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アブラハム・ダービー※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプEn. R(イングリッシュ・ローズ)、1985年作出、イ ギリス・オースチン。花色はピンクで、大輪ロゼット咲き、 四季咲き性。 素晴らしく強壮なシュラブで、濃厚なフルーツの香りがする。 花付きが良く、丈夫な品種なので、日本での栽培に適して いる。 アブラハム・ダービーはイギリス人で、1779年産業革命 の時代に、初めて鉄の橋つまり鉄橋を造ったことで有名。そ の後、鉄鋼の需要が大幅に増大した事は、云うまでもない。※二人でハワイへ(8)-2006.7.5-7月 5日(水)<二日目> ワイキキの夕べ・ハワイ旅行(8) 15:30 Hホテル内の花達の撮影を一旦打ち切り、部屋 に戻る。 時差ボケのせいか、今ひとつ頭がすっきりしな い。 再度ベッドにもぐり込み、仮眠をとる。 1時間半も眠ったであろうか。 昼食を簡単にとった程度な ので、腹が減って来た。 ホテルの外に出るのは面倒なの で、ホテル内で夕食をとることにする。 といっても、10数ヶ 所もレストランがあるので、選択に一苦労する。 結局レインボータワー・1Fのバイキングを選ぶ。 理由は 簡単、注文するのに面倒がないからである。 取りあえず 池の傍の席に着くと、例により先ず飲みのもを聞いてくる。 バドワイザーを二本頼む。 日本のように中瓶または大瓶 ではなく、小瓶である。 日本のビールもあるが、高価なの で敬遠する。 まだ18時一寸過ぎということもあって、来客はまばらで、 まさに食べ放題で、好きなものを選べる。 迷った揚げ句、 アメリカン・ビーフがメインで、エビ、ホタテなどのシーフー ドを加えた。 家内はパンにしたが、私はピラフ風のものを 選んだ。 ビーフはボリュームがあり、しかも思ったより美味なので満 足、満足で、ビールを追加又追加したことはいうまでもない。 夕食を終わった時分に、日が沈み始めた。 ワイキキの夕 暮れは、私の最も好きな一時である。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。ワイキキの夕べ・ハワイ旅行(8)へジャンプ
2014年01月31日
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アビゲイル※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ FL、1988年作出、ドイツ・タンタウ。 クリーム白色に、 鮮やかな紅色の覆輪。 白と紅のコントラストが美しい半剣弁 高芯咲き。 花弁数は20枚程度で、花径は7cm位で中輪。 多花性で、強健種。 アビゲイルは女性名で、「侍女」という意味もある。 旧約聖 書・サムエル記にアビガイル(ダビデの妻)として出てくる。※二人でハワイへ(7)-2006.7.5-7月 5日(水)<二日目> プルメリア・ハワイ旅行(7) Hホテルの庭園のいたる所で、「プルメリア」が白い素敵な 花を沢山咲かせている。 プルメリア キョウチクトウ科・プルメリア属、メキシコなどの熱帯アメ リカ原産で、常緑性小低木。 花は5弁花で、はっきりしたとても綺麗な白花で、芳香が ある。 黄色やピンクの花もある。 ハワイではレイとして よく使われる。 しかし、ハワイのお年寄りは、絶対にプ ルメリアのレイをしないとか。 プルメリアはお墓に供える 花で、「死者の花」と言われている。 日本には明治中期 に渡来した。 甘い香りとエキゾチックな感じが、南国の 花として人気がある。 花名はフランス人宣教師であり、植物学者でもあった「チ ャールズ・プルミエ(1646-1704)」に因む。 庭園内に小さな池がいくつもあるが、「熱帯スイレン」が咲 いて南国情緒を醸し出している。 熱帯スイレン スイレン科・スイレン属、原産地はアフリカで、宿根草。普 通昼咲きであるが、インド原産の夜咲きのものもある。派 手な色彩のものが多く、無臭の温帯スイレンに対し、熱帯 種は強い香りを持っている。 温帯スイレンは、水面に浮かぶように花を咲かせるが、熱 帯スイレンは水面からスッと茎を伸ばし花を咲かせる。なお、 ハスとスイレンの違いは、葉っぱの撥水性にあり、ハスは 撥水性があるが、スイレンは無い。 耐寒性はないので、日本で栽培する場合、冬の間は室内 にとり込む必要がある。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。プルメリアへジャンプ
2014年01月30日
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おはようございます。 ただ今京都にいます。 従いまして、日記の掲載は明日になります。 今日も良い一日をお過ごしください。 宮じいさん
2014年01月29日
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アニズリー・ディクソン※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ FL、1983年作出、イギリス・ディクソン。花色は花 弁中央部の内側が黄色で、その他は淡いピンクの 複色、全体として薄いアプリコット色の感じである。 丸弁高芯咲き、中輪、四季咲き性。 ディクソンはイギリスの著名なバラ・作出家で、身内 の者の名を付けたのであろうか。※二人でハワイへ(6)-2006.7.5-7月 5日(水)<二日目> レッド・ジンジャー・ハワイ旅行(6) プールから少し離れた所に、「メネフネ王」のブロンズ製の彫 刻が立っている。 像を取り巻く形で、「レッド・ジンジャー」が 文字通り真っ赤な花をのぞかせている。 レッド・ジンジャー ショウガ科・アルピニア属、原産地は西インド諸島で、多年 生草本。 葉は長さ60cm位、頂生の筒状花穂、赤い苞(ほう)が重な る。 本当の花は黄色い。 高温に強く、花(苞)は夏でも2 週間以上観賞出来る。 ハワイのレイに欠かすことのできない花である。 メネフネ メネフネとは、カウアイ島に住んでいたといわれる小人属の ことをいう。 伸長は普通の人間の半分くらいしかないが、筋 骨隆々としていた。 彼等は森に住み、昼間眠って夜働くと いう習慣を持っていた。 また性格はとてもシャイで、滅多な ことでは人前にその姿を見せることは無かったと言われてい る。 民族学的にいえば、メネフネは6世紀頃にカウアイ島に移住 してきたハワイ先住民ではないかと言われている。 ホテルのエントランスの上の方から、「ツンベルギア」が白い花 を沢山ぶらさげて、常夏の情緒を醸し出している。 温室では よくみかけるが、屋外で見るのは初めてである。 ツンベルギア キツネノマゴ科・ツンベルギア属、原産地は熱帯アフリカで、 蔓性多年草。 花色は白の他に、黄色やオレンジ、紫色等 がある。 花名はスエーデンの植物学者ツンベリーに因む。 和名は ヤハズカズラ(矢筈葛)で、葉の形がヤハズに似ていること による。 強健種で、今では熱帯の各地に野生化している。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。レッド・ジンジャー・ハワイ旅行(6)へジャンプ
2014年01月28日
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アナベル※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ FL、1972年作出、ドイツ・コルデス(Kordes)。 花色は朱色で、剣弁高芯咲き、花径10~12cm。 アナベルは女性名で、エドガー・アラン・ポーの詩 に出てくる、「アナベル・リー(ポーの妻)」が有 名。 花の名としてのアナベルは、アジサイ・アナベルの 方がよく知られている。 このアナベルは「白い貴 婦人」の別名がある。※二人でハワイへ(5)-2006.7.5-7月 5日(水)<二日目> ランとプール・ハワイ旅行(5) Hホテルには、ビーチ側にワイキキ一の大きさを誇る「スー パープール」がある。 椰子の木とランの花に囲まれており、 泳ぐだけでなく、撮影していても楽しい。 ランの花はプール・サイドだけでなく、庭園のいたるところで 見ることが出来る。 いつも温室内のランを見ているが、屋 外のランは生き生きとしている。 主に「デンファレ」である。 デンファレ ラン科、原産地は熱帯アジアで、着生ラン。 デンファレは 園芸上の通称で、デンドロビウム・ファレノプシスの略称で ある。 ファレノプシス(胡蝶蘭)とは別の種であるが、花の形がよ く似ている。 花の後ろに「距(きょ)」がある。 距とは萼 (がく)や花弁の一部が中空で細長く突き出したもので、中 に密をため虫を呼ぶ。 寒さに弱く、冬でも生長させるには15℃以上の気温が必 要である。 ランと共に、「サンタンカ」が朱色の小花を沢山付けていた。 サンタンカ(山丹花) アカネ科、イクソラ属、原産地は中国、マレーシアで、常緑 低木。 つややかな葉をつけた枝の先に、朱色の小花が密集して 咲く姿は豪華である。 花色は朱、紅、淡紅、黄、白など多彩である。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。ランとプールへジャンプ
2014年01月27日
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アドミラル・ロドニー※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT、1973年作出、イギリス・Trew。 花色はピンクで、 半剣弁高芯咲き、中・大輪、四季咲き性。 香りのバラである。 命名の由来はよく分からないが、「アドミラル・ロドニー」とい う名前は、1782年英仏間の植民地戦争で、ジャマイカをフラ ンス艦隊から守った、英国海軍の提督である。※二人でハワイへ(4)-2006.7.5-7月 5日(水)<二日目> ハワイのペンギン・ハワイ旅行(4)Hホテルのシンボルは「レインボータワー」であろうか。クルージングをしていても、目標になる建物である。 近くに桟橋があり、潜水艦基地へのシャトル船が出ている。 何回も乗艦しているので、今回は取りやめたが子ども達に人気のあるツアーである。 日本では体験出来ないので、機会があれば是非挑戦して欲しいものである。さて、チックインの13:00が近付いたので、メインのカウンターへ行く。 今回はすんなりと部屋のキーカードを受け取ることが出来た。 部屋に入ったが、スーツケースはまだ届いていない。 それが、来るまではやはり落ち着かない。 窓から下をのぞくと、素敵なプールがあった。 大きなプールはビーチ側にある。 更に目を転じると、子ども達がフラダンスのレッスンを受けていた。ハワイならではの光景である。10分もしないうちにスーツケースが届いたので、一安心である。早速シャワーを浴びて、1時間昼寝をする。 起きて見れば2時間経過していた。 夕食まで、別にすることはないので慌てることはない。カメラを持って、ホテル内の庭園を廻ることにする。 真っ先に行ったのは、「ペンギン・コーナー」である。 ハワイは北緯18°55’にあり、南極にいるはずのペンギンがハワイにいるとは驚きである。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。二人でハワイへ(4)へジャンプ
2014年01月26日
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アトール※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT(ハイブリッド・ティーローズ)、1971年作出、フランス・ メイアン。 花色は朱色で、半剣弁高芯咲きから、開ききるとロゼ ット咲きとなる。 花径は12~15cmと大輪。 アトール(Atoll)とは、環状のサンゴ礁の意で、サンゴ色を イメージして名付けられた。 近縁種のアトール’99(CL、1999年作出・メイアン、黄色) の方が、良く知られている。※二人でハワイへ(3)-2006.7.5-7月 5日(水)<二日目> ダイヤモンドヘッド・ハワイ旅行(3) ワイキキビーチとカラカウア通との間が改修されて、花が植 えられたり、芝生が出来ている。 ハワイの州花・ハイビスカ スをいたる所で見ることが出来る。 ハイビスカス アオイ科・フヨウ属、原産地はアジア起源と考えられている 熱帯性花木。 フヨウやムクゲも同じ属であるが、ハワイア ンハイビスカスといわれる交配品種群をハイビスカスという。 2群あって、オールドタイプは、中小輪多花性で、葉の切れ 込みが深い。ニュータイプは、豪華な大輪で、葉が丸く株に ボリューム感がある。 花色は赤、桃、黄、橙、白に底紅などの複色があり、八重咲 きもある。 ワイキキ・ビーチからDFSに戻る途中、「インタナショナル・マー ケットプレース」へ立ち寄る。 インタナショナル・マーケットプレース 中央に池があり、ガジュマルの大木が人目を惹きつけている。 屋台の土産品店が軒を連ねており、立地条件の良さと相まっ て、夜間はものすごく混雑する。 まだ11:20過ぎであったが、近くで早い昼食をとる。 12:00 DFS前で、リムジンに乗り込みHホテルへ。 12:20と、少し 早すぎたが、一応チェックインを試みる。残念ながら13:00ま で待って欲しいとの事。 やむなくビーチへ出て、「ダイヤモンド ヘッド」を撮影する。 ダイヤモンドヘッド ワイキキビーチに次ぎ、ホノルルのシンボルであろうか。 約 30万年前、火山の噴火で出来たクレーターは、ハワイ語で 「レアヒ」(=マグロの額)と呼ばれていた。1700年後期にな り、西欧の探検家がこの山にある方解石の結晶をダイヤモン ドと見間違えたことからダイヤモンドヘッドと呼ばれるようにな ったとの説が有力である。 1900年初頭には、アメリカ軍の監視基地に指定され、現在 も砲台の跡などが残っている。 クレーター内では、軍が強い 電波を出しているのだろうか、携帯電話がかかり難いので要 注意である。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。二人でハワイへ(3)へジャンプ
2014年01月25日
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アストレつる※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ CL、1969年作出、フランス・Croix。 花色は 橙ピンクで、剣弁高芯咲き、大輪の花を咲かせる。 HTからCLが作出されたものと思うが、HTの詳細は分か らない。 アストレは、ギリシャ神話に登場する大神・ゼウスと巨人 族の女神・テミスの間に生まれた。 他の神々が地上を見限って、天上へ引き上げた後も、人間 を信じて地上にとどまり、正義を説き続けた。しかし、人 々はだましあい、血を流し、親子兄弟までが争うようにな った。そんな人間界にたまりかねた正義の女神・アストレ はとうとう天上へと去ってしまった。このアストレの姿が 「乙女座」になったと伝えられている。 作出者・Croixが、この正義の女神・アストレをイメ ージしたかどうかは分からないが、アストレはフランスに おける早期オペラに登場してくる。※二人でハワイへ(2)-2006.7.5-7月 5日(水)<二日目> ワイキキ・ビーチ・ハワイ旅行(2) 20人乗りのマイクロバスが満席になったところで、ワイキ キに向かう。 H旅行社のツアー・デスクがDFS内2Fにあ り、25分後に到着する。 まだ9時前なので、裏口から2F 事務所に上がって行く。 早速滞在中の注意事項の説明が あり、特に帰国時ホテルに迎えが来るが待ち合わせる場所 を教えて貰う。 午後3時チェックインの人達には、市内観光 の無料サービスがある。 滞在中トロリー乗り放題と、リムジ ン乗り放題が選択出来るとかなので、リムジンを選んだ。もっ とも、リムジンで移動出来るのはトロリーの範囲内である。 オプションのツアー・クルージング・ディナーショー等の説明が あったが、今回はオプションの申し込みはしなかった。 リム ジン呼び出し用の無料携帯電話を借りたところで、さて午後 1時チェックインまでどのように過ごすか思案する。まだ、10 時前なのでDFSはオープンしていない。店内には商品が置 いてあるので、裏口から外へ出るのもH社の係員が付いてく る。 カラカウア通(ワイキキ)へ出て、やっとハワイへ来たことを実 感する。 4年前孫を連れて来た時、衛兵の交代が面白かっ たので、先ず「キングス・ビレッジ」に向かう。 本物の衛兵に 代わって、本物そっくりのお人形が立っているのには驚いた。 キングス・ビレッジ この一角だけ、ヨーロッパのレトロな雰囲気を思わせる造り になっている。 全体的に土産物を扱っている店が多い。ハ ワイの民芸品、ハワイアンキルト、ジュエリー、手作りのキャ ンドル等ウインド・ショッピングだけでも楽しい。 レストランも沢山あり、特に和食系では「田中・オブ・東京」、 居酒屋風の「踊り子」等がある。 さて、ワイキキに来れば、やはりワイキキ・ビーチであろうか。 靴では砂浜を歩きにくいが、久しぶりのビーチにいささかエキ サイト気味にシャッターを押しまくった。 ワイキキ・ビーチ 東はカピオラニパークから西のヒルトン・ハワイアン・ビレッジ まで、約3kmにわたって続く三日月型の美しいビーチは世界 で最も有名なビーチと言っていい。 ワイキキ周辺は昔、湿地帯だったという。ビーチの砂は最初ノ ースショアから運ばれたとか。 今でも、他の場所の砂を補給 しているのではなかろうか。 夜間の掃除を含め、美観維持の ため相当力を入れているようだ。 -つづく- 画像は下記をクリックして下さい。ワイキキ・ビーチ・ハワイ旅行(2)へジャンプ
2014年01月24日
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アサクモ(朝雲)※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT、1973年昨出、日本・京成バラ園。黄色に 紅の覆輪、半剣弁高芯咲き、花弁数40枚、花径は 13cmで大輪、四季咲き性、微香。樹高1.4m、 横張り性。 黄色に紅がのぼる様子が、朝焼けに染まる雲を思わ せる。 早咲き、強健種。 1973年、ローマ国際コンクールで、銀賞を受賞。※二人でハワイへ(1) -2006.7.5-7月 5日(水)<一~二日目> いざ出発・中部国際空港-ホノルル(中部国際空港は2005.2.17開港) 曇り空で、いまにも降りだしそうであったが、雨が降ってい なくて助かった。 地下鉄金山駅で、名鉄電車に乗り換え る。 16:00過ぎ中部国際空港に到着する。 チェックイ ンまで30分あるので、空港ビルの4F・3Fを撮影する。4 Fにはシックな土産物屋やレストランが軒を連ねている。 16:30チェックイン。離陸予定が10分早くなって18:20 とか。 機内食が出るのは多分3時間後になるので、出国 審査を済ませて、軽い食事をとる。 五目ラーメンとたこ焼 きであったが、結構美味しかった。 食後22番ゲートへ。 17:50機内へ入る。 ほぼ満席な のには驚いた。 外を見ると雨が降っていた。 18:30離 陸。 1時間後に楽しみの機内食が出た。 ビールを頼ん だが、有料になったとかで5ドル取られた。 初めての経験 である。 それと航空運賃自体は、競争が激しくてそんなに 上がっていないが、石油価格高騰に伴い、燃油サーチャー ジと称して、ハワイの場合往復16,000円も取られた。 さて、離陸後7時間半でホノルル空港へ到着した。07:20 で、昨日と同じ7月5日である。 時差の関係でそうなるが、 何か1日得をした感じである(帰りは逆になる)。 雨が降っ ていたのには驚いた。 午後のシャワーはよくあるが、早朝 の雨は初めてである。 ということで、空港ビルの外へ出て も、そんなに暑くはない。 旅行社に手荷物を預け、ワイキキへのマイクロバスを待っ ている間に、青空が現れほっとする。 と同時に気温がぐん ぐん上がっていった。中部国際空港-ホノルルへジャンプ
2014年01月23日
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アカペラ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT、1995年作出、ドイツ・タンタウ。 花色は、表弁が濃 いピンクで、裏弁が白のツートンで目立つ存在である。半 剣弁高芯咲き、大輪、四季咲き性。花名の由来は分からない。 ア・カペラ (イタリア語 : a cappella)とは、無伴奏で合唱・重 唱すること、またはそのための楽曲を言う。※孫とハワイへ(20)-2002.3.28- <完>3月28日 <五日目>(最終日)ワイキキの虹-ソウル経由帰国 06:00 起床。 昨夜早い目に寝たので、爽快な目覚 めである。 孫はまだ寝ている。 家内は既に起きて、 荷造りをしている。 昨夜もミルクだけで心配したが、ど うやら可成り快復したらしい。 ガラガラ声であるが、何 とか会話は出来る。 やがて、孫を起こし洗顔させる。 06:30 朝食。 例によりベランダで、サンドイッチ中心 の食事である。 ホットコーヒーも作る。 突然孫が「虹 だ!」と叫ぶ。 海の方をみると、ごく一部だが虹らしい ものが見える。 慌てて部屋からデジカメを持ってきて、 それらしい方向にカメラを向け、シャッターを押す。僅か 2~3分後に虹は消えてしまった。 食後懸命に荷造りを続ける。 お土産物はなるべくス ーツケースの中に詰め込む。 ワインとウイスキーは 最終空港のソウル・仁川のDFSで購入予定である。 07:20 フロントでチェックアウト。 07:50 スーツ ケースをがらがら押して、タパ・タワー傍の集合場所へ。 ありがたいことに、またまたリムジンのお迎えである。Hホテルからは我々だけらしい。 他のホテルで4人乗 せて空港に向かう。 30分もかからないうちに空港到 着である。 10:30 例により、子供連れはビジネスの次に機内に 入れるのは有り難い。 しかし、今回は窓側は確保でき ず、真ん中の3席となる。 しかも、ほぼ満席である。春 休み中だからだろうか。 11:00 過ぎほぼ定刻通り、ホノルル国際空港を離陸 する。 