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逃げ出したかった。僕はたまたまインスタント宝くじで手に入れた50ドルと残りのお金をもって、グレイハウンドバスのチケット売り場に向かった。できるだけ遠くの駅で降りようと、テキサカナ(TEXARKANA)という場所までのチケットを買った。ちょうどテキサス州とアーカンソー州の境目に位置する町のようだ。グレイハウンドバスに乗るのはこれで二度目。テキサスもアーカンソー州も訪れたことがあるので少しは気が楽だった。だけど今回のバス旅行は、前回のものと違い、楽しさはなかった。自分の中でまだ状況が理解できていない。ニューヨークから出るとはどういうことか。僕は当時仮出所している状況だったので週に一度は弁護士の元に顔を見せないといけなかったし、もし僕が姿をくらましたとなれば、仮出所のために親が銀行にかりて支払った大金は返ってこないことになる。Who am I?自分勝手とはこのことをいうんだろうな。僕は友人に30万円を貸して返ってこなかったことがあったけど、今こうやって思い出してみれば、その額の何百倍もの大金の貸しがあることを実感する。テキサカナはきっと大きな街なんだろうという僕の思いとは裏腹に、そこは高速道路と電車の中継点にある小さな町だった。夜そこについた。高速道路の脇をあるいて、住宅街にでていった。白人のおばさんが見えたので、「すみません」と声をかけた。おばさんは、びっくりしたような表情で家の中に入っていった。僕は一人ぼっち、教会ならあいているかなと思い、ドアを開こうとしたが、しまっていた。農場へなら働けるかなと思いいってみたが、誰もいなかった。道をうろついているとパトカーがきて警察から声をかけられる。「何をしているんだい?」僕が仮出所中だということがばれたらえらいことになる。僕はとっさのうそを思いついた。「ケンジ君の家をでてグレイハウンドのバス停まで行こうと思ったら迷子になっちゃって…」そうはなすと快い彼はパトカーに乗せてくれ、バス停まで送ってくれた。バス停といってもフレイハウンドバスの車庫もかねた結構大きな建物だ。お金もない。どうしよう。僕はその建物の影で寝ることにした。初めてのホームレス体験。結局、ぼくはアーカンソーで見つけたのは、もうひとつの孤独だった。
April 5, 2007
「神との対話」の作者ニールさんのインタビューその2
March 22, 2007
「神との対話」ニールさんのインタビュー
March 21, 2007
幸せは…そして幸せそのものを創造する源も…自分の外には存在しません。また不幸というものも、自分が不幸だと考えてばかりいるならなおさらのこと、自分自身の中にしか存在しません、実際にはそこが不幸を見出すところなのです・・自分が外ばかりを見ているときには特にそうです。このことは、「神との対話」の中で最も多く用いられたであろう「内側に入っていかなければ、それを手に入れることはできない」という一節に表されています。人生について、またあらゆる出来事に対してどのように感じるかで、私たちは幸せにも不幸せにもなりますが、この感じる気持ちそのものは私たちの中で作られているのであり、外から来るものではないのです。-ニール ドナルド ウォルシュ
March 13, 2007
Remember One.思い出してごらんAnd you will know where you are going to.するとほら、ゴールが見えてくるDo you wanna know the secret of life?人生の秘密を知りたい?That isそれはねLife is not becoming, but rather being.人生の秘密は何かを獲得しようとがんばるものではなく、その何かでいるということなんだよ。So, if you wanna be happy, be happy.たとえば、もしあなたが幸せになりたいなら、幸せでいてごらんDon`t try to become happy. Just BE happy.幸せになろうと努力しても幸せにはなれないよ、幸せになる方法はただひとつ、幸せでいてごらん
March 12, 2007
久しぶりに人を本当に好きになって、失恋しました。言葉うまく伝えられなくて、最後は相手を傷つける結果になってしまってでもこの出会いに感謝しています。本当に出会えてよかったって。だから、ありがとう、本当にありがとう
March 8, 2007
私があなたのもとに送るのは天使だけそれ以外にない
February 28, 2007
「あなたの中から出てきたこの悪魔、私が教会で処分しましょう。でも、悪魔はささげものと共にではないと処分することができません。」「それは悪魔の好むものをささげることです。それはお金です。」お金を払えば僕の中から悪魔を追い払い、物事が解決でき自由になれるならばと思い、僕はその女性に手渡した。500ドルだったろうか、1000ドルだったろうか…僕は不安なことがある度にその女性のもとを訪れるようになった。そのたびにグレープフルーツから悪魔がでてきた。能面の鬼がでてきたのは最初が最後だったが、生きた小さなミミズを度々目にした。近くの売店でグレープフルーツを買ってくる。買ってきた袋ごと両足でつぶす。鈍い音と共にグレープが割れ、お姉さんがこじ開けるとその中にミミズが入っている。お姉さんはそれが物質化した僕の中の悪魔だと言い、教会でその悪魔をお金と共に供養しなければいけないと言う。「もう、僕にはお金がありません。どうすればよいのでしょう?」「I don't know (わからない)」その占い師の言葉を電話口で聞いた時にはすでにクレジットカードで70万円ほど使った後だった。そのカードは旅先で僕が困らないようにと親からもらったもの。すでに引き落とし可能額にたっしており、カードは使うことができなくなった。僕にもう使えるお金がないとその占い師は知ると、それ以上僕に連絡をよこすことはなくなった。僕はお金では悪魔は供養できないことを知った。親にものすごい負担になっている今の自分。どこか遠くに逃げ出そうと思った。
February 21, 2007
静かにしていると、よく思い出す夢がある。僕がこの世に生まれる前の出来事…大きめの滝がある。滝の中の窪みで僕は瞑想をしている。僕の前にいる白い着物を着た女性にこう言っている。「僕が人の世にこれから行くことになる。その中でとてもつらいことが待ち受けている。つらくてつらくて仕方の無いとき、僕を助けてください」女性は僕を抱いてくれただろうか。シャボン玉に包まれ、僕は旅立つ。
February 15, 2007
君とのつながりは小さな奇跡僕の心のともし火大切なものありがとう
February 15, 2007
what is true happiness?君にあえて本当によかったと思う。いろんな迷惑かけるかもしれないけれどこれからもよろしく。少し今まで本当の自分をださずに我慢してきたから、少し魂が疲れたのかもしれない。今度は自分自身を癒す番だね。君の事を思うとき、僕はPUREになれる。この何年間、ずっと経験したくてできなかったもの。この一年間、すこしがんばりすぎたかな。ちょっと最近あっぷあっぷな感じ。パチンコとたばこ、それが解決してくれるわけではないけど、自分の逃げ道になっていることも事実。君と話すと少年のような気分になれる。普通の生活をしてみようと考えるようになった。もうだれもだましたくない。自分も含めて。もう少し、このLIFEをがんばってみようかな。でも君の負担にならないようにしなくちゃね。君は自由な鳥だから、いつでも僕から離れられるし、羽ばたける。だけどできればこのままずっと一緒にいたいと思ってしまう。久しぶりに人を好きになったよ。だから ありがとういつかこのブログも君に見せるときがやってくると思う。いつか全てを話すときがやってくると思う。今は少しまってね。少し勇気いることだから。
February 13, 2007
久々の空 自由な風どうにかして、このままの生活を維持したい。「タロット占い 一回5ドル」雪の降る、街中のストリートを歩いていると、そんな看板が目に付いた。多分みんながかかえる疑問「僕はこれからどうなっていくんだろう?」そんな思いにとらわれて、僕はドアを開けた。ラテン系の細身のお姉さんが出迎えてくれた。僕は今までの出来事をすべて話した。罪をおかして今は仮釈放中のこと、また判決が確定すれば刑務所に入らなければいけないこと等。「あなたはきっと自由になれるはず。私の言うことを守れば」お姉さんはグレープフルーツを僕に差し出した。「この中にきっとあなたの悪魔が入るはずだから、強く足で押してみて。」その言葉に促され、僕はグレープフルーツを強く足で押した。鈍い音がして、グレープフルーツが二つに割れた。「Whats this!!」 お姉さんは割れたグレープフルーツを手でこじ開けながら驚きの声をはっした。そこで僕が見たものは小さな能面の鬼だった。グレープフルーツの中にそれが入っている。疑いようのない光景。そのような小さな代物はどこにも売ってないし、もしあったとしても僕をだまそうとしてお姉さんがグレープの中に入れるチャンスなどは無かった。僕がてにした時は傷ひとつついていなかったから。僕は彼女の言葉を信じようと思った。もし僕が自由になれるなら、どんなことでもしようと。
February 12, 2007
