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メロン 時々話題に昇ることもあるかと思うのですが、今日の日記は、果物と野菜の区別についてです。 よく言われるのはスイカとメロンが果物でなく野菜であるという事実。これは農林水産省の分類でも「果実的野菜」という独自のジャンルに分類される、言わば特殊な野菜とされています。ちなみにイチゴもこのジャンルに分類されています。なんとイチゴは野菜だった! そもそも、果物と野菜の定義はどうなっているのでしょう。農林水産省の定義では野菜とは「食用に供し得る草本性の植物で加工の程度の低いまま副食物として利用されるもの」としています。草本性というのは要するに「草」だということで、「木」ではないわけですから簡単に言えば草に実るのは野菜、木に実るのは果物ということになります。 しかしその説だと、どうも納得いかないのは、前述のイチゴはバラ科の植物で、一見「草」のように見えますが、植物学的には木です。また、トマトやナスもほおっておけば冬を越して翌年も実をつける「多年生木本植物」つまり「木」だと言えます。さらに、バナナは農水省でも果物と分類しています。しかし、一見バナナは立派な木になっているかのように見えますが、あれは巨大な草です。バナナはショウガ目バショウ族の植物で根っこにはショウガと同じ根茎ができ、漢方薬として利用されています。さらにさらに、パイナップルはどう見ても「木」ではなく「草」ですが、分類としては果物になっています。 どうも農水省の分類もそれほど厳密なものでなく従来の慣習などに引きずられていて、それでも法律上の定義などはしなければならず少々苦し紛れに「果実的野菜」などと言う曖昧な分類を作ったりして理屈と実情のバランスをとっているということでしょうか。野菜か果物かなんてどうでもいいじゃないかと思われるかもしれませんが、昔、どこかの国でトマトが野菜か果物かで裁判があったという話もあります。当時、税金が野菜と果物では全然違っていたため、農民は野菜だと主張、税金を取る行政は果物だと主張し、数回の法廷での争いを経て「トマトは野菜」と公的に認められたそうです。最近は珍しい果物がたくさん輸入されているのでますますグレーゾーンの果物は増えていくでしょう。突き詰めて考えれば、「草」と「木」の区別も人間が勝手に決めているだけで、そんな区別は自然界では無意味なのかもしれません。例えば、竹などは太いものは木のようにも見えますが、体の構造が全然違う木とは別物の生き物ですし、細い物は、幹の色にしろ葉っぱの形にしろ、草に近く思えます。 話はそれましたが、まとめとして 農林水産省の分類 植物学的分類 スイカ 果実的野菜 野菜(草本性植物) メロン 果実的野菜 野菜(草本性植物) イチゴ 果実的野菜 果実(木本性植物) トマト 野菜 果実(木本性植物) ナス 野菜 果実(木本性植物) バナナ 果実 野菜(草本性植物) パイナップル 果実 野菜(草本性植物)と言ったところです。庶民的には、まあ美味しければなんでもいいという話もありますけれどね。
2006年07月18日
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製造現場から見たリコールの内側 先日、トヨタまでもがリコール隠しというショッキングなニュースが流れました。なぜ、世界に君臨する勝ち組トヨタのような会社がそんな馬鹿なことをするのか理解に苦しみます。トヨタはなにやら言い訳しているようですが、新聞記事の内容を信ずる限りは明らかなリコール隠しです。今回のリコール隠しの内容は、ハイラックスなど一部の車種のステアリングリレーロッドと呼ばれる部品が強度不足で折れるというものです。ステアリングリレーロッドというのは、左右の前輪を繋いでハンドルからの操作をタイヤに伝える重要な部品です。普通であれば理論上必要な強度よりもはるかに頑丈に作られている部品です。ブレーキが故障した車は大変危険である事はだれでも解りますが、実はハンドル関係の故障も大変危険です。考えてみてください。走行中突然ハンドルを切っても曲がらなくなったらどうなりますか。ブレーキはフットブレーキが駄目ならサイドブレーキやエンジンブレーキを使って少しでも速度を落とすことができます。カーブを曲がっている最中に突然車が曲がらなくなったらおそらく何の対処もできずガードレールに一直線となるでしょう。かのF1レーサー、アイルトンセナが事故死したのも、突然のハンドル系の故障によりコースを飛び出しコンクリートの壁に激突したのが原因なのです。 こんな事件がたびたび起こるのは、自動車業界、そして監督官庁の体質・対応が悪いと言わざるを得ません。三菱、トヨタと続けば、こんなのは氷山の一角なのではないかと思えてきてしまいます。三菱の時は、事件が発覚するずっと前から、個人的に知っている自動車整備士から三菱の車だけは買わない方がいいと言われていました。いわく、雨水の処理が悪くバッテリー周辺が水浸しになり、発火することがあるとか、その他もろもろの欠陥を彼は整備のプロの立場から指摘してくれました。しかし、彼が言うなによりの問題は、いくら問題点を指摘しても、当の三菱はまるでまじめに対処する気がなかったことだと言ってました。トヨタも言い逃れなどしてる暇があったら、どんな細かいクレームでも開発担当部署に速やかに流れるような体制を確立する努力をするべきだと思います。工業製品は人間の作るものですから、必ず設計ミスや不良品は発生します。大切なのはそれによって発生する被害を最小限に食い止めるための体制作りだと思います。安易な言い逃れは企業にとって長い目でみればけっして徳にはなりません。本来、業界を牽引するリーダーたるべきトヨタが起こした今回の事件は三菱の時以上に深刻な、日本自動車産業の歴史の汚点とさえ私は思っています。
