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金糸雀と獅子 1
海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。
その日は、大雪が降っていた。
「まさかこんなに降るなんてねぇ。」
「こんなに毎日降るんじゃ、商売上がったりだよ。」
凍てつく寒さの中、裸足でテムズ川の泥を漁っている泥ひばり達がそんな事を話していると、一人の少年が甲高い悲鳴を上げた。
「姉ちゃん、大変だよ~!」
「どうしたんだい、アーチ―?」
「あ、あれ・・」
そう言って少年が指した先には、男性の腐乱死体があった。
「見るんじゃないよ、アーチ―!」
腐乱死体の身元は、所持品ですぐに判明した。
彼は、アーリントン子爵家の執事長・アーサーだった。
彼の死因は、後頭部を何者かに殴られた事による撲殺だった。
アーサーの所持品は、金の懐中時計だけだった。
彼に一体何があったのか―それは誰も知る由がなかった。
「あぁ寒い、こんなに寒いと客が来るのかねぇ。」
「そうだねぇ。」
旅芸人の一座の女達がそんな事を言いながら薪を暖炉へと投げ入れていると、一人の少女が彼女達の前を通り過ぎていった。
「あらあの子、見ない顔だね。」
「あぁ、あんたは初めてあの子を見るんだっけ?あの子は、数週間前にここへ来た新入りよ。」
「へぇ・・
「カイト、これから洗濯しに行くの?」
「はい。」
「風邪をひかないようにね!」
「わかりました。」
海斗は先輩の女達に向かって頭を下げると、洗濯場へと向かった。
そこは、川に面した人気がない所だった。
さっさと終わらせてしまおうと、海斗は洗濯物が入った籠に水を浸した後、黙々と洗い始めた。
暫く経つと、近くの叢の方から、怪しい物音が聞こえた。
(何だろう?)
海斗が嫌な予感を感じ、洗濯を終えてそのまま自分のテントへと戻ろうとした時、叢から一人の男が出て来た。
その男は、全身血塗れだった。
「助けてくれ・・」
「しっかりして下さい!」
海斗は気絶した男を抱えながら、女達の元へと戻った。
「カイト、どうしたの・・って、誰なのその男!?」
「知りません、急に洗濯場に現れて・・」
「とにかく、“先生”を呼びましょう!」
女達は気絶した男を二人がかりで近くのテントへと運ぶと、“先生”を呼びに行った。
「どうした?」
「この人、血塗れで倒れていて・・」
「安心しな、これは全部返り血だ。」
“先生”ことクリストファー=マーロウはそう言うと、気絶した男をベッドに寝かせた。
「診察するから、お嬢さん方は出て行ってくれ。」
「わかったよ。」
「先生、後でね。」
マーロウが男の服を脱がした時、彼は低く呻いて灰青色の瞳を開けた。
「お、気が付いたか?」
「ここは、何処だ?」
「ここは、シリウス座の医務室だ。お前さん、名前は?」
「俺は・・」
男が自分の名を思い出そうとした時、激しい頭痛に襲われた。
「無理に思い出さなくてもいい。今お前さんに必要なのは、休養だ。」
「わかった・・」
男はそう言うと、目を閉じた。
「“先生”、どうだったの?」
「大丈夫だ。だが、記憶喪失らしい。」
「記憶喪失?」
「あぁ。彼を診察しようとしたら、後頭部を何者かに殴られたような傷跡があった。その所為で海馬に強いダメージが・・」
「海馬?」
「頭の中で、人の記憶を司る部分だ。その部分が、誰かに殴られた事によって、自分の名前を思い出せない程の強いダメージを受けたんだ。」
「治るのかい?」
「今すぐに、という訳にはいかないが、時間が経ったら治るだろう。」
「そう。」
そんな事をマーロウ達が話している時、医務室の中で何かが倒れる音がした。
慌ててマーロウが中に戻ると、ベッドに寝かせられていた男が床に倒れて呻いていた。
「おい、大丈夫か!?」
「俺に・・構うな。」
「そんな怪我をして何処へ行くんだ?」
「母さんを、助けないと・・」
男はそう言って気絶した。
彼がどのような事情を抱えているのかは知らないが、彼の治療を第一に考えなければならない―マーロウは溜息を吐きながら、男を再びベッドへと寝かせた。
夜になり、海斗達は公演の準備を慌しく始めた。
「カイト、もうすぐ出番だよ!」
「わかりました!」
慌しく化粧を終え、衣装に着替えた海斗が舞台に現れると、客席は歓声に包まれた。
「皆様、お待たせ致しました!麗しの舞姫・カイトの舞をご覧あれ!」
軽快な音楽と共に海斗が踊り出すと、観客達は歓声を上げた。
「今日もお疲れ様。みんな、集まってくれ!」
公演の後、団長・ユリウスは団員達を集めた。
「実は、次の公演先がロンドンに決まった!」
団員達から、オーッという歓声が上がった。
「明日は朝が早いから、しっかり休めよ!」
「はい!」
海斗が自分のテントで荷造りをしていると、衣装箱の中から見慣れないペンダントを見つけた。
それは、美しい輝きを放っているブルー・ダイヤモンドのペンダントだった。
(誰のだろう?)
海斗はペンダントを首に提げると、荷造りを終えてそのままベッドで眠った。
その頃、ロンドン・イーストエンドにある酒場では、一人の男が安酒を飲みながら誰かを待っていた。
暫くすると、一人の娼婦が入って来た。
「待たせたね。
「あの男は始末したぜ。」
「そう、ご苦労様。」
娼婦はそう言うと、金貨が詰まった袋を男に手渡した。
「“彼”をすぐに見つけ出して。」
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