ロシア旅行(52)



レオナルド・ダ・ヴィンチの間から、次の間に移動する。
「ティツィアーノの間」である。

ティツィアーノ(1488~1567年)

 16世紀、ヴェネツィア派最大の画家。 イタリアの
 フィレンツェ・ローマとヴェネツィアの対立同様、「ミ
 ヶランジェロ・ラファエロの素描」と「ティツィアーノの
 色彩」と対比される。

 美術史上最長に近い長寿であった。 ジョルジョー
 ネ(1477~1510年)が早生した後を継ぐ形で絵
 を描き続けた。 ジョルジョーネの分まで生きたティ
ツィアーノである。 未完のジョルジョーネの作品を
 完成させていく過程で、彼の詩情を身につけていっ
 た。 

 ルーベンス、レンブラントに大きな影響を与えた。

 『ダナエ』(1546年) ダナエはギリシャ神話に出
 てくる女性である。 神話では、父アクリシオス王
 が、予言で、「お前は孫に殺されるであろう」との言
 葉を信じて、娘ダナエを青銅の扉のついた塔に閉
 じこめた。 男が接近しないように。

 彼は、神話に忠実には描かず、ダナエは塔の中
 ではなく、背景には風景が画かれている。 ゼウ
 ス(神)は雲の間から顔を覗かせ、熱愛するダナ
 エのもとへ金貨の雨となって降っている。

 ゼウスに選ばれた女性の裸身が、自然の最高の
 創造物としての完璧さで輝いている。

 『マグダラのマリア』(1565年頃)

  ティツィアーノが晩年(77歳頃)に描いた作品で、
  聖書に登場する、マグダラのマリアの改悛する
  姿である。 豊麗な女性像からは、みずみずし
  さに加え、敬虔な祈りが聞こえてきそうである。
  この宗教画には、1561年の娘ラヴィニアの死
  が強い影を落としている。

さて、旧エルミタージュから新エルミタージュへ通ず
る回廊を進んでいく。 「ラファエロの回廊」と名付け
られていて、回廊そのものが素晴らしい芸術である。

回廊の途中の、「マジョリカの間」に入る。 部屋に
入って、真っ先に目がいくのが天井である。 室内
の作品もさることながら、何とも天井が素晴らしい。

部屋の名前が示すとおり、マジョリカ焼きの皿が沢
山展示されている。 ルネッサンス期に、スペインの
マジョリカ島からもたらされた陶磁器である。 当時、
陶磁器は極めて貴重品であったという。

マジョリカ焼きは、錫を含む釉薬による独特な肌合
いが特徴で、今日では乳白地に多色模様のイタリア
産陶磁器をさす。

次の間は、待望の「ラファエロの間」である。

ラファエロ・サンツィオ(1483~1520)

 イタリア中部のウルビーノ生まれ。 21歳でフィレ
 ンツェに出てきた。 その時、ミケランジェロは29
 歳、ダ・ヴィンチは52歳であった。 彼等の作品
 から多くを学び、いつしか、「聖母の画家」と呼ば
 れるようになる。 残念なのは、彼は若年37歳
 で、熱病に没したことである。

 『コネスタービレの聖母』(1504年) 彼は、生涯
 で50枚近くの聖母子画を描いたが、これは、最初
 の円形型聖母子画である。 楽園を思わせる田園
 風景などに、ラファエロらしい詩的な情景が表現さ
 れている。

 コネスタービレとは、かっての所有者の名で、その
 後1870年にロシア皇帝の手に渡った。

 『聖家族』(1506年) 「聖母子と髭のない聖ヨセフ」
 という副題が付いている。 近年の赤外線調査で、
 絵の具の下の見事な素描が確認された。 聖ヨセフ
 には、レオナルドの影響が強く見られ、ラファエロが
 先輩画家からいかに多くを学んだかを示す重要な
 証拠である。

ティツィアーノの間・『ダナエ』・ティツィアーノ

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『マグダラのマリア』・ティツィアーノ

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ラファエロの回廊

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追加画像は下記をクリックして下さい

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