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JEDIMANの瞑想室
第1章 最悪の夜
「クレイジー、貴様、一体どういうつもりだ?」
ザーンはニューヨークにある特殊戦闘部隊〈SAF〉本部のロッカーで、クレイジーを問いつめていた。
椅子に座っているクレイジーが、その言葉を聞いてにやりと笑う。
「仕事をしたまでですよ」
「仕事だと!?」
ザーンは怒りに満ちた声で叫んだ。
「オレの命令に逆らい、作戦を危険に晒し、さらには人質の肩を銃で撃ち抜く仕事か!ご立派だな!」
「俺には目くじらたてるあんたの方がわからないんですけどね」
クレイジーはそう言いながら立ち上がった。
青いタンクトップが汗に濡れ、黒く見える。
「もしあの時、人質の肩に銃弾が当たる可能性を考慮し、引き金を引かなかったら、俺が殺した2人のテロリストは野放し状態だった。それこそ、人質をマシンガンで一掃するなんて、造作もなかったでしょうよ」
「人質の肩だったからまだ良かったものの、お前の放った銃弾が人質の頭を撃ち抜いたならどうするつもりだったんだ?ええ?」
顔を真っ赤にして怒るザーンに、クレイジーは肩をすくめてみせた。
「さてと、俺はもう行きますよ」
クレイジーはそう言うと、肩にタオルをひっさげて立ち上がり、口笛をふきながらロッカールームを悠々と出ていった。
ザーンは声をかける気にもなれず、部屋を出ていく彼の背中を見送った。
「クレイジー〈イカれた野郎〉め」
ザーンはその声に振り返った。
「クロウ〈カラス〉か」
ザーンの視線の先には、さっきまでシャワーを浴びていたらしい青年がいた。
まだ20才程度だろう。
彼は頭を振って黒髪の先からしずくを振り落とし、ザーンに近寄った。
「あいつ、よく入隊時の精神鑑定試験、パスしましたね」
「全くだ」
ザーンはそう言いながら着ていたタンクトップを脱ぎ、自らのロッカーに突っ込んだ。
筋肉隆々の体には、いくつもの歴戦の傷が走っている。
ザーンは剃りあげた己の頭についた屑を払い、私服に袖を通した。
「クロウ、オレはもうあがるぞ」
「お疲れさまです」
「………まだ残るのか」
ザーンは私服を着ようとしないクロウに言った。
「ええ、ちょっと用事が」
「そうか」
ザーンはズボンを履くと、側にあったバッグを掴んだ。
「じゃ」
「お疲れさまです」
音をたててドアが閉まった。
静寂が下りる。
……………………ピチョン…………
自分が今さっきまで浴びていたシャワーから、水滴が滴り落ちた。
「ああ、クソッ!」
クロウはそう言うと、自らの携帯をひっつかみ、震える手でボタンを押した。
心臓を激しく鼓動させながら、耳に携帯を当てる。
永遠かと思われる程長い呼び出し音の後、唐突に電話が繋がった。
『はい、ティータ・ハーモニーよ』
「てぃ、ティータかい?」
『あら、クロウ』
「………なぁ、いい加減そのあだ名は……」
『いいじゃない。で、なぁに?』
クロウはゴクンと生唾を飲み込んだ。
彼は声が震えないように注意しながら、言葉を搾りだした。
「今から、会えないかな?大事な……話があるんだ」
『え、今から?えーと、会いたいのは山々なんだけど、実は私、今サンフランシスコにいるのよ』
「さ、サンフランシスコぉ!?」
クロウは緊張の糸が一気に切れ、思わずすっとんきょうな声で叫んだ。
ティータが少し笑いながら答える。
『そ。大学のレポートで。もちろん、ついでに遊びまくってくつもり☆』
「は、はは……」
クロウは気の抜けた返事しかできなかった。
『で、大事な話って?』
「あ、いや、じゃ、また今度………」
『そう?じゃね』
「ああ……」
クロウはそう言って携帯を切った。
再び静寂が場を支配する。
「まだ早い……か……」
クロウはそう言いながら自らのロッカーの奥に大切に保管してあるプロポーズ用の指輪ケースを見つめた。
「諸君、任務だ」
〈SAF〉の作戦室で、指揮官各の男が言った。
「今回依頼してきたのは国立生物学総合研究所。任務は護衛だ」
指揮官はそう言うと、スクリーンに映像を投影した。
無精髭を生やし、茶色の帽子をかぶった男が映る。
「彼はアーサー・ホーク博士。冒険家でもある。今回の任務は彼の調査に同行し、赤道直下、つまりブラジル沖のある島に向かってもらう」
「調査に同行?それなら、ブラジルからレンジャーでも雇えばいいじゃないすか。わざわざ特殊部隊を出撃させる必要も無いでしょうに……」
クロウの隣に座るジェイクが腑に落ちないという顔をして言う。
「私も詳しい事は聞いていない。ただ、今回の任務は政府からの要請もある。………シャドー・リクエストだがな」
指揮官は最後の部分のトーンを落として言った。
シャドー・リクエストとは、政府からの非公式かつ機密的な要請の事だ。
ジェイクが思い切り嫌そうな顔をした。
「しかし、ただ調査に同行するだけだろう?注意すべきは肉食獣ぐらいではないのかね?」
最年長者のドクが言う。
最近、白い筋が増えてきた頭部を気にしているらしい。
「そんなことは無いぞ、ドク」
指揮官は深刻そうな顔をし、声を潜めて言った。
「蚊も危険だ」
指揮官はそう言うとにかっと笑い、ドクの肩をぽんぽんと叩いた。
笑いが場を包む。
「まあ、何にしろそのおっさんを護衛すればいい訳だろ?」
クレイジーが足を机に乗せるという横柄な態度で座りながら言った。
彼は先程からサバイバル・ナイフを宙に投げ、受け止めるという事を繰り返していた。
ナイフが宙に投げ上げられる度にぎらりと光を反射し、ひゅんひゅんと回転音をたてる。
