの歌がずっと流れていたそうです。『ジュピター』 悲しみの星、木星からの再生の歌だったのかもしれません。Everyday I listen to my heart一人じゃない深い胸の奥でつながってる果てしない時を超えて輝く星が出会えた奇跡教えてくれるEveryday I listen to my heart一人じゃないこの空の 御胸に抱かれて・・・私のこの両手で何ができるの痛みに触れさせて、そっと目を閉じて・・・夢を失うよりも悲しいことは自分を信じてあげられないこと愛を学ぶために孤独があるなら意味のないことなど起こりはしない心のしじまに耳を澄まして私を呼んだならどこへでも行くわあなたのその涙 私のものに今は自分をだきしめて命のぬくもり感じて私たちは誰も一人じゃないありのままでずっと愛されてる望むように生きて輝く未来をいつまでも歌うわあなたのために平原 綾香 「ジュピター」you tube
2008年03月27日
今 東京の水について書いている所ですが実は 書いている時点で 次の事が押し寄せてきてもうそっちに向かってエネルギーが動いていてまるで 水の流れを逆行するような気分です。この前 長岡京のことを終えて次に向かいながら それでもその終わり方が長岡京を愛する人達にとって 十分な報告になっていなかったので もう一度バックして書いたところ天界の流れに載ってもらわないと困ると 王仁さまに諭されたのですが昨夜も同じ事で諭されました。東京では 岐阜県の位山近辺を廻る旅を タカさまや白山菊理姫さまとミーティングさせていただき また今週からの若狭に行く旅、 来月は熊野、 東北、6月北海道とそれぞれのサポートの皆さまは動いてくださっています。そんな中で昨夜からの動きは 私たちのカルマの解消の舞台を地球上から宇宙空間へと移すような動きがあり え? ちょっと待って! 今大急ぎで私に関する地球の歴史を溯っているのだから有る程度それが終わるまで待ってくれるのでしょう? と天に向かって思わず聞かざるを得なくなりました。私の周りに居る人々が 宇宙での過去生の修正を迫られると言うことが次々に起こっていて 私の意識をそちらにもっていこうとしているかのように感じます。たとえば 今日は今週29日から訪問する若狭のサポートである まゆさまがニーナに来られました。現在ニーナカロライ滞在中の喜楽天道さまのハイヤーセルフコネクションワークを受けられたのですが 私がニーナに自宅から戻ってくると(今日は夕方2時間ほど家に帰れました。美味しい晩御飯を家族に作ってあげることが出来て嬉しいです。)ニーナカロライは 私が出て行った時とは一転して 宇宙空間でしてしまったことのカルマを見つめる空間となっていました。物凄く大きなエネルギーを感じて 私は戸惑いました。日本で感じるような小さなエネルギーではないのです。今年の目標として 私は オリオンやリラ星でのカルマまで何とか到達して見ていきたいという目標を立てたのですが それにしてもこのペースは私にはとても早く感じられます。自分ひとりで進むのならいざ知らず 一緒に歩いてくれている人たちに私の周りで起きていることをどうお伝えしていくのか、、 本当に思案してしまいます。今まで 私のような人たちがブログを書いていたと思いますがその活動が活発になると書く時間がない状態になっています。私などはまだまだ ひよこですが この人類のアセンションと言う課題に向けて密かに動いている人たちがいて その人たちは寝る時間もなくがんばっていることを感じています。私は 広報係としてこうしてブログを書かせていただいていますがこのしがない広報係でさえ こんなに急がされるのは よほど時間がないのでしょうか?とりあえず 鬼ちゃんが ひめのん観察日記というのを作ってくれました。私の周りの人たちが 私が日記に書ききれないでいることで何かその日の動きのエッセンスのようなものを楽しんで書いてくださることを期待しています。このひめのん観察日記は サイトの左側にカレンダーがあり そのカレンダーの面白い顔をクリックしていただくと その日の観察が現れるようになっています。私も何が書き込まれるのか興味深々です。コメントはできるようになっていますので 皆様お好きなことをどうぞ書いて楽しいサイトにしてください。
2008年03月26日
東京の水の流れ6ですが 少し はしょって書いてしまったのでわかりにくい内容になっていたようです。 読者の方からアドバイスがありまして記事を消して書き直すことにしました。もうすこし分かりやすくエネルギーが通った形にしますね。私の日記は 起きたことをそのまま書いている日記で 学術的なことを調べて検証していくには 時間がありませんので もしもこの日記から何かインスピレーションを受けられる方があって そして その方が何かいいものを受け取り作り上げてくださればそれこそ私の望みです。今日は不思議な日で 私の日記について 嬉しいリクエストの多かった日でした。バックナンバーの日記の続きを書いて欲しいというのやら あの日のこの部分をもうちょっと書いて欲しいというのやら いろいろ嬉しいリクエストをいただきました。また 寄付金もいただきました。なんだか 嬉しいですね。 ありがとうございます。それから 遠くから心を寄せてくださっている皆様 本当にありがとうございます。皆さまの優しさが身にしみます。今 午前2時。 いつも何かあってずっと帰れていない家に帰りたい。今夜こそ家で夕食を作ろうと思って家族に連絡して 彼らも待ってくれていたと思うのですが帰れなかった。今夜は久しぶりにちょっと辛いです。 うえ~~ん。でも 家族は笑顔でいつも楽しそうにしてくれているから 不思議です。優しい事が一番強いんだ そう思って生きています。
2008年03月25日
今日は『涙そうそう』の歌が流れてるなあ。喜楽さまのこの言葉でこの日(3/23)はスタートしました。私たちは宿泊場所を提供して下さったカスミさまご夫妻の家を後に今日の目的地を目指して車で出発しました。カスミさまのご主人のタカさまが変だ!おかしい。ナビがいつもと違うルートを示している。そう言って首をかしげています。私たちは高麗神社を目指しているのですがナビが不思議な動きかたを始めたようです。川越市の中心を通ろうとしているぞ。この言葉に前日にたまのをさまが送って下さった言葉が浮かびました。『関東地域には、南北軸があります。北は日光「男体山」、中央は「川越」、そして南は鎌倉「江ノ島」です。 北は『山』、中は『川(荒川)』、そして南は『海』と。』ナビはいよいよ私はたちの車をぐるぐると川越市内を回る形で誘導します。確かに私たちはわざわざ遠回りして大きく右回りして高麗(こま)神社に近づいていました。これじやまるで市中引き回し状態だなあ 誰かがそう言う言葉が聞こえます。私は急いでたまのを様にメール連絡しました。 彼からの返信には 私たちを上から俯瞰してみると右回りに回らされて エネルギーの解放を行っているようですと書いて下さっていました。ほどなくして私たちは高麗神社にたどりつきました。私はこの神社は好きだなあと一目惚れで好きになりました。何故だかわかりませんがカラッとした潔さと懐かしさを感じるのです。隣でカスミさまがこの神社について説明してくださいました。この高麗王若光は善政を行った為人々に慕われていたようです。彼の一族はのちに源氏と血縁関係を結びます。神社にあった情報では『今若』さまの孫か曾孫の女性と結婚されたようです。今若さまは義経さまのお兄様で二人とも常盤御前が母であったと思います。後に高麗若光の一族は 足利尊氏と彼の弟の争いに巻き込まれ弟側に付くき負けた為に 財産を没収されるうきめにあいました。 それから後は何があっても 戦いには参加せず 神職を通します。 カスミさまが彼のお墓があると案内してくださいました。 神社から墓地まで のどかな田舎道を歩いていくなかで 急に彼と彼の一族の感情が私の心に入ってきました。 墓参りにきてくれてうれしいという気持ちと うらぶれて惨めな状態に陥った時の苦しい生活とそれでも時の権勢を利用することなく 愛に生きた人々の想いが伝わってきて私はもう涙が溢れてしかたがありませんでした。涙そうそうの歌が流れていた意味がその時了解できました。 畿内では朝鮮半島から来た人々がどう政権を手中に握るかを見てきた旅でした。 そして今 同じ朝鮮半島から来た高麗王若光と彼の一族の選んだ道を見て濁流の中に清流に住む魚を感じたような気持ちになりました。彼のお墓ですが私は寂しい山の中にひっそりと立っているのかと想像していましたが 実は今は沢山の人々が感謝の心をささげにくる場所になっていました。よかったと思いました。 後にこの地は時代の流れの中で別の宗派がその主流を占めるようになり 若干変化していますが 古代に生きた人々の美しくて素朴なバイブレーションが感じられる場所でした。さあ いよいよ次は秩父です。喜楽さまが 秩父はこんな安らかな波動というわけにはいかないよ。 と隣でつぶやかれました。(つづく)
2008年03月24日
筑波山神社に到着した私たちをまっていてくれたものは のどかなぽかぽかとした春の陽気の中で 登山を楽しむ人たちの嬉しい波動でした。比較的年配の方を沢山お見受けしました。 その方たちにとっては ちょっと頑張って日ごろ足腰を鍛えて登るといったチャレンジ精神が少し必要な感じがしますが それを乗り越えてでもこの山に登りたいという気持ちもあり山のふもとの茶屋には軽装備の山歩きの人たちの山の自然を愛する気を沢山感じました。私が筑波山に行くと言った時に あそこはとっても良いところですよ。と皆さまおっしゃってくださいました。ところが 後から来られるお二人を待って お昼を近くのレストランで食べているあたりからどんどん敵対するエネルギーがやってきて 私に切りつけてきました。ここの特徴ですが 脇とか足の付け根とか 首とか弱い部分に切り込んできます。もうしょうがないなあと思いながら いつものように切られておりましたがタカさまが私とリンクし始めて私をコピーし始め 彼が痛みを感じてしまいました。名古屋に行ったときの鬼ちゃんは 私とリンクしてしまったために 私の体に東三河の阿寺の龍が入ったときに 気を失って呼吸困難になりました。その経験があって周りの人を巻き添えにしない程度に自分が自由に居るということを心がけています。タカ様の様子は それほど辛そうでもなかったので しばらく様子を見ることにして私はなぜ この者達が私に切り込んでくるのかを感じようと思いました。さて 筑波山神社ですが ウィキペディアによれば筑波山神社(つくばさんじんじゃ)は茨城県つくば市大字筑波にある神社。 古代より山岳信仰の対象とされてきた筑波山を境内とし、男体山頂に筑波男大神(伊弉諾尊)を、女体山頂に筑波女大神(伊弉冉尊)を祀る本殿が建てられており、拝殿は筑波山南面の中腹にある。とのことです。私達はロープウェイで 山腹まで登るとまずは男体山に登り始めました。山の下からずっと攻撃してくるエネルギーは 私をこの地における敵とみなしています。京都の朝廷の人間のエネルギーに対しての攻撃であることが感じられました。それと同時に結界もはってあるのを感じます。まずは ロープウエイの登り口の階段に それから男体山のいたるところに何かがあって 息が出来ないのです。途中で喜楽さまが 「魔方陣」という言葉が聞こえるぞ ひめさん これはまずここに来た目的をしっかりと話して通してもらうほうが良いようですよ。と言われました。けれども苦しいのは一向に良くなりません。通常はどんなに敵からのエネルギー攻撃を受けても 山のような自然のエネルギーの大きい磁場に行くと その気を吸収できるので 呼吸はできます。けれどもこの山は地球のエネルギーを通していないように私には感じられました。頂上に着きイザナギの尊にお祈りしても まったくイザナギさまを感じられません。もうついに私は山頂に建つイザナギさまの祠の横でダウンして横になりました。隣で喜楽さまが 『山が本来持つ自然のエネルギーのうえに 誰かが意図的に魔方陣をはって 京の都の人間たちが入ってこれないようにしてあるみたいですね。でも こんなことすると イザナギさまも降りてこれないし 大地とエネルギーがつながらないのです。 それにここに魔方陣を張った人はこの土地全体の人々のことを考えてそうしたわけではなく やはり特定の人々だけのためにコレをはっています。このゾーンにこんな重いものを残しておいたのではいつまでたっても皆の山ではないのです。』といってこの魔方陣を解いてもらうように土地の神様、山の神様とともに作業を始められました。『半分は もう解けましたよ。 でも半分、、、あ、そうか まだ女体山が残っているんだ。 ひめさん ここで休んでいても楽になるという山ではありませんから 早くこの場を動きましょう。 ここには 京都側の人間にとっては いたるところにトラップ(罠)が はってあり その場に止まるとエネルギーを抜かれることになりますよ。ひめさん、 もうこれは 個人がどうのこうのといっている段階ではないようです。あなたに関わりのある朝廷サイドの人々に もうこの地に対して呪縛する結界をはずすように呼びかけるべきです。 両方がそれをしないと解決の方向には進みません。』実際 歩いていて心臓が苦しくなって少し休もうと思う場所に 大きな石があります。それは女体山のほうが顕著ですが その場に止まると休んでいるようでいて実はその場は獲物を捕獲するポイントみたいになっていて 動けなくなるようでした。私もこんな山は初めてです。 息ができない。 筑波山は花崗岩が隆起して出来た山で福島県白河市南部から茨城県と栃木県の県境付近を南下し、筑波山にいたる山地にいたる八溝山地(やみぞさんち)に属するのですが それにしてもいくら準火山といえどもこの土のエレメントが私の水のエレメントを剋しているように感じて とても辛いものがあります。となりで喜楽さまは 『山には本来どのエレメントもあるのです。人間がその上に人工的な磁場を作り出しているだけなのです。』と答えられました。それにしても 道理で今回の旅には京都のお公家さまグループの人たちは参加してこなかったはずだ。これだけ苦しい経験をするのが本能的にわかっていたら 二の足を踏んでしまったのだろうなあと 考えながらひいひいと登っていき ついに女体山の山頂の岩岩が突出した部分から下界を見ることができました。ああ、何と広大な素晴らしい大地なのだろう。この土地に生きた人々は この土地を愛してこの土地と共に生きてきたんだなあ。この土地をはるか遠くの京の都から統治するなど 中央集権とはなんと土地や人々に根ざさない考え方なのだろうか。支配者層は 彼らが支配した遠方の土地の人々を二本足で歩く野蛮な動物と考えていたふしがあります。だからこそそういった土地の統治には自分達が直接に行かずに 現地の役人を差し向けて そこからあがってくる利益だけをむさぼりました。資源を沢山生み出す 豊かな土地は直轄領として使い捨てにしたのでしょう。しかし今この女体山から見える広大な大地を目の当たりにして ああ この土地はここに生きる人たちがこの土地の神様と共に生き そしてその恩恵を感謝しながら必要なだけを頂くものであり 朝廷が搾取するものではなかったと心から感じました。ここに来て良かった。 私が朝廷サイドの人間だとしたら 「良きに計らえ~。」といって無知、無関心であったこと自体が傲慢であり罪であったと私は悟りました。罪と書けば誤解が生じるかもしれませんが 中央集権国家の中では統治するサイトの人たちは 私が先日書いたようなアマテルとしての資質を必要としたのだと思います。宇宙の中心の愛に元づく波動を高い波動であるとするならば 高い波動を出す人であればその心を開いて生きとし生けるものを感じたときに どこかで 滞っているエネルギーの塊があるとすれば そこも感じるはずであり それらを鏡にして政事を行っていくのが真の役割としての統治者の心がまえなのでしょう。自分は高い波動にリンクしており その領域ではカルマもないと断言する人たちの考え方を尊重するとともに しかしながら こうやって苦しんでいる人々や場はたしかにあるゾーンでは 存在するということも 私は訴えたいと思います。本当にここに来て良かった。心の中から何かの感情がわきあがってきて 深い深い愛の部分の琴線に触れました。涙が止まらない私の隣で 喜楽さまが『今 のこりの半分の結界もはずすことができて やっと男体山と女体山がつながりましたよ。』とそうつぶやかれました。ああ、そうだったんだ。しばらく私達は山の頂上の岩場に立って 山を 自然を 大地を 地球を感じておりました。今、山から水のエネルギーが上がってきて その揺らめきのエネルギーが山肌のいたるところから 立ち上がっているのを感じました。ああ、 水が上がってきた。 風が頬をなぜていく。 そして ずっと下には火がそのエネルギーの息吹を吹き上げてきている。良かった。 ああ、 私はこの筑波が好きです。この地に生きた人々も この大地も 大好きです。心から ごめんなさい。 そして ありがとう。
2008年03月24日
タクシーは二条城を右に見ながら一路南に走っています。堀川の桜が美しく咲き誇って寝ぼけ眼の私の目を喜ばせてくれます。このシーズンにはまだ桜がその花びらを外に現す前からそのビンク色のオーラを空に向かって発しているように感じます。そしてそれが満開の頃を迎えると 桜の樹はまるで気絶寸前にその短い盛りを懸命に咲き立つような妖艶さを呈して空一面をビンク色に染めていす。その幹を冬に触ってみて思うのはこの樹木は庶民的な樫の木に比べ 随分誇り高いように感じられること。空は明け方の薄紫の色、微かに山の際に残りこれから行く熊野が 神々の地である予感を感じさせています。『重いなあ、これは熊野のエネルギーだ。』隣で喜楽さまがつぶやいておられる。遥かこの道の南には熊野、そして潮岬があります。若狭から一直線に繋いできた私の中の美しい水の流れずっとずっとこのまま南へ繋いでいきます。京都タワーが見えました。わーい様 合流。この後 電車で昔々さまが車で待っていてくださる河内長野へ向かいます。続く
2008年03月23日
