沖縄の祖母の話をしよう。
それは、リーマンショックが、まだ海の向こうの話かな?
と、思っていた2008年12月2日 の明け方のことだった。
祖母が夢に出てきて、優しい祖母が珍しく怒っている。
それは「ちっとも会いに来ない」と文句を言っているのだ。
いや、だから会いに来たじゃん...💦 みたいな感じで
祖母の様子に困った感じでオロオロしながら言い訳を
している僕だったか、妹たちの誰かだったか?
そして、目が覚めたんだけど???謎の夢だ...🤔💭
最近は、どうしてるかなぁ?なんて思うことも減って
仕事のことや、小さい子供達のことやらで頭がいっぱいで
そんな僕のところに何の脈絡もなく
「ばぁちゃんが夢に出てきた」から、朝になり
目が覚めると
「変なの?」と、つい「思い出し笑い」をしてしまった。
祖母は、 80 を過ぎても沖縄で元気に一人暮らしをしていたが
長男である伯父が
3
年前に亡くなって以来、めっきりと弱って
更に、自宅で転倒して腕を骨折して入院した頃から
痴呆が始まって来て、結局、施設に入ってしまったのだ。
叔母が伝える祖母の近況に心配になった母が、沖縄に帰って
会いに行った時は、すっかり痩せこけてしまっていたし
元気な頃は、けして口にしなかった昔の辛かった思い出話に
若い頃、勉強が出来た祖母は、貧しくて進学を諦めたが
妹である大叔母さんは進学して教師になったことへの不満や
祖父と結婚した事も後悔していて、ホントは他に良い人が
いたのに失敗したなどなど、
幾度と叔母に聞かせては
叔母を悲しませたり困らせていたそうである。
以前の記事に書いたこともあるが、祖母は沖縄で
内地人(北海道出身)の祖父と共に、乳児の伯父を抱えながら
戦火をくぐり抜け生き延びた。その間に祖母は両親を亡くし
その後も苦労の連続、鉄工所を営んでいた祖父が50代で
喘息が元で早々に亡くなり、工場の経営資金に伯父と祖父の
病気の薬代などなど、親戚中から借金をしまくっていたから、
親族には責められ袋叩きに遭いながら家や工場を売り、
子供(母や兄弟)たちと懸命に働いて借金を返した様である。
きっと、きっと....いっぱい大変な事があったろう
…
今、こう書くだけで
涙が出そうになる。その時々の祖母が
どんな思いだったか.... 自分も歳を取り、そう想うだけで
胸がいっぱいになるのだ。
そう書くと、随分と「おばあちゃん子」なのか?と言うと
実はそうでも無いんだけど、祖母の「上等さぁ」が
僕にとって最高の褒め言葉だったし、大好きであった😊
あと「アンタらしくないさぁ」は、どんなキツい説教よりも
一番、胸に突き刺さって痛かったなぁ。
そもそも、この12月2日と言う日は、9年前の同じ日に
僕にとっての長年の悲願を達成した日でもあったのである。
その時も電話で祖母に、その事を報告したら「上等さぁ」と
我がことの様に喜んで、嬉しそうに褒めてくれたのである。
それまでの苦労や悔しかった思いが結実した最高の日。
だから、僕にとっても忘れられない大事な日だった。
ホントは祖母に聞きたい昔話がいっぱいあったので
沖縄へ行って祖母に会おうと思うのだけど、と母に言えば
「もう、あんなお母さんを、あんたに見せたくないし
おばあちゃんも見られたくないと思うから、わざわざお金を
使ってまで?沖縄に行くのは、やめときなさい」と言われて
仕方なく諦めていたのもあったから、いきなり夢に出てきて
会いに来ない!と怒るのは可笑しいよ、ばぁちゃん … なんて
思いつつ、仕事の支度をしながら、家族
4
人の食卓について
朝ごはんを食べ始めた。
ご飯を食べながら、嫁さんと子供らに向かって笑いながら
「昨夜さぁ、沖縄のおばあちゃんが夢に出て来て.... と
言ったか言い終わらないくらいのタイミングで、僕の携帯が
鳴った。電話の
相手は母だ。母はいつも妙なタイミングで
電話してくる。親とは、そう言うもんかも知れんが...
「おいおい、朝から何だよ~」的な気持ちで
電話に出ると、
「今、おばあちゃんが救急車で施設から病院に運ばれてる」と
言うので、どんな容態かを聞くと、
「もう帰って来ないんじゃないかね?」と言うので
流石にビックリしてしまって、僕は一瞬言うべきか迷ったが
「昨夜、ばあちゃんが夢に出てきたんだけど...」
と言ってしまったら、母は「変なことを言う」とも言わずに
「あら、アンタんとこに行ったんかね? なんて言ってた?」
と言うから「ちっとも会いに来ないって怒ってたよ」
と言うと、母は絶句していた。
なんの話?と訝しく見ている嫁と子供たちに気づいて
「沖縄のばあちゃんが危篤だって!」
と受話器も塞がずに言うと、嫁もビックリ、子供らは
「キトク」ってなぁん?てな感じで朝っぱら大騒ぎである💦
取り敢えず電話を切って、朝飯もそこそこに慌てて
会社へ行ったが、会社に着いたら、祖母が亡くなったと
また、母から電話が入った。
そして翌日、僕は「初孫」だった兄ちゃんが行くべきと
妹達に言われて、福岡の孫代表として両親と3人で沖縄へ行き
祖母の通夜と葬儀に参列したのである。
やはり、祖母はすっかり痩せてしまっていた。
「あ~、こんな姿は、孫には見せたくなかったろうな」
そう思うと、生きているうちに、もう一度...と思っていたが
本当にに複雑な心境であった。
沖縄のお葬式は本土とは結構変わっていると思うので
その時のエピソードも、いつか機会があれば記事にしたい。
身内や近しい人が亡くなる前に、その人が夢枕に立つとか
聞いたりした事もあったが、まさか自分にも、ばあちゃんが
夢で出て来るとは思ってもみなかった😅
しかし、会いに来ないと怒ってたのが、ちょっと残念だ 💦
ホラーと言うほどでもなく不思議な切ない話である。
この歳になってみると、他人は勿論の事、身内からも
そうそう褒めてくれるなんてことは無いんだけど
時々、こんなに頑張ってるのに、誰にも褒められないなぁと
虚しくなる時には、祖母の「上等さぁ」が聞きたくなる😢
だから、おジジになった今も僕は、何一つ諦めずに頑張って
自分に「上等さぁ」と言ってやるのである٩( 🔥ω🔥 )
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