クレイジーは隣のナッドが迷惑そうな顔をしているのにも構わず、それを続けた。
「かったるい任務だな」
「そうかもな、クレイジー」
指揮官はなかば吐き捨てるように言った。
「ならば、さっさと軍隊に入隊して、イラクにでも行けばどうかな?君みたいな者には、毎日がとても楽しいだろうよ」
「サー、いつ出発ですか?」
ザーンが指揮官に訊いた。
指揮官が慌て答える。
「明後日だ。明後日の午前6時にここに集合しろ。主に衣類を持ってこい。たぶん長期間の任務になる」
「はー、赤道か。俺、熱いの苦手なんだよな」
クロウの隣を歩いていたジェイクが、頭をかきながら言った。
「僕もさ」
クロウは笑いながらそう言うと、少し後ろを歩いていたマイクに訊いた。
「マイクは?」
「………たぶん、大丈夫……と、思う」
「そうか。いーなー。向こうはエアコンだってないだろうしな」
「エアコンと言えば」
急にジェイクがにやけながら言った。
「正式m「しゃべんな。お前がそういう顔をする時は、絶対くだらん話だ」
クロウは話そうとしたジェイクの口を、右手で塞ぎながら言った。
ジェイクがクロウの手首をひっつかみ、口からどかす。
「エアコンってな、実は正式名はエアーコントローラーじゃなくて、エアーコンディショナーなんだってよ!」
「……………はぁ」
クロウはため息をついた。
「常識」
「えーーーーーーっ!?」
出発の日。
〈SAF〉本部施設屋上のヘリポートに、1機の戦闘兼兵士移送ヘリと、2機の輸送ヘリがあった。
側では人があわただしく動き、物資をヘリに積み込んでいる。
その中を、サバイバル用の戦闘服を着た隊員達が歩いていた。
迷彩服にバックパックを背負い、腰にはハンドガンやナイフをつけている。
「やあ、諸君」
〈ドラグーン〉という名の武装ヘリの側で、指揮官が手をあげて言った。
隣には3人の男女が立っている。
「いよいよ出発だ。その前にこの方を紹介しておこう。アーサー・ホーク博士だ」
アーサーは帽子を取り、特徴のある笑みをみせた。
「アーサー・ホークです。よろしく」
「そっちがデイビット。アーサー博士の助手だ」
やたらとひょろひょろした眼鏡の青年が、必要以上に背筋を伸ばし、体を固くしながらうわずった声で返事をした。
「で、デイビット・フランクです!あ、アーサー教授の助手をやってます!」
「で、最後にティア。今回の任務は長期の予定ゆえ、料理をしたりする者が必要だろう?〈SAF〉の別のチームから連れてきた。まだ少女だが、一応の護身術はできるはずだ」
長い髪を後ろで結わえた小柄な少女が、ぺこりと頭を下げた。
ジェイクが口笛を吹き、クロウの耳元でささやいた。
「俺の好み!」
クロウは思い切りジェイクの足を踏んづけた。
「さて、任務は話した通り、アーサー教授の護衛だ。よろしく頼むぞ」
『イエッサー!』
隊員達は一斉に敬礼した。
〈ドラグーン〉のプロペラが回りだし、凄まじい風を生み出した。
輸送ヘリも、それぞれ2つのプロペラを回している。
小さな窓から、指揮官が敬礼しているのが見えた。
「左手じゃなくてよかったな」
「縁起でもないこと言うな、クレイジー」
ドクがクレイジーを叱りつける声が聞こえた。
〈ドラグーン〉がふわりと機体を浮かせ、ニューヨークの摩天楼の上に飛び出す。
そのまま一気に速度をあげ、ニューヨークの海に飛び出した。
自由の女神を横目に見ながら、ヘリはプロペラを勢いよく回し、海上を突き進んでいく。
間もなく、ニューヨークの摩天楼は見えなくなった。
クロウは黙って海を見つめ、サンフランシスコにいるティータに思いを馳せていた。
どうやってプロポーズしようか。
できれば、ロマンチックな展開がいい。
ワイングラスの中に指輪を………
「ゴフッ!」
クロウは背中をジェイクに叩かれ、思わずうめいた。
「な、なんだよ!」
「クロウ、お前、俺とティアちゃんが相思相愛になれるように協力しろ!」
ニヤニヤしながら言うジェイクの腹に、クロウはひじ打ちを食らわせてやった。
「後ろ!うるさいよ!」
突然、コクピットから声がした。
「す、すいません!」
クロウは慌てていずまいを正した。
パイロットが後ろを覗き込む。
女性のようだ。
「ねぇ、あんた」
女性は一番近くにいたクロウに話しかけてきた。
「あの教授、どう思う?」
「…………どうって聞かれましても……」
「なーんかうさんくさいわよね」
女性はジト目でアーサーを見ながら言った。
「この任務も怪しいし。第一、シャドー・リクエストだったんでしょ?」
「はい」
「…………もしかして、今から行く島に、宇宙人……とか!?」
「宇宙人はいないさ」
突然、アーサーが会話に入ってきた。
会話が筒抜けだったらしい。
クロウはばつの悪そうな顔をしたが、女性は何ら気にせずに訊き返した。
「じゃあ、なんの目的があってその島に行くのよ」
アーサーは一瞬黙りこくったが、やがて口を開いた。
「以前、その島に行った事があってね。その時………その……新種の生物と遭遇したんだ。今回はその調査さ」
アーサーはそう言ってほがらかに笑ったが、クロウは微妙に頬がひきつっているのに気がついた。
「………なんか、歯切れ悪いわね」
女性がクロウに耳打ちした。
「ええ」
クロウもアーサーから目を離さずに答えた。
「嘘はついてないようですが、全てを話してはいない。そんな感じですね」
「島が見えました」
パイロットの女性が前方に浮かぶ島を確認し、言った。
「よし、降りるぞ。みんな、準備はいいな?」
ザーンの言葉に、全員が頷く。
クロウは小さな窓から島を見た。
青く美しい海に、山が突きだしている。
標高800メートルくらいだろうか?
