JEWEL

JEWEL

幸せの魔法をあなたに 1



一部性描写が含まれます、苦手な方はご注意ください。

「頼もう!」

閑静な住宅街の一角に、少女の声が高らかに響いた。

(誰だ、こんな朝早くに・・)

土御門有匡は、大量のチョコレートをガトーショコラにしながら、突然響いた少女の声に驚いてしまい、思わず手元が狂い、ケーキを飾るアイシングのハートが崩れてしまった。
「頼―」
「うるさい、近所迷惑だろうが!」
有匡が厨房から店の外へと出ると、店の前には一人の少女が立っていた。
長い金髪をポニーテールにし、セーターにデニム姿の彼女は、紅玉を思わせるかのような美しい真紅の瞳を輝かせながら、有匡に向かってこう尋ねた。
「土御門有匡様ですよね?」
「あぁ、そうだが・・」
「僕を、弟子にして下さい!」
「・・耳元で喚くな。」
「す、すいません・・」
「それと、わたしは、弟子は取っていない。」
有匡がそう言って店の中へと戻ろうとすると、少女が突然ドアの隙間に足を挟んで有匡にドアを閉じさせないようにした。
「何処でそんな事を覚えた?」
「弟子にして下さい!」
暫くすると、近所の住民達が何事かと彼らの方を時折指さしながら見始めた。
中には、スマートフォンを二人に向ける者も居た。
「入れ、話だけなら聞いてやる。」
「ありがとうございます!」
有匡は素早く少女を店の中に入れた後、中を覗かれないよう、レースのカーテンを閉めた。
「わぁ、ここが先生のお店なんですね。雑誌で見た事はありますけれど、直接この目で見た方が、素敵なお店だってわかります。」
突然有匡の前に現れた少女は、そう言うと有匡の“城”である店内を興味深そうに見ていた。
(一体何なんだ、こいつは?)
「お前、名前くらい名乗れ。」
「僕、高原火月と申します。あの、今日は僕、先生にお願いがあって来たんです。」
「弟子は取らぬと、先程言った筈だが?」
「僕、あなたの子供が産みたいんです。」
早朝に突然押しかけて来て、その上自分の子どもを産みたいなど―彼女は、正気じゃない。
「早朝に弟子にしろと押しかけて来た上に、わたしの子を産みたいだと?これ以上おかしな事を言うと、警察を呼ぶぞ。」
「違うんです、僕は・・」
「さっさと出て行け!」
有匡は少女―火月を店から追い出し、ガトーショコラ作りを再開した。
「火月、どうだった?」
「惨敗・・というか、僕の事、先生は憶えていないみたい。」
有匡に店から追い出され、火月は幼馴染である琥龍が営むラーメン屋「紅牙」のカウンター席でそう彼と彼の婚約者・禍蛇に愚痴った。
三人の共通点―それは、前世の記憶を持っている事。
火月が二人と再会したのは、火月が7歳の時だった。
『火月、やっと会えた!』
『琥龍、禍蛇!』
二人と再会した時、火月は前世の記憶を取り戻した。
そして、火月は自分の伴侶―有匡が自分の隣に居ない事に気づいた。
(先生に、会いたい・・)
「火月、有匡に会いたいよね?」
「うん・・」

公園のブランコを漕ぎながら、火月と禍蛇がそんな事を話していると、一人の少年が公園の前に通りかかった。

“火月”

その少年は、有匡だった。

 髪は短くなったものの、切れ長の碧みがかった黒い瞳は転生しても忘れられなかった。
「先生、先生!」
「火月、待って!」
突然火月がブランコから降りて走り出したのを見た禍蛇は、慌てて彼女を止めた。
「どうしたの?」
「先生・・」
「お前、誰?僕は、お前なんて知らない。」

(どうして・・)

あぁ神様。
どうして、このような残酷な事をなさるのですか?
僕はただ、愛しい人に会いたかっただけなのに。

「ねぇ火月、諦めたら?有匡が“何も”憶えていないのは、きっと理由があるからだよ。」
「そうかな・・」
「今日は、ゆっくり休みなよ。」
「うん・・」

(ごめん、禍蛇、僕先生の事を諦められないよ。だって・・)

