tomorrow

tomorrow

音の無い世界


午前零時過ぎ、僕はユミコのバイト先のファミレスの駐車場で待ち合わせをした。

「順一お待たせ!」

僕等は国道4号線を下りスキー場を目指した。

この時間になると、行き交う車はほとんどが、大型車のダンプと十トントラックばかりになる。

僕は北へ北へと進路を取った。

高速道路だったら早く到着するのだろうがあいにく、金は無いけれど、時間ばかりはたくさんある!

サロモンの板はユミコとお揃い。

愛車のゴルフにはスーリーのキャリアを付け、

その上に二人の板を固定していた。

トランクルームには、スノートレーにスキーの靴とボストンバッグが二つ仲良く転がっていた。

ユミコはお気に入りのユーミンのカセットテープを僕が寝ない様に次から次へと、聴かせてくれる。

ユミコが「ブリザード♪ブリザード♪」とユーミンの曲を口ずさみ始めると、

ヘッドライトが照らし出す、人気の無い国道の二つの光の中
に粉雪が舞い始めた。

初めワイパーは粉雪を時おり振り払うだけだったが次第に、

ヘッドライトに照らし出される道も白くなり、室内にさっきまでこだましていたロードノイズはいつの間にか聞こえなくなっていた!!

「雪だぁー!!すごいすごい!!どこもかしこも真っ白!」

ユミコはそう言い出すと、サイドウィンドウの曇りガラスを
手で拭いながら、外を眺めた。

僕は道沿いのドライブインの自動販売機のある駐車場に車を停めて、缶コーヒーで、少し休憩を取った。

その間地図を見て、道を確かめた。

僕等が目指す鶏鳥山は今一市から、山道を上がればすぐだった。

スキー場はまだ、都心から近くは少なく、今年公開された、

原田知世が主人公の「私をスキーに連れてって」のお陰で

スキーがブームになってきた矢先だった。

「あっ、そういえば、ユミコ家に何て言って来たの??」

ユミコは眠そうな目を擦り、

「順一といっしょにスキーに行って来るってお母さんに言っておいた!!」

そうなんだ。僕はユミコの頭を撫でた。

スキーの楽しさなんて、まだ良くわからなかったけど、こうして、二人でいる時間が持てて、僕はチョットした冒険気分だった。

自分の車でこうして何処へでも行ける楽しさ自由な所が、少し大人になった気分で嬉しかった。

「夜が明ける前に、ゲレンデに着かなければ!!」

僕は雪が多くなった道路を走りながら、山頂を目指すのだった。


                   つづく。



夜が明ける数時間前、僕等はゲレンデのロッジの脇の小さな駐車場に車を停めた。

夜が明けるまでの数時間車の中で毛布に包まり朝が来るのを待っていた。

天井のガラスのスライディングルーフは少し曇っていたが、満天の星が見えた。

僕は夜空の星を見ながら、RCサクセションのバラードを聴いていた。

僕等は毛布の中で手を繋いで夜明けを待った。

気がつくと、鳥達のざわめく声が聞こえ夜が明けた。

僕はユミコが家で作ってきた、イギリスパンのサンドウィッチと、僕が家で作ってきたコーヒーで朝食を食べた。

ゲレンデのロープウェーが動き出すのを合図に僕はスーリーのキャリアから、スキーを下ろし、靴をスキーブーツに履き替えた。

雪の中にスキー板とストックを突き刺した!!

「ユミコ!!早くしないと、置いて行くよ!!」

ユミコはブーツを履くのに手間取っていた。

僕はユミコのそばに行き、「肩につかまってごらん!!」

その間にブーツのフックを調整し、フックを固定した。

ユミコは嬉しそうだった。

「順一は何でも出来るんだね!!流石だね!!」

「どういたしまして!!さあ、行くよ!!」

僕等はリフトに乗った。

僕は家族で、小さな頃から、スキーに慣れ親しんで来たので
雪国で育った事も幸いして、スキーに対する恐怖心は無かった!!

右手で、リフトのイスをキャッチして、静にユミコをリフトに乗せた!!

「順一!!下見ると恐いよー!!」

ユミコは目を瞑っていた。

「大丈夫だよ、このバーに掴って!!」

遠くの湖が美しく輝いていた。僕等のスキーシーズンは、

まだ、始まったばかりだった!!