今日は快晴である。 滞在中は殆ど曇り空だっ たが、こればかりはどうしようもない。 一時間半後に 機内食がでる。 今回は洋食を選ぶ。 家内も体調を回 復したのか、大部分を食べることが出来た。 孫は半分 位残した。 最後になって疲れが出たのだろうか。 食後 しばらくして、横にならせる。 16:50 定刻より少しおくれて、ソウル・仁川(インチョン) 国際空港に着陸する。 乗り継ぎまで約2時間ある。 ホ ノルルでマイレージの申請を忘れたことに気づき、航空会 社のカウンターに立ち寄り手続きをする。 孫は腹が減っているようなので、レストランに向かう途中、 ワールドカップ・サッカーグッズを売っている店があり立ち 寄る。 孫は小遣いがまだ残っているので、何か買っても いいかと聞く。 勿論OKである。 チッビッコ・サッカーク ラブ員なので、目を輝かせて探している。 感心したのは、同じクラブ員である彼の兄のために、先ず 一点選んだことである。 日頃は喧嘩ばかりしているが、 外国旅行したことで、少しは成長したのだろうか。 続いて 同じような柄のシャツを自分用に買い求める。 ワールド カップのロゴが入っている。 それと、私にはなじみがない が、細長いタオルの様な物を2枚買う。 応援用に使うの だろうか。 DFSのすぐそばで、VISAカードのPRをしている韓国娘達と記念写真を撮ってもらう。 家内はも韓国のりを沢山もらい、ご満悦である。 出発まで後40分くらいしかない。 慌ててレストランに行き 軽い食事をとる。 孫は一食抜いているので良く食べたが、 私と家内は機内食が出ることが分かっているので、最小限 にとどめておいた。 ゲートに行くと、既に搭乗開始をしている。 最後尾につ く。 今度は窓際の席を確保できた。 しかし、外はすでに 暗くなっている。 19:00 定刻どおり仁川国際空港を離 陸する。 例により30分後食事がでる。 私と孫はビビン バで家内は洋食である。 のんびりと食べてはおられない。 20:40 定刻より10分も早く名古屋空港に着く。 入国 審査は極めて簡単だったが、手荷物受け取り所で意外に 時間がかかった。 20分以上も待って、ようやくスーツケ ースがやってきた。 税関はフリーパスの感じで外に出る。 孫の両親と彼の兄が待ちくたびれた感じで、手を上げて いる。 孫は急に元気がでて、彼等に走り寄った。 <完>ワイキキ沖に虹が!!リムジンでHホテルへお迎え※追加画像は下記をクリックして下さい。リムジンでHホテルへお迎えへジャンプ※明日から「二人でハワイへ(2006.7.5~ )」をお送りいたします。
2014年01月22日
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アカプルコ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT(ハイブリッド・ティーローズ)、1997年作出、イギリス・ ディクソン。 花色は個性的なオレンジピンクで、何とも華麗である。 剣弁高芯 咲き、花径は大輪。 ディクソン社が、日本との関係で有名になったのは、何と云っても、 1966年に当時の皇太子妃美智子さまに捧げられた「プリンセス・ ミチコ」からである。 アカプルコはメキシコの太平洋岸にあるリゾート都市である。※孫とハワイへ(19)-2002.3.27-3月27日 <四日目> ディナー・Hホテル フラダンス・ショウが終わり、ひとまずホテルの部屋にも どる。 家内はやはり夕食は食べたくないと言う。 やむ なく、孫と二人でホテル内のレストランを2~3あたる。 中華料理にしようかと思ったが、超デラックス店なので 敬遠する。 ステーキはもういいと言うので、結局昼食と 同じ和食レストラン「初花」がいいということになった。 初花の店の前には、なんと行列が出来ているではない か。 昼食の時はがらがらであったが、考えてみれば 午後一時近かったので、お客もすくなかった訳だ。 迷 ったが、他を探すのも面倒なので行列に並んだ。 8番 目くらいだろうか。 5分くらい経って、店の係員がノー トをもって現れる。 サインをしておけば、順番に呼びま すとのこと。 サインをして、近くのベンチに座って順番 をまつ。 午後7時近い最も混む時間帯である。 20分くらい待っ ただろうか。 やっと呼んでくれる。 2Fに上っていき、 窓際の席に着く。 今夜がハワイで最終の夜だから、な んでも好きなものを食べなさい、と孫にいうが、孫は寿司 でいいと言う。 私は折角だから昨日に引き続いて、ロブ スター中心のシーフードを注文する。 キリンのびんビールを飲みながら、ハワイ最後の夜食を のんびりと楽しむ。 孫はじいちゃんのロブスターを見て 少し欲しいというので、「つめ」の部分を工具のようなもの で割って中身を出してやる。 孫はご馳走を食べながら、 ばあちゃんの心配をしている。 3人で食事が出来れば 最高だが、世の中色々な事が起こるものである。 食後例により、ABCストアでサンドイッチ、ミルク、フルー ツを購入する。 時間はまだ早いので、ホテル内のまだ 行ったことのない場所を回ってみる。 大きなイースター エッグが飾ってある所で記念撮影をとる。 そういえば、 今日は3月27日で31日がイースターである。名古屋で イースターを迎えることになるわけだ。夕闇迫る頃※追加画像は下記をクリックして下さい。中華料理店前で・Hホテルへジャンプ
2014年01月21日
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アカネ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ FL(フロリバンダ・ローズ)、1922年作出、デンマーク・ ポールセン。 花色はアカネ(茜)色(朱色)で、丸弁 高芯咲き、花径は中輪、四季咲き性。 デンマークの育種家・ポールセン(Dines Poulsen) は、1912年世界で最初のFL(リュード・ヘッテ-赤 ずきん)を作出したことで有名である。※孫とハワイへ(18)-2002.3.27-3月27日 <四日目> フラダンスショウ・H・ハワイアン・ビレッジ 12:20 ホテルの部屋に戻る。 家内は部屋を暗くし てベッドで寝ている。 昨夜は寝付かれなかったのだろ うか。 目を覚まし「お帰りなさい」と言ったらしいが、 よく聞き取れない。 なんと風邪を引いたらしく、声がか すれて殆どしゃべれない。 「ハワイへ来てまで、風邪と は」としばし絶句。 幸い熱はなさそうだ。 小寒い感じ の時は、長袖を着ればいいのだが、つい半袖で我慢し たのが災いしたらしい。 困ったことだが、本人は医者に行く程の事ではないと 言う。 こうした事のために、海外旅行保険を掛けてい るのだから、費用の心配は要らないと伝えるが、「寝て いるだけで大丈夫」と筆談で答える。 昼食は勿論まだ だが食欲もないとの事。 孫は腹が減って来たらしいので、家内が心配だが二人で 外に出る。 ワイキキの中心地へ行くはずだったが、ビ レッジ内にあるレストランを探す。 孫は日本食の方が いいと言うので、和食レストラン「初花」に行く。孫は 「ざるそば」を私は「かつどん」を注文する。 ウエー ターが私の前にざるそばを、孫の前にかつ丼を置いたの には苦笑した。 ばあちゃんが心配なので、食事もそこ そこに、途中でミルクを買って部屋に戻る。 家内はミルクを少しだが飲んでくれたのでほっとする。 風邪は栄養をとって、寝ていれば直るはずだが、旅先 ではどうしても不安が先立つ。 我々も別にすることは ないので、おつきあいで昼寝をかねてベッドで寝ること にする。 15:30 目が覚める。 家内はまだ寝ている。 病人 を部屋に残したまま、遠出するわけにもいかないので HHV(H・ハワイアン・ビレッジ)内で過ごすことに する。 孫もやがて起きたので、プールに行かないかと誘って みる。 勿論OKである。 早速海水パンツにはきかえ、 アロハシャツを羽織り、ビーチサンダルを履く。 丁度 家内が目を覚ましたので、プールに行くむね伝え、夕 食は何がいいか聞いてみる。 残念ながらまだ何も食 べたくないとか。 仕方がないので、冷蔵庫にパンと ミルクがあるから、出来るだけ食べるよう伝える。 エレベーターを降りたすぐの所にプールがあるから便 利である。 ビーチタオルを二人分計4枚をサインして 借りる。 プールサイドの寝椅子に一枚づつ敷く。 早 速プールに入る。 思ったより水が冷たい。 浅い側の 階段状の所から、静かに水の中に入って行く。 身を 沈めて、後ろを振り向いたところ、孫はまだ立ったま まである。 水をかけると逃げていってしまった。 監督者が一人で泳ぐわけにもいかず、水から上がり、 孫を連れてくる。 水の中に入ってしまえば大丈夫と 説得する。 暫く迷っていたが、やっと納得したのか、 恐る恐る私が差し出す手に近づいてくる。 何回か 躊躇しながら、やっと身を沈める。 日本のプールで はクロールらしきもので、10mくらいは泳げるのだが、 勝手が違うのかうまく泳げない。 バチャバチャやって いるだけである。 適当なところでプールから上がり、寝椅子に横たわる。 まさに、リゾート気分で最高である。 といって、落ち着 いて寝ておられない。 10分くらいして、またプールに 入る。 そのうち、孫はビーチに行きたいと言う。 バス タオルを返却して、ビーチに向かう。 ヒルトンのプライ ベート・ビーチではないが、専用の雰囲気である。 広々 として気持ちがいい。 もう夕方近いのでビーチパラソル をかりる程のことでもない。 プールの水より温かい気が したが、孫は水際で遊んでいて海の中には入っていかな い。 私も塩水は後始末が大変なので、浜辺で孫を見守 っていた。 急に思いだした。 18時からスーパープールサイドでフラ ダンス・ショウがあることを。 今夕はどうしても見たい。 このまま立ち寄ってもいいが、海水パンツが濡れたまま なのも気持ちが悪い。 部屋に帰って着替えた方がよさ そうだ。 孫に事情を説明して帰途につく。 途中水道で 砂だらけの足とサンダルを綺麗に洗う。 部屋に帰ると 家内は起きていたが、夕食は不要で、ショウも見ないと 言う。 シャワーを浴び、着替えをすませて、孫と2人で出かける。 プールサイドの最前列は既に満席である。 中央付近の 二列目に座る。 定刻18:00にホラが鳴り響き、トーチに 点火される。 ショウの始まりである。 椰子の木をバック に舞台もムード満点である。 流石女性達のダンスは優雅 で、目を楽しませてくれる。 男性陣の踊りは力強く、荒っ ぽく、最後はプールに飛び込んだ。 30分はあっという間に過ぎ、フィナーレは全員参加で壮観 である。 しかも、プールサイドまで挨拶に来てくれ、サービ ス満点である。 やがて、照明が消え舞台は静かに終わる。Hホテル入り口付近バス停付近を望むハイビスカス※追加画像は下記をクリックして下さい。ハイビスカスへジャンプ
2014年01月20日