僕の居場所は、いつだって―生まれ変わっても先生の傍だから。

『先生、待って!』

あの時、自分を必死に追い掛ける少女が、前世で心の底から、魂の底から愛した妻だと、有匡は気づいた。
だが、彼は火月を冷たく拒絶した。
(わたしは、お前を愛してはいけない・・わたしは・・)
今朝店の前に現れた火月を見て、本当は彼女を抱き締めて愛の言葉を囁きたかった。
だが、有匡にはそれが出来なかった。
何故なら、自分の手は血で汚れてしまっているから。
(済まぬ、火月。わたしは、お前を愛してはいけない。わたしは、お前を傷つけてしまう・・)

有匡が煙草を吸いながら空を見上げると、そこには紅い月が浮かんでいた。

“僕、あなたの子供を産みたいんです。”

鎌倉で戦が始まり、瀕死の重傷を負った有匡は、火月の中に眠る邪気を制し、別次元へ―自分達が再会した瞬間へと戻った。
雌となり、火月は望み通り有匡との間に男女の双子を産み、有匡は家族に囲まれた幸せな生活を送った。
しかし、時を歪ませてしまった代償は、余りにも大きかった。

幸せな時は、長く続かなかった。

有匡が出張から帰って来ると、邸には土御門家の者達に殺された双子達の遺体が血の海の中に転がっていた。
『火月、どこだ!?』
有匡が火月の姿を捜すと、彼女は義兄達に捕らえられていた。
『お前の所為で、土御門家は没落した!これ以上、お前達を生かしてはおけぬ!』
『先生、逃げて・・』
有匡が義兄と斬り合っていると、美しい金色の波が有匡の視界を覆った。
彼女の手には、母の懐剣が握られていた。
白い雪が、火月の血で赤く染まった。
『しっかりしろ、火月!』
『先生、泣かないで・・』
火月は、血に塗れた手でそっと有匡の頬を撫でると、眠るように息絶えた。
有匡は、火月と双子の遺体と共に枕を並べた後、邸に火を放ち、自害した。
自害した者の魂は、輪廻の輪から外れるのだが、地獄で彼を待っていた獄卒は、こう言った。
「あなたには、一度だけチャンスをあげましょう。輪廻転生し、再び愛を見つけなさい。」
こうして有匡は転生を果たしたが、火月を捜そうとしなかった。
自分の手は、血で汚れている。
この世で―いいや、前世で愛した者の命をこの手で奪った罪は消えない。