施設に入り、二週間ほどたっただろうか。どのようにしてか忘れてしまったが、僕には日本人の弁護士がつき、裁判所で仮釈放が言い渡されることになる。僕は自分のした行為よりも…もちろんそれはそのとき考えればおろかな行為だったと痛感させられたが…親へ与えるであろう苦労を考えると現実がつらすぎていてもたってもいられなかった。でも、閉じ込められた空間の中で、僕は何もできなかった。仮釈放の保釈金は確か1000万円。それを親は弁護士を通じて専門の業者から借り、僕はしばらくの間は施設から出て外の人間となる。借りた保釈金の3%は手数料として、刑が確定したときに業者に支払うこととなる。それプラス弁護士費用、全てが親の負担になる。いまから考えても親には償いきれないくらいの気苦労をかけてしまった。車で約5時間、弁護士と共に弁護士事務所のあるマンハッタンへ僕は赴く。僕にかせられた約束事は週一回、32番街のビルにある弁護士事務所へ顔を必ず見せること。日本人弁護士が僕の保護者役だった。11月の始め、雪がちらつく季節となるマンハッタン。彼女…30代の日本人弁護士…がまず始めにしてくれたことは僕にコートを買うことだった。コートといってもニューヨークのビジネスマンががよく身に着けている一般には皮でできた丈の長いカッパのようなロングコート。そのコートを着ていると、当時坊主頭だった僕は人ごみの多い地下鉄の改札口付近で黒人の二人組みから手を合わせられからかわれたこともある。よっぽどお坊さんに見えたのだろう。でもその顔には笑みがみられ、意地悪な雰囲気は無かった。僕も手を合わせ、その笑みに答えた。ひとはそれぞれ特定の人種についての特定の考え方を持っていると思う。人種の坩堝のマンハッタンでの生活は、そんな僕の中のこのひとはこうだという決め付ける考え方をかなりほぐしてくれたようにも思う。僕は最初の一週間、事務所の近くにあるYMCAの経営するホテルに宿をとった。
February 11, 2007
たばこが渡された。その女性は以外にも優しく僕に声をかけてくれた。僕はどんな気分だったろう。もう10年以上前の物語。僕にとっては葬り去りたい過去。誰にも知られたくない思い出。でもそんな経験の上に今の僕が形成されたのだと思ったとき、それは夢ではなかったことを再び僕は思い出す。今、日本という家族のいる土地へ帰り、何事もなかったような平凡な生活をおくっている。こんな過去を暴露するのは苦痛以外のなにものでもないかもしれない。それでも、そこで経験したさまざまな考え、そこで出会った人々は、僕の中で現実の記憶として根付いている。コレクショナル・ファシリティー、いわゆる刑務所に入りまずはじめに裸にさせられシャワーを浴びた。その後、僕はカウンセラーの元へつれられる。机を隔てて座り、僕が見つめているその女性は笑って話しかけてくれた。”今、どんな気分か””タバコをすうのか”「あんまり…」と答えると、彼女は「とりあえずもっとくと損はしないから」という風なニュアンスで僕にたばこを二箱手渡してくれた。たばこの葉っぱが入った袋と、その葉っぱを巻く通称「バンブー」という紙。巻くとバンブー(竹)の様に細長くなるからその名前がついたんだろう。施設の中の同じ部屋にいる人たちからバンブーの巻き方を教わった。つばを紙の片端に適度につけて、中に葉っぱをいれて巻く。もちろん手作りだからフィルターもない。火をつけて吸うと、フィルターがない分、のどに刺激がからみつく。同年代だし、話すと人見知りの僕も少しずつ彼らと打ち解けていく。麻薬でつかまった人たち、他にはどんなことをした人がいたっけ。でも、僕の様な人はいなかった。「あなたは何をした?」彼らと知り合ってまもなくこの言葉がかわされる。それは僕にとっての審判だった。僕の様な人… 罪名「child abuse」子供虐待。この言葉を口にしたとき、たいていの人の目つきが変わる。そこで「いったいどんな事があったんだ?」と長々とした会話が始まる。「 I touched tenth years old girl's body 」10歳の女の子の体を触りました。そんな言葉で僕の懺悔が始まる。「 Did you do it? 」セックスしたの?「 No! 」 おっぱいはどうだったのかとか、興味のある人はそんな質問をなげかけてくる。でも会話の終了に決まって彼らのいうセリフは「誰にもこのこと(child abuse)を言うんじゃないぞ」だった。僕のことを心配してくれていた。なぜなら僕がこのことを他の人に話せば、僕はただでは済まされないだろうから。隣ベッドの同じくらいの年齢の麻薬密売人とも、何日も一緒にいると仲良くなる。最初はそれぞれの罪名、第一印象でそのひとはこうなんだろうなと思っていたのが、一緒にトランプゲームとか会話をするうちに、その人にも家族がいて、優しさがあって、葛藤があって、自分とそんなに変わらない人間だということが分かってくる。
February 10, 2007
「これはきっと夢だろう… 夢に違いない・・・」朝起きると僕は固いベンチの上に横になっており目の前には鉄格子がある。まるで夢の中にいる気分… 夢だと信じたかった。家に帰ったらどこか遠くへ逃げよう… そして早くニューヨーク州の外へ逃げよう…朝鉄格子の中で起き、夢ではないと気付いたとき、僕の頭の中に真っ先に思い浮かんだ考えはそんな思いだった。警察官が食事を持ってきてくれた。ビッグマックが入っている様な箱の中に目玉焼きハンバーグがあった。ドンキンドーナツのロゴ。ドンキンドーナツはミスタードーナツみたいなドーナツやさん。きっと警察署の近くにもあったのだろう。どのくらい食べ物を口にしていなかったのだろう。以外にもその目玉焼きハンバーグはおいしかった。その日、僕はコレクショナルファシリティー、いわゆる刑務所に送られる。そこにはまだ刑の確定していない人や一年未満の軽い刑に処せられた人たちが暮らしている。全部で男女合わせて200人くらいは収容されていただろうか。もちろん男性と女性は別々に。僕はまだそのとき18歳だったので、16歳から18歳の人たちがいる部屋で生活することになった。その部屋には全部で15人くらいいたかな。部屋は意外と広く、テレビ、小さなベッド、食事用のテーブル、シャワー、トイレつき。トイレは2つあったが扉がない。警察官のデスクのある廊下から部屋のすべてが見渡せる仕組みだ。慣れるとトイレも苦じゃなくなる。
November 14, 2006
警察署での事情聴取。その前に入口の待合室の長椅子でしばらく待たされた。ぼくはその時どうしようもなく眠かったのを覚えている。一日の疲れと予想もしなかったできごとによりかなり精神的にまいっていたのだろうか。ぼくは長椅子で横になった。これから起こるできごとを知らずに。10分ほど経過しただろうか、ぼくは部屋の中に呼び出され、机越しに事情聴取を受ける。書類がいっぱいの机の上にはカセットレコーダー。ぼくは警察の質問に対しあったことを全て話した。「こんなシチュエーションは初めてだよ」と警察が同僚と話しているのが聞こえた。普通ぼくの様な立場の人はあったことを話さないか、無実を主張する場なのだろう。ぼくは警察から、全て正直に話せば家に帰れると聞いていたので、疲れていたのもあり何も考えずに全て話した。「こちらの部屋に一緒にきてくれ」その言葉に促され、ようやく帰れると思い隣りの部屋の椅子に座った時だった。警察官が手錠を取りだしぼくの片方の腕にかける。手錠のもう片方は机の足にかけられる。その時の何とも言えない気持ち。地球が180度裏返った様だった。どうにかして手錠を取り、逃げ出そうと思った。でも手錠は頑丈だった。それならば自殺未遂でもしてこの場から逃れようと思った。だけどそばにはなにもないし、片方の腕がつながれ、身動きがとれずどうすることも出来ない。その夜は独房の中に連れられ一人夜を過ごした。ベンチに横になる、着るものはない、枕もない。それでもぼくはいつしか眠りについた。
September 16, 2006
長い間ブログを更新できずにいました。このことを書くと僕の仕事にどれだけ影響するか、指名がなくなるのではないか…様々な思いが僕の中を駆け巡り現実逃避をしばらくしていました。誰にも見つかりたくない真実、自分をよく見せるためにヒミツにしておきたいこと…だけど、僕の中の心の整理をつけるためにも、僕の過去を文章で残すことにきめました。出張ホストをできなくなるかもしれない、仕事に影響するかもしれない。だけどどうせ一度はなくしかけた命、いまさら奇麗事すぎる人生なんて自分には向いていない。今度生きるときは真実を生きよう、そう心に誓ったときがあった。このことを知っている人は、書かないほうが良いとアドバイスしてくれました。今書くべきことではない、そうかもしれない。本当に重いことを伝えることになるかもしれない・・・バニーの子供のK.K.は時々僕のホームスティ先のマルボロおばあちゃんの家に来ていたので、よくK.K.の友達と一緒によく庭であそんであげたりした。その頃の僕はというと、片思いのAさんとの関係はうまくいかず、ふられていた所だった。大学の寮にいる日本人学生ともなじめず、Aさんとの関係もギクシャクしていた。人づきあいが下手で一人を好むくせに寂しがりや、それが僕の性格なのかな。結局いまでもそれは同じだが。K.K.たちと遊んであげたというか、遊んでもらっていたのかな。僕のエッチの体験といえば高校のとき福岡のお店でしたくらいだった。僕の性欲を満たすものはエロビデオしかなかった。あるときK.K.と遊んでいるときに服の上から体のさわりあいこになった。K.K.もオープンな環境で育ったせいもあってませていて、僕に興味があったようだ。