島は山を中心にして楕円形に広がっており、海岸までうっそうとしたジャングルが迫っている。
その時、クロウは島の端にポツンと立っている白い施設を目に捉えた。
「あの建物は?」
クロウの問いに、アーサーが窓から外を見て答えた。
「あれは………その…………、ブラジルの施設じゃないかな?私は知らない」
クロウはコクピットでパイロットが、嘘よ、と小さくつぶやくのが聞こえた。
ヘリは山の周りを一周して海岸の近くで停止し、右の扉を開けた。
ザーンが懸垂用ロープを垂らす。
ドクを先頭にして、隊員達が次々にロープを伝い降りていく。
クロウもロープを掴み、ヘリから海岸に飛び降りた。
途端に、柔らかな砂に足がズボッとはまる。
「ったく、勘弁してくれよ」
クロウはうんざりしながら言うと、足を砂から引き抜き、ブーツから砂を振り落とした。
デイビットが砂浜にぶざまに倒れている。
クロウはため息をつくと、上空の輸送ヘリを見つめた。
ヘリからたくさんの物資が投下される。
物資は途中でパラシュートを開き、ゆっくりと降りてきた。
「輸送班、感謝する。物資が足りなくなったらまた頼むぞ」
ザーンが通信機に向けて言う。
『任せて下さい。それでは』
通信機からそんな声がすると、2機の輸送ヘリはアメリカへと戻っていった。
「あれ?〈ドラグーン〉は?」
そう言って周りを見回したクロウは、とんでもないものを目にした。
〈ドラグーン〉が海面に墜ちそうになっていたのだ。
「危ない!」
そう叫んだクロウの目前で、〈ドラグーン〉は海に墜ち、爆発―――しなかった。
ただ、静かに底部を浅瀬に浮かせ、プロペラを停めている。
〈ドラグーン〉のコクピットが開き、女性パイロットが笑いながら飛び出した。
ズボンの裾が濡れるのにも構わず、ずんずん歩いてくる。
「ビックリした?これ、着水もできるんだ」
女性は笑いながら親指で〈ドラグーン〉を示した。
クロウはため息をつき、がっくりと肩を落とした。
「ビックリさせないでくださいよ………」
女性はクロウの言葉を軽く流し、腰に左手を当て、周りを見渡した。
「さーて、せっかくこんないい島にバカンスに来たんだから泳ぎたいわね。誰か水着持ってないかしら」
「それはないかと………」
あきれながら言ったクロウに、女性は不満そうな顔をした。
「じゃあ、裸で泳ぐしかないか」
「は、はだ………!」
そう言って真っ赤になったクロウの顔を見て、女性は思い切り吹き出した。
「やーねぇ、冗談よ」
クロウはうんざりし、笑い続ける彼女から離れた。
彼女の側にいると、永遠にからかわれる気がする。
彼はナッドの側に近寄り、荷ほどきを手伝い始めた。
「暑い暑い暑い!」
ナッドがサバイバル用戦闘服を脱ぎ、タンクトップ姿になりながら言う。
「さっさとテント張って涼もうぜ!」
クロウは頷くと、荷物の中からテント用具を引っ張りだし、ナッドに放った。
汗が既に肌を伝っている。
ふと見ると、ジェイクが即席のキッチンなどを作っているティアを手伝い、盛んにアピールしていた。
反応はまずまずのようだ。
その時、ザーンが彼の名を呼んだ。
「クロウ、ジョージ、ドク、ナッド、こっちへ来てくれ」
クロウは砂浜を四苦八苦しながら歩き、レーダーを調整しているザーンに近寄った。
「偵察を頼む。あまり遠くにはいくなよ。ここは島の最南端だ。クロウは東の海岸線、ジョージは西の海岸線を進め。ドクとナッドは山に向かってジャングルを探索しろ。コンパスを忘れるなよ。5キロ進んだら戻ってこい。武器はマイクが荷ほどきしてるからもらってくるんだ」
「りょーかい」
クロウはそう言うと、黙々と大量の武器を荷ほどきしているマイクの側へよった。
「アサルト・ライフルを頼む。種類は適当」
それを聞いたマイクは素早く銃を選り分け、迷装柄のアサルト・ライフルと弾薬ベルトをクロウに放った。
「サンキュ」
クロウはライフルを受けとりながら言い、素早く弾薬ベルトを肩から腰に巻くと、弾倉に弾を込めた。
ドク達もそれぞれに武器を受け取り、調整している。
「っし、行くか」
クロウはつぶやきながらライフルを背中に回し、砂浜を歩き始めた。
もちろん、足にまとわりつく砂にひっきりなしに文句を言って。
ドクとナッドはそれぞれ軽マシンガンを手にし、うっそうと茂るジャングルに踏み込んだ。
昼間だが辺りは暗く、むっとした空気が場を占めている。
ジャングルを歩いて数分、ドクとナッドはすぐに気がついた。
生物の気配が全くしないのだ。
「…………妙だな」
ドクは落ちつかなさげに銃を動かしながら、己のおいに言った。
「私はアマゾンで戦った事があるが、あそこは生気に満ちていた。だがここは………」
ドクが途中で言葉を切り、辺りを見回す。
「………なにもない」
「ええ」
ナッドは今さらながら、サバイバル用戦闘服を脱いできた事を後悔した。
「ここはあまりにも………不気味だ」
「ありがとうございます、ジェイクさん。わざわざ手伝ってもらっちゃって」
「いいっていいって」
時は流れて夕暮れ時。