だから、決めたのだ。
火月を愛さないと。

そう決めた後、有匡が学校から自宅へと戻ろうとした時、公演のブランコで遊んでいる金髪の少女の姿を見つけた。
(まさか、な・・)
早足でその場から離れようとした時、少女は泣き出しそうな顔をしながら、自分に向かって叫んだ。
『先生!』
(火月、済まない。)
有匡は唇を噛み、火月を睨みつけた後、こう言った。
「お前、誰?僕は、お前なんて知らない。」
これでいい。
これで、もう二度と火月を傷つけずに済む。
そう思い、安心していた有匡だったが、火月は再び自分の前に現れた。
まるで、誰かが自分達を操っているかのように。
有匡は、朝の仕込みを終えた後、ベッドに入って泥のように眠った。
『うわぁ、綺麗!』
『紅い月、母様の瞳みたい!』
双子がはしゃぎながら、空に浮かぶ紅い月と母の真紅の瞳を見比べていた。
『父様と母様はね、紅い月の晩に再会ったのよ。紅い月には魔力があってね、願い事を何でも叶えてくれるんだって。』
『本当~!?』
『本当だよ。ねぇ、先生?』
(何故、わたしにこんな夢を見せる?)
朝起きた時、有匡は頬を伝う涙を乱暴に手の甲で拭うと、寝室から出て厨房へと向かった。
「うわ~、美味しそう!」
「ここの店のガトーショコラ、絶品なんだって~!」
「しかも、オーナーのパティシエが超イケメンなんだって!」
そう言いながら女子高生達が店の前を通りかかった後、一人の少女がその店の前に立った。
「へぇ~、ここがアリマサの店かぁ。」
少女が店の中に入ると、丁度有匡が商品をショーケースに並べている所だった。
「いらっしゃいませ。」
「ふ~ん、今は占い師じゃなくてパティシエやってるのかぁ。ま、アリマサは手先が器用だから何でも出来るよね。」
「何しに来た、神官?」
「あはっ、憶えていてくれたんだ、神官の事。ま、その様子だとカゲツの事を憶えているみたいだね。」
有匡は、神官の言葉を聞いて渋面を浮かべた。
「昨日、火月がここに来た。」
「ふ~ん、それで?」
「冷たく彼女を突き放して、店から追い出した。」
「はぁ、何で!?アリマサにとってカゲツは大切な存在だったんじゃ・・」
「だからこそ、だ。わたしと居ると、火月は不幸になる。わたしは、彼女を愛してはいけない。」
「まだ、そんな事を言ってんの?」
神官はそう言うと、有匡を睨んだ。
「アリマサ、昔はカッコよかったのに。」
「用が無いなら帰れ。」
「言われなくても帰るよ。」
神官が店から出て行った後、有匡は「準備中」の札を「開店」の札へと変えた。
すると、店内はたちまち女性客で混雑した。
地獄のような忙しさがなくなったのは、昼の二時過ぎだった。
(このままだと、わたしの体力がもたないな・・)
そう思いながら有匡が店の裏口で煙草を吸っていると、そこへ一人の少年が通りかかった。
「お久し振りですね、土御門有匡さん。」
「あなたは・・」
少年は、あの時の獄卒だった。
「そのご様子だと、“彼女”とは会えたようですね。」
「ええ。ですが、わたしは・・」
「あなたは、未だ前世の罪に囚われているのですね。」
「わたしは、この手で妻を殺してしまった。」
有匡の脳裏に、“あの日”の光景が浮かんで来た。
「わたしは・・」
「いいですか、有匡さん。あなたの奥さんは、あなたの事を恨んでいませんでしたよ。」
少年は、そう言って有匡に、火月が地獄に来た時の事を話した。
「本当に、先生ともう一度会えるんですか?」
火月は転生して有匡と再会える事を知り、涙を流して喜んだ。
「実は、先生に一番伝えたい事があるんです。僕は、生まれ変わったら、先生に沢山大好きだと言いたいんです。」
「そんな事を、彼女が?」
「ええ。これからどうするのかは、あなたが決めて下さい。」
