能登往還


・女生徒のいと素朴なる横顔を茜に染めて汽車は走れる
・街の灯は魚津あたりか海に浮く 七尾の海に月影も冴え
・来世か過去世か現世の縁かと暮れ果つ海に潮鳴りを聴く
・奥能登に雨降りしきる 兵の塚詣でむと訪ねけらしも
・眼閉じ宇出津(うしつ)の海の遠鳴りを聴きて思ほゆ都落ち人

・行く秋を惜しみて時雨る羽根駅に佇ちし我はも 鳶(とんび)しば啼く
・野の花を摘みつつ行かな 
 武士(もののふ)の夢まぼろしか古君(ふるきみ)の里
・古君の原にすすきの穂波揺れ 刈田の畦に草紅葉燃ゆ
・時空超へ石塔は何語るべし 遠つ神祖(かむおや)を訪ねし人に
・はろばろと遠つ神祖を訪ね来し その人の背を濡らす秋雨

・奥能登の峠越ゆれば日本海 怒涛逆巻く越前の海
・北海の怒涛は我に迫り来る滾つ(たぎつ)心の堰を切るがに
・荒海や 逆白波(さかしらなみ)の砕け散る
 能登は夕焼 秋暮れむとす

・神主も人間ならむ 装束を脱げば現世のことばとなりて
・旅人の群るる輪島の朝市の客呼ぶ老婆の皺の深さよ
・骨董の店の戸棚に潜みゐる蒔絵の椀は誰が使ひしか

・奥能登の入江に鷺の一羽二羽 烏賊釣り船のランプ寂しも
・穴水の入江に舫ふ(もやう)帆船のマストは高き秋天を衝く
・鵲(かささぎ)の何啄ばむか 奥能登の夕日に向かふ我は旅人
・没落を美しきものと言ひくれしそが言の葉の甦りけり
・人とふはなべて優しき心根の持ちけるからに苦しみの満つ


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