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アウグスタ・ルイーゼ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT、1999年作出、ドイツ・タンタウ。 花色は、アプリコット、 オレンジやピンクなどの色が重なり合って、美しい色をかもし 出している。 花弁質がしっかりしていながら、フリルの付い た花弁が複雑に重なり合い、ボタンのような華やかさである。 花径は約13cmと大輪で、花弁数60~70枚、ロゼット咲き、 中香。 半直立性で、樹高1~1.8m。 花の名は、18世紀の文豪ゲーテの文通相手の婦人名に因 む。※孫とハワイへ(17)-2002.3.27-3月27日 <四日目> シャトル船-Hホテル ダイヤモンドヘッドを目指して、船は帰航の途につく。途中 風が出てきた。 波が高くなり、船が揺れ始める。 気分の 悪くなる人が増えてきた。 孫は平気な顔をして、外を眺め ている。 海の男である私は勿論大丈夫である。 まあ、帰 りで良かった。 来るとき、この調子だったら、とても潜航 は楽しめなかっただろう。 もっとも、潜航中は風波には全 く関係ないが。 乗船前に記念撮影をした写真を売りにくる。 $20は少し 高いと思ったが、やはり記念である。 アトランティス号の CDも付いているので購入する。 プロが撮った写真だけに、 綺麗に撮れている。 孫は一生懸命海を見つめている。 何を見ているのだろう か。 聞いてみると、海亀に会えるかも知れないという。余 程海亀が気に入ったらしいが、波が立っているので、かり にいたとしても、発見は難しそうだ。 ダイヤモンドヘッドに近づくと、左に舵を取りビーチと平行に 走る。パシフィックビーチホテル、ハイアットリージェンシィ ホテルと見覚えのあるホテルが通り過ぎて行く。 ビーチで 泳いでいる人達は小さくてよく分からない。 12:10 船はヒルトンビーチ桟橋に接岸する。 我々以外 は、全員大型バスに乗り移り、サンゴ加工工場に立ち寄る らしい。 珊瑚礁生い立ちのビデオがあり、サンゴの加工 が見られるので面白いが、土産物を売るのが主たる目的 である。 一応敬遠して、お先に失礼する。 部屋に戻る 途中、今朝チェックインした事務所に、なぜか老キャプテン のお人形が置いてあったので、孫を並ばせて記念写真を 撮る。シャトル船・アトランティス号に戻る次のグループの潜航開始※追加画像は下記をクリックして下さい。船上よりダイヤモンドヘッドを望むへジャンプ
2014年01月19日
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アイスバーグ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ FL(フロリバンダ・ローズ)、1958年作出、ドイツ・コル デス。 花は純白で、オープン・カップ型、花径は8~ 10cmで中輪、完璧な四季咲き性、微香。 別名シュ ネービッチェン(白雪姫)。 アイスバーグ(氷山)が示す通り、耐寒性に優れており、 極めて丈夫な品種で、世界的なロングラン人気品種。 蕾は長く、わずかにやさしいピンクがかっている事もあ る。 樹形はまとまった半直立性で、高さは1m位まで 伸び、ショートの発生が多い。 トゲは殆どない。 1958年にNRS(英国王立バラ会)賞、バーデンバー デン(ドイツ)金賞を受賞。※孫とハワイへ(16)-2002.3.27-3月27日 <四日目> 潜水艦(3) 動いている魚達を撮影すのは意外にむつかしい。 潜水艦 も動いているから、タイミングが合わない。 深度を増すに つれ、大きな魚達も見え始めた。 黄いろと黒のトロピカル・ フィッシュも現れた。 次から次へとシャッターを押す。 第二次世界大戦の遺物だろうか、飛行機の残骸も見える。 ハワイ大学が珊瑚礁の研究用に沈めたという「ピラミッド」も 見えてきた。 大小様々な魚群に圧倒される。 運が良ければ、海亀が見られると聞いていたが、なかなか 現れない。 1996年に沈めたマグロ漁船セントぺトロ号に 近づいていく。 いたいた! 大きな海亀が悠々と泳いでいる。 まるで、竜宮城に来たような感じである。 浦島太郎の気分も 悪くない。 孫がこちらを向いて、窓の外を指さしている。 勿 論先ほどからシャッターを押し続けている。 深度計が142フィート(約40m)を示した。 どうやら海底に 着いたようだ。 砂地にウニや石ころがごろごろしていて、魚 はあまりいない。 深いからだろうか。 艦はやがて静かに 浮上し始める。 見所がどうしても、右舷か左舷に偏るので、 その都度艦を廻して、どちらも満足するよう運航している。 頭の上が明るくなり、水面が見え始めた。 11:30浮上する。 50分間の潜航を充分楽しむことが出来た。 孫も満足した顔 をしている。 気をつけて鉄梯子を上り、外にでる。 ほっとし て深呼吸する。 やはり、潜水艦内は狭いので、圧迫感があ る。 シャトル船に乗り移る。 次の人達が待機しているので、今度 は初めから、2F甲板に上る。 孫は熱心に今降りた潜水艦を 見ている。 次の人達が潜水艦に乗り移ったところで、シャトル 船は静かに動き始める。水深83ft・潜水艦内魚の群れ※追加画像は下記をクリックして下さい。海底に着く、水深142ftへジャンプ
2014年01月18日
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アール・VS91-98※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT(ハイブリッド・テイー・ローズ)、1991年作出・ベル ギー・RVS。 花色は朱色で、半剣弁高芯咲き、花径は12~15cm と大輪。 RVSはベルギーの有名なバラ育種会社らしい。※孫とハワイへ(15)-2002.3.27-3月27日 <四日目> 潜水艦(2) 09:50 乗船開始。 真先に乗り込む。 2F甲板に出 て見送りの家内に手を振る予定だったが、船室で説明があ るとかで、上に行けない。 船室から外は見えるが、外か ら中は見えないらしい。 予備のカメラで2F甲板に現れる であろう我々を撮影する積もりの家内に連絡しようにも、 無理である。 10:00 定刻通りシャトル船は乗客64名を乗せて桟 橋を離れる。 見送っているのは、家内ただ一人である。 だれも、2F甲板に現れないので、諦めて帰っていった。 15分くらい、救命胴衣等の説明があった。 その後やっ と2F甲板に上がることが出来た。 早速ヒルトン・ハワイ アン・ビレッジを撮影した。 宿泊中のタパ・タワーもよく 見える。 10:30頃潜水艦とドッキングする。 いよいよ待望の潜 水艦に乗り込む。 丸いハッチが開いていて、垂直に鉄の 梯子が付いている。 先ず私が降りるから、続いて注意し て降りるよう孫に指示する。 身長1m未満の子供は乗る ことが出来ない。 成る程、小さい子供は無理だと降りな がら納得した。 孫はチビなので、一年まえならむつかし かったかも知れない。 艦内には、丸い窓が32個ある。 右舷に32名、左舷に 32名の計64名乗りである。 一つの窓を2人が使用す る訳である。 潜航に先立ち2~3注意があった。 10:40 いよいよ潜航開始である。 ぶくぶくと泡が上っ て行く。 頭上の海面は見えなくなる。 前部と後部に深度 計がついており、10、15、20フィート(1フィートは約30 cm)と段々数字が大きくなる。 小さな魚の群が見えて来 た。 「じいちゃん、写真、写真」と孫がエキサイト気味で ある。出航後アトランティス号よりダイヤモンドヘッドを望む宿泊中のホテル群※追加画像は下記をクリックして下さい。アトランティス号内でへジャンプ
2014年01月17日
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アーズ・ローバー※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ OLD.R(オールド・ローズ)、1898年作出、イギリス・ ディクソン。 花色は濃赤色で、何とも色鮮やかである。 ロゼット咲 きで、大輪。 強い香りがする。※孫とハワイへ(14)-2002.3.27-3月27日 <四日目> 潜水艦・ワイキキ沖(1) 07:30 起床。 さあ、今日は待望の潜水艦に乗る日だ。 孫が最も期待するイベントである。 日本で経験することは まず不可能である。 朝食もそこそこに、部屋を出てビーチに向かう。 09:20 チェックインなので、まだ30分以上ある。 既に泳いでいる 人もいるが、人影はまばらである。 水際で子供達がベニヤ板 で作ったボードで楽しんでいる。 サーファー予備軍といった ところか。 09:20になっても、桟橋のゲートは開かない。 10分後係員が鍵を持ってやってくる。 チェックインの場所 を聞くと、桟橋ではなくてホテルにあるとか。 どうやら我々 だけがヒルトン滞在者で、他のグループはそれぞれのホテルへ 迎えに行くらしい。 桟橋からホテルの方に戻り、それらしい場所を見つけてチェッ クインを完了する。 シャトル船の出港は10:00とのこと。 それまで桟橋で待機である。 先ずはお決まりの記念撮影であ る。 ダイヤモンドヘッドをバックにプロのカメラマンが撮っ てくれる。 家内は既に何回か経験しているので、今回は孫と 私の二人の参加である。 我々の撮影が終わったところで、後 続のグループがやってきた。 間もなく、潜水艦へ我々を運んでくれるシャトル船が入港して きた。 思ったより大きい船である。 200人くらい乗れそ うだ。 出港までまだ15分くらいある。 船から航海士らし い船員が降りてきて、先頭にいた孫になにか言っている。 ど うやら、ついて来いということらしい。 なにごとかと私も一 緒について行く。 桟橋の一角の手すりに、何か箱がとりつけられている。船員は 紙コップの中へその箱の中から餌を入れて海にばらまいた。 海には海藻が見えるだけである。 しばらくして、何処にいた のかもの凄い数の魚たちがやってきた。 続いて孫が餌をや る。 面白いほど集まってきた。何事かと大勢の人達がやって きて驚いている。 早朝のビーチ・Hホテル前早すぎて残念! 桟橋へのゲートはまだ閉まっている9時半やっと開門、潜水艦へのシャトル船「アトランティス号」がやってくる※追加画像は下記をクリックして下さい。桟橋への通路へジャンプ
2014年01月16日