私達はこの日筑波山に登ることにしていました。東京ニーナカロライ校講師のkasumiさまが リーディングとこれまでの経験からいくつかの訪問候補地を選んでくださっていましたが その中から二つを絞って国王神社と筑波山神社に行くことにしていました。喜楽さまのアドバイスで筑波山に行くまでに 国王神社に立ち寄ることにしました。国王神社がある茨城県坂東市岩井951は 将門さまの終焉の場所と言われています。宿敵平貞盛・藤原秀郷と最後の決戦を行い破れた戦場に三女如蔵尼が、将門の33回忌にあたる972年(天禄3年)に この地に戻り、付近の山林にて霊木を得て、将門の像を刻み、祠を建て安置し祀ったのがはじまりとされる。と資料には書いてあります。坂東市岩井のこの地についてみて 気持ちの良いところだなあと思いました。なんともいえない人々の暖かさが感じられて 私は人間将門さまを愛した土地の人々の念を快く感じました。本堂もとても素朴な感じで 心地よい気がながれているようでした。私は 自分の先祖のことや これまでの平安京を巡る取り組みのことを 将門さまと如蔵尼さまにお話して 自分が関わったことについて皆様を苦しめている部分を謝罪し そしてこれからは皆で光にもどりましょうということを呼びかけました。ぽかぽかとした春の日差しを浴びた社殿は とても気持ちよくずっとここにいてもいいなあという感じでしたが 額が急にむずむずし始めて 境内にある何かがとても気になりました。左斜め後ろにある供養搭が何かを言っている感じがします。私はまっすぐにその供養等に向かい そこに書かれた碑文を読みました。そこから感じたものは 将門さまのご家族、ご一門の皆様が何年にも渡って苦しんでこられたことでした。同族間の骨肉の争い、そして朝敵、逆賊という汚名をかけられた苦しみ、、、この供養搭からは未だに終わっていない苦しみを感じました。さて 車に乗り込んだ私に喜楽さまはこういわれました。『はたして将門の一族は皆 安らかになっているのだろうか? 私にはあの供養搭からは今だに重たいエネルギーが感じられますよ。これは将門という一人の英雄が現れて 中央政府にたてつきましたということだけではなく いろいろな人々のあの当時の精一杯の生き方がありあの時代にあっては 将門の一族で 自分達の家族や一族を守るために将門を差し出したとしても それはそれで一生懸命その人は 生き抜いたのだと思うよ。一族のなかで将門と一緒に行動した人も それをすると自分達の一族に災いになると思ってあえて将門に刀を向けたひとも どの人たちもあの時代を精一杯生きたのだと私は思うよ。』それを聞いた時 沢山の人々の思いがわあっと私のハートの中に入ってきて一気に溶けていきました。「そうなのです、皆 精一杯生きたのです。」「あの時は どうすることも出来なかったのです。」という声が聞こえていました。喜楽さまの 皆 頑張って精一杯生きたんだ。 という言葉に反応してやっと分かってもらったという気持ちと共に暖かい光のなかで 滞っていた塊が解けていきました。わああ~~っという声を挙げて 私は車の中で泣き出してしまいました。嗚咽がずっと続き すこしづつ人々の気持ちが溶けていくのを私の意識は 別なところで感じていました。『よかったね。 今やっと 先ほどの供養搭に光がさしてきているよ。』喜楽さまはそういわれました。運転してくださっていたkasumiさまのご主人様のタカさまはその間 車の運転が出来なくなるくらい眠くなり ついに運転不能となりkasumiさまに代わってもらうことになりました。ものすごく沢山の人の想いが一気に この車に集まってきたことによってエネルギーが車の中でぐぁんぐぁん廻っていたようです。さて 私達は筑波山を目指して どんどん車を走らせていきました。お昼過ぎには 現地で待ち合わせをしているサポーターの方二人とお会いすることになっていました。(つづく)
2008年03月23日
さてセッションに来られた時はよれよれ状態だったアワヤ(ハンドル名)様ですがご自分のルーツを見ていく心の旅が 今回の私達の旅と重なっていることがわかりどんどん変わっていかれました。力強いエネルギーが降りてくるようになり ハートはまだ傷ついてはいますが そこに光が入り急速に癒しが行われています。私はいつもセッションの時に思うのですが 彼女のように まるで深い日本海溝のように心が深い傷に切りきざまれている人がその部分を感謝して手ばなせるようになるとその海溝に光がはいり それが今度は多くの人々を受け入れるキャパ(心の容量)に変わるのだと。実は彼女が暗い部分と思って苦しんでいた部分が それこそがギフトとなって今度は大きな光の部分に転化していくのですね。先日奈良からお香水を運んできてくださったゆうにゃ様が そうだったように今やアワヤさまは 何時間前の弱弱しい相談者のアワヤさまではなく 私達を導いてくださっているサポートに変わりました。こうして 彼女の導きで私達は新橋の駅をおりて 繁華街の飲み屋さんたちの建物と工事中のビルのなかに建つ日比谷神社を発見しました。第一印象は こんなところに神社があるなんて、、、。という不思議な感覚です。私の知っている神社はその前に鎮守の森があり その後ろには神聖な山があるという感じがありますが ここではそういった神社らしきムードはないのです。人々とともにこの繁華街で生きているという感じです。そして あたりを見回した時にかつてはここが海の入り江であったということは驚きでした。かつて大陸から来た人々は海の水をさかのぼってこの地に入ってきた。感慨無量です。 私達3人はそれぞれの想いを胸に この神社にお参りさせていただきました。新橋駅でアワヤさまにサヨナラを言ったとき 彼女はもうすっかり ご自分の魂の力強い輝きを取り戻すためのスタート地点に立っておられました。また すぐに合えると思います。 おそらくは今後私が 東北にいくための必要な情報を降ろしてくださる『ひめのんの外付けハードディスク、ブレイン』として現れてくださったような感じでしたので 私は心からこの出会いに感謝するとともに彼女の今までのご苦労を思うと頭が下がりました。さて 喜楽さまと私は新橋の近くのコーヒーショップに入りました。殆ど席がうまっていてやっと2席を見つけてぎゅうぎゅう状態で席に着きました。そこに足を下ろしていると 今までに京都などでは経験したことのない沢山の人間の助けてくれ~という想念のエネルギーが足からあがってきました。東京はまるでバンパイアみたいな街だと思いました。さてその夜のことです。どんどん重いものが押し寄せてくる。もう体で受けるのが大変になってきた。自然な形で意識が飛び 意識の奥から瀬織津姫らしき存在が現れてきました。 もう彼女に任せよう。そう思って眠りに落ちました。翌朝は筑波山に行く日でした。 待ち合わせ場所に向かいながら腰が痛いなあと思っていました。 喜楽さまに出会うやいなや『ひめさんの腰にブラックホールみたいな強力なクリーナーがついているよ。』と言ってそれを外してくださいました。 これを付けたのは誰かしら? 多分自分で無意識にやってしまったのかなあという事になりました。まるで『犬夜叉』に出てくる法師の手についた風穴のように私のところに集まった霊体を吸い込んでしまったのでしょう。京都も凄いけど東京もなんという街なんだろうと思いました。歩いているだけでいろいろな者たちが着いてきます。助けてくれーと言ってすがってくる手がしょっちゅう私の足や手に絡んできます。しょうがないなあと言ってそのままにさせてありますが 時折見かねた喜楽さまがひょいひょいとそれらを取って下さっています。この時は これからもっと大きな江戸の負のエネルギーと向かいあうことになるとは私達は気付いていませんでした。(つづく)
2008年03月23日
すみません、遅れまして、、。そう言いながらホテルに飛び込んで来られた女性は私のセッションを受けるのをとても楽しみにされていることが分かりましたが彼女のハートを感じてみると 随分と辛い状態に今あることが推察されました。彼女の家は今は 関東ですが なんでも 先祖はずっとずっと前に淡路島から 青森に渡ってそこで 淡屋(あわや)という屋号で呉服屋さんを始められたとか、、。そんな話を聞きながら セッションを行っていた時に 次の方からの電話が入り セッションの時間に間に合わなくなったのでキャンセルせざるを得ないとのことでした。そこで 私は彼女とゆっくりする時間ができ ちょうどこの日は東京の水について調べることにしているので ご一緒にどうですか?と誘いました。 彼女は嬉しそうに ぜひご一緒したいと言ってくださって 喜楽さまとの合流時間が来るまで二人で話していました。 そこで大変興味深い話を聞くことができました。ホツマツタエの あわのうたのことです。それから東北の多賀城のことも、、。 どうやら この方は縄文といわれている時代に興味があり ホツマのあわのうたを読んでいるだけで 幸せな気持ちになるとのことでした。さて 私達は深川めしを食べて元気を出して 目的地に向かってでかけることにしました。今日の目的地は 私はまだ知らなかったのですが 喜楽さまが瞬時に ホテルのPCで調べてくださって決まったようです。またタイムリーに 北海道のありが父さんさまから 連絡が入りました。新橋駅を下りた所に 瀬織津姫を祀った神社 日比谷神社がありますから 行ってみられたらどうでしょうか?と。喜楽さまに話して 日比谷神社も予定に入れてもらいました。さて 私達は 江戸東京博物館に向かいました。 この博物館は江戸東京の歴史と文化について 豊富な資料や復元模型をとおして 楽しみながら学べる博物館です。さまざまな体験ゾーンがあって 面白い博物館です。でも 私は館内に入った瞬間から (徳川の江戸ゾーンだったのですが)いろいろな霊体をくっつけていったので今までにない痛みを感じながら博物館を歩くことになりました。前に名古屋に行ったときも起きたことですが 私の家は豊臣側で大阪の役で徳川に敗れて今の家がある場所に落ちていくことになりました。私の後ろからは喜楽さまが 『あ、 今ひめさんの足と腰にこんなエネルギーが来ているよ。あ、 次は首にエネルギーが刺さった。』 とか解説しながら 一緒に歩いていってくれるのですが まあその通りに 痛いわけで 私はイタイイタイと 腰をかがめながら 歩いていました。途中で 3人の外国人の愛らしい女の子達が 私の横に来て私の顔をジーっと見ているのに気がつきました。ハワイから観光で来ている6年生くらいの女の子達ですが 彼女達が急に私に話しかけ始め 彼女たちといろいろなことを会話しているうちに 彼女達の子供らしい明るい波動が 私についた重いエネルギーを取り去っていってくれました。不思議でしたね。すこしばかり元気になった 私達は 同じ建物の中にある資料室に行くことにしました。この頃喜楽さまにも 変化が起きていて ものすごく眠くなってついには 資料館でがくっと眠ってしまわれることになりました。あとで聞いた話によると この資料館に随分と重たいエネルギーが来たので それを軽くするために 別の世界に引き込まれてそこで浄化をしなければいけなかったようです。このように喜楽さまが眠ってしまわれたのは初めてでした。 私は この資料館で東京の水に関する資料を探していました。 すると アワヤさまが ひめのさんこんな本があります。ちょうどコレを手にとったらこの部分が開いたのですが と見せてくださったページには 平将門様のことが書いてありました。討ち取られて将門の首が飛んできた場所ですが 昔は江戸の鎮守神田明神の社地であったそうです。 そしてこの神田明神ですが 最近の研究の結果を総合すれば天平2年(730) 安房国 安房郡の勢力集団が 安房神社の祭神を擁して東京湾最奥部の日比谷入江(皇居外苑~日比谷公園~新橋駅西側付近)に移住してきたのを初めとする。江戸に海の神が入ってきて 主に太平洋沿岸に活躍した海神を祖とする安住氏を首長とする海部(あまべ)族(海人部、忌部)の系譜の人々が住んでいた。朝鮮系渡来人の人々は 渡来の時期が違っても同じルーツを持つ人で 東国に原住する渡来人の後裔が 律令政権に再編成されたことに対する反発が 東国独立運動の形で あわられたものが平将門の乱であったのだろうと。あれ? ここには安房(あわ)の国って書いてあるよ。そういえば あわというのは あなたのことですよね。ご先祖が淡路をでて 青森の地で アワヤという店を構えたと、、、。「ええ、 私はアワヤのアは宇宙の中心のこと、ワは大地、 そしてヤが大地の事で実は自分は この ‘ヤ’だと思っているのです。」それにこの日比谷入り江は 朝ありが父さんさまが行って見られたらどうですが とアドバイスしてくださった日比谷神社もここにあります。私も彼女も 妙なシンクロに吃驚しながら とにかくこの日比谷神社に行ってみようというこことになりました。ありが父さんさまは この神社には瀬織津姫が御祀りされていると言っておられました。水に関するテーマを追って 私達は東京でも 自分達なりに調べてみようと思いました。
2008年03月22日
昨日のワークは大変すばらしいワークになりました。25人の方が参加して下さいましたが 宇宙からの愛と癒しのエネルギーがそれぞれの方に応じた形でおりてきていたようです。なかなかエネルギーを感じられないのです という方が多かったのですが そばで見ている私には ちゃんとそれぞれの方にエネルギーが届いているのですがあとはその方の受け入れる心次第に見えます。 これからそれぞれの方の段階に応じてそのギフトが現れてくるくるだろうと思います。このワークを行った下さった喜楽天道さまですが ワークが始まる前から参加者のエネルギーの調整をおこない 終わった後も やはり必要なエネルギーが彼のところに飛んできて そのサポートをお願いしていたようでしたので 私から見ると目に見えないところで 個人セッションを行っているような感じで大変な労力だったと思います。 ありがとうございました。これを通常のビジネスとして行うのであれば もうこの金額ではできないだろうと思われますが 参加者の皆様からは また集えることができればいいなあと大変盛り上がって散会しましたので これから 別の企画になるかもしれませんが定期的に 東京のニーナカロライで企画を立てていってもらおうと思っています。さて 清澄白河に滞在して東京を感じている私ですが 同じ水のエリアにいるにしても京都にいるのとはずいぶん違った感覚を受けます。東京に着いてから 丸の内をぐるぐると回ることになり オフィス街のエネルギーと向き合うところからスタートしましたが 昨日のワークがあった清澄公園は 大変美しい公園でありながら 実はバックに流れているものは 紀ノ国屋文左衛門さんや岩崎弥太郎さまの物質文明の中での支配の中で生み出されたさまざまなエネルギーでそのエネルギーと水が微妙に絡み合って 重たいものを作り出しています。今 思うのはこの都市の水のエネルギーラインは どうなっているのだろうということです。今日は午後2時ごろまでは個人セッションにあたりますが それ以後は 今行ったことを感じながら東京を動いてみようと思いますので もし どなたか 良い情報をお持ちの方があれば教えて下さいね。あとで携帯で見ますね。あ、 だれか他のお客さまが このPCを使うのを待っておられるみたいですのでこの辺で ホテルからのご報告を終了します。
2008年03月21日
昨夜は眠れませんでした。今日企画しているアセンションワークに参加予定の方たちにゆかりの宇宙がそのエネルギーを降ろしてきていて もうエネルギー充満状態です。 他のみなさんは今頃どうなっているのだろうと思いながら このエネルギーに身を委ねていました。昨日寄せられているメール等を見ると今日の春分の日が 何か境目のような感じで この日に向かって大きな禊ぎの波が来ているような感じがあります。さて私は今、清澄白河という場所にあるホテルにいますがこのホテルにいると 大きな船の中のデッキにいるような錯覚を覚えます。この地は豊かな水の上にあるようなそんな感じです。 水天宮はすぐ近くですね。 また船と言う点では 今日ワークのある清澄公園は岩崎弥太郎氏、紀伊国屋文左衛門にゆかりの場所ですから やはり船と関係があるといえるかもしれません。夜中にふと このエネルギーはどこかで以前に経験したことがあると思いました。イギリスのトリニティカレッジです。大学の校舎が 海の近くにありその校舎はたしか海軍の施設だったものをこの音楽大学が美しくリフォームしていたように記憶しています。この場所は グリニッジ天文台のある場所です。今日の春分の日と グリニッジ天文台、、なんだろう それにこのトリニティという言葉も気になります。喜楽さまも 昨夜は同じ理由で眠れなかったそうです。そして トリニトロンという言葉を聞いたと。トリニティは三位一体、そして トリニトロンはトリニティと電子の合成をあらわすようです。二人が同じ意味の言葉を聞いたというのはかなりの確立です。さあ もう時間ですね。 アセンションワークに行ってきます。結局二日間徹夜ですが エネルギーとしてはフル充電されています。みなさまも良い一日を お過ごし下さい。関東の旅の予定、若狭への旅、 ひめのスケジュールなどにつきましてはニーナのイベント表をご覧下さい。出張までに宇宙時代の赤ちゃん子育てをご注文いただいた方には 夜間郵便局から東京に来るまえに発送いたしました。その後ご注文いただいた方には 26日より発送いたします。またセッションお申し込みなどのメールにつきましては 京都に帰りましたらご連絡させていただきますので 宜しくお願い致します。
2008年03月20日