2006年07月17日
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国際食料需給と食料安全保障 最近、魚の価格が高騰しているそうです。築地の市場では、主要な魚の価格が、今年は去年の7割増しになる勢いで、年内には倍になるだろうと心配されています。その主な理由は漁獲量が減ったというよりは、世界的に需要が多くなったというのが本当のところのようです。1980年代くらいまでは魚を商業的に大量に食用に捕獲しているのは日本くらいで、先進諸国は見向きもしませんでした。しかし和食のヘルシーさがしだいに世界に浸透していくと、富裕層を中心に魚を食べる習慣が広まり、BSEや鶏インフルエンザの問題もあいまって、世界中で魚の需要が急増し、絶対量が不足しているのです。日本人の食卓は有史以来、魚と野菜を中心に組み立てられてきました。永い歴史の中で肉類をたくさん食べるようになったのはつい最近のことで、やはり日本人の民族的根幹は、肉よりは魚食の文化にあります。そんな食文化が今危機に立たされています。 魚は、良質なタンパク質や低融点の脂肪など肉類より優れている面がたくさんあります。そんな魚を、欧米ではいままでそれほど食べなかったのがかえって不思議なことで、魚の需要が高まってくるのは当然の流れです。しかし、欧米においては魚食は、富裕層から始まったこともあって高級なグルメと捉えられており、価格が多少高くても許されます。ところが日本では昔ながらの庶民的な食材と考えられているためにあまり高価にはできません。その結果、世界の市場で、日本は価格面での競争に負け、他の国に魚を持っていかれてしまう事態が増えているのです。今後、世界人口の増加を考えればますます魚の調達は難しくなり、日本の食卓から魚が消えてなくなるのは残念ながらほぼ確実のようです。もし、対策を取れるとするなら、周囲を海に囲まれた国であることをいかし、海洋牧場など養殖を大規模に行う技術開発を進めていくことでしょう。それは場合によっては世界に輸出できる日本の資源に成長するかもしれません。 食料の問題は魚だけの問題でなく、今後世界人口の増加につれ、次から次に襲いかかってくることでしょう。しかし、魚と米は日本人にとって守っていかなければならない大切な食文化です。なんとか知恵を絞って乗り越えていかなければならないと感じます。
2006年07月16日
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Nintendo DS Lite 各種 今日は、ファミコンの日です。1983年(昭和58年)のこの日、任天堂の家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」が発売されました。いまやプレステや任天堂DSが主流なのでファミコンという言葉自体が死語となっていますが、当時の社会現象にさえなった尋常でない大ヒットはおもちゃの分野に関していえば日本史上最高といえるでしょう。あまたの雑誌が発刊され、テレビ番組が組まれ、名人と呼ばれるプロゲーマーまで作り出したとんでもないおもちゃでした。当の任天堂でもここまでの大ヒットは予測していなかったのではないでしょうか。当時でも家庭用ゲーム機は「アタリ」などいくつかあってそれほど大ヒットするものではありませんでした。ソフトの種類が貧弱だったし、グラフィックも単純でした。なのにこのファミコンはとてつもない大ヒットとなり、まさに一家に1台はあるという大ヒットになりました。その理由は、ソフトにあります。任天堂はソフトウェアの開発を自社で全てやるのではなく、外部に任せる戦略をとりました。今では当たり前ですが、こうしたハードウェアのスペックを公開し、広く開発への参入を促すことは当時としては画期的でした。これによって多くのゲームソフトメーカーが生まれ、競い合ったことがファミコンの面白さを加速度的にに押し上げ、日本のおもちゃ市場を席巻するまでになったのです。実際、ファミコン発売当時のソフトであるドンキーコングやマリオなどは今見ればよくこんなものに夢中になったもんだと思える8ビットのDOSくさいぎこちないものでしたが、何年かすると画質、動き、データ量ともすごい進歩を遂げます。数々の名作ゲームも生み出されました。私の好きなのは「ドラゴンクエスト1~3」、「ファイナルファンタジー1、3」「ソロモンの鍵」、「悪魔城ドラキュラシリーズ」です。ファミコン世代ならだれでも熱烈に好きなゲームがあると思います。 ファミコンは「PCエンジン」や「セガサターン」など、いくつかの強力なライバルの追撃をものともせず王者に君臨し続けました。しかしここで陰りが見える事件が起きました。それは任天堂自らによる「スーパーファミコン」の市場への投入でした。スーパーファミコン用のソフトはファミコン用ソフトとの互換性がなく、スーパーファミコンの売れ行きは今一つでした。この時、最低限、上位互換としてスーパーファミコンでファミコンソフトも遊べるようにすれば買い替え需要を含め、任天堂の絶対優位はもっと永く続いたのかもしれません。さらに社外の中小メーカーがファミコンソフトをスーパーファミコンソフトで遊べるアダプターを開発し、売り出そうとした時には「特許侵害で訴える」とまで言い出すありさまで、勝ち組になりすぎた結果、ユーザーの利便を無視する会社というイメージが社会に広がってしまったと思います。その後はソニーのプレステが一世を風靡することになるのは周知の通りです。 私は最近のゲームはどうもやる気がしません。グラフィックが素晴らしいとか、容量が大きいのでストーリーも緻密とか、良いのは解っているのですが、心の琴線に響くものがありません。RPGゲームでは戦闘シーンなどでの過度なグラフィックは、時間がかかってイライラするだけですし、デフォルメされたキャラの可愛さが好きな人も多いと思うんです。 任天堂DSでは脳トレーニングや料理レシピなど新しい方向へ展開が始まりました。私的には3Dのリアルな映像のシューティングゲームなどよりは遥かに魅力的で未来を感じます。
