Hiro's

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2022.05.17
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カテゴリ: 歴史
北海道、樺太はロシアのものではない。
戦闘を停止した1945年8月15日以降、ソ連がが不法に北方領土に侵攻し、北海道占領を目指したが、樋口季一郎将軍の命令により占守島で南下するソ連軍を撃破した。
そもそも江戸時代以前は樺太は半島だと考えられており、江戸幕府の間宮林蔵が測量により島であると発見した。
1855年の日露通好条約で、日本とロシアの国境線は、択捉島とウルップ島の間に決められ、樺太は日ロ混住の地とされた。
1875年に樺太・千島交換条約を結び、日本は樺太を放棄するかわりにロシアから千島列島を譲り受けた。
1905年、日露戦争の講和条約として結ばれるのがポーツマス条約の結果。北緯50度以南の南樺太が日本の領土となった。
1945年、ヤルタ会談でソ連の日本参戦と引き換えにソ連に千島列島を「引き渡す」ことを米英が認めた。
そもそもソ連は戦争による領土拡大は認めないとする大西洋憲章にアメリカイギリスとともに参加しています。にもかかわらず戦争で領土拡大をするという形で北方領土に侵攻したことについて批判がある

ソ連とは平和条約を結んでおらず、いまだ樺太は無主地である。北方4島も千島も同じ。









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最終更新日  2022.05.21 10:13:40
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