昨日は本当にエネルギーの波に運ばれていったような日でした。気がつけばこのブログのアクセス数が1000を超えていて 最終的にはいつもの倍近くの方が訪問してくださっていました。 有難うございます。アクセス数が急増した理由として 「日本初のセルフ・ロールプレイング ブログ・おなすインフォメーション」のおなすさまが ずっと前に夢ワークの体験を受けてくださったのですが その体験記と私のCDを丁寧にご紹介してくださったことにあります。彼がこの体験版を受けてくださったのは たった3日間のことで しかもいつもは夢は見ないということでしたが 実際に始まってみると膨大な夢を見られてそれはすべて彼の今の課題点と今後の見通しについての大切な情報としておりて来ていましたので 講師の私のほうも驚きでした。常に新しくて良質な情報を 一つの分野に限らず探求して発信していかれているおなすさまであるからこそ3日間の夢でこれだけの深いレベルの情報を受け取れたものと思います。ワーク後になぜこのようにいつもは夢を見ない人が 大量の夢を覚えていられたのかというご質問を頂いたように思いますが それはそのワークを受けておらる間は一つの閉じた空間を作っていただいて その中に本来おなすさまの天が下ろそうとしている情報を受け取りやすくしているのだといえます。これは 今まで夢ワークの生徒さまを見ていて痛感している事なのですが現代人は情報が過多で しかも要らない情報に日々さらされていて その騒音の中では大切なメッセージが読み取れなくなっているようです。ニーナカロライの夢ワークの学校は現在京都校と東京校の2校がありますが東京校に集まってこられる生徒さまのほうが この点では重症です。住んでいる巨大なエネルギーに影響されていて その中では私たち人間は天と地から切り離された形で生きているのを感じます。なんとか少し高い存在のメッセージを受け取ろうとして そのチャンネルを高い周波数にあわせることができた人であっても今の時代においては 各次元の総立て直しが起きているので たとえば日本神界の神々であっても エジプトの神々であっても彼らのさらなる高みへと向上する旅においては 彼らは修正を迫られていると思います。分かりやすい言葉でいえば今まで皆さまの身近で 皆さまを見守り応援してくれていた天使ちゃんや龍ちゃんも それぞれの波動をあげる学びの中では私たちと同じ存在だということです。これは小さな田舎の学校でバイオリンを習っていた人が 最初はその先生を絶対的な存在として一生懸命習うのですが 随分上達すると その先生が「僕の先生を紹介するから大きな町まで習いに行ってはどうかね。」とアドバイスしてくださりその先生のところでも もう随分上達したから オーケストラで他の楽器の中で修練してみたらどうかね。 とアドバイスしてくださり。さらには 日本のオケだけけはなく世界のオケのなかで 自分の音をハーモナイズすることを学び 次には太陽オケ そして更には銀河オケに進んでいくという感じがします。ずっとずっと先がある事を思えば この地球の3次元に留まっていることのほうが不思議な感じがするのですが まずは この肉体をもった世界でどう自分の心と身体を自由にしていくかということが大切なのでしょう。私たちは本来物凄く大きな力を持っているのに それに気づかずにこの‘切り離された感’を補うために 何かを身につけなければいけないと必死になっています。けれどもそれはキグルミをどんどん着重ねていくようなもので むしろ軽快に自由にのびのびと動くためには そのキグルミを脱いでいくことが必要です。その作業をしながら 一方では受け皿としての私たちの器を完成させていく作業が大切です。なぜならば 宇宙から来る波動の高いエネルギーは大変精妙なので 受け皿がザル状態ではそのエネルギーがもれていくからです。ただでさえもザル状態の器に 外部からの雑多なエネルギーが常にリンクしている状態ではかつてのようには高い次元との交信が日常に行われていた世界からは程遠い状態です。まず 自分をクリーニングしましょう。と言う事から始まる夢ワークでその中では過去生がどんどん出てきます。しかしそれも どんどん進んでいけば過去生とは限定されたものではなくだれがどんな役をやっていてもいいのだと気づくというのが 今までの私の感想です。これは私の個人的な体験ですが 私は今までどちらかといえば岩長姫の転生を自分の中に見てきました。それがある時ふっと違う存在がいるのを感じ それをいやいやそれは違うだろうと打ち消していましたが 先日彩りさまが ニーナにこられた時に コノハナサクヤ姫が私の中にいると言われて納得しました。その時対決していた二つの心が私の中で統合されました。なぜなら自分の中のエネルギーですから 本当に両者がよく判ったのです。さて 明日からは東京です。3月20日に予定しています アセンションについてのワークショップは会場が清澄公園の素敵な庭園の中にあり 40名入れます。現在の申し込みの者数は26ですが 私の感では30名ですのでだれか これからこられる人が若干あるかと思います。また 22日は筑波山神社 23日は高句麗神社方面に行くような計画がたっていますので もしも現地で会いたいなあと思われる方がありましたら合流可能です。 ただし 皆さまの分の車を手配することはする余裕がないのでそれぞれにご用意ください。また 今後 28日は京都高雄神護寺 29日30日は福井県の敦賀市に行きますが私のスタンスとしては 個人的な旅ではありますが ご縁の有る人がいらっしゃったらたとえ30分でも一緒に その土地を歩かせていただくのも素敵だと思いますのでお声をかけてください。まったく初めてお会いする方でも大丈夫です。4月は熊野 その後 東北 北海道と駆け抜ける形で 水をテーマに畿内から北海道に繋がる旅になると思います。今回本当によくわかったのですが 一連のこの取り組みは 私のキャパを遥かに超えていて ほとんどが縁有る皆さまのご尽力と その背後にいる霊団のサポートによるものです。私はいつもなら 自分で道を作っていきたい方ですが 今回は本当に無力でただ自分の前に現れてくる道をよたよたと歩いている感じがします。いつも現地にゆかりの方たちが応援してくださって ともに歩いていってくださるのが涙が出るくらいうれしいです。今後の予定などは ニーナカロライのスケジュール表に載せておきます。明日19日から25日までのご連絡は このブログ内メールにお願いいたします。旅先のインターネットカフェによる時があれば チェックいたします。それから この私の旅の根底を流れている日本列島のあるゾーンに残っているエネルギーについて ニーナカロライの東京校講師のKasumiさまが ネット内交流クラブに記事を書いておられますので よろしければご一読ください。3月18日付けの「チベットに想う」という記事です。書き込みについては会員にならないとできませんが 閲覧は可能です。ネット内交流クラブはどなたでも 無料で入会できますが その場合は招待状をご請求ください。では みなさま 今日も素敵な一日でありますように。
2008年03月18日

昨夜はニーナに宿泊することになりました。埼玉を3月5日に出発して奈良をずっと昨日まで廻っておられた ゆうにゃさまという方が夜遅くに訪ねて見えました。彼女のお話によると 3月11日突然寒気がして夜眠れなくなりそして 朦朧とした意識のなかで どうやら私に何かを渡すように言われたようで夢の中で 「姫野さんにお会いします。」と言ったとたんに 体が楽になったそうです。そして 3月12日奈良東大寺に行ったおりに そこでお香水を買い求めている人をみてこれを姫野さんにとどけるのだと 思ったそうです。夜ニーナにたどり着かれたゆうにゃさまは 私にお香水を渡されるとこれで安堵しましたと ほっとされニーナにご宿泊になりました。(ボトルに入った香水と お水取りの日程表)今朝 私たちはご近所の飛び切り素敵な町家カフェでブランチを済ませてニーナに戻ってきて 北海道の方からの電話でのセッションを終えるや否や電話がジャンジャンなり、 次々と来客があり、もう昨日までの静けさがウソのような状態になりました。電話のセッションは 実は土地の神様からのお使いのような感じで 電話を切った時には この北海道の室蘭市の方から宿泊のご招待を受ける事になりました。私が行きたいと思う場所には車もだして 自由に動けるようにサポートしてくださるとのことで あれまあ どうなっているんだろう。それにしても日程は何時にするのだろう、それまでに 東北など行かなれければいけない所があるように思うけれども それはどうなるのだろうと思っていると次々に電話があり 情報が集まって ほとんど場所と日にちが浮かび上がってきたようです。また 今朝はいつもニーナの玄関のお花の手入れをしてくださっているおとなりの方が親戚の方のために ニーナを数日借りたいと言ってこられたのですが その日はちょうど出張中で 私が使わないときに勝手の分かってくださっているお隣さんだから特別にニーナの貸し出しをすることが可能で 資金のない私にとっては有り難いお話です。昨日王仁三郎さまに アドバイスされたように 自分の勝手な思い込みで動くのをやめて天と調和して動こうと決めたとたんに あっという間に10ほどのプランが出来上がってしまいました。また 他の突然のご訪問の方たちは(いつもは予約が必要ですが今日は成り行きでそうなりました。)一人の人はお団子と東北のイエスにゆかりの地の本を持ってきてくださり、もう一人の方は王仁三郎さまにサポートされている人々の活動の動きを伝えに来てくださいました。今日ニーナに入ってきたこれらの情報は すべて土地の神様やその土地の神様と共に生きた人々でありながら歴史の表から封じられてしまったスピリットの心を代弁してくださっているように感じます。すでに私の動きを見越している山の人たちは 今姿を見せませんが 彼らはもうすでに次の動きに向けて情報を集めてくださっているのを感じます。東北ではアテルイ、北海道ではアイヌの人たちからのエネルギーを今日は感じました。世の中には 今まで 消せと言われても 心のうちから湧き上がってくるやむにやまれぬ心の先祖たちの熱き想いを胸に何年も何年も この世に生きてきた人々が居られるのですね。私に何が出来るかわかりませんが 少なくとも 強い力でやむなく消されたそれらの声をもう一度聞くことはできるかもしれません。そして最後は 両方が 皆が 必ず光の中に入っていくことができればこれほど嬉しい事はありません。東京でのワーク(まだ申し込み可能です。)の予定、若狭への旅、 ひめのスケジュールなどにつきましてはニーナのイベント表をご覧下さい。
2008年03月17日
今朝起きた時に「体の中の水に意識をむけてください。」という声がしました。この一つの文章だけがはっきりと聞こえました。こういう伝え方をしてくるのは天にいる私、いわゆるハイヤーセルフです。その後台所で コーヒーを飲んでいる時に 久しぶりに出口王仁三郎さまからのメッセージが入ってきました。『ひめの、何をそんな所でウロウロしておるのだ。もう春の梅の頃になったぞ。春の曲がり門を越えるとすぐに夏が来るといっておいたはずだぞ。いいか、主(ぬし)は今回痛い目にあった時 それは素の自分で向かい合うために瀬織津姫のサポートが降りてこないと思ったようじゃが 実はそうではないぞ。なぜ あの時エネルギーが動かなんだか、 それは その行動が主だけのセンチメンタルな感傷から動いていたものだからじゃぞ。いいかい、良く聞くんじゃぞ。主の働きのおかげで 主と志を同じくして 真正面から物事に当たろうとする者は増えた。 それは良い事じゃ。主の働きとは 真正面にある大きな岩にぶつかっていくことのようなもんじゃからな。その岩は巨大で固くて 真正面からぶつかるにはいかにも痛そうじゃから 誰も手はださんわい。 主みたいな阿呆でなければな。でも この岩はまあ 自分が作ったようなもんじゃから 痛うても辛抱じゃぞ。主の仕事はこの岩にぶつかって溶かすことじゃ。 そこまでは良いのじゃ、その仕事をしている時は大きなサポートもつねに主の傍にいて 主がそれを行うのを手伝えるのじゃ。 問題は その後だぞ。大きな岩に体当たりすれば 中ぐらいや小さな岩がでる。 その岩に今度は向かいあう者達がでてくるのだ。主にとっては小さな岩も その者達にとっては苦しい岩やもしれん。その者達がひーひー悲鳴を上げているのを見て 主は手助けしようとしているのだ。けれどもそれは間違いぞ。それは彼らの仕事なのだ。 主の仕事は 主しかできない次の岩を粉砕することなのだ。次の課題(岩)は目の前に山とあるぞ。そこで留まるな!なぜ「魂のルフラン」が何度も流れるのか、、良く考えるのじゃぞ。魂の水源(みなもと)へ帰るには まだ せねばならんことがたくさんある。また遥か先を走っている仲間は主を待っていることも忘れるな。重い領域の主がそこで留まると 他の者が迷惑するでのう。皆が出来ることは皆にまかせよ。 もうすでに大きなエネルギーを動かせる身であるのだから もしそのエネルギーと切り離されていると思う時は 自らを省みよ。それにしてもいつまでも世話のかかるお嬢さんだな。(笑)いつまでも 雲雀のようにピーピー泣きおって。仕方が無いから この前はサポートをよこしたんじゃぞ。(笑)まあ がんばれや~。』いつもそう思うのですが 王にさまは本当に懐の大きな人だと思いますね。昨日の夢ワークの生徒さまの夢でも 私に対して 平安京に留まるなというメッセージが出ていました。今 若狭、熊野、東三河、岐阜、東北地方、北海道に関して情報が集まってきてそちらに目を向けてほしいというエネルギーを感じているところです。いったんこういう動きに入ってしまうと 私のセッションやワーク、ニーナカロライのお客さまがぴたっとストップして その動きの中で共に動いている人たちとのご縁に限られて繋がる状態になってきます。上からのメッセージ受信に一日中かかっている日もあります。そんな中では 王仁様が言われるように 私の傍にいる方たちは 本当に自立して自らが自らの力で学んでおられるので私が余計な動きをする必要はないのでしょう。また 今週、ある新潟県にお住まいの方が活動資金を寄付してくださいました。びっくりして電話して 今回の若狭への活動資金に当てさせていただくことにしました。また 現在企画しています東京のワークショップにきてくださる方の参加費でその後の秩父の旅と熊野への旅の費用がちょうど捻出できそうです。いろいろな方に支えられて なんとか動いていけている毎日ですね。皆様に心から感謝いたします。ありがとうございます。
2008年03月16日
今日は竜宮や龍神、乙姫に関する夢を見た夢ワークの生徒様も多く またブログでも龍宮を取り上げておられる人もあって なぜかしらと不思議な気持ちでこの物語をアップします。------------------------------------------霊界百話第二十八話『濁流に竿さす男』目の前の濁流の中に小さな小船が見えた。その小船の中に立って必死で竿(さお)を川底に挿す男がいる。どうやら濁流にのまれないように 必死で舟を一定の場所にとどめているらしい。その男をじっと見つめている古代の衣装を着た女性がいた。美しい女性だ。ほのかな色気が体から発せられ、まるで彼女のまわりだけ ピンクの美しい花が咲いているようだった。 ひらひらとしたショールを肩に羽織ったその姿は 人間のようではなかった。また それだけに あたり一面の濁流の茶色の世界からは 彼女のいる世界は対照的に光浮き立って見えた。彼女は 湖畔の船着場にいた小鬼をつかまえて 尋ねた。『あの者は何をしておるのか?』「これは これは 竜宮乙姫さま このような所へおこしとは恐れ入ります。」小鬼はかしこまって頭を下げた。「あの者はあの濁流のなかで 必死に竿をさして 舟の中にいる妻子を守っているのでございます。」『はて? 妻子はどこにおるのか? 見当たらないようだが、、。』「はい、実際は妻子は あの舟の中にはおらずに 別の場所であの男が帰ってくるのを待っているのです。」『ではなぜ あの者は濁流の中で 苦痛に顔ゆがめながら 必死に耐えているのか?』「はい それは長年の刷り込みによるものです。 幸せは苦労苦難の後にこそ手に入るという刷り込みが彼を 苦行にかりたてているのです。また こうして激流のなかで耐えるという行為が本来であればしっかり見つめなければならない本当の幸せを見つめることから彼に目を閉じさせてしまっているのです。」『あの男にとって 本当の幸せのために向かいあわなければいけないことは何か?』「それは 妻子と向かいあうことのようです。 妻子と向かいあうことがあの男にとって 本当の愛に向かいあうことのようです。」竜宮乙姫様の侍女が 傍で耳打ちした。「乙姫様 あの男ですが 時折 竜宮界を訪れているようです。」小鬼が侍女の言葉を補足する。「はい、 この状態があまりにも辛いので あの者は時折 竜宮界に癒しを求めに彷徨い入っているようです。毎日毎日激流で竿さす続けることが あまりにも辛いようで、、。」しばらく乙姫さまは 苦痛に顔をゆがめて激流の中で舟を浮かべる男をじっとながめておられました。「乙姫さま あの男を竜宮界に連れ帰りますか? 乙姫様の媚薬を使えば骨抜きになりましょう。 さすればあの者も苦痛の声を毎日あげることもなく 竜宮界で幸せに暮らせましょう。」乙姫様はじっと考えておられました。「なまじ竜宮界というものがあるがゆえに あの男は真に妻子に心向かわせることをせぬのか、、、。 竜宮界の癒しが 真の妻との愛に心向かわせぬのか、、、?あの男にとって真の愛とは何ぞや? わらわには 分からぬ。じゃが 竜宮の媚薬であの男を支配することはならぬ! 明日からはあの者を竜宮にも入れるでないぞ! あの男の心を真に妻子に向かい合わせるためじゃ!」そういい残すと 竜宮乙姫様はお姿を隠してしまわれました。何日くらい時がたったのでしょうか、、 この霊界においては時を図ることは難しいようです。竜宮乙姫さまが またあの川辺をお通りになりました。『はて? あの男の姿が見えぬようじゃが あの者は 無事に妻子のもとへと帰ったのか?』小鬼はかしこまって 乙姫様の問いに答えました。「いいえ、あの後 あの者は竜宮界に入って心和ませることもかなわず かといって本来の課題に向き合うことにも 決心がつかずの状態で苦痛にのたうちまわっていたのです。そんなおり 軍隊がとおったのでございます。」『軍隊とな?』「はい、 社会のために 妻子のために 戦いに身を投じよという軍隊の支配のエネルギーでした。 そして あの男は妻子のためにということでその支配のエネルギーを受け入れたのです。そのエネルギー下では 自分で愛について向き合うこともなく 正義という名のもとに何も考えることなく 生きていけるのです。」『何と せっかく竜宮界から解き放ったというのに そのエネルギーが無くなるとまた別のエネルギーの支配を呼び込むとは、、、。』竜宮乙姫様は 深く深く考えこんでおられました。-------------------------------さて 依存する人たちがいるということは 支配する存在もあるということですが神々の世界でも 依存と支配の構造を考えていく必要があるのでしょう。今や人間が 神や仏を表にだして その力をかりようとする時代ではないように思います。むしろ その神仏たちが これまでにおこなってきたことを見つめる時代になっているのでしょう。この立て直しは 人間界だけで起きているのではなく様々な次元においての総立て直しになってきているようですね。この竜宮乙姫さまの気付きが 今後竜宮界をどう変えていくのか 大変楽しみです。さて 今日は母の日ということで 竜宮界で母と言えば 豊玉姫になりますがはてさて 豊玉さん これから真の愛に向かってどう動いていくか 正念場でしょう。頑張ってくださいね。
2008年03月15日
今日は竜宮や龍神、乙姫に関する夢を見た夢ワークの生徒様も多く またブログでも龍宮を取り上げておられる人もあって なぜかしらと不思議な気持ちでこの物語をアップします。------------------------------------------霊界百話第二十八話『濁流に竿さす男』目の前の濁流の中に小さな小船が見えた。その小船の中に立って必死で竿(さお)を川底に挿す男がいる。どうやら濁流にのまれないように 必死で舟を一定の場所にとどめているらしい。その男をじっと見つめている古代の衣装を着た女性がいた。美しい女性だ。ほのかな色気が体から発せられ、まるで彼女のまわりだけ ピンクの美しい花が咲いているようだった。 ひらひらとしたショールを肩に羽織ったその姿は 人間のようではなかった。また それだけに あたり一面の濁流の茶色の世界からは 彼女のいる世界は対照的に光浮き立って見えた。彼女は 湖畔の船着場にいた小鬼をつかまえて 尋ねた。『あの者は何をしておるのか?』「これは これは 竜宮乙姫さま このような所へおこしとは恐れ入ります。」小鬼はかしこまって頭を下げた。「あの者はあの濁流のなかで 必死に竿をさして 舟の中にいる妻子を守っているのでございます。」『はて? 妻子はどこにおるのか? 見当たらないようだが、、。』「はい、実際は妻子は あの舟の中にはおらずに 別の場所であの男が帰ってくるのを待っているのです。」『ではなぜ あの者は濁流の中で 苦痛に顔ゆがめながら 必死に耐えているのか?』「はい それは長年の刷り込みによるものです。 幸せは苦労苦難の後にこそ手に入るという刷り込みが彼を 苦行にかりたてているのです。また こうして激流のなかで耐えるという行為が本来であればしっかり見つめなければならない本当の幸せを見つめることから彼に目を閉じさせてしまっているのです。」『あの男にとって 本当の幸せのために向かいあわなければいけないことは何か?』「それは 妻子と向かいあうことのようです。 妻子と向かいあうことがあの男にとって 本当の愛に向かいあうことのようです。」竜宮乙姫様の侍女が 傍で耳打ちした。「乙姫様 あの男ですが 時折 竜宮界を訪れているようです。」小鬼が侍女の言葉を補足する。「はい、 この状態があまりにも辛いので あの者は時折 竜宮界に癒しを求めに彷徨い入っているようです。毎日毎日激流で竿さす続けることが あまりにも辛いようで、、。」しばらく乙姫さまは 苦痛に顔をゆがめて激流の中で舟を浮かべる男をじっとながめておられました。「乙姫さま あの男を竜宮界に連れ帰りますか? 乙姫様の媚薬を使えば骨抜きになりましょう。 さすればあの者も苦痛の声を毎日あげることもなく 竜宮界で幸せに暮らせましょう。」乙姫様はじっと考えておられました。「なまじ竜宮界というものがあるがゆえに あの男は真に妻子に心向かわせることをせぬのか、、、。 竜宮界の癒しが 真の妻との愛に心向かわせぬのか、、、?あの男にとって真の愛とは何ぞや? わらわには 分からぬ。じゃが 竜宮の媚薬であの男を支配することはならぬ! 明日からはあの者を竜宮にも入れるでないぞ! あの男の心を真に妻子に向かい合わせるためじゃ!」そういい残すと 竜宮乙姫様はお姿を隠してしまわれました。何日くらい時がたったのでしょうか、、 この霊界においては時を図ることは難しいようです。竜宮乙姫さまが またあの川辺をお通りになりました。『はて? あの男の姿が見えぬようじゃが あの者は 無事に妻子のもとへと帰ったのか?』小鬼はかしこまって 乙姫様の問いに答えました。「いいえ、あの後 あの者は竜宮界に入って心和ませることもかなわず かといって本来の課題に向き合うことにも 決心がつかずの状態で苦痛にのたうちまわっていたのです。そんなおり 軍隊がとおったのでございます。」『軍隊とな?』「はい、 社会のために 妻子のために 戦いに身を投じよという軍隊の支配のエネルギーでした。 そして あの男は妻子のためにということでその支配のエネルギーを受け入れたのです。そのエネルギー下では 自分で愛について向き合うこともなく 正義という名のもとに何も考えることなく 生きていけるのです。」『何と せっかく竜宮界から解き放ったというのに そのエネルギーが無くなるとまた別のエネルギーの支配を呼び込むとは、、、。』竜宮乙姫様は 深く深く考えこんでおられました。-------------------------------さて 依存する人たちがいるということは 支配する存在もあるということですが神々の世界でも 依存と支配の構造を考えていく必要があるのでしょう。今や人間が 神や仏を表にだして その力をかりようとする時代ではないように思います。むしろ その神仏たちが これまでにおこなってきたことを見つめる時代になっているのでしょう。この立て直しは 人間界だけで起きているのではなく様々な次元においての総立て直しになってきているようですね。この竜宮乙姫さまの気付きが 今後竜宮界をどう変えていくのか 大変楽しみです。さて 今日は母の日ということで 竜宮界で母と言えば 豊玉姫になりますがはてさて 豊玉さん これから真の愛に向かってどう動いていくか 正念場でしょう。頑張ってくださいね。
2008年03月15日
ひめのさんのインターフェイス能力は凄いなあ、いつも感心するよ。と言われます。インターフェイスとはコンピューター用語で二つのものの間に立って、情報のやり取りを仲介するものと言う意味だそうです。さまざまな人の間の橋渡し それは人と人のこともあるし 人とすでに肉体がない人とのこともあるし 人間界と別の世界のこともあるし、、、すくなくとも このブログを通して何百人もの人と繋がっている状況です。最初はその繋がるということが 凄く大変で辛いこともありました。エネルギーに敏感になればなるほど大変です。でもこの頃は 随分と平気になってきました。昨日のようにかなり重い部分に繋がっていても 先日作りました 私のCDに降りてきているマリア的な宇宙存在のエネルギーとまた繋がりますので意外と皆様が心配してくださっているほどには ひどい状況ではないのです。このCDに流れている存在のエネルギーはほんとうに高い癒しの波動を持っています。 このおかげで随分重いところにも降りていけるようになりました。先ほどのインターフェイスの話ですが イメージとしては 私の体から何百というインターフェイスの線が延びている感じです。ところが そのインターフェイスが昨日から今日にかけてのいつもと違う皆様の状態をキャッチしているようです。最初は私だけが14日に重いエネルギーを受けているのかと思いました。そのうち 皆様からたくさんメールを頂いている中で 14日という日が妙な日であったことに気付きました。銀行のATMの操作が上手くいかなかった人たち、 メールなどの通信手段がうまく働かなかった人たち、 天候の激しい変化(雷など)、 大きな音、 事故、そして新聞ではチベット自治区のラサでの暴動、、、。感情面での揺らぎを感じた人も多くいました。最初は自分が大きな深刻な問題をとりあげてしまったので それがブログを通して発信されたかと思いましたがそれだけではないようです。いったんストップしていた長岡京の記事をその日に向かって書いていったことが私の中で起きた出来事であって 他の方は他の方でこの日に何か起きていた(もちろん起きていない人もあると思いますが)という感じがします。私の場合はチベットのラサの動きと呼応して 中国誇る長安の都にならってつくられた平安京の持つ課題を反省して そしてより良い方向に歩くことになりました。先ほど長岡京のことを取り上げて欲しいといってこられた読者の方から メールをいただきました。優しくて暖かい言葉に心癒されました。 もう早良親王は祟り神ではないしそして長岡京も 平安京もそれぞれの課題はあったかもしれないけれども 私達の大切な都であり この都がとても大好きになったと思います。奈良の都もそうです。 大好きな故郷ですね。 出雲もそうです。今まで見てきた所は どこも大好きになりました。3月14日、この日はインターフェイスの感としては 宇宙からの大きな波が地球に降りてきていて地球の波動を上げようとしたのだと思います。もしも このブログを見ておられる人で 今もなおシンドイ状況にいる人があればできるだけ 高い波動を出すものに同調するように心がけられると良いと思います。歌もバイブレーションを出しますので 宇宙の愛に調和した歌を聴かれるといいですよね。美しい自然に心を合わせたり 笑いを促すことに心を向けたり 汗を流してすっきりしたり、とにかく自分のスタイルで乗り切ってくださいね。私のところにしんどいと訴えてくる人のメールを拝見していますと文の最初は肯定的に書いてあるのですが 最後が必ず否定のエネルギーを生み出す形で終わっています。~したいと思っていますが ~なので ~できないのです。極端に言えばこの上の文章フォームの中に入る文になっていて どんどんプラスのことにあこがれながら実際はたった今もそのネガティブなエネルギーを生み出していることに気が付いておられないようです。宇宙の愛と調和が私の中に満ちますようにと 意図すること 是非やってみてください。
2008年03月15日
一夜明けて京都は雲ひとつない快晴に恵まれています。心配していたニーナカロライもいつもの静けさを取り戻し 昨夜の事はウソのようです。昨夜は皆さまにご心配をおかけしました。 あれから たくさんのメールを現在までたくさん頂いておりまして 本当にありがたいと感謝しております。今日は長岡京探索の時に起きたちょっと面白いお話をご紹介したいと思います。(長岡京の探索については こちらのサイトの方が分かりやすく掲載してくださっています。よろパラ ~文学歴史の10~長岡京探索局)長岡京跡の散策の中で 私たちはいくつかの遺跡を訪ねて 市内を歩いておりました。都の中心を南北に走る朱雀大路にある神足(こうたり)神社から JRを横切って阪急長岡天神の駅に向かっていた時のことです。なんでもない平坦な道が続いていて 私たちは一列になって私が先頭にその後ろが喜楽さまで 歩道をあるいていました。その時 私の体が前につんのめって まるで野球のヘッドスライディングをしたような形で 1メートルほど前に飛んでこけてしまったのです。今でも 前から来るおじいちゃんの驚いた顔が忘れられませんがそれほど 華々しくコケちゃんたんですね。後ろの喜楽さまは その時何かいいかけていて その言葉を呑んで あ!!ひめさん、大丈夫と駆け寄ってきてくださいました。通行人の人たちが皆 びっくりでしたが 私はなんとかどこも傷もなく 痛いところもなく 立ち上がりました。その後喜楽さまに聞いた話では ちょうどコケル直前まで 私の背後から毘沙門天のエネルギーがくっついてきていたのが 天神様のエネルギーの領域に入り天神様が私を結界内に 引き込んでくださったと同時に 後ろについていた毘沙門天がそのラインではじかれたというのです。それを言おうとしたら 私が前に飛んだということでした。確かに神社の鳥居をくぐる時は エネルギーの境目を感じますが普通の道でこれほどはっきりとエネルギーのボーダー(境界線)を感じたのは初めての事でした。長岡天神の駅の西には天満宮がありますので 天神さんのエネルギーのゾーンに入ったというのは分かるのですが なんで 毘沙門天なんだろうと不思議に思っていましたが後から それは私たちがその日に訪ねた乙訓寺の毘沙門天であったと知らされました。それにしても 体重○○Kgの私を1メーター前に飛ばすぐらい楽々なのですから人の心臓を一ひねりなんていうのも 簡単に出来るかもしれません。これらの仏や神のエネルギーを使って相手を呪縛し 実際に相手が亡くなってしまうこともあったのかもしれないなあと思いました。さて昨夜から 私は早良親王や桓武天皇と心のなかでずっと会話を続けています。昨日は本当にしんどい目にあいましたが その時瀬織津姫を呼んでも降りてきませんでした。そこでこれは自分が体験することが大切なのだと 素の私で向かいあうことにしました。平安の時代は自分よりもより大きな力を使って 自分だけの利益のために相手の事を考えずに 相手の動きを封じたことが多々行われました。いえ、 実は私がやっていたかもしれません。それだけに そのような力をつかわないで 真心で話し合うことが大切だと思いました。私の20年間教育現場で働いた感想では 誰か しんどい思いをしている子供がいるとすれば彼(彼女)は まず勇気を出して 「それ、嫌だ、やめて!」と事が問題解決の第一歩になります。大人社会ではその一言が言える環境が平和な環境です。嫌だと言われたほうは そんなこと思っていたの?と晴天の霹靂であるかもしれませんがまず 相手の話を聞いた後に 自分はなぜそういうことをしたのか、どう思っているかなどをお話すると 実は言われた方にもその行動を取らざるを得なかったちゃんとした理由があるかもしれません。その理由がわかると 今までいじめられたと思っていた方も実は自分のほうにも学ぶべきところがあることがわかったりもします。早良親王の話の次は桓武天皇の話を聞いてみる事も必要なのですね。今回のシリーズは 自分の転生が河上姫でありその後の皇極天皇であったのではないかという仮説のもとに 自分の魂の修正として様々な事を感じていく旅となりました。京都の様々な風物を感じながら この頃は秦川勝さまと心の中で会話をしています。美しい京都の町 この町がより豊かな精神性をもった真の都となりますようにと。もしも秦川勝さまの転生を持った人がこの世に生まれてきているならば いつかどこかで会いたいと思います。たくさんの課題を残した転生でしたが ともに時代を動かしてきてそしてこうして平安の都は今もなお存続しつづけていることは何よりのことです。また 蘇我馬子さまの転生を持つ方とは今まで会ったことはありませんがずっと前にお声を聞いたことはあります。昨夜の私の窮地にニーナカロライに電話をかけてきてくださったのはこのお方でした。ご縁というのはほんとうに不思議です。私たちは けっして一人で生きているのではなく 縁という虹色の織物を織りながら 美しい宇宙のタペストリーを作り上げているのかもしれません。
2008年03月15日

昨夜からずっと私の心の中では平安京に関わった人々との会話が続いています。とくに秦川勝さまとは なぜこのような展開に歴史が動いていったのかもっと違う形の歴史の動かし方があったのではないかと 言葉をぶつけているところです。さて この長岡京の悲しみをブログでアップするには なかなかすっと動かない障害を感じます。 まず 長岡京で取った写真が消えてしまったこと。 昨夜は急いで2つのブログをアップしましたが それでもいつもなら簡単に 写真が掲載できるのに何度も楽天ブログ内の操作がストップしました。そんな中 今日は久しぶりにセッションを頼まれていました。いつもは 私が何かの流れのなかに入った時は ニーナカロライのお客さまはストップします。電話もし~~~んとしてかかってきません。 連絡があるのは 流れに必要な人や情報だけになります。今日のセッションは珍しいなあと思って車をニーナへ走らせました。ところがうまく進めないのです。 挙句の果ては 駐車上に大きな車が停車していてそれを避けて駐車しようとしたために 右後ろを壁でこすってしまいました。毎日車庫入れしているなれた駐車場ですが 突然の豪雨でサイドミラーが良く見えませんでした。やっとニーナに到着して セッションが始まりました。セッションについては この方はもうすでにご自分で色々なことを分かっておられたのであとはその気づきの確認のようなものでしたが 問題はセッションが終わって何か他にありますかといった時の話です。実はひめのさんのブログが気になったのは 自分の実家が嵯峨で その嵯峨の地域のことがでていたからなのですが 今回の早良親王の記事を読んでいて 早良親王の奥様のことがどうしても気になり、、、、。この方がその言葉を言い終わられると 早良親王の奥方のエネルギーが この方に降りてくる事になりました。 奥方さまとエネルギー的に感応してしまわれたのです。彼女の口を通じて早良親王の奥方さまの苦しみが語られます。自分たちの手の届かないところで 事が行われたので自分たちにはどうすることも出来なかった事。 死んだあとも自分たちもぐるぐる巻きに封じられているが親王はさらに強力な形で何重にも呪縛されているために 死んだ後も会えない状態になっていること。悲しみの泣き声が ニーナに静かに流れます。 やがて辺りは この奥方さまに付き従う御付の女性や子供たちの悲しみのエネルギーでいっぱいになってしまい 私も同調して涙しました。彼女らに愛のエネルギーを送りながら このことをブログにて書き 世の中の人々に一人でもいいから 平安の都の繁栄の陰ではこのような悲しい出来事があったことをお伝えすると約束しました。セッションを受けられた彼女は 心の中のつき物が解けたので ほっとされ家に帰られました。私のほうは 平安京サイドのエネルギーがいっせいに飛んできて 『何をしようというのだ。 お前は我らに味方するものと思った故にこの地に(ニーナのこと)いさせてやっているのに!』と攻撃し始めました。このエネルギーはもう川勝さまだけのエネルギーではないです。平安の都を取り巻いた欲に駆られてなおこの地に留まる亡者達の重い想念。うわ~~~取り囲まれる。 どうしよう。耳元では魂のルフランが サイレンのように 鳴り響いています。