F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 5
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 0
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 5
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 5
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 0
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。クリスティーネとフィリスが王妃の首飾りを見つけた事など知らず、アンジェリーナは娼館で情報収集に精を出していた。「シオン、あんたに客だよ。:「わかったよ、マダム。」 アンジェリーナが娼館の奥にある特別室に入ると、そこには近衛隊長・ジリスが居た。「珍しいね、あなたがこのような所においでになられるなんて。」「少しお前に伝えたい事があって来たのだ。」「伝えたい事?」「急な事で悪いが、わたしは近衛隊長を辞する事になった。」「何だって?では、後任は誰が?」「フィリスだ。」アンジェリーナの脳裏に、あの聡明な青年の顔が浮かんだ。「そう。」「それと、お前宛に舞踏会の招待状が来た。」「ありがとう。」 ジリスから招待状を受け取ったアンジェリーナは、その送り主の顔を知っていたので安心した。「今お前が娼館に潜伏している事は誰も知らんだろう。そこでだ、数日後に行われる陛下の生誕祭にお前も来て欲しい。」「わかった。」(今、わたしを邪魔する者は居ない。仕掛けるなら、この時期しかない。) 数日後、運命の日が来た。「陛下、ご生誕おめでとうございます。」「おめでとうございます。」「ありがとう。」 正装姿のフェリペは、そう言うとクリスティーネの手を取った。「準備は良いか?」「はい、陛下。」 その日、街は一日中お祭り騒ぎだった。 通りには露店が立ち並び、大道芸人達が互いの芸を市民達に披露し合っていた。祭りが最高潮に達したのは、その日の夜の事だった。「花火が始まるぞ!」「押すなよ、時間はたっぷりあるんだ!」 花火が始まる数時間前、市民達は川岸に集っていた。 同じ頃、クリスティーネとフェリペも花火を見に観覧船に乗り込んだ。「陛下、もうすぐ花火が始まります。」 闇夜に、赤、青、緑、黄、紫と、鮮やかな花火が浮かんでは消えた。「綺麗ですね・・」「そなたの方が美しいぞ、クリスティーネ。」「本当に、アンジェリーナは現れるのでしょうか?」「現れるとも。」 観覧船で花火を見物した後、ある貴族が主催する舞踏会へと出席した。「アンジェリーナ、良く来たな!」「本日はお招き頂きありがとうございます、閣下。」「花火がよく見えて嬉しいだろう?」「えぇ・・」 他の娼婦達と共に舞踏会へとやって来たアンジェリーナは、大勢の貴族達に囲まれたレイノルスの姿を見つけて蒼褪めた。「どうした?」「いいえ、何でもありません。」(どうして、あいつがここに?)「陛下がいらっしゃったわ!」「お隣にいらっしゃるのは、クリスティーネ様ではなくて?」「あれは、確か王妃様の首飾り・・」 貴婦人達の言葉を聞いたアンジェリーナが大広間の入口の方を見ると、そこには正装姿のフェリペとクリスティーネの姿があった。 そして、クリスティーネの胸には、自分が身に着けていた筈の王妃の首飾りが輝いていた。「皆、今宵余とクリスティーネの為に集ってくれて礼を言う。」フェリペは貴族達に向かってそう言うと、自分の隣に立っているクリスティーネの手を握った。「今宵皆に集って貰ったのは、クリスティーネについて大事な知らせがあるからだ。」 フェリペの言葉を聞いた後、クリスティーネは貴族達の前に立った。「クリスティーネを、余は王位継承者として王宮に迎え入れる事にした。」(どうして、あの小娘が・・) アンジェリーナが驚愕の表情を浮かべながらクリスティーネの方を見ると、彼女はアンジェリーナの視線に気づいた。 クリスティーネの邪悪とも思えるかのような笑みが、花火に照らされて、彼女の蒼い瞳は、禍々しい光で満ちていた。―第二部・完―にほんブログ村
2019年12月06日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。イグノー酒店は、カバリュスの遺体が発見された現場からすぐ近くにあった。「すいません、誰か居ませんか?」クリスティーネとフィリスが店の中に入ると、店の奥から男の悲鳴が聞こえた。「どうしたのかしら?」「見に行ってみましょう。」「あぁ。」 二人が店の奥へと向かうと、そこには木箱の下敷きになっている男の姿があった。「大丈夫ですか?」「これが大丈夫だって言えるのかよ?」フィリスは慌てて男を下敷きにしている木箱を退けた。「助かったぜ。空の木箱だったから良かったものの、ワインなんか入っていたら擦り傷だけじゃ済まなかったな。」「あなたが、ナイル=イグノーさん?」「あぁ、そうだが・・あんたら記者かい?」「いや、俺達は川であんたが見つけた遺体の知り合いでね。ちょっと話を聞きたくて来たんだよ。」「そうかい。今コーヒーを切らしちまって、紅茶しか用意できねぇが、いいか?」「構いませんわ。」 数分後、店主・ナイルによって二人は店のテーブル席でナイルと向き合って座った。「あの遺体を見つけた時、俺は丁度店の裏口にやって来る猫に餌をやろうとして、運悪く見つけちまったって訳よ。」「さっき、近所のお婆さんから、遺体は酷い状態だったとか・・」「おうよ。その所為で俺は上からも下からも垂れ流しちまって、災難だったぜ。」 ナイルはそう言うと、ズボンのポケットから美しい首飾りを取り出した。「これは遺体が握っていたから、警官隊が来るまでに俺がかっぱらって何処かへ売り飛ばそうとしたんだが、縁起が悪いったらありゃしねぇ。」「その首飾り、わたくしに譲って頂けないかしら?」「いいってことよ。お代は取らねぇよ。」「ありがとう。」 ナイルの店から出たクリスティーネはフィリスと共に辻馬車に乗り込むと、ナイルから受け取った首飾りを見た。「これは、王妃様の首飾りだわ!」「何だって、本当か!?」 フィリスがそう言ってクリスティーネが持っている首飾りを覗き込むと、それは紛れもなくアンジェリーナに盗まれた首飾りだった。「鎖の一部が少し切れているわね。」「あぁ。もしこの首飾りをカバリュスが死に間際に引きちぎったとしたら、あいつを殺した犯人は一人しかいない。」 フィリスはそう言うと笑った。「どうしたの?」「アンジェリーナがとうとう尻尾を出したと思ってな。」「そのアンジェリーナだけど、突然姿を眩ませたそうよ。一体何処に行ったのかしら?」「さぁな。だが、俺達はアンジェリーナに反撃する機会が来た、というわけだ。」「そうね。」にほんブログ村
2019年12月05日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「姉上、カバリュスの遺体を娼館に置いてよかったのでしょうか?」「マダムが上手く処理をしてくれるだろう。客と娼婦との間に起きた揉め事なんて、マダムにとっては当たり前の事だからね。」「しかし・・」「マックス、お前は何も知らなかった・・いいね?」「はい。」「邪魔者は一人消したから、これからわたしは家には帰らずにあそこへ戻るとしよう。」「娼館へ、ですか?一体、何の為に?」「あそこは、貴族御用達の店さ。表では話せないような事を、安心して話せる場所という訳だ。」「わかりました。」「そんな不安そうな顔をするのは、おやめ。時期が来たら、家に戻って来るよ。」 アンジェリーナは不安がる弟の頬を撫でると、邸の前で彼と別れた。(さてと、これからが勝負だ。)「あら、お帰りなさい。あのお客様の処理は上手くやったわよ。」「ありがとう、マダム。これから世話になるよ。」「こちらこそよろしくね・・まぁ、昔に戻ったようなもんだからね。」 マダムはそう言って笑うと、紫煙をくゆらせた。 翌朝、カバリュスが失踪した事は、瞬く間に宮廷内に広まった。「カバリュス様が失踪されたなんて、信じられませんわ。」「奥様が可哀想・・」「あいつは女の噂が絶えなかったから、どうせ痴情の縺れが何かで殺されでもしたんだろう。」「あいつなら有り得るよな。」 カバリュス失踪について、女達と男達の反応はそれぞれ違った。「何だか、こんなに反応が分かれるなんて、少し驚いたわ。」「だがどちらも共通しているのは下種の勘繰り、下品な好奇心さ。」「それはそうでしょうね。何せ失踪した場所が場所だけに・・」 フィリスとクリスティーネがそんな事を話しながら街を歩いていると、向こうの路地に何やら人だかりが出来ていた。「何かしら?」「行ってみよう。」 二人が野次馬を掻き分けながら歩いていると、丁度遺体を載せたと思われる担架を持った警官隊が彼らの前を通り過ぎた。「何があったんですか?」「昨夜失踪されたお貴族様が、川で見つかったんだと。」 近くを歩いていた老婆にクリスティーネがそう尋ねると、老婆は顔を顰(しか)めながら口と鼻を自分の顔と同じような皺だらけのハンカチで覆った。「仏さんは、腸を魚に喰われていたようでね、見つけた奴は腰を抜かして小便を漏らしちまったんだと。」「遺体を見つけた方の名前はわかりますか?」「あぁ、わかるとも。イグノー酒店のナイルって奴さ。」「ありがとうございます、お婆さん。」にほんブログ村
2019年12月04日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「わたしに何のご用かしら?」「そんな事、既にお前なら知っている筈だ。」 アンジェリーナを客間に通した途端、彼女はクリスティーネを壁際まで追い詰めた。「王妃の日記帳を何処へやった?」「そんな物、知りませんわ。」「どうやらお前の所へ来たのは無駄足だったようだ。」 アンジェリーナはそう言って舌打ちすると、そのまま客間から外へと出て行った。「お嬢様、大丈夫ですか!?」 アンジェリーナと入れ違いに客間へ入って来たスンヒは、そう言いながら慌てて主の元へと駆け寄って来た。「ええ、大丈夫よ。スンヒ、アンジェリーナは王妃様の日記帳を狙っているわ。日記帳を何処か安全な場所へ移さないと。」「そうですね、でもお嬢様、一体何処へ隠すのですか?」「予め決めていた隠し場所があるのよ。ほら、“木を隠すなら森の中”と言うでしょう?」そう言ったクリスティーネはいたずらっぽく笑った。「姉上、お帰りなさいませ。」「マックス、どうやらあの小娘は王妃様の日記帳を持っていないようだ。」「これからどうなさるのですか、姉上?」「それは今、考え中だ。」「先程、カバリュス様がいらっしゃいました。今後の事を話し合いたいそうで・・」 弟の口からカバリュスの名を聞いた途端、アンジェリーナの頭にある事が閃いた。彼とはかつて、王妃殺害計画を企てた事があった。「姉上?」「マックス、お前に手伝って貰いたい事がある・・」 カバリュスは、馴染みの娼館でアンジェリーナが来るのを待っていた。「カバリュス様、お久しぶりですわね。」「マダム、アンジェリーナはまだ来ないのか?」「あら、待ち人ならこのドアの向こうにおりますわ。」 娼館の女主人はそう言ってカバリュスをアンジェリーナが待つ部屋へと案内した。「珍しいな、お前が娼婦の振りをして俺を待つとは。」「さぁ、久しぶりに楽しもうか。」 アンジェリーナはそう言うと、カバリュスに抱き着いた。「お前の身体は最高だ、アンジェリーナ!このまま天国へ行っちまいそうだ・・」「お前が行くのは天国ではなく、地獄だよ。」「な・・」 アンジェリーナの顔を見ようとしたカバリュスは、突然胸の激痛に襲われた。「お前、さっきのワインに何を入れた?」「カバリュス、お前は色々と知り過ぎた。」 アンジェリーナは、カバリュスが自分の上で苦しみながら死にゆく様を、何もせず黙って見ていた。「姉上、マックスです。」「お入り。」 アンジェリーナはカバリュスの遺体の上から退くと、ベッドの近くに置いてあったガウンを羽織った。「カバリュス様は・・」「マダムを呼んでおいで。客が腹上死したと伝えろ。」「は、はい!」 アンジェリーナは少しずつ冷たくなりつつある男の屍に背を向けて、部屋から出た。にほんブログ村
2019年12月03日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「ここが王家の宝物庫か。」「ボサッと突っ立っていないで、さっさと目的の物を探すよ。」「わかった。」(この声は、アンジェリーナ・・)「おい、ここに王妃の日記帳があると聞いたが、何処にもないぞ!」「お前の目は節穴かい?もっと探すんだ!」「おいお前達、そこで何をしている!」 アンジェリーナ達が立ち去るのを宝物庫の奥に隠れながらクリスティーネが彼らの様子を見ていると、丁度そこへ通りかかった警備兵が彼らを宝物庫から追い出した所だった。「ここは王族しか出入りを許されぬ場所だ!」「わかりました、では失礼致します。」 アンジェリーナがあっさりと引き下がるのを見た後、クリスティーネはアンジェリーナ達の姿が見えなくなった事を確認すると、宝物庫から出た。「おい、貴様そこで何をしている!?」「わたしは・・」「その者は、余が特別に宝物庫の鍵を与えたのだ。」「しかし、陛下・・」「この者は余が信頼している友人だ。アンジェリーナのような泥棒とは違う。」「申し訳ありませんでした!」 警備兵が去った後、フェリペはクリスティーネが胸に抱いている王妃の日記帳の存在に気づいた。「それを見つけたか、クリスティーネ。」「陛下、これはわたしが持っていてもいいのでしょうか?」「いいに決まっておる。王妃もきっと、それを望んでおる筈だ。」「姉上、王族の宝物庫に侵入したというのは本当ですか?」「あぁ、本当さ。目的の物は盗めなかったけど。」「何という事を・・」「マックス、わたしは大いなる目標を達成するまで、決して何があっても諦めないよ。」「大いなる目標、ですか?」「あぁ、それはまだお前には教えないけどね。」「姉上、あなたはこれからどうなさるのですか?」「それはわたしだけが知っている。お前は何も知らなくてもいいよ。」「姉上、わたしにもあなたのお手伝いをさせて下さい!たった二人のだけの、血を分けた姉弟ではありませんか!」 マクシミリアンがそう言ってアンジェリーナに詰め寄ると、アンジェリーナはふっと口元を歪めて笑った。「お前がそう言うのなら、お前にも手伝って貰う。」 アンジェリーナの淡褐色の瞳が、妖しく光った。 一方、帰宅したクリスティーネは、自室で王妃の日記帳を開いて読み始めた。 日記帳には、思春期の少女特有の悩みや葛藤などが綴られていた。「お嬢様、スンヒです。」「どうしたの、スンヒ?」 自室から出て、スンヒと共に一階へと降りたクリスティーネは、玄関ホールにアンジェリーナの姿がある事に気づいた。「少し、わたしとお話ししませんこと?」「えぇ。」(一体何を企んでいるの、アンジェリーナ?)にほんブログ村
2019年12月02日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。 一瞬、幻でも見ているのではないかとクリスティーネ達は思っていたが、今自分達の前に立っているのは紛れもなく王太后の幽霊そのものだった。「王太后様、何かわたし達に伝えたい事があるのではないですか?」クリスティーネがそう王太后に―王太后の幽霊に話しかけると、王太后は、静かにある場所を指した。 クリスティーネ達が、彼女が指し示した場所へと向かうと、そこは王家の宝物庫だった。「ここに、何かがあるのですか?」王太后は頷くと、煙のように消えていった。「宝物庫の中に、王太后様がお伝えしたい物があるのかもしれないわね。」「ですが、宝物庫の鍵は陛下しか持っていないのでは?」「わたしが陛下に頼んでみるわ。もう戻りましょうか。」「はい、お嬢様。」 帰宅したクリスティーネとスンヒは、宝物庫の存在が気になって一睡もできなかった。「おはよう、クリスティーネ。酷い顔をしているわね。」「えぇ、少し眠れなくて・・」「夜更かしは身体に悪いわよ。」「はい、お母様。」 朝食を食べた後、クリスティーネは宮廷に上がった。「クリスティーネ、今日は早いね。」「フィリス、おはよう。」「クリスティーネ、王太后様の幽霊騒ぎを確めたんだってな?お前付きの侍女から聞いたぞ。」「その事なんだけど・・」 クリスティーネはフィリスに、昨夜起きた出来事を話した。「王家の宝物庫には、歴代の王族の私物や宝石類などが納められている。王太后様は、お前に何か伝えたいことがあるんだろうな。」「わたしもそう思うわ。だから陛下に、宝物庫の鍵を開けて貰えるよう頼んでみるわ。」 クリスティーネはそう言うと、フェリペの私室へと向かった。「クリスティーネ様、陛下がお待ちです。」 フェリペの私室に入ったクリスティーネは、フェリペが寝台から起き上がっている姿を久しぶりに見た。「陛下、お身体の具合は大丈夫なのですか?」「あぁ、侍医から貰った薬を止めたら体調がすっかり良くなった。」「そうですか。陛下、本日は折り入って頼みたい事が・・」「そなたの話は、フィリスから聞いておる。宝物庫の鍵はそなたに預けよう。」「ありがとうございます。」 フェリペから宝物庫の鍵を受け取り、クリスティーネは宝物庫の中へと初めて足を踏み入れた。 そこには、歴代の王族が身に着けていたであろう煌びやかな宝石類などが納められていた。 その中に、赤い革表紙の日記帳が、本棚の中にポツンと置かれていた。クリスティーネが日記帳を開くと、そこには数ページ分破られた箇所があった。(もしかして、これが王妃様の日記帳なの?) クリスティーネがそう思いながら日記帳を見ていると、入口の方から誰かの足音が聞こえてきた。にほんブログ村