K.K.は10歳で僕は18歳。普通の男性の神経ならそんなことは拒否するだろう。だけど当時の僕は拒否しなかった。その行為はだんだんエスカレートしていった。お互いの服を脱いで、僕がK.K.のをさわる、K.K.も僕のをさわる。なめてもらうこともあった。そんな行為が数回続いた。幸いにも入れることはなかったが…その日も僕の部屋でお互いが裸になって体の触りあいこをしていた時・・・ドアが開いてマルボロおばちゃんの姿が見えた。「K.K.、服を着てこちらに来なさい。」マルボロおばあちゃんは驚きもせず、こちらをにらみつけていたようだった。K.K.は側にあった毛布で体を隠した。僕は地下室に身を潜める。K.K.が服を着て、マルボロおばあちゃんに連れられた後、僕はどうしてよいか分からず、とにかくどこかに行こうと思った。部屋で服を着て、外の車に乗り込む。Aさんに逢いに行こうと車を20分走らせる。寮についたとき、Aさんや他の日本人学生の姿はなかった。学生たちはどこかに出かけていてここにはいないことを寮の管理人から聞く。仕方がないので僕はホームスティ先の家へ帰ることに。マルボロおばちゃんの家に着いたとき、そこには考えていなかった光景があった。警察とパトカー、それにバニー一家が家の前にいる。僕は誰とも話をせず、自分の部屋に入り込み鍵をかけた。しばらくして、やわらかい話し声が戸の向こうから聞こえた。警察の方だった。事情を聞きたいから戸をあけてほしいと。僕は戸を開ける。そこには警察が2人いた。時間は夜の8時をまわっていただろうか、任意の事情聴取のため警察のパトカーに乗り込み警察所へ向かった。
September 9, 2006
マリファナを吸ってから眠りにつくまでの記憶は僕の中にはほとんど残っていない。唯一残っていることといえばバニーの娘のKKと外で鬼ごっこをしたことぐらいだろうか。外は蚊がいっぱいいるというのに。マリファナの作用で童心に戻り、こころおきなくはしゃぐことができたのだろう。アーカンソーで2泊して、ニューヨークへ帰ることとなった。帰りは同じフリーウエイを引き返す。休憩のため、途中の休憩所にあるマクドや売店やガソリンスタンドに何度か立ち寄る事になるのだが・・バニー家族の財布の中はすでに空っぽだった。そこで僕にお金を貸して欲しいとバニーから頼まれた。帰ったらすぐに返すからと。車の運転の練習をさせてくれると聞いたのに運転できなかった現実と、財布からお金が抜かれていたこともあって、本当に貸したお金は戻ってくるのか疑わしかった。でもガソリンを入れないと車は走らないし食べないとお腹がすくので、僕にはお金を貸す以外に選択の余地はなかったが。今回貸すことになるお金は親からもらったクレジットカードから引き抜く親の金。僕は今までもお金を沢山使っていたこともあり、今回の600ドルも大金なので親には本当に申し訳ないという思いが強かった。そんな思いがこみあげ、でもそんなことをバニー家族に車の中でうまく英語にして伝えることはできない。色々な思いと英語の壁のせいで帰りの車の中では僕とバニー家族の間では話す会話も少なくなっていた。結局600ドル(約6万円)をバニーに貸した。とにかくニューヨークに帰って返してもらえるなら今回はしょうがない・・ニューヨークに帰り、僕が激怒したことがひとつある。なんと、バニーたちは僕の車のサイドミラーにマリファナを入れて隠して持って帰っていたのだ。もし途中で警察にそのことがばれて罪を着せられるのは誰か、目に見えていた。所有者の僕だ。それよりもなんで勝手にそんなことをするのか理解できない。バニー家族の車ならまだしも。ごうに入ったらごうに従えというが、ここまでくるとバニーの考えと同調するのはきついものがあった。そこでこの件をバニーに訴えることにしたが・・。英語がうまく話せず、バニーからは子供あつかいされる。結局僕は都合よく使われていただけなのか?こんな不誠実さは初めて経験した。それともこれがアメリカなのか?これがアメリカの言う個人主義の自由なのか?結局貸した600ドルも返ってこなかった。理由はKKの新学年の教科書代で出費があるので、借りたお金までは手がまわらないということだった。僕よりKKの教科書のほうが大事だと。もちろんそれはそうだ、僕も理解できる。だけどそれは分かりきっていたことだろと、問い詰めてみてもバニーは知らなかったとしらをきる。バニーは絶対に自分の考えを曲げない。例えそれがはたからみるとつじつまの合わない考えであろうとも。それは今のブッシュ大統領のイラク政策やイスラエル政策とよくにている。大多数のバニーのような個人主義が同調して今のブッシュ政権を作ってきたのかと考えると納得できる。このブログは一方的な僕の考えを載せているので、もちろん他の考え方もあるだろう。バニーに聞けば、もちろん反論があるだろう。バニーにも子供のことを考えたり、愛人を愛したりするやさしいところもある。だから、ぼくの考えがすべて正しいとは思わないでいただきたい。こういう考え方もあるのだとひとつの考えるきっかけにしていただけたらありがたい。それでは裏アメリカの話の続きをしよう。KKは10歳なのにませていた。母親のバニーがKKの前でセックスの話をしたり、男性とキスをしたりするのでしかたのない話だが。アメリカではフリーセックスという言葉があるくらい、性に関しては開放的な部分が日本よりずいぶんある。最近ではそれを良しとしない風潮があるようだが。KKにとっても、セックスに対し憧れをいだくのは自然な事だったと思う。人気ブログランキングへの投票よろしくお願いします!
August 28, 2006
季節は7月、アメリカの小学校は終業式が終わり、長い夏休みに入っていた。バニーの子供のKKが夏休みに入るのとあわせて、僕らはアーカンソー州へと車で出発した。アメリカの高速道路はニューヨークの一部の区間を除いて無料で走れる。片道2~3車線の広い道路が平原を突き抜けていた。ぼくも車の運転ができると胸をおどらせていたのだが…結局危ないからとバニーから言われ、運転することはできなかった。出かける前と言っていた事が違うじゃないかと内心思ったが、どうも片言の英語ではうまく伝わらない。こんなことなら車を提供しなければ良かったと後悔。でも途中でニューヨークに引き返すわけにもいかないし、そんなこんなでその時はなんかバニーからは裏切られた気分だった。僕は仮免許しか持っていなかったので、バニーの言ったことは正論だけど、車の運転ができると思い車を提供した僕はなんだったのか・・・そんな思いが駆け巡っていた。なんとも心のちいちゃい僕ちゃんである。もう少し広い心を持ちたいなと思う今日この頃。バニーとであったことで、僕自身あんな経験ができたからこそ今では人に正直になろうと思えるようになっているんだし、すべては僕の成長の為に用意されたプロセスなんだろうなと今では思えるようになったけどね。これからブログに書くであろう経験も含めて。その時はつらくても後になってよかったって思えるときがあるよね。だからこそ僕は貴方の心の薬箱になりたいと思い、出張ホストをしているのかもしれない。うう寒っ!でもホント、つらいときを乗り越える手助けをしたいと思っているよ。話が少しだっふんしたんでアメリカの話に戻ります。丸二日かけてアーカンソー州に到着。州都のリトルロックの郊外は一面田んぼだらけ。車を降りると日本では見たことないくらいのものすごい蚊の数。わずかの時間でびっくりするくらい蚊にさされてしまう。でも不思議、黒人のジャマイカン君はあんまり刺されない。どうしてなんだろうか?バニーの親戚は移動式の仮設住宅の様な家に夫婦と子供の三人で住んでいた。そこでもマリファナを目にする。子供の前でもお構いなしに吸っている。日本でいうとタバコの感覚なんだろうか。マリファナを日常的に吸うこんな生活もあるのかと驚かされた。まさに僕の留学はアメリカ裏バージョンの体験である。マリファナ自体は、タバコより害が少なく、お酒のように気分を楽にさせてくれる効果もある。国によっては医薬品として使われていたり、法律でマリファナの使用を認めているところもある。所変われば合法であったり違法であったりする不思議なはっぱ。実はこのマリファナ、繊維の質はものすごく良く、紙の材料としてはもってこいなんだって。育てるのも簡単らしいし、森林伐採せずにすむから環境保護に一役かえるんだよ!アーカンソーに着いたその夜、僕は初めてマリファナを吸うことになる。ソファーに坐りながら、周りの人とマリファナを回し吸い。なかなか効き目がでないなぁと思いながら10分経過しただろうか。だんだんろれつが回らなくなる。お酒を飲んだときの状態に良く似ている。気分的には良かったかな、なんだか不思議な感じに包まれてその場を過ごす。相手との一体感を経験したような不思議な幸福感。良いお酒を飲んだときと似たような感じだった。いつの間にか僕は眠りについていた。真夜中に目を覚ますと、バニー夫婦がいない。まさかと思い、ふと財布を開けてみると、何十ドルか忘れたがお金がなくなっていた。バニー夫婦にとって僕はよっぽどお金持ちにみえたに違いない。なんせクレジットカードを持っていたのは僕だけだったから。もちろんそれは、留学前にお金に困ると悪いからと親からいただいたもの。だけど僕にとってもクレジットカードは魔法の玉手箱だった。のびた君ががドラえもんのポケットを手に入れたようなもので、今後金銭的に親に大変な負担をかけることになる。バニー家族にとっても、僕はお金持ちの日本人、そう思われるのも無理はなかった。人気ブログランキングへの投票よろしくお願いします!