(youtube 魂のルフラン)私に還(かえ)りなさい 記憶をたどり優しさと夢の水源(みなもと)へもいちど星にひかれ 生まれるために魂のルフラン私に還りなさい 生まれる前にあなたが過ごした大地へとこの腕(て)に還りなさい めぐり逢うため奇跡は起こるよ 何度でも魂のルフラン私に還りなさい 記憶をたどり優しさと夢の水源へあなたも還りなさい 愛しあうため心も体もくりかえす魂のルフラン私に還りなさい 生まれる前にあなたが過ごした大地へとこの腕に還りなさい めぐり逢うため奇跡は起こるよ 何度でも魂のルフラン今いつも動いて下さっている仲間の皆さまにSOSの信号をだしても 誰もつながらない。苦しいよ、助けて。明日香での大化の改新の後 その権力を手中にした権力者たちは都を物資の集散地としての難波の宮にうつしました。経済的機能・内外の水上交通基地としての機能・外交窓口としての機能を重視したからです。自然環境の破壊もおこなわれ 都は水の氾濫に悩まされることになった。その後平城京から 仏教勢力を排除した形で長岡京に遷都したときもこの長岡京は交通の要所として一部の権力者達には都合の良い場所でした。治水灌漑工事を行うことによって 権力を手中に治めていった秦氏の首長の名前が秦川勝、川に勝つ をあらわしているのでしょう。また 私のチャネリングによれば 蘇我馬子の奥方であった河上姫をも手中におさめ 河上姫との間にできた子供を天皇として世に送り出したのだと思います。そうして 天智 天武の争いの中で 天智が勢力を握ると今度は天智派の中でも秦氏の影響を一番受ける桓武天皇を世に押し出すことになりました。光仁天皇の奥方のなかで 秦氏ゆかりである高野新笠さまの子であったからです。調べていけば光仁天皇(この方が長岡京のブログ以来のメールの方を導いていたのでしたね。)の奥方 井上内親王の事を考える時 胸が痛みますので そこでも陰謀があって悲惨な事になっているのかもしれないです。人道をはずれた政治。 それはスメラミコトが天の愛の意識のもとに行っていたものとはかけ離れたものになってしまっていました。早良親王が言われるように一体何がここまで人間を狂気に走らせたのでしょう。川勝さまは 河上姫にも勝ったということを言いたかったのかもしれません。川に勝つ。 川とはなんだろう。 水とは何だろう。 平安京の都に水を流すということで 私はずっと水について考えてきました。この学びはまだ 若狭にも繋がっているようです。 若狭には原発もあります。人間はその大切でかけがえのない水を 誤って理解してしまったのではないでしょうか?私たちは それをもう一度考えてみる必要があります。「裏切り者! お前は秦の味方ではないのか! なぜ 我らを陥れようとするのだ!」ちがう、ちがう。私はこの平安の都が好き、 そして嵐山に水をながす堤防も それを作ってくれた人にも感謝しています。でも 誰かが今の時代まで 呪縛されたままにいるのは 呪縛した方も救われないのです。皆で上に上らなければ。 皆でより大きな光の中に入っていくために 私は貴方がたと話し合っているのです。 より大きな光の中に入っていくために双方の気付きを持ち寄って 過去の悲しい出来事があったからこそなしえる気付きを統合させるのです。相手のエネルギーは 私の言葉を聞こうとしない。苦しいよ。 これが 呪縛された世界か。 この呪縛を受けたくないから 自分を守るために誰かを祟り神として奉ったり 結界を張ったり呪詛したのだろう。苦しいよ。 でも なんで 皆と連絡が取れないのだろう。私は呪詛合戦はごめんだ。 身一つで 話し合いたい。もうエネルギー合戦はしない。あああ、ニーナが黒くて重いエネルギーでぐるぐる巻きになっていく。ああああ。りりりり、、。 突然電話のベルが鳴った。ああ、懐かしい人だ。『帰りなさい。今日は家に帰りなさい。』命綱の電話だった。 その人が真っ黒なエネルギーの中につけてくれた一筋の光をたどって家に帰ろう。もう戦わない。 どんな時も素で話し合って歩み寄る。そのための叡智が必ずあるはずなんだ。共に光の中へ 共に光の中へ
2008年03月14日
話はさかのぼって3月3日 私と喜楽さまはふらふら状態で阪急長岡天神の駅に降り立ちました。(今日のブログを初めて読まれるかたは こちらから読んでください。)昔々さまから 奈良東大寺がお水取りの儀式にはいっているから 今日は若狭から奈良という広い範囲での水の流れを意識して動いて欲しいとケータイ電話が入りました。さて長岡天神で私達を待っていてくださったのは 現在夢ワークの受講をされているあおいさまでした。 この私の夢ワークの中で あおいさまはご自分の過去生の課題を出してきておられました。今生 私達が生まれた場所や 住んでいる場所は私達の過去生の課題と大変リンクした所であるように思います。私の夢ワークの生徒さまのほとんどが 過去生の出来事の修正をするために現在その地を選んで生まれてきたようです。私などもその典型だと思いますが なぜ京都のエネルギーの「へそ」のようなニーナカロライとご縁ができたのか。今になって思えば 気の遠くなるような過去の転生の中で 特に京都を中心とした課題を見て生きたいと自分で決めたからに他なりません。私の転生は血のつながりのある一族のなかに 自分の転生も繋がって生まれていますので大変見やすいといえば見やすいです。夢ワークでは たった1ヶ月~3ヶ月の間とはいえ びっくりするくらい自分の魂の学びを過去の転生の記憶のなかから見ていけるようになっています。その日はあおいさまを通して私や喜楽さまも長岡京についての自分達の学びをさせていただくことになりました。さて 長岡京は京都とちがって その都大路が残っていないのです。近年まで それがどうなっていたのかは分からなかったようです。私達を出迎えてくださったあおいさまに 喜楽さまは この地のことが分かるような資料館はありませんか? 役所にいけば そういった資料が見れる場所を教えてくれるでしょう。まずそこで資料を貰いましょうと 言われました。その時 私は大変重いエネルギーに取り囲まれていたので 車のなかで身動きできない状況にありました。苦しくて仕方がなくて 車の後部座席に横になってじっと耐えていました。二人は市役所で長岡京の資料を貰ってきてくださいました。 そして 中山修一記念館というところへ行くことになりました。私は もう苦しくて苦しくてうんうん言っておりましたが その記念館に着くやいなや不思議と元気がでて まっさきにこの記念館のドアをあけて中に入っていきました。私の体が本能的に知っていたのだと思います。この記念館には特別なパワーが流れているのです。 それは「幻の都」といわれた長岡京の解明に生涯を捧げられた中山修一という方の郷土への愛と情熱のバイブレーションでした。長岡京の発掘作業が始まったのは 1954年の暮れに初めて中山修一様によって始められたといいます。そして2004年の3月末で1800回の発掘調査が行われて 幻の都ではなく実在の都として知られるようになったといいます。つい最近のことですね。 記念館の壁には 中山先生が自ら作られたぼろぼろになった地図がはってありました。ほんのちょっとした気付きを過去の文献の膨大な資料のなかに発見して そして調査、実証していかれるお姿に感動おぼえました。長岡京市の人々にとって いえ 私達日本人にとって この方は恩人だと思います。重たい長岡京のエネルギーの地場のなかで この中山先生(1915~1997)の情熱が一つのエネルギーゾーンを作っていて 私はその中でしばし息をすることができました。この資料館には説明をしてくださる方がいらっしゃいます。大変丁寧に私達の質問に答えてくださり 私達の長岡京の探索にも明るい日がさしてきたのを感じました。ここでクローズアップしてきたのは やはり平城京で生まれた問題がこの長岡京にも色濃く影をおとしているということです。秦氏が ここでも大きく時代を動かしています。明日は 天皇と権力者の抗争図 と 土地の問題の二つの観点から長岡京について考えてみたいと思います。*東京でのワーク(まだ申し込み可能です)の予定、若狭への旅、 ひめのスケジュールなどにつきましてはニーナのイベント表をご覧下さい。*いろいろな情報を受信して送ってくださっている地上のお仲間の皆様へありがとうございます。 皆様からのメールは受け取っておりますので引き続きよろしく御願い致します。 それぞれの場所の学びのピースがいずれは繋がってくると思いますが今は 局所でそれぞれの方が中心となって動いておられるようです。今 全部のメールに返信できないでいますが 時がくれば共に動けると思いますのでしばらくはそれぞれの動きをしてください。
2008年03月13日

昨日あのメールを頂いてから私はいてもたってもいられなくなりました。早良(さわら)親王との約束を思い出したからです。平安京の都に水を流すテーマを追い求め 長岡京まで来た後で全ての写真がデジカメから消えました。 写真があったほうがいいと思っていたので ぐずぐずしているうちに昨日になっていたことも長岡京のことがかけなかった理由の一つでした。もう一度 早良親王に会いに行こう。 そう思って私は彼が祀られている祟導(すどう)神社に行くことにしました。京都になじみがない方のために 地図を載せますね。幸いみるくまろんさまが 畿内の地図を先日載せてくださっていてそれが畿内の結界の位置をよく表していますのでまずそれをご覧ください。(みるくまろんさまですが 今日のブログで奈良の関連記事を書いてくださっています。)そして長岡京と平安京などの位置関係はこうなります。長岡京から 対角線を京都の鬼門の東北に引いた所に この祟導(すどう)神社があります。昨日のメールを下さった方が書いておられるように この神社は祟り神をまつった所として 昼なお暗く人があまり行きたくない場所のように思われています。(出雲高野の土地の人々はそれでも氏神として暖かくお奉りしてくださっているようです。)京都の都は昔 平安京として栄えました。 しかしその背景には 桓武天皇が自分の弟である早良親王を 長岡京ごと闇に葬った出来事があったようです。その部分に光があたらなければ どうしても京都の都の波動は重いままになっていることが感じられました。平安京を知る上では 長岡京を知らねばなりません。そしてそのためには どうしてもキーとなる出来事、人物を見ていく必要があるのです。その最重要人物が 祟導神社の早良親王です。今日はわーいさまが 来て下さって車の運転をしてくださったので安心してこの地に向かうことができました。実はこの地に行くのはこれで3回目です。もともとのきっかけは 虹夢さまのお告げです。その時は昨年の事ですが この祟導神社の隣にある寺の龍にあって欲しいと連絡してきてくださいました。その時はつきのせさまと 和ライト愛さまと行きました。 現地に行ってみて 私達はその龍の天井絵がある隣のお寺ではなく この祟導神社に足が向いたのです。 冬の寒い時で あたりは暗く恐ろしい感じだったのを覚えています。2回目に行ったのは 先日長岡京の探索を終えた次の日で 喜楽さまと一緒でした。その時 いつもは穏やかな喜楽さまが 「ここまで早良親王を封じ込めたことに怒りを覚える。」と 早良親王とその家族の苦しみの残存思念を感じておられたのが印象的でした。さて 今日の祟導神社は 以前よりはずっと明るくて気持ちの良いものでした。心も身体も軽くお参りすることが出来ました。優しいおじいちゃんが 境内で運動をしておられて この山の上に行くと石碑があるよ。と教えてくださいました。私達は山を登ることにしました。山ののぼり口です。 隣が滝場です。後から分かったのですが この山は小野妹子の子である小野毛人(えみし)のお墓で石棺があるようです。前回わーいさまと 出かけた時も琵琶湖の西側の小野神社に行き着きました。私達は よほど小野氏と縁が深いようです。山の上からは びわ湖の方角が見えました。 小野氏は比叡山をはさんで びわ湖のほうと京都のこの地に住んでいたようですね。私達は境内の末社を気持ちよく回らせていただき そして写真も撮ることができこの神社を後にして帰ることにしました。ちょうど2つ目の鳥居を過ぎた時です。(全部で3つの鳥居をくぐります。)「あっ!」 私は立ち止まりました。「どうしたの?」 わーいさまは心配してくれています。「誰かが今 私の背中に乗った。 誰かが私の背中の上におんぶして乗っているの。」「え~~~ また~~。 いつもこうなんだから。いつも誰かを連れて帰るでしょう。」わーいさまは 苦笑い。そういえば 出雲では大変な目にあったのでした。 でも、今回は 背中が大変温かいのです。 べたっとおんぶした状態で背中にはりついているのですが とても暖かくて心強い感じがしました。だれだろう? この人は? といいながら おそらく小野毛人さまだろうといって車に乗り もと来た道を京都市内に向けて車を走らせました。ところが どんどん苦しくなってきます。 「う~~~、苦しいよ~。」 おそらくは背中にくっついているのは 小野毛人さまだけではなく 早良親王やその一族なのですね。ですから 桓武勢力の強い京都の御所に近づくにつれて どんどんしんどくなってきているのです。苦しくて座っていられないので 近くのファミリーレストランに入ってもらいました。コーヒーゼリーを頼んで口にすると どんどん眠くなります。映像が現れ 早良親王が私の前に立ちました。『片方は権勢を誇る御所の主(あるじ)、 片方は都のはずれの薄暗い神社の中に幽閉、同じ兄弟でありながら この差は一体なんとしたことであろう。血を分けたもの同士が 何ゆえに争い殺しあわないといけないのだろう。兄上が晩年 私のことでお苦しみだったことは 分かっている。しかし 何ゆえ 兄弟が殺しあわねばならぬのだ。』早良親王の悲しみの声でした。『人が 肉親の愛をもまさる力に翻弄された時代であった。人間の心を失わせてしまうこの力は一体なんなのだろう。兄上や 歴代の権力者たちを狂気に追いやったこの闇の力は一体難なのだろう。』早良親王を感じるとき 実はこの親王が無実の罪であったことを感じます。一体何が長岡京で起きたのか?それを見ていくことに再チャレンジします。
2008年03月13日
『突然のメールで失礼いたします。いつも興味深くブログを拝読しています。実はどうしても気になって仕方がないのです。何かといいますと、平安の都に水を流すの続きがどうなったか、です。阪急の長岡天神到着の後、どうなったのでしょうか。こんなこと、お尋ねせずにアップされるのを待っていればいいのですが、気になって仕方ないのです。厚かましく申し訳ありません。なぜこんなに引っかかるのかと申しますと、昨年の夏にこんなことがあったからかもしれません。8月の後半に石清水八幡宮に行った後、平城京跡に行きたくなって出かけました。お昼前から雷鳴が轟き、ごうごうと風の吹く日でした。バケツをひっくり返したような雨が降ってきたので朱雀門で雨宿りして、東宮へ行きました。そのあとふらふらと宇奈多理坐タカミムスビ神社にお参りし、またふらふらと楊梅陵へゆき、重い感じで京都へと戻ってきました。水のよどんで滞るような感じを受けましたので、平城の都が衰退した理由のひとつに、使い終わった後の水処理が不十分だったのかなと思いました。数日後、次はどうしても崇道神社に行かなくてはいけないように強く思うのです。早良親王の怨霊で名高いところには行きたくありません。でもやはり行ってしまいました。後日、心の中で「わたしを崇道神社に向かわせたのはどなたですか?」と尋ねてみました。その夜、寝ていると「白壁王」と文字で大きく出てきました。早良親王は乙訓寺に幽閉されておられたと知り、空海さんがしばらく住まわれていたと知り。9月になって、以前から予定していた高野山へ友達と入らせていただき。偶然、またはこじつけで繋がってるように思うだけなのかもしれません。わたしの妄想なのかもしれません。よくわかりません。そして今年になって、また何か始まりはじめているようです。それは平安遷都以前の京都、長岡京、にかかわることのように感じます。そんな時にひめのさまの日記に出会いました。なので平安の都に水を流すの続きが気になるのです。ひめのさまがお忙しいのは重々承知の上、近いうちに続きを拝読できれば幸いです。我儘をいって申し訳ありません。乱文おゆるしください。季節の変わり目にてご自愛くださいませ。』先ほどこのようなメールを頂きました。 そうでしたね。 平安京の都に水を流す話はちょうど長岡天神の駅を降りたところで ストップしていました。実際は長岡京のことが終わるやいなや 待っていたかのように次のテーマがでてきてそちらに移ってしまって(実は皆関連したテーマですが)ブログが間に合わないのです。ブログで書ける事は実際に起きている事の何分の一しか書けないのですね。若狭のことがあってからは 一昨日は気が付いたら晩御飯と朝ごはんと昼ごはんを食べるのを忘れていました。 その間ずっとさまざまな情報が送られており 私はずっとそれにあたっていました。しばらくして「動くな、皆に任せよ。」という言葉が来ましたので それからはもっぱら私は瞑想したり眠ったりする時間を増やすように努めていますが 周りの方たちが強力にサポートをしてくださっています。今回 水ということに対する皆様の関心が大変深いことが良くわかりました。また郷土に対する皆様の深い想いも感じています。私のブログの内容にリンクして その土地に住む人達がいつもよりも違った目で郷土の自然を感じられるようになったと書いてくださっているお便りをいくつか頂き大変嬉しく思います。この一連の私の動きは 自分の過去生を修正していく旅でありながら 沢山の人たちと一緒に心あわせて生きさせていただいていることを感じます。心から感謝します。さて長岡京ですがそこで葬られた早良親王とそのご家族、縁者に私はちゃんとブログでご報告しますと約束してきました。ですから この方もそれを気付かせるためにメールしてくださったのでしょう。この方を導いて崇道神社(早良親王が奉られている)に向かわせた「白壁王」は 早良親王の父の光仁天皇です。光仁天皇も大変ご苦労な立場を生きた方だと感じます。 彼の心中を思うと胸が痛くなります。このブログを読んでくださっている方は全国におられますので 長岡京といってもなじみの無いところかもしれません。 それだけにそこで 想いを残して人知れず葬られた人々に皆さんの暖かいまなざしが送られるということは その部分に光をいれることになるのでしょう。明日は というよりはもう今日ですがその あまり知られていない長岡京に生きた人々の思いを書いてみます。(ご連絡*昨日このブログ内メールにゆめさん助けてくださいとメールをしてくださった方。お返事を書いて送信したのですが メールが届かず帰ってきてしまいます。 ニーナカロライのフォームから再度メールしていただくか ニーナに直接電話でご連絡していただきますとお会いしてお話をお伺いできると思いますので 遠慮なくそうしてください。もしくは 私にメールやお手紙を下さる方の中には今は直接会う勇気はないけれども苦しくてとにかくその話を聞いて欲しくて 匿名で繋がってこられる方もありますので 今回がそういうケースでしたらまた時期が来たらご連絡ください。)
