しずくの心

しずくの心

その後の私と息子


鉄棒から落ちて腕を骨折して、脱臼もしていたので入院しました。
肺炎で入院するより気は楽でしたが、つくづく入院づいてしまってる息子が
不憫でした。
私はその頃、鎮痛剤が身体に合わなくなってしまい、アレルギーを起こすようになってしまいました。痛みが治まっても、目は充血,鼻はずるずる,心臓バクバク、で返って切ない思いをしなければならなくなってしまいました。
お勤めをしていたので、土曜日、日曜日に集中して訪れる頭痛は、子供の運動会、などにも影響して、母にお弁当を作ってもらった事もありました。
それと同時に薬が飲めない!という恐怖が、私に頭痛が起きたら、どういう対処をしたらいいのか?という不安を増長します。
友人に進められて、神経節ブロック療法を受けました。
のどの所に、麻酔を打って、神経の流れ(?)を遮断して麻酔が30分くらいで切れると元の流れに戻すという療法です(素人だからうまく療法を把握して説明できてないかも)
右、左を交互に30回以上治療しました。
同時に漢方薬と偏頭痛専用の鎮痛剤(カフェルゴット)を処方してもらって
鎮痛剤は今もカフェルゴットを頼りにしています。
その後10年、鎮痛剤で対処療法しています。
頭痛暦もはや25年頭痛信号も判る様になったし,頭痛が起きないような対処も出来るようになってきたので、睡眠不足、心配事、気候の変化、食べ物(ワイン、チーズ、など)を極力避けるようにしています。

息子は小1の夏休みプールの帰り,迷子になっている子猫を拾ってきました。喘息持ちの子供とアトピーの子の居る家庭で猫は飼えないとあきらめさせようとしましたが、家中が猫好き「具合が悪くなったら誰かにもらってもらうからね」という事でおどおどしていたのですが、それ以来喘息の発作を5年間起こしませんでした。
喘息の発作も物心付いて来ると多分に精神的なものが影響するらしく
小6の時、祖母がガンを患い検査入院した時、私が母の看病に心が向いていた時又喘息の発作を起こしました。
夜中苦しがる息子を、母の入院している病院に連れて行く途中、「苦しすぎる!、死にそうだよ」というのを聞いて、小さかった頃こんな思いを何度となくさせていたんだなとかわいそうでたまりませんでした。
病院の階を違えて祖母と祖父息子の3人が入院しました。
小さな時とは違い吸入の薬が息子には合わない事が判ったり、ベッドに寝ているつまらなさが判って入院したくない!と実感したようです。
1ヵ月後、祖母が東京の病院に転院した直後、又発作を起こし入院しました。 これが喘息の最後の入院となりました。
中学に入った息子は、剣道部に入って部活をするようになってから、身体も
成長してきたし、体力もついて大人の喘息に移行しなかったようです。

今高2もうすぐ3年生になります。高校で弓道部に入ったのですが、1年で
部活を止めてしまいましたが、弓道は背筋、胸筋を鍛えられて良かったのではないかと思います。


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