ジェイクはティアからお礼を受けていた。
にやつきそうな顔を必死でとどめ、誠実で頼りになる男、という印象を何とか保とうとする彼は、周りから見ると非常に滑稽だった。
「座ろうぜ」
さっそくため口である。
だが、ティアは気にせず従った。
ちょうど、水平線に真っ赤な太陽が沈んでいく時だった。
「キレイ………」
ティアがつぶやく。
「君の方がキレイだ」
「えっ…………」
真顔で言うジェイクを見て、ティアは顔を赤らめた。
おそらく、夕日のせいでは無いだろう。
ていうかジェイク、くさい、くさすぎる。
「ティアってさ、どこ出身なの?」
「えっと、カルフォルニアです」
「へえ、奇遇だね。俺マイアミ」
奇遇でも何でも無いことを気にせずさらりと言う辺り、まことに彼らしい。
だが、彼のアタックチャンスは隊長の一喝によって吹き飛んだ。
「ジェイク!お前に頼んだセンサーの設置はどうした!?」
「やっべ!すんませーん!」
ジェイクは弾かれたように立ち上がり、急いで駆け出した。
ザーンはキレると恐い。
ティアとの会話もあきらめるしかない。
ジェイクは武器庫になっているテントから一メートルくらいのくいをいくつか持ち出した。
彼はそれを担ぐとベースから海岸沿いに百メートルくらい離れた位置に走っていき、ズボッと砂浜にさした。
そのままジャングルに沿ってセンサーのくいを等間隔に埋めていく。
これでセンサーの壁ができ、肉食獣の侵入を察知できるのだ。
ジェイクが3本ばかり埋めた頃、彼を呼ぶ声がした。
「おーい、ジェイクー」
ジェイクが顔を上げると、ライフルを肩に担いだジョージが見えた。
偵察の帰りだろう。
「ジョージ、偵察か?」
「ああ」
ジョージはジェイクの側に来ると、大きく息をついた。
「水、持ってないか?おれのは飲み干しちまって………」
彼がそこまで言った時、森でリズミカルな銃声が響いた。
その数分前………
ドクとナッドは帰路を急いでいた。
まもなく日も暮れる。
夜、こんな場所にはいたくない。
ナッドはおじのドクの背中を必死に追っていた。
ドクは年齢の割りに凄まじい運動能力を持っている。
「ちょ…速い……」
そこまで言ったナッドは、木の根につまずき、コケた。
「っつ………」
膝を擦りむいたらしい。
ナッドはぶつくさ文句を言いながら、起き上がった。
カサッ
ナッドは慌てて銃をあげた。
間違い無い。
今、近くで音がした。
「ドク」
ナッドはドクを呼んだが、返事は無い。
つまり、音の発信主はドクではないということだ。
ドクは人をびくつかせて楽しむタイプではない。
カサッ
ナッドはすぐに銃口を音のした方向に向けた。
暑さによる汗ではない汗が、皮膚を伝う。
どうやら、何者かは、すぐ近くの茂みにいるらしい。
ナッドは恐る恐る足を踏み出した。
足音すら異様に大きく耳に響く。
「ドク」
ナッドは再び呼んだ。
返事は、無い。
心臓がバクバクと音をたて、指先が痙攣したかのようにひきつる。
ナッドはすくむ足を必死に動かし、茂みのすぐ側に来た。
震える銃口で茂みの葉をゆっくりとどける。
そして―――
「ぶはあっ!」
ナッドは大きく息をついた。
そこにいたのは、翼に怪我をした、小さな小鳥だった。
つぶらな瞳でナッドを見つめ、必死にピーピー鳴いている。
「全く、驚かせるなよ……」
ナッドは安堵の笑みを見せ、小鳥を拾いあげた。
「どうした?怪我をしているな。ティアなら治療できるかな………」
その時、ナッドは自分の背後に誰かが立っているのに気づいた。
「あ、ドク?小鳥ちゃんがいた―――」
そう言いながら振り返ったナッドに、何者かが喰らいかかった。
悲鳴がジャングルに響く。
何者かはナッドともつれあったまま、口を開いた。
汚い歯が剥き出しになる。
ナッドは半狂乱になりながらも、相手の上顎と下顎を掴み、それぞれ逆に引っ張った。
何者かが弱々しいうめき声をあげる。
「くそっ!お前、なにもん………」
その時、ナッドは見た。
腐ったような皮膚に、落ち窪んだ眼窩、そして崩れかかった顔を。
ナッドは切り裂くような悲鳴をあげた。
彼の力がゆるんだ瞬間、何者かは手を振り払い、ナッドの首筋に噛みついた。
異常なまでの顎の筋肉により、歯が肉に突き立ち、赤黒い血が噴き出す。
ナッドは痛みに苦渋の叫び声をあげながら何者かの腹を思い切り蹴り飛ばした。
意外な程あっさりと怪物は吹っ飛んだ。
「うわああああああああああああ!!!」
ナッドは叫びながら立ち上がり、軽マシンガンをめちゃくちゃに撃ちまくった。
怪物に銃弾がいくつか当たり、ビチビチと音をたてて肉片が飛び散る。
だが、何者かは撃たれるたびに立ち止まるものの、よたよたと歩いてくる。
「く、くそおおおお!」
ナッドは叫ぶといきなり走りだし、勢いをつけて怪物に飛び蹴りをくらわせた。
怪物が吹っ飛び、仰向けに倒れる。
ナッドは怪物に跨がると、銃口を敵の頭に向け、ひたすらに撃ち続けた。
小鳥が狂ったように鳴きまくっている。
弾が切れた。
ナッドは軽マシンガンを放り、ハンドガンを抜いて撃ちまくった。