August 26, 2006
ホームスティ先の家は70代のおじちゃんと60代のおばちゃんの2人暮し。つい最近まで娘のバニー家族と一緒に住んでいたが、最近そのバニー家族が近場に引っ越したばかりで空き部屋があった。2つあるうちの空き部屋の1つを月200ドル+食事代で使わせてもらうようになった。当時は1ドル90円の時代だったから、月200ドルといえば日本円で18000円、かなり良心的な値段だった。食事代とあわせても月3万円弱で生活していたことになる。すべては親の仕送りに頼っていたが。これから起こる事件のことも含め、僕はどれだけ親に苦労をかけたことだろう。娘のバニー家族はホームスティ先の家から歩いて2分くらいの所にある古い住宅に家族3人+他3人の計6人で住んでいた。バニーと主人と10歳の子供とバニーの愛人と知的障害者の男性、それにジャマイカ人の大学生。バニーの愛人からもらう給料と知的障害者の男性にでる給付金は、バニー家族にとって生活していくうえでかかせないお金だったようだ。バニーの家はしょっちゅう友人が出入りしていたので、話し声がたえなかった。僕も時々遊びに行き、彼らと親しくなっていった。当時僕は自動車の仮免許を取りたてで、安い中古車を買ったばかりだった。アメリカでは自動車免許を持っている人が助手席に乗っていれば、練習の目的であれば仮免許しか持っていなくても同じ州の中であれば自由に車を運転できる。だから車の免許を取る目的の自動車学校はあまり存在しない。州によって違うが大体100ドル(1万円)あれば自動車免許がとれてしまう。そんな中、バニーの提案で、僕の車で南部のアーカンソー州にいる親戚に会いに行こうということになった。僕も車の運転練習ができるからと。参加者はバニー家族(バニー、主人、子供)とジャマイカンと車を持っている僕の5人。そんなわけで僕らは、はるばるニューヨーク州からアーカンソー州へ向かい出発した。人気ブログランキングへの投票よろしくお願いします!
August 20, 2006
ニューヨーク州のとある村に僕はたどり着いた。まずは宿を探さないといけない。といっても夜9時をまわっていただろうか、道行く人もほとんどいない町並み。僕はスーツケースとギターを持っていたので珍しかったのだろう、通りを歩いている髭を生やした白人のおっちゃんが僕に声をかけてくれた。「どこに行くんだい?」と。僕は宿を探しているという事情を話し、それでは家に泊まると良いということで近くにある彼の家に案内された。彼は妻と2歳くらいの子供とおばあちゃんと4人暮らしをしていた。テキサスと違って、ここの人たちは英語を早口で喋る。アクセントも微妙に違うし、夫婦の会話を聞き取るのに苦労した。その家で、おばあちゃんは葉巻紙にタバコを巻いていた。でも何か匂いが違う。マリファナを混ぜてタバコを吸っていた様だが、そのときはまだ僕はマリファナの匂いを知らなかった。僕は居間に泊めてもらう事になった。スーツケースを居間に置くと盗難にあうかもしれないので危ないからと、彼は寝室に僕のスーツケースを移動してくれた。そのときはまだ2歳の子供がまさか他から盗んできた子だとは夢にも思わなかったが。そのことは後で彼の親類から聞いた話なので本当かどうかは確認できないが、でも奥さんは妊娠していなかったらしいし、周りの人の間ではうわさ話になっていた。とにかく、次の日の朝も僕のスーツケースは無事だった。もしかしたら本当に親切で言っってくれた言葉かも知れないけどね、それとも頑丈にロックされたスーツケースだったので開けることができなかったのかもしれないが。その朝、僕は彼と共に近くにある友人のアパートに招待された。アパートの窓の側に隠してある小さな透明の袋にはマリファナの葉が入っていた。それをタバコの葉と混ぜて、葉巻紙に包むと完成。僕はそのときは吸うことを拒否したが。ここニューヨーク州では簡単にマリファナが手に入る事を知った。その日の午後より、親戚の家に連れて行ってもらい、その家のおばちゃんからうちにホームスティをしないかと誘われる。彼は犯罪歴があり危険だから彼の家でのホームスティはよしたほうが良いし、以前日本人学生をホームスティさせたこともあるのでうちに泊まりなさいということを彼女より聞いた。そのときに彼女より、彼の子は実はさらってきた子だということを聞いた。かくして、彼女の家でのホームスティが始まった。人気ブログランキングへ
August 20, 2006
3月22日。高校を卒業してすぐに僕はアメリカに飛び出した。出発前夜の夕食のときに家族6人で撮った写真が懐かしい。テキサスのオースティン空港は夜だった。生暖かく、なんとなく新築の家の香りがした。一人での渡航、今度お世話になる英語学校の先生が迎えに来てくれていた。彼は、前回のテキサス研修でもお世話してくれた人の一人だ。彼が、そのとき引率だった女教師と結婚することになっていて、その女教師の計らいで僕が彼の働いている英語学校に入学させてもらうことができた。宿泊先はオースティン大学の寮。英語学校を卒業すればオースティン大学に入学することができるようになっていた。英語の勉強を頑張ろうと思っていたが、今までの怠け癖はどうも抜けない。うまく人と付き合うことができないのも相変わらず。言葉が変わっても性格までは変わらないらしい。そんな中、一人で過ごすことが多かった。幸せとは程遠い現実。そんな中、Aさんとの国際電話が僕の希望をつないでいた。Aさんは一歩遅れて6月にニューヨーク州に留学するようになっていた。Aさんと同じ所に行こうという思いはうわべで、本音は今の状況から逃げ出したかった。僕は彼女の到着とあわせてニューヨークへグレーハウンドバスで向かった。きっと大都会なんだろうという思いとは裏腹に、着いた先は電車も路線廃止に追い込まれていた活気のない町だった。人気ブログランキングへ
August 17, 2006
アメリカに行きたい理由はもうひとつあった。高校3年の夏休みに二週間のアメリカ研修に参加する機会があって主にテキサスの州都オースティンで他の大分県出身の私立の高校生20人弱と行動を共にする機会があった。団体で行動するのが苦手で(今でもそうだが)、現地の高校生と外で交流する機会があってもそこに溶け込むことはできずにいた。それでも楽しみも見つけ出せた。夜、宿泊先の大学の寮から一人抜け出してオースティンの町並みを歩く。その先のコンビ二で買った赤のマルボロ、たまらなく美味しかったのを覚えている。目に見えるものがまるで日本と違う、一人で歩く夜の街は生暖かくて新鮮な空気が流れていた。アメリカ研修が終わり、少し経ってから、みんなで福岡のカラオケボックスで親睦会をひらこうということになった。そこでAEROSMITHの歌を歌っっていたAさんから高校を卒業してアメリカに留学するという話を聞いた。AEROSMITHとアメリカ、なんとなくではあるが突然にAさんに憧れをいだくようになった。その頃は携帯電話もメールもなかったので、家の電話でちょくちょく長話したのを覚えている。僕もAさんを追いかけてアメリカに行こう、きっと向こうには幸せがまっているぞ。アメリカでのAさんとの幸せな生活を思い描くようになった。Aさんとしては僕は良い友達だったのだが。その頃からよくAEROSMITHを聞くようになった。人気ブログランキングへ
August 17, 2006
高校を卒業してまもなく、僕はアメリカへ旅立った。なぜアメリカに行くことになったか、思い出そうと思う。小学生の頃の僕はそれなりに周りに友達がいて、毎日が新鮮な空気に満たされていた。物心がつき、僕は中学に入ったら恋をしようと思った。中学一年の頃の失恋で僕はあまり笑わないようになり、何かにつけ考え込むようになった。その頃から自分に対し劣等感をもつようになり、人との関わりも消極的になったように思う。人が自分に対し、どう思っているのか。相手との会話中にもそんなことに意識が行ってしまうようになった。一人でいるときも、なんでうまくいかないのだろうと色々考え込んでいた。なんとか楽しい人生を送りたい、そんな思いから幸せになる方法を探すようになった。「どうやったら幸せになれるか」という問いがいつも自分の中にあり、その頃の僕はいつもその答えを探していた。中学の頃は自分の劣等感を紛らわすために勉強に励み、親や先生から褒められることで自分を満足させていたと思う。愛が欲しかったんだろうな。中学3年の終わりに、親が勉強しろ勉強しろと言い出してからは逆にまったく勉強しなくなった。その頃からかな、なんで勉強なんかしないといけないのかと思うようになったのは。このまま一生懸命勉強して高校を卒業して、大学を卒業して、一般的な会社に就職して、一般的な家庭を築いて・・・そしていつかは他の人と同じように死ぬ。そんな人生に何の意味があるのか、僕は自問自答するようになった。その頃の僕は、その答えを探すために宗教書やオカルトの本を好んで読んでいた。でも答えは出ない。高校は進学校に入り、まもなく二度目の失恋を経験する。その頃からますます人付き合いが億劫になった。勉強も高校生活での人付き合いもうまくいかず、高校2年の夏休みに他の高校への転入を経験する。きっと新しい場所では幸せが待っている、その思いもむなしく新しい高校でも対人関係がうまくいかないのは同じだった。多分そんな現実から逃げたかったんだと思う、アメリカに行こうと思ったのは。きっと向こうは幸せだぞ。そんな逃げ腰からきた留学への決心。・・・幸せを探すために旅立ったとはよく言ったものだ。高校をちゃんと卒業できたらアメリカに行かしてあげる、その親からの言葉のためだけに僕は毎日高校に通い、卒業できたんだと思う。人気ブログランキングへ