2006年07月15日
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ひまわり 完全版 DVD-BOX 第二集 今日は、ひまわりの日です。といっても植物のひまわりのことではなく、気象衛星「ひまわり1号」のことなのですが。1977年(昭和52年)に日本発の静止気象衛星「ひまわり1号」が打ち上げられました。静止気象衛星は大事なものですし、雑学ネタも多々あるのですが、今日はあえて植物のひまわりのことを書いてみたいと思います。 私が子供の頃住んでいた所は、田舎だったので、庭先、路地の片隅など空いている土地がたくさんありました。夏になるとそういったちょっとした隙間はひまわりの花がたくさん咲きました。子供たちが前年に収穫した種を蒔きまくるからです。大して手入れもせずともぐんぐんと育ち、太い幹と巨大な花を付けるひまわりは何とはなしに子供たちが喜んで育てました。学校の宿題で夏休みの観察日記をつけたのも良い思い出です。ひまわりとあさがおは小学生の観察日記の定番でした。 ひまわりの黄色と緑のコントラスト豊かなビジュアルは、私にとっては子供の頃の夏休みそのものです。これで背景に青い空と白い雲があれば、心はたちまちあの頃の一時。セミの声、麦わら帽子から抜けてくる強い日差し。やがて夕立の稲光と雷鳴、雨の臭い。ヒグラシがやがて鳴き始めて…。そんなものが五感に訴えかけよみがえってきます。自分が記憶の中で美化しているのかもしれませんが、当時の空はもっと青く高く、雲はまぶしいほど白くダイナミックに動いていたように思います。また、生活の場のすぐそばで季節おりおりの生き物が息づいていて、鳴声や姿で私たちを楽しませてくれました。現代文明を否定するわけではないけれど、楽園のような時代でした。私にとってひまわりは、そのころのを思い起こさせてくれる大事な花です。
2006年07月14日
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エクソシスト ディレクターズカット版 今日は、オカルト記念日です。1974年(昭和49年)のこの日にアメリカ映画「エクソシスト」が日本で公開されました。その今までなかった悪魔の概念や独特な雰囲気で大ヒットし、日本は、テレビも雑誌もラジオもオカルトブームに染まったのです。今あるホラーや妖魔殲滅系のアニメなどはすべてこの時のブームがなかったら生まれなかったかもしれません。この「エクソシスト」という映画はそれほどまでにすごい衝撃を持った映画でした。 若い人は見たことがない人もいるでしょう。エクソシストとは悪魔払い師のことです。この悪魔払い師が、少女の体に取り付いた悪魔と壮絶な戦いを繰り広げるというストーリーなのですが、少女の首がグルッと真後ろまで回転するなどのショッキングな映像は当時の人たちを多いに怖がらせました。でも、今見ればそれほどでもないのかもしれません。最近のホラー映画はスゴイですから。 この映画のおかげでオカルトという言葉が定着し、タロットカードがはやったり、いろいろな占いなどもこのころからよく見られるようになったと思います。人間には超自然的な力や現象に憧れることがあるようで、オカルトと言ったら怒られるかも知れませんが、風水などは本当に熱心にやっている人がいますね。もっとも昔の人は風水で街をまるごと作ってしまうほどですから、何かを心のよりどころにするというのはとても強いことなのだと思います。そう考えるとオカルトであれ、神話の世界の話であれ、文化としては面白いと思いつつ、本質的には科学的に物事を考えてしまう自分は、だから意気地がないのかとも思ってしまいます。妄信的に何かを信じて突き進む人間になってみたいです。
2006年07月13日
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心がホッとする和風の雑学343 昨日、近所のスーパーで「お盆用野菜」というものをたくさん売っていました。もちろん食べるためのものでなく、「精霊馬」を作るためのものです。ナスやキュウリに麻幹の足を付けて牛や馬を作り、ご先祖様の乗り物にする慣わしです。こんな風習は廃れてしまったと思っていましたが、意外でした。もっとも若い奥様たちは何に使う物かわからない人もいたようです。 「精霊馬」が必ず作られた昔の家庭では、「精霊馬」のユーモラスな形から幼い子供は興味を持って手に取ろうとしてしかられます。しかし、頭ごなしにしかりつけるのでなくこれはとても大切なものなのだと諭されて、大人たちも大切にしていることが雰囲気で解るといたずらはおさまります。昔の家庭には年のうち何度かは厳かな空気が流れる日があって、子供の感性もそれによって影響を受けていたと思います。私にとって「精霊馬」は、子供のころの厳かさに対する恐れや好奇心が混ざった、一言でいえない不思議な感じを呼び覚ます「聖なる動物」なのです。
2006年07月12日