2019年11月29日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「お嬢様、本当にやるのですか?」「やるに決まっているでしょう。スンヒ、あなたも一緒に来て頂戴。」「はい・・」 王太后の幽霊騒ぎの真相を暴く為、クリスティーネとスンヒは幽霊が出没すると噂されている廊下で幽霊が出没するのを待っていた。「なかなか現れないわね。」「幽霊が決まった時間帯に出て来るとは限りませんよ、お嬢様。今夜はもう帰りましょう。」「まだ少し、ここで待ちましょう。」「わかりました。」 クリスティーネとスンヒが廊下で幽霊が出没するのを待ってから数時間が過ぎた頃、誰かが自分達の方へと近づいて来る気配がした。「スンヒ、短剣は持って来たわね?」「はい、お嬢様。」「暫く向こうがこちらに近づいて来るまで、動いては駄目よ。」「はい・・」 コツコツと、幽霊にしては規則的な足音が聞こえ、クリスティーネ達の前でそれは止まった。「あなたはどなた?」「それはこちらの台詞だ。お前達はこんな夜中に一体何をしている?」「そういうあなたこそ、こんな所で何をしているのです?」「それは答えたくない。」 男の態度に不審を抱いたクリスティーネとスンヒは、男が腰に提げている長剣に気づいた。「あなたも、王太后様の幽霊を確かめに来たの?」「幽霊?何の事だ?」「あなたもてっきりご存知かと思いましたわ。宮廷で王太后様の幽霊が出没するという噂が・・」「黙れ、そんなものは知らない!」 男は突然そう叫ぶと、長剣の鞘へと手を伸ばした。 男が抜刀する前に、スンヒがチマの裾を翻して彼の鳩尾に鋭い蹴りを放った。 男は悲鳴を上げ、床に転がった。「大丈夫ですか、お嬢様?」「えぇ。スンヒ、あなたどこでそんな技を覚えたの?」「父様から教えられました。」「そうなの。それよりもこの男に何でここに居たのかを聞かないとね。」「ええ、お嬢様。」 スンヒとクリスティーネが気絶している男の手足を縛っていると、空気が少し淀んだような気がした。「ねぇ、何か変じゃない?」「少し、空気が淀んできました。」 その時、クリスティーネとスンヒの前に、口から血を流している王太后が現れた。「王太后・・様?」にほんブログ村
2019年11月28日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。王宮で幽霊騒ぎがあった事は、瞬く間に貴族達の間で広まった。―何と不吉な・・この国が滅びる前兆なのかもしれませんな・・―あぁ、恐ろしい・・ クリスティーネが宮廷に上がると、周りにいる貴族達は皆幽霊の正体について様々な憶測を話し合っていた。 王太后様がこの国の未来を憂いて黄泉の国から甦ったとか、王妃様の魂が王太后様の幽霊を王宮に呼び寄せたとか、皆下らないものばかりだった。「フィリス、本当に王太后様の霊は現れたのかしら?」「さぁな。それよりもクリスティーネ、朗報だ。陛下の侍医が、王立警察に緊急逮捕された。」「それは良かったわ。」「今、奴は王立警察庁の地下で拷問を受けている。奴が真相を吐くのは時間の問題だろうな。」「えぇ。」 王立警察による拷問は厳しく、受けた者はその苦痛から逃れたいが為に一時間で自供するという。「侍医が自供したとしても、アンジェリーナの尻尾を捕まえなければ意味がない。あいつが宮廷に張り巡らせた蜘蛛の巣を全て取り除くには、その元を倒すしかない。」「長い戦いになりそうね。」「あぁ。だが、俺は必ず正義は悪に勝つと思っている。」 そう言ったフィリスは、固く拳を握った。 「侍医が王立警察に捕まるとは・・こちらも詰めが甘かったね。」「もし、あいつが全て話したら・・」「安心おし、わたしがその前にあいつを消す。」アンジェリーナはそう言うと、紫煙をくゆらせた。「さてと、王立警察が侍医の拷問に忙しくしている間に、例の件を進めないとね。」「既に準備は整っております、アンジェリーナ様。」「助かるよ、ジュリア。」 アンジェリーナは秘書・ジュリアから“ある物”が入った箱を受け取った。「それは一体・・」「あなたが知る必要がないものですわ、ミジュ様。」 箱へと伸ばそうとするミジュを、アンジェリーナはそう言って制した。「秘密主義なのですね、アンジェリーナ様は。」「人は誰しも、大きな秘密を抱えているものですわ。」「では、アンジェリーナ様にも、わたくしにも話せない秘密がおありですの?」「ミジュ様、好奇心旺盛なのは結構ですけれど、いつかその好奇心があなた自身を殺す事になりますわよ。」 アンジェリーナは少しうんざりしたような口調でそう言うと、部屋から出て行った。「全く、あの人と居ると頭が痛くて堪らない。」「医者に診て貰った方が良いのでは?」「どんなに薬を飲んでも心因性の頭痛には効かないよ。あの人は、時期が来たら始末する。ジュリア、お前もそのつもりでいるように。」「はい、わかりました。」にほんブログ村
2019年11月27日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「まぁ、雨だわ。」「お嬢様、早くお部屋の中へお入り下さい!」 中庭で雨に濡れながら立っている主を見つめたメイド達は、慌てて彼女を屋敷の中へと連れ戻した。「あら、別に濡れても構わないわ。だって、気持ちがいいのですもの。」「お嬢様・・」 変わり者の主の言葉を聞いたメイド達は、一斉に溜息を吐いた。「クリスティーナ、またメイド達を困らせているのか?」「お父様、お帰りなさい!」 少女はそう言うと、父親に抱きついた。「お帰りなさいませ、旦那様。」 部屋の奥から、メイド長のテレーズがやって来た。「テレーズ、クリスティーナの様子はどうだった?」「特に何も変わった様子はございませんでした。」「そうか・・」「旦那様、アンジェリーナ様からお手紙が届きました。」「ありがとう。テレーズ、後でわたしの部屋に来なさい。」「はい。」 テレーズはそう言うと、そのまま厨房へと消えていった。「メインの魚料理はもう出来てる?」「はい、出来てます!」「気を付けて運んで!」「はい!」 テレーズ指揮の下、メイド達はテキパキと料理を大広間へと運んだ。この日、少女の16歳の誕生日を祝うパーティーが開かれていた。「クリスティーナはまだなのか?」「旦那様、それが・・」「お嬢様が・・」「えぇい、そこをどけ!」 グッテル伯爵はしびれを切らして娘の部屋の中へと入ると、そこには背中の長さまであった髪が肩先までの長さとなっていた。「クリスティーナ、その髪は何だ!?」「肩こりが最近酷くなったから、切ってしまったわね。」「お前は・・何という事を・・」 伯爵は溜息を吐くと、眉間に皺を寄せた。「お嬢様はこれから社交界入りしても大丈夫なのでしょうか?」「それを聞くな、テレーズ・・」 早くに妻を先立たれ、グッテルス伯爵は残された一人娘・クリスティーナを溺愛していた。その所為か、彼女は世間知らずで不思議な言動をするような少女に育ってしまった。「今からでもお嬢様を寄宿学校へ入れた方が良いのでは?」「一度あの子を寄宿学校へ入れたが、数日で退学処分となった。」「まぁ・・」 伯爵の腕に抱かれながら、テレーズは彼の娘をどう始末しようか考えていた。 一方、王宮では、廊下で女官が悲鳴を上げながら警備兵に泣きついた。彼女は、“亡くなった王太后様の霊を見た”と、その警備兵に訴えた。にほんブログ村
2019年11月26日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。 フェリペが眠るのを確認したクリスティーネは、彼の私室前でミジュと会った。「陛下はもうお休みになられましたの?」「えぇ。」 ミジュは舞踏会の時と同じように、じっと澄み切った青い瞳でクリスティーネを見つめた。「わたくしの顔に、何かついていますか?」「いいえ。陛下は、クリスティーネ様は何処か王妃様に似ていらっしゃるとおっしゃって・・」「わたくしが、王妃様に?」「陛下はきっと、王妃様の事を今でも愛していらっしゃるのでしょうね。」「一体、あなたは何を・・」「ミジュ様、こちらにいらっしゃったのですね!」 ミジュの侍女の声に、クリスティーネの声は掻き消された。「ではわたくしはこれで。」(あの人は、何処か心が掴めない・・)ミジュが去った後、クリスティーネは何処か寒気を感じた。「クリスティーネ。」 不意に肩を叩かれ、クリスティーネが怯えながら振り向くと、そこにはフィリスが立っていた。「フィリス・・」「どうした、そんなに怖い顔をして?」「えぇ、ちょっとね・・」「少し静かな所で話さないか?」「わかったわ。」 フィリスとクリスティーネは王宮から出て、人気のない王宮庭園の外れにある東屋へと向かった。「さぁ、ここなら誰も居ない。話すんだ、クリスティーネ。」「あのね・・」 クリスティーネがフィリスにミジュと交わした会話の事を話すと、彼の顔が少し曇った。「あの女の言う事は気にしない方がいい。それよりも、噂は本当なのか?」「陛下が毒を盛られている事?陛下の秘書のエリウス様は、軍医が怪しいとにらんで・・」「いや、違う。俺が宮廷で聞いた噂は、お前の出生についての事だ。」「わたしの出生について?」「あぁ、何でも、お前が王妃様の隠し子だという噂が宮廷で流れている。」「誰がそんな噂を流しているの?」「さぁ、それはわからない。」「何だか不穏な空気が宮廷に流れているようね。」「クリスティーネ、アンジェリーナが動き出したようだ。」「アンジェリーナが?」「あいつは何を考えているのかわからない。」「そうね。それよりも空が暗くなって来たから、王宮に戻りましょう。」「あぁ。」 フィリスとクリスティーネが東屋から去った後、近くの木陰からアンジェリーナとミジュが現れた。「あの二人、気になりますわね。」「えぇ、そうでしょう。あの二人は必ず始末しないといけませんね。」「では、わたくしも協力しますわ、アンジェリーナ様。」「ミジュ様にそう言っていただけると頼もしいですわ。」 やがて、不気味な黒雲が王宮を覆った。「嵐が来そうね・・」にほんブログ村
2019年11月25日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「陛下が、毒を盛られている?」「はい。恐らく、アンジェリーナの息がかった者でしょう。」 エリウスの口からアンジェリーナの名が出た時、クリスティーネの胸がざわついた。「これはまだ噂の域ですが・・あの女を陛下に宛がったのは、アンジェリーナではないかと。」「アンジェリーナは、何故陛下にそのような事を・・」「それはわかりません。」「陛下のご様子はどうなのですか?昨夜の舞踏会でお見かけした時、顔色が悪かったようでしたから・・」「陛下はお部屋でお待ちになっております。陛下はあなただけなら、本心をお話しになられる事でしょう。」「それは・・」「さぁ、こちらへ。」 フェリペは、少し蒼褪めた顔をしながら寝台に横たわっていた。「陛下。」「来てくれたのか。」「いけません陛下、無理に起き上がっては・・」 苦しそうな顔をして起き上がろうとしたフェリペを、クリスティーネは慌てて止めた。「わたしと二人きりで話したい事とは何ですの?」「そなた、王妃の手紙を読んだか?」「はい。でもあれは、手紙というよりは・・」「日記の一部のようだったと?」「ええ・・わたしはわからないのです。何故、王妃様がわたしにあのような物を託したのか・・:「それは、王妃本人にしかわからぬ。だが、王妃は殺害される前、わたしにこれを託した。」 フェリペはそう言うと、寝台のサイドテーブルの引き出しの中からある物を取り出した。「この箱の中身は何ですか?」「開けてみよ。」 クリスティーネが箱の蓋を開けると、そこには光り輝くティアラが中に入っていた。 ブルーサファイアと真珠で美しく飾られたそれは、中央に王室の紋章が刻まれていた。「このティアラは、王位継承の証のひとつだ。」「王位継承の証、ですか?」「さよう。我が王家には三つの王位継承の証がある。一つ目はこのティアラ、二つ目はアンジェリーナが持っている首飾り、そして三つ目はそなたが王妃から託された指輪だ。」「陛下、今までの話を整理すると、わたしには王位継承権があると?」「そうなるな。王妃がお主に指輪を託したのは、自分が殺される運命である事を悟っていたのかもしれぬ。」フェリペはそう言った後、激しく咳込んだ。「陛下、大丈夫ですか?」「誰かがわたしに毒を盛っている事は知っている・・しかし、わたしはその者を罰しようとなどとは思わぬ。」「何故です。」「わたしは・・余は命を狙われても仕方のない事をしたのだ。」「陛下、それは・・」「少し話し疲れた。暫し眠る故、そなたはもうさがれ。」「いいえ、陛下が起きられるまでわたしはここに居ります。」「そうか・・」にほんブログ村
2019年11月15日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。出演者達は皆、仮面をつけて奇妙な扮装をしていた。 魔女やピエロ、吸血鬼―自分が好きな扮装をしている招待客の中で、リリスとクリスティーネは浮いていた。「何なのかしら、これは?」「不気味だわ・・」 リリスとクリスティーネが会場の隅でそんな事を話していると、大広間の入り口が急に騒がしくなった。「陛下がいらっしゃったわ・・」「相変わらず素敵ね。」「隣の方が、例の女・・」 クリスティーネは、フェリペの隣に立っている女を見た。 噂だと真羅国出身らしいが、何処か異国人の血が混じっているのだろうか、瞳の色は自分と同じ青だった。「わたくしに、何かご用かしら?」 突然背後から声がしてクリスティーネが振り向くと、そこにはフェリペの隣に立っている女が居た。「あなたが、噂の・・」「わたくしはミジュと申します。あなたが、あのクリスティーネ様ね?」「何故、わたしを知っているの?」「陛下から、あなたの事を良く聞かされていますものーとても優秀で美しい方だと。」女―ミジュの瞳が、クリスティーネの全身を舐めるかのように見つめた。「クリスティーネ、そろそろ帰りましょう。」「はい、お母様。」 クリスティーネは帰宅する前に、フェリペの元に挨拶をしに行った。「陛下、ご無沙汰しております。」「クリスティーネ、久しいな。」 久しぶりに会ったフェリペの顔をどこか覇気がなく、やつれていた。「何処かお加減が悪いのですか?」「あぁ、少し風邪をひいてしまってな、まだ本調子ではないのだ。」「まぁ・・早くお休みになりませんと。」「大丈夫だ、ミジュがわたしの為に特別な薬を作ってくれている。」「そうですか・・」「そなたとはまた会いたいものだな、クリスティーネ・・わたしとそなたの二人きりで。」「陛下・・」 クリスティーネが思わずフェリペの顔を見ると、彼は微笑んでいた。 数日後、クリスティーネがスンヒに刺繍を教えていると、誰かが扉を叩く音がした。「どちら様ですか?」「クリスティーネ=ファウジア様、国王陛下がお呼びです。」「すぐに支度します。」 クリスティーネが宮廷へと上がると、フェリペの秘書・エリウスが彼女を待っていた。「陛下に何かあったのですか?」「何処か静かな場所でお話し致しましょう。」「はい・・」 クリスティーネとエリウスの後ろ姿を、ミジュは柱の陰から見ていた。にほんブログ村
2019年11月14日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「お嬢様、おはようございます。」「おはよう、スンヒ。ここでの生活にはもう慣れた?」「はい。」 肩に銃撃を受けて倒れていた所をクリスティーネに助けて貰って以来、スンヒはクリスティーネの侍女となって彼女に仕えていた。「今日もいいお天気ですね、クリスティーネ様。」「そうね。お洗濯にはもってこいの日ね。」クリスティーネの言葉を聞いたスンヒは、クスリと思わず笑ってしまった。「何かわたし、おかしな事を言ったかしら?」「いいえ、貴族のお嬢様が自ら家事を為さるなんて珍しいなと思いまして・・」「我が家は使用人が少ないし、自分の事は最低限出来るようにしないとね。」「そうでしたか、クリスティーネお嬢様はスヨンお嬢様と違って家事を少しして下さるだけでも助かります。」「そうでしたか、クリスティーネお嬢様はスヨンお嬢様に命じられて、ある方を待っておりました。」「ある方とは誰なの?」「イヴァン=グリシャ様です。スヨンお嬢様はイヴァン様と駆け落ちなさろうと思っていたようです。わたしはイヴァン様と会い、スヨンお嬢様と一度だけでいいから話をして欲しいと頼みました。」 スンヒはクリスティーネに“あの日”の事を話しながら、自分の身に起きた出来事を思い出していた。 あの日、スンヒはスヨンの想い人であるイヴァンがホテルから出て来るところを、土砂降りの雨の中待っていた。 寒さで震えそうになりながらも、イヴァンがホテルの中から出て来た事を確認したスンヒは、慌てて彼に駆け寄った。「イヴァン様!」「誰かと思ったら君か。これ以上わたしに付きまとうのなら警察を呼ぶぞ!」「どうかお願い致します、一度だけでいいのでスヨンお嬢様とお話しするだけでも・・」「くどい!」 イヴァンは自分に縋りつくスンヒを突き飛ばすと、躊躇いもなく彼女に向かって発砲した。 右肩を撃たれ、悲鳴を上げるスンヒに背を向けたイヴァンは、彼女を介抱する事なく無言で馬車に乗り込んだ。「まぁ、そんな事が・・」「スヨンお嬢様は今頃わたしの事を心配なさっているのでしょうね。」「そうね・・」クリスティーネは、スヨンが何者かに殺害された事をスンヒにはまだ伝えていなかった。「クリスティーネ、今日は何か予定はあるの?」「いいえ、ありませんわ。お母様、何か宮廷で起きたのですか?」「昨夜、陛下の使いの者がこんな物をわたしに届けに来たのよ。」そう言ってリリスがクリスティーネに見せた物は、国王陛下主催の仮面舞踏会の招待状だった。「一人で行くのは不安だから、あなたも一緒に行ってくれないかしら?」「わかったら、お母様。」 その日の夜、クリスティーネとリリスは久しぶりに宮廷へと上がった。「ようこそ、秘密の夜会へ。楽しいひと時をお過ごし下さいませ。」にほんブログ村