August 17, 2006
「人生経験を語ることを通じて、そこから君が学んだものを分かち合えば、価値が出てくる。もちろん、そのためには完全に自分をさらけ出さなければならない。仮面の陰に隠れるわけにはいかない。」その言葉に促され僕は自分の人生の一部を本にしようと思う。どのような形で進み、どのような反応があるかは未知数だが、君が今までに聞いたことのないような人生がここに展開されるだろう。この本(ブログ)を通じて、経験を共有することは僕と貴方の人生に対して価値がきっとあることだから。
August 17, 2006
アインシュタインの相対性理論を読む機会があった。なるほど、ブラックホールなどの重力の強い所に宇宙船をおくと、未来にワープできるんだね。これって眠りに似てない?ねた次の瞬間もう朝だってこと良くあるよね。ねてるときは魂がブラックホールのような超重力空間にでも行くのだろうか?
July 23, 2006
イラク戦争についてのこんな記事を発見しました。僕らが現実をどれだけ知らされてないか、あらためて思い知らされました。入手先はここです。2004年11月5日ファルージャの市民を代表して諮問評議会、弁護士会、教員組合、部族長協議会、Fatwa・宗教教育議会が連名でアナン国連事務総長に宛てたメッセージをご紹介します。 本日、同メッセージの翻訳を入手しました。原文はここhttp://www.stopwar.org.uk/article.asp?id=241004にあります。翻訳・紹介者は「ストップ・ザ・ウォー連合(Stopthe War Coalition ) 」に関係しておられるロンドン在住の日本人です。その方にによると、このメッセージは、イギリスのストップ・ザ・ウォー連合ブリストル支部に届いたものを「911を追求する組織」がニュースレターの中で紹介したもので、転送・転載歓迎とのことです。 #########################アメリカ軍がイラクで毎日、大量虐殺を続けていることは、証拠を提出するまでもなく明らかです。そして、この手紙を書いている今、アメリカはファルージャの街に対して、この大量虐殺を実施しています。アメリカ軍は自らが保有する中で、最も破壊能力の高い爆弾をファルージャの市民に向け投下し、罪のない多くの人々をを殺傷しているのです。そして地上では、アメリカ軍の戦車が、激しい砲撃で街を破壊しています。ご存知のように、ファルージャ市の代表とアラウィ政権との間で交渉が続いているため、現在ファルージャに軍は駐留していません。またここ数週間、抵抗勢力も行動を控えています。しかし、新たな爆撃は、イスラム教の断食月ラマダンで、人々が断食をしている時に開始されました。その結果、多くの市民が、瓦礫の中に埋まり、外からの援助も断ち切られている状態です。10月13日の夜、アメリカ軍は爆撃機1機で、民家50件を破壊、多くの人を殺害しました。これは大量虐殺という犯罪行為ではないのでしょうか、それともアメリカ民主主義の教訓なのでしょうか。アメリカ軍は、占領を認めさせるために、ファルージャの人々に対しテロ行為を繰り返しているのです。あなた(アナン事務総長)は、アメリカとその同盟国が、大量破壊兵器の脅威を口実に、私たちの国の破壊を続けて来たことをご存知のはずです。彼らは自らの大量破壊兵器を用い、多くの市民を殺害しました。そして今になって、イラクに大量破壊兵器はなかったことを認めています。しかし、彼らは自分たちが犯した罪については口にしようとしません。世界中が沈黙しているのです。イラクの一般市民を殺害することすら非難の対象にならないのです。アメリカは、1991年の戦争の後、イラクに賠償金の支払いを強制しましたが、今回アメリカはイラクに賠償金を支払うでしょうか。私たちの住んでいる世界はどうやら、二つの異なった基準があるようです。ファルージャでアメリカとその同盟国はアル・ザルカウィという新しい、正体不明の標的を作り出しました。ザルカウィはアメリカの犯罪行為を正当化する新たな口実です。この新しい人物は一年前に、でっち上げられました。そして、その一年の間、アメリカは民家、モスク、レストランを攻撃し、女性、子供を殺害しました。そして、常に「われわれは、アル・ザルカウィに対する攻撃を成功裡に遂行した。」とだけ言い、決して、ザルカウィを殺したとは言いません。言えない筈です、ザルカウィなど実在しないのですから。私たちファルージャの住民は、この人物が市内にいないことを保証します。そして、多分イラク国内にいることもないでしょう。私たちは、これまで何度も、「誰でもいいから、ザルカウィを見かけたら、殺せ」と訴えてきました。しかし、今、ザルカウィはアメリカがでっち上げた幻だということがわかりました。私たちの代表は、これまで繰り返し、市民の誘拐や殺人を非難してきました。私たちは、非人間的なことをしているグループと何のかかわりもありません。ファルージャに対する犯罪行為をやめ、軍をファルージャから撤退させるよう、あなたそして世界の指導者がブッシュ政権に大きな圧力をかけることを要請します。ファルージャからアメリカ軍が一時撤退した後、ファルージャは平和で静かな街となっていました。混乱はまったくありませんでした。資金不足にもかかわらず、街の文民行政もうまく機能していました。私たちの唯一の犯した「罪」は、占領軍に来てほしくないと主張したことのようです。しかし、占領に反対するということは、国連憲章そして国際法、また人間としての常識に照らし合わせてみても、私たちが持つ当然の権利のはずです。今、あなた、そして世界の指導者が、新たな惨事を防ぐために早急に介入することを要請します。私たちは、イラクの国連の代表と連絡を取って、このメッセージを伝えようとしましたが、ご存知の通り、国連はバグダッドで一番警備の厳しい、外の社会と遮断されたグリーン地域にあり、立ち入りは許されませんでした。私たちは国連にファルージャの状況に目を向けて欲しいと願っています。************************ファルージャについての他の記事はここで読むことができます。
July 19, 2006
きっこのブログでアメリカがイラクで新型兵器の実験の為に人々を多数殺したことが書かれてあったよ。電子レンジの中に生き物を入れると爆発する原理を利用した兵器らしい。頭だけが爆発して吹っ飛んでいる死体がいっぱい道に転がっていたってこのニュースでもイラクのお医者さんが話してるよ・・・北朝鮮のミサイル実験よりはるかに残酷なことアメリカはしてるんだね。
July 18, 2006
今回だけは中国の努力に感謝するべきかな。物事を圧力でなく対話で解決しようとした姿勢は良いと思うよ。すべての国が家族のように思い、助け合っていけたらどんなに良いだろうか。歴史で教えてくれているのは、戦争では平和な世界を築くことができないってことだね。レバノンの人々を殺しているイスラエルを応援しているアメリカ、そしてアメリカと同調している日本。テロ行為をなくすための人殺しは本当に効果があるのだろうか?人々を殺すことができても人々の信念を変えさせることができないことを今までの戦争は教えてくれた。では僕たちに何ができるか?多分、僕たちが良いものと悪いものという概念を持ち続けていたら何もできないだろう。僕たちはいつになったら歴史から学ぶことができるのだろう?僕たちの「正義」という概念は本当に正しいのだろうか?もし僕たちが他の人たちを家族のように思うことができたなら多少傷つけられても許すことができるだろう。もし僕たちが他の人たちを自分同様に思うことができたなら、決して仕返しをするようなことはないだろう。僕も歴史の傍観者としてではなく、もし本当にこの世界をプリザーブしたいと思うなら何らかのアクションを起こさなくてはと思う今日この頃。南アジアで津波があり多くの生命が奪われた。報復のための報復で世界で多くの生命が奪われている。地球温暖化により生命のサイクルが狂おうとしている。この世界を現状維持したいなら何かアクションを起こさなくてはいけないのではないか、間に合わなくなる前に。人気ブログランキングへ
