JEWEL

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月影の子守唄 1

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

夜の森の中を、一人の少女が走っていた。
彼女はその腕に、産まれたばかりの赤子を抱いていた。

「居たぞ!」
「向こうだ!」

猟犬が吠える声と、男達の怒号が聞こえて来た。
早く、彼らの手が届かない所へ逃げなくては。
必死に萎えそうになる足を動かし、やがてある場所へと辿り着いた。

そこは、魔女が棲むという小屋だった。

少女は、赤子をしっかりと胸に抱き、小屋へと向かった。
小屋のドアを叩く前に、少女は背後から数発の銃弾を受け、倒れた。
「どうしたの、しっかりして!」
「この子を、お願い。」
少女は震える声でそう言うと、小屋から出て来た女性に赤子を託した。
「リリー、どうしたの?」
「イーディス、奥から猟銃を取って来て。」
「ええ。」
リリーは少女ごと赤子を小屋の中へと入れた後、イーディスから猟銃を受け取ると、武装した男達を睨んだ。
「女を出せ!」
「動かないで!」
「女がでしゃばるな!」
リリーは、自分に銃口を向けている男の爪先に向かって引き金を引いた。
放たれた銃弾は、地面にめり込んだ。
「次はあんたの脳天を狙うわよ。」
「クソ、引き上げるぞ!」
男達が去った後、リリーが小屋の中に戻ると、赤子の母親はロザリオを握り締めながら絶命していた。
「可哀想に・・」
「この子、確かウィニフレッド家のクララじゃない?」
「まぁ・・最近見ないと思っていたら、家を勘当されたのね。」
「リリー、この子をどうするの?」
「決まっているじゃない、わたし達で育てるのよ。子育ての経験はないけれど、何とかなるわ。」
「そうね。」
こうしてリリーとイーディスは、赤子を育てる事にした。
17年後、リリーとイーディスが育てた赤子・海斗は、森の中でハーブを摘んでいた。
するとそこへ、リリーがやって来た。
「カイト、大変よ!イーディスが・・」
海斗がリリーと共に小屋へと向かうと、ベッドの中でイーディスが苦しそうに息をしていた。
「イーディス!」
「カイト・・来たのね。」
イーディスは死の間際、海斗に真実を告げた。
「え・・」
「カイト、あなたは、幸せに・・」
「イーディス、しっかりして!」
イーディスを看取った後、海斗とリリーは二人だけで彼女の葬式をした。
―おい、あれ見ろよ・・
―魔女が・・
―あの赤毛は・・
「カイト、帰りましょう。」
「うん・・」
雨が降る中、海斗とリリーが墓地を後にしようとした時、一台の馬車が二人の前に停まった。
「クララ、どうして生きているの?」
馬車から降りて来た金髪の女性は、そう言うと海斗を見た。
「ごめんなさい、あの時わたしが・・」
「奥様、こちらへ。」
馬車の中から、メイドと思しき女性が出て来た。
「一体、誰だったの?」
「あの人は、ウィニフレッド家の奥様よ。最近、認知症になられたとか・・」
「ねぇリリー、これからどうするの?」
「さぁね。とにかく、今まで通りの生活をわたし達は送るだけよ。」
「うん。」
イーディスを亡くしてから、海斗とリリーは心にぽっかり空いた穴を埋めるかのように、忙しい日々を送っていた。
そんな中、海斗はリリーのおつかいでウィニフレッド家へパイを届けに行った。
「あなた、この前の・・」
「奥様はいらっしゃいますか?」
「えぇ。」
メイドに案内され、海斗がウィニフレッド邸の中へと入ると、厨房の方から男の怒鳴り声が聞こえて来た。
「どうして、こんな切り方なんだ?」
「すいません・・」
「もういい、お前はクビだ!」
厨房から若い娘が泣きながら出て来た。
「クララ・・お嬢様?」