2019年11月13日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。教会では、ある貴族の当主の葬儀が粛々と行われていた。「これからどうなるのかしら?」「大丈夫よ、家督はマクシミリアン様が継がれるのだから、血が絶える事はないわ。」「それはそうだけど・・」 ヒソヒソとその貴族の親族達がそんな事を話していると、教会の扉が突然開き、喪服姿のアンジェリーナが教会の中に入って来た。「皆様、お久しぶりですね。」「あなたが何故、ここに居るの!?」「父親の葬儀に出席するのは、当然の事でしょう?」アンジェリーナはそう言うと、棺の中で眠る父の顔を見た。「人は皆、死ねば同じなのにね。」「早くここから出て行きなさい!」 アンジェリーナは父の棺に背を向けると、教会から出て行った。 墓地で父の埋葬を見届けたアンジェリーナの弟・マクシミリアンは、その足で親族達が待つ自宅へと向かった。「マクシミリアン様、お帰りなさいませ。」「あの人達は?」「あの方達はお帰りになられました。」「そうか。」 メイド長・アデリアは、マクシミリアンに向かって一礼すると、自分の仕事場へと戻っていった。「マックス。」 甘い薔薇の香りがマクシミリアンの鼻腔を擽(くすぐ)ったかと思うと、彼の近くに薔薇が活けられた花瓶を持ったアンジェリーナが立っていた。「姉上、どうなさったのですか?」「お前の帰りを待っていたんだよ。」アンジェリーナはそう言うと、弟に微笑んだ。「後で、わたしの部屋へ来て。」「はい、姉上。」 簡単な夕食を済ませたマクシミリアンは、アンジェリーナの部屋のドアをノックした。「姉上、マックスです。」「入って。」 マクシミリアンが部屋の中へ入ると、長椅子の上に全裸のアンジェリーナが寝そべっていた。「姉上・・」「お前に早く抱かれたい。」 アンジェリーナの美しい裸身を前にして、マクシミリアンの股間は瞬く間に熱くなった。互いを激しく貪り合った二人は、朝までシーツの海の中に居た。「ねぇマックス、こんな田舎で燻っているよりも、宮廷へ来ない?」「姉上、一体何を考えていらっしゃるのですか?」「わたしが退屈を一番嫌っている事を、お前は良く知っているだろう?」「最近、宮廷では国王陛下が妙な女にいれあげているという噂が・・」「その女は、わたしが陛下に宛がったのさ・・この国を破壊する為にね。」「何故、そのような事を・・」「何故かって?それはわたしが、この国の正当な後継者だからさ。」 アンジェリーナはそう言うと、弟の髪を撫でた。「これから、全てが変わる・・いや、わたしが変えてみせるよ。」 アンジェリーナの淡褐色の瞳が、朝日を受けてキラリと輝いた。にほんブログ村
2019年11月12日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。 一週間ぶりに出勤したユリウス達は、入口付近に厳重な警備体制が敷かれている事に気づいた。「何だかものものしいな。」「あんな事が起きたんだから当たり前だろう。」「そうだよな。」 入口のセキュリティ・ゲートを通り、研究室に入ったユリウス達は、眼前に広がる光景に愕然とした。 書類をまとめていたファイルフォルダー類は棚から乱雑に放り投げられ、仕事道具であるコンピューターの周辺には水が滴り落ちていた。「この状況は、一体いつからなんですか?」 ユリウスがそう言ってアレックスに詰め寄ると、彼は研究室の惨状を目にして絶句した。「貴方がたは、他人の職場を破壊する事が捜査だと思っていらっしゃるのですか?」「大変申し訳なく思っています。コンピューターの修理代はこちらで負担させていただきます。」「是非そうして下さい。」 アレックスが去った後、レティシアとユリウスは警備センターへと向かった。「所長、何か御用ですか?」「監視カメラの一週間分のデータを見せてくれないか?」「了解しました。」 警備主任・レオンはそう言うと、監視カメラのデータをユリウスに手渡した。「ありがとう。」「今回の事件の犯人、早く捕まればいいですね。」「そうだね。」 ユリウスとレティシアが警備センターから研究室へと戻ると、研究員達が研究室の掃除をしていた。「所長、お帰りなさい。」「みんな、こんなことになって済まないね。」「何を言うんですか、所長!俺達、仲間じゃないですか!」「そうですよ、こんな時こそ助け合わないと!」(わたしは、とてもいい部下を持ったな・・)「襲撃に失敗しただと?」「申し訳ありません。」「そうか、もうお前は用済みだ、下がれ。」「そんな・・今度は上手くやりますから、どうかご慈悲を!」「くどい!」 自分の前に跪いたオーガスタを、青年は突き飛ばした。「お前には失望したよ。その汚いツラを二度と僕に見せるな!」「はい・・」「相変わらず手厳しいね。一体誰に似たんだか。」 項垂れながら自分に背を向けて歩き出したオーガスタと入れ違いに、一人の女が部屋に入ってきた。 「久しぶりに会ったと思ったら、そんな憎まれ口しか叩けないのですか?アンジェリーナ姉上。」青年はそう言うと、アンジェリーナの手の甲に唇を落とした。「それはこちらの台詞だよ、マックス。」アンジェリーナは血を分けた弟に微笑むと、彼と抱擁を交わした。「漸くこちらに帰ってきたご感想は?」「最高だ。」 アンジェリーナがそう言った時、遠くから教会の鐘の音が聞こえた。にほんブログ村
2019年11月11日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「それは本当か?」「はい。」「そうか・・ではコンピューターのデータが盗まれたのは、わたしが帰った後か。」「監視カメラのデータを後で確認しなくてはいけませんね。」「あぁ・・」 ユリウス達がそんな事を話しながら研究所の中へ入ろうとすると、彼らは警官達に止められた。「申し訳ありませんが、研究所は事件の捜査の為、暫く閉鎖されます。」「そんな・・」「わたし達はその間、どう生活すればよいのですか?」「自宅待機なさって下さい。捜査が終わり次第、連絡致します。」 ユリウスは王立研究所から帰宅すると、二階の自室に入った。 部屋に入ってすぐのところに置いてある机の上には、ユリウスが一年分の給料を貯めて購入したエリウス帝国製のコンピューターが置かれていた。 コンピューターの電源を入れて起動させた後、ユリウスは鞄の中から研究所のコンピューターのバックアップデータが入っているマッチ箱のようなものを取り出すと、それをコンピューターに挿し込んだ。(一体誰が、何の為にデータを盗んだ?) そんな事を考えながらユリウスがスヨンの解剖所見データを確認していると、彼は不審な点に気づいた。 ユリウスが解剖後にコンピューターに打ち込んだスヨンの死因は、“窒息死”となっていたが、今確認したスヨンの死因は、“失血死”となっている。 一体これはどういう事なのだろうか。 あの時、研究室内に居たのは、ユリウスとレティシア、オーガスタ、そしてサンドラの四人だけだった。 レティシアではユリウスの忠実な部下で、彼女との信頼関係は確かなものなので、わざわざ彼女が自分を陥れようとする事は有り得ない。 新人職員二人を疑いたくはないが、ユリウスは彼らの身元を調べてみる事にした。「所長、わたしに頼みたい事とは何でしょうか?」「レティシア、サンドラとオーガスタの事を調べてくれないか?」「わかりました。それよりも、これからわたし達はどうなるのでしょう?」「それはまだわからないが、警察が必ず真実を暴いてくれるさ。」「そうですね。」 レティシアの自宅を後にしたユリウスは、誰かが自分を尾行していることに気づいた。「わたしと話したいのなら、尾行などせずに堂々としたらどうだね?」「しょ、所長・・」 ユリウスが振り向くと、そこには自分にナイフを向けているオーガスタの姿があった。「そんな物騒な物、しまいなさい。」「う、うるせぇ!」 オーガスタはそう叫ぶと、ユリウスに突進した。しかしオーガスタのナイフがユリウスの顔面に届く前に、ユリウスの強烈な膝蹴りがオーガスタの鳩尾に届いていた。 オーガスタは激しく咳込むと、地面に蹲った。「誰に命じられたのかはわからないが、今回の事はしかるべき所へ報告するから、そのつもりで。」 ユリウスはそう言ってオーガスタに背を向けると、その場から立ち去った。 一週間後、警察から事件の捜査が終了したとの連絡を受け、ユリウスは七日ぶりに王立研究所へと向かった。にほんブログ村
2019年11月08日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「スヨンはまだ戻ってきていないのか?」「はい、旦那様。」「この役立たずめ、お前は何の為に居るのだ!」 激昂する主を前に、スンドクは彼の暴力に耐えるしかなかった。「スンヒが居なくなったと思ったら、今度はスヨンまで・・」「警察に連絡致しましょう、旦那様。これはわたくし達だけでは手に負えません。」「そうだな・・」 スンドクが警察に通報すると、ホテルに部下を連れた長身の青年がやって来た。「わたしは王立警察庁警視・アレックスと申します。」「娘を、スヨンを探してくれ!」「残念ながら、あなたの娘さんを探す必要はなくなりました。」「それは一体、どういう意味だ?」「こんな事をあなたに申し上げるのは酷かもしれませんが・・先程、お嬢さんと思われる遺体が近くの河川敷で発見されました。」「嘘だ、嘘だと言ってくれ!」「これに見覚えは?」 アレックス警視がボクナムに見せたものは、スヨンが愛用していた髪飾りだった。「スヨン、スヨン~!」 ボクナムはスヨンの髪飾りを握り締めながら、嗚咽した。「これで事件の犠牲者は五人目か。」「えぇ、しかも、遺体の両眼はくり抜かれていた。」「例の団体と関係あるのでしょうか?」「それはまだわからない。」 アレックス警視は、必ずこの事件の犯人を捕まえてみせると事件の犠牲者達に誓った。 王立研究所では、ユリウス達がスヨンの検死解剖を行っていた。「今回も、遺体から臓器が抜き取られている。」「何の為に、このような事を犯人はしているのでしょうか?」「さぁね。」「それにしても、今までの事件の被害者達は娼婦だったが、今回の被害者は真羅国大使の娘だ。これまでの事件の犯人とは別だと考えていい。」 ユリウスはスヨンの解剖を終えると、エリウス帝国から輸入したコンピューターに解剖所見を記入した。「所長、珈琲です。」「ありがとう、サンドラ。」「余り根詰めないでね。」 サンドラはブルネットの髪を揺らしながら、ユリウスにウィンクして研究室から出て行った。「サンドラさん、所長に気があるんじゃないんですか?」「馬鹿な事を言っていないで、仕事しろ。」「はいはい、わかりましたよ。」 サンドラと同時期に入って来た新人職員オーガスタは、面倒臭そうに自分の席へと戻っていった。「所長、お先に失礼します。」「お疲れ様です。」「みんな、気を付けて帰るんだぞ。」 職員達が皆帰った後、ユリウスはスヨンの検死解剖データを保存してバックアップデータを取った後、戸締りをして研究所を後にした。 翌朝、ユリウスが自転車で王立研究所へ出勤すると、何やら入口付近が騒がしかった。「所長、大変です!」「どうした、レティシア?」「昨夜、研究所に何者かが侵入し、コンピューターのデータが盗まれました!」にほんブログ村
2019年11月07日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「スヨン、スンヒならすぐに見つかる、心配するな。」 真羅国大使チェ=ボクナムはそう言うと、少女はコーヒーカップを乱暴にソーサーの上に置いた。「お父様、わたくし本国には戻りたくないわ。」「何を言う、本国へ戻る事はもう決まった事だ。そろそろお前も嫁に行く年頃だし・・」「わたくしは結婚なんてしたくありません。大学へ行って、世の中の事をもっと知りたいの。」「女は大学へなぞ行かんでいい。」「兄様達は大学へ行って留学したのに、不公平だわ!」スヨンはそう言うと、ホテルの部屋から出て行った。 いつも父は、兄二人に対しては優しかったが、自分にだけは冷たかった。自分が女だから父に冷たくされている事はわかっていた。 渡欧してから、スヨンは母国の女性達のように家に縛られる事なく、自由に生きている女性達の姿を見て驚いた。 自分も彼女達と同じように広い世界を見てみたいだけなのに、何故父は分かろうとしてくれないのか。「お嬢様、お風邪を召される前に戻りましょう。」「わたしの事は放っておいて。」「ですが・・」「少し頭を冷やしたいの。」 スヨンの言葉を聞いた彼女の秘書・スンドクは、スヨンに傘を渡すと、ホテルへと戻った。 土砂降りの雨の中、スヨンが人気のない道を歩いていると、突然彼女の前に二人組の男が現れた。『姉ちゃん、一緒にお茶でも飲まない?』『やめて、離して頂戴!』『いいじゃないか。』 男達から逃れようと、スヨンは必死に傘を振り回した。その拍子に、スヨンの傘が男の目に入ってしまった。『何しやがる、このアマ!』男に顔を殴られ、スヨンは悲鳴を上げた。『行こうぜ。』『あぁ。』 男達は地面に倒れているスヨンに向かって唾を吐くと、その場から去っていった。どれ程路上に蹲(うずくま)っていたのだろうか、スヨンが男から殴られた顔を押さえながら泣いていると、誰かが自分の上に傘をさしてくれた。「大丈夫?」「あなた・・」「こんな所に居たら風邪をひくわ、わたくしの所へいらっしゃい。」 スヨンは、女の手を取って、彼女の自宅へと向かった。「あなたは誰なの?」「スヨン様、わたくしならあなたの望みを叶えてさしあげるわ。」「何故、わたしの名前を知っているの?」「あなたは何も聞かず、わたくしの言う通りにすればいいのよ。」 女はそう言うと、スヨンの顔を―彼女の少し青みかがった緑色の瞳を見た。「あなた、不思議な色の瞳をしているわね。」「母が異国人なの。何故そんな事を聞くの?」「興味があるのよ。」 女の態度にスヨンは少し不安になったが、彼女が作った食事を食べて安心したら、いつの間にか眠ってしまった。 妙な音がしてスヨンがベッドから起き上がろうとした時、女が自分の上に馬乗りになっていた。「暴れないで、一瞬で終わらせてあげるわ。」 女はそう言って笑うと、スヨンの鼻と口を、薬品を染み込ませたハンカチを押し当てた。 スヨンは自分の目に向かって迫って来る注射針を、黙って見る事しか出来なかった。 やがて、彼女の意識は闇に包まれた。にほんブログ村
2019年11月06日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。 悪口大会の主役は、国王陛下の愛人だった。「あの女は一体何を企んでいるのかしら?」「胡散臭い女よねぇ。」「胡散臭いと言えば、最近王宮に妙な団体が入り浸っているのですって。」「妙な団体?」「“太陽の母”とか言う、自然派食品を売っている団体だそうよ。」「“太陽の母”?」 リリスがそう言いながら友人を見ると、彼女はリリスに一枚のチラシを見せた。 そこには、自分達の農場で作った無農薬の野菜を販売するという“太陽の母”の活動内容が書かれてあった。「普通の方達に見えるけれど、一体何が問題なの?」「この方達、健康食品を隠れ蓑にしているカルト団体だという噂よ。」「最近、内臓と眼球を抜かれて惨殺された娼婦の事件があったでしょう?あの事件に“太陽の母”が関与しているんじゃないかという噂があるのよ。」「それと、陛下の愛人と一体どんな関係が・・」「あの団体とあの女は、真羅国から来たでしょう?何か深い繋がりがあるんじゃないかしら?」「深い繋がり、ねぇ・・」「さてと、もう帰らないと。」「そうね。夜盗に遭わないように、夜になる前に帰らなきゃ。」「えぇ。」 リリス達が福祉会の集まりがあったホテルから馬車でそれぞれの自宅へ帰るまで、外は土砂降りの雨が降っていた。「酷い雨ね。」「もうすぐ着きますので、それまでの辛抱です、奥様。」 帰宅したリリスは、自分を出迎えてくれたアウグストから、クリスティーネが道端に倒れていた少女を保護したという報告を受けた。「そう、その子は今どこに?」「客用の寝室で寝ております。」「そう。あの子の素性はわからないのね?」「はい。ですが、彼女はお嬢様と同じように育てられたようです。」「クリスティーネは今どこに?」「ご自分の部屋でお休みになっておられます。」「ご報告ありがとう、アウグスト。あなたも自分の部屋で休みなさい。」「お休みなさいませ、奥様。」 翌朝、クリスティーネが夜着姿のままダイニングルームに入ると、そこには昨日自分が助けた少女が朝食を取っていた。「あなた、怪我はもう大丈夫なの?」「はい。肩の傷は痛みますけど。」「そう。そういえば、あなたの名前、まだ聞いていなかったわね。」「自己紹介が遅れました、わたしはスンヒと申します。」「スンヒさん、昨日は何故、雨の中あんな所に居たの?」「わたしはある方に命じられて、あの場所に居たのです。」「そう、肩の傷が治るまで、うちに居て頂戴。」「ありがとうございます。」「さぁ、みんな揃ったからコーヒーでも頂きましょう。」「はい、お母様。」 ファウジア邸が朝の爽やかな空気に包まれている頃、あるホテルの客室では、一人の少女が不機嫌そうな顔をしながらコーヒーを飲んでいた。「あの子はまだ戻らないの?」「申し訳ありません、お嬢様。」「もういいわ、さがりなさい。」にほんブログ村
2019年11月05日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「お帰りなさいませ、お嬢様。」 帰宅した主を出迎えたアウグストは、彼女の全身がずぶ濡れである事に気づいた。「一体どうなさったのですか、お嬢様?」「アウグスト、お母様はどちらに?」「奥様は、福祉会の集まりへお出かけになられました。」「そう。あなたに少し、手伝って欲しい事があるの。」「手伝って欲しい事、でございますか?」「えぇ・・」 門扉が開く音がしたかと思うと、荷車を押しながら一人の男が邸の中へ入って来た。「ありがとう、これは手間賃として受け取って頂戴。」「すいやせん、助かります。」 荷車を押していた男は、クリスティーネから受け取った金貨の袋を、腰に巻き付けていた巾着袋の中にしまうと、荷車に乗せていた少女を抱きかかえながら、アウグストに少女を手渡した後、荷車をひいてファウジア邸から出て行った。「この子は一体どうされたのですか?」「刺繍の集いの帰りの途中でこの子を見かけたのよ。すぐにお医者様を呼んできて。」「わかりました。」 アウグストは客用の寝室に少女を運ぶと、医者を呼びに行った。 クリスティーネはアウグストが戻るまで、少女の濡れた服を脱がせた。 すると、少女の上着の隙間から白く平らな胸が見えた。(この子は、わたしと同じように、男でありながら女として生きてきたのかしら?) クリスティーネがそんな事を思いながら少女のスカートを脱がせようとした時、少女が低く呻いた後目を開けた。「気が付いたのね、良かった。」「水・・」 クリスティーネが水差しの水をグラスに注いでそれを少女に手渡すと、少女は水を一口飲んだ。「あなた、何故わたしの事を見ていたの?」「それは、言えない。言ったら、痛い目に遭う・・」「誰に?」 クリスティーネが少女に尋ねると、少女は突然苦しみだした。「どうしたの、しっかりして!」「お嬢様、お医者様を連れて来ました。」「丁度良い所へ来たわね、アウグスト。急にこの子が苦しみだしたの!」「先生、お願い致します。」 医師が少女を診察している間、クリスティーネとアウグストは、彼女が着ていた服を調べた。 すると、上衣の肩あたりに血のような赤黒い染みがついている事に気づいた。「恐らく、あの子は何者かに襲われ、お嬢様が見つけた頃には苦しかったのでしょう。」「あの子、誰かをこんな雨の中で待っていたような気がしたわ。」「彼女は一体、誰を待っていたのでしょう?」「それは、あの子にしかわからないわ。」 アウグストとクリスティーネがそんな話をしていた時、少女を診察していた医師が客用の寝室から出て来た。「どうですか、あの子の様子は?」「あの子は、肩を撃たれていましたが、弾丸は全て摘出しました。」「そうですか、ありがとうございました。」「奥様にはあの子の事をわたくしから報告致します。」 一方、クリスティーネの母・リリスは、所属する福祉会の集まりに参加していた。 だが、集まりとは名ばかりで、実際はゴシップ交換会と悪口大会だった。にほんブログ村