July 18, 2006
みんなで仲良くやっていきたいね。北朝鮮のミサイル発射訓練について国家同士が良い悪いと言っているようで。そのことについて一言。韓国人・北朝鮮人は今まで僕が会った外国人の中で一番心許せる外国人だったと思う。以前は同じひとつの国の人間だったときもあるし(むこうとしてみては半強制的な部分はあるが)、色んな面で共通点が多いと思う。それだけに一番分かり合えそうな人々とにらみ合うような事態がおこっているのは悲しいかな。なんかみんなが仲良くやれるように国家のお偉いさん方動いてくれると良いのにね。イラクに大量破壊兵器があるといちゃもんつけて数多くの生命を奪った国家が本当に良いのか、ミサイル発射訓練を行っただけで今まで一度も外国に戦争を仕掛けたことのない国家が本当に悪者になのか。日本の新聞の中で日本の北朝鮮に対する政府方針を批判する記事が書かれていないのが気になる。もし経済制裁をしたら北朝鮮で餓死者がまた増えてしまう結果になってしまう方が僕は心配だ。韓国人の友達が言っていた。「朝鮮半島の一番の誇りは、今までよその国から侵略されたことはあるが、朝鮮半島が他の国(中国や日本など)に侵略を仕掛けたことは一度もない。」温故知新とあるが、その言葉を考えると今後朝鮮半島の国家が外国に自ら望んで侵略する可能性はどれほどあるだろうか?とにかく、(他の国に比べると)性格の良く似た隣人同士、仲良くやって行きたいものだとつくづく思う。
July 10, 2006
神戸のとある商店街。すごい活気。土曜日だからかなりの人ごみ。新鮮な魚がたくさん。スーパーに行くより安かったりする。この前この商店街で卵を1パック買ったとき、お店のおっちゃんが教えてくれた。「卵産むときはなぁ、親鳥は涙をぽろぽろ流しながらうむんやで。いつも生活しよるとなぁーんも考えんと卵使いよるけど、卵ひとつ産むのも大変なことなんやで。」神戸のとある商店街は、こんな売り場のおっちゃんとの心と心のつながりがあるから心地よい。神戸の下町LOVE感謝して卵を食べようと思った未来でした☆
June 24, 2006
神戸もようやく梅雨らしい季節に突入☆雨の季節に入りましたね。雨の季節というと「じめじめ」とか、あまり良い表現方法が見つかりませんね。又聞きですが…、オーストラリアに住んでいる人たちは雨の表現として「ビューティフル レイン(美しい雨)」という言葉をよく使うそうです。なるほど、同じ雨でも日本人がよく使う表現の「じめじめ」とは似ても似つけない表現だなと。もちろんオーストラリアの気候は乾燥傾向で雨が少なく、降ってもすぐやむから傘をさすまでもなく楽しく雨の日も外出できるという理由もあるのでしょうが(これも又聞きです☆)。梅雨の季節、美しい雨を感じながら良い気分で生活したいものですね映画「今、逢いにゆきます」は、梅雨の季節の雨が美しく表現された映画ですね
June 23, 2006
何か心の隙間をうめるものがほしくて出張ホストを利用している方もいると思います。たまたま立ち寄った僕のサイトをみて、僕が貴方を幸せにするきっかけになれたらなんと素晴らしいことでしょう。残念ながらそうでないケースも何度か経験しました。僕が出張ホストをしようと思ったのは「セックスボランティア」(河合香織)という本を読んで、身体的にディサビィリィティー(欠陥)のある方に何か為になることはできないかというのがきっかけでした。今では身体的なディサビィティーのケアより、一番必要なのは心のディサビィリィティーのケア、癒しではないかということに気付きました。出張ホストを始める頃読んだ本で、僕にインスピレーションを与えてくれた本があります。「神との対話」(ニール・ドナルド・ウォルシュ)。その名の通り、著者が自動書記で神と対話しているというおったまげる内容の本です。だけど半信半疑で読んだその本は素晴らしく、その本により僕は癒され、勇気と未来、そして愛を取り戻すことができました。「今、愛なら何をするだろう」という出張ホスト・ホストナースのモットーも、ここから来ています。僕の出張ホストの出発点でもあります。出張ホストを通じて、貴方と知り合ってお互いの「気持ち」を共有できたらなんと素晴らしいことだろうと思います。華緒未来(はなおみき)「愛」コミュニオン。とにかく出張ホスト「華緒未来(はなおみき)」に興味のある方はご一報くださいね☆神戸発です。
June 20, 2006
久々に携帯からブログ書いています。今日はファミレスでお食事☆最近は一人のときはよくファミレスを利用しています。読書をしたり読書をしたり・・・ファミレスを図書館替わりに利用している今日この頃。24時間営業って便利だね☆僕も24時間営業!ご利用あれ☆スケジュール表を見やすい所に移動させたのでまたご確認くださいね☆
June 20, 2006
おはよう!昨日は久々に10時間睡眠☆色んな夢みました☆誰かと話している夢とか、だけどあまり覚えていないたまにデジャブを見ることもあって、そんなときは不思議な気持になります。この前パチンコ冬のソナタでぼろ負けしている夢をみたからぜーったいパチンコは行きましぇん冬そなつながりといえば、最近韓流ブームで映画館でもよく韓国映画をやっているね。「私の頭の中の消しゴム」は感動しました☆せつないなー。結構韓国映画って終わりがせつないのが多いよね。なんかフランス映画みたいだね☆僕は結構好きだよ昨日は「君にささげる初恋」をみました☆次は何を観よう
June 20, 2006
タバコを吸わない生活がなじんできた今日この頃。人間とは習慣の生き物だとつくづく思う。タバコを吸わない生活が身についてしまえば、もうそれについて執着がなくなる。自分へのご褒美に当初はプレステを買おうか考えていたんだけど、どうせまた三日坊主で売ってしまうのがおちなので買わないことに。代わりに携帯の機種変更を明日しようと思う出張ホスト、この仕事をして自分に大きな変化がおきたことは夜のお仕事をしている女性とかかわることができたことだ。もちろん箱ホスのときでも何人かは知り合いになれたかたはいたが。もっと身近に感じることができだしたのはこの仕事をしだしてからかな。色んな考えをもった人がいて、のんだくれやそうじゃない人、旅行好きやそうじゃない人、もちろん内向的な人ともかかわることができたのは自分の人生経験においても大きなプラスになっているのは間違いない。ただひとつ悲しいのは泡姫のお仕事をしている人は自分の仕事を嫌っている人が多いことかな。もちろん色んな考えはあると思うが、僕はどんな仕事であろうともそれはそれで素晴らしいと思う。もちろんソープで働くのはお金のため、そう割り切らないとつらい部分があると思うが、貴方がかかわることで心の重荷が減った男性も多々いることだろう。あまり自暴自棄にならずに、あまり自分をさげすまないでいてほしいと僕は願う。つかれたときはどうぞ僕をご利用あれきっと何か隙間をうめるもの、見つかると思うから
June 16, 2006
朝ごはんはデニーズ、夕ご飯もデニーズ、今日は一日デニーズの日でした今日は少し部屋の中が暑かったので今年になって初めて冷房を入れてみた。ラジオで言っていたように28度に設定して…案外、28度って暑いね結局、外の風の方が涼しいので今は窓をあけて過ごしちょりますサッカー、オーストラリアとの試合、残念だったね。今度は勝ちますよーに
June 14, 2006
新幹線に乗りながらガムのポスカムをかむ。喫煙車両を息を止めて通り抜ける。他動喫煙でも、吸ったらまたタバコ吸いたくなっちゃうといけないしね今日はそんなわけで新幹線に乗りながら岐阜まで行きました。畳の上で、いすに座りながら食べた日本料理、なんとも不思議な気分がして新鮮でした料理も美味しかったし、また行きたいね今日はワールドカップサッカー日本代表一戦目だね。一番になるとよいな案外いけるんじゃない
June 12, 2006
人間やればできるもんだ☆タバコの代わりにコーヒーにはまっていたりするエチオピアのコーヒー。近くのコーヒーショップで買ったんだけど、これがなかなかよい味だしてる☆スターバックスのハウスブレンドと同じような匂いで、少し苦めの癖つきかな。舌の中で後味が残っているので、タバコをやめるときにこれを飲んだのは正解だったかも「ハーブのような匂いのするコーヒーってないですか」って難癖つけて注文したコーヒー。コーヒーやさんのお兄さんは少し困り気味だったけど、ほんまうまいわこれまたコーヒー買いにいこう!