少年は、有匡に微笑んだ後、雑踏の中へと消えていった。
(わたしは、今まで・・)
火月を、妻をこの手で殺してしまった事による己の罪故に、有匡は彼女を遠ざけた。
もう二度と、彼女を傷つけないように。
だが、それは自分の独りよがりな考えに過ぎなかったのだ。
(火月・・)
今まで会おうとしなかった火月に、有匡は無性に会いたくなった。
(あれ程冷たく彼女を拒絶したのだから、もう火月は来ぬだろう。)
そんな事を想いながら有匡が裏口から店の中へと戻ると、そこには火月の姿があった。
「すいません、昨日はご迷惑をおかけしてしまいました。それを謝りたくて・・」
「謝るのは、わたしの方だ。」
「え?」
「腹が減っているだろう。サンドイッチでも作ってやるから、そこへ座れ。」
「は、はい・・」
昨日の態度と一変して、自分に対して優しい態度を取って来た有匡に火月は戸惑いながらも、彼が淹れてくれたぬるめのコーヒーを飲んだ。
「先生、あの・・」
「火月、ひとつだけ聞きたい事がある。お前は、わたしを恨んでいたのか?“あの時”、わたしはこの手でお前を・・」
「僕は、先生を恨んでいません。」
火月はそう言って椅子から立ち上がると、有匡を抱き締めた。
「“あの時”、僕は先生を守りたかった。それだけだったのに、先生を苦しめてしまった。」
「火月、わたしは・・」
「もう自分を責めないで下さい、先生。」
―あなたには、一度だけチャンスをあげましょう。
「大好きです、先生。今も、昔も。」
―輪廻転生し、再び愛を見つけなさい。
「わたしもだ、火月。」
嗚呼、そうだ。
もう、過去を振り返るのはやめよう。
これからは、未来へ向かって歩いていくのだ―火月と一緒に。
「火月、今お前は何処に住んでいる?」
「会社の独身寮です。家賃が安いので、助かっていますけど。」
「そうか。」
「本当は専門学校に行きたかったんですけれど、事情があって行けなくて・・今勤めている会社で事務員をしながら、何とか生活しています。」
「今からでも、専門学校へ行ったらどうだ?学費はわたしが援助するし、お前さえ良ければ、ここに住んでもいい。」
「でも、それじゃ先生にご迷惑が・・」
「何を今更。」
有匡はそう言うと、火月の唇を塞いだ。
「こうして再会えたんだ。世話くらい焼かせてくれ。」
「先生・・」
有匡と会った後、火月が会社の独身寮に戻ると、彼女の部屋の前には以前火月にしつこく言い寄って来た同僚が立っていた。
「あ、火月ちゃんお帰りぃ。余りにも帰りが遅いから、心配したよぉ~」
「どうして、ここに居るんですか?帰ってください!」
「冷たい事言わないでさ~、俺今日カミさんから家を追い出されちゃって、行く所がないんだよ~」
そう言って馴れ馴れしく火月の胸を揉んで来た同僚の手を、火月は邪険に振り払った。
「嫌、僕に触らないで!」
「うるせぇ、俺の気持ちを弄んだ癖に!」
火月が慌てて部屋の中に入ろうとした時、同僚は彼女を玄関先で押し倒し、彼女が着ていたブラウスを容赦なく引き裂いた。
「嫌ぁ~!」
「うるさい、黙れ!」
(先生、助けて・・)
「その汚い手で、わたしの妻に触れるな。」
頭上で氷のような冷たい声が聞こえ、火月は同僚の肩越しに、彼に向けて刃を突きつけている有匡の姿を見て、安堵の涙を流した。
「ひぃっ!」
「火月、大丈夫か?」
「はい・・」
有匡は泣きじゃくる火月に自分のコートを羽織らせると、彼女を自分の車に乗せた。
翌日、火月は会社を退職し、有匡と共に暮らす事になった。
「へぇ~、良かったじゃん!またあいつと夫婦になれるんだね!」
「ありがとう、禍蛇。」
火月は有匡に学費を援助して貰いながら、製菓専門学校に通い始めた。
 全てが順調だと思っていた。
“彼女”が現れるまでは。

