～３～

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　　何ヶ月も会わなくても、
　　メールなんかやりとりしなくても、
　　なんとも思わなかった。　これまでは。

　　でも、あの日から
　　急に奈緒の存在が気になって、
　　今頃はどうしているんだろうとか、考えてしまってた。

　　あいつのことだから、
　　すっかり忘れて気楽にやってるかもしれない。
　　なんて、自分に都合のいいように考えたり、
　　あれきりなんのフォローもできない自分が
　　すごく卑怯者のような気がして落ち込んだりしていた。

　　そして、結局なにもできないまま・・・。

　　関係ない。　関係ないんだから、
　　価値観がまるで違う他人同士なんだから・・・。
　　自分に言い聞かせ続けた。

　　でも、いつか謝らないといけない。
　　最低だって言われた。
　　イチバン最低だって。
　　あのオヤジのことを悪く言ってた自分が、
　　奈緒にとっては誰より最低なヤツになってた。

　　あんなに自分がわからなくなったのは初めてだった。
　　酔ってたって、あんなことはしない。

　　あいつのことを
　　救い出したかった。
　　でも、
　　あの瞬間は
　　奪い返したかった・・・のかもしれない・・・？

　　奈緒のことを考えるたびに、
　　あの時の胸の痛みがよみがえった。
　　殴られた頬の痛みはすっかり消えたのに・・・。

　　そして、奈緒の誕生日がやってきた。
　　ヨーロッパで過ごすって言ってたから、
　　もうとっくに向こうに行ってるよな。

　　前の晩、最後の仕事が実家の近くだったから、そのまま泊まった。
　　奈緒は留守のはずだから、顔を合わせる心配もないし。

　　朝の通勤ラッシュにぶち当たる時間。
　　憂鬱な気分でエレベーターを降りた。

　　　「あれっ！？　潤くん！？」

　　こっちは帽子を目深に被ってたから足元しか見えなかったけど、
　　高いトーンの声で誰かすぐにわかった。
　　奈緒のお母さんだ。

　　　「あ、おはよう・・・！」

　　ムリに笑顔を作って、帽子を軽く上げた。
　　奈緒のお母さんとは、ホントにめったに会わない。
　　ひとり暮らしを始めて以来かもしれない。
　　でも、子どもの頃から自分の母親みたいに
　　なれなれしくしゃべってたから、
　　久しぶりでもすぐに盛り上がれる。

　　　「きゃ～♪　ひさしぶりね～！！
　　　　何年ぶり？　どうしてたの？　って仕事してるって！」

　　セルフツッコミかよ～・・・。
　　奈緒のマイペースなとこはお母さんにそっくりだよな。

　　　「いや～ん、ホンモノだよね～！？」
　　　「もー、朝からテンション高すぎ・・・！」
　　　「だって～！　ホンットに久しぶりだも～～ん♪
　　　　またまたオトコマエになっちゃって～～！！」
　　　「あはは～・・・。」
　　　「たまにはうちに遊びに来てよ～！　近いんだから！
　　　　奈緒にもず～っと会ってないでしょ？」

　　そっか。　奈緒は何にも話してないんだよな。　当然だけど。
　　ついハナシをあわせてしまう。

　　　「あ、奈緒はゲンキ？」

　　少しでも、変わった様子はなかったのか気になってもいた。

　　　「うんー！　ゲンキよ、ゲンキ！
　　　　そうそう、今日あの子のハタチの誕生日なのよ！」
　　　「・・・へぇ～！　そうなんだ！　ハタチかぁ～。」
　　　「ね、あんなお子ちゃまがねぇ～・・・。」
　　　「じゃあ今日はいろいろ忙しいんだ～。」