怪物の顔は、もはや形状をとどめていなかった。
肉が飛び、ナッドの首から溢れ出した血が、辺りに臭いを撒き散らす。
その時、ナッドの肩に手が置かれた。
ナッドは素早く腰からグルカナイフを抜き、背後の敵の首に突き立てる―――直前で止めた。
後ろにいたのはドクだった。
真っ青な顔をして、自らの首の寸前で止められたナイフを見ている。
突然、ナッドを目眩が襲った。
意識が朦朧とし、体が疼く。
ナッドは早々に意識を手放し、地面に倒れ込んだ。
ジャングルに飛び込んだジェイクとジョージが見たのは、首筋から血を流しているナッドを運んでいるドクだった。
「ナッド!」
ジェイクは慌てて駆け寄り、傷を看た。
傷口から血がひっきりなしに湧き出ている。
「ティアを呼んでくる!」
ジェイクは身を翻し、ベースへと走った。
既に日は落ち、辺りは真っ暗だ。
ジェイクはベースに到着すると、何がなんだかわからないティアと治療道具をひっつかみ、再びジャングルへ駆け込んだ。
ナッドはドクとジョージに支えられ、ジャングルの端に到着していた。
「ナッドさん!?」
ティアが悲鳴に近い声をあげ、慌てて応急手当てを施し始める。
5人はジャングルを出て、海岸のベースの側まで来た。
状況を察知したザーンやアーサー、クロウが駆け寄ってくる。
「どうしたんだ!?」
ザーンが訊く。
ナッドが痛みに潤んだ目を開き、弱々しく言った。
「襲われた………」
「ジャガーか?それともヘビか?」
ナッドは首を振った。
「怪物です……」
「怪物だと?」
ザーンはわけがわからないという顔で首をひねった。
「そいつは、ゾンビのような奴だったか?」
突然、アーサーが口を開いた。
ナッドが少し考え、頷く。
アーサーは青い顔をしてゆっくりと頷くと、それきり黙り込んでしまった。
「何か知ってるのか?」
ザーンが訊く。
しかし、アーサーは黙りこくったままだ。
「知ってんだろ?」
と、クロウ。
「言えよ!」
彼は怒鳴ると、アーサーの胸ぐらを掴んだ。
だが、アーサーは彼の腕を振り払うと、ナッドが運ばれたテントへと入って行った。
「………………」
ザーンとクロウは互いに険しい表情をして顔を見合せ、ナッドのいるテントへと入って行った。
「で、彼は大丈夫なの?」
〈ドラグーン〉パイロット、レイナ・スピリアは、携帯食料をパクつきながら言った。
食事係のティアがナッドの治療に付きっきりなので、味気の無い携帯食料を食べるしかないのだ。
「状況は良くないみたいだ」
クロウは小石を海に向かって投げた。
ピシッと音をたてて小石は水面を跳ね、暗闇に消えた。
しばらく静寂がおりる。
「…………あのアーサーって奴、絶対になにか知ってる」
クロウはボソリと言った。
「ああ。それについては同感だ」
突然、別の声が割り込んだ。
クレイジーだ。
彼は砂浜に場違いのようにある岩のてっぺんに座り、黒洞々たる海原を眺めていた。
「……どういう事だよ」
クロウの問いに、クレイジーはにやりと笑ってみせた。
「この島にいる野生生物は、もはやドクが持ち帰ったあの小鳥だけだろうな」
「はぁ?」
「まあ、つまり、俺が言いたいのは」
クレイジーはそう言うと目を細めた。
「この島は世界一危険、って事だ」
「また第六感が囁いているのか?」
クロウはあきれたように言うと、砂浜にごろんと寝転がった。
ニューヨークでは決して見れない満天の星空が見える。
「ねぇ、クロウ」
突然、レイナが話しかけてきた。
「?」
「あたしも嫌な感じがする」
クロウはにやりとした。
レイナも意外と怖がりらしい。
「言っとくけど、怖いっていうのとはまた別だからね」
レイナがクロウの心を読んだかのように言った。
「じゃあなんだよ」
「なんていうのかな。………そう、まるで、得体の知れない何かが迫ってくるような……」
レイナがそこまで言った時、突然サイレンが鳴り響いた。
センサー壁を何かが通ったという合図だ。
強力な照明が点き、何かが通った場所を照らす。
光で肉食獣を追い払うのだ。
しかし、光の中に浮かびあがったのは、全く別の物だった。
クロウ達は息を飲んだ。
光の中に現れた物は、すぐさま暗闇に逃げ込んだ。
しかし、その一瞬で十分だった。
「…………見たか?」
「………ええ」
クロウとレイナは立ち上がった。
ベースの所々にあるランタンの光の輪の中で、次々に隊員達が立ち上がっている。
「ヘビか?」
「いえ、違うわ。皮膚が鱗じゃなくて、なんていうのかしら、ゴムに似たような………」
「ああ」
クロウはレイナの言葉に頷いた。
「それに、でかい」
「ああ。間違いなく長さは10メートルを超えてる。胴の太さも1メートル近くあるな」
クレイジーが岩から飛び降りながら言った。
「レイナ、〈ドラグーン〉を」
「わかったわ」
レイナはクロウの言葉に頷くと、バシャバシャと水をはね飛ばしながら、浅瀬に停泊している〈ドラグーン〉まで駆けていった。
クロウはアサルト・ライフルを持ち上げ、構えると、周りの闇に目をこらした。
クレイジーも武器を取りに走っていった。