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誰もが平和を望んでる? 今日は、世界人口デーです。国連人口基金が1990年(平成2年)に制定しました。1987年(昭和62年)のこの日に地球の人口が50億人を超えたため、世界中の人たちに人口問題への関心を深めてもらうことを目的に定めたものです。しかし恐れていた通りに世界人口は急上昇し、20年足らずで地球の人口は65億を突破しました。20年間で約30%増加しているわけで、有史以来こんな勢いで増加したことは近代までありませんでした。1960年(昭和35年)の頃は10億人増えるのに60年あまりかかっていました。西暦1000年ごろには1億人増えるのに1000年もの月日を要していたのです。そこから考えればまさに近年の人口増加スピードは爆発的だと言っていいでしょう。 今、世界で最も人口の多い国は中国とインドです。この2国だけで26億の人が住んでいます。世界人口の4割くらいになります。人口増加率でもこの2国がキーパーソンとなるわけですが、国それぞれの事情がありますから、この2国を悪者扱いするのはおかど違いですし、一人当たりのエネルギーや食料の消費量はアメリカを始めとする先進国のほうが遥かに多く、世界的バランスは良いとは言えません。この辺が地球全体で強力しあい、資源の節約をしようとしても容易ではない要因となっています。もし、一律全ての国で一人当たりの資源の消費目標を決めたとすると先進国では暴動が起きることでしょう。ある有識者によれば、飢餓などに苦しめられずに地球で生活できる人口は、食料の生産や真水の供給を考えると50億程度だという試算もあります。これからの地球規模での取り組みが人類に課せられた試練です。もう始まっています。自爆テロやったり、ミサイル撃っている場合ではないのです。
2006年07月11日
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ネバネバしない石鹸です納豆美肌石けん 今日は、7、1、0で納豆の日です。好き嫌いがはっきり分かれる食べ物ですね。関西方面の方は苦手な方が多いようです。私は、味は大好きなのですが、糸を引いて食べづらいのがちょっと気になります。納豆汁とかは大好物なのですが。特に夏場、旋風機に当たりながら納豆を食べようものなら糸が風で舞って大変なことに・・・。なんとか糸を引かなくして食べられると良いのですが。納豆スパゲッティーだとバターを絡めるせいかあまり糸は引きません。でもご飯にかけるのにバターはちょっと考え物ですね。 納豆を一番最初に食べた人は何を思って食べようと考えたのでしょう。普通に考えたら見た目と言い、臭いといい、けして食べようとは思わないですよね。よほどの食糧危機だったのでしょうか。それとも異常にチャレンジ精神旺盛な悪食の人がいたのでしょうか。 納豆の発祥は実はよく解っていないのです。アジアの稲作文化圏では、多少の様態の違いはあれ、納豆あるいは納豆に非常に近い食品が作られているようです。おそらくはヒマラヤ山脈あたりで生まれ、シルクロード、中国を経て日本にやってきたと思われます。糸引き納豆以外の寺納豆と呼ばれる大徳寺納豆や浜納豆などと同じように中国から伝来したと考えるのが自然なようです。 秋田県には源義家が納豆を発見(発明?)したという伝説があり、「納豆発祥の地」の石碑があるそうです。また、豊臣秀吉のの朝鮮出兵の際,加藤清正が偶然に納豆を発見したという言い伝えもあります。だれが発見したのか昔から興味を持たれていた事が解ります。 納豆菌はとても生命力の強い菌で、味噌や日本酒などの発酵食品を作るときには納豆菌が繁殖しないよう充分に注意しなければなりません。言い換えれば納豆はわりと簡単にできちゃうので、その発祥もはっきりしないのです。稲作文化圏で多く作られるのは、やはり、稲藁が豊富にあるためで、納豆菌は、この稲藁に自然に付いています。藁を熱湯で煮沸すると、納豆菌以外の菌が死滅します。納豆菌は硬い殻で包まれていて、高熱にも耐え、逆に加熱されたことによって殻を破って活動を開始します。この藁でゆでた大豆を包めば納豆菌が繁殖して納豆が出来上がります。ある程度温かい所に置かないといけませんが、他の菌が全滅しているので、他の発酵食品よりも失敗することもなく、簡単にできるのです。もちろん、家庭でも作れますよ。最近では血栓を溶かす効果が特に注目され、有効成分であるナットウキナーゼは健康食品に応用されています。また、最近では納豆のアミノ酸を利用した納豆石鹸というものがブームになっているそうです。 本場茨城県では、納豆をさらに長期保存する工夫として干し納豆というものがあるそうです。納豆のスナック菓子などは見たことがありますが、これは昔から伝統的に作られているそうです。干すことによって糸もなくなり、戦国時代の合戦時の兵糧にしたようです。 納豆は大豆でなければ作れないわけではなく、納豆菌が繁殖できる栄養素があれば他の食品からでも作れるそうです。しかし、大豆以外の納豆は見たことありませんね。簡単に作れるけれど意外とこれ以上の製法はない完成された食べ物なのかもしれませんね。
2006年07月10日
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昨今、住宅やビルの欠陥が話題に登ることが多くなっています。最近、欠陥建築が増えている理由があります。一つは、あまりにも過酷なコストダウンの影響です。 住宅で言えば、昔は家は大工さんが建てるもので、職人のこだわりが込められていましたから手抜きとは無縁の世界でした。あの家はあの大工が建てたという事実はずっと残りますから、大工さんにとっては一軒一軒が真剣勝負でした。法律でこう決められているからとかよりは、本当にそこに建てる家に必要であれば、過剰と思えるほどに頑丈に作ったりなど、技術的な見極めができるプロの仕事でした。それでいて、余計な宣伝費用などをかけない分リーズナブルな価格でサービスを提供することができました。地域の人の繋がりの中で建築という仕事を受け持つ職人として、安定した地位を得ていればこそのことです。 