「漸くお会い出来ましたわね、有匡様。」

“彼女”―三条高子は、そう言うとカウンター越しに有匡を睨みつけた。
彼女とは前世からの深い因縁で繋がっていた。
「この前、貴方様のインタビュー記事を雑誌で拝読しましたわ。」
高子はそう言うと、有匡の手を見つめ、次の言葉を継いだ。
「血に塗れた手でも、美しい物を作れるんですのね、あなたは。」
「先生、冷凍庫のチョコ、在庫がなくなりそうです。」
火月がそう言って厨房から店内へと向かった時、有匡と謎の少女が対峙している事に気づいた。
「あなたが・・あの・・」
少女はそう言うと、店から出て行った。
「先生、どうしたんですか?」
「すまない、考え事をしていた。どうかしたのか、火月?」
「チョコレートの在庫が切れそうなんですが、発注お願いできますか?」
「あぁ。」
「さっきの子・・先生のお知り合いなんですか?」
「それをお前が知ってどうする?」
「え・・」
「女房気取りはよせ。」
有匡はそう言って火月を冷たく突き放した後、自室に引き籠もってしまった。
「アリマサがひきこもりぃ!?何で急にそんな事になってんの!?」
「僕もわからないよ。昨日、店に先生の知り合いが来たんだ。」
「そいつ、男?女?」
「女の子だよ、名門お嬢様学校の制服を着ていたなぁ。その子が来てから、先生の様子が少しおかしくなっちゃって・・」
「もしかして、有匡の愛人じゃねぇの?」
琥龍の言葉を聞いた禍蛇は、すかさず彼の顔面に拳を叩き込んだ。
「お前は黙ってろ!」
「先生、あの子と会った時、何処か辛そうな顔をしていた。まるで、自分を責めているような・・」
「もしかして、前世絡みだったりする?だとしたら、アリマサの方から火月に話してくれるまで、そっとしておいた方がいいんじゃない?」
「そうかもね・・」
そう禍蛇に話した火月だったが、有匡とあの少女の事が気になって仕方が無かった。
だから、彼女に会いに行った。
(ここ、か・・)
カトリック系のお嬢様学校、S高の正門前で、火月は只管あの少女が出て来るのを待った。
だが、幾ら待っても少女は出て来なかった。
(無謀だったかな・・)
火月がそう思いながらS高を後にしようとした時、一人の少女が彼女に近づいて来た。
「初めまして。あなたが、有匡様の北の方様ね?わたくしは、三条高子、あなたの背の君様に家族を殺された女よ。」
そう言った少女―高子は、火月を睨んだ。
「どうして、先生があなたのご家族を・・」
「殺したかですって?ここは人目があるから、何処か静かな所でお話ししましょう。」
高子に火月が連れられたのは、こぢんまりとした雰囲気のカフェだった。
「コーヒーをふたつ、お願い。」
「かしこまりました。」
高子は、店員に飲み物を注文した後、火月の方に向き直った。
「それで?あなたは何故、わたくしの家族が有匡様に殺されたのかを知りたいのでしょう?」
「は、はい・・」
「これをご覧なさい。」
高子がそう言って火月に見せたのは、血に汚れた勾玉だった。
「これは・・」
「有匡様は、呪詛をかけられたわたくしを救って下さったの。でも・・あの方は、わたくしの家族を殺したのよ・・まるで虫けらのようにね!」
(先生が、そんな事をする訳がない。先生が・・)
「火月・・火月!」
「え、あ、すいませんっ!考え事をしていて・・」
「お前なぁ、そういった仕返しは止せ。」
その日の夜、有匡と火月は厨房でテンパリングをしていた。
温度調節が命のテンパリング作業中に火月は気が散ってしまい、失敗してしまった。
「すいません・・」
「さてと、わたしの分は出来たから、お前の分をどうするかだな。」
「え、捨てるんじゃないんですか?」
「浴室で待ってろ。」
「は、はい・・」
(先生、何をするつもりなんだろう?)
浴室で裸になった火月がそんな事を思いながら有匡を待っていると、彼はチョコレートが入ったボウルとヘラを持って浴室に入って来た。
「あの、先生、それは?」
「あぁ。これは、こうするのさ。」
有匡はそう言うと、チョコレートを火月の肌に塗り始めた。
「あ・・」
「どうした、感じたのか?」
「先生が、こんなプレイをするなんて・・」
「意外か?」
有匡はいたずらっぽく笑うと、火月の肌に塗ったチョコレートを舌で舐め取った。
「駄目、おかしくなっちゃうっ!」
「お前の、そんな顔を見たかった。」
有匡は火月の胸から下腹にかけて塗ったチョコレートを、天鵞絨のような舌で時間を掛けてゆっくりと舐め取った。
「あっ、あっ!」
執拗に有匡に舌で愛撫され、甘い嬌声を上げている火月を満足気に見ながら、有匡は残り少ないチョコレートを、火月の陰部に塗りたくり、長い指で彼女の膣と陰核を愛撫した。