2008年03月12日
夢の中、ニーナの井戸を覗き込んでいる。 ふと後ろの気配に気が付いて振り返ってみるとそこには安倍晴明さまが立っておられる。『いいかい、じっとしていて。』彼は後ろから私を包み込むと 二人の身体は井戸の中へとすっと降りていく。『怖がらなくてもいいから。もともと井戸は異次元の入り口だからね。たかむらさまだって(小野篁さまのこと)こうやって閻魔さまに会いに行っているんだから。でも これから行く所は地獄ではないよ。ほら、ついた。』「うわ~、綺麗。」宇宙空間にきらきらと銀の光が揺れている。頭上の天空をたくさんの白鷺が 同じ方向に向かって飛んでいる。「彼らはどこに行くのですか?」『彼らは若狭の空から南の奈良の空に向かって飛んでいるのだよ。見てご覧、足元を。』私達は空中に浮かんでいて 足元には平安京らしい碁盤の目が見える。天空を飛ぶ白鷺の行く方向に向かって 足元の平安京の都大路に光の線が走る。綺麗だ。 この光のラインは所々虹色に輝きながら 南を目指してまるで生き物が動いているように躍動感を伴いながら走っている。『あれは 「水」だよ。あの光のラインは実は水が動いているのだよ。人々の願いをのせて故郷の若狭から奈良の都まで届けられる贈り物なのだ。そして 天空の白鷺は神の使いとして その水に天風を送り水の運行を助けているのだよ。』「なぜ若狭が故郷なのですか?」『古代の若狭は、奈良、京の都に大陸の文化を伝える日本の玄関口だった。遥かシルクロードを越えて大陸の人は若狭から日本にやってきて その文化を奈良に伝えたのだよ。東大寺でも当時大陸からやってきた人々が沢山働いていた。 それらの人々にとって若狭神宮寺「鵜の瀬」から送られる水は 故郷をしのんで明日に生きる活力でありまた民族のルーツを失わないようにする大切な儀式であったのだ。』『それからもう一つの意味は、、、。 これを見てご覧。』平安京の都大路が真下にクローズアップして表れ、そこにはいくつものラインが何らかの図形を伴って現れた。 しかしそこには どす黒い気煙が立ち込めておりその部分では美しい水の光が感じられなかった。「これは、、、?」『そう、平安の都に張られた結界、呪詛のラインだ。』京都の要所の寺社をつないで 五芒星の結界が張られ北東と南西の鬼門には 長岡京事件で殺された早良(さわら)親王を封じてある。東への蝦夷からの進入には坂上田村麻呂の巨大な像が山の上に埋めてある。また これらのメインの線をかき消すくらい無数のおびただしい呪詛のラインが複雑に絡み合っていた。私の頭には だから若狭の水を地下を通って奈良に届けようとしたのだという考えが浮かんだ。平安京を作った桓武天皇は 奈良の仏教勢力をがんとして京都には入れなかった。桓武天皇の弟であった早良親王は 東大寺の顧問のような存在であったのでもしも次の天皇が弟の早良親王に移ってしまうと 再び東大寺を始めとする奈良の仏教勢力が平安京に入ってくる恐れを感じた者達に 早良親王は陰謀にはめられたような気がする。それにしても 我が身かわいさのこの呪詛合戦の平安京は なんとしたものだろう。私は 晴明さまの顔を見つめた。私の顔に なぜ このような結界をはったり 呪詛をしたりしたのですか?というあからさまな質問が浮かんでいたのだろう。 晴明さまは 『時代を前に動かすには それぞれがその時代の歯車となって動かねば成らぬときもあるのだ。 時代とは天の愛が時となって表れてきたものやもしれぬ。昔は時の地上の形である歴をつくるのは 天皇の仕事であった。しかしながら 天皇は地上における宇宙の導き人としての資質を欠き また 時は トキの絶滅が告げているようにその時の終わりを表している。トキが時代を動かしているうちに とにもかくにも前に進んでいくしかなかったのだ。我々を時代を生きる荷車とするなれば 荷車の歯車は片方ばかりが大きくては 永遠に前には進まぬ。右左両輪がそれぞれに大きくならねば前には進まぬ。ゆえに 我々は闇の経験も光の経験も両方をする必要がある。そういう意味では 人に殺されたものは 人を殺す経験をすることによって両輪が大きく成長すると言えるだろう。今何かで辛い経験をしているものは それなど平気で悠々と過ごした時期もあるだろうし逆に人々を沢山救っているような魂は 過去に人々を支配して苦しめた経験も積んでいる。まずはそれに成りきることが大切なのだ。 成りきることによって 車輪は大きく成長する。五行はそれぞれの要素のかかわりの性質を現したものなれど たとえ剋される相手であってもすべてが 互いに相剋(そうこく)相生(そうしょう)しながらも 宇宙の愛のなかで 両輪を大きく成長させているものであることに気付かねば 事は8割がた成就したにすぎないのだ。あと 2割。 最後の2割の経験が事の成就に導くと言うもの。8割の負の経験を通じて 最後の2割に何を得るか、、、。』晴明さまは じっと平安京の都を見ておられました。この呪詛の平安京から何を学ぶか、、。今や時代は たった一人の救世主を生み出す時代ではないのでしょう。一人ひとりが その心のなかに平安を生み出し宇宙のおおもとに帰って行くのでしょう。今夜 深夜が東大寺のお水とりの儀式。 私達の魂のルーツを思い出す聖なる水よ。どうかこの平安京の都の上にも流れておくれ。 心からそう 願います。東京でのワーク(まだ申し込み可能です)の予定、若狭への旅、 ひめのスケジュールなどにつきましてはニーナのイベント表をご覧下さい。
2008年03月12日
今夜は東京のワークの打ち合わせを スカイプ電話で喜楽さまとしていました。ふとした時に 喜楽さまが敦賀の人からセッションの申し出があるから京都にはまた行かないといけないなあと言われた時のことです。急に辺りが寒くなってきて 私は凍えてしまいました。寒い寒いといっている私のスカイプの向こうでは 喜楽さまもやはり急に悪寒がはしってきてトイレに行くといってスカイプを中断してしまわれました。それから 東京と京都で二人で凍えながら若狭には何があるんだといって調べ始め これは若狭に行かないといけないぞと行った瞬間にこの寒さは消え去りました。以前に私たちが東三河の阿寺から帰ってきた時に 龍がついて来ていましたがその龍を貴船の神様があずかってつれて帰ってくれたことがありましたがその時に 私に降りてきたメッセージが 漫画の安倍晴明の本を出してきて読むようにということでした。喜楽さまが ぱっと手にとって読まれた場所が 確か若狭の水に関することであったと思います。喜楽さまは一連の流れは そこからずっと繋がっていると言われました。何が起きているのかしら、、、。先日ニーナにこられた彩(いろどり)さまは 日本と朝鮮を繋ぎ、エジプトからずっと大陸を溯る魂の歴史において 滞っているエネルギーの浄化に戻られたようです。この若狭ですが飛鳥時代において 大陸から日本に文化がはいってきた通路になっていたようです。また 水という点で考えるならば なぜ一昨日は熊野本宮に行く話しが湧いてきてそして今日は若狭に行く話が湧いてくるのか、、、。今ハートで感じながら 行く場所を特定していきます。この頃 毎日展開が速すぎます。 大急ぎで何かが集まってきています。それだけに一人や二人では処理できなくて ひめのんの外付けハードディスクと誰かが言って笑っていたのですが 強力なサポートがやってきて応援してくださっているようです。今午前3時前ですが このままだと寝かしてもらえないですね。セッションを申し込んでこられた方の敦賀市の住所から 近くの神社とその歴史、大陸との関係、熊野との関わりをも含めて感じています。とにかく東京が終わったら この敦賀に今月末は行く事にしました。
2008年03月10日
昨日から 京都のニーナは電話や人からのメールが入ってくるようになりました。ニニギノミコトさまの影響がある時は まるで誰も入れないかのような感じでしたが今は 普通に戻っています。平安京の水に取り組んでいたときは 物部の兵士たちが兵馬俑の兵士みたいにずらっと並んでいましたのでいつもの私のサポートさえも近づけない感じでした。昨日は良いお天気でしたので シーツを沢山干すことができました。ぼんやりしながらも いろいろな情報のピースをこれから感じてみることにします。明日香の石舞台古墳の中に入った時に馬子さまから頂いた言葉が「イシキリ」 これは石切りなのか それともイスキリなのか何なのだろうとずっと思っています。「スメラミコトの神」という言葉とあわせて まだピースは繋がりません。それから面白いことに 新世紀エヴァンゲリオンのテーマ『魂のルフラン』という歌が流れ続けています。私に還りなさい 記憶をたどり 優しさと夢の水源へもいちど星にひかれ 生まれるために 魂のルフラン蒼い影につつまれた素肌が 時のなかで 静かにふるえてる命の行方を問いかけるように 指先は私をもとめる抱きしめてた運命のあなたは 季節に咲く まるではかない花希望のにおいを胸に残して 散り急ぐ あざやかな姿で私に還りなさい 生まれる前に あなたが過ごした大地へとこの腕に還りなさい めぐり逢うため 奇跡は起こるよ 何度でも魂のルフラン祈るように まぶた閉じたときに 世界はただ闇の底に消えるそれでも鼓動はまた動きだす 限りある永遠を捜して私に還りなさい 記憶をたどり 優しさと夢の水源へあなたも還りなさい 愛しあうため 心も体もくりかえす魂のルフラン私に還りなさい 生まれる前に あなたが過ごした大地へとこの腕に還りなさい めぐり逢うため 奇跡は起こるよ 何度でも魂のルフラン傷ついた兵士を抱くような形で エジプトのイシスという女神の映像が浮かびます。頼りになるのはハートのセンサーですが 私の過去生はほとんど 二つの勢力の間に立たされているので からまった歴史を紐解くのが難しいです。「はじまり」「再生」を告げる言葉が 現れます。静かに 自分と天を見つめてみたい心境です。
2008年03月09日

東京で3月20日に企画しているワークショップについてお問い合わせがきていますのでお答えいたします。このワークショップに参加したいけれども 自分には難しすぎてどうかなと思っているというお問いあわせです。 毎日の生活に必死になっているので このアセンションと言う言葉には興味があるけれども もう少し生活が楽になってから参加したほうが ワークの内容を受け取れるでしょうか?という方もおられます。さて この東京のワークショップは先日京都でおこなわれたものを更に充実させた内容で行おうと意図されていますので 京都での私の体験をお話いたします。現在参加を迷っておられる方はご自分で判断される材料として今日のブログをご覧ください。京都でこのワークが始まったとき 参加者の多くが 宇宙に対して大変興味があるけれども宇宙人やUFOについては怖いという感覚があるということでした。また 今の地球はなんだかんだあっても大好きな地球ですから この地球を離れていくように感じるアセンションという言葉は 未知の世界に行くようで怖いと言う感じです。参加者の心を読み取られた喜楽さまは アセンションについてのどちらかといえば講義形式のワークの予定を より全員参加型のワークに切り替えられたようです。私達は この地球に生まれてくるまでに宇宙の中での生まれ変わりを何度も体験しながら今のこの地球の3次元社会で生きています。(喜楽さまのセンターは宇宙の中心に近い所にありますし 私もここには出張所として来ていますので 3次元社会でも生きているけれども 他の次元でも生きていると言った方が正確かもしれません。 つきのせさまなども いつもは違う次元にいるのに必要があって 3次元に留まらないといけない時は 何かを食べるかタバコを吸ったりして無理してここに留まっています。おそらくこのように感じる人も多くなってきているかもしれませんね。)私達がこの3次元にいるのは色々な波動域の人たちと様々なことを体験しながら 魂の学びを豊かにするためであって それが終わるともともとの故郷に帰る長い長い旅を続けているような感じです。故郷の仲間と別れるのは大変な悲しみですが それをのりこえて 様々な体験を(それがどのような体験であっても)することが 地上におりて来ている魂にとってもそれを故郷で応援している魂にとっても無上の喜びであるようです。京都のワークでは参加者が20人いれば20の宇宙がありそこから故郷の仲間の存在たちが降りてくる感じがありました。もともとその故郷の存在たちはずっと昔から 私達をサポートしているのですが宇宙からも 魂の故郷の仲間からも切り離された形になっている私達には彼らの愛に気付くことが難しくなってきていたのです。それが一度 ワークの中で 参加者の皆様の心が宇宙に向かいはじめると目に見えないところで そのサポートのエネルギーを受け入れ始めます。これは頭で受け取るということでも 心で受け入れるということでもなく全身でエネルギーレベルで受け取っているように思いました。もちろんハートが開いていれば ハートのセンターでこのエネルギーを感じて受け取るのでしょうが多くの参加者はまだまだ ハートが開いていない状況で それゆえに宇宙中心の愛と切り離されて この世界のなかで自分の心も身体も自分の思いのままに生きてはいない状況です。ですから 本当を言えば さまざまな悩みを抱えながらもより高い次元の自分へ変わりたいと願っている人にとっては 今まで何年かかっても堂々巡りをしていた所からの脱出につながりますので このワークショップは絶好の機会ともいえます。ただ 喜楽さま一人でも 物凄いエネルギーを下ろせる人ですが(彼のハイヤーセルフコネクションを受けられた方の感想を聞いてください。)このワークでは 参加者がそれぞれの宇宙のエネルギーを下ろすので もう感じる人は『わあああああああ 凄いことになっている。』を100回連発しても足りない状況が起きているのです。逆に 一気にその人を目覚めさせてしまう部分がありますので ワークを希望するにもかかわらず その目覚めを望まない人はもうしばらく 重い波動を出す現実をひきつけて そこでの学びを継続しますのでこのワークには何らかの事情があって参加しないか この宇宙意識からの解放のエネルギーが入ったパッケージを開封しないで受け取り、やがて時が来たら開封するという仕組みになっているようです。喜楽さまや 私のスタイルはそれぞれの学びの領域を尊重すると言うスタイルですので無理に変容を起こすことはありません。(影響はします。)先日ニーナにこられた高い波動域にいる彩(いろどり)さまは どちらかといえばそんな低いところにいるよりは高いところの波動域がいいのだというスタイルですので彼女が動くと有無を言わさず、周りは変化せざるを得ない傾向があるようです。また 昔からスピリチュアルに目覚めていて様々なワークやセッションを体験されているからといって ハートが開いているわけではないことを今回つくづく自分の体験で学びましたので スピリチュアルワーカーの人は自分のハートを開いて素に戻った状態で宇宙の愛と一体化するという体験にチャレンジされると素晴しいことが起きると思います。私が行っていますひめの夢ワークでも つくづく感じているのですがさまざまなスピリチュアルな体験をしている人の多くが よりよく生きるためのツールとしてのスピリチュアル体験を心の中で位置づけています。でも ここに大きな間違いがあるように私は感じています。私達はもともと ものすごく大きな力を持っています。○○ヒーリングも○○セッションも○○アチューメントもすべてのツールやメソッドが霞んでしまうくらいの強力なパワーに繋がる能力を持っています。それが宇宙空間において 我の探求の旅に出て 次元をおとして様々な重いものを身につけていくうちに 今や何重にも鎧かぶとをまとってその力が出せなくなっています。それでも何とかしないといけないと思って もっともっと身に付けていくわけですから鎧兜の上に1000匹の蝶々を留まらせたような状態でいます。蝶はそれ自体は美しく見えるのですが やはり鎧を脱いで自分の目でみて 蝶がもつ生命の美しさをただただ感じるだけが良いのだと思います。今身にまとっているものを 脱いでハートを開いていくと 本来もっていたパワーは蘇ります。でもたとえ蘇っても それを何かにつかおうなどとは もう感じなくなるでしょう。救世主としての意識も無くなり ただただそこに存在するだけの存在になります。無害にならなければ 危ないので宇宙と繋がるハートは開かれないのだと思いました。真にハートが開き始めると ただ存在するだけで影響を与えるので 危ないのです。今までに様々な雑多なものを付けすぎていると感じている人は このワークによって素にもどるという体験ができれば どんなに素晴しいかと思います。私も参加します。 私は世界中の石たちとは友達で いつも誰かに会った時にその人は石を持参されていて石が疲れていて綺麗にして欲しいと私に言ってくるので そのたびに綺麗にしていたら その石の持ち主が石とリンクして綺麗に浄化されるのを発見しましたので 今度は石を浄化することによって自分の体の部分をクリーンにしようという遊びを このワークの中の数分を頂いてしてみたいと思っています。ワークは夕方終わりますので その後 参加者のお時間ある人は流れ解散の後に夕食にご一緒できると思います。 楽しみにしていますね。ワークショップの会場は清澄庭園「涼亭」です。 この写真の建物ですが40名入れるそうですよ。東京でのセッション、ワークの予定、お申し込みにつきましてはニーナのイベント表をご覧下さい。
2008年03月09日

