flute-papa の問わず語り

flute-papa の問わず語り

黎明期 中学時代の2



私が生まれ育ったのは東京23区で城南地区と呼ばれているところです。
小・中学校とも区立の学校に通っていました。義務教育ですからね(^_-)
吹奏楽部は当時からコンクールに出ていました。
って、クラブに入るまでまったく知りませんでしたが(^^ゞ
顧問の先生には1年の時から音楽の授業でお世話になっておりました。
が、はっきり言って落ちこぼれでしたね~

さて、中学時代の1からつづきます

 中学2年の2学期のある日です。同じクラスに吹奏楽部でTuba吹いてる奴がいるんで、ぽろっと話をしてみました。「ブラス入部しようかなっ」て。
そしたら、そいつ、顧問の澤○先生のところにすっ飛んでって、「先生、こいつ入りたいって言ってます」ということで、入部決定。
入部したときは東京都大会のちょっと前くらいだったのでしょうかね。

楽器は希望通り「トロンボ-ン」でした。今にして思えば顧問の先生にとっては、おあつらえ向きだったんですよね。

なんてったってその時のトロンボーンパートは3年生は3人、2年生は0。1年生は1人いたけどユーフォニウムパートに貸し出し中だったように記憶してます。つまり、後継者不足だったところに、ちょうどいい具合にトロンボーン希望の入部者ですからね。

私があてがわれた楽器は、楽器庫に眠っていたテナートロンボーンでしたが、そりょあもう、大変な状態でしたね。ケースはぼろぼろ、楽器はメッキがはがれてました(今となってみればです。当時はそんな知識もありませんでした)。スライドもジャリジャリしてたし、とにかく楽器のリハビリからスタートしました。

家に持って帰って、たらいにお湯張って行水させました。私の人生で楽器を行水させたのは、後にも先にもこの1回だけです。

その後メタルポリッシュで磨きをかけて(その時は楽器を削っているとはまったく知らずに)、スライドオイルをジャブジャブかけてスライドを動くようにしました。

何とか使えるようになった時はうれしかったですね。
自分の使える楽器が手に入ったのですから。
それもあこがれのトロンボーンが。
そうして、私の音楽人生(?)が始まったのです。今から思えば。


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