「お前の躰は、何処もかしこも甘いな。」
「やぁぁっ、先生・・」
「二人きりで居る時は、名前で呼べ。」
「あ、有匡様・・」
「辛いなら、やめようか?」
「やめないで・・」
「良い子だ。」
有匡は火月を四つん這いにさせ、避妊具を己のものに装着すると、うつ伏せのまま彼女を奥まで貫いた。
「あぁ~!」
「火月、愛している・・」
有匡は火月の最奥で爆ぜると、意識を手放した。
―やめて、来ないで!
舞い散る雪の中で、赤く染まった血だけが鮮やかに有匡の目に映った。
逃げ惑う者達を、彼は太刀で容赦なく斬り伏せていった。
―いやぁ~!
少女が最期に見たものは、禍々しくも美しい、有匡の紅い髪だった。
「先生?」
「う・・」
有匡が低く呻いて目を開けると、そこが見慣れた自分の部屋だという事に気づいて安堵の溜息を吐いた。
「酷く、うなされていましたよ。手も、冷たいですし・・」
「昔の―前世の夢を見ていた。」
「前世の?」
「いつまでも隠しておく訳にはいくまい。お前には、あの娘との関係を話してやろう。」
有匡はそう言うと、火月に自分と高子の因縁について話し始めた。
有匡と三条高子は、三条家で行われた管弦の宴で出会った。
土御門家の養父の顔を立てるだけの、“形だけ”のものだったが、高子は次第に有匡に惹かれていった。
しかし、有匡には既に火月が居た。
火月への嫉妬に駆られた高子は、彼女を亡き者にするよう有匡の義兄達をけしかけた。
その結果、火月を手にかけて“力”が暴走してしまった有匡によって、高子は家族諸共殺された。
「それは、彼女の逆恨みじゃ・・」
「あぁ。だが彼女は、自分の所為で彼女が死んでしまったという現実から目を背け、わたしに対する恨みだけを抱えて再会した。」
「何とか、ならないんですか?」
「無理だな。こちらが彼女との接触をせぬ限り、彼女は何もして来ないだろうよ。」
有匡はそう言うと、溜息を吐いた。
翌朝、店のドアを激しく叩く音で、有匡と火月は目覚めた。
「おい有匡、これ見ろよ!」
琥龍がそう言って有匡にタブレットを見せた。
そこには、有匡が過去に殺人罪で服役していたという、事実無根の誹謗中傷記事が表示されていた。
「何これ・・」
「もしかして、あの子が・・」
火月がそう言った時、店の窓ガラスが何者かに投げた石によって粉々に砕け散った。
「火月、怪我は無いか?」
「はい・・」
有匡が店内に転がった石に包まれた紙を見ると、そこには“人殺し”と書かれていた。
「暫く、店は休む。こんな記事が出た後では、仕事にならんからな。」
「先生、あの・・」
「火月、お前は何の心配もせずに学校へ行け。」
「は、はい・・」
(先生、大丈夫かな?あの人、昔から動揺している時ほど人に悟られないようにするから・・)
昼休み、火月がそんな事を思いながら教室で弁当を広げていると、そこへ一人の男が入って来た。
「おや、こんな所で会うとは・・わたしの事を憶えていますか?文観という名を。」
そう言って笑った男の額には、痣があった。
(あれは、先生が・・)
「どうやら、思い出してくれたようですね。」
「どうして、あなたがここへ?」
「この学校では講師を務めているのですよ。有匡殿は・・義兄上は、お元気でいらっしゃいますか?」
男―有匡の因縁の相手・殊音文観は、そう言うと笑った。
「もしかして、あんたがあの記事を・・」
「わたしはあのような卑怯な真似はしませんよ。義兄上にお伝え下さい、今晩八時にこの場所でお待ちしていますと。」
文観はそう言って火月に一枚のカードを手渡すと、教室から去っていった。
「暫く店を閉めんの?閉めて何処行くの?」
「パリだ。初心に戻って一から修業し直す。」
「カゲツは?あいつも一緒に連れて行くんでしょ?」
「火月は置いていく。あいつは、やはりわたしの元へ来るべきではなかった。だから・・」
有匡が神官とそんな話をしていると、店のドアベルと共に火月が店の中に入って来た。
「嫌です、僕も一緒にパリへ行きます!だから・・」
「わたしと居ると、お前は幸せになれない。」
「離れる位なら、死んだ方がいい!」
涙を流しながら火月は有匡に強引にキスをした後、店から出て行った。
(先生はいつもそうだ、一人で考えこんで・・)
火月がそんな事を思いながら公園でブランコを漕いでいると、そこへ数人の男達がやって来た。
「漸く会えたな、化猫。」
「嫌だ、離してっ!」

(先生、助けて・・)


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