　　どうでもいいと思ってたのに、つい探りを入れてしまう。

　　　「う～～ん、忙しいって言ってもねぇ～。」
　　　「・・・え？」
　　　「ハタチの誕生日なのに・・・。」
　　　「・・・・・。」

　　わかってるのに、マジに聞き入っていた。
　　やっぱり・・・。　そうなんだ・・・。

　　　「女の子ばっかりで遊ぶんだって、ディズニーランドで。
　　　　まだ寝てるのよぉ～～～。」

　　　「・・・え？・・・」

　　　「祝ってくれるカレシとかいないのよねぇ～。　かわいそうに・・・。
　　　　潤くん、誰か紹介してやってよ！　
　　　　私は潤くんがいいんだけどなぁ～～♪　
　　　　気心知れてるし～～！」
　　　「ははは～・・・。」
　　上の空で笑いながら、頭の中で理解しようとしていた。

　　寝てるって？　今？　家で？

　　少し寝ぼけてた頭と身体がイッキに軽くなった。
　　まだ話し足りなさそうなお母さんにアタマを下げた。
　　　「ゴメン！　もう行かなきゃ！」
　　　「あ、うん、引き止めてごめんね！　いってらっしゃい！」

　　手を振って、走り出した。
　　つい口元が緩んでしまう・・・。

　　昨日より暖かいのも嬉しくて、
　　ナゼか、奈緒の誕生日が春でよかった、なんて思ったりした・・・。

　　でも・・・。
　　朝のテンションはそのまま続かなかった。
　　時間を追うごとに、気になっていった。

　　ひとりでいるってことは？
　　去年とおんなじってこと？
　　フラレて・・・、悲しい思いをしてるってこと？

　　付き合うなって言っておきながら、
　　かわいそうに思えてきて、フクザツな気分だった。

　　海外旅行は初めてだって言ってたし・・・。
　　楽しみにしてたはずだし・・・。
　　でも・・・、
　　奈緒にとっては良かったんだ。
　　先でもっとつらい目に遭うよりは・・・。

　　珍しく早い時間に仕事が終わって車を取りに行った。
　　なにもせずにはいられなかった。

　　久しぶりのディズニーランド。
　　ひとりで来るのもヘンな感じだよな。
　　でも、これしか思いつかなかった。

　　奈緒が欲しがってたもの。
　　本命じゃない自分が用意できるプレゼント・・・。

　　キャラクターのイラストの小さな袋をぶらさげて、
　　のんびり歩き回った。

　　こーいうとこにもフツーに来られるっていいよな。
　　ホントは、誰が見てても、何を言われても、
　　やっぱ大切な人を連れてきてあげたい・・・。

　　こんなこと、今まで考えなかったよな。
　　今の仕事を選んだことで
　　プライベートをコントロールすることも
　　責任のひとつだと思ってきた。
　　フツーのことを、フツーにできなくても仕方ないって。

　　付き合ってても、彼女と会うのは友達といる時か部屋の中ばかりで、
　　一緒に居られれば、場所はどこでもいいと思っていた。
　　ふたりだけで外に出ることで、
　　お互いにリスクが生じるのはわかってたし。

　　すれ違う人たちの笑顔を見るだけで、こっちも楽しくなってくる。
　　ひとりで歩いてても・・・。

　　そういえば、心からの彼女の笑顔、ずっと見てなかった。

　　やっぱり、ホントに笑える相手のそばがいいに決まってるよな・・・。

　　奈緒は、

　　笑ってくれるかな・・・。

　　そのとき急にあたりが真っ暗になった。
　　どよめきと歓声が広がる。
　　音楽が大音量で流れ始めた。

　　振り返った瞬間、

　　シンデレラ城の向こうに火の玉が上がって
　　夜空に大きくはじけた。

　　一段と歓声が大きくなる。
　　思いっきり笑顔で見上げた。

　　まぶしく広がる花火に、
　　まわりのことなんか気にせずに
　　ひとりで叫んでる自分がいた・・・。

　　　　おめでとう、奈緒。

　　　　直接、言えないかもしれないけど・・・。

　　　　この場所で、笑顔で花火を見上げてるはずの君に、

　　　　渡せるかわからないプレゼントを買ったよ。

　　　　去年の、約束どおりに。

つづく　　　　　　16,Dec.2006

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