クロウの側に、重マシンガンを腰に構えたジェイクが近づいてきた。
「なんだったんだ、あいつ」
クロウは背後の海でプロペラが回り出す音を聞きながら、ジェイクに訊いた。
「ヘビじゃねえのか?」
ジェイクが不安げに答える。
「バカ。ヘビにしちゃ大きすぎる。皮膚も鱗じゃなかった。くすんだ灰色のゴムみたいな皮膚だ」
「全く、なんだよこの島は。次から次へと………」
ジェイクがそう呟いた瞬間、かんだかい悲鳴と機械のきしむ音がした。
「どこだ!?」
クロウは慌てて銃口をあちこちに向けた。
「後ろだ!」
ジェイクが叫ぶ。
クロウは急いで振り返り―――絶句した。
中空に浮いた〈ドラグーン〉の後部に、先ほどのヘビのような怪物が絡みつき、金属を絞め潰そうとしている。
海を泳いできたのだろう。
コクピットのレイナが恐怖に顔を歪めている。
なにが起きているかわからないのだ。
「レイナ!」
クロウは急いでアサルト・ライフルを構えた。
ジェイクも重マシンガンを構えたが、クロウは左手で制した。
慎重に狙わないと、レイナに当たる。
〈ドラグーン〉は中空をふらふらと飛んでおり、狙いが非常につけにくい。
クロウは緊張して唇を舐めた。
汗のしょっぱい味が口内に広がる。
クロウは引き金を、引いた。
銃弾は闇を切り裂き、怪物の胴に命中した。
しかし、怪物はまるで気にしていない。
「銃が効かない!?」
「どけ」
突然、マイクがクロウを突き飛ばした。
手にはグレネードを握っている。
「っ! やめろ、マイク!レイナが爆発に巻き込まれ………!」
しかし、マイクは既にグレネードを投げていた。
グレネードが大きく弧を描き、〈ドラグーン〉へと飛んでいく。
「目を閉じろ!」
突然、マイクが叫んだ。
戸惑いながらも、クロウは従った。
そして―――
光の洪水が起きた。
周囲の闇が一気に押しやられる。
ヘビが混乱したかのように金切り声をあげた。
「フラッシュ・グレネード!?」
「使え」
マイクがクロウに弾薬を放った。
「催涙弾か………。よし!」
クロウは満足げに頷くと、すぐさま催涙弾をアサルト・ライフルに装填し、狙いを定めた。
ヘビはいまだに視力が回復しないらしく、混乱しているかのように体を蠢かせている。
クロウは慎重に狙いを定め、撃った。
催涙弾はヘビの顔の近くで炸裂し、猛烈な臭いとガスを撒き散らした。
ヘビが悲鳴らしき声をあげ、海に落ちる。
しかし、〈ドラグーン〉は急に今まで乗っかっていた重みを無くし、ふらふらと制御を取り戻せないまま浅瀬に突っ込んだ。
機首が砂に埋まり、潰れる。
ヘリは動きを止め、機体後部は重力に従って落ちた。
「レイナ!」
クロウは急いで駆け寄った。
コクピットのドアが開き、レイナが辛そうな顔を見せた。
「足が……挟まってるみたい……」
確かに、レイナの左足は潰された金属に挟まれていた。
「待ってろ!すぐにどかす機材を持ってくる!」
クロウがそう言って身を翻した時、海の中から先ほどのヘビが鎌首をもたげた。
「ギアアアアアア!」
ヘビはヘビとは思えない怪物めいた叫び声をあげ、クロウに襲いかかった。
「うわあああああああっ!」
クロウはとっさに顔をかばった。
しかし、すぐにヘビに丸呑みにされてしまうだろう。
その時、銃声と共に肉片が飛び散る音がした。
ヘビが悲鳴らしき声をあげ、後退する。
「クロウ、逃げろ!」
ジェイクが叫ぶ。
彼はのたうちまわるヘビに向けて、ひたすら重マシンガンを撃ち続けた。
ヘビが悲鳴をあげる。
ジェイクはにやりと笑った。
「へっ、この畜生め。俺に勝てるとでも―――」
ジェイクの声は唐突に途絶えた。
悲鳴が響く。
彼の体が宙を飛び、浅瀬に叩きつけられた。
脇腹にヘビの尾の強力な一撃を受けたのだ。
肋骨の2、3本は折れただろう。
「ジェイク!」
ジョージが駆け寄り、彼の襟首を掴むと、片手でハンドガンを撃ちながら後退した。
アーサーが手にリボルバーを持ち、ヘビに向けて撃ちながら叫んだ。
「ジャングルから何かくるぞ!」
確かに、センサーが破られた合図のサイレンが鳴り響いている。
「照明をつけろ!全部だ、全部!」
ザーンが手を振り回しながら叫んだ。
デイビットが走り、照明スイッチを入れる。
全ての強力なライトが点き、ジャングルを照らした。
その途端、隊員達は絶句した。
ジャングルから何体ものゾンビのような連中が出てきたのだ。
腐ったような皮膚をし、口から嬉しそうなうめき声をあげながらよたよたと歩いてくる。
何体かは汚れた服を着ている。
「な、なんだこりゃあ!?」
ジョージがジェイクを引きずりながら叫んだ。
「な、なんて奴らだ………。まさか生きてる間にアンデッドと会うなんてな……。いや、もしかしてオレはもう死んでるのか?」
ザーンが混乱したかのように言った。
「撃て!とにかく撃つんだ!」
アーサーが怒鳴る。
隊員達は慌てて銃を撃った。
閃光が閃き、硝煙の臭いが辺りに立ち込める。
アンデッドどもは銃弾を受けるたびに衝撃で歩みを止めるが、なかなか死なない。