June 11, 2006
今日から禁煙!がんばっちょります☆最近ぐうたらな生活になってきたのでこれはまずいと思い、軌道修正ぐうたらすぎてブログも更新しなかったり。。。反省二週間禁煙できたらご褒美にプレステ2を自分に買ってあげようと思うだれかソフト買って今日は久々にカレーを作りました。たまねぎをいつもより多めに入れて健康志向お味は?これからいただきまぁす
June 10, 2006
Cさんの誕生日のお祝いに先日コンチェルトに乗りました。神戸のモザイクから出発して1時間半の船旅を楽しみました。梅雨入り前だったので視界良好☆神戸空港へ出入りする飛行機の発着をみていると僕の中の子供心がでてきてはしゃいだり☆ピアノとチェロの生演奏を楽しみながらティータイムを楽しんだり、なんだかあっという間に時間が過ぎていきました。今度はワインを飲みながらもよいね☆
June 10, 2006
きのうの夜はのんだくれ楽しかったよえりさん大阪の気温は夜でも20度梅雨の季節の前にこんなに気温が上がるのは珍しいんじゃないかな?やっぱ神戸に帰ったらそれなりの涼しさを感じたよ。最近ブログをさぼりぎみ、久々に更新。ちょっとお堅いイメージがつきそうなので少しキャラクターを崩していこうかと計画中今日はこれから警察署。新風営法に法律が変わったから今月中に書類提出しなきゃいけないので、色々めんどっちいけどねでも警察署の係りの人は何かと親切に教えてくれるので好き。やっぱ福原が近くにあるので風俗に対する理解があるのかも。前住んでたところはお堅いところだったので警察署に問い合わせたら色々文句つけられていた覚えが引っ越してよかったってこんな時思うよ最近の出来事としてはニュースーパーマリオとニンテンドーDSをマリオ発売日に買ったことかな。結局2日で全クリしたので、面白くなくなったのでDS売っちゃいましたー最近ご予約・ご質問メールのメルアド間違って入力されているのがあって、返信できずに泣いています。間違わないようにね
June 2, 2006
最近タバコをすうようになった。部屋の壁には禁煙のステッカーが。…効果なし。まあマリファナ吸うよりましかと思いながら長い目でみている。自分に甘い未来。しかしマリファナの方が実は体への影響は軽いようだが。僕はマリファナは日本では吸ったことがないが、あれは使い方によれば実に良いらしい。マリファナの幹の部分は繊維の質がすばらしく良く、紙に加工できたり服を作る材料にも最適らしい。マリファナは育てるのがとても容易で(北朝鮮のような寒い地域でも育つくらいだから)、もし紙の材料をマリファナに変えると、大規模な森林伐採を止めることができ、CO2削減、地球温暖化現象をくいとめることができる。ではなぜタバコより副作用の少ないマリファナを認めない国が多いのか。多分それはマリファナを吸うと愉快になりすぎて働かない人がでてきて国の労働力低下をきたす恐れがあるからか、または、もし大麻が栽培されると、世界中の綿花栽培者やナイロン、木材生産者がたちゆかなくなるからだろう。大麻は地球温暖化防止には素晴らしく貢献できるのだが。とりあえずは自分のできることから地球温暖化予防をしていこう。僕はエコカーのプリウスを買ったよ!コンビにではビニール袋をもらわないようにしているよ!
May 23, 2006
ここに美しいSEXの描写がある。紹介しよう。世界はつねにエネルギーを交換しつづけている。あなたのエネルギーは放出されて、すべてにふれる。すべてのひと、すべての物もあなたにふれる。そこで興味深いことが起こる。あなたと他者のある場所で、エネルギーが出会う。もっとわかりやすくするために、部屋に二人の人間がいると想像してみよう。二人はそれぞれ部屋のすみに離れ離れにいる。トムとマリーと呼ぶことにしようか。トムのエネルギーは、宇宙に向かって、周囲360度の方角へエネルギーを送っている。そのエネルギーの一部がマリーに達する。マリーもエネルギーを放出していて、一部がトムに届く。そのエネルギーはあなたの考えもしないような出会い方をする。トムとマリーの中間で出会うのだ。そこでエネルギーは溶け合う。溶け合って、ひとつの新しいエネルギーになる。それを「トマリー」と呼ぼう。トムとマリーはこのエネルギーを「わたしたちの中間にある身体」と言うかもしれない。どちらともつながっていて、どちらもエネルギーを注ぎつづけている身体で、その身体から放出されるエネルギーは、つねに存在するマトリックスの糸、紐、あるいはパイプラインを伝わって、二人の「スポンサー」のもとに戻ってくる。このトマリーという体験、それがトムとマリーの真実だ。この神聖な結びつきに、二人は惹かれる。二人はパイプラインを伝わってくる「中間の身体」の崇高な喜び、祝福された合一の喜びを感じるから。遠く離れて立っているトムとマリーは 物理的に マトリックスで起こっている出来事を感じとる。どちらもその体験に惹かれてく。お互いに近づきたいと思う!それも、すぐに!ここで「訓練」が顔を出す。世間は二人にあわてるな、感覚を信じるな、「傷つく」かもしれないから身を引けという訓練をしている。だが魂は…「トマリー」を知りたがる。それも、ただちに!二人が幸運なら、不安を棚上げして、大切なのは愛だけと信じるだろう。「中間にある身体」に惹かれていく二人は、もう後戻りはできない。「トマリー」は形而上学的にはすでに存在しており、トムとマリーはそれを物理的に体験したいと願う。だから近づく。相手に到達するためではない。そばで見ている者にはそう映るかもしれない。だが、二人は「トマリー」に到達しようとする。すでに二人の間に存在する神聖な合一に到達しようとする。すでに二人がひとつだと知っている場所、そして、ひとつになるとはどんなことかを知っている場所に行こうとする。だから、彼らは自分たちの「感覚」に向かって近づいていく。二人の距離がちぢまり、「コードが短く」なると、二人がエネルギーを送っている「トマリー」までの距離が短くなり、密度が高くなる。二人はさらに近づく。距離が縮まり密度が高まる。さらに近づく。さらに密度が高まる。さあ、二人は二、三メートルしか離れていない。中間にある身体は熱くなる。振動が猛スピードになる。トマリーとの「つながり」は濃く、ひろく、明るく燃えて、信じられないほどのエネルギーを伝える。二人は「欲望に燃えて」いると言われる。まさに、二人は燃えている!二人はさらに近づく。触れ合う。感覚は耐えられないほどになる。このうえないすばらしさ。触れ合った瞬間、二人はトマリーのエネルギーを、濃密に凝縮されたひとつになった存在を感じる。最高の感性が開かれていれば、触れ合ったとき、この微妙で崇高なエネルギーを感じ取れるだろう。「ぴりぴり」と電流のようなものが身体を駆け抜ける。あるいは、触れ合うところが熱くなる。身体全体も、ふいに熱くなる。コノエネルギーは下半身のチャクラ、つまりエネルギー・センターの奥深くで凝縮されている。そこのエネルギーはとりわけ激しく「燃える」。トムとマリーは、お互いに「熱く」なる!二人は抱き合い、お互いの距離はさらにちぢまり、トムとマリー、そしてトマリーはほとんど同じ場、スペースを満たす。トムとマリーはお互いの間のトマリーを感じ、さらに近づき、トマリーと文字どおり溶け合いたいと思う。物理的なかたちでトマリーになりたいと思う。トムとマリーはそれを実現する準備が整った。トムの身体はマリーの中へ入る用意ができた。ぴりぴりと流れる電流、炎はもはや激しいなどという段階ではなく・・・信じがたいほどになっている。二つの身体が合体する。トムとマリーとトマリーがひとつになる。肉体を通して。依然としてエネルギーは流れ続ける。激しく、情熱的に。二人はうねり、動く。お互いをさらに求め合い、さらに密接になろうとする。もっと、もっと、もっと近づきたい。二人は爆発する。肉体に痙攣がおこる。指の先まで振動が走る。爆発して一体になったとき、彼らは神と神性と、アルファとオメガを、すべてと無と、生命のエッセンスを知る。生命そのものを体験する。~神との対話 普及版〈3〉世界的な真実についてニール・ドナルド ウォルシュ (著), より人間のセクシャリティーについての美しい描写である。