2019年11月04日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。 王妃がクリスティーネに宛てた手紙の中には、クリスティーネに対する想いが綴られていた。“あなたがこの世に生を享けた時、わたしはあなたを女として育てると決めました。あなたの命を守る為ならば、そうするしか他に方法がなかったからです。” クリスティーネは、王妃の手紙を読み終わった後、これが手紙ではなく日記の一部である事に気づいた。「ねぇレイチェル、王妃様は何故この手紙をあなたに託したのかしら?」「それはわたしにもわからないわ。帰ったらお母様に手紙の事を聞いてみるわ。」「ありがとう、お願いするわ。」「クリスティーネ、わたしはあなたの事を信じているわ。きっとみんな、いつかわかってくれるわよ。」「そうね・・」 月日が経つにつれ、世間からクリスティーネが王妃の指輪を“盗んだ”事件は完全に忘れ去られていった。 社交界でもそれは同じで、貴族の令嬢達は専ら流行のドレスやゴシップの事ばかり話していた。「ねぇ、A子爵夫人の事をお聞きになりまして?」「えぇ、聞きましたわよ。あんな大人しい方が、まさかあんな荒くれ者と駆け落ちするなんて・・」「ねぇ。」「それよりも、最近陛下が妙な女とお会いになっているそうよ。」「妙な女?」「何でも、真羅国から来たとか。」「まさか、陛下の愛人かしら?」「そんな事ないでしょう!」「陛下は男前だし、独身よ。」 刺繍の集いで、令嬢達の噂話を聞いていたクリスティーネは、黙々と針を動かしながらフェリペが会っているという女の事が気になった。「ねぇ、あの方どなた?」「さぁ・・見ない方ね。」「どうかなさったの?」「クリスティーネ様、先程からこちらを覗いている方が・・」「まぁ、そうなの。」 クリスティーネが窓の外を見ると、塀の向こうからこちらの様子を窺っている一人の少女の姿に気づいた。 その少女は、クリスティーネ達が着ているドレスとは違った、妙な服を着ていた。「わたしがあの方にお話を聞いてみるわ。」クリスティーネはそう言うと、邸宅から外へと出て、少女に声を掛けた。「ねぇあなた、そこで何をしているの?」少女はクリスティーネに話し掛けられると、その場から一目散に逃げだした。「どうでしたか、クリスティーネ様?」「わたしが声を掛けると、逃げてしまったわ。」「変な子だったわね。」「えぇ、本当に。」「皆さん、雨が降る前にお帰りになって。」「わかったわ。また、この時間に集まりましょう。」「ご機嫌よう。」 クリスティーネ達が友人宅から出た時、急に雨が降ってきた。「じゃぁみなさん、ご機嫌よう。」 クリスティーネが傘を差しながら歩いていると、先程の少女が雨に濡れ、寒さに震えていた。「あなた、大丈夫?」 クリスティーネが少女の肩を叩くと、彼女は音もなく静かに倒れた。「あなた、どうしたの、しっかりして!」 クリスティーネが少女を抱き起すと、彼女の身体は燃えるように熱かった。にほんブログ村
2019年10月29日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。(何故、この娘が・・) アンジェリーナが扇子を握り潰しながらクリスティーネを睨みつけていると、アンジェリーナの視線に気づいたクリスティーネとフェリペがやって来た。「陛下、とても素晴らしいダンスでしたわ。」「アンジェリーナ、今宵の其方はいつにも増して美しいな。」「まぁ陛下、お世辞がお上手ですわね。それよりもクリスティーネ様がいらっしゃるなんて珍しいわね。あんな事があったというのに・・」 アンジェリーナの挑発にクリスティーネは涼しい顔をしながらこう答えた。「陛下がわたくしの事を誤解していたようですの。」「まぁ・・」「余はクリスティーネが王妃の指輪を盗んだと勘違いしていたのだ。その事で世間を騒がせてしまった。」「陛下、わたくしは陛下の事を恨んでなどおりません。」「アンジェリーナ、今回の事件は全て余の勘違いだったのだ。それ故クリスティーネはもう自由の身となった。」「まぁ・・」 アンジェリーナとクリスティーネの目が一瞬合った。クリスティーネは口端を歪めて笑った。「上手く陛下を誑し込めたのねぇ・・」「何をおっしゃっているのか、わかりませんわ。」 クリスティーネはアンジェリーナの手を掴むと、人気のない場所へと移動した。「何故、父を殺したの?」「あなたの父親は、知り過ぎた。」「知り過ぎた、何を?」 クリスティーネがそう言ってアンジェリーナに詰め寄ると、アンジェリーナは邪険にクリスティーネの手を払った。「余計な詮索はしない方がいい。」「あなたは何故、私を憎むの?」「お前は闇の恐ろしさを知らない。」 アンジェリーナはクリスティーネに吐き捨てるかのようにそうい言うと、舞踏会のざわめきの中へと戻っていった。「お帰りなさいませ、お嬢様。舞踏会はどうでしたか?」「疲れたわ。陛下が今回の事件についてみんなに説明してくれたけれど、みんな信じてくれるかどうか・・」「大丈夫です、お嬢様。」「そうね。」 舞踏会から数日後、クリスティーネは久しぶりに外出した。「ねぇ、あの方・・」「一体どのような神経をなさっているのかしら?」「よく外を歩けるものだわ。」クリスティーネがカフェでコーヒーを飲んでいると、向こうのテーブルで自分の事を見つめながらヒソヒソとそう話している貴族の令嬢達の姿に気づいた。 舞踏会でフェリペが事件について皆に説明してくれたものの、自分が王妃の指輪を盗んだ事を信じて疑わない者が居る事を、クリスティーネはひしひしと感じていた。「お嬢様、お客様です。」「お客様?」 帰宅したクリスティーネが客間へと向かうと、そこには親友・レイチェルの姿があった。「クリスティーネ、大変だったわね。」「えぇ。レイチェル、わざわざ来てくれてありがとう。」「今日はあなたにこれを渡しに来たの。」 レイチェルはそう言うと、一通の手紙をクリスティーネに手渡した。「これは?」「生前、王妃様があなたに渡して欲しいと頼まれたものよ。」「王妃様が、わたしに?」にほんブログ村
2019年10月28日
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※BGMと共にお楽しみください。「この空色の布も、アンジェリーナ様にはお似合いかと思いますよ。」「そうか、ではあの緑の布もくれるかな?代金はいつもより二倍弾むから、最高に美しいドレスを作っておくれ。」「はい、かしこまりました。」 仕立屋のパウロは、アンジェリーナから金貨が詰まった袋を受け取ると、笑顔を浮かべながら去っていった。「近々、国王陛下主催の舞踏会が開かれるから、あたいらは休む暇がないね。:「いいじゃないか、働いた分給金が増えるんだからさ。」 パウロの工房では、貴族の令嬢達や貴婦人達が着るドレスを縫いながら、彼の使用人達はそんな事を話していた。「それにしても、今回の舞踏会にはクリスティーネ様はおいでになるのかねぇ?」「まさか!そんな事を陛下がお許しになる筈がないだろう!」「それもそうだね!」 使用人達がそう言って笑っていると、頭に美しい羽根飾りの帽子を被った一人の女性が入って来た。「失礼、こちらパウロさんの工房かしら?舞踏会で着るドレスをパウロさんに作っていただきたいのだけれど・・」「いらっしゃいませ。お客様、どのようなドレスをご所望でございますか?」「そうね、こんなデザインのドレスを作って下さらない?」 女性はそう言うと、ドレスのデザイン画をパウロに見せた。「ドレスの代金はいつもより三倍弾むから、急ぎでお願いするわね。」「かしこまりました、ではこちらの注文書にサインをお願い致します。」「わかったわ。」 女性が注文書にサインした名前を見たパウロは、驚きの余り声を出してしまいそうになったが、平静さを装いながら女性から注文書を受け取った。「じゃぁ、よろしくね。」 王妃の喪が明けてから数日後、国王主催の舞踏会が王宮で開かれた。 美しい宝石やドレスで着飾った令嬢達や貴婦人達は長椅子に座り、社交界のゴシップを互いに提供し合っていた。「アンジェリーナ様のドレスは素敵ね。どなたがお作りになったのかしら?」「パウロ様の工房よ、きっと。あんな美しい刺繍を刺せるのは、パウロ様の工房にしかできないもの。」「そうよね・・」「あら、あの方は?」「まさか・・クリスティーネ様ではなくて?」「そんな・・」 令嬢達の視線は、真紅のドレスに身を包んだクリスティーネに向けられていた。「クリスティーネ、余と踊ってくれるか?」「はい、喜んで。」 貴族達の輪の中で、クリスティーネとフェリペは優雅にワルツを踊った。(一体、何故この娘がここにいる!?) アンジェリーナは怒りと驚きの余り、持っていた扇子を握り潰してしまった。にほんブログ村
2019年10月09日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。 王立研究所内にある解剖室では、謎の死を遂げた女官の解剖が行われていた。 「やはり、彼女の死因は青酸中毒か。遺体から微かにアーモンド臭がした。」 「彼女は一体何処で誰に毒を飲まされたのかが問題ですね。」 助手のレティシアは、そう言うと遺体の爪に残っていた繊維片を採取した。 「王宮では、彼女は魔女の呪いで死んだという噂が・・」 「馬鹿らしい、呪いで人が死ぬものか。それよりもレティシア、例の件はどうなっている?」 「グラスについていた指紋と、封筒についていた指紋が一致しました。」 「そうか。」 「さてと、朝から仕事ばかりして疲れたから、休憩しよう。」 「はい。」 レティシアとユリウスが職員食堂の中に入ると、丁度昼休憩の時間と重なり、中は非常に混雑していた。 「ユリウスじゃないか、久しぶりだな。」 ユリウスとレティシアが空いているテーブルで昼食を食べていると、そこへ親衛隊の制服を着た兵士がやって来た。 緑の軍服姿であるという事は、位の高い者なのだろうか。 「所長、こちらの方とはお知り合いなのですか?」 「士官学校時代の同級生だ。まぁもっとも、余り仲が良くなかったけれど。」 「折角声をかけてやったのに、相変わらず愛想がない奴だな!」 兵士はそう言って舌打ちし、食堂から出て行った。 「あの様子だと、所長は学生時代には余り良い思い出はなかったみたいですね。」 「まぁね。レティシア、君はどうだい?」 「わたしも、似たようなものです。」 「さてと、嫌な事は早く忘れた方が良い。」 「そうですね。」 ユリウスとレティシアが食堂から研究室へと戻ると、先程食堂で自分に話しかけて来た兵士の姿があった。 「所長・・」 「一体何があった?」 「それが・・例の証拠品をただちに提出しろと、突然命じられまして・・」 部下の言葉を聞いたユリウスは、兵士の命令には従わなくてもいいと部下に告げた。 「貴様、俺の命令に逆らうのか!?」 「お言葉ですが、わたしはここの責任者です。あなたが何処の誰に何を命令されたのかは知りませんが、勝手に大事な証拠品を渡す訳にはいきませんので、お引き取り下さい。」 「畜生!」 兵士はそう叫ぶと、研究室から出て行った。 「さぁみんな、仕事に戻ってくれ!」 ユリウスはそう言って部下達を励ますと、彼らは笑顔を浮かべながら仕事へと戻っていった。 「証拠品を手に入れられなかった?」 「大変申し訳ございません・・」 「これ位のおつかいも出来ないとは、お前の無能さには呆れるね。」 アンジェリーナはそう言った後、鏡の前で真珠の粉を叩いた。 「いつまでそこに突っ立っているつもりなの?早く消えたら?」 にほんブログ村
2019年10月04日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「奥様、ただ今戻りました。」「お帰りなさい、二人共。」 玄関ホールで二人を出迎えたリリスは、彼らのマントが血で汚れている事に気づいた。「その血は・・」「ここへ戻る途中、刺客に襲われましたが、返り討ちにしました。」「そう・・例のものは手に入ったのね?」「はい、奥様。」 アウグストは、そう言うとアンジェリーナの指紋がついたグラスをリリスに見せた。「これをあの封筒についている指紋と照合させれば・・娘の事実が証明されるのね?」「はい、奥様。」「神よ、娘をお守りください。」 朝食を済ませたアウグストとフィリスは、早速事件の証拠品を王立研究所へと持っていった。「やぁ、良く来たね。それが例の物かい?」 王立研究所所長・ユリウスは、白衣の裾を翻すと、そう言って二人から事件の証拠品を受け取った。「鑑定はいつまでかかる?」「そうだなぁ、最短で二日はかかるかな。」「よろしく頼むよ。」「わかった、わたしに任せてくれ。」 ユリウスはそう言って二人に微笑むと、彼らを研究所の中へと案内した。 ◆そこには、不思議な白い箱を使って仕事をしている白衣姿の研究員の姿があった。「ユリウス、あの箱は?」「あぁ、あれは東のエリウス帝国が開発した物でね、仕事にとても役立っているよ。」「そうか。」「機械大国であるエリウス帝国がこんな物をいつの間にか開発していたとはね、驚いたよ。」「そうだな。やがて我が国の脅威になるかもしれないな、エリウス帝国は。」「フィリス、早速鑑定作業に入るよ。」「わかった、良い結果が出るのを待ってるよ。」 王立研究所から出たフィリスとアウグストは、途中で王宮へと立ち寄った。「アウグスト様、フィリス様、こんにちは。」「エリス、こんにちは。」「あの証拠品はどうなりましたか?」「最も信頼している人間に預けて来たよ。」「そうですか・・」 エリスがそう言った時、突然廊下の方から女の悲鳴が聞こえてきた。「一体、何が・・」「誰か、お助けを・・」 背後から声が聞こえ、エリス達が振り向くと、そこには胸から血を流している女官の姿があった。「どうした、何があった?」「助けて・・」 女官は口から血を流し、そのまま絶命した。「これは・・」「呪いよ、魔女がこの子に呪いをかけたんだわ!」 別の女官がそう叫ぶと、エリスを指した。「違う、わたしは魔女じゃない!」「その者を捕えろ!」「フィリス様、アウグスト様、わたしは・・」「大丈夫だ、必ず助けてやる!」 地下牢へと連行されたエリスは、そこでクリスティーネと初めて会った。「クリスティーネ様ですね?わたくしは・・」「エリスね?フィリスとアウグストから話は聞いているわ。大丈夫、きっとここからすぐに出られるわ。だから、希望を捨てないで。」「はい・・」にほんブログ村
2019年09月20日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「それは本当なの、フィリス?」「はい。王宮の侍女が、アンジェリーナの指紋がついていたグラスを保存しているそうです。」「そのグラスを王立研究所へ持っていけば、あの日クリスティーネ宛に送られた封筒についた指紋と一致するかもしれませんね!」「アンジェリーナに気づかれる前に、すぐにその侍女に会いに行かなくては!」「夜の雪道は暗くて危険よ、二人共気を付けてね。」 リリスに見送られ、フィリスとアウグストは王宮へと急いだ。 朝から降り始めた雪は、夜になると一層強く降ってきた。」「すごいな・・アウグスト、ランプの灯を絶やすなよ!」「わかっております!」 吹雪の中、二人は山道を抜け王宮へと辿り着いた。「フィリス様とアウグスト様ですね?お話は陛下から聞いております。」 王宮で二人を出迎えたのは、今回の事件の証拠を持っている侍女・エリスだった。「これが、このグラスです。」「ありがとう、エリス。恩に着るよ。」「いいえ、わたくしはクリスティーネ様の無実を信じております。どうか、クリスティーネ様の疑いを晴らして下さいませ。」「あぁ、必ずクリスティーネ様の疑いを晴らして、彼女を取り戻してみせる!」 エリスからアンジェリーナの指紋がついたグラスを受け取ったフィリスとアウグストは、王宮近くの宿屋に泊まる事にした。 宿屋の一階は酒場となっており、そこにはクリスマスの夜とあってか、真夜中も近いというのに、ワインを片手に男達が飲んだり騒いだりしていた。「アウグスト、まだ起きているか?」「はい。」「お前は俺よりもアンジェリーナの事に詳しいだろう?あいつは一体何者なんだ?」「詳しくは知りませんが・・アンジェリーナは名門貴族の出でありながら、ある事を理由に捨てられ、修道院に預けられたとか・・」「その理由が気になるな。まぁ、今夜は遅いし、休むことにしよう。」「はい・・」 夜の帳が下り、誰もが寝静まった宿屋の裏口から、一人の男が入って来た。 その男は二階へと上がると、迷うことなくアウグストとフィリスが居る部屋へと向かった。男は、フィリスの鞄の中を漁り始めた。「お前が探している物は、これか?」 アウグストがそう言って男にグラスを見せると、男はそれを奪おうとしたが、アウグストは男の手を邪険に振り払った。「これがどんな物なのか、お前は知っているのだろう?」「クソッ!」男はそう叫ぶと、隠し持っていた短剣でアウグストに襲い掛かった。だが、男の短剣がアウグストの喉元に届く前に、彼はフィリスの剣によって斃(たお)れた。「危なかったな、アウグスト。」「えぇ。彼はアンジェリーナの手の者でしょうか?」「さぁな。だが、このグラスを奪おうとした。油断できないな。」「もうすぐ夜が明けますね。すぐにこの宿屋を出ましょう。」「あぁ。」 朝焼けに照らされた街の中を、アウグストとフィリスは宿屋を出てファウジア邸へと急いだ。にほんブログ村
2019年09月11日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「アンジェリーナ様、本日はお招き頂きましてありがとうございます。」「大使、お忙しい中お越しくださいまして、ありがとうございます。」 真羅国大使・チェ=ボクナムは、アンジェリーナの美しさに見惚れていた。「大使、隣にいらっしゃる美しい娘さんはどなたです?」「こちらは娘のスヨンです。スヨン、アンジェリーナ様にご挨拶を。」「初めまして、スヨンと申します。」美しいチマ=チョゴリ姿の娘は、そう言うとアンジェリーナに向かって頭を下げた。「美しい娘さんですね。」「来年、英国に留学するんです。」「聡明な娘さんがいらっしゃって、大使の家は安泰ですわね。」「えぇ。」 父親の隣で微笑む娘-アンジェリーナが心から渇望しながらも、手に入らなかったものが、そこにはあった。「アンジェリーナ様、王宮から使いの者が・・」「わかった。」客が居る大広間を出たアンジェリーナは、王宮の使者が待つ玄関ホールへと向かった。「お待たせ致しました。」「アンジェリーナ様、陛下の侍医がお呼びです。」「えぇ、例の件で・・」「そうですか。では、すぐに行くと伝えてください。」 王宮の使者が去った後、アンジェリーナはジュリアにパーティーを任せ、雪が降りしきる中王宮へと急いだ。「パーティーの途中にわたしを呼び出して何の用?」「例のもの用意した。」 フェリペの侍医は、そう言うと小瓶をアンジェリーナに見せた。「この瓶の中にある物を、毎日一滴ずつ陛下の食事に入れます。」「誰にも見られないようにね。」「わかりました。」「あの娘の様子は?」「自分は無実だと、未だに訴えているようです。」「そう。」 フェリペの侍医と別れたアンジェリーナは、地下牢へと向かった。「クリスティーネの様子はどう?」「食事は残しておりませんし、健康状態も問題ありません。」「そう。」「アンジェリーナ様、あの娘はいかが致しましょうか?」「まだ生かしておけ。」「わかりました。」 まだあの娘には利用価値がある。利用した後で、彼女を斬首台へと送るのだ。「今年のクリスマスは、とても静かね。毎年、パーティーの準備で忙しかった時が嘘みたいだわ。」「奥様、余り気を落とさないでくださいませ。」アウグストがそう言ってリリスを慰めていると、誰かが激しくドアを叩く音がした。「誰かしら、こんな時間に?」「わたしが見て参ります。」アウグストが玄関ホールへと向かうと、ドアの向こうからフィリスの声が聞こえた。「ここを開けてくれ!」「フィリス様、こんな時間にどうなさったのですか?」「奥様にお会いしたいのです!クリスティーネが今回の事件で濡れ衣を着せられた証拠が見つかったのです!」にほんブログ村
2019年09月09日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。 笑いさざめく人々。 豪華な料理が広がるダイニングテーブル。 そして、宝石で美しく飾られたクリスマスツリー。 かつて、自分が望んでいたもの。そして、手に入れられなかったもの。 だが今夜、遂にアンジェリーナは手に入れたのだ。「盛大なパーティーですなぁ。」「ありがとうございます、伯爵。」「それにしても、今回の事件には驚きましたなぁ。陛下の信頼厚いクリスティーネ様が、王妃様の指輪を盗むとは・・」「陛下は、彼女に恩を仇で返されたと、大層お怒りのようです。」「当然でしょう。彼女に厳罰を望みます!」「そうですわね。」 アンジェリーナは、クリスティーネへの厳罰を望む周囲の声を聞きながら、密かにほくそ笑んでいた。 まだ、彼らは自分の嘘に気づいていない。このまま、彼らを騙しながら例の計画を進めなければ―アンジェリーナはそんな事を思った後、ワインを飲み干した。「アンジェリーナ様。」「何だい、後にしてくれないか?見ての通り、わたしは客をもてなすのに忙しいんだ。」「それが・・」侍女から何かを耳打ちされたアンジェリーナは、彼女と共に地下室のワインセラーへと向かった。「久しいな、アンジェリーナ。あの頃と全く見違えたんじゃないか?」「何故、お前がここに居る?」アンジェリーナは、自分の前に立っている男の顔を睨んだ。男の名は、レイノルス。 アンジェリーナに一生消えない傷と悪夢を与えた彼は、アンジェリーナの胸元を飾っている首飾りを見た。「それは、王妃様の首飾りだな?盗みの腕は昔から一流だったな・・」「一体わたしに何の用?」「お前に会いに来たのは、修道院で過ごしたあの輝かしい日々を再現する為だ。」「ふざけるな!」 アンジェリーナがレイノルスを突き飛ばすと、彼はアンジェリーナの身体をワインセラーに押し付けた。「お前の秘密を知った時、感動で胸が震えたよ。」アンジェリーナの身体をまさぐりながら、レイノルスはドレスの中に隠された彼の秘密を暴こうとしていた。「アンジェリーナ様!」 アンジェリーナの秘書・ジュリアは、主が中々地下室のワインセラーから戻って来ない事を不審に思い、侍女と共に地下室のワインセラーの中に入ると、そこには頭を殴られて気絶している男の横で震えている主の姿があった。「これは・・何が起きたのですか?」「この男を外へ捨てて来い。」「アンジェリーナ様・・」「早くしろ!」 アンジェリーナの様子がおかしい事に気づいたジュリアだったが、彼は床に伸びている男を侍女と共に地下室から二人がかりで男を運び出し、近くの森の中へと捨てた。「アンジェリーナ様、男を森に捨ててきました。」「ご苦労様。お前達もパーティーを楽しむといい。」「あと、例の物を牢番に渡しました。」「そう。お前は仕事が早くて助かるよ、ジュリア。」にほんブログ村
2019年09月02日
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「あなた、ここにひとりで住んでいるの?」クリスティーネがそうネズミに尋ねると、ネズミは壁の穴の中へと消えていってしまった。暫く経つと、あのネズミが今度は家族を連れてクリスティーネの前に現れた。「あなたには沢山家族が居ていいわね。」 クリスティーネは、自宅で自分の帰りを待っている母の姿を想った。母に自分の無事を知らせなければ―そう思ったクリスティーネは、牢番を呼んだ。「家族に手紙を書きたいの、紙とペンを貸して下さらない?」牢番は無言で彼女に紙とペンを手渡した。 クリスティーネは仄かな蝋燭の灯りを頼りにして、母に宛てた手紙を書いた。「あなた、これを母に届けてくださらないかしら?」「すいやせん、生憎俺は忙しいんで。」 牢番はそう言うと、そのまま地下牢から出て行ってしまった。「あなた、この手紙を母に届けてくださらない?」 クリスティーネがそう言ってネズミに母宛ての手紙を手渡した。ネズミはチュゥと鳴くと、クリスティーネから手紙を受け取り、壁の穴の中へと消えていった。「もうすぐ、クリスマスね・・」 窓の外から、絶え間なく降りしきる雪を眺めながら、クリスティーネの母・リリスはそんな事を呟くと、かつて家族三人で楽しく過ごしたクリスマスの夜の事を思い出していた。 居間の中央に飾られた、大きな美しいクリスマスツリー。 ダイニングテーブルに広がる豪華な料理、そして愛する夫と娘の笑顔―だが、今この広い家の中に居るのは、自分一人だけ。 夫は何者かに殺害され、娘は無実の罪で投獄されている。(あの子は大丈夫なのかしら?こんな寒さで風邪などひいていないかしら?) リリスはそう思いながら暖炉の炎を眺めていると、キッチンから女中の悲鳴が聞こえた。「どうしたの?」「奥様、ネズミです!」「すばしっこくて、中々捕まえられません!」 女中達は口々にそう言いながらネズミを捕まえようとしたが、ネズミは彼女達の足の間をすり抜け、テーブルの下へと隠れてしまった。「わたくしに任せなさい。」「奥様、危険ですわ!」「噛まれでもしたら・・」「少し静かにしてちょうだい。」 リリスはそう言って女中達を黙らせると、テーブルの下に隠れているネズミに向かって声をかけた。「怖がらせてごめんなさいね。今、温かいミルクをあげるわね。」 リリスが優しくネズミに話しかけながら、彼の前に温かいミルクが入った皿を置くと、ネズミは恐る恐るリリスの前に出て来た。 その時、彼女はネズミの首に何かが巻かれている事に気づいた。「ちょっと失礼するわね。」リリスはそう言ってネズミの首に巻かれているものを取った。それは、娘から、自分へ宛てた手紙だった。-お母様、わたしは無事です C-(クリスティーネ、良かった・・神様、どうか娘をお守りください。)にほんブログ村
2019年08月28日
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第二部“誕生日おめでとう、クリスティーネ。”“おめでとう。” あれはまだ、幸せな子供時代の頃の、思い出のひとコマだった。 7歳の自分の誕生日を、両親は盛大に祝ってくれた。“クリスティーネ、お前に渡したいものがある。”“渡したいものって、なに?”父・ビトールは、クリスティーネに、“あるもの”を手渡した。“今からわたしが言う事を覚えておきなさい・・” ビトールはそう言ってクリスティーネに次の言葉を継ごうと口を開いたが、急に彼の声が聞こえなくなった。(待って、お父様、行かないで!) やがて周囲の景色は消え去り、クリスティーネは闇の中に居た。 彼女が目を開けると、そこに広がっているのは無機質な石の壁だった。(夢だったんだ・・) 冷たい牢の隅でクリスティーネがそう思いながら蹲っていると、パンの食べカスを頬張っているネズミの姿に気づいた。 クリスティーネは何故か、そのネズミから目を離せなかった。素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。にほんブログ村
2019年08月26日
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「お嬢様、王妃様からお手紙が届いております。」「ありがとう、アウグスト。」アウグストから封筒を受け取ったクリスティーネは、自室に入るとその封筒の封をペーパーナイフで切った。 封筒を逆さにすると、中からルビーの指輪が出て来た。(これは、王妃様の・・) 指輪とともに同封された手紙を読んで、クリスティーネは胸が熱くなるのを感じた。“この指輪を生涯の友であるあなたに授けます。セレステ”(王妃様、あなたの死の真相を必ず突き止めてみせます!)クリスティーネはそう胸に誓うと、王妃の指輪を右手の薬指に嵌めた。「お嬢様、アンリ様からお手紙が届いております。」「ありがとう。」 その日の夜、クリスティーネはフェリペに招待されて王妃の追悼音楽会に出席した。そこで音楽家達は生前王妃が好きだった曲を演奏し、貴族達は王妃の思い出話に花を咲かせていた。「本日は、お招きいただきありがとうございます、陛下。」「クリスティーネ、そなたも来てくれたのか。礼を言うぞ。」フェリペがそう言ってクリスティーネに微笑もうとした時、彼女の右手の薬指に妻の形見の指輪が嵌められているのを見た。「その指輪は?」「これは・・王妃様から・・」「セレステが、この指輪をそなたに?」フェリペが怒気を孕ませた声でクリスティーネにそう尋ねると、彼女はあの手紙が偽物だったことに気づいた。「ええ、昼に王妃様からお手紙が届いて・・」「そなたの勘違いではないのか、クリスティーネ?セレステはこの指輪を大切にしていた。その指輪を、そなたに授ける筈がない!」「陛下・・」「何をしておる、早くこの盗人を捕えよ!」「陛下、誤解です!わたくしは何もしておりません!」フェリペの怒りを買ったクリスティーネは、近衛兵によって近衛隊兵舎の地下牢へと入れられた。「お願いします、わたしは無実です!」「黙れ!」近衛兵の一人がそう言って銃剣でクリスティーネを殴ろうとした時、彼の腕をフィリスが掴んだ。「やめろ。」「こいつは王妃様の指輪を盗んだ盗人だ!」「彼女の話をちゃんと聞いてやれ。彼女に暴力を振るう事は、俺が許さないからな。」フィリスに睨まれた近衛兵は、舌打ちすると地下牢から出て行った。「クリスティーネ、俺がついているから大丈夫だ。」「フィリス、わたしは何も知らないのよ・・本当よ、信じて!」「俺はお前の言葉を信じているよ。だから、今は何も考えずにゆっくりここで休むんだ、いいね?」フィリスはそう言うと、クリスティーネに優しく微笑んだ。 地下牢を後にしたフィリスは、フェリペの執務室へと向かった。「陛下、クリスティーネは決して王妃様の指輪を盗んでなどおりません。」「それはどうだろうな?」「陛下も、クリスティーネの人柄はご存知の筈でしょう?彼女は、誰かに嵌められて盗人の烙印を捺されたのです。」「その“誰か”とは?」「陛下の弟君を手にかけた者です。」「アンジェリーナが?それはまことか?」「王妃様と王太后様、そして王太后様の侍医であるステファノ様を殺害したのも、アンジェリーナ様だとわたしはにらんでおります。陛下、どうかわたしに時間を下さい。」「・・わかった。」フェリペはそう言うと、手にしていたグラスの中に注がれたブランデーを一気に飲み干した。にほんブログ村
2014年05月30日
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セレステが何者かに殺害された事件から数日後、王都の外れにある灌木(かんぼく)の下で王妃付きの女官の遺体が発見された。「彼女は・・」「おいフィリス、この女を知っているのか?」「ああ。前に舞踏会でカバリュスと一緒に居た女だ。」「それは本当なのか?」「ああ、間違いない。」フィリスはそう言うと、遺体の傍に腰を屈めた。(もしかして・・今回の事件と、この女官が殺されたのには関係があるかもしれない・・)「フィリス、どうしたの?こんな朝早くから・・」「舞踏会でカバリュスと一緒に居た女の遺体が見つかったんだ。」「まぁ・・」「その女はルチアーナっていって、王妃様付きの女官だった。」「それは、確かなの?」「ああ。さっきアンリに確認した。」「王妃様の事件は、やはりアンジェリーナ様が犯人なのかしら?」「どうしてそう思うんだ、クリスティーネ?」「あの方、王妃様と余り仲が良くなさそうだったわ。アレハンドロ様の件で、アンジェリーナ様と王妃様が揉めたという噂を聞いたことが・・」「それが本当かどうか、調べてみる必要がありそうだな。」フィリスはそう言うと、リボンで纏められた書類の束をクリスティーネに手渡した。「これは、君が持っていてくれ、クリスティーネ。」「わかったわ。」「じゃぁ、俺は仕事に戻るよ。」「気をつけてね。」 王宮に戻ったフィリスは、その足でアンリの元へと向かった。「フィリス様、どうなさいましたか?」「陛下にお会いしたいのだが・・」「申し訳ございませんが、陛下は誰ともお会いしたくないとの仰せです。」「そこを何とかしてくれないか?」「それは出来ません。」「そうですか。では失礼致します。」最愛の妻を失ってまだ間もないフェリペから話を聞くというのは酷だと思い、フィリスはそう言ってアンリに背を向けて国王の執務室を後にしようとした。だがその時、執務室の扉が開き、中からフェリペが姿を現した。「フィリスよ、よくぞ来てくれた。」「陛下、お身体は大丈夫なのですか?」「ああ。フィリスよ、そなた余に話したい事があるのだろう?」「ええ・・王妃様のことで。」「入るがよい。」「失礼致します。」 フェリペに招かれてフィリスが彼の執務室の中に入ると、机の上には王妃が生前愛用していた手鏡が置かれていた。「男である余が、何故王妃のものを持っておるのかと思うておろうな?」「いえ、そのようなことは・・」「そなた、話したいこととは何だ?」「実は、王妃様付きの女官だった女が王都の外れで今朝、遺体となって発見されました。」「ルチアーナか・・」「ええ。その女官は、カバリュス様と深い仲にあったそうです。」「そうか・・」フェリペは何かを考え込んだ後、フィリスを見た。「今回の事件、そなたが捜査せよ。」「御意。」 フィリスはフェリペに頭を下げると、執務室から出て行った。にほんブログ村
2014年05月30日
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「王妃様の葬儀は?」「さっき終わったそうだ。」「そう。王妃様の遺体は墓地の土に埋まり、一生そこから出ることはない・・」アンジェリーナはそう言った後、クスクスと笑った。「何が可笑しいんだ?」「何だかうまくいきすぎていてね、それが可笑しくて堪らないんだ。」アンジェリーナは笑いながら、カバリュスの方を見た。「あんまり笑うなよ。不謹慎だって怒られるぞ?」「誰に?わたし達の周りに居る客達は、誰もわたし達のことなんか気にしてないけど?」コーヒーを一口飲んだアンジェリーナは、そう言うとカフェの店内を見渡した。「これからどうするんだ?」「あの忌々しい小娘を宮廷から追い出そうかな。」「どうやって?」「それは今考えているところさ。」アンジェリーナはコーヒーを飲み終わると、さっと椅子から立ち上がった。「もう出ようか?」「わかったよ。」ドレスの裾を摘みながらアンジェリーナがカバリュスとともに店から出て来ると、二人の前に黒衣を纏った一人の男がやって来た。「どう、作戦は上手くいっているの?」「はい。」「これからも、頼んだよ。」アンジェリーナはそう言うと、男に金貨が詰まった袋を手渡した。男はアンジェリーナに頭を下げた後、雑踏の中へと消えていった。「お帰りなさいませ、アンジェリーナ様、旦那様。」「ただいま。夕飯の支度は出来ているかい?」「はい。」「じゃぁ、部屋に持って来て。」「かしこまりました。」 隠れ家である瀟洒なカバリュス邸の中にアンジェリーナとカバリュスが入ると、10代後半と思しきメイドが二人を出迎えた。「あの子は働き者だな、殺すのには惜しい。」「まだあの子を殺すつもりはないよ。」自室に入ったアンジェリーナは、そう言って溜息を吐くとソファに座った。「それで?あのクリスティーネ様にどんな罪を着せるつもりなんだ?」「王妃様殺しの罪を着せるんだよ。」「どうやって?」「これを使うのさ。」ソファから立ち上がったアンジェリーナは、机の上に置かれている宝石箱の中からルビーの指輪を取り出した。「これは・・王妃様の・・」「今は亡き王妃様のものだったこの指輪を、あの小娘に送ってやろう。」「何の為に?」「陛下は今、王妃様を亡くされて嘆き悲しんでおられる。そこへ妻の形見を持ったあの小娘がやってきたら、陛下はどうお思いになられるだろうね?」「・・悪知恵が働くな・・」「そんなこと、お前に言われなくてもわかっているよ。」アンジェリーナがそう言ってルビーの指輪をそっと撫でた時、夕食を載せたワゴンを押したメイドが部屋に入ってきた。「ありがとう、そこに置いておいてくれ。」「はい、では失礼致します。」メイドはそう言ってアンジェリーナに頭を下げると、部屋から出て行った。「さてと、夕食を食べた後にこの指輪を小娘に送るとするか。」机の上にルビーの指輪を置いたアンジェリーナは、ワゴンから自分の分の夕食が載っている盆を取ると、それをテーブルの上に置いた。「わたしの分は?」「あそこにあるから、自分で取ってくれば?」「わかったよ・・」(ったく、やってられねぇぜ・・)にほんブログ村
