宇宙航海日誌

宇宙航海日誌

第一章(1)



 建国から既に百年を経たミネルバニア帝国は神速を誇る強力な騎兵団と数名の有力な魔術師の援助の下に、その支配を揺ぎ無いものとし、「楽園の帝国」と呼ばれるまでになっていた。実際、同じ大陸内に帝国の敵となるような強国は最早存在せず、その他の小国は全て帝国の属国と成り下がっていた。前人未到であった大陸周辺の海賊団の領土や妖精族の支配する魔の森にまで支配の手が届くのも時間の問題であった。時の王、グリフォス8世は歴代の諸王の中で最も優れた名君と称えられ、彼が健在である限り帝国に刃向かう者、刃向かえる者は現れないであろうと思われていた。しかし、運命の歯車は常に我々を嘲笑うかのように世界を混沌の渦の中に飲み込んでいく・・・。

 爆音、剣戟の火花、断末魔の叫び、早朝の朝靄の中始まった戦いは瞬く間に修羅場と化し、飛び散った血潮と苦痛に顔を歪めた死者が地を埋め尽くした。
 ここは帝国の西の端にあるルーニ湖の畔、魔女クラインの居城、ルーニ城。一ヶ月前に帝国の支配からの独立を宣言し、自治領を建設したばかりであった。帝国に組する三大魔術師の一人で、その三人の中で最も強力であった彼女の突然の叛乱は人々に衝撃を与えた。グリフォス王は断固とした態度でこの叛乱の鎮圧を宣言し、魔女との戦いに数は不要と考え、二万の正規騎士団の中から精鋭二千騎と残り二人の魔術師を刺客として差し向けた。
 再び爆音。魔力によって創り出した心を持たぬゴーレム兵の一団に突撃した一隊が、クラインの火龍の呪文よってゴーレムごと吹き飛ばされたのだ。轟音と燃え上がる炎とともに突撃の勢いは一気に崩れ、血みどろの混戦状態に突入した。
帝国の総指揮官、アルマイクは本体陣営にまで飛んできた焼け爛れた兜を手にとって溜息をついた。
「神速の騎士団の動きを止めたいだけなら、ただ城に籠城すればよかったのだ。機動力を最大の武器とする騎士団にとって魔術師との攻城戦程恐ろしいものはない。それをゴーレムや骸骨兵などを使ってあのような戦法をするとは・・・。もう誰にもクライン様のお心は解らぬのか・・・」
人の身長程もある大刀を持ち、馬ごと騎兵を切り裂く怪力をもつゴーレム兵や四肢を失っても戦い続ける骸骨兵とはいえ所詮、正規軍の騎士団に敵うわけもない。城内から呪文を唱えるクラインに直接攻撃をしかけることはできないが、彼女の戦力の劣勢は目に見えている。魔法にしても見た目の派手さの割に一度に倒した騎士はせいぜい五、六人で威嚇程度の攻撃でしかなく、城門が取り囲まれるのも時間の問題であった。
「城内での戦いのために魔力を温存しているのか・・・?いや、それにしては兵を犠牲にしすぎている。あれではもう、組織的な抵抗は無理であろう。それとも・・・」
「アルマイク様!」
一人のルゼルグという名の若い騎士がアルマイクの傍に馬を寄せてきた。今回が確か初陣であったはずだが、名門貴族出の名に恥じない働きをしていた。この戦いから帰還した暁には上級騎士への昇進を王に進言すべきだろう。
「左翼の守りは既に突破してございます!右翼の敵兵も後僅か!攻城の準備はいかが致しましょう?」
もとは地方の豪族であったアルマイクにとってあまりにも堅苦しい言葉遣いであった。
「戦においても儀礼を忘れず・・・か」
「は?」
「いや、何でもない。攻城兵器は使わん!城門をこじ開けて正面から突撃じゃ!」
号令と共に騎兵たちは横一列に陣形を整え、城門に馬首を廻らした。予想外の攻撃に少々手こずり、二千の精鋭騎士団は一千七百弱になっていたが、その代わり敵兵は殆ど壊滅状態だった。城門の扉は魔法の封印で開かなくなっているかもしれないので、魔術師が陣の先頭に立ち、呪文の詠唱の構えをした。既に正午を過ぎた時刻のはずなのに上空を覆う暗雲のお陰で辺りは薄暗い。突然、城門の重い扉がぎしぎしと軋む鈍い音をたてながらゆっくりと開いた。
「入って来いというのか・・・」
アルマイクは開いた扉の向こうに見える暗闇を睨みつけた。
「グリフォス様、本当にこれで良いのでしょうか・・・」
アルマイクは胸の内でそう思った。建前上の理由はともかく、誰もクラインの謀反の原因を知る者はなかった。きっと知っているのは王周辺の僅かな側近だけだろう。グリフォス王の下には個々の欲望を超えて様々な有能な人材が集い、本心から忠誠を誓っていた。アルマイクはクラインもその一人だと信じていたし、彼女に対して国王も信頼を寄せていたはずだった。
「この国はどうなってしまうのだろうか・・・」
氷のような美しさを湛えた魔女クラインの容貌が頭に浮かんだ。アルマイクは唇を噛み締め、迷いに決断を下した。
「全隊突撃!敵はクラインただ一人!だが刃向かう者に容赦するな!」
指揮官の雄雄しい叫びが当たりに響き渡り、騎士たちに湧き上がる恍惚感と勇気が伝播していった。彼らの死期が迫っていることを知ることもなく。


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