2章 ロンボク島のササックの村で


<2章 ロンボク島のササックの村 レンダンナンカで>



こうして何度もインドネシアを訪れるうちに、スミヤティさんやフィルとの親しさが増してきた。フィルは私をロンボク島の故郷の村へ何度か連れて行ってくれた。なにかと便利だが観光地化しているバリ島とは違い、多少不便だが素朴なロンボク島も気に入った。

初めてロンボク島へ行ったときは、友人の出身の村に着くまでに一日かかってしまった。まず、バリ島南部のレギャンからバリ島東部のパダンバイ(PADANGBAI)まで行き、そこでフェリーに乗り換える。5時間ほどでロンボク島の西部に位置する港レンバル(LEMBAR)に到着。そして、レンバルから50KMほど離れたロンボク島中央部に位置するレンダンナンカ(LENDANG NANGKA)をめざし、馬車に揺られて数時間。朝レギャンを出たのに、レンダンナンカについたのは夕方だった。

このときの一日がかりの旅にこりて、次からは、飛行機で行くことにした。バリ島からロンボク島行きの飛行機は毎日数便出ていて、所要時間は約30分。飛行機のほうが、断然楽だ。

レンダンナンカ村では、フィルの恩師でもある小学校の校長が経営しているゲストハウスで泊めてもらったので、安心だった。ゲストハウスの宿泊客には日本人は1人もいなかったが、オランダ人と、ドイツ人のバックパッカーがいたので、話し相手には困らなかった。

ゲストハウスは3食つきで、近くをめぐるフィールドトリップもあった。校長先生の案内で、ゲストハウスの周りを歩いて周る。田んぼのあぜ道を歩きながら、レンダンナンカの農業についての説明をきく。近所のこどもたちが歩いている私たちについてきて、かたこと英語で相手をしてくれる。こどもたちは、物売りではなく、好奇心で私たちについてきているだけだ。いやし系のフィールドトリップだと思った。

インドネシアの小学校を一度見学してみたいと思っていた私の希望に校長先生は心よく応じてくださり、授業を参観させてもらうことになった。驚いたことに、筆記用具を持っている生徒は約半分くらいしかいなかった。持っている生徒も鉛筆は1本しかないので、二人で1本の鉛筆を大事にシェアーして使っている。



pencil


校長先生によると、貧しい家では、こどもを学校に行かせるのがやっとで、筆記具を買う余裕まではないという。このときから、レンダンナンカ村へ行くときには、こどもたちのための、鉛筆やノートを持参することにしている。2002年の3月にこの村を訪れたときには、経済状態は改善されて必要ないかもと思いつつ、鉛筆や色鉛筆、ノート等をバリで持てるだけ買って持参した。だが、校長先生によると、経済状況はさほど変わらず、持参した筆記用具はこどもたちに配られた。

授業終了後、学校から帰る前に、こどもたちは先生のところへ来て、一人ずつ挨拶をしていく。挨拶は頭を下げるのではなく、先生と握手する。私のところにも来て握手してくれた。笑顔で握手してくれたこどもたちの手は小さくて、温かかった。

フィルのいとこの家では、近所の4~5歳くらいのこどもたち数人と一緒に遊んだ。輪になって座り、手をたたいて遊ぶ日本のゲームを教えたら、こどもたちは、すぐに覚えて、楽しんでくれた。

レンダンナンカ村は、このときの訪問をきっかけに、インドネシアに来るたびに、なんとなく気になって、訪れる場所になった。

そういえば、レンダンナンカ村に滞在中、一度も日本人に会ったことがない。英語のガイドブック「LONLY PLANET」には数行載っているけれど、私の持っている日本語のガイドブックには載っていないこともその理由かもしれない。村の人の話によると、日本人もたまに来るが数は少ないようだ。この村を訪れる観光客の大半は欧米人で、ロンボク島の旅行会社のスタッフによると、車をチャーターしてこの村に来る人たちもいるという。彼らは、インターネットやガイドブックで、この村について知り、どんな村か知りたくなったようだ。このホームページで、レンダンナンカ村をもう少し取り上げ、日本からもぜひ訪れてほしいと思う。人々が気さくで、温かくて、居心地のいい村だからだ。
つづきを読む







楽天トラベル 楽天トラベル 海外航空券予約




© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: