宇宙航海日誌

宇宙航海日誌

第三章(3)


「何か異常はないか?」
椅子に腰掛ける二人の警備兵からは反応がない。一丁の自動小銃を抱え、真っ直ぐ廊下の反対側の灰色の壁を見つめている。
「おい、返事しろ!」
ロキは警備兵の一人の肩を揺すった。いや、正確には揺すろうとした。しかし、触れようとしたロキの手は警備兵の肩を通り抜けてしまった。
「!?」
二人の警備兵の姿はゆらゆらと揺れ、そのまま霧散した。
「これは・・・魔法か!」
ロキは周囲を見渡した。本物の警備兵は見当たらない。そっと宝物庫の入口となる頑丈な両開き戸のノブに触れる。力をこめるまでもなく、あっさりと戸は開いた。
「くそっ!」
ロキはすぐ隣の警備兵待機室に入った。明かりを灯すとそこに一人の警備兵が眠っていた。
「おい、起きろ!緊急事態だ!」
揺すっても顔を叩いても警備兵は起きない。どうやら何らかの方法で眠らされているらしい。ロキはその場にあった電話を使って内線で警備室に連絡した。
「緊急事態だ。何者かが宝物庫に侵入したらしい。テレーズ卿にすぐに連絡してくれ」
「え・・・は、はい!ロキさんはどうするのです?」
「俺はこのまま宝物庫の様子を見てくる」
「あ、いや、あそこは立ち入り禁止区域で・・・」
「そんなこと言ってる場合か!急いでテレーズ卿に連絡しろ!」
ベルトから銃を抜き、ゆっくりと宝物庫に入った。宝物庫は二重扉になっているので、実際の入口は更に先になる。照明はなく、何も見えない。ロキはライダーズジャケットの内ポケットからライターを取り出し火を点けた。少しだけ視界が広がる。足元で何か柔らかい物がぶつかった。姿勢を低くして足元を照らしてみる。二人の警備兵が倒れていた。外傷はないが、意識を失っている。ロキは息を殺して更に奥の扉へと歩み寄った。奥の扉から僅かに明かりが漏れ、小さな物音が聞こえてくる。ライターを戻し、銃の安全装置を解除してトリガーに指を掛ける。右手で銃を構え、最後の入口となる戸のノブに左手で触れた。一呼吸置いて一気に戸を開く。薄明かりの中に一人の人影がうごめいている。
「何者だ!」
ロキは侵入者に向かって真っ直ぐに銃を構えながら叫んだ。侵入者がロキの方を振り返る。そしてゆっくりと右手をロキに向かって突き出した。右手の中指には見覚えのある指輪がはまっていた。魔石だ。
「貴様・・・・・・!!」
次の瞬間、ロキは視界の揺らぎを覚えた。満足に立てないほど、ロキの手足には力が入らない。
「くっ・・・こんなのってアリかよ・・・」
警備兵たちを襲った意識を奪う魔法だ。苦しむロキの横を侵入者は悠々と通って逃げる。ロキの中で激しい感情が湧き上がった。ロキがあれほど苦労して手に入れようとした魔石をあっさりと盗んだ人間がいること。その人間に一対一で対峙して、あっさりと逃げられたこと。自分のプライドが傷つけられ、侵入者に対する怒り以上に、自分に対する怒りがこみ上げてくる。ロキは薄れゆく意識の中で、右手の銃を左手に当て、引き金を引いた。

ダン!!

轟音が狭い廊下に響き渡る。ロキの左手は血にまみれて見えなくなっていた。激痛が薄れゆく意識を呼び覚ます。
「これでいい・・・アイツだけは絶対に逃がさねえ・・・!!」
ロキは立ち上がり、そのまま侵入者を追いかけた。

 侵入者は上の階に向かって逃げていった。ロキも左手から溢れる血を抑えながら追いかける。下の階から慌しい声や物音が聞こえる。報告を受けて、増援の警備兵が到着したのだろう。まだ意識がはっきりしないロキはなかなか侵入者に追いつけなかった。
 侵入者は5階を抜け、空調設備や冷却水ようのタンクが雑然と置かれた屋上に上り詰めた。ロキもその後に続く。屋上の入口のドアを蹴破ると、そこには侵入者と一匹の大きな生き物が立っていた。口が裂け、大きな翼をもち、竜のような姿をしていた。だが、その肌は石像のように灰色をしており、一見しただけではそれが生物だとは分からなかった。侵入者はその生き物の長い首を使って優雅に生き物の巨大な身体に飛び乗った。月明かりが侵入者の姿を映し出した。黒いマントのようなもので全身を多い、頭に黒いフードを被っているので顔は見えない。
「待て!そこを動くな!」
巨大な生き物と侵入者に向かって銃を構える。ロキの静止に耳を貸す様子はない。ロキは更に間合いを詰める。侵入者がこちらを振り返った。ロキは引き金を引いた。

ダンダンダン!!

瞬時に巨大な生き物は翼を広げ、銃弾から侵入者を守った。本当に石でできた生き物なのか、銃弾が貫通した様子はない。
「そんな・・・馬鹿な」
巨大な生き物は翼の羽ばたきを始め、強い風圧でロキは後ろに押し戻された。巨大な生物は宙に浮き、やがて舞い上がった。風で侵入者のフードが取れた。黒く長い髪が月明かりに照らされ、艶やかに舞った。
「・・・女?」
白く浮かんだ端正な顔には表情もなく、侵入者の少女はただ平然とロキを見下ろしていた。巨大な生物は更に翼を羽ばたかせ、侵入者を運び去る。
「くそっ!」

ダンダンダンダンダン!!!

ロキは飛行する生物めがけて何度も銃を撃った。背後から複数の走り寄る音が聞こえる。増援に来た警備兵だ。
「侵入者は?」
「あそこだ」
ロキは街の上に浮かぶ巨大な鳥のようなものを指差す。警備兵たちは唖然としてその生物を見た。
「あれは・・・?」
「知らねえよ!ジジイなら知ってるだろ!」
ロキはもと来た道を走り出した。
「どちらに行かれるんですか!?」
「アレを追いかけるんだよ!」


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