May 17, 2006
お腹の事心配してくださった方、ありがとう。だいぶ調子も元通りになりました。たまには体にも気を使わなくちゃと反省です☆でもおすしを見たらしばらく拒絶反応がでそうだけどねホームページのリニューアル、気づきましたか?携帯の方はこちらから入ると便利ですよ☆なぜ今になってと思う方がいるかもしれませんが、自分の出張ホストとしてのありかたに少しどうかなって思うところがあり、軌道修正しました。色々な出張ホストの方がいるけど、それぞれ得意としている分野があると思う。僕は女性のために何が一番得意なのかなって考えたとき【カウンセリング】なのかなと。人を相手にするというのは看護師も同じなので、カウンセリングという言葉に関しては出張ホストも看護師も共通する部分がある。しかし、出張ホストとしてのカウンセリング、それはもちろん必要であれば心と心、体と体の関係まで入り込めるので最高のものが提供できると信じています。音楽つきなので(パソコン版のみ)少しうるさいホームページになったかもしれない。改善する余地は沢山あると思うので、どしどしご指導いただきたい
May 16, 2006
じめじめした季節に突入。今年ほどそのことを体で感じた年は今まで無かったのではないだろうか。三日前のことである。夜8時、電気屋さんの帰りに寄った食品スーパー。お腹がすいたなーと弁当コーナーを見ていると美味しそうなお寿司があった。しかも閉店前なので500円の半額の250円。今までお寿司など買うことは無かったが値段に負けて買うことに。即効車の中でたいらげてしまったのであるが次の日の朝、どうもお腹の具合が悪い。お腹の中央がズキュンズキュンとくる。潮の満ち欠けの様に痛みが引いたり強まったり。それでもその日はお腹が痛いながらも、たまに吐き気をもよおす程度で、行動することができた。多分食あたりだろう。思い当たることといえば前日食べたお寿司しかない。次の日、昨日のことであるが、朝お腹の激痛で目がさめた。お腹が素晴らしく痛い。必死に布団の中でこらえていたがこりゃあかんと思い、解熱鎮痛薬のロキソニンを飲む。やはり内臓系の痛みには効かないらしく、そのうちお腹だけではなく背中までズキュンズキュンときだした。腹痛で救急車を呼ぶのも気が引けると思い、痛みをこらえながら向かいの内科に行くことに。寄生虫のアニサキスかもしれないと怖いことを言われたが、消化器の過剰な動きを止める効果のあるブスコパン入りの点滴をうってもらい、症状が劇的に緩和。その後も打ち寄せる潮の様に、痛みが時々おそってくるのであるが、ブスコパンの内服によって一命をとりとめる。ありがたやブスコパン昨日は結局お腹の痛みと共に20時間ほどベッドで過ごした。痛々しい露の季節の突入の報告である。
May 13, 2006
久々に実家に帰り家族と顔を合わすことができた。何ヶ月ぶりだろう、去年の夏以来だから。祖母の具合が気になっていたが、最後に逢った時とさほど変わってなかったので、とりあえず一安心してそそくさと神戸に帰る。最近は神戸になれたせいか、それとも違う理由か分からないが、どうも地元の雰囲気になれない。心境の変化というものだろうか。地元にかえってしたことといえば昔行きつけだった美容室に行って髪を切ったこと位だろう。わざわざ地元に帰ってまですることじゃないんだけどね。最後に『また来ます』と言ったきり行ってなかったので・・・僕の担当だった方は一年前に辞めたらしく、結局思い出話もできぬまま。一人だけ見覚えのある顔がいて、ちょこっと話しただけ。時間は確実に過ぎていって、色々な変化がおきてるらしい。なんばの行きつけの美容室の僕の担当の方も先日辞めはったので、新しい美容室を探そうと思う。
May 8, 2006
弟から久しぶりに連絡が入った。化粧品の支店をこれから経営するから、色々と協力をお願いという電話だった。自分の夢に向かって大きな一歩を踏み出した彼にエールを送りたい。兄弟は良いものだ、例えどんなことであろうとも、少しでも力になれればと思い無条件に応援したくなる。出張ホストをしていると、家族にいえない後ろめたさもある。例えそれに自分がどんなに良い理由付けをしても、多分絶対認めてもらえないだろうという気持があるからだろう。親の気持を裏切りたくないという気持と、今まで親や世間から学んだ理想の人物とかけ離れているからだろうか。だけど僕は思う。出張ホストであれ何であれ、自分の気持を裏切ってまで親の理想に近い人物を演じるのはしたくない。自分の心に忠実にまっすぐ生きれたら最高だと僕は思う。親の期待を裏切ること、それは自分にとってつらいことかもしれないが、それよりもっとつらいのは自分を裏切る事じゃないかな。人を愛すのは大切、でも一番大切なのは自分自身を愛すことかな。自己中心的に聞こえるかもしれないが、まず自分自身が満たされないと、相手を満たしてあげることなんかまずできない話だから。反省すべき点は多々あるが、自分の気持に忠実に生きたいと僕は思っている。
May 2, 2006
出会いは自分の経験を豊かにさせるものだと僕は思います。どんな出会いでも後になって良かったって気づく事ってあるよね。だから多分、出張ホストとの出会いも何かしら女性に与えるものはあるはず。僕はそう信じています。むしろ、お金をかけて出会っているんだから非日常的な経験ができて当然。日ごろ味わいたくても口にすら出てこなかった秘密を共有できることも多々あるかも。そういう意味では人生でマンネリを感じたときや、行き詰まりを感じたときは大いに出張ホストを利用してほしいと僕は望む。そのときの一万円は後になっていくらでも取り返しがつくけど、自分のネガティブな感情を持ち続けると後で取り返しのつかないことにもなりかねない。少しどうかなと思う部分もあるかもしれないけど、表面上の関係だけではなく裸の付き合いができるから、これ以上のプレゼンテーションは他では得られないと思う。同じ神戸の出張ホストの玉津あきらさんなど、僕以外にもすばらしい出張ホストはいることだし、女性は自分のことを一番理解してくれそうな相手を選んで癒しを感じることができたら、と僕は望む。
May 1, 2006
昨夜は少し冷え込んで、久々に暖房つけて寝ました。朝起きるとそんなに寒くないかな。季節の変わり目でちょくちょく風邪ひきさんがいる様子、手洗いうがいしないとね★僕は今のところ調子良いみたい。昨夜は料理を作ったけど、今日のブランチはトーストとレンジでチンのミネストローネ。今温め中、どんな味だろう。・・・ミネストローネは癖があって最初はとっつきにくい味だけど、食べだすと病みつきになってしまう味だったりする。ちょうどカマンベールチーズといったところだろうか。・・・普通に美味しい野菜たっぷりのミネストローネでした★僕はなかなか自分の思いや考えを人に伝えるのが苦手で、誤解を生むと悪いから今まではあまり感情を表現しないようにしていたんだけど、最近は思い切って伝えるようにしている。もちろん少しの言葉で伝わることのほうが少ないので、誤解されているようだったら違う言葉で相手にわかるように伝えている。たとえ嫌な感情でも一度自分の中から押し出してみて相手に伝えてみると案外自分が何かカン違いしていることもあり、伝えた後でお互い理解が深まることが結構ある。結構さわやかな気分になったりする。だけどやっぱり時と場所を選ばないと不快すぎる感情は相手を傷つけてしまいかねない。だからスポーツなどで汗を流して昇華するのが良いんだろうね。といっても僕は仲間でわいわいサッカー等は苦手なほうで、どうしても一人でできる水泳なんかになってしまうけどね。スポーツジムで男女の恋愛が始まると聞くことがあるけれど、ジムで水泳をしている限りではそれは無い話だね。水の中泳ぎながら息継ぎもなかなかできないのにはい『こんにちは』は無いだろうからね。せいぜい前に泳いでいる人の足が自分の頭にあたって気まずい思いをするのが精一杯かな。そんな中でもし恋愛が生まれたら素敵だろうけどね、でも大概頭にあたった足の持ち主はおっちゃんだったりする。
April 30, 2006
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