                  続く。


ゲレンデは快晴!!順一にとっては水を得た魚の様だった。

「順一!!待ってよー!!」ユミコもなかなかの腕前だった

順一はギャップのあるコースもコブの上でターンを切りながら、ストックと膝を使い、傾斜のキツイ斜面でも、踊る様に

下って行った。

「順一!!」順一はユミコの声に気を取られて、ギャップにエッジを取られた!!

気がついた時には、板が安全金具のお陰で外れ、順一は空中に放りだされ、雪の上に放り出された!!

「順一大丈夫??」順一は起き上がらなかった。

ユミコはビンディングを外し、ゲレンデの端の雪の中に板を
突き刺し、脇にピンクのストックを刺し、順一に駆け寄った

ユミコは順一を起こそうと肩を持った瞬間!!

順一はユミコを抱き締め、雪の中を転がった!!

「順一ずるい!!何とも無いじゃん!!」

順一はサングラスを取り笑った!!ユミコがいれば大丈夫さ!!

僕等はリフト乗り場まで戻り、頂上へ向かうリフトに乗った。

「順一!!恐いよ!!あんな高い所へ行くの!!」

大丈夫だよ、俺がついているじゃん!!

僕はユミコの手を握り、ゴンドラに乗った。

頂上には、小さな湖があり、その反対には、もう一つのゲレンデに繋がっているのだった。

山の頂上に着き、新雪の上には、小さなウサギの足跡だけがあった。僕等は少し歩き雪の上で休憩を取った。

さっきまで、リフトの柱に付いていたスピーカーからの音楽は聞こえなくなる、僕等二人が歩くと重さに雪がぎゅっぎゅっ、と言う音しか聞こえなくなった。

雪が降って来た!!この広い台地の中で、音と云う音が消えた。僕は雪の中でユミコと大の字で目を閉じた。

大地と僕等は一体となり、地球の音に耳を傾けた。

雪に全ての音が吸収され、音が無くなった。

僕は別世界にユミコと二人取り残された。

「順一!!順一の呼吸しか聞こえないね。。。」

ユミコは僕に呟いた。

「ああ、そうだね!!僕等二人が取り残されたみたいだね。」僕は笑って答えた。

スキーって何が楽しいか良くわからなかったけれど、きっと僕は音の無い世界を探してスキーをしたかったのだと思う。

「所で、順一どうやって帰るの???」ユミコの声に、

「大丈夫だよ!!反対側はなだらかなハズだから。」順一はさっきロッジで貰った地図をポケットから出した。

「こっちのゲレンデから降りよう!!」順一はユミコの手を引き歩いた!!

反対側のゲレンデに到着すると、何と!!想像とは違い、上級者コースで、足元を見ると、そこにロッジがあった!!

「順一!!降りられない!!どうしようー!!」ユミコの悲鳴に近い声がした!!

「大丈夫だよ!!ちょっとそこに座って待っていてね!!」
順一はユミコのスキー板を外させ、脇に抱えた。

「下まで、滑ってくるから、チョット待っていてね。」

順一は斜面を降りはじめた。

一つづつ、降りやすいコースを確認し、ふもとのロッジに辿り着いた。

順一は、ロッジにユミコのスキー板を立てかけ、自分のストックも板に掛け、ユミコの待つ頂上へ、リフトで向かった。

頂上には、心配そうなユミコが待っていた。

「ユミコ軽い??」順一はユミコに笑って言った??

「取り合えず、背中に乗って!!」ユミコは頷くと、順一の背中に乗った!!

「しっかり、捕まっているんだよ!!下見ないで、目を瞑っていてね!!」順一は斜面と並行になりながら、エッジを立てて、急な斜面をターンもせず、起用に、斜めバックに、斜め前へとストックも持たずに降りて行った!!

もう、目を開けても大丈夫だよ!!そこは、なだらかな斜面だった。

順一の背中は暖かく、ユミコは何だか、懐かしい気がした。

「順一って何でも出来るんだねー!!」

ああ、俺の夢は子供背負って、片手にビデオ持って、ファミリースキーが夢だからね!!サラリーマンのお父さんはタフだからねー!!

「ユミコはその話があまりに可笑しかった。」

だって、そんなサラリーマンの順一なんて想像出来なかったからだ!!

「順一の腕前だったら、安心だね。」

ユミコと順一はロッジで暖かいコーヒーを飲んだ!!

二人は仲良く、ゲレンデを暫く眺めていた。


                     終わり。


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: