JEWEL

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蒼い鳥 第1話

海斗が両性具有です、苦手な方はご注意ください。

1873年、ロンドン。

「産まれたぞ!」
「男か、女か?」
「その子は化物よ、早く捨てて来て!」
ヒステリックな女の声が、彼女の寝室から聞こえて来たので、廊下に居た使用人達は驚き、互いの顔を見合わせた。
やがて寝室から、赤子の乳母が赤子を抱いて出て来た。
「リリー、その子をどうするんだい?」
「わたしが、育てるわ。」
10月の寒空の下、リリーは長年勤めていた屋敷を解雇された。
だが、彼女は己の腕に抱いている赤子を育てる事だけを考えた。
ロンドンを離れ、彼女が向かったのは、プリマスだった。
そこには、リリーの育ての親であるイーディスが、食堂兼宿屋を営んでいた。
「お帰りなさい、リリー。」
「ただいま、イーディス。」
「その子は?」
「今日から、わたしの子になったの。」
「そう。」
イーディスは深く詮索せずに、リリーと赤子を受け入れた。
今まで育児の経験がなかったリリーは赤子の世話に悪戦苦闘していたが、イーディスの助けて貰いながら赤子を育てた。
それから17年後、プリマスにある食堂兼宿屋『白鹿亭』は、今日も繁盛していた。
店の名物は、海斗とリリーが作る香草パンだった。
「カイト、小麦粉を買って来て!」
「わかった!」
「気を付けてね!」
『白鹿亭』から出た海斗が買い物籠を持って『グレイス食料品店』に入ると、そこには英国海軍の軍服を着た青年が店員と揉めていた。
「卵はこれだけなのか!?」
「申し訳ありません。」
「もういい!」
海斗は今にも泣きそうになっている店員の元へと向かった。
「大丈夫?」
「ええ。」
「あんなクソ野郎なんて、地獄に落ちればいいんだ。」
「カイト、小麦粉どうぞ。」
「ありがとう。」
『グレイス料理店』から出た海斗は、店の入口で一人の青年とぶつかった。
「済まない、怪我は無いか?」
「はい・・」
ぶつかった拍子にバランスを崩した海斗を助けてくれたのは、英国海軍の軍服を着た、金髪碧眼の美青年だった。
(同じ軍人でも、あんなに違うのかねぇ・・)
海斗が食堂で忙しく働きながらそんな事を思っていると、先程『グレイス食料品店』で店員と揉めていた男が、急に海斗の腕を掴んだ。
「おいお前、酌をしろ!」
「お客さん、そういうサービスを受けたいのなら、よこへ行きな!」
「何だと!」
海斗と男が揉めていると、そこへあの青年がやって来た。
「このお嬢さんの言う通りだ、ジョー。」
「畜生、覚えてろよ!」
男はそう叫ぶと、『白鹿亭』から出て行った。
「カイト、大丈夫!?」
「うん・・ごめんね、リリー。」
「あなたが謝る事は無いわ。あんなクソ野郎は出禁にしてやるわ。」
リリーはそう言うと、海斗の肩を励ますかのように叩いた。
「助けてくれて、ありがとう。」
「いや、俺はこんな可愛い子ちゃんと一度、話がしたかったのさ。」
「え・・」
「女将、暫くこの子をかりてもいいか?」
「構いませんわ。」
リリーはそう言うと、海斗とジェフリーを夜の街へと送り出した。
「あの・・さっきは、どういう意味であんな事を?」
「言ったのかって?あれは本心からだよ。自己紹介が遅れたな、俺はジェフリー=ロックフォード。」
「俺はカイト。」
「なぁカイト、その髪は地毛なのか?」
「うん。やっぱりこの髪、変かな?」
「いや、とても綺麗だ。」
ジェフリーと海斗は、“ホーの丘”まで歩いた。
「また、会える?」
「会えるさ、お前が望めば。」
「うん。」
ジェフリーと『白鹿亭』の前で別れた海斗は店の二階にある自室に入ると、結っていた髪を解き、ウェストを締め付けているコルセットの紐を緩めた。
「ふぅ・・」
「カイト、今入っても大丈夫?」
「うん。」
リリーが海斗の部屋に入ると、彼女は寝間着姿でベッドに横になっていた。
(あの人に、また会いたいな。)
翌日の昼、ランチタイムで賑わう『白鹿亭』の前に、立派な四頭立ての馬車が停まった。
「立派な馬車だねぇ。」
「本当に。」
「一体どなたの馬車なんだろうね?」
客達がそんな事を言っていると、馬車から一人の青年が降りて来た。
長身を仕立ての良いフロックコートに包んだ男は、厨房から出て来た海斗の前に突然跪いた。
「お迎えに上がりました、お嬢様。」
「え?」
「大奥様が、あなたをお呼びです。わたくしと共に、ロンドンへ・・」
男がそう言って海斗を見ると、彼女は気絶し床に倒れていた。
「あなた、誰?カイトに何をしたの?」
「失礼、わたしはビセンテ=デ=サンティリャーナと申します。エルフィリン子爵家より、カイト様をお迎えに上がりました。」
「エルフィリン子爵家ですって?」

そこは、リリーが17年前に海斗と共に追い出された、元職場だった。


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