バブル崩壊後からでしょうか、建築のコストが無茶な削減を求められるようになります。住宅建築も中小建設会社の参入で昔からの大工さんは駆逐もしくは懐柔され、丁寧な仕事が美徳ではなくなりました。ビル建設でも大手建設会社のピンはね丸投げ行為が横行し、質は限りなく下がり続けることになります。一度下がった質は元に戻すのはとても大変です。 最低限の品質は法律で定められているはずと思う人は多いでしょう。でも実際には、建物の耐震性などの重要な部分は現場での検査は難しく、事実上書類さえ整っていれば野放しなのです。例えば鉄筋の量はコンクリートを打設する前に行政が検査をすることはありません。柱の1本か2本を正規の量の鉄筋を入れて写真をとり、残りの柱の鉄筋を減らしても誰もわからないのが現状です。コンクリートの質も大きな問題です。普通、コンクリートは打設前に水分とセメントとの比率を試験して最良な状態を選んで調合してから打設するのですが、多くの建設現場では調合が終わってから水を大量にコンクリートに加えシャバシャバにしてから打設するという行為が常識となっています。このほうが型枠の隅々までコンクリートが回るからなのですが、当然、強度は遥かに落ちてしまいます。条件によりますが構造物として成り立たないくらい薄められている場合も多いようです。 最大の問題は、こういった手抜き建築の問題は建築に携わる人間であれば絶対に知らないはずは無く、そのくらい常識くらいに思い続けて流してきてしまった事です。最近の世の中の全ての建物は、まずまともな建物などないといっても良いでしょう。そう、欠陥でない建物を探す方が難しいのです。あなたの住んでいる家、あなたの働いているビル、多かれ少なかれ欠陥を秘めています。工場で品質管理されて作られる工場製品と違い、現場での一品制作である建築物はけっきょく完璧を求めるのは無理なのです。 現場を知らない設計者の絵空事を無理やり実現するために、見た目だけの使い物にならない建物がつくられてしまう事も多々あります。建築家の中でも特に「意匠」と称される人たちの中には、物理的法則すらまともに理解できない人も時々いて、建物全体をダメにしてしまうケースすらあります。どこからも清掃できない窓ガラス、取替えできない高天井の照明ランプなど、まったく小学生なみのお間抜けな事態が実際に頻発しているのです。建築士の試験制度は考え直される必要があるでしょう。合格した人にはたとえ1ヶ月でもいいですから現場での実際の工事を体験することは必要だと思っています。図面上に絵空事を書くのではなく、自分だったらこういう手順で施工するとイメージできるぐらいのスキルは最低限必要だと思います。 昔、馬鹿な設計者が川の中の橋の橋脚をコンクリートで補強する工事の設計をしました。普通に考えれば、川の流れをバイパスで逃がし、水が引いてからコンクリートを打設するのが当たり前です。ところがその設計者は、橋脚の周りにビニールシートを巡らせて水をくみ出し、コンクリートを打設するというとんでもない設計をしました。ビニールシートで完全な水密は得られませんし、水圧というものがあるので構造強度の無いビニールシートでは支えきれるはずもありません。あまりにも知識が無さ過ぎます。ですが、こんな人でも多くの人々が命を預ける建物を設計してよいことになっているのです。 今後、建設というものを私たち多くの庶民にとってより良いものにしていくかはとても難しい課題です。どうしても業界や行政の都合のいいようにしかならない場合も多いと思います。とりあえずの最良の方法は、われわれ庶民が賢くなること、これにつきるようです。
2006年07月09日
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風車のような風を感じるデザイン。インディアンジュエリー・風のターコイズリング 我が家には居間と寝室に1台づつ計2台の旋風機があります。エアコンが普及した現在でも旋風機は必需品で、市場からなくなってしまわないのはありがたいことです。夜、眠る時などはエアコンだと温度を高めに設定しても冷えすぎたり乾燥してしまったりして、どうにも具合が悪いのです。自分には旋風機が合っているようです。 この旋風機ですが、実は最近のものはシンプルなものしかないですね。旋風機愛好家としてはちょっと高級なものを買ってやろうと思ってもそんなのはなくて、それどころか中国とか韓国製、台湾製のものが多くて国内の大手メーカーはほとんど撤退している模様。こんなによく出来た機械を七千円とか八千円で売っているのでは無理も無いのかもしれませんね。 私が子供の頃の話ですから30年から40年くらい前になりますが、そのころの旋風機は家電メーカーの売れ筋商品であったのか、そうとう気合の入った商品がありました。まず、操作パネルのボタンを押すと首が伸びる!20cmくらいは伸びたでしょうか。しかも伸びた首はオートバイのフロントサスペンションみたいな見た目のかっこ良さ。首振りは現代の頭のポッチを押し込むというようなものでなく、操作パネルにレバーがあって、三段階くらいの角度が選択できるようになっていました。首振りの角度(範囲)が調節できるんですよ。電子制御なんてものは無い時代に。昔の家電製品ってけっこうすごいんです。昔は値段が高かったこともあるでしょうが、部品の多くが金属でできていて高級感がありました。今、エアコンのエネルギーの節約に旋風機を併用すると良いと言われています。このへんで旋風機もニュージェネレーションとして上下に首振り(これはすでに発売されているそうです)とか、タイマー運転中に温度で強弱を調整してくれるとか、消し忘れ防止のために24時間プログラムタイマーとか、高機能な旋風機が欲しいです。けっこう一年中使うものなので多少高くても買うと思うのですが、メーカーさん、いかがなものでしょうか?