2014年05月30日
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「なんですって、王妃様が殺された!?」「ええ。昨夜、賊が王妃様の寝室に押し入り、騒いだ王妃様を殺害したと・・」「なんてこと・・」セレステが何者かに殺害された事を知り、クリスティーネは彼女を殺害した犯人がアンジェリーナではないのかと思い始めていた。「どうなさったのですか、お嬢様?」「今回の事件に、アンジェリーナ様が絡んでいるんじゃないの?」「それはわかりません。お嬢様、そろそろ王妃様の葬儀が始まります。」「わかったわ。」 セレステの死を弔う鐘の音が国中に鳴り響き、国民達は慈愛に満ちた王妃の死を悼んだ。「余には死に神が憑いておるのか・・はじめはアレハンドロ、次に母上、そしてセレステ・・余が愛した者は皆、黄泉の国へと旅立ってしまう・・」「陛下、そのようなことをおっしゃってはなりません。陛下は決して、死に神ではありません。」セレステの棺に取り縋り、そう呟いたフェリペを、クリスティーネはそう言って慰めた。「クリスティーネよ、そなたが居てくれて助かった。」「いいえ・・わたくしに出来る事など何もありません。」「余は暫く部屋で休む。」フェリペはそう言うとセレステの棺から離れ、覚束ない足取りで礼拝堂から出て行った。「アンジェリーナの姿は見当たりませんね。」「ええ・・ねぇアウグスト、あなたに話したい事があるの。」「わたくしに、ですか?」「何処か人目のつかない所に移動しない?」「わかりました。」アウグストはクリスティーネとともに礼拝堂を出て、中庭へと移動した。「お嬢様、お話とはなんですか?」「わたしね、王太后様を殺したのは、アンジェリーナ様だと思っているのよ。」「それは確かなのですか、お嬢様?」「まだ確証はないけれど・・これからステファノ様にお会いしようかと思っているのよ。彼なら、何かを知っているようだし・・」「行きましょう。」 クリスティーネはアウグストとともにステファノの自宅へと向かったが、彼は留守だった。「旦那様なら、今旅行に出かけております。」「いつお戻りになられますか?」「さぁ・・長くて2年、短くて半年位は戻らないとおっしゃっておりました。」「ありがとうございました、それではこれで失礼致します。」クリスティーネはそう言ってステファノが雇っているメイドに頭を下げ、アウグストとともに彼の自宅を後にした。「収穫はなしでしたね、お嬢様。」「ええ。でもおかしいとは思わない?王太后様の治療にあたっていたステファノ様が、王太后様の死後にすぐ姿をくらましたなんて・・」「ステファノ様がもし、アンジェリーナと深い繋がりがあるというのなら・・彼は既にこの世の者ではないのかもしれませんね。」「そうね・・」アウグストとともにクリスティーネが川辺を歩いていると、突風が二人を襲った。冷たい木枯しが頬を打ちつけるかのように吹いて来て、クリスティーネは思わず目を閉じた。「お嬢様、大丈夫ですか?」「ええ。帰りましょう、今夜は冷えそうだわ。」 数日後、ステファノの遺体が南西部の街・ラトスの山中で発見された。「やはり、今回の件は、アンジェリーナが絡んでいますね。」「アンジェリーナ様は、きっとわたし達のことも狙っている筈よ。慎重に動かないとね。」にほんブログ村
2014年05月30日
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(まったく、何でわたしがこんなことを・・) 王妃の寝室に忍び込んだカバリュスの知人こと、王妃付きの女官・ルチアーナは、溜息を吐きながら部屋の主を起こさぬようにベッドの近くにある引き出しの一番下の段の前に立った。そこには、豪華なエメラルドとダイヤモンドで彩られた首飾りが納められたベルベットの宝石箱が入っていた。彼女はそっとドレスの胸元に隠した引き出しの鍵を取り出すと、それを錠穴に挿し込んだ。カチリという音がした後、引き出しは難なく開いた。 ルチアーナはベルベットの宝石箱を取り出して満足げな笑みを浮かべると、そのまま王妃の寝室を後にしようとした。だが―「あなた、そこで何をしているの?」「お、王妃様・・」後頭部に冷たい物が当てられた感触がしたルチアーナは、寝台で眠っていた筈の王妃が自分に拳銃を突き付けていることに気づいた。「その首飾りを、どうするつもりなの?」「そ、それは・・」「早くそれをわたくしに寄越しなさい。そうすれば、お前の命は助けてあげるわ。」「お願いです、命だけは・・」「早くなさい。」セレステが撃鉄を起こそうとした時、突然寝室に数人の男達が乱入してきた。「何ですか、あなた方は!」ルチアーナの後頭部から拳銃を離したセレステが男達に銃口を向けようとした時、黒衣を纏った男達の一人が、ルチアーナを押し退けてセレステの前に躍りかかった。「何してやがる、逃げろ!」「待ちなさい!」寝室から逃げ出したルチアーナを追おうとしたセレステだったが、男の剣が彼女の頸動脈を切り裂いた。「無礼者・・」高価な絨毯の上に、セレステの血が飛び散った。彼女は白絹の夜着を自らの血で濡らしながら、絨毯の上に倒れた。「死んだか?」「ああ。だが、念のために留めを刺しておこうぜ。」黒衣の男はセレステの手から拳銃を奪うと、彼女の額に銃口を向け躊躇いなく引き金を引いた。彼女の血と脳漿が白い壁に飛び散った。「行くぞ、じきに人が来る。」「ああ。」男達は開け放たれた窓から次々と飛び降りてゆき、そのまま夜の闇の中へと消えた。「カバリュス様、ご所望のものです。」「ありがとう。」 ルチアーナが息を切らしてカバリュスに首飾りが入った宝石箱を彼に手渡すと、カバリュスはルチアーナにそう言って微笑み、剣で彼女の胸を刺し貫いた。「カバリュス様・・何故・・」「口封じだよ。わたし達のことがばれたら元も子もないからね。」カバリュスは血に濡れた剣の切っ先を軽く払うと、そのまま剣を鞘に納めた。「うまくいったかい?」「ああ。」「王妃様は?」「お前に命じられた通りにしようとしたんだが、手違いがあって部下の者達が殺してしまったよ。」「少し不味いことになったが、まぁいい。首飾りを手に入れたんだから。」カバリュスから宝石箱を受け取ったアンジェリーナは、首飾りを自分の胸の前に翳(かざ)すと笑みを浮かべた。にほんブログ村
2014年05月30日
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クリスティーネがゆっくりと目を開けると、そこには自分の手を心配そうに握っているアウグストの姿があった。「お嬢様、ご無事で・・」「アウグスト、一体何があったの?」「お嬢様、覚えておられないのですか?数日前に公園で、何者かに狙撃されたのですよ。」「狙撃・・」アウグストの言葉を聞いたクリスティーネの脳裏に、数日前公園で落馬した時のことが浮かんだ。「わたしを狙撃した犯人は、捕まったの?」「いいえ。わたしはお嬢様をお屋敷に運ぶことに必死でしたから・・」「そう・・」クリスティーネがゆっくりとベッドから起き上がると、後頭部に鈍痛が走った。「無理をなさってはいけません、お嬢様。三日も寝ていらしたのですから。」「三日も?」「ええ。お医者様がおっしゃるには、落馬した衝撃で強く頭を打ったものの、脳に異常はないそうです。」「フィリスは?」「フィリス様は、お嬢様の身を案じながらも、仕事に行かれました。」「アウグスト、フィリスにわたしは無事だと伝えて頂戴。」「かしこまりました。お嬢様、暫くお休みになってください。」「わかったわ。」アウグストが自分の寝室から出て行った後、クリスティーネはそっと目を閉じて再び眠りに落ちた。「あの小娘の暗殺に失敗した?」「はい、アンジェリーナ様。彼女は一人ではなく、あの有能な執事と一緒でしたので・・」「この役立たずが!」 部下からクリスティーネ暗殺の失敗を告げられ、激昂したアンジェリーナはそう叫ぶと部下の顔を拳で殴った。「アンジェリーナ、落ち着けよ。」「これが落ち着いていられるか!あと少しであの忌々しい小娘を殺せたのに・・」アンジェリーナは美しい顔を怒りで醜く歪ませると、苛立ちをテーブルにぶつけるかのようにそれを平手で激しく叩いた。「カバリュス、お前もあの公園に居たのだろう?何故その時小娘を始末しなかった?」「隣にあの執事が居たから、妙な真似は出来なかったんだ。それに俺の顔は二人に知られているし・・」カバリュスはそう言うと、アンジェリーナをそっと背後から抱き締めた。「なぁ、機嫌を直してくれよ、アンジェリーナ。お前の為にエメラルドの首飾りをプレゼントするからさ。」「宝石ならもう腐るほど持っている。」「それは羨ましいねぇ。でも、王妃様の首飾りと聞いたら、お前も欲しくなるだろう?」「へぇ・・」アンジェリーナの金色の双眸がきらりと光った。「王妃様の首飾りを、どうやって盗むつもりだい?」「俺の知り合いに、王妃様付きの女官が居てね。そいつに頼めば、何とかなるだろうさ。」「面白いね、わたしもその作戦に乗らせて貰うよ。」アンジェリーナはそう言って自分の身体を縛めているカバリュスの両腕を解くと、彼の方に振りむいてそのまま彼の唇を塞いだ。「王妃様の首飾りを必ずわたしの元に持って来るんだ、いいね?」「ああ、わかったよ。」アンジェリーナの機嫌が良くなったのを見て、カバリュスは内心安堵の溜息を吐いた。(全く、気紛れな女王様だぜ・・)にほんブログ村
2014年05月30日
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フィリスが自分を嘲笑っていると感じたカバリュスは、剣を大きく振り上げた。その隙を狙い、フィリスはカバリュスの剣の鍔を撥ね上げた。「クソ・・」「フィリスよ、見事であった。」フェリペはそう言うと、手を叩いて椅子から立ち上がった。「陛下、こいつは・・」「見苦しいぞ、カバリュス。そなたはフィリスに負けたのだ。負けを認めてこそ、真の騎士ではないのか?」「は・・」カバリュスは悔しそうに唇を噛み締めると、フェリペに頭を下げた。「フィリスよ、近衛隊士として見事な剣捌きであった。」「ありがたきお言葉でございます、陛下。」 舞踏会でカバリュスを倒したフィリスは、瞬く間に宮廷の人気者となっていった。「フィリス様、わたくしのお茶会にいらしてくださいな。」「あらずるいわ、あなた。わたくしが先よ。」「申し訳ございませんが皆さん、俺は今忙しくて皆さんと楽しんでいる時間などないのです。どうか時間をくださいませんか?」「ええ、勿論ですわ。」貴婦人達に迫られたフィリスは、そう言って彼女達を納得させると、そのまま王宮の中庭から出て行った。「人気者は大変ね?」「居たなら俺を助けてくれよ。」「それは出来ないわ。もしあそこへわたしが来たら、あの方達が何て思うか、想像がつくでしょう?」「まぁ、そうだけど・・」「これから忙しくなるけど、わたしが先輩としてサポートするから、心配しないで。」「助かるよ。」フィリスはそう言ってクリスティーネに笑うと、コーヒーを飲んだ。「最近、フィリス様はお忙しいようですね。」「ええ。舞踏会でカバリュス様を倒したから、貴婦人達の注目を集めてしまって、色々とフィリスも大変なんでしょうね。」「お嬢様、何処か嬉しそうなお顔をされていますね?」「あら、そうかしら?」クリスティーネはそう言うと、アウグストに向かって微笑んだ。 数日後、クリスティーネがアウグストとともに遠乗りで近くの公園に向かうと、そこにはカバリュスの姿があった。彼は珍しいことに、一人だった。「あら、カバリュス様、御機嫌よう。」クリスティーネがカバリュスに話しかけると、彼は少しバツの悪そうな顔をしてクリスティーネとアウグストの元から離れていった。「こら、待て!」「いいのよ、放っておきましょう。」カバリュスの後を追おうとしたアウグストを制したクリスティーネは手綱をひいて元来た道を戻っていった。「ねぇアウグスト、アンジェリーナ様のことは調べてくれた?」「ええ。ですが、アンジェリーナの裏に居るヤバい連中というのがわかりません。」「そう・・引き続き、アンジェリーナ様のことを調べて頂戴。」「かしこまりました。」アウグストとクリスティーネが公園から出ようとした時、突然茂みの近くで何かが光った。「お嬢様、危ない!」「え・・」静かな公園に鋭い銃声が響き渡り、銃声を聞いた馬は嘶いて前足を振り上げた。クリスティーネの身体は宙を舞い、石畳の地面に叩きつけられた。「お嬢様、しっかりなさってください、お嬢様!」にほんブログ村
2014年05月30日
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「よく言われますよ。父からは、“お前の華奢な身体で近衛隊の仕事が務まるものか”と呆れられました。」「そうですか。」「まぁ、俺の人生なんで、俺の好きにさせてもらうと、その時父に啖呵を切りました。向こうは何も言ってこなかったので、せいせいしております。」フィリスはそう言ってカバリュスに微笑むと、彼は少し苛立った表情を浮かべた。「カバリュス様、どうかなさいましたの?」「いや、何でもない。君達、向こうで何か飲まないか?わたしが奢ってあげよう。」「まぁ、嬉しいこと。」美女たちを引き連れたカバリュスは、フィリスの元から離れていった。「彼の挑発によく乗らなかったわね?」「まぁ、ああいう奴の扱いはもう慣れてるさ。さてと、一曲お願いできますか、クリスティーネ様?」「ええ、喜んで。」 クリスティーネとフィリスが踊りの輪に加わると、カバリュスは会場の隅でシャンパンを飲んだ。「カバリュス様、さっきからどうなったのです?」「ちょっとね・・」「あのフィリス様、何でも剣の遣い手だとか。一度彼と勝負なさってはいかがでしょう?」「ふむ・・それもいいかもしれないね。」そう言ったカバリュスの口端が、微かに上がった。「暫く会わない内に、踊りも上手くなったのね。昔はよくわたしの足を踏んでいたのに。」「いつの話だよ、それ?あの頃まだ俺はガキだったんだぜ?」「そうね。」クリスティーネとフィリスが談笑していると、突然カバリュスが二人の前に再び現れた。「カバリュス様、何かご用かしら?」「いえね・・先程麗しいレディ達から、あなたが剣の遣い手だと聞きまして・・一度、わたしと手合わせ願いたいと思いまして・・」「王宮内で剣を振るうのは禁じられている筈では?」「舞踏会の中での余興ならば、陛下もお許しくださると思うがねぇ・・」「よい、そなたらの好きにいたせ。」フェリペはそう言うと、カバリュスとフィリスを見た。「陛下の御許しも出たところだし、手合わせ願えるかな?」「ええ。」「フィリス、気を付けて。」「ああ、わかってるよ。」フィリスはクリスティーネの肩を叩き、腰に提げた長剣をそっと撫でた後、カバリュスの前に立った。「立会人はどなたが?」「余が立会人となろう。それでよいな、カバリュス?」「ええ、勿論です。」「二本の内、相手に一本取られたらその時点で負けとする、よいな?」「はい。」「では、始めよ。」 カバリュスは腰に提げていた長剣を鞘から抜くと、そのままフィリスの心臓を狙って鋭い突きを繰り出した。だがその攻撃を、フィリスは難なく躱(かわす)と容赦なくカバリュスの向う脛に蹴りを入れた。「汚いぞ、剣の試合に・・」「わたしは実戦的な剣術を陛下の前で披露しているだけです。」「陛下も何かおっしゃってください!」「戦場では敵に蹴りを入れることなど当然のことだ。続けよ。」フェリペの言葉を聞いたカバリュスが悔しそうに顔を歪ませるのを見ながら、フィリスは爽快な気分になった。にほんブログ村
2014年05月30日
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「ねぇフィリス、あなたはわたしと結婚したいの?」「ああ。」「それは本気で言っているの?」「まさか。おば様に頼まれて君と結婚したいだけさ。」「そうよね。」この国では、同性同士の結婚は認められていない。男でありながら女として育てられたクリスティーネは、フィリスと形だけの結婚をすることにした。「別に親戚同士だから、お互い気を遣うことがないから楽ね。」「そうだな。まぁ、これから宜しくな、クリスティーネ。」「こちらこそ宜しくね。」クリスティーネはそう言って微笑むと、フィリスの手を握った。「お嬢様、お茶がはいりました。」「ありがとう、アウグスト。紹介するわ、わたしの従弟の、フィリスよ。」「君がアウグストか・・噂どおりの美男子だな。」「フィリス様こそ、噂どおりの好青年でいらっしゃいますね。」「君も一緒にどうだい?」「いいえ、わたくしは仕事があるので。」アウグストはそう言ってクリスティーネとフィリスに頭を下げ、ダイニングルームから出て行った。「ねぇフィリス、あなたはアンジェリーナ様のことを知っているの?」「まぁな。あんまり親しくないんだが、あいつの悪い噂は聞いているぜ。」「悪い噂?」「何でも、男を骨抜きにして財産を食いつぶした挙句、飽きたら捨てるんだとさ。綺麗な顔して、やる事は汚いったらありゃしないよ。」「じゃぁ、ウェリントン卿も・・」「多分、あいつもアンジェリーナに殺されたに違いないだろうなぁ。」フィリスはそう言うと、皿に載せられたドーナツを一口食べた。「まぁ、あの悪魔には余り近づかない方がいいぜ?」「そうするわ・・」 その日の夜、クリスティーネとフィリスは国王主催の舞踏会に出席した。「フィリス、近衛隊の軍服が良く似合うわよ。」「そりゃどうも。」赤地に金糸の刺繍が施された軍服を纏ったフィリスは、そう言って照れ臭そうに笑った。「あら、フィリス様じゃありませんか!」 二人が大広間に入ると、フィリスに一人の令嬢が話しかけて来た。「こちらの方は、どなた?」「ああ、この方は俺のフィアンセですよ。」「まぁ・・」フィリスの言葉を聞いた令嬢はさっと顔を強張らせると、何処かへと行ってしまった。「俺、変な事言ったかな?」「さぁ・・」「クリスティーネ様、こんばんは。」「あらカバリュス様、御機嫌よう。」カバリュスは両脇に数人の美女を従えながら、クリスティーネに話しかけて来た。「今夜もダンスの相手に困らないのではなくて?」「何をおっしゃいます。ダンスはあなたとしか踊りたくありません。」「まぁ、うまいことをおっしゃるのね。」クリスティーネはそう言って扇を広げると、カバリュスを見た。「こちらの方は?」「わたくしのフィアンセですわ。」「ほう・・」カバリュスのエメラルドの双眸に見つめられたフィリスは、笑顔を浮かべながら彼に右手を差し出した。「フィリスです、宜しく。」「カバリュスだ。その軍服は、近衛隊のものだね?」「ええ。それが何か?」「いやぁ、君のような者が近衛隊に居るとは・・」カバリュスはそう言うと、少しフィリスを小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。にほんブログ村