しかも、1体倒しても5体のアンデッドがジャングルから現れる。
「な、なんで倒れないんだ!」
ジョージが混乱して叫んだ。
隊員達の背後は海。
しかも巨大なヘビの怪物までいる。
「ジョージ、ミサイル・ランチャーを持ってこい!」
ザーンに怒鳴られたジョージは弾かれたように走り、武器庫からミサイル・ランチャーと数発の弾を持ち出した。
ザーンはそれを受けとると、素早く装填し、狙いを定め、撃った。
爆発。
狙われたアンデッドと近くの連中は一瞬で塵になり、周りのゾンビも衝撃で倒れた。
「グレネードをばんばん使え!奴らには炎が効く!」
ザーンは叫び、再びミサイル・ランチャーを放った。
その頃クロウは、浅瀬で暴れるヘビに向けて、マイクと共に銃を撃ちまくっていた。
だが、殺られるのは時間の問題だろう。
現に、ヘビは少しずつ近づいている。
「ていうか、なんで銃が効かないんだよ!」
「黙って、撃つ」
クロウはああ言ったが、マイクはヘビの微妙な変化に気づいていた。
先ほどよりも運動が減り、確実に弱っている。
つまり、撃ち続ければ死ぬという事だ。
ヘビの向こう側では、レイナが戦いの様子をじっと見守っていた。
クロウとマイクの向こうでは、ザーンやクレイジーがジャングルから次々に現れるアンデッドに対して凄まじい反撃をしている。
マシンガンの響きが耳を朧し、硝煙の臭いが漂ってくる程だ。
「なんとかしないと………」
彼女はそうつぶやくと、コンピューターをいじった。
大丈夫だ。
まだ生きてる。
だけど、もしかしたら燃料が漏れているかもしれない。
そしたら一瞬で御陀仏だ。
レイナは恐る恐るプロペラを起動した。
プロペラは順調に回りだした。
機体がゆっくりと持ち上がる。
ザーン達がアンデッドに押され、少しずつ後退している様子が見えた。
レイナは地上10メートルで機体を止めると、のたうちまわるヘビに向けて、4発のミサイルを放った。
凄まじい爆発が発生し、大きな水柱が立った。
マイクとクロウが薙ぎ倒されるのが見える。
レイナは一瞬ひやりとしたが、彼らがすぐに立ち上がって手を振ったのを見て、安堵のため息をもらした。
レイナは続けてガトリングをアンデッド達に向けて撃ちまくった。
砂煙が砂浜にたちこめる。
その時、通信機が通信を受け取った。
ザーンだ。
『レイナ、よくやった』
「ありがとうございます。ですが、弾はすぐに無くなりますよ?」
『…………燃料は?』
「あります」
『ブラジルまで飛べるか?』
「それは無理かと」
『…………よし、わかった。とりあえず、この場から逃れよう。このままだと、じきに奴らに押し潰される。〈ドラグーン〉に武器や食糧に出来る限り積み込んで沖に逃れるんだ』
「了解。浅瀬に着水します」
その時、ちょうどガトリングの弾が切れた。
「ドク、クレイジー、ジョージ、お前達はこのまま敵を出来る限り抑えろ!」
ザーンは銃声の鳴り響く海岸で怒鳴った。
銃閃が閃き、火炎放射機の炎を浴びたゾンビがその場に倒れる。
アーサーがリボルバーを撃ちながらザーンの側に来た。
「どうするつもりだ?」
「〈ドラグーン〉に乗って、一時的に沖に退避する」
ザーンは自動小銃を撃ちまくりながら言った。
ゾンビに次々に弾が当たるが、なかなか倒れる気配がない。
「くそっ!下がれ!」
ザーンはそう怒鳴ると、さらに海へ後退した。
「教授、早く荷物をまとめろ。ただし最低限の荷物だ。〈ドラグーン〉はそんなに広くない」
アーサーはザーンの言葉に頷き、駆け出そうとしたが、その前にザーンに耳打ちした。
「ザーン、奴らの弱点は脊髄、あるいは脊椎、つまり背骨だ。首から下の背骨を狙え」
アーサーはそう言うとテントに駆け込んでいった。
「………?」
ザーンは首を傾げると、言われた通り首の真ん中を撃ってみた。
すると、ゾンビは動きをとめ、バタリと砂浜に倒れた。
ザーンは思わず口笛を吹いた。
「ああ、くそっ!」
ジェイクは痛む脇腹を押さえて立ち上がった。
ベースには既にアンデッドが侵入し、隊員達はゾンビと必死に撃ち合っている。
ジェイクはよろよろと医療テントに向かった。
ナッドを〈ドラグーン〉に運ばなければ。
ドクが彼の目の前を銃を撃ちながら走り過ぎていった。
辺りはゾンビだらけだ。
ジェイクはアンデッドとクロウが取っ組み合い、クロウが敵を背負い投げているのをちらりと見ながら、ようやく医療テントの近くにたどり着いた。
同じくナッドを運びにきたジョージが、テントの入り口を開けている。
その時、ジェイクは恐ろしい事に気がついた。
ジョージの背後にゾンビが迫っていたのだ。
「ジョージ!」
ジェイクは叫び、腰のハンドガンをまさぐった。
無い。
ジェイクは愕然とした。
どこかで落としたらしい。
「うわああああああ!」
ジェイクは声を聞いてハッと顔を上げた。
ジョージにゾンビが覆い被さっている。
「ジョージ!」
ジェイクは叫んだが、この距離ではどうにもならなかった。
ゾンビが口をぐあっと開き、必死に抵抗するジョージの首に―――
ガアン!!