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ワタラセ(渡瀬)※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT、1977年作出、日本・小林森治。 花色は藤色で、 中央部が少し濃いのでツートンの感じ。丸弁高芯咲き、中 輪、四季咲き性。※孫とハワイへ(13)-2002.3.26-3月26日 <三日目>(13)ワイキキ夜景 ショーが中止となったので、タクシーで出かけたのでは 早すぎる。 思いきってザ・バスで行くことにした。ホテ ルのすぐ前にバス停がある。 ワイキキ方面のバスは 次から次へと来る。 二人分3ドルを支払って乗り込む。 子供は無料である。 レストランの場所の見当は大体 ついている。 といって目印のビルが見えてからでは 遅いので、一応「トレードセンター・プリーズ」とド ライバーに頼んでおく。 トレードセンター近くのバス停で下車する。 お目当て のレストランはすぐ傍のはずが、簡単に見つからない。 無理もない、2年半前に一度きただけだから。 チラシ を見せて聞いてやっと分かった。 予約時間より少し 早かったがOKである。 結構混んでいるが、日本人は 殆どいない。 先ずはバドワイザーとジュースを注文して、メニューを 眺める。 孫はステーキを、私と家内はロブスターを中 心としたシーフードを頼む。 思っていた通りボリューム 満点である。 本当は2人分を3人で食べればよかった が、今晩は頑張って食べるぞと意気込む。 孫は肉が大好物だが、こんな分厚いステーキは初めて なのか、悪戦苦闘している。 家内が手助けして、切り分 けてやって、やっと何とかなる。 腹一杯になったので、 楽しみにしていたデザートはなしである。 レストランを出て、あたりを見回すと道路の反対側にIMP (インターナショナル・マーケット・プレース)の明かりが 見えた。 このマーケットがワイキキのど真ん中にオープン したのは1957年というから、もう45年も経っている。 屋台から専門店まで実に種々雑多な店が100軒以上あ る。 中心はポリネシア商品だが、その名の通り、フィリピ ン、台湾などのアジアからの輸入品を扱う店も多い。 朝 から深夜まで観光客が絶えることがない。 面白い物が沢山あり、値段もそんなに高くはないのでつい 買いたくなるが、我慢我慢である。 衝動買いは禁物であ る。 孫にも本当に買いたい物だけ手に取って見るよう 注意しておく。 つい癖で、別に買う気も無いのに手にとっ ていると、うまく押しつけられてしまうから、要注意である。 30分くらいぶらぶらして、再びザ・バスに乗る。 帰りは 簡単である。 20:30 ホテルに帰着する。 いつものようにABCス トアに立ち寄り、明日の朝食の準備をし、ホテル内の様子を 見て回る。 オープン・テラスでライブを聴きながらアフタ ーディナーを楽しんでいる人達もいる。 今日は疲れた。 21:00に部屋にもどり、シャワーを浴 びて早い目に就寝する。夕宵迫るころ・Hホテル前のビーチビーチの傍クヒオ通り・ワイキキ※追加画像は下記をクリックして下さい。クヒオ通り・ワイキキへジャンプ
2014年01月15日
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ワイルド・プラム※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ MINI、1995年作出・アメリカ・J&P。 花色は、中央部 が淡いピンクで、周辺が濃いワインレッドの覆輪、花径は 4~5cmで小輪、剣弁高芯咲き。 樹高40~80cmで、 横張り性、香りは弱い。 強健種で育てやすい。 JRC銅 賞受賞。※孫とハワイへ(12)-2002.3.26-3月26日 <三日目>(12)ハナウマ湾-Hホテル 可愛い小鳥たちと一緒に遅い昼食をとる。 2,000人以上 の人達がビーチにいるとは思えない静けさである。 腹が 減っていたこともあって、あっという間にランチ終了である。 孫がパン屑を集めて小鳥にやっている。 いつの間にやら 鶏までが来ている。 お迎えのマイクロバスが来るまで、まだ少し時間があるの で、もう一度崖の上で記念撮影をする。 先ほど泳いだ場 所をのぞき込むと、多数の魚達を確認できた。 14:45 全員集合する。 その時家内はゴザを忘れたことに気づ いたが、下まで行く時間はもう無い。 ままよと、バスに乗 り込む。 再びココ・マリーナのショッピング・センターで下車する。 指示に従い、大型観光バスに乗り換える。 どうやら、ハ ナウマ湾の駐車場は大型バスの規制が厳しいらしい。 2台目のマイクロバスの人達が乗ったところで出発である。 帰りはヒルトンは最後になる。 16:00頃ホテルに到着 する。 18時のフラダンス・ショウまでまだ2時間もある。ショー の後、今夜はご馳走を食べることにし、ガイドブックや街中に あったチラシで検討する。 孫は肉類、家内と私はシーフー ドが好きなので、ステーキ&ロブスター・レストランを選ぶ。 電話で19:00、3名の予約をいれる。 英語オンリーには 参ったがなんとか通じたらしい。 孫と私はベッドで横になる。 疲れていたせいか、あっとい う間に寝込んだらしい。 17:45起こされる。 孫はもう 少し寝ていたかったようだが、ショーが始まるので急がせる。 18:00すこし前に、スーパープール傍のいい場所を確保 する。 しかし、なんたることか、雨が降り始める。トーチ は点火され、出演者もスタンバイである。 夏ならシャワー でざーっと降って5分もしないうちに止むが、この時期はだ らだら降るので始末が悪い。 案の定10分後に中止決定 となる。 残念だが、明晩を期待するしかない。ハナウマ湾を望む崖の上で記念撮影※追加画像は下記をクリックして下さい。崖の上で記念撮影・ハナウマ湾へジャンプ
2014年01月14日
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ワイズ・ポーシャ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ En.R、1983年作出、イギリス・オースチン。 花色は 濃い藤色で、丸弁高芯咲きから開ききるとロゼット咲きとなる。 中輪、多花性、微香。 ポーシャは人名で、シェイクスピイアの『ヴェニスの商人』に 女相続人ポーシャが登場する。※孫とハワイへ(11)-2002.3.26-3月26日 <三日目>(11) ハナウマ湾(2) 食事は上の駐車場に行かなければ無理なのであきらめ先ずは 目の前で泳ぐことにする。 孫はすでにシュノーケルをつけ、 フィン(足ひれ)まではいている。 フィンを着けたままで は砂の上を歩きにくいので、手でもって行くよう指示する。 さて、いよいよお待ちかねの魚達とのご対面である。 アジ を大きくした魚が泳いでいるが、そんなに多くはない。 二 年半前は魚群の中に人がいるという感じだったのに、様子が 変わったのだろうか。 水際から5mくらいの所に立ってい たが、更に沖合へと進んで行く。 幸い遠浅なので心配する ことはない。ただ、珊瑚礁を踏まないよう注意する必要があ る。 いたいた! 30~40cmくらいの魚がうようよしている。 孫はエキサイト気味である。 水に潜った方が当然よく見え るので、潜ろうとして、はたと困った。 シュノーケルは初 めてなので、色々と試みるが、どうも旨くいかない。 やむ なく近くにいた女の子に教えてもらう。 孫はすぐおぼえて、 楽しそうに潜っている。 私は息を吐く時と吸う時のタイミ ングがうまく合わない。 面倒なので素潜りにする。 やが て、色鮮やかなトロピカル・フィッシュもやって来た。孫は 綺麗な魚が通る度に、顔をあげてその場所を教えてくれる。 時々ビーチに上がって休憩する。 ばあちゃんは崖の下で、 荷物の留守番である。 孫と二人で時の経つのも忘れるくら いであったが、13:00ちかくになると、やはり腹が減っ てきた。 半日くらいビーチにいたかったが、やむなく上が ることにする。 孫は簡単に着替えることが出来るが、大人 はそうもいかない。5分くらい歩いて脱着衣所で着替える。 再びシャトル・バスに乗って上がって行く。 上りは確かに ありがたい。 歩けばきついことだろう。 13:20駐車 場の近くのベンチを確保する。 トレーラーでホットドッグ を売っているようだ。 家内と孫が行列に並び10分後に帰 ってきた。ビーチもいいが、この付近も心安らぐ場所である。 何という名か知らないが、雀をすこし大きくしたような、頭 が赤い可愛い鳥が食卓にやってくる。 魚も鳥もやけに人な つっこい。いい環境の元にあると、いじめないから共存でき るのだろうか。シャトルバスで昼食のため上へ駐車場近くのテーブル・ハナウマ湾※追加画像は下記をクリックして下さい。駐車場近くで・ハナウマ湾へジャンプ
2014年01月13日
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ロレンツォ・パイッサ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT、1941年作出、スペイン・パイッサ。 花色は アプリコット・ピンクで、丸弁高芯咲き、中輪、返り咲 き性、強香。※孫とハワイへ(10)-2002.3.26-3月26日 <三日目>(10) ハナウマ湾(1) ダック号はハワイ・カイからココ・マリーナ・ショッピング・ センターに向けて陸上をはしる。 ハワイ・カイは比較的 新しい住宅地で、その中心となっているのがショッピング センターである。 センターは木造二階建てで、入り江沿 いに並んでいるところから、ウオーター・フロント・ビレッジ とも呼ばれている。 センターの事務所前で下船(車)す る。 ツアーガイドはここまでである。 2Fに上がり、ハナウマ湾について説明がある。 先ず、 ビデオを見る。 2年半前の夏休みに孫の兄を連れて来 た時の事を懐かしく想い出しながらTVを見る。 説明が 終わったところで、各自3枚のチケットを受け取る。 2枚 はシャトル・バス用、1枚はシュノーケル・セット用である。 11:00 過ぎ今度はマイクロバスに分乗して、ハナウマ 湾に向かう。 小さな丘をひとつ越えるだけだから、大し て時間はかからない。 15分後憧れのハナウマ湾の駐 車場に到着する。 同じ場所に14:45迎えにくるというこ とで、一応自由行動となる。 早速崖のうえから、ビーチを撮影する。 孫は沢山の魚 がいると興奮しているが、私にはよく見えない。 一般の 観光客はここまでである。 入場券売り場には大勢の人 達が並んでいる。 ツアー代金とは別に3ドルの入場料が 必要である。 13歳未満は無料とか。 入場後そのまま 歩いて降りてもビーチまで10分とかからないが、折角無 料のチケットを持っているので、シャトル・バスに乗ることに する。 10分以上も待たされてやっと乗り込む。 スタート すれば3分後にはビーチである。 さて、シュノーケル・セットをかりに行かねばならない。ビデ オを真面目に見ていなかったのでまごつくが、建物は殆ど ないので見当はつく。 家内は不要とのことなので、私と孫 の2人分をかりる。 フィン(足びれ)は靴のサイズを申告す ればOKである。 二年半前と同じ場所に陣取り、早速ゴザ を敷く。 目の前は、青い透明な海、白い砂浜、そして黒く見えるの は珊瑚礁である。 なるほど、「太平洋の楽園」そのままの 風景がいまも残されている。 おそらくオアフ島で最も美し い入り江だろう。 キョロキョロ見渡しているうちに、食品や スナック・飲料類を売っていた売店が無くなっているのに気 がついた。 これは大変ランチが食べられない。ダック号はココ・マリーナ・ショッピングセンターへ向かう、近くの入り江。ハナウマ湾※追加画像は下記をクリックして下さい。シャトルバスに乗るため行列へジャンプ
2014年01月12日
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ロイヤル・プリンセス※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT、2002年作出、フランス・メイアン。 花色は クリーム白で、半剣弁高芯~ロゼット咲き、花径12cmで大輪、四季咲き性、フルーティな素晴らしい香りがあ る。 2002年に生誕された敬宮愛子内親王殿下に捧げられた バラ。※孫とハワイへ(9)3月26日 <三日目>ダック号海へ動物園に近いところで全員揃う。 最後に乗った6人は屋根 の中に入れない。 後部オープン・デッキで我慢してもらう。 カピオラニ公園の傍をダイヤモンドヘッドへ向けて走る。こ こは、毎年12月第二日曜日に行われるホノルルマラソンのゴ ールである。 15,000人以上の人達が参加するというか ら凄い。 TVで見たことがあるが、実に楽しそうに走っている。 競技というより、ハワイ特有のお祭り意識が強いようだ。 さて、車は高級住宅地へと入っていく。 進行方向右手、つま り海側は文字通りプライベートビーチ付きの高級個人別荘地 である。 入り口にガードマンがいて、しかも彼の住宅も入り 口近くに用意されている。 海まで数百mはあるだろう。億万 長者の2桁上の人達の所有物だろうか。 左手の丘の上には 高級住宅が並んでいる。 道路の途中にやはりガードマンが いて、居住者か招待状をもった人しか入れない。 シュワちゃ んの別荘もあるらしい。 途中で雨が降り出した。 後部デッキの人達があわてて屋根 の下へと入ってくる。 やむなく2人のところが3人がけと なる。車のワイパーが手動式なのには驚いた。 これで、本 当に海の中へ入れるのか心配になる。 10:10 ハワイカイの大きな駐車場へと入っていく。駐 車場の向こうは海である。 スロープがあって、車は静かに 降りて行く。 緊張の一瞬である。 思いの外、簡単に浮か んだ。「やった!」と叫びたくなる。 孫は必死に手すりを つかんでいる。 立派に船であることが立証された。しかし、 雨はますますひどくなる。 女性だけにポンチョが配られた。 数が足らなかったので仕方がない。 孫は持参のバスタオル をかぶっている。 それにしても、波しぶきがかからないの が不思議である。 後で調べて分かったのだが、ここはマル ナルア湾で、前方の山の向こうがハナウマ湾である。 2本 のポールの間を船が進む。 どうやら珊瑚礁を避けているら しい。 15分航行したところで帰路につく。 沖合ではパラセイル 楽しんでいるようだ。 スキューバ・ダイビングの基地もあ るとか。 25分の航海を楽しみ先ほどのハワイカイの駐車場へ上陸で ある。 幸い雨は止んだようだ。 またまた緊張の一瞬であ る。無事上陸し、期せずしてドライバーへ感謝の拍手が沸く。動物園の近くで最後の6名が乗り込むダック号海へ※追加画像は下記をクリックして下さい。緊張の一瞬!、ダック号海に浮かぶへジャンプ
2014年01月11日
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ロイヤル・ゴールドつる※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ CL(つるバラ)、1957年作出、アメリカ・Morey。 花色は濃い黄色で、剣弁高芯咲き、中輪、四季咲き性、強香。3月25~26日 <二~三日目>(8)ダック号 19:30 タパ・タワー17Fの部屋にもどる。疲れたこと もあって早く寝ることにする。 といっても、入浴しなければ ならない。 先ずお湯をバスタブに入れようと、ノブを廻すと 頭からシャワーを浴びてしまった。 どうもホテルの水回り は苦手である。 慎重に色々と試みてやっとやり方が分か る。 孫を風呂に入れ、私もすませて就寝したのは20:30であ る。少し早いが明日はメインイベントのハナウマ湾行きで ある。 思ったより、ぐっすり眠れて06:30起床。 やはり 日の出の撮影は無理であった。 孫はまだぐっすり寝てい る。 昨夜ABCストアで巻きずしとサンドウィッチを買って おいたので、朝食はコーヒーとお茶を沸かせばOKである。 07:30 孫がやっと起きる。「今日はハナウマ湾だ」と いうと、顔を輝かせて早速水着の用意をしている。 用意と いってもあらかじめ水泳パンツをはいておけばいい。その 他用意するものはバスタオルくらいである。 例によりベラ ンダでささやかな朝食をとる。 ツアーの集合は09:30である。 幸い集合場所はタパ・ タワーを降りたすぐの場所なので助かる。 予約チケットを もってはいるが、誰が迎えにくるのかは分からない。念のた め旅行社のバッジを胸につけておく。 相手は流石プロで ある。 「Mr. Miya...?」と英語で聞いてくる。 チケットを見せると、向こうの車に乗れという。 向こうをみ るとなんと古色蒼然とした変な車ではないか。 「ダック・ツ アーズ」と車体に書いてある。 いやはや目立つ車だ。 どう やら60年前第二次世界大戦で使用した水陸両用車とのこと。 話には聞いていたが見るのは初めてである。 躊躇する家内と 孫をせきたてて、先ずは記念撮影である。ホテルの他のグルー プが眺めていて、恥ずかしそう。やがて、ヒルトンの別のタワーから一家族4人が乗り込んで 出発である。 出発間際にツアーガイドさんが到着でほっと する。 ドライバー君は全く日本語が話せないからである。 車はワイキキの各ホテルを回りツアー客を拾う。 カラカウ ア大通りを走るときは、注目の的である。 トロリーバスは 見慣れた人でも、ダック号には驚いて眺めている。 パレー ドの主人公になった気分で沿道の人達に手を振る。 孫は 困ったような顔で小さく手を振っている。 ビーチ夜景・Hホテル前ホテルのベランダから海を望むワイキキ市街地夜景※追加画像は下記をクリックして下さい。ワイキキ市街地早朝へジャンプ
2014年01月10日
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ロマンス※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ MINI、1993年作出、日本・中島均。 濃い赤い ダイヤモンド型のユニークな花を咲かせる。花径3cm、 房咲き性、四季咲き性、微香。 花付きがとても良く、花保ちも良い品種。3月25日 <二日目>(7) Hホテル・ワイキキ 目の前には広々とした青い海、左側にはワイキキビーチとホテ ル群、そしておなじみのダイヤモンドヘッドが望める。 右手に は大きなラグーン(塩水の湖)があり、ビルの陰になっているが その向こうはアラワイ・ヨット・ハーバーである。 何回来ても、 この眺めは見飽きることがない。 一日中ビーチパラソルの下 で、横になってのんびりと過ごしたいものである。 孫は水際で貝殻を拾っていたが、日本のように簡単に見つから ない。 ぼつぼつ飽きたとみえて、他を探検したいという。 ビー チを歩いて桟橋に向かう。 この桟橋は明後日乗る予定の潜水 艦へのシャトル船専用である。 夜のディナー・クルージングの 遊覧船は、アラモアナの西側のアロハタワー・マーケットプレース の埠頭から出航している。 もう夕方近いとあって、潜水艦の潜航は終了し、桟橋の途中の ゲートは閉じられている。 やむなくラグーンの方へ引き返すが どうも砂浜は歩きにくい。 水際から可成り離れている舗装道路 を通る。 17:30 西の方が曇っているので、どうやら夕陽を撮影するの は無理のようだ。 遅い昼食だったが、軽かったせいか、腹が 減ってきた。 ワイキキの中心地まで出るのは面倒だし、ホテル 内で夕食をとることに衆議一決し、適当な所を探す。 ABCスト アのそばにラーメン屋さんがあった。 孫に聞くとOKとのこと。 店はカウンター式で15人くらいしか入れない。 ラーメン、チャー ハンを各一人分、餃子を2人分注文する。 ラーメンが$8とは 高いと思ったが、現物を見て納得する。 なにしろ日本の1.5 倍はある。 チャーハンしかりである。 奮発してキリンの生ビールを飲みながら、ゆっくりと食事をする。 思ったより味はいい。 20分くらいして店の外に行列ができたの には驚いた。 早い目に来たのは正解であった。 過半数は日本 人であるが、外人さんも結構いる。 待っている人があると、のん びりしてはおられない。 いつものペースでかき込んで、支払いを すませて外にでる。 もう一度、ビーチに向かってぶらぶらしていると、スーパープール でフラダンス・ショウをやっている。 トーチをともして幻想的な感じ である。 なんとか正面のいい場所を見つけて座ったとたん、ショウ は終了し深々とおじぎをしている。 そばの人に聞いてみると、毎 晩6時からやっているとか。 明日の晩はショウを見てから夕食で なければならない。 潜水艦へのシャトル船専用桟橋夕暮れのビーチ(Hホテル前)※追加画像は下記をクリックして下さい。夕暮れのビーチへジャンプ
2014年01月09日
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ローズ・ヨコハマ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT、2000年作出、京成バラ園。 花色は黄色で、周辺の 花弁縁が淡い黄色なので、ツートンの感じ。 丸弁高芯咲き、 大輪、四季咲き性、芳香。 横浜市は1989年(平成元年)に市政100年・開港130 周年を記念して市の花にバラを制定した。その時、全国から公 募によって横浜にふさわしい品種を選び「ローズヨコハマ」と 名付けた。 数ある花の中でバラが選ばれたのは、開港まもな い横浜からバラが日本に上陸したというゆえんとか。3月25日 <二日目>(6)Hホテル・ワイキキ さて、室内を見渡したところ、スーツケースは来ていないし、 トリプルを予約したのに、ダブルベッドが2つあるだけで、 子供用が足りない。 早速旅行社のデスクに電話をする。 ベッドは2時ころ、スーツケースは暫くすれば届けるとのこ と。 といった所で腹が減ってきたのに気づく。 1Fのレス トランに行っても良いが、まづは「ABCストア」を視察する ことになる。 エレベーターで降りていく。 なぜか1はなくて、Lである。 ロビーの意味だろうか。 おなじみのABCストアはすぐ分か った。 それにしても、ヒルトンにまで店をだせるとは大した ものである。 ワイキキ全体に何十店舗あるのだろうか。 日本人にとって、なくてはならぬ店である。 朝食はパンだ ったので、助六とざるそば、カットフルーツを買う。 部屋に 戻り、ベランダで昼食をとる。 ささやかな食事ではあるが、 気分は最高である。 コーヒーポットでお湯を沸かせるの で、持参のティーバッグでお茶を出す。 13:30フルーツ付きのランチを終える。 午前中の説明会 では、ぐったりしていた孫が食後急に元気がでる。 すぐに でも、プールに行きたいとのこと。 ベランダから下を覗くと タパプールで楽しそうに泳いでいる。 しかし、明日ハナウマ 湾に行くので、体調を整えなければならない。 よくいい聞か せて、ひとまず昼寝するよう勧める。 大きなダブルベッドで あっという間に寝込んだ。 余程疲れたのだろう。 間もなく 子供用のベッドが持ち込まれた。 スーツケースは出かけて いる間に来ていた。 孫と家内はすやすやとお昼寝である。 シャワーの操作は確認で きたし、他にすることはもうない。 子供用のベッドといっても、 結構大きいので昼寝したくなるが、待てよ、たしかマニュアル には時差呆け防止には我慢して昼寝しないほうが良いとあっ た。 人を寝かせておいて、自分一人起きているのも心苦しい が、我慢しTVを見ることにした。 TVの音声を大きくし過ぎたためか、1時間後家内が目を覚ま す。 昼間寝過ぎると、夜寝られなくなるので孫も起こす。 し かし、簡単には起きない。 やむなく、「プールだ!」