2014年05月30日
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「ご苦労だったね、ステファノ。」アンジェリーナはそう言うと、王宮の裏口近くでステファノに金貨が詰まった袋を手渡した。「ありがとうございます・・」「君が上手く王太后様を殺してくれて助かったよ。ここに居る貴族達は、王太后様が流行病で死んだと誰もが信じているからね。」「では、わたしはこれで。」ステファノはそう言ってアンジェリーナに頭を下げ、彼に背を向けて王宮内へと戻っていった。「なぁ、あいつ大丈夫なのか?」「何が?」「あいつの顔、真っ青だったぜ?あの様子だと、俺達のことしゃべっちまうんじゃねぇのか?」「それはないね。」アンジェリーナはそう言うと、茂みに隠れているリコに微笑んだ。「王太后様の次は、誰を狙うつもりなんだ?」「それはまだ考えていない。」アンジェリーナは漆黒のドレスの裾を摘むと、そのまま裏口から外へと向かった。「お嬢様、何かお飲みになりますか?」「ええ。ホットチョコレートが飲みたいの。」「わかりました。」アウグストが厨房へと消えた後、クリスティーネは溜息を吐きながら暖炉の近くに座った。「クリスティーネ、王太后様がお亡くなりになられたというのは、本当なの?」「ええ、お母様。何でも、流行病に罹って亡くなられたとか・・」「まぁ・・」リビングに入って来たリリスは、そう言うとソファに座った。「お母様、お身体の具合はいかがです?」「少しはよくなったわ。クリスティーネ、家の事をお前に任せてばかりで申し訳ないわね。」「謝らないでくださいませ、お母様。わたくしは家長としての務めを果たしているだけですわ。」「そう。クリスティーネ、明後日従弟のフィリスがここに来ることは知っているわよね?」「いいえ、今知りましたわ。何故フィリスがここに?」「何故って・・お前の結婚について話し合う為に決まっているでしょう?」「お母様、フィリスは知っているの?わたくしが男だということを?」「ええ。男でもかまわないと、フィリスは言っているわ。」「そんな・・わたしまだ結婚は・・」「クリスティーネ、あなたの代でファウジア家の血筋が絶えてしまうのは嫌なのよ。せめて、形だけでも・・」「お母様・・」「くれぐれも、フィリスに失礼のないようにね。」「わかりました。」 数日後、母方の従弟・フィリスがファウジア家にやって来た。「クリスティーネ、久しぶり!」「フィリス、久しぶり。」「すっかり大きくなったなぁ。何でもお前、陛下のお気に入りなんだって?」「あら、そんなことないわよ。フィリスは今、何をしているの?」「俺は近衛隊に入ったんだ。今まで田舎暮らしを楽しんでいたけど、これからは宮廷に上がることになるだろうな。」「まぁ、そうなの。」「それよりもクリスティーネ、あのアンジェリーナってやつを知っているか?」「知っているわ。」「あいつ、やる事が汚いんだよな。」「フィリス、アンジェリーナ様を知っているの?」「うん、まぁな・・」フィリスが少し言葉を濁した事に気づいたクリスティーネは、嫌な予感がした。にほんブログ村
2014年05月30日
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―王太后様が亡くなられるなんて・・―突然過ぎて、何がなんだか・・―それよりもあなた、ご存知?王太后様は流行病ではなく、何者かに毒を盛られて殺されたっていう噂・・―まぁ、そんな・・ クリスティーネが王太后の追悼ミサに出席する為、王宮内の礼拝堂へと向かうと、貴婦人達が扇の陰でそんな会話を交わしているのを聞いた。「ねぇアウグスト、王太后様は本当に流行病でお亡くなりになったのかしら?」「お嬢様、彼女達の噂を信じてはいけません。」「でも・・」クリスティーネがそう言ってアウグストを見た時、鐘の音が王宮内に響き渡った。「皆さん、今宵のミサは我らの母であった王太后様の冥福を祈る為のものです。さぁ、皆で静かに祈りましょう。」祭壇に主任司祭が現れてそう言って信徒席に座った貴族達を見ると、彼らはしゃべるのを止め、それぞれロザリオを手に王太后の冥福を祈った。「あら、遅くなってしまいましたかしら?」礼拝堂の入口で澄んだ声がしてクリスティーネが背後を振り向くと、そこには喪服姿のアンジェリーナが立っていた。「アンジェリーナ様、今まで一体どちらに?」「司祭様、わたくしも王太后様の為に祈りを捧げても宜しいでしょうか?」「構いませんよ。」司祭とともに信徒席に座ったアンジェリーナは、そっと目を閉じて王太后の冥福を祈る振りをした。(あの婆があんなにも簡単にくたばるとは・・流行病に罹ったような症状を起こす毒薬をリコが調達してくれて助かったよ。)王太后付の侍医・ステファノが長年王太后と対立していたことは周知の事実であった。アンジェリーナはそれを利用し、侍医に賄賂を掴ませて王太后に毒を盛るよう指示した。“そんなこと、出来ません・・”はじめはそう渋っていたステファノだが、アンジェリーナから家族に危害を加えるという脅迫を受け、ステファノは王太后を殺害した。 この場に居る貴族達の誰もが、王太后の死を病死だと信じている者が多い。「アンジェリーナ様。」そろそろ帰ろうかと思ったアンジェリーナが信徒席から立ち上がろうとした時、クリスティーネが話しかけて来た。「あら、クリスティーネ様、お久しぶりですわね。」「ええ。アンジェリーナ様、随分と長い休暇を過ごしていらしたのですね?」「まぁね。ではわたくしはこれで失礼するわ。」アンジェリーナはフッと口端を上げて笑うと、そう言ってクリスティーネの脇を通り抜けて礼拝堂から出た。「何だか不気味な人ね、アンジェリーナ様って。」「余り彼に近づかない方がよろしいかと。」「わかったわ。」アウグストとクリスティーネが自分の事を話していることに気づいたのか、アンジェリーナは礼拝堂の前で足を止め、じっと二人の方を見た。 その時、彼の淡褐色の双眸が光を受けて金色に輝いた。クリスティーネは、まるで魔物が自分達を仕留めようとしているかのようなアンジェリーナの視線から逃れるように、アウグストとともにアンジェリーナの脇を通り抜けた。「大丈夫ですか、お嬢様?」「ええ。でも何だか、嫌な事が起こりそうな気がするのよ・・」にほんブログ村
2014年05月30日
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「・・こちらこそ、宜しくお願い致します。」クリスティーネはそう言うと、自分に差し出された王妃の手を握った。「いつまでもお客様を立たせる訳にはいかないわね。丁度陛下が美味しいチーズケーキをわたくしの為に買って来て下さったの。一緒にお茶でもいかが?」「ええ、喜んでご一緒させていただきますわ、王妃様。」「クリスティーネ、あなたまだ結婚の事は考えていないんですって?」「ええ。今は家督を継いで、忙しくて・・結婚など、当分考えておりません。」「そう。まぁあなたは若いんだから、そんなに焦る事はないと思うわ。」「王妃様、アウグストのことを気に入っておられるようですけれど・・」「勘違いしないで、彼とは親族同士の付き合いをしているだけよ。」「そうですか。それを聞いて安心しましたわ。」クリスティーネがそう言って笑いながらアウグストを見ると、彼は軽く咳払いをして部屋から出て行った。「あなたが弓術大会で優勝したことは知っているわ。何でも、狐が巣穴から出て来るのを、辛抱強く待っていたんですって?」「ええ。他の場所を探そうと思っていたのですが、どうしても諦めきれなくて・・」「忍耐強いあなたに、勝利の女神が微笑んだのね。」セレステがそう言ってティーカップを掲げて紅茶を一口飲もうとした時、女官が何やら慌てふためいた様子で部屋に入ってきた。「王妃様、大変です!」「どうしたの、そんなに慌てて?」「王太后様が・・」「王太后様に、何かあったの?」「突然苦しまれて・・侍医の方が駆けつけたのですが間に合わず・・」「クリスティーネ、わたくしと一緒に来て!」「はい、王妃様。」 セレステとともにクリスティーネが王太后の部屋へと向かうと、部屋の前には人だかりが出来ていた。「王太后様は?」「王太后様は、侍医様の治療を寝室で受けられておいでです。」「そう。」セレステは王太后付の女官の脇を通り抜けると、王太后の寝室のドアをノックした。「王太后様、セレステです。」「王妃様、今は寝室に入らない方がよろしいかと・・」「何故です?」「王太后様は、流行病に罹っておられると、侍医様が・・」「流行病ですって?」「ええ。」セレステとクリスティーネが王太后の寝室から侍医が出て来るのを暫く待っていると、ドアが開いて王太后付の侍医・ステファノが二人の前に現れた。「ステファノ、王太后様は・・」「王太后様はご高齢ゆえ、もう手の施しようがありません。」「まぁ、なんてこと・・」「王妃様、お気を確かに。」侍医の言葉を受けてショックで床にくずおれそうになるセレステの身体を支えながら、クリスティーネは王太后の回復を神に祈った。 だが、王太后はその日の夜に息を引き取った。「母上・・何故わたしを置いて逝ってしまわれたのですか!」狩猟から帰って来たフェリペはセレステから王太后の訃報を聞き、王太后の遺体に取り縋って泣き崩れた。「陛下・・」「セレステ、葬儀の準備をせよ。」「かしこまりました。」 アンジェリーナは淫売宿の一室で、王太后が崩御した事を知った。「リコ、これからが正念場だよ、わかっているね?」「ああ、わかってるよ・・」「さてと、あの婆さんも死んだ事だし、いつまでもこんな所に隠れてはいられないね。」アンジェリーナはそう呟くと、クローゼットから喪服を取り出した。にほんブログ村
2014年05月30日
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「お休みなさいませ、王妃様。」「お休みなさいませ。」 就寝の時間となり、セレステの部屋から女官がそう言って一人ずつ出て行った。セレステは寝台に横たわると、読んでいた本から顔を上げて溜息を吐いた。 この頃、セレステは夜になっても満足に眠れないことが多かった。一体何が原因なのか、彼女自身わからなかった。「王妃様、陛下がお会いになりたいそうです。」「陛下が?」「ええ・・」「支度をしますから、陛下に暫く待っていてくれるようにと伝えて頂戴。」「わかりました。」こんな時間にフェリペが自分に何の用だろうかと思いながらも、セレステは身支度を整えて寝室から出た。「陛下、どうなさいました?」「セレステよ、そなたクリスティーネの執事と親しいようだな?」「アウグストはわたくしの遠縁の従弟ですよ。彼との間には・・」「わかっておる。セレステ、母上がもう長くはないことは知っておろうな?」「ええ・・それがどうかなさいましたか?」「実は、最近母上の侍医の目を盗んで何者かが母上の薬に毒を盛ろうとしているようなのだ。」「まぁ、恐ろしい事。」「ウェリントンが殺され、その犯人は未だに何処に居るのかさえわからぬ。くれぐれも用心しておけ。」「わかりました、陛下。」フェリペはそっとセレステの額にキスすると、そのまま部屋から出て行った。「陛下、わたくしのことを想ってくださっているのですね・・」闇の中へと消えた夫に向かってセレステはそう呟くと、寝室へと戻っていった。「お前、何故我が家の食糧庫から肉を盗もうとした?」「うちには、食べ盛りの子どもがいて・・」「肉ならば市場で買えばよい。」「最近物価が高くて、俺達庶民は肉どころかパンにありつけるのもやっとで・・」「お前達の生活が苦しいのはわかったが、盗みを働くなど言語道断だ。」そう言って男を睨みつけたアウグストの蒼い瞳は、氷のように冷たかった。「お嬢様、こいつを警察に突き出します。」「アウグスト、今回は見逃してあげて。」「お嬢様・・」「あなたも生活が苦しいでしょうけど、このような事を二度としてはなりませんよ、わかりましたね?」「あ、ありがてぇ!」クリスティーネから家族分の食糧が入った袋を受け取った男は涙を流しながら何度も彼女に礼を言うと、裏口から外へと出て行った。「あれでよかったのですか、お嬢様?」「彼は二度と、盗みを働かないわ。」「何故わかるのです?」「彼の目を見てわかったわ。」 翌日、クリスティーネはアウグストとともにセレステの元を訪れた。「お初にお目にかかります、王妃様。クリスティーネ=ファウジアと申します。」「あなたが、クリスティーネね?陛下から話は聞いているわ。」セレステはそう言ってじっとクリスティーネを見ると、彼女に優しく微笑んだ。「15歳で家督を継ぐなんて、大変でしょうに。どう、宮廷には慣れた?」「ええ・・ただ、パーティーで何を話せばいいのかわからなくて困っております。」「そんなに深刻に考えることはないと思うわ。あなたにはアウグストという心強い味方が居るのだから、彼に頼ってみたらどうかしら?」「王妃様・・」「これから、仲良くしましょうね。」清らかな聖女はそう言ってクリスティーネに微笑むと、そっと彼女に右手を差し出した。にほんブログ村
2014年05月30日
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「なぁアンジェリーナ、お前いつまでここに居るつもりなんだ?」「それはわからないなぁ。」「今頃、殺されたあんたのパトロンの家には警官が沢山いるだろうな。」「そうだね。まぁあいつは、色々と裏で悪事に手を染めていたから、警察はわたしのことを疑いもしないだろうね。」「ったく、昔から悪知恵が働くやつだよな、お前って。」「リコ、お前に頼みたい事がある。」「何だ?」アンジェリーナは一枚の封筒をリコに手渡すと、彼の耳元に何かを囁いた。「わかったよ・・」「上手くやるんだよ、いいね?」ゆっくりと椅子から立ち上がったアンジェリーナは、猥雑とした歓楽街を窓から見下ろした。「なぁ、ウェリントン卿が殺されたって本当か!?」「ああ。ダイニングの床に倒れていたウェリントン卿の遺体を、メイドが発見したんだと!」「ウェリントン卿のワインから毒物が検出されて、遺体を発見したメイドが疑われているんだって。」「あの子は、そんな事をする子じゃないけどねぇ・・」「一体誰が犯人なんだろうねぇ?」 アンジェリーナのパトロンであったウェリントン卿の遺体が自宅で発見された。裏のビジネスで荒稼ぎをしていた彼は、長年“同業者”たちから恨みを買っており、今回の事件はその“同業者”たちの誰かがやったのではないかと警察はにらんでいた。「まさかウェリントンが殺されるなんて・・これからどうなるんでしょう?」「それはわかりません、王妃様。ですが噂によると、ウェリントン卿は裏で色々と“商売”をしていたようです。」「“商売”?」「ええ。ウェリントン卿は薬物を売人達に売り捌いていたとか。その売人達の元締めとして暗躍していたウェリントン卿は、売人達が売り捌いた薬物で得た報酬を独り占めしていたとか・・」「信じられない話だわ。」「かつてウェリントン卿は、前国王陛下の右腕として働いていた男でしたが、もう彼の時代は終わりました。それよりもわたしが気になっているのは、ウェリントン卿殺しの犯人が、今もこの国の何処かに潜んでいるということです。」「まぁ、恐ろしい事。もしかしてその犯人は、この宮廷にも潜んでいるのではなくて?」「警護兵の数を増やして下さい、王妃様。用心に越したことはありませんから。」「ええ、わかったわ。」「ではわたくしは、これで失礼致します。」 王妃の部屋から辞したアウグストが帰宅すると、リビングではクリスティーネが刺繍をしていた。「ただいま戻りました、お嬢様。」「お帰りなさい、アウグスト。今日も王妃様の所に行っていたの?」「ええ。」「王妃様は、余程お前の事を気に入っているのね?」「お嬢様、もしかして王妃様に嫉妬なさっているのですか?」「まさか!」クリスティーネがそう叫んだ時、裏口から誰かが入ってくる気配がした。「泥棒かしら?」「わたくしが見て参ります。」 アウグストは暖炉の近くに置いてある火掻き棒を掴むと、物音がする厨房へと向かった。「何者だ!」「やめてくれ、旦那!俺ぁ怪しい者じゃねぇ!」 厨房に置いてある食糧庫から肉を盗んでいる男の喉元にアウグストが火掻き棒を突き付けると、彼は盗んでいた肉を床に放り投げて両手を頭の上にあげた。「他人の家から食糧を盗んでいる者が、怪しくないだと?」「す、すまねぇ・・」「このままわたしと一緒に来て貰おうか?」にほんブログ村
2014年05月30日
