いじめ



教えてもらってマジメにやればやるほど、私はみんなに迷惑をかけることになった。泣いたり甘えたりすることは私の辞書になかったから、周囲からは「非協力的で、失敗しても悪びれないふてぶてしい子ども」に見られた。

何をどうやっても周りから責められるので、私は能面のような顔で立ち尽くすことしかできなかった。

小学校に入ってまもないころから小さないじめはあったのだが、学年が進むにつれてそれはエスカレートした。一番ひどかったのは5・6年の頃と中学時代。周りの子どもも思春期に入り、難しい時代だった。運が悪いことにこの頃父親が職を失い、経済的にも苦しい我が家では、両親は子どもに対する配慮が欠けていた。両親は私がいじめにあっていることに気づきもしなかったし、担任の先生もそれはおなじだった。

叩かれたり罵倒されることはなんでもなかったが、一番困ったのはものを隠されたり壊されたりすることだった。新しいものを買う余裕が両親にはなかったし、「どうしてこうなったのか」と質問されたら答えに困る。叩こうが罵声をあびせようが何の反応もない私が、ものを取られたときだけは必死になるのが面白かったらしく
隙を見ては学用品や靴などを取られた。

えんぴつをもっていった男の子が「これ、折るぞ」と脅しをかけてきたときに、もうどうとでもなれと言う気になり、「やりたければやれ」と返事をして放っておいた。私のえんぴつはぽきぽき折られ、ごみ箱に捨てられた。がっかりはしたが私の思わぬ返事に相手が一瞬ひるんだので、その顔を思い出すとおかしかった。久々に楽しい思いをした。

あとで担任の先生に呼び出された。先生は私のえんぴつをだした。「これ、あなたのでしょう。」もういいんです、と言いかけた私に、思わぬ言葉が浴びせられた。「あなたがしたことの結果がわかっていないようですね。OOくんに「やれ」と言えば、あの子がやってしまうことくらいわかるでしょう。人をけしかけるような真似をしてはいけません。」先生はどうしてそうなったのかということや、私の気持ちなどみじんも考えてはくれなかった。おいうちをかけるようにこんな言葉までついてきた。「あなたの妹さんは、はきはきしたいい子なのにねえ。」

私がしたことはそんなに悪いことなのか。被害者は私なのに、加害者の方をかばうのか。私が悪いとしても、なぜここで妹のことが引き合いに出されるのか。もう何を言っても無駄だと思った。まともに相手にして子どもが勝てる相手ではないし、あきらめるのが一番いいと思った。

母親には取られたものはすべて「どこかでなくした」と報告して、家でもまた叱られた。このいじめは義務教育の間程度の差はあれ、続くことになった。


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