2006年07月08日
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七夕限定 今日は、七夕です。七夕の伝説はいまさら説明するまでもないでしょう。二つの星と天の川の組み合わせからあんなロマンチックな物語を思いつくのですから昔の人の想像力はたいしたものです。この七夕伝説は中国で生まれたものですが、七夕という言葉は日本で生まれたようです。一つの説では、ある夏の夜に、戻って来る祖先の霊に着てもらう衣服を、機織して棚にお供えする風習が七夕の一連の伝説や風習とごっちゃになり、棚機、転じて七夕となったというもの。また、別の説では「棚機津女(たなばたつめ)の伝説」というのがあります。これは古事記にも記載されているので七夕の語源としては有力ですね。棚機津女という巫女が村の災厄を取り除いてもらうために、水辺で神の衣を織り、神の一夜妻となるため機織小屋で神の降臨を待ち続けるというものです。機織、乙女、神、このあたりがキーワードになって伝承の中で融合が起こり、今の七夕伝説になったようです。最初は宮中での催事だったのですが、江戸時代には庶民に広まり、織姫が機織の名人であることから、女子の習い事上達の願をかけることが流行して、短冊に願いを書く風習もこのころ生まれたようです。 七夕は年間の祭りの中でも際立ってロマンチックなものです。私などは幼い頃の記憶に深く記された笹の葉のさやぐ音や、色とりどりの短冊、普段あまりない家族と見つめる星空など複合的な要素でノスタルジーのツボを刺激されます。あの歌、「ささのはさらさら のきばにゆれる♪」もかなり利きます。旧文部省唱歌でも5本の指に入る名曲ではないでしょうか。 話はちょっとずれますが、天の川という言葉は知っていても見たことの有る人は少ないのではないでしょうか。昔は確かに見えたと思うのですが、私は、最近は全然見ていません。夜空が明るくなったのと大気の汚れ両方が原因だと思います。天の川の輝きは、昔でも本当に淡いものでしたから、今なら空気の澄んでいる時を狙って高い山にでも登らないとなかなか見ることはできないでしょうね。 天の川は、銀河とも呼ばれ、言わずと知れた銀河系を内側から見た姿だと言われています。銀河系は直径10万光年の渦巻き状をしていて、その中心から3万光年ほど外れた位置に私たちの太陽系があることになっています。しかし本当のことは誰も知りません。銀河系の形も太陽系の位置も、だれも外から見た人がいないからです。アンドロメダなど周辺の星雲などを参考に予想しているにすぎません。ちなみに日本では冬より夏の方が銀河は明るく見えます。それは地球が太陽の周りを回る公転の関係で、夏には銀河の中心方向を見て、冬には縁の方向を見るためだと言われています。伝説の浪漫も良いですが、それに加えて宇宙浪漫にも思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。
2006年07月07日
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本気で言いたいことがある 一日遅れの話題ではありますが、またやってくれましたね、北朝鮮。ミサイルを7発も公海に打ち込むとは何たる暴虐でしょう。兵器を開発するのは他にも多くの国が行っていますから、やりたければしかたないですが、たとえ実験であっても発射することなど許されません。ましてや公海に落とすとはなんたることでしょうか。もし、たまたま漁船でもいたらどうする気なのでしょう。どうしても発射したければ自国の領土内に着弾させるべきです。日本の対応も眠たいですね。マンギョンボン号の半年間の入港禁止だそうです。普通、謝罪するまで無期入港禁止でしょう?アメリカだったらミサイル打ち返してますよね。 中東の情勢はまだまだ不安定な面もありますが、すでに国家とテロリストの争いであり、テロリストは犯罪者に過ぎませんから、おのずと収束に向かうでしょう。しかし、北朝鮮は独裁国家です。国家だから始末が悪い。今時ヒットラー率いるドイツのような国があるというのだから「国」というものの国民に対する隔離性とか強制力が想像以上に強いものだと思い知らされます。国民はけっしてこんな事を望んではいない、というより、好きでこんな国に住んでるわけじゃないというのが本当でしょう。国民の誰からも愛されていない国…。悲しいことです。 独裁者にも寿命がありますし、ああいった異常な構造の国は連綿と受け継がれていくものでないと思います。私の予感ですが、おそらく10年から20年くらいで大きな事件が起こるでしょう。それはクーデターかも知れませんし、戦争かもしれません。いずれにしろ独裁国家は崩壊し、ようやく世界は平和への道を歩き始めることになるでしょう。 なんども書いていますが、今は同じ人類同士で殺しあったりしている場合ではありません。あらゆる知恵を終結して他にやらなければならないことがあるのです。
2006年07月06日