今朝 一連のお仕事を終えた喜楽さまが名古屋へと旅立っていかれました。 いつものようにメールをチェックすると熊野本宮大社の例祭についてのお知らせがある方から届いていました。この方は 先日の私の水の浄化の出来事を読まれて連絡を取って来てくださったのです。熊野本宮大社の近くに住む彼女は以前から気になっていることがあったようです。それは 京都の貴船から熊野本宮まで水を通すというお仕事であったようです。彼女が考えておられたそのことをを私が行ったことについての感謝のお言葉を書いてくださっていました。彼女は来月熊野本宮大社の例祭の前日に催されるさくらまつりのお手伝いをされているようでした。その時ちょうど昔々さまからメールが入り 電話してくれとのこと。タイムリーにも彼はこの熊野本宮の例祭に行くつもりであるという事で4月12日からの私の宿泊も含めてすべて段取りをするから任せろということでした。そうか~熊野にいくのか。 私はとても感慨深く熊野を感じていました。熊野はまだ今生では行った事はありませんが 私や私の先祖とは大変縁の深いところのようです。「それにしても 貴船から流れた清らかな水は本当に熊野に到着したのだなあ。一度近いうちに 貴船神社に行ってこないといけないなあ。」そう思いながらブログを書きました。(この記事は今日2つ目の日記です。)ブログを書き終えると金閣寺にある自宅に帰ろうと準備しておりました。久しぶりに帰る自宅です。 家事がたくさん溜まっていると思うので 今日は良いお天気でもありますし お洗濯をいっぱい片付けようと思っていたのです。そこへ つきのせみおりさまから電話が来ました。彼はどちらかといえば 陰陽師的な感で動いている人ですから彼から電話があることは滅多にありません。珍しいなあと思って話を聞いてみると私が今朝のブログで書いたコノハナサクヤ姫の事についてのお話をしてくださいました。ところが彼の話を聞いているうちに 自宅に帰らないといけないと思って準備していたのに眠り薬が効いてきたみたいにどんどん眠くなってきたのです。つきのせさまに 眠くなったからというと「じゃあ、オヤスミ♪
2008年03月08日
昨日は私とエネルギー的にリンクする人たちから 体の変調を知らせるメールやスカイプ電話がありました。昨日のブログでお話したようにニーナにこられた方の影響です。その方はきっかけを作ってくださったのですが 私がその方の背後にある非常に高い霊団を心を開いて受け入れたので そこからのサポートのエネルギーが強烈に降りてきたためです。おかげさまで私自身はいつもよりももっと高い波動の領域で昨日は過ごす事になりました。そんな時は 感覚がいつもとは違ってしまいます。 一番強く感じるのは この世的な喜怒哀楽や感情のこまやかさがなくなるということです。すべてが良いことに見えてきますので 人の苦しみは理解できなくなります。苦しみさえも魂の学びの良きことに見えてくるのですね。昨日は 第六チャクラと第七チャクラの突貫工事が行われていましたが 今日少しまだ影響は残りますが 前と同じように すこし低い波動域にもどして人間らしさをとりもどしました。その様子を隣で見ている喜楽さまがひめさんは 過去生で第六チャクラを使って人々を支配した時期があるので それでずっと第六チャクラは封印をしていたんだよ。それが今 ハートのチャクラが開いて来ているので安全になった分 その第六チャクラの力を解き放ってもいいということなんだね。 と解説してくれました。私の方も この高次のエネルギーを受け入れるにあたって 自分の体のなかで不調和をおこしている部分を調和させてくれるようにと はっきりと意図しましたのでそれがより強力に行われていると思います。また 私個人だけでなく 私と関わる人たち全てにおいてその方たちが望むのであれば良き方に変容が起きる事を意図しましたので それで何人かの人たちから変容が起きている連絡がきたものと思われます。この変容がおきていたのは 生きている人たちだけではありません。ニーナに来る霊たちにもそれは波及しました。二階の瞑想室では 陰陽師関係の者達による波動が ドキドキびくびくしていました。波動が高くなると 自分たちが消え去ると思って恐怖したようです。私とともに残るものは残りましたし 自ら離れていったものもあるようです。昨日私の所に来た連絡で心身の変化を訴えてきている人たちには 意図することの大切さを話しました。大きなエネルギーのサポートが入ったときは それをうけいれて 不調和な部分を手放し より高い波動域に移るように意図することが大切です。それが信じきれないとかえってしんどい状態で過ごす状態が続くようです。さて この高次の霊団のサポートを受けるこの方がニーナにこられて 私の霊視が始まった折に すっと一柱の霊体が私の中に入ってきたようです。その方はそれを見て今 ひめのさまのなかに白い光が入ってきているのですがコノハナサクヤ姫と言っています。 と言われました。それを聞いて 「え? そんなはずはない。」と私は思いました。というのも今まで自分の魂の転生の傾向から岩長姫を感じることはあってもコノハナサクヤ姫を感じることはなかったし むしろコノハナサクヤ姫と対峙したことは2,3回ありました。彼女の蝶よ花よとこの世的なことを重んじて 気楽に過ごし 世の立替に参加しないコノハナサクヤ姫は 私からすれば もうどうにかしてよ と言いたくなる存在だったのです。それなのに私の中にそのエネルギーが入っているとは。彼女に聞きなおしましたが やはり コノハナサクヤ姫だそうです。後で 考えました。先日 水によって大地が浄化されたとすれば 次に起きるのは生命の芽生えなのだろう。時は春。 命があちこちでその詩を歌い出す季節がやってきました。それにコノハナサクヤ姫は ニニギのミコトの奥方でもあります。ニニギさまはこのところずっと一緒にいますので その伴侶のコノハナサクヤ姫が出てきてもおかしくはないなあと。過去生を見るワークでは 自分の転生を見ることによって自分の魂の課題を見つけ出しそれを修正していく意味合いが強いのですが 有る意味私たちは全く違う立場の人を両方経験する事によって 気付きをするチャンスを与えられているようですので 誰がどんな役をしたとしても良いのでしょうね。さて今日はどんな日になることやら。 毎日が驚きの連続です。
2008年03月08日
幕末は信じるままに生きるしかなかった激動の時代であったように思います。それぞれの人が自分の誠を掲げて突っ走った。 今になって当時の出来事をテーブルに載せてみると それぞれの人たちがどのようなピースを演じてくれて それがどのように繋がって時代を動かしていったかがわかります。昨夜はそんなことを感じた夜になりました。ナイルさまがある方をニーナにお連れになりました。いろいろな出来事が毎日続いて 京都に足止めをくらっている喜楽さまを訪ねてその方はニーナに来られました。喜楽さまは このように言われました。「彼女はかなりの高次の守護霊団に導かれている人だから その人が来るということはニーナにエネルギーの変化が起きます。ひめさんの霊団と彼女の霊団がどのように融合するかしないかはあってみないと自分も予想がつかない。」彼女はナイルさまと この頃は動いておられたようで お二人の方を同伴されてニーナカロライにいらっしゃいました。その結果は昨夜から このブログを書いている今も もうもう凄い大きなエネルギーのシェアーが起こって大変なことになってしまいました。この方は会っただけでその人の過去生がかなり正確に映像化して見えるようでした。私の出雲神界の時代、それは宇宙との交流が魂レベルでも 宇宙船を使った肉体レベルでもおこなわれた時代のようですが その時代の私の転生のこと。それからエジプト時代のこと。 それらを時間の許す限りお話してくださいました。そして 今回私が平安京の水の浄化のことで動いていた間に 彼女は私とリンクして(というより皆が相互にリンクしているのですが)動いていてくださった事がわかりました。例えば 3月1日の夜から3月2日にかけて私の子宮には たくさんの亡者たちをひきつけてそれを瀬織津姫が抱きしめるということが行われましたがこのマイナスエネルギーの影響を分担する作業を引き受けてくださっていたようで彼女の子宮が物凄く痛くなり それをナイルさまとともにヒーリングするとそこに引き付けられていたものたちが プチプチと音を立てて浄化されていったようです。私だけで動いていたのではない。 私の知らない所で おそらくはもっとたくさんの人たちがこの平安京の水の浄化と魂レベルで関わってくださっていたのでしょう。彼女がおっしゃるには 昨年の12月と今年の2月の彼女エジプトの訪問においても ひめのさんにつなげるというメッセージがおりてきていたようです。私たちが実際にあったのは昨夜が初めてです。彼女は私のブログも何もご存知ありません。昨夜今年になってからのそれぞれの動きを照らし合わせると 少しづつジグソーパズルの絵が浮かび上がってきているように感じました。今 失われたといわれるイスラエルの部族が集まってきているとのことでした。過去のカルマの修正において 彼女達は上からそれを修正してきていたのに対し私は3次元の日本からそれを見つめてきたようです。そして次の展開として 日本と朝鮮半島の間のカルマを除去していくようです。彼女のようにかなりの割合で天の計画が教えられている人もありますが私はまだまだ 一生懸命生きるのみです。それでも天の時には限りがあるようで たくさんのことを受け入れられる器をつくる必要がそれぞれの人において急がれることのようです。昨夜は彼女が広島に夜行バスで帰られてからも 彼女の守護霊団からのエネルギーによって 手術のような形で私の額の第六チャクラと第七チャクラにエネルギーが流れ込んでいます。このチャクラの場所は まだまだ私の弱い部分です。今日は長岡京のことを書く予定でいましたが 朝から次から次へといろいろなメッセージがきつづけております。すでに違うレイヤーでの動きが始まったようです。彼女の話によれば 今までは精神的な事に目ざめていた人たちの間でのみ 過去生のカルマの修正をおこなっていたのが もうすぐしたら普通の人たちがいっせいにそれを始めるそうです。 そのために準備がこの3次元で進んでいるそうです。私自身は 宇宙への帰還の旅はいろいろなバージョンが容易されているように感じます。魂の探求をしていくという登山の登り口は色々で 様々な道を安心して選んでいけるようになっていると思います。ただ 魂の探求が今生の課題だけではないことを考えると 過去生を見ていくワークはかなり有効で時代にあったものだと思います。そういう意味でか ここ数日ニーナカロライの夢ワークについてご質問メールをたくさん頂いておりましたが共通するものを集めてQ&A(質問解答コーナー)をつくりましたのでご興味のある方はご覧下さい。
2008年03月07日

今回の平安京を水で浄化する作戦は 私たち人間が歴史上においておこなった行為の結果エネルギー的に滞っている場所を人間と自然の神様の両方で協力して浄化するというものでした。といってもそれは私に関係している部分のことで 人はそれぞれ過去において自分が関係した部分のエネルギーの滞りを解除しながら 魂の課題に気付かせていただいているわけです。そういう意味では 関係する皆様がそれぞれのスタイルでの平安京の浄化作戦というのがあり それが自分の過去のカルマの修正に繋がっていくわけですから自分の為にしているともいえます。 ゆえに私は神事をしていますという言葉を使うのが好きではないのですがそれでも今回のことは 大きな自然の神様の力をかりておこなう共同作業の神事であったと思います。私はニーナを預からせて頂いて以来ずっと京都の町を感じ 京都の水と気を感じてきました。歴史的な事を調べるようになってから1年半経ちますがまだまだ分からない事だらけのなかで この頃やっと 平安京の都が作られた当時の流れを感じることができるようになりました。その中で以外に皆が知らないことが(もちろん私もつい最近までは知りませんでした。)京都の南に70年前まであった巨大な巨大な池の存在です。この池は巨椋池(おぐらいけ)といいますが 平城京から長岡京へ そして平安京へと都を移していく中で 時の権力者に大きな影響を与える要因となっています。この下の地図は平安時代の豪族たちの勢力図ですが 巨椋池の大きさがわかると思います。私と喜楽さまが行ったことは 京都を流れる水のエネルギーの滞りの原因となっている二条城の結界を解いて神泉苑から 城南宮まで水のエネルギーが流れるようになっているのを確認することでした。城南宮から南へは セオリツ姫が行うことになりました。上の地図を見ていただけると分かるように 京都の南には埋め立てられたとはいえ大きな水がめが地下にあるのです。その水がめの水を浄化して そして更に南へと光の水を流します。京都の南の奈良という所は明日香での大化の改新以来 平城京でおきていた様々な権力闘争のエネルギーがいまだ渦まいて現代にいたるまで影響を及ぼしているというのが私の感じるところです。奈良は大変のどかな美しい場所で私も大好きですし 今の奈良という土地やそこに住む人々が重い波動を出しているというのでは決してないのです。私が関わる歴史のレイヤー(ゾーン)でかつて 大変重いエネルギーをつくりあげてしまったので日本の全体を見ると その部分が重いので何とかしないと駄目だという話なのです。セオリツ姫は高次の存在ですから 普通はそのように重い存在のものたちとリンクすることは無いようでした。そこで 私の中に入ってくることによって その重たい者達を引き付けようとしました。権力を得るための争い、皇位継承による身内の戦い、 金儲けと政治的な力をめぐっての陰謀の画策、 寺社と結びついて人々の心を得るための巧妙な誘導作戦、、、さまざまな重い波動を持つ亡者たちを セオリツ姫が 私の第一、第二チャクラに誘引して行きます。私はある意味撒き餌のようになって 亡者達をひきつけて行きました。闇を握りしめていたいものは別として 鎌足エネルギーに取り込まれながらも今回の次元の上昇のなかで 共に光に入りたくても どうしてよいのかわからずにいた存在たちを一気にあつめたところで 火の神が現れ セオリツ姫と共に一気に穢れをはらい 火をもって浄化させたのです。私自身はひょっとして帰ってこれないかもしれないという気持ちも少しありましたがでも後悔はしていませんでした。トランス状態の中でこれらの浄化のようすを 見つめておりました。波動の高い存在であれば 彼らが彼らの住む高い波動域で 浄化を行ったとしてもそれはもともと波動が高いわけですから それほど浄化する必要がないのだと思います。けれども 波動が低い状態にいる者達を救い上げるにはそれなりの方法がいる。どうその領域に下りていくかが問題なのでしょう。例えば 海難救助のシーンを思い浮かべた時に ヘリコプターからロープをたらして溺れている人を救うのが普通の方法であるとします。溺れている人に自分の力でロープを引き寄せ それを身体に巻いてもらうことによってヘリコプターに救い上げます。けれども暗くて冷たい海の中で意識朦朧となってただ漂うだけの者を救うためには 自分がロープを巻いて冷たい海に身を投じて 溺れるものを抱き上げなければ彼らは永遠に冷たい海からは上って来れないように思われました。セオリツ姫は迷える魂を救済するために 冷たい海のなかに入り ともすれば自らも氷となってしまう所を 火の神がやってきてたくさんの亡者を抱いたセオリツ姫を大きな腕で救い上げたように感じました。セオリツ姫と火の神が浄化した土地には美しい光の水が流れました。この清らかな水の流れは 西は瀬戸内の宮島まで流れておりました。北は福井から 琵琶湖、そして京都を通って熊野本宮へと突き抜けたようです。これが3月1日の夜から2日の明け方に行われたことでした。そして2日 無事生還できた私にある方が メッセージを持ってニーナにきてくださったのです。『長岡京へ来て下さい。』この声は 平城京から平安京へと都を移す前に 10年間だけ都があった長岡京において天皇家の争いのなかで葬られてしまった 早良(さわら)親王とその一族からの声だったのです。その時タイムリーにニーナカロライ東京校のかすみさまから 昨日から早良親王が気になって調べているというメールが入りました。 このように必要な時は複数でメッセージが入ります。3月3日 私はふらふら状態で長岡京に向かいました。喜楽さまも一緒です。 長岡天神に向かう電車の中で 昔々さまから 電話が入りました。 『今 奈良東大寺ではお水取りの神事がおこなわれているんや。この3月1日から今日までは 水の浄化に関することが一気にきとるぞ! 東大寺ではお水とりの祝詞の最後に 藤原の勢力を温存するような呪詛がおこなわれるようになっているようや。(見えない世界の話です。)でも今回でそれを終わりにして 福井から送られてくる水が世の中の人たち 皆の為に使われるように その呪詛が解けるように今ひめのちゃんらが動いているんやろ。今日は水の流れを意識して 動いてくれ!』そうなんか~。 私と喜楽さまを乗せた電車は阪急長岡天神の駅に到着しました。さて 京都は平安の都がそのまま残っているのですが 長岡京の都についてはすでにその姿形を残していないのです。さあ どうやって 長岡京に昨日の平安京と同じように水をながすのか、まずはどこが長岡京の跡なのか それを探すところからスタートしたのでした。(つづく)【お知らせ】3月19日から24日まで東京に行く事になりました。滞在中の予定につきましてはニーナのイベント表をご覧下さい。
2008年03月05日