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王宮でクリスティーネ達が楽しい時間を過ごしている頃、アンジェリーナは怒りと屈辱に震えながら男に怒鳴られていた。「貴様という者が、あのような小娘に負けるなど何ということだ!」「申し訳ございません、閣下・・」「ふん、まぁよい。」 男はそう言うと、さっさと部屋から出て行ってしまった。「・・いつも己が一番だと思うなよ、貴族の豚め。」 部屋のドアが閉まったのを確認したアンジェリーナは、小さな声でそう呟くと、ベッドの傍に置いてあるベルを鳴らした。「お呼びでしょうか、アンジェリーナ様?」「この薬を、旦那様の食事に混ぜなさい。」「わかりました。」「良い子だね。お前を悪いようにしないから。」アンジェリーナはそう言って従者を抱き締めると、彼はアンジェリーナに頭を下げて部屋から出て行った。「閣下、王太后様のご容態が最近芳しからぬ様子だとお聞きしましたが・・」「ああ。王太后様もご高齢ゆえ、もう長くはないかもしれん。」「閣下は王太后様とは親しい間柄なのでしょう?」「それはもう過去の事だ。王太后様のお力は昔のように強くはないし、あのイタリアから来た雌狐が宮廷内の権力を掌握しつつある。」「まぁ、畏れ多くも王妃様のことを雌狐などと・・不敬罪で逮捕されてしまいますよ?」「ふん、そんな事をいちいち気にしては宮廷では生きていけんわ!」男は吐き捨てるような口調でそう言うと、ワイングラスを高く掲げて真紅の液体を一気に飲み干した。アンジェリーナは横目で彼の姿を見ながら葡萄酒を飲んだ。 その時、突然男が爪で喉を引っ掻き始めたかと思うと、苦しそうに床を転げ回った。「大丈夫ですか、閣下?」「貴様、何を・・」「あなたはもう、不要なのですよ。」「アンジェリーナ・・」男はアンジェリーナに助けを求めるかのように、彼の足へと手を伸ばしたが、アンジェリーナは鬱陶しげにその手を邪険に蹴り飛ばした。「汚い手で、わたしに触らないでください。」アンジェリーナは苦しむ男を放置すると、ダイニング・ルームから出て行った。「アンジェリーナ様・・」「君はこのお金を持って何処か遠くへ逃げなさい。」「わかりました。」従者はアンジェリーナから金貨が詰まった袋を受け取ると、そのまま厨房の裏口から外へと出て行った。 二階にあがったアンジェリーナは身の周りの物を旅行鞄に詰めると、そのまま男の邸から出て行った。「アンジェリーナ、どうしたんだ?」「さっきパトロンだった男を殺してね。暫くここに匿って欲しいんだ。」「・・わかったよ。」 歓楽街の淫売宿へと逃げ込んだアンジェリーナの言葉を聞いたリコは、溜息を吐いた。「それで?これからまた新しいパトロンを探すのかい?」「当分ここで暮らしながら今後のことを考えるよ。」アンジェリーナはブランデーを飲みながら、バーカウンターに居る男達を物色し始めた。にほんブログ村
2014年05月30日
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アンジェリーナに話しかけられたクリスティーネは、数日前に森で彼に殺されかけたことを思い出し、無意識に身構えてしまった。「そんなに怯えないでください。」「アンジェリーナ様、申し訳ありませんがお嬢様はお疲れのようですので、わたくしが・・」「君は確か、森で会ったね?」「アウグストと申します。」「アウグスト・・もしかして、女官達が噂している王妃様のお気に入りというのは、君のことかな?」アンジェリーナがそう言って金色の双眸でアウグストを見た。彼の言葉を受けたアウグストは、口端を少し歪めて笑った。「何をおっしゃいます、わたくしがそのような噂を信じる訳ないでしょう?」「そう・・さてと、わたしはこれで失礼するとしよう。」アンジェリーナは不快そうに鼻を鳴らすと、そのままアウグストとクリスティーネに背を向けて競技場から去っていった。「アウグスト、帰りましょう。」「ええ。」「クリスティーネ、このままお前を帰す訳にはいかぬぞ。」「陛下・・」「今宵はそなたの祝勝会を開く。主役が欠席しては何も始まらぬからな。」「わかりました、出席いたします。」 大会が終わり、王宮ではクリスティーネの祝勝会が盛大に行われた。「クリスティーネ様、おめでとうございます。」「クリスティーネ様はワルツも乗馬もお上手でいらっしゃるなんて、羨ましいですわ。」「まぁ、ありがとう皆さん・・」「クリスティーネ様、これからどうなさるおつもりですの?」「どうなさるとは・・」「結婚の事ですわ。」「わたくし、結婚についてはまだ考えておりませんの。」「まぁ、そんな・・」「今の内にいい相手を見つけてご結婚なさったらいかが?」「あら、カバリュス様がいらっしゃったわ。」貴婦人達はそう言うと、クリスティーネに背を向けて何処かへと行ってしまった。「お嬢様、どうぞ。」「ありがとう、アウグスト。社交界デビューしたけれど、やっぱりこういった場所は苦手だわ・・」「社交界にパーティーはつきものです、お嬢様。それよりもアンジェリーナに大会中何かをされませんでしたか?」「いいえ、何も。常にわたしの周りには護衛がついていたから、手が出せなかったんじゃないかしら?」「そうでしたか・・王妃様が、お嬢様の事を心配なさっておりましたよ。」「王妃様が?」「ええ。」「アウグスト、あなた王妃様とどのような関係なの?」「お嬢様が邪推なさっておられるような疚(やま)しい関係ではないことは確かです。わたくしは、遠縁ですが王妃様の従弟にあたります。」「まぁ、そうなの・・」「本来ならば使用人であるわたくしがこのような場所に同席する資格はありませんが、王妃様の親族であるから陛下もわたくしに同席する事をお許しになられたのです。」「王妃様は、どんなお方なの?」「清らかな聖女のような方です。」「そう・・一度王妃様にお会いしてみたいものだわ。」クリスティーネがそう言って笑うと、そこへ一人の軍服姿の男がやって来た。「初めましてクリスティーネ様。わたくしはトラビス=カバリュスと申します。」トラビス=カバリュスはそう言ってクリスティーネに微笑むと、そっと彼女に右手を差し出した。にほんブログ村
2014年05月30日
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「アウグスト様、王妃様がお呼びです。」「わかりました。」 女官に連れられ、アウグストは彼女とともに王妃・セレステの私室へと向かった。「急に呼びだしてしまって済まなかったわね、アウグスト。」「いいえ。王妃様、わたくしに何かご用でしょうか?」「この大会に、あの男が出場している事を、お前も知っているわよね?」王妃がそう言ってアウグストを見ると、彼は静かに王妃の言葉に頷いた。「この前、あの男はクリスティーネ様を殺そうとしました。」「まぁ・・」「幸い、お嬢様には怪我ひとつなかったものの・・大会で事故と見せかけてあの男がお嬢様を手にかけるのではと思うと・・」「わたしがお前の主の為に護衛を雇ったわ。だから、お前は何も心配せずに、大会が終わるのをここで待ちましょう。」「わかりました・・」「ところでアウグスト、あなたの主と陛下は、どのような関係なのかしら?」「と、おっしゃいますと?」「陛下は最近、クリスティーネのことを可愛がっているようだと、女官達から聞きました。もしかして、陛下はあの子を自分の愛人にしたがっているのではないのかと・・」「そのような事はございません、王妃様。あくまでも陛下は、お嬢様の事をご自分の臣下として気遣っておいでなのです。」「そう、それを聞いて安心したわ。」セレステはそう言って溜息を吐くと、紅茶を一口飲んだ。 前国王であるフェリペの父が急死し、王太子であったフェリペの元にイタリアから嫁いできた彼女だったが、不妊が原因でフェリペとの夫婦仲は冷えきっていた。「陛下と結婚してからもう14年も経つけれど、わたくしは時々陛下に愛されていないのではないかと思っているのよ。」「王妃様、そのような事を考えてはいけませんよ。」「お前が時折王宮に来てわたしに顔を見せてくれるだけで嬉しいのよ。」「王妃様・・」セレステのほっそりとした手を握りながら、アウグストは溜息を吐いた。「あなた、クリスティーネの事が気になって仕方がないのでしょう?」「ええ、まぁ・・」「あの子にも縁談が来る年頃ですからね、リリスがあの子を修道院に入れることはないと思うし・・」「お嬢様は余り結婚に対して考えていないのですよ。その所為で奥様がやきもきしているのですよ。」「それはそうでしょうね。まぁ、あの子のお眼鏡にかなう相手が見つかればいいのだけれど。」セレステはそう言って溜息を吐くと、扇を閉じた。「王妃様、陛下が・・」「アウグスト、もう行きなさい。」「わかりました、では王妃様、わたくしはこれで失礼致します。」 アウグストはさっとソファから立ち上がると、王妃に頭を下げて彼女の部屋から出て行った。 一方クリスティーネは、あの狐が再び外から出て来るのを静かに待っていた。鳥の囀(さえず)りが森にこだまする中、巣穴から狐が顔を出した。クリスティーネは矢を弓に番えると、そのまま狐の心臓を矢で射(う)った。狐はキャインと悲鳴を上げ、そのまま地面に倒れて動かなくなった。「クリスティーネ様、おめでとうございます。」「ありがとう、アンリ。」「お嬢様、優勝おめでとうございます。」「あなたのお蔭よ、アウグスト。」「いいえ。この大会での勝利は、お嬢様がご自身の力で勝ち取ったものです。」「そうね。」クリスティーネがアウグストに微笑んでいると、そこへアンジェリーナがやって来た。「この度は優勝おめでとうございます、クリスティーネ様。」「あ、ありがとう・・」にほんブログ村
2014年05月30日
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「アンジェリーナ、お前この前森であの娘を殺そうとしたそうだな?」「ええ。あの娘からどうしてもあのロザリオを奪い取りたかったので、つい・・」「余りはやまった行動をするな、アンジェリーナ。」「申し訳ございません・・」アンジェリーナはそう言って男に頭を下げると、テーブルに置かれているブランデーをグラスに注いだ。「閣下、これからどうなさるおつもりなのですか?」「まぁ、それは弓術大会が終わってから考えることにしよう。」「閣下は大会には出場されないのですか?」「ああ。わたしが出場できない代わりに、お前があの娘を大会で叩きのめしてくれ。」「わかりました。」 国王主催の弓術大会が開催されたのは、骨まで凍えるような大雪の日だった。「お嬢様、泥濘(ぬかるみ)の所為で馬が足を取られて落馬してしまう事がありますから、気を付けてください。」「わかったわ。」 大会を決勝戦まで勝ち進んだクリスティーネは、競技場から出てキツネ狩りのスタート地点に立っていた。「お嬢様、必ずアンジェリーナを倒してください。」「ええ。」「選手の方々は、こちらにお集まりください。」「じゃぁ、行ってくるわ。」アウグストの手を握ったクリスティーネは、手綱をひくと他の選手達とともに森の中へと入っていった。「決勝戦はこの森の中で行われます。最初に狐を狩った者が勝者となります。制限時間は無制限といたします。では、始め!」アンリが拳銃を空に撃つと、選手達が一斉に動き出した。 アウグストの忠告通り、雪が溶けてぬかるんだ地面に馬が足を取られ、森に入った何人かの選手達が落馬していくのをクリスティーネは見た。「どう、どう。」クリスティーネは馬が泥濘に足を取られぬよう、慎重に山道を進んでいった。彼女は辺りを見渡したが、狐の姿は何処にもなかった。狐の巣穴があると思われる場所に行ってみると、丁度大木の下から一匹の狐がピョコンと顔を出していた。クリスティーネは素早く矢筒から矢を取り出し、それを弓に番えて狐の心臓に狙いを定め、弦を引き絞った。 彼女が矢を放とうとした時、向こうから猟犬のけたたましい鳴き声が聞こえた。その鳴き声を聞いた狐は驚き、巣穴の奥深くへと潜っていってしまった。(猟犬なんて、一体誰が・・) クリスティーネが舌打ちをしながら猟犬の鳴き声が聞こえた方を見ると、真紅の乗馬服を着て栗毛の馬に乗ったアレクサンドロが彼女の元へとやって来た。「おや、どうやらあなたの狩りを邪魔してしまったようですね?」「いえ、お気になさらず。」「ルールには猟犬を連れて来てもよいと書いておりましたので・・では、わたしはこれで。」アレクサンドロの笑顔を見たクリスティーネは、彼がわざと自分の邪魔をしたのだと確信した。敵は、アンジェリーナだけではない。(あの人達に負けて堪るものですか!) 森の中が異様な熱気に包まれている頃、アウグストはクリスティーネの帰りを競技場で待っていた。そこへ、王妃付きの女官がアウグストの元へとやって来た。にほんブログ村
2014年05月30日
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父・ビトールが亡くなってから数ヶ月が経った頃、クリスティーネは久しぶりに愛用の弓を使って練習を始めた。クリスティーネは矢を弓に番(つが)えると、数メートル先の的に向かってそれを射(う)った。矢はまっすぐに的の中央に当たった。「よし、命中・・」「お見事ですね、お嬢様。」主の為に昼食を持って来たアウグストは、そう言ってクリスティーネを見た。「こんなもので満足してはいけないわ。弓術大会には国中から弓の名手がやって来るのだから、彼らに負けないように練習に励まないと。」「その意気です、お嬢様。さぁ、昼食になさいましょう。」「わかったわ。」ガーデンチェアに腰を下ろしたクリスティーネは、アウグストが作ったクラブハウスサンドイッチに舌鼓を打った。「お嬢様、これを。」昼食を食べ終えたクリスティーネに、アウグストは一枚の書類を手渡した。「有難う。」彼から書類を受け取ったクリスティーネは、それに目を通した後、アウグストの耳元に何かを囁いた。「では、わたくしはこれで。」 邸の中へと戻ったアウグストは、ビトールの書斎にある隠し金庫に書類をしまった。その書類には、ある人物のことが書かれていた。「遠乗りをするのは、久しぶりだわ。」「そうですね。」「お父様がお亡くなりになってから、色々と忙しくて遠乗りをする暇がなかったけど、身体を動かすのには丁度いいわ。」クリスティーネはそう言ってアウグストに微笑むと、軽く馬の尻に鞭を打った。「練習はどうですか、お嬢様?」「順調よ。でも、大会には選手全員で狐狩りをすることになっているから、馬に乗って弓を射つ練習もしないと。」「お嬢様なら、きっと優勝できますよ。」「まぁ、そんな事を言ってくれるなんて、何か裏でもあるんじゃなくて?」「とんでもない。」クリスティーネとアウグストがそう言って互いの顔を見て笑い合っていた時、何かがクリスティーネの頬を掠めた。「危ない!」アウグストは咄嗟にクリスティーネが乗っている馬の手綱をひいた。「一体何があったの?」「何者かが、お嬢様を狙って矢を射ったようです。」「そんな・・」「あら、申し訳ありません。新しい矢を手に入れたものですから、どうしても試してみたくなってしまって・・」朗らかな笑い声とともに、アンジェリーナが白馬に乗って優雅にクリスティーネとアウグストの元へとやって来た。彼はクリスティーネに微笑んだ後、木の幹に深々と突き刺さっていた矢を抜いて背負っている矢筒の中に納めた。「では、御機嫌よう。」アンジェリーナが去った後、アウグストはキッと遠ざかってゆく彼の背中を睨みつけた。「あれはわざとです、お嬢様。あの者は、お嬢様のお命を狙って・・」「お止めなさい、アウグスト。ここで怒ったら、相手の思うつぼよ。」「ですが・・」「大会で正々堂々とあの方と勝負すればいいの。さぁアウグスト、狐狩りの練習を始めましょう。」「はい・・」 アウグストとクリスティーネは一週間後に控えた大会に向けて、毎日狐狩りの練習をした。「狐はすばしっこくて射ちにくいわね。」「ええ。油断しているとすぐに巣穴に隠れてしまいますから、運に任せるしかないでしょう。」「その運を逃がさない為にも、腕を上げないといけないわね。」にほんブログ村
2014年05月30日
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「右から二番目の馬が、余の馬だ。」フェリペがそう言って指した方をクリスティーネが見ると、そこには美しい葦毛の馬が立っていた。「まぁ、美しい馬ですわね・・」「そうであろう。余が子馬の頃から育てて来た馬だ。」フェリペは口元に笑みを浮かべながら、葦毛の馬を愛おしげに眺めた。 やがてゲートが開き、騎手を乗せた馬達がパドックへと躍り出た。「行け、そこだ、行け~!」「くそっ、このままじゃ負けちまう!」「行け~!」激戦の末、勝利を手にしたのは、フェリペが所有する葦毛の馬・レオノスだった。「陛下、優勝おめでとうございます。」「わたくしは最初からレオノスが勝つと信じておりました。」 レースが終わり、インペリアル・ボックスには次々と貴族達がフェリペに会いに来ては、彼に阿(おもね)りの言葉を掛けていた。「そなたらの馬もなかなかのものであった。」「いえいえ、そのようなことは・・」貴族達はそう言いながら、初めてクリスティーネの姿に気づいた。「おやクリスティーネ様、何故こちらに?」「クリスティーネは、余が招いたのだ。」「何と・・」「皆様、こんにちは。」「クリスティーネ様、今日のドレスはあなた様のブロンドの髪に映えてお美しいです。」「まぁ、ありがとう・・」貴族達のお世辞が、決して好意からくるものではないということを、クリスティーネは知っていた。宮廷入りしてまだ日が浅いクリスティーネだったが、自分に愛想笑いを浮かべている貴族達の腹黒い考えは容易に読めた。「では皆の者、また王宮で会おうぞ。」「陛下、お気を付けて。」 クリスティーネがフェリペとともにインペリアル・ボックスを出ると、貴族達が二人に深く頭を垂れていた。「クリスティーネよ、そなたは先程あのような者達に嫌な顔をひとつせずに接しておったな。」「父から、どんな相手にでも礼を尽くせと幼い頃から教えられたものですから。」「そうか。余はこれから王宮に戻るが、そなたはどうするのだ?」「わたくしも、陛下とともに王宮に参ります。」「クリスティーネよ、そなた弓の腕はどうだ?ビトールから、そなたの弓の腕はこの国一番のものだと聞いたが・・」「幼い頃に父から剣術や弓術を習いましたから、腕には自信があります。それが何か?」「一月後に、余が主催する弓術大会があるのだが・・そなたも出場してみないか?」「わたくしのような若輩者が、そのような大会に出るなど畏れ多い事でございます。」「そなたは今、宮廷内で注目されておるぞ、クリスティーネ。良い意味でも、悪い意味でもな。」「それは、どういう・・」「競馬場でそなたを見ていた貴族達の嫉妬に満ちた視線を思い出してみよ。そなたのような若くて美しい者が、何の実力もなく余の寵愛を受けておるのが彼らは気に入らぬらしい。」フェリペはそう言うと、一口紅茶を飲んだ。「では、わたくしが大会で優勝すれば、彼らの鼻をあかせると、陛下は思っていらっしゃるのですか?」「そうだ。」「では・・出場させていただきます。」にほんブログ村
2014年05月30日
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