と叫ぶと 慌てて飛び起き、水泳パンツにはきかえようとしている。プー ルを見に行くだけだと説得するのに一苦労する。 15:30 部屋を出て、ホテル内の探検にでかける。 従来は 15:00チェックインのため、眠いのを我慢して市内観光をし たものだが、12:00チェックインはありがたい。 真っ先に 旅行社のデスクに行き、明後日の潜水艦の予約をする。 ハナウマ湾と違って、この方は簡単にOKである。 カードで 支払いをする。 便利になったものである。 昔は可成りの 現金をウェストポーチに入れて歩いたものだ。 部屋には金 庫があるので、パスポートはその中にいれコピーを持ち歩い ている。 ビーチの方に向かって歩いていると、小さな池があり何とペ ンギンがいるではないか。 こんな暑いところで大丈夫なの だろうか? 池の中では亀が泳いでいる。 囲いがないので 逃げ出さないか心配になる。 子供達には人気のスポットで ある。 引き続いて歩いていると、大きなプールが見えてきた。 ワイ キキのプールの中で最大級を誇るスーパープールである。 その広さはなんと929平方米とか。 周囲は椰子の木に囲ま れ、トロピカルムード満点である。 スーパープールの向こう に、広大なビーチがひろがっている。 ワイキキの中心地の ビーチとちがって、超混雑していないのが良い。 ただし、堤 防がないので、波があるときは要注意である。 子供はやは りプールのほうが無難である。 憧れのレインボウ・タワーを背に写真をとる。 孫がシャッター を押したので多少斜めになったのは残念。 風景の素晴らし さに、しばしみとれる。ペンギンが逃げ出さないか心配になる(囲いが全く無い)・Hホテル・ワイキキ※追加画像は下記をクリックして下さい。レッド・ジンジャー・ペンギン池の傍でへジャンプ
2014年01月08日
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ローズ・ユミ ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT、1997年作出、ドイツ・タンタウ。 花色はクリー ムがかった白色で、半剣弁高芯咲き、大輪、四季咲き性。 ブライダルデザイナーの桂由美さんの「ユミ」だそうで、結 婚式のブーケに人気がある。3月25日 <二日目>(5)Hホテル・ワイキキ リムジンは我々8名をのせてスタートする。 大きさの割に乗 り心地は流石である。 やがてハイウエイに入って行く。 見 覚えのある景色や建物が流れていく。 曇り空でもうひとつ、 スカットしないのが残念である。 聞くところによると、ゴー ルデンウイーク明けにならないと夏バージョンにならないとか。 車は我々が泊まるホテルの前を通りすぎてワイキキに入ってい く。 考えてみれば、今回は久しぶりにソウル経由のツアーに したので説明会があるわけだ。 カラカウア大通りを左折して とあるビルの前に着く。 ここで全員下車する。 B1Fのツ アーデスクへと降りて行く。 既に80名くらいが集まってい た。 早速説明会が始まる。 孫は疲れたのか居眠りしている。 チェックインは12時なので、時間つぶしをかねて聞くしかな い。 ぽさーっと聞いているうちにハナウマ湾の話になり、急に緊張 する。 というのは、孫にとって最大のお目当ての場所だから である。 彼の兄を2年半前の夏休みに連れて来てやったとき、 多くの魚と一緒に泳いだ感激を弟に何回も話して聞かせたのだ ろうか。 火曜日は清掃のため休みである。 最近ビーチへの 入場制限があり、一日2500人とか。 予約が出来るか心配 になる。 説明会が終わるやいなや、真っ先にハナウマ湾に明 日行く予約を申し込む。 10分後OKとのことでほっとする。 早速支払いをすませ予約券をもらう。 11:40再びリムジンに乗り込む。 5分後にホテルに着く。 憧れのH・ハワイアン・ビレッジである。 降りたのは 我々3人だけで、残りの4人は引き続きリムジンで観光らしい。 旅行社がチェックインをすませてくれていたので、部屋の鍵( カード)を貰う。 何分予算の都合で、部屋指定無しとしてい たので、この時初めてタワーが分かったわけである。 ヒルト ンには有名なレインボウ・タワーをはじめ計6つのタワーがあ るが、我々はタパ・タワーである。 35階の立派なタワーで 気にいる。 車を降りたところが運良くそのタワーの前で、早 速エレベーターへと向かう。 なんと19階までが4台、20 階以上が4台と計8台もある。 我々は17Fである。 部屋 は落ち着いた感じで、しかも豪華である。 ベランダに出てみ ると海が見えるではないか。 やった!と飛び上がりそうにな る。Hホテル・エントランスブーゲンビリア※追加画像は下記をクリックして下さい。レインボー・タワー・Hホテルへジャンプ
2014年01月07日
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ロサ・レビガータ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ SP(原種)、原産地は中国南部で、台湾でも自生して いる。 花色は白で、一重咲き、花径7~8cm、一 季咲き性、早咲き種。 難波商人によって、江戸時代に日本に輸入されたとされ、 和名は「ナニワイバラ」である。 その後、日本に入っ てきた花が淡紅色のものを「ハトヤイバラ」と呼んだよ うだ。 花径はナニワイバラの方が、ハトヤイバラより 大きい。ハトヤイバラは、埼玉県鳩ヶ谷で主に生産され ていたことによる。3月24-25日 <一日~二日目>(4)ソウル-ホノルル ソウル市内観光の最後はお決まりのお土産品店である。 2Fは 紫水晶の加工メーカーである。 日本産のものより、色が濃く、 硬度も可成り高いとか。 孫が彼の母ちゃんのために、お土産を 買うとかで色々と迷っている。 家内が応援しているようだが、 なかなか決まらない。 私は宝石類は苦手なので、片隅でインス タントコーヒーを飲んで待っていた。 約15分後にやっと決ま ったらしい。 小さな赤い包みを孫は嬉しそうに持っている。 1Fでは、きむちと韓国のりが中心である。 ハワイに行く途中 に買っても仕方がないので、素通りする。 日本に宅急便で送る とか強調していた。 土産物屋を出て、再び観光バスに乗る。 仁川国際空港に着いた のは、18:00頃である。 直ちに解散し、それぞれ出国審査 場に向かう。 手荷物の検査は日本より遙かに厳しい。 一時間 半後に機内に入る。 例により真っ先に入れるのはありがたい。 20:10 ほぼ定刻通りに、仁川国際空港を離陸しホノルルに 向かう。 一時間後に夕食が出てくる。 私はまたまたビビンバ を頼み、家内と孫は洋食である。 午前中と違って時間は充分あ る。 赤ワインを飲みながら食事を楽しむ。 食事を終わったの は22:00近くである。 食後のコーヒーを飲んでいると、「 ベルト着用」のサインが出る。 と同時にガタガタ揺れ始める。 孫を見ると、鉛筆を片手にもう眠っている。 日記を書くと張り 切っていたのに無理のようだ。 鉛筆を取って、ベルトを確認し そのまま寝かせておく。 揺れは益々ひどくなり、これはえらいことになったと思ったが、 どうしようもない。 一寸油断した隙にコーヒーカップが飛び 上がり、通路に落ちてしまった。 まあ、他の人を汚さなかっ ただけ良しとしなければならない。 10分後にやっと元に戻 る。 こんなひどい揺れは初めての経験である。 日付変更線を通り過ぎ、現地時間05:30頃だろうか、東の 空が明るくなり始める。 真っ暗では不安だが、少しでも明る くなると、ほっとする。 昨日は3月24日(日)で、今日も 24日(日)である。 つまり、日曜日を二回体験する訳であ る。 なんとも不思議な気がする。 08:30 「間もなくホノルル空港に着陸する」旨のアナウ ンスがあり、下を覗いてみると雲の間から紺碧の海がみえる。 やがて、エメラルドからグリーンに変わっていく。09:00 定刻より少し遅れてホノルル空港に着陸する。 家族連れの入国審査は極めて簡単である。 バッゲッジ・クレ イムでスーツケースを受け取り、税関を通って外に出る。果た して旅行会社は迎えに来ているのだろうか。 胸に小さいバッ ジをつけているだけである。 相手は流石プロである。「Mさ んですか」とすぐ見つけてくれた。 しかも、お迎えはなんと リムジンではないか。スーツケースは別便でホテルへ運んでくれるとかなので、とに かくリムジンの中に乗り込む。 孫は初体験とあって車内をき ょろきょろ眺めている。 ブランディグラスを持ち上げたので、 慌てて止めさせる。 先ずは車内で記念写真を撮る。 我々3 人だけの筈はないので暫く待つ。 5分後別便で到着した、女 子大生5人が入って来た。 卒業旅行とか。 リムジンは初め てとみえて、エキサイトしている。 空のコップを手に乾杯し ている感じのところを、カメラを借りて撮ってあげる。ソウル市内半日観光を終え、再びインチョン空港に帰ってくるインチョン空港※追加画像は下記をクリックして下さい。大○航空・インチョン空港へジャンプ
2014年01月06日
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ロサ・バンクシャ・アルバ ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ SP(原種バラ)、中国南西部原産、キモッコウバラの 白色の品種(シロモッコウバラ)である。 八重咲き、 小輪、多花性、強香。 中国には原種である花弁が5枚の一重咲きのものがあり、 これにはトゲがある。 八重のものは、これから改良さ れ、トゲがない。 モッコウバラの名前の由来は、中国名「木香花」の音読 みからきている。 日本には江戸時代に渡来したという。※孫とハワイへ(3)-2002.3.24-3月24日 <一日目>(3)ソウル それにしても、ソウル・ワールドカップ・スタジアムは立派であ る。 韓国の意気込みが分かる。 フィールドの写真を撮ってい ると、「じいちゃんが写っている」と孫が大きな声で叫んでいる。 カメラから目を離して、大型スクリーンを見ると、なんと私の顔 がクローズアップされているではないか。 手を振ってみると、 当然の事ながら手が動く。 慌てて逃げ出す。 若い人達の中に じいちゃんがいると目立つのだろうか。 孫達もあの手この手でワールドカップの試合の入場券を入手しよ うとしているが、どうも難しそうだ。 まあ、実戦はTVで観る しかないようだ。 スタンドの周辺を突貫工事で整備している。 それにしても、開 催前の建物とフィールドを見るために、大勢の人達が集まってい るのには驚いた。 スタジアムを後にして向かったのは、市内中 心地に近い大きな公園である。 途中車窓から青瓦台(大統領府) を眺めることが出来た。 近代的なビルの狭間にある公園であるが、結構広い。 園内に面 白い道があった。 足踏み石が埋められている。 靴を脱いで、 約30m歩くのであるが、とても痛くて歩けない。 10mくら いでギブアップする。 孫は頑張って片道だけは歩き通した。往 復した人がいたのには感心した。 健康のバロメーターとかいわ れているが、私は落第である。大型スクリーン・ソウル・ワールドカップ・スタジアム西出入口・ソウル・ワールドカップ・スタジアム※追加画像は下記をクリックして下さい。各国国旗がへジャンプ