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こだわりのよしず 昔は夏の風物詩だった「よしず」と「すだれ」ですが、集合住宅が増え、一戸建ても洋風化するにつれてあまり見れなくなってきました。でも、夏の日差しを遮りながら風通しの良いよしずとすだれは日本の風土にあった優れた道具でした。最近ではマンションなどにも上手に取り入れてモダンな雰囲気をうまく演出されている方もいらっしゃいますね。 よしずは、3mほどの葦をシュロ糸で結んでつなげて作ります。昔は縁先に立てかけて涼をとったものですが、現代のマンションでもバルコニーから入ってくるきつい日差しを和らげてくれるでしょう。省エネの観点からも活用したいものです。 すだれは、主に竹で作られ、細かく割いた竹を綿糸で編み上げて作ります。ちょっと高級なものなら糸の色を何色か使ったりして、工芸品として素晴らしいものです。現代の住まいでもカーテンやブラインドとしておしゃれに使えます。その昔の平安貴族の世では、寝殿造りのお屋敷には間仕切りはほとんど無く、プライベートの空間を仕切るのは御簾、つまりすだれでした。紫式部も清少納言も、御簾の中で思いに耽ったり、執筆したりしていたことでしょう。 エネルギーを使って冷房するより、よしずやすだれを使って風通しを良くするのはとても気持ちの良い物です。たしかにエアコンのようには涼しくはないですが、心地よい適度な暑さというのでしょうか。子供の頃、夏休みの暑さってそういうものだったような気がします。
2006年07月05日
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20世紀梨と幸水梨を親に持つ期待の優良品種甘さ、ジューシーさ、食感の良さを兼ね備えた和梨鳥... 今日は7、4で梨の日です。梨は果汁たっぷりでさっぱりとした風味、独特の食感でとても美味しい果物です。普通日本で食べられている梨は、珍しく日本原産の果物です。世界的には概ねニホンナシ・チュウゴクナシ・セイヨウナシの3系統に分類されます。日本で栽培されているのはニホンヤマナシという原種から品種改良されてきたもので、よく見かけるのは豊水、幸水、20世紀です。このうち、20世紀は明治21年、千葉県松戸市で松戸覚之助という当時13歳の少年によって偶然発見されました。それは、ごみ置き場のまわりに自生していたそうで、こうした農林試験所などの品種改良を経ないで、食味の良い果樹が自生するということは大変稀であり、ちょっと大げさに言えば奇跡といえるでしょう。梨は日本では古くから食べられていて、弥生時代の遺跡から種の化石が発見されています。また、日本書紀にも梨の栽培を奨励する記述が見られ、大切な作物であったことが伺われます。日本の伝統芸能である歌舞伎の世界のことを「梨園」と呼びます。これは、その昔、中国の唐の時代に、玄宗皇帝が梨の花の咲きあふれる中で役者に芝居を教えたという言い伝えからきています。実は美味しく、花も美しい梨は、古典文学にもしばしば登場しています。平安時代の歌集「相模集」や「山家集」には「ありのみ」と書かれています。これは「無し」は縁起が良くないからのようです。 梨を使った洋菓子で洋梨のタルトがありますが、日本の梨ではタルトは出来ません。これは日本の梨特有の「石細胞」という硬い細胞のためです。水分が豊富でも果肉の崩れを防ぐためにあると考えられていますが、この石細胞は加熱しても柔らかくならないため、タルト作りには向かないのです。しかし、この石細胞のおかげで日本の梨特有のシャリシャリした食感が生まれるのです。また、この石細胞が食べた時に腸の内壁を刺激し、便秘に利くとされています。果汁には、カリウムやタンニンなどが豊富に含まれ、利尿作用やアルコール排泄作用もあるそうです。日本で生まれ、日本で育ったありがたい果物です。 足曳の山なしの花咲しより たなびく雲のおもかげぞたつ (新撰六帖 六 家良)
2006年07月04日
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クニルプス 梅雨時に手放せないアイテムに傘があります。多種多様な物が出回っていて選ぶには事欠かないのですが、私は今まで「これこそ」と思える納得のいく傘に出会えていません。私は雨の中を出歩くのは大嫌いです。休みの日に窓から雨の風景を眺めるのは好きですが。なので、傘にはこだわりが有ります。雨の中を出歩くのが嫌いだからこその合理的なこだわりです。まず、コンパクトでなくてはなりません。梅雨時はいつ降り出してもいいように常に持ち歩くわけですから。基本的には折り畳み傘になりますが、同じ折り畳みでも三段折りはたたんだ時に濡れた面が外に出てしまうので二段の方がベターです。骨の強度も大切です。ビル風の強い都会でも壊れないだけの強さが求められます。ありがちなアルミ製はダメで、ステンレス製、チタン製、カーボンファイバー製などを選択したいところです。そしてなにより大切なのが撥水性です。どんな傘でも買ったばかりの時は水を良く弾くのですが、だいたい1シーズンで撥水性は失われてしまいます。市販の防水スプレーも試しましたがあんまり長持ちしません。超撥水というのがうたい文句の傘を片っ端から試しましたが、いまだに撥水性が衰えない傘には出会えていません。まあ、普通はここまでこだわる人もいないのでしょうが。 傘には和傘と洋傘があります。和と洋以外の傘文化はないのかと調べてみましたがどうもこれといってないようです。洋傘は、現在では最も普通に世界中で使われています。普通の傘と折り畳み式の傘がありますが、折り畳み傘の仕組みはとてもよくできています。実は上の方で紹介している「クニルプス」が世界初の折り畳み傘を生んだブランドです。