「 お元気ですか? 」


            --- 指輪 もしくは 花の種 ---


   拝啓
    お元気ですか

    あれから一年経ったのですね

    まだまだ暑い日が続きます

    暑い季節になると
    あなたのことを想い出します
    もうすぐあなたのお誕生日ですね
    おめでとう

    きっと 今でもあなたは輝いているのでしょうね
    あなたを頼って
    たくさん悩みを抱えて助けを求めにやってくる人たちのために
    ことも無げに
    動きまわっているのでしょう

    あなたの
    不幸な人たちに見せる
    優しい笑顔に惹かれました
    ぼくにも
    おいしい笑顔を分けてほしくて
    あなたに甘えてばかりでした
    ぼくには素敵なあなたでも
    あなたには頼りないぼくだったのでしょう
あなたについてゆきたくて
ぼくは随分背伸びをしたけど
伸びきったゴムは突然切れてしまいましたね

    さわやか色の別れ言葉
    暑い夏の鎌倉で
    東慶寺を選んだのはぼくの諧謔のはずが
    あっさりと
    別々の道を歩きはじめて
    ぼくは独りで芽を出す象徴とばかり
    秋蒔きの花の種をあなたに贈りました
    それから1年経ったのですね

    種と一緒にぼくが贈ったペリドットの指輪
    まだあなたの指にからんでいますか

    あのあいまいな緑色を
    あなたは無邪気に気に入ってくれて
    とっても嬉しかったんです
    あんなに素敵な別れができて
    ぼくのこころも悦んでいました

    あなたから
    暑い別れを贈られたあと
    あれからぼくも強くなろうと
    あなたがいなくとも生きてゆけるよう
    大人になりたいと
    ここまで強がって暮らしてきました

    あなたが
    なぜ あんなに力強く生きてゆけるのか
    今でも不審に思っています

    ぼくはまるっきり疲れてしまいました
    つまり あなたのようにはなれなかったのです

    誰にでも笑ってあげることが
    ほんとうに難しい
    つくった笑顔が時間に凍りつきます
    なんてひどい笑顔だろう
    弱虫なぼくは
    やっぱりあなたを求めてしまうのです

    甘えたくて甘えたくて
    (淋しくて淋しくて)
    あなたには
    きっと迷惑な話でしょうが
    あのときのまま変っていないぼくを
    あなたの笑顔で救ってください

    恋人になれなくとも
    あなたのクランケに
    あなたのクライエントに

    そして
    手のかかる患者だと匙を投げられるまで
    あなたのそばで夢を見ていたい

    ほんとに疲れきってしまいました
    あの暑い別れの日と同じように
    お誕生日に花の種を贈ります

    種は今のぼくと二重写しです
    独りで芽を出すなんて
    考えてみたら有り得ない話
    芽が出るかどうかはあなた次第
    何かと世話は大変でしょうが
    気が向いたら育ててみてください

    肥料にはあなたの声とあなたの吐息
    あなたの掌中で
    ぼくの種はぬくぬくと暮らします
    そのまま目覚めなかったなら
    どうぞ ペリドットの指輪を傍らに埋めてあげてください
    宝石の輝きの中に
    あなたの余韻を感じ
    ぼくも次第に化石になるでしょう

    鉱物になれば
    少しは強くなれると思います
    そのときには
    ぼんやり輝くペリドットの替わりに
    あなたの細い指を
    磨き上げられた水色のぼくが
    きれいに飾ってあげましょう

    そしてそのままぼくは
    あなたの躯の中へと
    のみ込まれてゆくのです

    あなたと一体になりたい激しい感情が
    ぼくを鉱物化へと誘(イザナ)います
    これがあなたとぼくの間に残された
    唯一の関係だと気付いたとき
    ためらいもなく
    ぼくは化石になろうと決心したのです

    小さな小さな花の種は
    芽生えることを渋りながら
    あなたの気配にまどろんでいます

    最後のわがままに
    もう一度ぼくのために笑ってください

    それではまだまだ未熟な日々が続きます
    あなたもお躯大切にご自愛ください
                    敬具




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