2014年01月05日
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ロココ ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ CL(つるバラ)、1987年作出、ドイツ・タンタウ。 花色 はソフト・アプリコットで、半剣弁高芯咲き、花径11~14 cmの大輪、四季咲き性、微香。 やわらかい花色と、フリルのある花弁が、優雅なロココ調を感じ させてくれる。まさに、ベルサイユのバラの雰囲気である。※孫とハワイへ(2)3月24日 <一日目>(2)名古屋-ソウル 09:35 定刻を少し遅れて名古屋空港を離陸する。ソウル まで約2時間のフライトなのに、30分後に食事が出たのには 驚いた。 軽食ではなく、ディナーに近い機内食である。しか も、お酒もOKである。 早速赤ワインを頼む。 食事は二種 類あり、私と孫はビビンバを家内はパスタを注文する。午前中 から酔っぱらう訳にもいかず、ワインは2杯にとどめておく。 孫は辛いのが苦手か半分残す。 結局私が1.5人分平らげた。 食事を終わり、コーヒーを飲んでいる途中に、間もなく着陸の アナウンスがあり慌てる。 11:35 ほぼ予定通り仁川 (インチョン)国際空港に到着する。 仁川発は20:00な ので、半日のソウル観光が用意されている。ありがたいことに、 食事付きでしかも無料である。 入国審査場へと向かう。 通路のあちこちにワールドカップの 看板が目に入る。 韓国は野球よりサッカーの方が人気がある とか。 日本以上に熱が入っている感じがする。 意外に簡単 に入国できた。 早速航空会社のカウンターに行き、ソウル観 光を申し込む。 殆ど日本人で、約100人近くいたのには驚 いた。 一時間くらい待たされて、2台の観光バスに分乗しソ ウル市内へと向かう。 高速道路は片道4車線で、日本より広 く立派である。 約45分後にソウル市内の焼き肉屋に着く。 焼き肉の追加分とお酒類は有料、漬け物は無料で食べ放題とか。 孫は焼き肉が好物とあって、嬉しそうに食べている。 白いご 飯もついているが、茶椀もお箸も金属製なのには参った。省資 源には望ましいとは思うが。 結局孫が焼き肉を2人前ペロリ と食べたので、じいちゃん・ばあちゃんは半人前づつとなる。 まあ、私の場合はビールのつまみに漬け物があれば問題はない。 食事が終わったところで、孫がお待ちかねのワールドカップ・ スタジアムへと向かう。 孫はチビッコ・サッカークラブの一 員なので、最も期待している場所である。 5月の開会式と試 合の為に最近出来上がったばかりのスタジアムである。リハー サルのためか、場内に入るのに超厳重なボデーチェックにはび っくりした。 インチョン(仁川)空港到着2002 ワールドカップの看板※追加画像は下記をクリックして下さい。ソウル半日観光申し込みへジャンプ
2014年01月04日
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ロイヤル・ウィリアム※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT、1984年作出、ドイツ・コルデス。 ドイツ名は、ドフ ト・ツァーバァ ’84である。 ビロード赤色の半剣弁高芯咲き、花径は13~14cmで 大輪、花弁数25枚、四季咲き性、芳香。 樹形は半横 張り性、樹高は1~1.5m。 ドイツ名は、「香りの魔法」。 イギリスでは、「ロイヤル・ ウィリアム」と呼ばれ、故ダイアナ妃の愛息ウィリアム王 子に捧げられた。※孫とハワイへ(1)<一日目> -2002.3.24-はじめに 孫を連れて家内と3人で2002年3月24日から28日まで5日間ハワイ に行って来た。 春休みか夏休みを利用して、孫を連れて旅行することは、一年前から計画していた。 というのは、2年半前に彼の兄を小3の夏休みにハワイへ連れて行っており、次は彼であると約束していたからである。 孫達は可愛いが、多分中学生くらいにな ると、祖父母と一緒に旅行はしなくなるだろうと考えたからである。 本当は彼の家族全員を連れて行ってやりたいが、両親は共稼ぎなので休みを合わせることが困難なので、実現はまず無理と思った。 この日記はCDにコピーして、彼が結婚するときにプレゼントする予定である。(彼は2013年現在大学2年生である。) さて、予算であるが安いに越したことはない。 色々と迷ったが大○航空を選ぶことにした。 ソウル経由となるが運賃が安いのが魅力である。 浮いた分をホテルの方に回しAクラスにした。 3月24日(日) 05:30起床。 朝食後06:30次男一家の車で出発する。名古屋空港国際線へ07:10到着。 3Fロビーで手続きをすませ、07:30航空会社へチェックインする。 出発まで2時間ちかくあるので、4Fの喫茶室に行く。 出かける人3名、見送る人3名である。 1時間ちかくそこで過ごし、手荷物検査、出国審査のため08:30見送りの人達と別れる。 手荷物検査が予想以上に厳しくて驚く。 スリッパまで用意して、靴の検査を受けている人もいる。 分厚い感じの靴がマークされているようだ。 出国審査は簡単であった。 09:00機内に入る。子供連れなので、ビジネスの次に入れるのはありがたい。 座席は2Fで初めての経験である。 やはり高いほうが気分がいい。 孫は生まれて初めての飛行機で、座席に座るなり既にエキサイト気味である。名古屋空港国際線3Fチックインカウンター付近※追加画像は下記をクリックして下さい。見送る人達とへジャンプ
2014年01月03日
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レッド・ムーン※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT、作出年?、日本・伊丹バラ園。 花色は淡い ブルー地の花弁に、紅の覆輪が入る。 剣弁高芯咲 き、大輪、四季咲き性。※明日から「孫とハワイへ(2002.3.24~28)」をお送りします。※カナダ旅行(13)-2003.4.12-<完>昨夜の就寝は23:00過ぎとなったが、今朝の出発は10:20なので、のんびりできる。 08:00朝食後ホテルを出て周辺を散歩する。 いわゆる、ダウンタウンであるが、まだ、朝早いということもあって店は殆ど閉まっている。出勤途中のサラリーマンであろうか、気楽に声をかけてくれるのには驚く。 地元の人であろうと、観光客であろうと関係ないようで嬉しい限りである。一回りして、ホテルの一角に仏像があるのに気付く。壺まで置いてあった。 東洋趣味ということは、アジアからの観光客が多いということだろう。10:00チェックアウト。 定刻ホテルを出発する。高速道路を通り、11:20トロント国際空港に到着。直ちに出国手続きをする。 入国にくらべ極めて簡単に手続きは終わる。 例により、手荷物検査は厳重を極めたが。 13:20定刻を少し遅れトロントを離陸する。 帰途は逆風のため往きより1時間半余分に時間がかかる。 ひたすら、13時間辛抱強く時を過ごすしかない。 客室はがら空きの積もりであったが、そうでもない。 80%くらいの乗車率である。 多分便数を減らしているからであろう。ほぼ、定刻の15:30に近く成田国際空港に着く。やはり、日本に無事帰れたかとほっとする。 トロントから帰ってきたので、かなり厳しい身体検査を覚悟していたが、別に自主申告の必要もなく、いつもの通りに簡単に入国でき、拍子ぬけである。4/13(日)なので、まだ、危機感が乏しかったのかも知れないが、トロントへの渡航自粛勧告していたにしては、成田で全く手を打っていないというのが不思議であった。10日後の23日頃になってやっとWHOの勧告があって、成田・関空・名古屋各国際空港での入国にさいし、体温検査を始め身体検査が厳しくなったとは、行政の打つ手の遅さに怒りを覚えざるを得ない。ということで、19:30名古屋空港に無事帰着したが、それ以後、10日間我が家でひっそりと過ごすしかなかった。 折角買ってきたお土産も、どうしようかと迷っているところである。 カナダ旅行 <完>※次回は「孫とハワイへ」を掲載いたします。ホテルの部屋の窓から朝食後ホテルの近くを散歩する※追加画像は下記をクリックして下さい。ホテル・ロビーの一角に仏像がへジャンプ
2014年01月02日
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明けましておめでとうございますレディー・ローズ※大きな画像は宮じいさんの掲示板へジャンプ HT、1980年作出、ドイツ・コルデス。 花色は明るい 朱色で、半剣弁高芯咲き、中輪~大輪、四季咲き性、甘く さわやかなティーローズ香。 朱色のバラの中で、とくに花姿が美しく、花首がしっかり していて花枝は短く、花保ちも良いので、切り花やコンテ スト品種として注目されている。※カナダ旅行(12)-2003.4.11-中華海鮮料理を堪能したところで、今日のメイン・イベントであるCNタワーに向かう。 レストランのすぐそばなので、歩いて行く。CNタワー トロントの街並みを印象づけるCNタワーは、カ ナダを代表する建造物として、広く知られてい る。 高さは553mで、世界一高い独立構造 建築物である。 1976年竣工当時は、TVやラジオ用の電波塔 を目的としていたが、現在は、どちらかというと 観光スポットとしての感が強い。 CNとはカナダ国鉄(Canadian National Railway)を意味するようで、札幌駅にJRタワーができた のと同じような感覚かも知れない。 地上346mの高さにある展望台とグラス・フロア からの眺めは、素晴らしいの一語に尽きる。ガ ラスを通して、346mの眼下を覗くのは誠にス リリングである。 ガラス張りの高速エレベータ ーに乗り僅か60秒で到着する。 展望デッキか らは、トロントの風景を360度楽しむことが出来 る。 お天気が良ければ、ナイアガラを望遠出来 るとか。すでに、21:00近いが、観光客で結構混んでいる。エレベーターに乗る前に、可成り厳しい手荷物ならびに、身体検査がある。 テロの標的としては、これ以上のものは無いからだろう。エレベーターで外の景色を眺めながら上るのは快適である。 もっとも、あっという間に着いてしまう。展望デッキに出れば、外気に触れるが、そんなに寒くはない。 一回りしながら、トロントの夜景を撮りまくる。 室内に戻り、グラス・フロアに乗ってみる。 足元から、346mの真下が見える。 膝がふるえそうになる。 面白いことに子供は平気である。 すぐそばの壁面に、タワー工事中を示す大画面がある。入れ替わり、立ち替わり、グラス・フロアに恐る恐る乗り、記念撮影をしている。地上階におりて、土産物屋に立ち寄りたかったが、時間も遅くなっていたので、すぐマイクロバスに乗りホテル帰着は22:30を過ぎていた。レストランとCNタワー ブルーはスカイドームエレベーターに乗る前に厳重な検査タワー・トップで足下を恐る恐る覗く(室内)※追加画像は下記をクリックして下さい。CNタワー・トップ室外より夜景を撮影・トロントへジャンプ
2014年01月01日
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