鈍い音が響き渡った。
ゾンビがどさりと倒れる。
そこには、フライパンを握りしめたティアが立っていた。
荒く息を吐いている。
「あ、ありがとう……」
ジョージは生きている事に呆然としながら言った。
「急げ!」
ザーンは怒鳴った。
既に〈ドラグーン〉には出来る限りの食糧や武器が詰め込まれ、あとは乗って沖へ退避するだけである。
ザーンとクロウ、ドク、マイク、そしてクレイジーは、〈ドラグーン〉の側で銃を撃ってゾンビを牽制していた。
アーサーとデイビットは既に〈ドラグーン〉に乗っている。
「ジョージはどうした!ジェイクは?ティアは?それにナッドは!?」
ザーンが銃を装填しながら叫んだ。
返事は無い。
「死んだのか!?」
「いや」
と、クロウ。
「来ました」
クロウはゾンビの群れの中を突っ切ってくるジェイク達を指さした。
先頭にはティアが立ち、フライパンで道を切り開いている。
ジョージとジェイクはナッドを担架に乗せ、走っていた。
「急げ!」
ザーンは再び叫んだ。
既にゾンビの最前線は〈ドラグーン〉から10メートルと離れていない。
ティア達はゾンビの群れを突破すると、〈ドラグーン〉に飛び込んだ。
「よし!乗れ!」
クロウは頷き、〈ドラグーン〉の中に入ろうとした。
その時、彼の足を何かがかすめた。
次の瞬間、〈ドラグーン〉の近くで戦っていた5人の真ん中に、先ほどの怪物ヘビが勢いよく飛び出した。
5人はそれぞれ放射状に吹っ飛ばされた。
ヘビが片側の焦げた顔をめちゃくちゃに振り回しながら、怒りの声をあげ、〈ドラグーン〉の機体に巻きついた。
ティアが悲鳴をあげる。
〈ドラグーン〉がギシギシと音をたてた。
「んの野郎!」
クロウは叫ぶとグルカナイフを抜き、ヘビの体に突き立てた。
ゴムのような皮膚は一瞬ナイフを跳ね返したが、結局貫通し、赤紫の血が噴き出した。
クロウはナイフに力を込め、一気にヘビの体を切り裂いた。
ヘビが凄まじい悲鳴をあげる。
しかし、怪物ヘビの胴の太さは1メートルあるかないかのしろものである。
グルカナイフでは大した傷をつけられない。
「くそっ!」
クロウはつぶやいた。
なんとかしてこのヘビを倒さないと。
その時、クレイジーがクロウを突き飛ばし、グルカナイフによって切り開かれた部分に、何かを突っ込んだ。
「伏せろ!」
クレイジーが叫ぶ。
全員がとっさに伏せた。
次の瞬間、ヘビの腹が爆発した。
肉片が飛び散り、辺りに血を撒き散らす。
「クレイジー!なんて無茶するんだ!」
クロウはなんとか立ち上がりながら言った。
「怪物ヘビの腹に手榴弾を突っ込むなんて、普通じゃありえない!」
「クロウ、ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと乗りなさい!」
コクピットでレイナが怒鳴った。
いまだに足を挟まれているのためか、痛そうな顔をしている。
クロウは頷き、〈ドラグーン〉に飛び乗った。
ヘビは命を失い、機体からずり落ちている。
ザーンが〈ドラグーン〉のすぐ近くまできたゾンビを殴り倒すのが見えた。
ドク、クレイジー、マイクが〈ドラグーン〉に飛び乗る。
機体の中は凄まじく狭くなった。
ザーンは出入口の縁に腰掛け、銃を撃ちまくった。
近くのアンデッドが倒れる。
「レイナ、上げろ!」
ザーンが叫ぶ。
レイナは機体を上げた。
何体かのゾンビは機体に掴まろうとしたが、ザーンに撃ち落とされた。
〈ドラグーン〉は重い荷物に辟易しながらも沖へと機首を向け、ゆっくりと進み始めた。
ザーンが安堵のため息をつく。
「全く」
クロウはそっとつぶやいた。
「最悪だ」
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