3月1日、神泉苑に水が流れるように二条城の結界をはずした頃には もう午後4時過ぎとなっていました。これから行く予定の場所が二つありました。一つは藤森神社、もう一つが城南宮です。この藤森神社に関しては 平安京を造るために邪魔になったり恐れたりした神様達を当時の権力者がまとめて供養しているような感じがあります。また秦氏のゆかりの神社なのでそこを訪れることが当初は計画されていました。けれども 二条城の結界を開く作業が終わった後でどうもそこに行くのとは違うようなメッセージを受け取りました。まずは城南宮に行く事。そうなってくると 私たちの車が通る都大路が違ってくるのです。 城南宮に行くと決めたことによって 私たちは貴船からニーナカロライ、そして二条城から神泉苑、そして城南宮とまっすぐに南下する道をたどることになりました。都大路を走ると 光の水のラインが北から南に向かって 広い範囲で流れ始めているのが感じられました。あとは城南宮に向かうのみです。私たちがたどり着いた頃には もう夕方で広い駐車場には車がほとんどありませんでした。だいじょうぶかしらと拝観時間を気にしながら 神社につくと 広い神社の庭園は4時で閉庭になっていましたが 神社にはお参りできました。広いお札やお守りの売り場には 巫女様もどなたもおられません。私たちが神殿に向かうと 宮司さまが出てこられてお守りの売り場に座られました。そういう時は 宮司様の口をとおして大切なメッセージが頂けることが多いです。この日も大変貴重な歴史的な情報をいただきました。昔は 京都の南であるこの辺りは一面の湿地帯でした。大阪方面からは川を使って舟で物資が輸送されており ちょうどこの場所は舟から下ろされた荷物が 今度は陸路をとおって平安京に運ばれる交通の要所だったのです。平安時代の末に白河上皇がこの地に壮大な離宮を造営して院政を開始されると、政治・文化の中心地となりました。当時盛んに行われていた、熊野三山を初めとする社寺への物詣での際には、度々上皇方の方除(ほうよけ)の精進所(しょうじんどころ)にあてられ、旅の安全が祈願されたようです。宮司様の話では平安末から勢力をのばしてくる平氏や源氏の力の土壌となった場所であったようです。さて宮司様にお礼をいって 辺りを散策すると 真幡寸神社(まはたき神社)がありました。そこは秦氏のゆかりの神社のようでした。私は祈りました。するとほどなく たくさんの声が聞えてきました。庶民の声といったらいいのでしょうか それはこんな風に伝えてきたのです。「秦氏などの渡来人のトップの人たちは別として おおかたの渡来人たちはこの地で大変な苦労をしているのです。 そんな中で貴女が(ひめのが)悪政をしいたといっておられる秦川勝を初めとして 秦氏の豪族達は われわれ渡来人の地位を上げこの地における私たちの基盤を作ってくれた恩人なのです。」私はこの声に耳を傾けてじっと聞いていました。そして その声を謙虚にお聞きするとともに 渡来人といっても私たちもまた渡来人であってわたしたちは 共に平和で生きていく友なのだと言いました。私の長い祈りが終わった時 喜楽さまは「秦川勝はひめさん(河上姫)のことを彼なりに愛していたのかもしれない。」と言われました。すこしづつですが 私の心のなかに川勝さまと協力して 私たちが平城京や平安京にのこした禍根を解除しなければならないという気持ちが芽生えてきているのは事実です。さてあたりは もうすっかり夜になっていました。人間の私たちに出来る仕事はここまでです。あとは瀬織津姫がエネルギーを動かすのを待つだけでした。(つづく)【お知らせ】3月19日から24日まで東京に行く事になりました。滞在中の予定につきましてはニーナのイベント表をご覧下さい。
2008年03月04日

生まれて初めて門の中に入る二条城。 現存する二条城は徳川家康公が京に滞在する間の宿泊所として造られています。けれどもこの二条城に関しては時代の変遷とともに様々な人が この場所を使っているので本当のところを言えば誰がどういったエネルギーを残しているのか良く分からない場所なのです。たしかにこの建物があるから 京都の気と水の流れは滞っているのですが だれが何をつくっているのかは行ってみないとわからない場所でした。しかし場所からみても 京都の北の船岡山を京都の頭と捉えるとそこから大内裏を通って神泉苑にいたり朱雀のいる巨椋池(おぐらいけ)に抜ける大切なラインの上に意図的に造られているとしか考えられないのです。さて 私と喜楽さまは城内に入りました。二人のセンサーを使って土地のエネルギーを感じていきます。重苦しいエネルギーが私の上にかぶさってきて 胸を締め付け始めました。まず最初の結界は城を取り囲む堀の橋の上に作ってありました。ひょっとしたら 堀全体に結界が造ってあるのかもしれません。喜楽さまがその結界を外されました。それから後は二人のセンサーを使って 歩いて行きながら体が苦しくなって反応する部分や重たくなっていると感じた部分の土地のエネルギーを流していきました。喜楽様のスタイルは宇宙の光、愛と癒しの波動をその場にとりいれ その場が宇宙とハーモニーを奏でるように願うかたちであると推察します。私はひたすら 京都の北から光の清水が流れていくようすを思い浮かべました。こうして二条城の中をあちこち歩きながら 自分たちなりに浄化していきました。自分たちなりにという表現をしたのは 私たちが行ったことは あくまで私たちの感じるゾーンでエネルギーが滞っていると感じた場所を浄化したということです。人はそれぞれのゾーンで生きていますので 人によっては同じ場所を歩いていても何も感じない人があるかもしれません。 ただ そこに縁の有る人が通るとそこに何か滞っているものがあるとしたら それを縁有る人は感じることになります。そういう意味では 私も喜楽さまもこの二条城とは縁があり その意味において土地の浄化をしながらも自分たちの課題を解いているということになります。私が二条城の本丸に来た時に そこにいたおじいさまが 突然スイッチが入ったように下の景色を指差しながらお話を始めました。こういう時は その方は天のサポートとして何かをしゃべらされている事があります。また 次に行く場所の時間調整のためにそこにいて 時間を調整する働きをしてくださっている場合もあります。そのおじいさまは ここから徳川は御所の様子をずっと監視していたのだと話してくださいました。 写真で向こうに見えているのは比叡山です。そして手前の城の中の建物ですが 皇女和宮(かずのみや)さまがここにお住まいであった時がありこの和宮さまが天皇家と徳川家の橋渡しをしてくださったのだと。ここでもまた 和合の話がでました。 篤姫さまとともに 和合のために幕末に一生を捧げたもう一人の女性の和宮さまの話を聞いて胸が痛くなりました。私はおじいさまに感謝して 堀の周りの中庭に下りていきました。ここはもうしばらくすれば梅の花が満開で とても美しい場所となるようです。二条城の下を感じるとそこには 貴船から流れる清水が 金の光の流れとなって大きな大きな帯となって京都の南に向かって流れていくのを感じました。予想していたよりももっと大きな帯となって その流れは流れていました。あとはこの流れを 京都南の巨椋池(おぐらいけ)があった城南宮につなげることというのがセオリツ姫から聞いている計画でした。
2008年03月04日

神泉苑はちょうど道をはさんで二条城の南にあります。延暦13年(794年)の平安京遷都とほぼ同時期に、当時の大内裏の南に接する地に造営された禁苑(天皇のための庭園)であったとのこと。当初の敷地は二条通りから三条通りまで、南北400メートル、東西200メートルに及び、池を中心とした大庭園であったと書いてあります。地図で見るとよく分かりますが 現在はその10分の1の敷地になっています。その昔京の都に干ばつが続いたおり 後白川法王が神泉苑で雨乞の儀式を行わせました。99人の白拍子が舞い祈っても雨はふらなかったのに 静御前が舞うとたちどころに雨が降ったといいます。 またそれを見ていた源義経が静を見初めたという話になっています。 またこの場所は空海ゆかりの地でもあるようです。天長元年(824年)に西寺の守敏と東寺の空海が祈雨の法を競い、空海が勝ったことから以後東寺の支配下に入るようになったといわれています。この神泉苑は龍神がすむと言われ 善女龍王として御祀りされています。神泉苑に来なくても この場所を感じるだけで 封じられ、閉じ込められているエネルギーを感じます。ニーナではいつも京都を流れる水の流れを感じていますので この神泉苑には貴船からの水が流れていないことがいつも気になっていました。今回この場所に立ってエネルギーを感じると 龍が私達の訪問を心から歓迎しているのが伝わってきて 彼らの今までの苦しさを思うと涙がでました。龍族ですが 宇宙空間で彼らは誕生して これまで人間界と共に成長をしていますが龍の中でもさまざまな龍があり 彼らの中でもまた会議が開かれ 宇宙中心を愛とみて その愛の中に戻ろうとする部族と 宇宙中心は力であるとしその力を求める上で私達が言う愛を大切にしない部族に分かれたということを龍王は言っていました。今回のこの二条城の結界をはずして京都の地下に綺麗な滞りのない水を流すということは私達人間にとっても 龍にとっても長年の念願であるように思いました。私は喜楽さまと共に 神泉苑の龍たちと心を共にして 二条城に向かいました。
2008年03月04日

2月27日瀬織津姫の地球上でのエネルギーを軽くすることからそれは始まりました。宇宙存在としてのこのエネルギーは果てしなく大きいのですが 地球に下りてきている部分で私に関連する部分は 大変重くなってしまっていました。セオリツ姫がこれからしようとしていることの為には 彼女の氷となっていた部分をまず溶かす必要があったのだと思います。京都の平安神宮の近くのある場所でその神事は行われました。その日 火の神が現れてセオリツ姫の氷を溶かしていきました。喜楽さまもその神事に立ちあっておられましたが 彼の話では自然界の風火水土の4つのエレメントは 互いに助けあってこそその力が十分に回っていくということ。今回は火の神が水の神を助ける形になりましたが 火の神にしても水がいるからこそ安心して火を燃やすことが出来るようです。セオリツ姫がこの火の神様と出会い 二つのエネルギーが溶け合うことによって美しい水が生まれました。さてこの水を京都の貴船神社から流そうとするのですが 途中でその流れを止めている大きな障害物があるのです。そうです。 二条城です。今度は人間の私達が実際に動くことになりました。3月1日 私と喜楽さまは二条城めざしてニーナを出発しました。実はこの二条城に入るのは私も喜楽さまも初めてでした。互いにこの城は敬遠していたのです。そこだけ違うエネルギーゾーンになっているので 今までは行く気にならなかったのです。しかし 先日の名古屋の東三河探検の時にやってきた 阿寺の龍が地下水脈をたどってニーナまで来たのと その龍を一時貴船神社がニーナからあずかっていってくれましたのでそれで ニーナの井戸の水は地下を通って 日本のどことでも繋がることを体験しました。それによって 今までは京都の中でも ドンと立ちはだかっていた二条城の地下をくぐってその南の神泉苑に水を流すことが可能なのだと認識しました。3月1日 ニーナ出発二条城の周辺で昼食。 神泉苑にまず来て欲しいという声がするので 通り道の神泉苑にいくことにしました。私と喜楽さまは二人で神泉苑に向かいました。(つづく)*ニーナカロライ縁成る魂交流クラブに タイムリーなさまざまな情報が集まってきています。よろしければご覧ください。 この交流クラブはどなたでもご参加いただけます。
2008年03月03日
瀬織津姫がしょっちゅう降りてくるようになると そのエネルギーの大きさに意識をキープしていることが難しくなりますので 皆様がニーナにおられる時は極力トランス状態にならないように 頑張っていました。ちょうどニーナでは様々なバックグラウンドを持つ人たちが集まって夜を徹しての交流会や にこにこけいこさまを北海道からお迎えしてのお食事会などが開かれていた時でしたので 私はそちらに意識を集中することにしてひたすらグランディングしておりました。そして 27日皆様がお帰りになるのを待って セオリツ姫がしようとしていることに集中することになります。27日から 今日の3月3日まで6日間 そして明日でこの一通りの流れが終わります。それは京都を中心に水による浄化を行うというものでしたが その渦中にいる私も他の仲間たちも明日は何がおきるかわからないような状況の中でそれぞれが自分の場所でするべきことをしているように感じます。この6日間 さまざまな人が数少ないですが 必要なメッセージを届けてくれました。それは夢ワークの卒業生たちであったり 随分連絡をとっていなかった人たちであったりしました。またなんとなく疎遠になっていた人たちからも こんなビジョンを見たのでひめのさんに知らせないとと思ってとわざわざ連絡をしてきてくれる人達もおられました。人は見たいものを見るという傾向があります。ですから受信するメッセージはただ単に自分が見たいからそれをひきつけてきているということがあるので常に気をつけなければならないようです。私は今まで「神社によばれている。」「○○の神様に呼ばれている。」といって御神事をして回っている人々を何人も見てきました。実はこれは本当に呼ばれているというよりは 自分がひきつけているケースも多いようです。こういう人たちのことをスピリチュアルジプシーと呼ぶようです。大きな意味ではすべて自分がひきつけていることといえると思いますが自分が見たいものをただひきつけているだけなのか それとも宇宙の流れのなかでさまざまな存在たちが共同の作業をしようとして発信されているより公的なメッセージなのか常に謙虚に見ていく必要があると私は感じています。自分が好きで勝手に動く場合は それはそれで楽しく経験すればいいのですがこと神事という 神様と人間が一緒になって動く時は 本当に気をつけなければならないし自分が受信しているメッセージだけではなく 他の方からのメッセージをいくつも確認したうえで動くことが大切だと思っています。そういう意味で ずっと前から京都の町の浄化というテーマに取り組んで 実際に今回動くまでには 1年半かかりました。この6日間のことを一気にブログに書きますので 興味ある方は読んでください。ゆっくりと調べたりしてちゃんと書こうと思ったのですが そうしているともう次の動きが始まってしまうので 例え箇条書きでも共にシンクロして動いていてくださる方たちには何かの参考になるかもしれません。
2008年03月03日
最初にセオリツ姫が私の身体に入ってきた時に そのエネルギーが大きすぎて私は外に追い出されるような形になりました。日本の神々の歴史の中ではこのセオリツ姫という存在は最大の謎という人もあるくらい様々な側面があって分かりにくい存在です。また歴史上からは消されてしまった神様なので それもまだ解明されていない部分でそれだけにこの謎多きセオリツ姫のファンは多いようですね。情報が少ないといわれるセオリツ姫について 私の体験が情報の一つになればと思いここに書くことにします。さて 話を戻しますと セオリツ姫が私の身体に入ると完全憑依状態になりました。後から 側におられた喜楽さまにその時の様子を聞いてみると私の額部分に彼女のエネルギーセンターがあるような感じで じっと喜楽さまを睨むとそのまま 見つめていたそうです。 ただ ただ じっと見つめていたそうです。そこで 喜楽さまは私にかかっているセオリツ姫のエネルギーを解いて 『ひめさん セオリツさんは何も言わないから 彼女を下ろさないで(憑依させないで)向こうに言って セオリツさんとお話してください。』と言われました。「はい。」と言って私は 彼女にアクセスしました。「なんだか セオリツ姫からは物凄い怒りを感じます。」 そう私が言うと『なぜ 怒っているのですか。 それを姫さん、彼女に聞いてください。』セオリツ姫から受け取ったメッセージによると彼女は もともとの全体の形から一部を切り取られた形で 地球上では理解されていているようです。本来の姿は地球上の人々がそれぞれに切り取った形よりももっと大きな自然のエネルギーで特に 水に関するエネルギーのようです。その水は宇宙の根源のエネルギーを写し、その根源と一体化するのに大切なものであること。 つまり 地球上の存在たちは自分の中に内在する水を通して宇宙(神)のエネルギーを感じ自らもそれを体現して生きる事ができること。それなのに 水を別のものとして 物質としてとられることによって 人間達は意図的に宇宙根源の愛から切り離されてしまったこと。 それは水の持っている神性を落とすことになり 宇宙の中心と切り離された者たちへの想いと悲しみ、 またそれを意図的に切り離した者に対して怒りを覚えている事。何時の頃か 地球上の彼女のエネルギーは 5つの(?)清純な乙女(巫女)のエネルギーを使って封印されたようです。その後 セオリツ姫は今日に至るまで何度も降りてこられました。 そしてこの女神様が私たちに何を望んでおられるのか少しづつ分かってきたのです。今何人かの人たちが セオリツ姫についてメッセージを受信したり その痕跡をたどっておられたりします。その方たちは今 必要なことを鋭敏なセンサーで感じておられるのかもしれませんね。この女神さまですが あるホームページには以下のように情報をまとめて書いてくださっています。一、水源神・滝神・川神であること。一、皇祖神=アマテラスの祖型神であること。一、東北においては、オシラ神(オシラサマ)やザシキワラシなどと習合する神であること。一、神仏混淆においては、不動尊および十一面観音と習合する神であること。一、日本の神道(神社世界)においては、大祓の神(祓戸大神)とされること。一、三河地方においては、天白神とみなされていたこと。一、ヤマトの中央権力側は、この神を「祟り神」「禍津日神」(悪神)とみなしていたこと。私もこれを読ませていただいて初めて セオリツ姫とはこういう神様だったんだと思ったのですが今回私に降りてきているセオリツ姫からのメッセージによると これらの形は一部を切り取られた形でそういうセオリツ姫像を崇拝する、もしくは植えつけることによって 宇宙の心を感じる水としての大切な部分を意図的に削いでいたように感じます。求めるものは私たち人間の中にあるのに 外へ外へと求めてしまっているのですね。特に女性の水とのかかわりですが 大切な赤ちゃんを育てる‘子宮の中の羊水’はその宇宙の波動を保持する‘聖杯の中の水’であると感じました。セオリツ姫のエネルギーについては もっと宇宙の根源的なものとして捉える必要があるように思います。 封印に使われたというのは セオリツ姫の分身のような○○姫、とか○○神、とか○○山のような聖なる形であり それに集まってくる人々の想念を今までしっかり抱いて動きが取れなくなってきているように想えたのです。どの波動の領域を担当するかですが セオリツ姫の場合は低い波動を支えるような形で いつの間にか その心も氷となってしまったようでした。その彼女の氷の部分を溶かすのが 男神の火の神の愛なのでしょう。
2008年03月02日
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