5年生、追試と居残り



新しい担任の先生は、非常に教育熱心で、子どもにものをきちんと教えるのが好きな先生だった。わからないことは宿題に出す。家で勉強してもわからないことは、翌日居残りさせてでも教える。

5年生になってもひらがなすら正確には書けないAを、実に熱心に教えてくれたが、教えてもらって治るくらいなら、もうとっくに治っているはずだ。私はそう思った。Aはやる気がなくて書けないのではない。書こうとしても書けないのだ。なぜそうなるのかは私に説明ができないが、Aが悪ふざけで誤字を書いているのでも、怠けて覚えないわけでもないことだけは、先生にわかってもらおうと思った。

先生は私の話をまったく信じなかった。Aの学校での様子を話し、「学力の遅れはありますが、他の子より進んでいる部分もありますしね。お母さんが言うようにな、生まれつきのものではないと思いますよ。字が書けないといっても本や新聞なんかすらすら音読しますし、意味もつかめています。計算も速いし、やればできる子だと思いますが・・・」

言外に「親が甘やかすから」「努力が足りないから」と言われたような気がした。

小さな頃から、文字を書くことが苦手だったこと。もともと器用な子どもではないので、手抜きでなくていねいに書いてこの程度の字形でしかかけないこと。宿題もやる気はあるのだけれど、一問を解くのに時間がかかる(というより回答を書くのに時間がかかる)こと。毎日9時10時までかかって宿題をやっても、やり残しができること。

何度説明しても、「このままでは困りますよ。」「やらせればできると思いますが」という返事ばかり。Aは集中力がなくてあきっぽいくせに、一度こりだすと過度に集中する。一度スイッチが入ると、本を読むのもあっという間、しかも内容も頭に入る。一般の人が思うような、今自分には何が適当か、ということは考えずに自分の好みで何でも選ぶ。

たとえ幼稚だと笑われても読みたいときには幼児用絵本でも読むし、気になった記事があれば新聞も読む。親の本でも持ち出して読むことがあったから、雑学だけは豊富だった。Aの雑学が先生の質問とたまに一致すると、先生が聞かないことまですらすら答えたと言う。Aにしたらそれは新発売のお菓子の銘柄を答えるのと同じような感覚だったろうが、先生は「ここまでできるということは他も伸ばせる」と思ったらしい。「できないのはやらないからだ」という理論で、漢字テストで合格点が取れなかったときは追試が行われることになった。

クラスの中に何人か追試組がいたが、Aのように毎回残される子はいなかった。Aは毎日不合格で、毎日残された。そして、翌日は追試が待っていた。ふざけているのでも、努力が足りないのでもないAが、簡単に合格するはずもなく、Aだけが毎日追試で、宿題はどんどん増えていった。


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