背後で皿が割れる音がしたので、海斗が振り向くと、そこには蒼褪めた顔をしたメイド立っていた。

「どうして、あなたは死んだ筈・・」

「ナンシー、一体何をしているんだ!」
厨房から右目に眼帯をつけた男が居間にやって来た。
「幽霊だ、幽霊だ~!」
メイドはそう叫ぶと、居間から外へと飛び出していった。
「あの・・あなたは?」
「お前が、あの魔女の娘か?」
「リリー。“魔女”ではなく、リリーです。俺はカイト、奥様にパイを届けに参りました。」
「俺はナイジェル=グラハム、ウィニフレッド家の料理人だ。」
ナイジェルは、そう言うとウィニフレッド家の奥様、ナタリーの寝室へと案内した。
「奥様、カイトが参りました。」
「入って。」
「失礼致します。」
ナタリーは、ナイジェルと共に寝室に入って来た海斗を見た途端、病人とは思えない素早い動きで寝台から出て彼女の元へと駆け寄った。
「クララ、クララ!」
「奥様、落ち着いて下さい!」
「クララ~!」
ナタリーが医者に鎮静剤を打たれた所を見た海斗は、ナイジェルに彼女の寝室から連れ出された。
「クララという方は、奥様の娘さんですね?」
「あぁ、17年前、行方知れずになった。奥様は、認知症になられてから毎晩クララ様を捜している。」
「そうですか・・」
これ以上気まずい思いをしたくなくて、海斗はウィニフレッド邸から去っていった。
「ただいま。」
「お帰りなさい、カイト。」
「リリー、17年前に何がこの町であったの?」
「そうね、クララお嬢様は、禁じられた恋をしてしまったのよ。」
「禁じられた恋?」
「あなたの父親は、ロンドンに住む貴族よ。誰なのかは知らないけれど、クララお嬢様はあなたを森の中で出産し、山小屋へやって来たの。彼女は、追手に背中を数発撃たれて亡くなったわ。」
「そんな・・」
「あなたの事を、あの奥様がクララお嬢様の姿と重なって見えたのかもしれないわね。」
「そうなの。父親が誰なのか、わからないの?」
「ええ。イーディスの日記に、何か手掛かりが残っているのかもしれないわ。」
リリーはそう言うと、二階にあるイーディスの部屋へと向かった。
「あら、おかしいわね・・」
「どうしたの?」
「イーディスの日記が無いわ。」
「そんな・・」
慌てふためきながらイーディスの日記を探す海斗とリリーを、山小屋の近くから一人の男が見ていた。
その腕には、イーディスの日記が抱かれていた。
「旦那様・・」
「例のものは?」
「どうぞ。」
「給料だ、取っておけ。」
「ありがとうございます。」
男は馬車の中に居る男にイーディスの日記を手渡すと、そのまま町へと向かった。
町を出た馬車は、そのままロンドンへと向かった。
「旦那様。」
「イーディスの日記か?」
「はい。」
「ご苦労。」
ロバート=ティルニーはそう言って執事からイーディスの日記を受け取ると、それを暖炉の中へと放り投げた。
「あ~、寒い!」
「カイト、ジンジャーブレッドをパン屋へ持って行って。」
「わかった!」
クリスマス=シーズンを迎え、町にはクリスマスのオーナメントが飾られていた。
「あらカイト、いらっしゃい!」
「ジンジャーブレッド、持って来ました!」
「まぁ、可愛いわね!全部、あなたが作ったの?」
「はい。」
「そう。ねぇ聞いた、この町の近くにある湖の近くに、貴族の旦那がお屋敷を買ったってさ!」
「へぇ、どんな方なんだろう?」
「小説家の端くれだってさ。」
海斗がパン屋のアーニーとそんな事を話していると、店に一人の青年が入って来た。
深緑のフロックコートに長身を包み、黒のシルクハットを被った男は、鳶色の瞳でナイジェルの姿を捉えると、彼の唇を塞いだ。
その直後、男の身体は床に吹っ飛んだ。
「俺に気安く触れるな!」
「その冷たい瞳が堪らないねぇ!」
「あのぅ、うちに何かご用ですか?」
「お嬢さん、俺がここに来たのはパーティー用のパイを注文したくてね。」
「わかりました。」
「ここで会ったのは何かの縁だ。俺はクリストファー=マーロウ、キットと呼んでくれ。」
「カイトです。山の上にある山小屋に住んでいます。」
「へぇ、こんな可愛い子ちゃんが町に住まないなんて驚きだなぁ。」
「アーニー、またね。」
海斗は足早にパン屋から出て行くと、山小屋へと向かった。
「ただいま。」
「お帰りなさい、寒かったでしょう。」
「うん。パン屋さんで、貴族の人と会ったよ。」
「へぇ、どんな人だったの?」
「鳶色の瞳をした、綺麗な人。クリストファー=マーロウって名乗っていた。」
「クリストファー=マーロウ?今人気の小説家じゃないの!?」
「え、彼の事を知っているの?」
「知っているも何も、『タンバレイン』は名作よ!」
「そうなんだぁ。」
キットがパン屋に来てから一週間後、海斗とリリーが山小屋でひっそりとクリスマスを祝っていると、突然誰かが山小屋のドアを激しく叩く音がした。
「カイト、下がっていなさい。」
リリーは猟銃を構えながら恐る恐る山小屋の入り口へと向かうと、そこには両手を上げたキットの姿があった。
「おおっと、撃たないでくれ。」
「キット、どうしたの?」
「カイト、すまないが一緒に来て貰おうか?どうしても、お前さんに会いたいと言っている人が居てな。」
「わかった。」
「カイト、外は雪が積もっているから、転ばないように気をつけるのよ。」
リリーに見送られ、海斗はキットと共に湖の近くにある貴族の別荘へと向かった。
「町から少し離れているから、馬車で行くぞ。」
「わかった。」


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