日本ではあまり知られていませんが、ステプラーのことをホチキス、傷テープのことをバンドエイドというように、ヨーロッパではクニルプスといえば折り畳み傘の代名詞となっていて、ドイツの辞書で「クニルプス」を引くと「折り畳み傘」と載っているくらいです。 和傘は、今ではイベントなど特殊な時にしか使われませんが、洋傘にはない風情を持っています。その造りは繊細な職人芸で、竹を丁寧に加工した骨に柿渋や亜麻仁油で防水加工した和紙を張ってあります。最初は中国から伝わったものなので唐傘とも言います。カラカサオバケのカラカサですね。また、番傘、蛇の目傘という呼び方もあります。上から見たときに同心円状の蛇の目のような模様が描いてあるものが蛇の目傘、無地のものが番傘となっているようです。「あめあめふれふれ、かあさんが♪」の童謡でお母さんがさしているのは蛇の目傘でした。この童謡も今の子供たちには教えてあげなければわかりません。これも時代というものですね。
2006年07月03日
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昔はカレンダーの左端は日曜日に決まっていました。最近では左端が月曜日のカレンダーもあるようですが、あまり人気が無いようです。土曜日、日曜日を「週末」と呼びます。なのにカレンダーは日曜日から始まっている。今ひとつ納得いかない人は多いのではないでしょうか。ほんとのところ、週の初めは何曜日なのでしょう。 そもそも、曜日というものは、太陽の周りを回る惑星からきています。曜日が先にあって、それを惑星の名前に割り振ったと思われがちですが、実際には先に惑星の名前が決まっており、曜日は、後から惑星の名前で一年間の日々を割り振ったというのが本当のところです。 古代メソポタミアでは天空の星の動きを観測し、いくつかの比較的明るい星が、他の星とは著しく異なった動きをするのが解っていました。これらが太陽の周りを回る惑星で、メソポタミヤの人たちは特別な星として占星術の中に取り入れました。驚くべき事に、それらの星と地球のの距離を大雑把ではあるものの認知していたことです。この時代には肉眼で観測できる星だけですから、土星が最も遠くにある惑星でした。当時の占星術とは現代の天文学でもありましたから、一年を通じて天空での動きが詳細に観測され、やがてそれぞれの星が支配する日というものを決めて暦に取り入れていったのです。これが曜日になるわけですね。少々話しがややこしくなるので省略しますが、この古代占星術の考え方だと週の最初の日は土曜日でした。なら、なぜ日曜日が週の最初になったのかと言うと、キリスト教の影響のようです。キリストが復活したのが日曜日だったため、この日を起点にすることになったようです。とすれば、このへんで月曜日を週の始まりにしてもらったほうがすっきりしていいかもしれませんね。
2006年07月02日
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どっちの料理ショーの特撰素材にも登場。極上手作りトマトケチャップ 夏野菜の代表の一つであるトマトですが、今年は日照不足で不作だそうです。もっともトマトに限りませんが。 トマトは日本では明治時代くらいから栽培され始めました。江戸時代にはすでに日本に入って来てはいたのですが、もっぱら鑑賞用で、食用とされるようになったのはわりと最近のことです。いまでは数ある野菜のなかでも人気の作物です。子供のころ、畑で完熟したトマトをもいで、おやつ代わりに食べました。今のトマトよりも独特の青臭い香りが強かったように思います。今のトマトは糖度が高くなり美味しいのですが、あのころの強烈な個性のトマトが懐かしい気もします。 最近ではトマトはハウス栽培が普通のようです。これは、温度を上げるためではなく雨を防ぐためです。トマトの原産地、南米アンデスの高原はほとんど雨が降りません。その環境に合わせ、水分量を減らして栽培すると甘く味の濃いトマトができます。小粒ですばらしく甘いフルーツトマトも、普通のトマトの水分量をぎりぎりまで減らして育てたもので、フルーツトマトという品種があるわけではないそうです。 トマトには旨み成分であるグルタミン酸が非常に多く含まれています。イタリア料理やギリシア料理で料理に欠かせないのは、このグルタミン酸が日本における昆布のようなダシの役割をするためです。トマトの中の種の部分のゼリー状のものには特にグルタミン酸が多量に含まれており、料理をする際にも取り除いてしまうのはもったいなく、できれば取り除かないで使ったほうがいいようです。このゼリーは、種と一緒に動物に食べてもらうために。味を良くするグルタミン酸に富んでいると考えられています。また、種の発芽を抑える働きがあり、動物に食べられる前に不用意に芽が出てしまうのを防ぐ働きもあります。 トマトは紛れも無く野菜ですが、私は、旬の夏にはよく冷やしたのを切るだけでおやつに食べることも多いです。果物感覚ですね。また、果肉を裏ごしにして塩こしょうだけで調味し、細いパスタや素麺で冷たくしていただくのも大好きです。早く日照不足が解消して、安く出回ってくれるといいなと思います。
2006年07月01日
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